教師として過ごしてきた日々が、己を弱くしたとしても友のためには立ち向かわなくてはならない千冬。
すでにISはまとった。
戦うしか――ない。
「斬!」
鈍ったと自覚しながらも、神速の一撃が――ISの装甲ごと奈落の腕を切り落とした。
まさか、そんなにあっけないとは。
現時点で、それも多くの機能を隠したままでも最強レベルのIS――
しかし奈落は妖しく微笑む。
「――――クク」
片手には剣。
酷く曲がりくねった邪悪な剣。
紫色の粘土細工、もしくは邪悪なる儀式の供物といったほうがしっくりくる。
だが、あまりにも怪しすぎた。
変なのだ。
奈落は見るもおぞましいそれを逆手に持っている。
普通に持っていれば腕を持っていかれることもなかったのに。
(――なぜ、防御しない?)
千冬が疑問に思った瞬間、奈落は逆手に握った捻剣を振り下ろした。
もちろん、千冬にではない。
逆手持ちではそこには届かない。
では、誰にかというと――その対象は奈落、自分自身しか残っていない。
(自殺!? 馬鹿な……)
その剣は深々と奈落の胸に刺さり、どう考えても貫通している。
即死としか思えない。
曲がりくねった刃は、それだけ大きな傷を残す。
これはもう――心臓が右にあろうが、ずらしていようが完璧に破壊されている。
「【
何事かをつぶやいた、その瞬間――
千冬に心臓を貫かれる痛みが襲い掛かる。
それは、常人であれば即死するほどの苦痛。
胸を抑えて目を見開く……激痛が思考を消し去る。
動きが止まった彼女は人間離れした精神力で必死に苦痛を意識の外に追い出す。
その時間、わずかに1秒。
まさに世界最強の人間だ。
とんでもない、としか言いようのない芸当である。
その僅かな時間でも奈落には十分すぎた。
彼女が世界最強というのならば、彼は異世界の存在。
わずかな時間に致命的な一撃を放つ。
鎖を引きちぎる音がして――禍々しい鎌が投げられる。
「――っ!?」
超人的、というか相変わらず人外の反射神経でよける。
だが、かわしすぎた。
ビクっと身をすくめて、拳一つ分余計に下がった。
見きれなかった、わけがない。
この程度は簡単に1mm以下の見切りが可能だったはず。
つまり、明らかに恐怖した。
いや、恐怖しているのは千冬だけではない。
鎖から引きちぎって出したということは、奈落はその鎌を封印していたということになる。
鎖でぐるぐる巻にして容易に出せないようにするのは、これは奈落という存在を考えると異常事態と言ってもいい。
自分に害を及ぼすような異能をいくつも身につけ、発動にも躊躇しない彼が封印までする。
つまりは本人ですら、その鎌を恐れている。
「【
難解な言い方をしているが、言っていることは簡単。
鎌の攻撃は防御を切り裂ける。
そして、回復も不可能というだけだ。
ISの絶対防御を貫けるというのは――実際の所脅威でもない。
怖いのは治せないということ。
ギガロマニアックスは自分の腕ならば寿命をわずかに犠牲にして簡単に再生できるのだ。
再生不可能の攻撃は、擬似的な不死を手にした彼らを殺せる唯一の手段と言っていい。
とはいえ、まあ――痛みは文字通り精神を削るゆえに、殺し続ければ彼らが相手でも殺せる。
それは端的な真実を表している。
「一撃ももらえんというわけか……っ!」
「その通り。一撃でも当たれば助からないという恐怖――日頃、教師という蚊帳の外の立場に守られている君の精神がいつまで持つかな?」
ニタリと気持ち悪い笑みを浮かべた奈落はブーメランのように戻ってきた鎌を振り下ろす。
千冬はかわし、手に持った刀――【雪片】で斬りつける。
その刀は淡く水色に発光している。
「零落白夜!」
絶対防御ごとあっさりと切り裂いた。
二度目――いや
(この感触は……霧!? 吸血鬼か、こいつは――)
さすがに二度目は攻撃を無効化されても驚きはしない。
すかさず振り下ろされる鎌をかわす。
そして。
(あの防御、攻撃までに一瞬の間があった。ならば――)
一回転して雪片をコマのように振り回す。
当然のように奈落は幽霊のようにすり抜けて反撃――
――千冬はコマの半径を急激に縮める。
その勢いで鎌の柄を叩く。
かわすのではなく、はずさせる。
それだけではない。
回転を止めて、雪片を両手で持つ。
防御のスキルを使う暇はない。
零落白夜が奈落の心臓を突き刺した。
奈落が嗤った気がして――
――千冬の心臓が止まる。
奈落のスキル。
それも、またもや自爆技!
「――【
殺した相手の心臓を止めるスキル。
自爆専用の技だが――自分を増殖させることが可能なら便利なスキルである。
死ななければならないのが玉に瑕。
そして、二人目の奈落が死んだ一人目が持つ鎌を奪い取って千冬を斬――
――ぎりぎりで止まる。
「死体といえど、自分をその鎌では斬れんよなぁ」
千冬は一人目の奈落の心臓に突き刺した雪片を抜かずに、死体を掲げて盾にした。
奈落は一人目の死体が消す。
いつまでも残しておく意味は無い。
奈落の顔に浮かぶのは悪魔の様な笑みで――
――千冬の顔には一欠片の感情すら浮かばない
「ぎりぎりで生き残れたみたいだが――後どれだけ耐えられるのかな? 我々ギガロマニアックスにとっては精神力こそ寿命。ひたひたと迫る死に食い尽くされるのは……さて、いつのことかな」
「“死”だと? お前の能力は全てどこの誰とも知れぬその辺のやつから奪ってきたものだろうが。お前は本当の意味でその恐るべき異能を理解していない」
「私ほど異能を理解している人間はいないと思っていたのだがね」
「そうか。お前がどう自惚れていようと、私には関係がない。お前の言うことを認めてやるんなら、能力は理解できても結果は理解できていないと言ったところだ」
「――何を言いたい?」
「結局のところ、死が何かを全然わかっていねえんだよ――てめぇは。お前は死を覆い隠している。その、束の奴ですら封じ込められるほどの鎖でな。だから、死の本質がわからない。所詮はその程度なんだよ」
「これはひどい言い分だ。まあ、死にすぎて逆にわからなくなっているのかもしれないけどね。死ぬなんてこと、ただそれだけのことにすぎない」
「やはりな。その程度の――勘違い」
千冬は虚空に波紋を生み出す。
これは、ギガロマニアックス特有のリアルブート現象の際に起こる空間干渉の残滓!?
「――構えろ。お前に本物の死を見せてやる。【
千冬が構えたのは奈落と同じ鎌。
いや――奈落が千冬と同じ鎌を持っているというべきか。
オリジナルは千冬だ。
他人の妄想を引き出し、複製するディソードが彼の力。
つまる所、奈落が持っているものは偽物だ。
形自体は同じではある。
だが、なにか……雰囲気とでもいうべきものが違う。
より禍々しい――いや、それは“死”そのものだ。
死が形を為している。
「――ようやく出したか。ギガロマニアックス同士の戦いは
奈落は己が異能を呼び出す。
偽物の世界の力を。
世界に白濁した奈落が開く。
そこには無数の――刃になりきれない捻れた“もの”がおびだたしいほどに並んでいて。
「殺し合いは終わりだ。存在を賭けた潰し合いを始めよう」
「――知らん。死を与えてやる。ちょっとした力を得た程度で世界を見下すお前にな」
笑いを浮かべる奈落。
そして、常に表情を消す千冬。
人智を超えた戦いが始まる。
奈落が七色に輝く光球を放つ。
千冬が鎌の一振りで――もちろんそれは見当違いの方を斬っているのだが、光球を消し去ってしまった。
奈落はニタニタと嘲笑っている。
さすがに大本のディソードまでは殺せない。
現象を殺して一時的な使用不可能に追い込んだだけだ。
無数のディソードを持つ奈落は一つや二つ使用不可能にされたところでどうということはない。
無数の名状し難き異能を披露する。
――影から出現し、記憶を喰らうもの
――輝ける黄金の――黒い刃
――牙も口もない、ただ噛み付き食い千切るだけの現象
――回転し、世界を分断する鍵
――鋭角より迫る酷い悪臭を伴った猟犬
――輝ける偏立方五面体
これは描写できるものの中でも、目で見てわかる異能でしか無い。
人間の知覚では知ることすら出来ない諸々の異能――
――それすらも千冬は斬る。
一歩一歩……語ることすらもおぞましい異様な能力は鎌の振り下ろしとともに“死”を与えられる。
ついに……奈落のもとに辿り着いた。
そして、ためらいもなく切り捨てる。
その、絶対的な死を与える鎌で。
斬撃を受けた“それ”は絶対に助からない。
死は絶対的な運命の終局。
因果をかき回しても、なかったことにしても――覆すことは出来ない。
”死”んだ、絶対に。