「貴様らとの因縁もここで終わりだな。ノアⅢのコア・ギガロマニアックスが消えれば希テクノロジーも何も出来まい。それに、野呂瀬が生きていると言っていたが――そんなものはどうせ“死んでいないだけ”だろう」
絶対の死を与える鎌――【
その姿は何やら頼りなさげで――なんとも気が抜けているのだった。
「それは――どうかな?」
声がかかる。
それは生きていてはいけない人間のはずで。
この世界にいることがおかしい人間。
からかうようなその声は、脳髄をかき回す不快な音。
「な、奈落? 馬鹿な――もしや……双子?」
「それこそ、まさかだよ。私みたいな不完全は世に二人といないさ――君が殺したものをよく見てみたまえ」
奈落は束がいた場所に佇んでいる。
まるで最初からここにいたのだと主張するように。
だが、それこそありえない話だ。
すべてを殺す力がワープだろうと時間停止だろうと無効化してしまうのだから。
ぶわっと不安が沸き起こる。
もしかしたら、死の力がこの化け物には通用しないのではないかという恐怖。
頭がぐちゃぐちゃになった千冬は思わず奈落の言葉に従ってしまう。
――つまり、自分が殺した”もの”を見た。
そこにあったのは干からびた老婆。
アリスルックの服にかろうじて引っかかっている。
生前の栄華を微塵も感じさせない哀れな死体がそこにあった。
「え? 束、どうして――お前が」
「そう、君の鎌に貫かれているのは君の親友だ」
目の前の老婆を束だと疑ってはいない。
奈落は倒したはずで――
それで、長年の因縁も終わりのはずで――
――それがどうして、目の前の老婆が死んでいるような事態に陥る?
そもそも、おかしいではないか。
ついさっきまであいつは少し離れた場所で囚われていた。
位置関係も逐一把握していた。
入れ替える暇などなかった。
そもそもあの死体は篠ノ之束か?
なぜ一瞬で老けたのか――千冬には心あたりがあるのだろう。
だからこそ、目の前の死体が束だとわかる。
幻覚ではありえない。
実質の所、メガロマニアックスが操るのは幻覚=妄想でしかない。
現実をどうかするのはその応用だ。
だから、幻覚には引っかからない。
相手が操り、自分が頼みにする幻覚を――間違えたりはしない。
幻覚にかかったわけではない――これだけは絶対だ。
そう、剣士が剣の振り方を失敗することがないように、拳法家が拳の握り方を忘れることがないように――骨の髄にまで染み渡っているのだから。
では、なぜ?
一体何がどうなって――自分は束を殺したのだろう。
唯一無二の親友を。
ただ一人、全てを打ち明けられる血の繋がらない姉を。
血は繋がっていなかったが、束のお陰で千冬はここまで生きてこられた。
支えてくれる人がいなかったら、終わっていただろう。
彼女はただ一人で世界と戦えるほどの強固な精神など持ってはいない。
幾多の廃棄された人間たちと同じように。
この力でさえ、本当は束を守るためのもの。
ただ一人で世界と戦えるほどの強固な意志を持った彼女を。
いや、今はもう一人……誰かいたっけ?
「さて――聞こえているのかな? 束を殺したことがわかった瞬間に精神崩壊なんてやめて欲しいのだがね。まあ、ただ強いだけの君など実のところ障害ですらないわけだが。そう、あの憎き束がいなければ、君は目的すらあやふやになってしまうのだろう?」
「…………」
千冬は虚ろな目をして突っ立っている。
奈落の言葉でさえ聞こえていない様子だ。
「やれやれ、私のかわいい子供たちの紹介ができると思ったのだがね――いや、子供と言ってもディソードのことさ。あれらは私が生み出したもので――生命とすら呼べはしないが、それでも子供だよ。まあ、いいさ。一応耳はあるのだから、自慢だけしておこう」
その表情は本当に得意げで、自らの異能に絶大な親愛を抱いていることを伺わせる。
「【
「そう――“私は最初から束のいた場所に立っていたし、束もまた私のいた場所で囚われていた”というふうに、過去を改変した。もちろん、私ははじめからこの位置だったとしか覚えていないがね――君は違う。君自身には幻覚も、認識の入れ替えも通用しない。逆に言えば、変更された後の世界を知ることが出来ない。君だけが前の世界を知っている。私が知るのは能力を使ったということだけ。だから、光学系スキルで姿を入れ替えたら――束を私と信じた。そして私だと思って束を殺したわけだ」
「どうかな? 中々に上手くやったものだろう? 君には異能が通用しないが――わずかな隙を突かせてもらった。相手がいくら最悪であろうとも……知恵を使って乗り越えることが出来るのさ」
「なぜだ? そんな――過去を変えるなど、神のごときディソードを持っていれば、そんな策略など必要なかったのではないか?」
「うん? お話する気になったのかな。ま、それについては至らない話でね。ただ単に、そんなだいそれたことができないというだけだよ。怪力のスキルを持っていたところで、限度はあるだろう? それと同じように、この異能も強すぎる因果の組み換えはできないんだ。強すぎる因果と言ったって――改変できる弱い因果の対比でしかなくてね。それこそ、弱い因果などごくごく僅かなものでしかないよ。立ち位置を変えるだけで精一杯だ」
とのことだ。
ぐだぐだと長いセリフを述べていたが――簡単に言えば、奈落の持っている能力などどれもけっこう弱くて大したことはできないということだけ。
「一つ、聞いても?」
「ふむ、話に付き合ってくれた礼だ。聞くだけならいくらでも」
千冬には顔色を伺う様子が見える。
奈落もうなづく。
優しいというか――束を殺せて油断している。
有り体に言えば、調子に乗っている。
「一夏に何をするつもりだ?」
先ほどまで死に体だった彼女の視線に殺気が交じる。
「……質問の意味を図りかねるね。彼に何かしようとした覚えはないよ」
こちらはさらりとかわす。
「――あいつは私の弟だ」
「なるほど。家族だから心配しているのか。つまりはそれが君の心残り。生きるに値する理由というわけか」
今にも鎌を振りかぶりそうな千冬を見て、奈落は何度もうなづく。
「ああ、あいつだけは守る。他のものを守れなくっても、ただ一人の家族だけは……っ!」
「そう。その点については安心してくれていいよ。一夏を何かに利用しようという気はないから。ノアⅢのコア・ギガロマックス――つまりはただの
色々言ったけれど、一言で言えば奈落達のやることに一夏は役立たずということだ。
よって、手を出す気はないらしい。
「そうか。なら、いい。殺せ――どうせ、生かしておく気など無いのだろう?」
「ないよ。束がどんな仕掛けを残しているか知れたものではない――君の絶対死の鎌を受けたとしても。摘める芽は全て抉っておかないと、ね」
千冬は鎌を手放す。
奈落は鎌を構え直す。
「なあ――奈落。私達はどうして生まれてきた?」
「さて、ね。楽しむためではないのかな?」
「――ふ。確かに人生は辛いことだらけだったが……楽しい時もあったな」
「笑って死ねるのなら、悪い人生ではなかったということだろう。その表情が苦悶や後悔に変わらぬうちに――その命を刈り取ってやろう」
奈落が全てを諦めて穏やかに笑う千冬に鎌を振り下ろす。
「――っ!」
響いたのは、血が流れる不快な水音――
――ではなく、鉄と鉄がぶつかる無骨な音。
「……一夏。そういえば、君もISコアの初期設定を変更できたのだったな。足の傷は傷まないのかな?」
「足の傷なんて知ったことか……! 千冬姉を殺させやしない。たとえ相手が――奈落、お前でも」
千冬に振り下ろされる鎌を止めたのは一夏だった。
彼らが戦う場所はわずかしか離れていないとはいっても……一夏、セシリア、鈴音は足の腱を切られている。
ここまで来るにはISが必要。
だが、ISは負傷した人間の搭乗を拒否する。
だからこそ、今までただ見ているだけしかなかったのだが――
――今、一夏はISをまとって奈落と対峙している。