第40話 第三次世界大戦開幕
「さて、あの事件があった後――臨海学校は何事もなく過ぎたな」
「そりゃ、あの事件が終わって箒のことで色々やってるうちに遅くなっちまったし。それに二日目にしたって、午前に遊んで後はバスで帰るだけだろ。そう何度も事件が起きられちゃたまらねえよ」
ここは食堂。
楽しかった旅行も終わり――今はこうしてだらだらと飯を食べている。
もちろん、他の皆も同じ。
それぞれ思い思いに会話に花を咲かせている。
もっとも、織斑教諭だけはとても忙しそうだったが。
「そして、今は食堂で夕食を食べているというわけだ」
「うん、なんでそんなに説明的な口調なんだ?」
悟ったような表情をする奈落に一夏は怪訝な表情を隠さない。
あるいは、訳の分からないこの男も疲れているのかもしれない。
「いや、なんとなくさ。そう――なんとなく、昨日はあれだけ密度が濃かったのに、今日はやけに何事も無くてね。昨日はまるで何週間も続いていたようだったが、いや――これだと気が抜けてしまう」
「そうか? 気楽でいいけどな」
しみじみと言う奈落。
まるで戦争を経験してきたかのようだったが――あれはまさしく”小さな戦争”と呼ぶに足るものだった。
最期は第三勢力が出て和平を結ばざるを得なかったものの――とてつもない戦争だった。
「まあ、ね。昨日が異常だったんだ。これくらいのほうが――む?」
「どうした?」
何の脈絡もなく奈落が戸惑ったように見える。
だが、この反応は電話をかけられた人間のようにも思える。
まあ、そのままなのだが。
特殊な周波数を発信する骨伝導型の秘密通信機。
これは能力などなくても少し訓練を受ければ誰にでも使える。
「いや、本社の方でなにか重大な問題が発生したようだ。やれやれ、あんなことを言ったばかりだというのに――」
奈落はぼやきながら立ち上がる。
そして、一緒にいた他の人も立ち上がっていく。
それぞれに連絡が入ったようだ。
それでも一夏は――
「変な偶然もあったもんだな――」
くらいにしか思わなかった。
だが、帰ってきた奈落は――憮然としていた。
「まさか、このようなことになるとはな……っ!」
唇を噛み締めて悔しがっていた。
この男がここまで悔しがることなどそうはない。
「おい、奈落、一体どうしたってんだ?」
「ふん。そんなこと――テレビでも見てればわかるさ」
不機嫌なままに、顎でテレビを指し示す。
「はあ?」
そう言われて食堂に備えられたテレビを見るが――普通の番組しかやっていない。
この口ぶりでは緊急特番でもやっていそうだが、それもない。
頭を抱えている奈落を尻目にテレビに集中してみても――やはり彼がこんなことになった原因というのはまるでわからない。
「ええっと、鈴音とかシャルとか――戻ってこないな」
「…………話すことはそれこそ限りないだろう」
断定する。
今の雰囲気の奈落には話しかけづらいものがある。
「それって、どういう――」
「ふん。初めに戻ってきたのは――」
ちらりと見やる。
「僕だよ。一夏はちょっと残念かな?」
そこにいたのはシャル。
やはりいたずら気な笑みを浮かべて楽しげですらある。
「いや、なんでだよ」
一夏は突っ込む。
自分にはシャルを嫌っている覚えなど無いからだ。
「残念なのはセシリアに鈴音の方みたいだね」
シャルは溜め息をつく。
あてが外れたといより、そこまでかーと半ば予想していた風でもある。
「は?」
「別にわからなくてもいいよ。それをしなきゃならないのは二人の方だから。んで、説明を僕にさせたいの? 奈落。一夏は何も知らないようだけど」
「ああ、私の口から言うのは馬鹿馬鹿しくてな。テレビでやるかと思ったんだが、それもない。まったく、報道の自由も大概だな」
「あはは。まあ、そだね――あれはちょっと言及したくないかもね」
「いや、だから――どういうことだよ? お前が説明してくれるんだろ…….シャル」
「うん。僕にとっては馬鹿が馬鹿やってるって感想しかないんだけどね。ホントにもう――だから人間はどこにも行けないんだ」
「――へ?」
その憎しみとも諦めともつかぬ言葉に一夏はとまどう。
だけど、シャルは待ってなんてくれなくて。
「一言で言えば、戦争だよ。世紀のテロリストと国家連合の戦争だ。あの男は第三次世界大戦と言った」
「それって――」
「そう、彼は世界に宣戦布告した。現代に生きるナチスの亡霊共が力を手に入れ――ミレニアムを名乗り。世界を相手に立ちまわるその男は――少佐、と呼ばれている」
「世界を支配しようとでも?」
「その通り。文字通りの武力が支配し、維持する
「――世界征服ってわけか」
「そう、そして――手始めはアフリカだよ」
「アフリカ?」
「うん、アフリカ。おかしいよねえ――、今もミレニアムにアフリカの人々は殺されまくってるのに、日本は気づいちゃいない。正確に言えば、メディアが取り上げてないだけなんだけどね。海外のニュースを見て気づいた日本人はかなりいるはず。ま、気づいたところでなんにもできないんだけどね」
「アフリカの――支配」
「うん? 支配じゃないよ、虐殺。劣等民族は皆殺しだってさ、おっかないね。そんなわけで、彼らは殺しまくってるわけさ。ナチスの悪行の中では虐殺はけっこう有名だと思うよ」
「でも、テロリストなんだろ? 一国どころか、一つの大陸を攻め落とす戦力なんて――」
「あったみたいだよ、こっちはよくわからないんだけどね。なんでも、ISが10機に空中要塞が1機だってさ」
「でも……それなら、対抗だってできるんじゃ」
「いやー、むりむり。アフリカなんていつでも民族やら何やらの問題でピリピリさせてるからね、協力なんて出来ないよ。で、自分だけでやろうとして数に押し負けちゃうんだ。バカだよねー。救いようがないよねぇ」
「いや、だから……なんでお前はそんなに人に厳しいんだよ」
「違うよ、僕が他人に厳しいんじゃない。他人が自分に優しすぎるだけさ。で、僕達も何もできないから大人しくしていようって腹なんだよ」
「ちょっと待てよ。大人しくしてるって……何もしない気か?」
「ああ、正確にはできんのだよ」
奈落が答える。
この答えは自分で言わなければならないと思ったから。
変なところで妙に律儀だ。
「ちょっと待て……お前なら、ISの10機や20機なんとかできるんじゃないか?」
「一夏、お前はわかってないよ。我々は防御するしかなく、奴らが攻撃する側だ。それがどれだけ不利なことか――」
「こっちが出て行って相手を倒せばそれでいいだけの話じゃないか?」
「――ふん。それはよく愛と勇気が勝つお伽話に出てきそうな楽観論だ。ああいうのに出てくる敵は倒されるためにいる木偶だ。だが、どうしようもなく愚かで醜いミレニアムの連中は間違っても倒されたいとなんか思っちゃくれていないのだよ。奴らが思っているのは、そう――殺したい、戦いたいくらいのものだろうさ」
「いや、まあ、現実とアニメをごちゃ混ぜにするなっていや、そうだけどさ――結局、なんで攻められる側が不利なんだよ? 砦を攻めるにゃ四倍の兵力が必要とか言うだろ」
「そんなものは重要拠点の話で、それも局地的な――守るものが一個しかないときだけだ。相手は好きな時間に、好きな数で攻められる。それがどれだけの脅威かわかるか? 私はいざというときのために戦うことはできない。それは国家ですら同様だ。だから、誰もアフリカを助けない」
「なら、皆が……」
「箒以外は駄目だ。それぞれがそれぞれの国に対して、攻められた時の戦力として温存される義務がある。いや、箒だけでなくお前も自由か。だが、お前と箒だけで何ができる?」
「それでも、なにかができるはずだ」
「心ゆくまで空の旅を楽しむことか?」
「……うぐっ!」
「どうしようもないんだよ。座して結果を待つしかない。ほら、ようやく緊急速報が始まった。これでも見ながら皆が話し終えるのを待とう」