「さて、皆が戻ってきたか。仕方ないが、暗い顔だな。唯一例外がいるようだが」
一様に暗い皆を見回して言う奈落。
その言葉には自嘲が混ざっている。
内心で一番苦く思っているのは奈落だ。
「――ふん。待機命令を出されていなければナチスの亡霊など今すぐにでも息の根を止めに行きたいほどだ」
ラウラは息巻いている。
だが、それは不可能だ。
なにせ、国家元首に直接言われてしまったのだから。
元々奈落は超危険人物にして要注意人物。
そんな彼のそばに居る人間はそう簡単には動かせない。
こんな状況になった以上、目を離すなど自殺行為だ。
「そう逸るな、あの馬鹿どもを縊り殺すのは後の機会だ。でないと、我らのほうが喰われかねん」
「わかっている。だから、こうして待機している」
ラウラはドイツ軍人だが、それほど自国に愛着を持っているわけでは――実はない。
だが、ドイツ国民――ことに軍人であればナチスはこの上なく嫌悪すべきもの。
本拠地が判明すれば自国の防衛を放棄して殴りかかっていっても不思議ではないほどに。
そんなんだから、ラウラでさえも落ち着きがなくなっている。
「――奈落。あんたの思ってる通りうちも……中国も相手の出方を待つ体制よ。なにか、あんたならできることがあるんじゃないの?」
横から鈴音が声をかける。
言っていることはもっともだ。
希テクノロジーは不気味なまでに闇に覆い隠されている。
その秘密の中にナチス残党を倒せるほどの兵器が隠されていてもおかしくない。
「は! できることね――」
奈落は笑い飛ばした――自嘲げに。
こういうときは”こんなこともあろうかと”でなんとかなるものかもしれないが――そこまで甘い話があるわけがない。
「そうですわ。奈落さんなら、こんな最悪の事態に備えているんじゃありませんの?」
セシリアの顔が輝く。
この虐殺の風が吹く中で希望が見出された――ということだろう。
その希望は――無為に終わる。
「備えているさ――そう、備えている」
うつむき加減で答える。
「なら……!」
他の皆も身を乗り出す。
「今まさに準備している最中なんだよ……あいつらへの対抗部隊は。まともに動かすことすらできない」
だが、実際はこんなものだ。
新兵器というのは大概が完成した途端に強い敵が来る――そんなものではなく、うってつけな状況が終わった後に完成するものだ。
新兵器なんてそう簡単には開発できないから。
何ヶ月も――モノによっては何年、何十年とかけて開発していくものだ。
開発が終わってすらいないものは戦場に投入できない。
そんなものはただの鉄くずだ。
邪魔なだけ。
「なんだ……」
「がっかりです」
皆も肩を落とす。
さすがにとっとと完成させろ、なんて無茶は言えない。
できるなら、奈落がどんな無理を通してもやっているはずだから。
「ああ――そうだ、本音」
「ひゃい!?」
そっと後ろのほうで様子をうかがっていた布仏本音はいきなり声をかけられて驚く。
そんな本音を気にすることもなく言葉を続ける。
「昨日、こいつらに食事をおごる約束をした」
「ちょっと、そんなことを気にかけている場合じゃ――」
奈落は鈴音の言葉を無視する。
清々しいまでに自分勝手だ。
そして、意味がわからない。
「更識楯無に良い場所を見繕わせろ。そして、礼に彼女も招待する――そうだ、お前も来い、本音」
とのことだ。
どうやら、強引に日本政府とのパイプを作ってしまうつもりらしい。
更識家は日本の暗部。
当然、政治家に直接つながっている。
「いや、いきなりそんなこと言われても困っちゃうよ~。えっと、楯無ちゃんに用事なら取り次ぐけど」
そんなことをいきなり言われても本音にはどうしようもない。
今日だって、監視の任で来ているのだ。
そう簡単に下っ端がほいほい上に話を通せるわけがない。
「その必要はないわ」
さっそうとご本人が登場する。
おそらくは最初から見ていたのだろう。
奈落の様子をうかがうために。
二重偵察というわけだ。
「ええ、良いお食事処ならいくつか知っています。皆さんの都合の良い時間をお教え下さい。なんなら――今からでも良いのですよ」
あくまで、謙虚に――だが慇懃無礼に振る舞う。
人好きのする笑みに美しい動作――さすがは日本政府の暗部の長『更識楯無』。
当主が代々襲名する楯無の名にふさわしい女。
気品を持ちながらも、その気配は鋭い。
「流石に、ここまでの事態となれば手も早く打たざるをえないか――だが、さすがに早急だな。皆もまだ事情をまとめるのに時間が要るだろう。だから――明日の夕食にしよう。構わないか?」
奈落はかすかな笑みを浮かべる。
どうやら意外に挑発的なこの女を気に入ったようだ。
もっとも、彼は日本を特別に考えているわけではないだろうが。
なにせ彼が生まれた国など――存在すらしていないのだから。
「私は構いません。最高級の所をご用意させていただきます」
女は優雅な礼で答える。
その頭の中では色々な策が巡っていた。
どこを用意するべきか。
第一条件としてこの男に気に入ってもらわねば話にならない。
第二条件、他の国の人間たちを刺激しないように。
ざっとイギリス、中国、フランス、ドイツの人間が一堂に会するのだ。
万が一にも会食をぶっ壊されては目も当てられない。
第三条件、暗殺のされにくいところ。
第四、第五と考慮すべき条件は山のようにある。
「では、そのように。各自解散、明日また会おう――いや、いまさら報道が始まったか。さて、少し見てみるか」
奈落の言葉を皮切りに全員がテレビを注視する。
テレビが切り替わった。
やっとのことで緊急特番が組まれたらしい。
「緊急速報です。少佐と名乗る男が率いるミレニアムの名を関するテロリスト集団が世界に対し宣戦を布告しました。日本だけではなく、中国やアメリカなど一つも欠けることのないすべての国々に対してです。この状況で日本は世界に対する責任を問われます」
報道はまだ続いているが、ここで奈落たちは見るのをやめた。
後は、この状況は予測できなかったのかとか――今現在攻められているアフリカを静観するのはどうかとかの議論をやっていたからだ。
否、初めから結果ありきでしゃべくるのは議論とは呼べない。
ただのトークショーだ。
「なるほど、こういう報道か」
「何か――言いたいことがありそうですわね、神亡奈落さん」
楯無が言う。
ほんの一瞬……一瞬だけ眉をひそめたのを見逃さなかった。
「別に」
奈落は短い言葉で返答する。
気のない返事だ。
その奈落の目が細められる。
ネタがなくなったのか少佐が行った演説を流すようだ。
肥った――悪魔の様にいやらしい笑みを浮かべた男が画面に現れる。
「諸君、世界各国の紳士淑女諸君。私は君たちに宣戦を布告する。
「――そう、戦争だ。
「覚えておきたまえ、諸君。いつもと変わらぬ平和な日々を謳歌する一般市民諸君。不運な君たちは覚えておくべきだ。世の中には手段のためなら目的を選ばぬどうしようもない輩が存在することを。
「つまりは……とどのつまりは……我々のような。
「私は戦争が大好きだ。だから、殺したり殺されたりするよ。さあ、戦争を開始しよう。一心不乱の大戦争だ――面白くなるぞ。ああ、面白くなる。
「では、ごきげんよう。紳士淑女の諸君」
映像が途切れた。
テレビはこの演説に対する解説をやっているようだ。
普通の一般市民が日常感覚で狂気を解説するものだから、ちぐはぐに過ぎて中々に笑える。
「ね―、らっくー。らっくーはこれからも忙しそうにするのかな?」
本音がこんな状況でも文字通りにのほほんとした態度で言う。
とはいえ、的を射ている。
奈落がどうするか――国に対して責任を負う面々は気にかけない訳にはいかない。
希テクノロジーの重鎮、実行部隊の長、世界最強のブリュンヒルデすら手玉に取る最悪。
これほどまでに世界を脅かす人間が他に存在するだろうか。
今でこそ世界に対して友好的な様子であるが――いざ世界に牙を向けばどれほどの脅威になるのだろうか。
……あるいは、少佐と手を組めば究極的な――そして完全無欠な世界征服さえ夢物語ではなくなるのだろう。
「そうなるな。しかし、考えることは山積みだ。まさか、この私が頭の痛くなるなんてことを体験するなんてね」
「ん~。責任者さんならけっこうそういう体験してそうなものだけど」
会話は和やかに行われている。
しかし、どれほど聞き耳を立てられていることか。
「いや、考えることが多い事自体は苦痛ではない。頭がパンクしそうになるくらい情報が詰められて、それぞれに答えが求められるのも――中々に面白い。本音も一度、情報の洪水に溺れてみるのも悪くないぞ?」
「いや~、私は遠慮しとくよ。そんなことになったら、私壊れちゃうかも」
「で、本音はどうする?」
「何が?」
突然の話題転換。
「これからについてだ。お前はISの操縦が得手ではないだろう。しかし、政府の人間だ。何もせずにはいられん。こんな状況では、な」
本音は楯無家に仕える人間だ。
だから、何もできませんでは済ませられない。
彼女は人を和ませる才能を持っているが――相手に余裕がなければひたすらにうざったいだけだ。
そんな彼女が何が出来るかというと――何が出来るのだろう?
「私、戦闘は苦手~」
のほほんと言い放ってしまう本音。
そんなところが彼女の魅力だが、戦闘能力は見たまま。
つまり、役立たず。
戦場に立たされればすぐに死んでしまうだろう。
そう、戦火に巻き込まれる小動物のように。
「なら、私のもとに来るか?」
「――へ?」
あっさりと言い放ってしまう。
はたから見れば愛の告白とも取れなくはない。
そして、にわかに外野が騒がしくなる。
聞き耳を立てているのは――専用機持ちだけとは限らない。
「お前がそれでいいならな。それができれば、それ以上のことは求められないだろう。日本に滞在している以上、政府とのつながりはあったところで困らない」
奈落には告白した照れなどは見受けられない。
本当に告白したわけではなさそうだ。
どちらかと言うと、可愛い小動物に対する扱い。
「それ、らっくーがそうしたいの?」
本音が聞く。
ただ必要だから求めたのか――
――純粋な好意で、役目は適当なものか。
それだけは聞いておきたい。
いくらぼんやりしているとよく言われる本音でも。
「ああ。私はお前が欲しいよ、本音」
断言した。
「そ……っか。らっくーはそうなんだ。いや、いっちーと同じく自覚してるってわけじゃなそうだけど……」
本音は嬉しそうにするも――影はある。
「答えは?」
「いいよ、私を好きに使って。らっくー」