食事が終わった後、そのまま全員で学園に戻る。
暗い雰囲気の中、バスはゆっくりと走り――誰もが黙った中、食事会は終わった。
そのまま流れ、解散する。
「――奈落」
帰り道、一夏は奈落に話しかけていた。
雰囲気は暗い。
「お前が黙ってろって言うから、俺もそうした。けど、本当に俺ができることって何もないのかな?」
先の会食ではいやにおとなしいと思ったら、そういうことだったらしい。
でなければ、この熱血漢が唯々諾々と“見ていることしかできません”と言っているのをほうっておくわけがない。
青っちょろい正論を振りかざしていたはずだ。
しかし、そんなものは無為に等しい。
大体、シャルにもラウラにも鈴音にもセシリアにも――楯無にもどうすることもできないのだ。
先ほど語ったアレは政府の方針――彼女たちは変えるどころか、反論すらも許されない。
一兵卒に戦いの是非を説いてどうしようというというのか。
先のは互いの方策を確認しあうためのものでしかなかった、故に本当なら彼は出席すること自体が間違いだ。
彼が日本所属の専用機持ちかは大いに疑問の残るところなのだから。
「――何もしなくても、誰も責めないさ。そんな滅茶苦茶なことは言えない。日本が攻められれば、微妙なところ……いや、さすがにそれは責められるか」
奈落は韜晦する。
先の会議で唯一決定権を持っているのが奈落だ。
本人と完全にそちら側であるシャルとラウラしか知らないことではあるが。
ただ、かなりの権力を持っていることは皆気付いている。
もっとも、立場上ミレニアム撃退に協力的であるはずがない。
なぜなら、有償での協力を求められる事こそあり得るが――人々を守るのは政府の役目だ。
企業の役目はただ利益を追い続けることのみ。
人助けなど――それが見せかけならともかく、真っ向から反逆する。
「責められないからって、なにもしないのとは違うと思う」
それでも、一夏は納得しない。
戦わない方が利口な選択であることは十分わかっている。
それでも、何かしたいのだ。
言葉にはできなくとも、想いは本物である。
「何かするほうが、何もしないよりもいいって? しかし、責任の場合になるとそれは違う。何もしなければ、責められないしそれがプラスになることもある」
それを――奈落はこき下ろす。
彼は想いとかそんなものじゃなく、現実論で反論する。
何かしたいのはわかる。だが、それは不利益を被ることだと。
なにもしないというのは裏を返せば万が一の事態に備えているとも言える。
戦闘を担当する場合は身体が資本。
いざというときにボランティアでへろへろです、では困るのだ。
ISを預かる立場としては動けない。
それは、学園に所属する代表者達には十分自覚されていること。
「だから――」
それでも食い下がる。
利害がどうとかではないのだ。
ISを預かる者ではなく、一人の人間としてなにかせずにはいられないのが彼なのだから。
それは――奈落も十分知っている。
友達……なのだから。
「しかし、なにかやれば話は別。失敗すれば盛大に責められる。成功しても――褒められるとは限らない。というよりも、名声を得られることなど無いだろう。他の失敗を押し付けられて責められるのが関の山。自分の失敗を責められないのだけが救いかな? だって、失敗なんてないんだから――捏造よりも押し付けのほうが手っ取り早い」
だが、奈落は友人として忠告する。
決定的な現実論を。
人に絶望したものの一般論を。
普通という罪悪を知る悪役としての持論を。
死んだ英雄だけがいい英雄だ――とは、誰の言葉だったか。
「それでも、自分のことを考えてなにもしないのは違うと思う」
それでも屈しはしない。
ひたすらに頑固に――
――そして一途に。
自分のことを考えないその姿勢は理想に準じる殉教者のようにも見えるが――さて。
「――ほう? 苦しいだけで、その先になにもないというのに。それでも、戦いの道を選びたいのか?」
奈落は――押されていた。
彼は自分の友人の態度を見る限り、己が忠告を十全とはいかずとも半分程度は理解していると感じ取った。
彼の心が動き始める。
友の行く末がどんなに悲惨なものになろうとも――自分はそれを覚悟する友人を手伝ってやるべきではないのかと。
どうせ、ノアⅢが完成すればどんなに悲惨な者でも一人の例外もなく幸せになれるのだ。
「――ああ。そうしなきゃ、俺の心が納得出来ない」
一夏はしっかりとうなづいた。
どんな苦行も乗り越えてみせる、とその顔は言っていた。
「そうか、茨の道だぞ」
これならば、これでいいんじゃないか?
自分の権力を持ってすれば何年か一人を匿うくらいは造作も無いことだ。
友人の覚悟を尊重してやってもいい。
そう、奈落は思い始める。
「わかってるさ。お前がたっぷりと教えてくれた」
「なら、私がその力をくれてやる。ミレニアムに対抗出来るだけの力を」
ニタリと笑った奈落が言う。
一夏が彼の意志を変えて見せた。
「――できるのか?」
「できるさ。準備中と言ったろう? 完成している武器もあるし、強襲のためのブースターも出来上がっている。動かせないのは、それを動かす肝心のISだけだ。パイロットもロールアウトしている」
そう、奈落は少佐と戦うための準備を着々と進めていた。
漫画なら、できあがった頃にでも少佐たちが攻めてきたのだろうが――そんな都合の良いことはなかった。
肝心要のISが完成していない。
武器なら、奈落が以前にも使ったオーバードウエポンがある。
無理なくその運用を行えるようにするのが今作っている機体。
まがりなりにも束が手がけた第四世代機の白式なら使う“だけ”ならできる。
「なら……っ!」
「ああ、奴らが襲ってきた時が貴様の出番だ。しかし、チャンスは一度きりだ。まあ、襲われる国次第だが――希テクノロジーの権力を持ってしても国際社会相手に無茶を通せるのは一度だけ。失敗したら後はないと思え」
むしろ、一度だけというのは一夏を気遣っての言葉。
弱小国家ならば希テクノロジーに逆らえるはずがないのだ。
何度も何度も自分の友人を負けさせるつもりは奈落にはなかった。
「わかった」
「わかった? お前がわかってないよ。勇者など、本来なら暗殺されてしかるべきなのだ。それをわかっていない」
奈落の目が鋭くなる。
これは、奈落一流の景気づけだ。
「――な?」
「そう、覚悟しろ。この瞬間からお前は世界に対して責任を負うことになった。もちろん、一銭の得にもなりはしない。それを選んだのはお前だ」
「それは――」
「自覚を持ち、覚悟を持って事態に当たれ。自らの誇りに従い、己が心のしたいままに行動を起こせ。そして、他人を恨むな――理不尽こそが世界の掟だ」
「わかってる。そんなことはわかってるさ」
「ならば、上を向け」
一夏は奈落の顔を見る。
が、奈落はふるふると首を振る。
「? 向いてるぞ」
「違うさ。私が言っているのは上空を見ろ、ということだ」
「えー、と」
そこで上空を見る。
「【オービットベース】」
「は?」
厳かにつぶやいた奈落に疑問を投げかける。
上だと言っても――空しか見えないではないか。
何かがあるようには思えない。
あ、鳥が飛んでる。
「遙か上空――この真上、静止軌道上に存在する宇宙基地だ」
「え、宇宙基地? そんなもの持ってるのか、お前」
どうやら目を凝らしても見えるわけがないところにあるらしい。
いや、奈落には見えているのか。
とはいえ、宇宙とは――これまた。
確かに人工衛星ならいくつも、数えるのも嫌になるくらい浮いている。
そのおかげで便利な生活ができているのだ。
それでも、宇宙基地など――それこそ計画されているだけで実行は永久延期状態。
そんなものを想像しろというのも馬鹿げている。
「あくまで希テクノロジーの持ち物だがな。中々に便利だぞ? 領宙なんて概念はないからな。このような時は特に便利だ」
「すごすぎて言葉もねえな」
「では、上がるか」
「上がるって?」
「上に行く。ジャミングしておけば問題はないだろう」
「いや――宇宙だろ? 行けんのかよ、そんなところ」
「忘れたのか? ISとはInfinite Stratos、宇宙活動用パワードスーツだ。成層圏突破くらいできないはずがない」
「いや、その理屈はおかしい」
「推力が足りないなら引っ張りあげてやる。行くぞ」
「ちょ――」
二人は空を超えて上がっていく。
なんとも――慌ただしいことだ。