「く……ぐぅぅ」
視界が紅蓮に染まる。
オービットベースは大気圏外にある。
そこから地球に向かうのだ。
大気との摩擦がとてつもない温度の上昇を生む。
「――熱い。だけど……耐えられない……ほどじゃ……ないっ!」
ISは操縦者を保護する機能がある。
そして、ISに付着した鏡面結界は摩擦を減らし、熱を逃がす効果がある。
それでもなお――高熱を逃し切れない。
「うう――ぐっ……!」
それでも耐えなければならない。
耐え切れずに減速すれば滅茶苦茶なところに落ちてしまう。
それどころか、変な角度で落ちれば燃え尽きることもあり得る。
「――っ!?」
耐え切った。
蒼い海が見える。
だが、ここで一安心小休憩とはいけない。
すでに敵は出現している。
「ここで、VOB始動!」
後ろにあるブースター……見たままで言うとブースターの前に一夏が括りつけられているのだが、それが点火した。
すさまじい加速でぶっ飛ばす。
怒涛の加速。
殺人的なスピードで駆けていく。
「織斑一夏!」
「え!? セレンさん、なにか――?」
毅然とした声が届く。
「敵AFはギガベースと呼ばれる型だ。海に浮く超弩級砲台――精度は低いが、砲撃に気をつけろ」
「砲撃――っ!?」
海の彼方から爆発音が聞こえてくる。
そして、大きな光が来る。
ISくらいならば楽に飲め込めるほどの大きさ。
喰らったら骨も残さず消滅してしまいそうだが――別にそんなことはない。
「ちぃっ――!」
一夏はかわせない。
身をひねることすらもできない。
初めてVOBを使うのだ。
気をつけろと言われてもどうしようもない。
ただ、大きな光の軌跡を眺める。
「――は?」
なすすべもなく放たれてしまった砲撃ははるか上空を通り過ぎていった。
「……いや、どこ狙ってんだよ」
ダメージはもちろんない。
ただ相手が外しただけだ。
一夏は見ているだけしかできなかった。
こうなってくると慌てたことが恥ずかしくなってくる。
「――っ!? 次……っ!」
またもやハズレ。
射撃精度が低い――セレンが言っていたことだ。
なるほど、避けなくても別に当たりゃしないようだ。
「このまま当たらずに行けるかな――っ!?」
ガタガタガタッ!
激しい揺れが一夏を襲う。
明らかな異常事態。
飛ぶ方向すら見失ってしまいそうなほどに震える。
「ちょ、これ――!」
「すまんな、一夏。故障だ」
奈落からの通信が入る。
「は!? 故障――」
冗談ではない。
さらりと言ってくれたが――それで苦労するのは一夏だ。
というか有り体に言ってヤバイ。
ファンシーに言うと激ヤバ。
「こちらで計算した所、ブースターが持つのは後30秒――安全係数を考えて、10秒で廃棄する。後はISの通常推力で飛んでくれ」
「ちょっと――!?」
まだ見えはしないが、すぐ向こうに敵がいるはずだ。
それに、見当外れの砲撃も何かのはずみで当たらないとも限らない。
ブースターがなければとろとろ進むことになる――狙いがブレまくっていると予測できないだけ逆に怖い。
――逃げ出したい。
けど、戦うと決めたのは自分だ。
他の皆も引き止めこそすれ……背中を押しはしなかった。
「――ち。これだから新型兵器というものは好かん。おい、奈落。通常推力では後3分ほどかかるぞ」
「3ふ――」
セレンが凛とした声で絶望的な宣告を下す。
声には嫌悪が混じっていて、本当に新型兵器というものを嫌っていそうだ。
とはいえ三分?
全力で突っ込んでいってもそんなにかかるのか。
「織斑一夏! 気を逸らすな、貴様は戦場に立っているのだぞ。敵IS部隊もこちらに向かっている。どうやら、障害を先に取り除くらしいな――ふん、作戦目標を変更するなどずいぶんと余裕がある司令官がいるようだ」
「――っく!」
前を見る。
豆粒みたいな敵ISが目視できるようになってきた。
もう――やるしかない。
腹をくくれ、織斑一夏! そう、自分で言い聞かせる。
「――奈落。作戦の変更を提案するぜ」
「ベルナドットか――変更だと?」
こっちはこっちで勝手なことを言っている。
一夏としては、横でなにかやられると気になってしょうがない。
とりあえず――敵ISに狙撃装備はなさそうで安心だ。
近接格闘型の白式では狙撃の上手い相手だと何もできずに沈むから。
「ああ、とはいってもただの思いつきじゃない。そもそも元々の作戦でさえ思いつきだったんだ。うまく行っている状況のことだけ考えるのは馬鹿げている。このくらいの状況は想定しておくべきだったんだが、お前らは忙しそうだったんで――俺が考えとくことにした」
ベルナドットはただ暇そうにしている男ではなかったらしい。
「なるほど。私にもセレンにも計算で手がいっぱいだったからな。お前が考えた作戦ならそうそう穴もないだろう。よし、一夏聞こえるな? ベルナドットの作戦で行くぞ」
奈落は即決。
連絡を回す。
「おいおい、事前に聞かなくていいのかよ」
「私はお前の腕を信頼している。それに――もはや一刻の猶予もないことだしな」
――なんでもいいから早くしてくれ! 偽らざる一夏の本心。
敵が……敵が近づいている――
もう、敵の射程圏内に入っている。
ああ――
「――敵が!」
敵の顔すらはっきりと見える。
……男?
敵は仮面すらつけていない。
その年を食った顔がゆがんでいるのが見える。
「そら、敵と接触した」
もう諦めたかのような奈落の調子。
この場で自分のやることは残っていないし――そのつもりもない。
「おい、一夏君! 変更は簡単だ――まずそいつらからぶっ倒せ!」
ベルナドットが叫ぶ。
簡単な一言。
テンパっている一夏にはありがたい。
「――了解!」
一夏はすぐに頭を切り替える。
命中率の悪すぎるAFの砲撃は無視。
さっさとIS部隊を倒す。
「でりゃあああ!」
敵ISの数は3。
どうやらそれだけの数で十分と判断したのだろう。
だが、それは甘い。
後ろの一人がマシンガンで牽制。
前の二人が同時にナイフで襲いかかる手はずのようだ。
だが、一夏はマシンガンを無視して突撃。
その程度の攻撃ではシールドを削り切れない。
だが、一夏の攻撃は――『零落白夜』の一撃は必殺。
ナイフごとシールドごと敵を切り裂く。
血の華が咲く。
敵ISには絶対防御が装備されていない! 予想外だが、ただそれだけ。
一夏は、消えていく命を無視する。
――どうせ、テロリストだ。
大きく胸を切り裂かれた敵を蹴りつけて、マシンガンを持った敵に向かう。
マシンガンをナイフに切り替えようとしているところを容赦なく斬る。
ここでやっとわかる――敵はド素人だ。
ナイフやマシンガンの扱いはプロ級でも、ISに乗ったのはほぼ初めてと言ってもいいだろう。
実際、二次元機動しかできていない。
上下の感覚がついていないのだ。
地から離れられない人間の戦い方だった。
その程度で一夏に勝てはしない。
「お前で、最後だ!」
2人目を片付けた¥。
後は一人。
ナイフをマシンガンに持ち変えていた。
銃口が一夏を向く。
急激に下に沈み込んだ一夏の姿は三人目には消えたように映る。
そのまま上昇、と同時に斬る。
これで全員。
治療を受ければ助かるだろうが――海に落ちては助からないだろう。
「よし、この場は片付いた」
ため息をつく。
――緊張した。
一夏にとっては二度目となる命をかけた戦い。
「雑魚を片付けたとて安心できんぞ。砲撃はまだ続いている。一時の方向だ――進めぇ!」
セレンが一喝する。
戦場で気を抜けば死あるのみ。
ここはずいぶんと甘い戦場のようだが――後で後悔することはできない。
後悔できるのは、生き残ったものだけだ。
「――はい!」
気合を入れなおす。
さすがはブリュンヒルデの弟というか――言ってしまえば戦場の申し子というか、二回目にしてはずいぶんとまあ……すごいことだ。
先程も微塵のためらいもなく敵を斬っていた。
「――あれは……」
視線の先にあるのは小さく見える敵AFと周りに浮かぶ豆粒。
どうやら、こっちに向かってくるつもりはないようだ。
静かに浮かんでいる。
いや、絶え間ない砲撃自体は続いているのだが。
「どうやら、三機やられたことで待ち伏せする作戦に切り替えたらしいな。ずいぶんとのんびりしている。私達もあれくらいの余裕があればな」
セレンが強烈な毒を吐く。
「あれが余裕か? どちらにせよ、銃なんて持ってないんだ――突撃するぞ」
こちらは自分が対象であっても皮肉なんてわからなそう。
「ああ、存分に殺れ」
一夏は急加速をかける。
全速力でAFに向かう。
まずはとりつかなくては始まらない。
VOBが壊れても、これだけは予定通り。
「だああああああ!」
四機目。
全速力で突っ込んできた一夏にマシンガンを浴びせながらも回避はできなかった敵が両断される。
つくづく素人だ。
だが、相手は素人でも――多い!
「――ふ!」
左右――そして上下運動をうまく使って接近。
そして斬る。
相手の集弾率こそ中々なものだが――それだけだ。
相手の持っている武器ではそう簡単にはISのシールドを削り切れない。
そして、左右の動きにこそよく対応できるようだが――上下になるとからっきし。
上から、もしくは下からの斬撃をかわしきれない。
あっという間に全機撃墜してしまった。
「よくやった。次はAFギガベースだ。まずは奴の上を取れ」
「――了解」
そのまま上に移動。
今の状態なら瞬時加速も使える。
AFの警戒を怠らなければ砲弾の回避はたやすい。
「そのまま下方中心部に突撃! 装甲を切り裂いて侵入しろ。位置データはすでに送った」
「――ここか!」
砲弾を打ち終わった隙を狙う。
一直線に落ちるようにして剣を突き立てる。
その勢いのまま装甲をぶちぬいて内部に侵入した。
こうなればもう――怖いものはない。
「そのまま進め。内部構造は脆い――突っ込めば崩壊する」
「おお!」
通路は人間サイズ――ISはそれより大きいためにガリガリと通路を壊しながら移動する。
それだけではない。
機関部に一直線に向かうため壁を蹴り壊している。
「よし。機関部に到着したな。S―11をセットしろ。そして、そのまま入った場所から脱出しろ」
「……セット完了。一つ聞いてもいいか?」
四角い黒い箱をなんとなく重要そうなところへ置く。
カウントダウンを始めるとピタっと吸い付いてしまう。
これなら並大抵のことでは剥がせなそうだ。
「何だ?」
「入るのに1分以上かかった気がするんだが」
そう、改めて確認してみると侵入にはけっこう時間がかかっていた。
蹴り壊したりしていたから仕方ないし、それがない分帰りは早いはずだが――それにしても間に合うのかは疑問。
「爆破は10秒後だ――急げ、こちらからはもう変更が効かん」
「ド畜生ぅっっ!」
悟ったような声で言われると反論もできない。
――というか、口を聞く隙がない。
必死で、もしかしなくても行きより急いで脱出する。
「3,2,1――」
「まだ脱出してないって!」
カウントダウン。
だが、一夏は脱出していない。
すぐ向こうに青空が見えるのに……!
「耐衝撃態勢を取れ!」
「なにそれ!?」
――どうすりゃいいんだよ!?
「ああ、もう! とりあえず丸くなれ」
「うええ?」
そうこうしているうちに爆発が起こる。
S―11が誘爆を引き起こし、機関部がすさまじい爆発を引き起こす。
「う……ぐ……何とか、生き残れた……」
「……終わったな……」