「奈落様!」
切羽詰まった声が響く。
「なんだ!?」
これには普段、様をつけるななどと言う奈落もスルーせざるを得ない。
緊急事態――今ですらいっぱいいっぱいだというのに。
運命を呪いたくなる。
が、天につば吐いたところで時間の無駄だ。
なんだ? とわずかに苛立ちを込めて見やる。
「アーカード様が!」
言われるまでもなく画面を切り替える。
そこに写るのは少女。
皮肉げに顔を歪めた人外ではなかろうかというほどの美少女。
いや、その貌に宿る笑み――真正の魔物でなければできない。
彼女こそは吸血鬼。
屍の上に城を築きし|屍の王≪ノーライフキング≫。
「アーカード? あいつには待機を命じていたはずだが――」
奈落は顎に手をやり、わずかに考えこむ。
敵――ではないはず。
かなり密に連絡を取り合っているが、そのようなそぶりはなかった。
ただ遊んでいるだけか? 奈落は画面を睨みつける。
「通信を開きますか?」
考えこむ奈落を心配そうに覗きこむオペレーター。
「頼む」
「通信、開きます」
「やあ、アーカードだ。こちらからでは顔を見れんが、元気にしているかね?」
少女はあっけらかんとした笑みを見せる。
「それなりにね――どうしてそこにいる?」
睨みつけるかのような奈落。
それだけ――この少女を警戒しているのか。
「遊びに来たのさ。君のお気に入りの人間を見てみようかと思ってね」
睨みつけられようがどこ吹く風。
人を喰ったような笑みは――本当に人を喰ったことがあるゆえか。
「データなら君も閲覧可能なはずだが?」
「写真など――情緒がないにも程がある。絵に描いた餅でしかなかった異世代IS【ナインボール・セラフ】もできたんだ――少しくらい遊んだっていいだろう?」
「確かに――あれは君の代わりに申し分ない。けれど、それは君が離れていい理由にはならない。二人分の力が必要な時が来る可能性を否定出来ないからね。それに、よりにもよって君が顔を見るだけで済ますとは思えない」
「だから言ったろう? 遊びに来た――と。さて、遊び相手が来たようだ。あれの名前はなんて言うのかな」
「AFフェルミが2体、そしてISの黒椿が26体だ」
「なるほど、あれが飛行型要塞に劣化第4世代ISか。我が【雷電】にどこまで対抗できるかな?」
アーカードがISを纏う。
もちろん希テクノロジー製の特別品だ。
しかし、これは見るからに特別だとわかる。
なんせタンクだ。
いや、それ自体は2足だ。
だが、その化け物じみた装甲が印象を決定づけている。
馬鹿でかい砲身。
一抱えもありそうな大砲ならすでにあった。
だが、装甲そのものとさえ言える重装甲の機体から叩き出される威力はどれほどのことか。
まずは一撃。
大砲からグレネードを放つ。
狙い違わず。
その一撃はAFフェルミに当たり、黒煙を吐き出す。
そのままくるくると回りながら落ちていった。
「――アーカード様、AFを一機撃墜……いえ、もう一機も撃墜しました」
瞬く間の出来事。
そう、【雷電】の火力はすさまじい。
要塞ですらも突破できてしまうほどに。
「そりゃそうだ。雷電は馬鹿げた火力を有する――それだけしかないISだ。まったく、あいつの要求通りに仕上げるとは、あの変態技術者どもめ」
「――あ。IS部隊、以前進行中――アーカード様の攻撃はあたっていません」
アーカードのグレネードによる攻撃はそれていくだけ。
ISの方には全く当たっちゃあいない。
そう、攻撃力だけ――
それだけなのだ。
正確無比な射撃など期待できない。
「だろうね。あいつは別に狙撃を得意としてるわけではない」
本人の手腕もそこそこらしい。
まだまだそれていく。
距離があるから射撃の機会こそあるものの――活かせてはいない。
見るからに適当に弾をばらまいている。
「救援に行きますか?」
「――まさか。アーカードは狙撃手でもなければ剣士でもない。社長でもなければ人間ですらない化け物だ。いや、天災と言ってしまってもいい。天災に立ち向かうには――矛盾するようだが、立ち向かわなければいい。頭を下げて、受け流し、通りすぎるのを待つことしかできない。おろかにも襲撃部隊は迂回なんて考え付きもしないようだけど」
どんどんアーカードにIS部隊が近づいてくる。
軽快に、そして素早く。
自分が地獄へ向かってまっしぐらに歩いているのも知らずに。
「IS部隊、アーカード様を捉えました」
ついにIS部隊が攻撃可能な所まで来た。
アーカードが適当に撃った弾は十数発ほどであろうか――ISの高速戦闘ゆえに距離などすぐに詰められる。
そして射撃。
特別ではない。
ただの突撃銃だ。
劣化した第4世代機には特別なものなど何一つない。
そう、それはしょせん第4世代を元にしているだけで、スペックは第2世代機と同等とみていい。
だが、そんなもんであろうと敵は20に対してこちらは一人。
視界を覆い尽くさんばかりの飽和攻撃が襲いかかる――!
「あの人、空中戦適正あるんですか!? 一歩も動かず攻撃を受けまくっていますよ!」
オペレーターが悲鳴を上げる。
そう、アーカードはおよそ正気の沙汰ではない。
圧倒的に不利なのに、撃ち合いに興じるなど――いや、それどころではない。
だって、止まっているのだから。
絶え間なく、隙間なく鳴り響く銃火に削られる音。
それは、アーカードのIS【雷電】の悲鳴。
「空中戦かなんて関係ない。そもそもあいつは地上戦でも動かんよ。それに、ほら――1機落とした。2機めも」
いや、あれだけの銃火の中でもアーカードは反撃していた。
正しくは手を出していたという方が正しいか。
あれほどまでの火力に晒されて――まともに狙いなど付けられるわけがない。
だが、これは20対1だ。
手を出せば当たらないことはない。
両手の武器と背中の砲台――三門が火を吹けばISに慣れない敵のこと……数撃ちゃ当たる。
どでかい火の花が咲き、黒焦げの死体を地に叩き落とす。
「確かにあれだけ撃てば当たるでしょうけどね。もうエネルギーがありませんよ――いえ! 絶対防御が発動します」
だが、それでは時間が足りない。
耐久力は無限ではない。
あれだけの火力に晒されれば――ほら、もう空になった。
「――しないよ。エミットしてある。それだけは無駄どころか行動を縛る鎖だからね。絶対防御に相当するものは全て機体の保護にかかっている」
絶対防御が発動したら意識は途絶える。
それは保護システムの一環。
だが、奈落はそれがないと言う。
つまり、ISが破壊されたら最期――生身の体が戦場に置き去りにされる。
「え? あ、そんな! アーカード様が――」
肉がえぐられ、血が吹き飛び、頭が柘榴のように割られる。
悪夢のような光景。
奈落自身が選んだ傑物どもですら吐き気を覚える。
司令室の中には気を失う者などいないが――学園の生徒に見せたら二度とISに乗れなくなるような……そんな光景。
「一回死んだね。100や1000では誤差にしかならないだろうけど」
だが、奈落はあっけらかんとしたものだ。
しかし、100や1000では誤差?
そんな馬鹿な――命は一つ。
それがこの世界の法則だというのに。
――この世界?
ならば、他の世界では別。
異次元の化け物――人でいられなかった異形――ドラキュラ!
……アーカード。
「どういうことです?」
「見ればわかる――まだ動いているだろう。人間ならば中身ごと削れて潰れて、動けるわけがない。燃え尽きる前のろうそく? ISの超威力攻撃の前には神経もなにもかもが吹き飛ばされて、命の火など丸ごと消え去る」
吹き飛んだ腕はちぎれたまま武器を掲げる。
弾けた頭は最低限の形だけ残して――目が赤黒い塊の中に浮かんでいる。
装甲には傷ひとつない。
守るものを間違えている。
「――3機め、4機め。アーカード様、次々と撃破していきます」
笑っている。
彼は肉体の大半を引きちぎられながらも止まらない。
いくつもいくつも外しているが――その中のいくつかが敵に当たる。
ちょっとやそっと当たろうとも、当てられる数は遥かに膨大。
それをよけようともしていないのだ。
アーカードの七割ほどが散らばっている。
正気を削る光景。
「戸惑っているな。超常の力に頼りながら、人外に怯えるとは笑止。生き返るアーカードに怯え、足を止めるとは。ま、どうせ捨て駒だ――逃げ帰るところもないのだろう。ここで死んだほうが幸せというものか」
敵の動きが止まった。
意味のないことを喚き散らしながら、トリガーを引き続けている。
精神が完全に壊れている。
「いえ、アーカード様も次々に攻撃を喰らっていますよ」
「それが何か? さて、残りは10か。アーカードならいくら死んでもかまわないしな」
「それはどういう――」
「しかし、アーカードめ。あいつ自身はよくても、IS【雷電】は一つしかないのだぞ。放っぽり出すつもりか?」
画面の中で敵は次々と撃破されていく。
アーカードの方は、飛び散った血や肉が集まり最低限腕や目だけを形成する。
破壊されて、また戻る。
悪夢のような有り様。
しかし、奈落にはもはや勝負の決まった殺戮などに興味はない。
「放り出す?」
「あいつに任せているのは存在を知られることさえできぬ極秘の島だぞ。いや、あの方に会わねばならぬ以上、なんとかするしかないか」
「あの方――とは?」
「希テクノロジー総帥、野呂瀬玄一」