「――古い話だよ」
そう前置きして話し始める。
席を立ち、役者のように手振りを交えながら――
「昔、昔のことだ。そう……織斑教諭がまだ少女だった頃の話。四人の愚か者がいた――そう、世界を変えようとした革命家が、な」
「一人は、この世界が生ぬるいと憤った
一人は、この世界は悪意に満ちていると絶望した
一人は、この世界は残酷すぎると嘆いた
一人は、この世界は不条理だと嗤った」
「だからこそ――
ナチスの残党は戦争を起こそうとした
希テクノロジー総帥は人に幸福を与える機械を作ろうとした
科学者は世の中の仕組みを変えようとした
「ともに世界を賭けて争った者達。よりよき世界を望んだ者たちが相争い、妥協点など存在するはずがなかった。その戦いは世界の裏でひそやかに行われた。彼らは歴史の裏に巣食う怪物に他ならなかった――あの戦争などと騒ぐ畜生どもはその程度の道理すらわからなくなってしまったのか。いや、それはまた別の話」
「勝った、と――そう形容できるのはあるいは篠ノ之束だけかもしれん。球磨川禊の奴も、勝者の枠には入るのかな。それとも、勝者など誰もいなかったのか。ああ、総帥も少佐のやつもくじかれた。世界をどうこうする立場には立てなかったのだよ」
「しかし、私が球磨川を殺してやった。そしてアーカードとともに全ての過負荷を殲滅してやった。一人残らずな――ふふん。奴らにとって生きやすい世界を順調に創りあげようとしていた。だが、私達が横から刺し殺してやったのだ。最初の目的こそ達成はできたろうが、それこそ自分が……仲間が生きてなくてはどうしようもあるまい」
ばっ、と手を広げる。
言葉に熱がこもる。
――創世神話。
それは現在の世界が作り上げられた経緯。
それは革命家の史実。
それは人の目には触れぬ物語。
「結局、球磨川は世界を壊しただけだった。そして我々に殺された。上の人間――つまりは人を操る立場にある人間を殺し尽くしただけに終わった。未来などなかったのさ。ま、そのために世界は酷い混乱に襲われた」
「そのてんやわんやは操られる側の普通の人間には意識されていないようだがな。下がいつものように普通に暮らしていようと、当然上がいなければ世界は立ちいかなくなる。ある日社長が消えたらどうする? 会社は潰れてしまうだろう。だから、下が上に昇るしかなかった」
「それは迅速に行われた――篠ノ之束の迅速かつ遠大な援助によって。だが、ここで多少事情がおかしくなり始める。彼女は男を蹴り落としていたのさ。そう、これが彼女の革命だ。このようにして束は世界を変えてしまった」
「男尊女卑社会――これはISが登場したからではない。かつて男が女より偉かったのは、男なら女を殴り殺せたからか? 違うね、男が社会を作り上げたからだ。そして今の社会は女が立て直した。どうも受けが良くてISが取り沙汰されるが本質は違う。篠ノ之束の掌の上でしかない女たちには人間社会の作り手であり、守り手だというプライドがあるのだよ」
「ま、まとめてしまえば過負荷が世界を壊し――科学者が女尊男卑世界を作ったということになる」
「――ん? 我々が何をしていたか……ね。それこそ大したことではない。ただ喰らい合っていただけさ。ひたすらに互いの力を蝕み合う小競り合いを少佐と続けていた。ただ、地力で勝るこちらが優勢になっていって、奴らは地に潜った」
「これでわかったか? 私達と少佐は因縁の敵なのだよ――負け犬同士のな」
奈落の役者じみた演説は終わり。
つまるところ、これが本当の理由。
機会があれば奈落は少佐の一派を一人残らず殺し尽くしてやりたいし――
――少佐はどんなことをしてでも奈落達をぶち殺す機会を得たいのだ。
「――でも、それじゃ当て馬じゃない。一夏を駒にした代理戦争ってわけ!? 殺し合いがしたけりゃあなたたちでやってればいいじゃない。なんで他の人を巻き込むのよ!?」
皆の視線が奈落に向く。
「それは少佐に聞け」
こちらはにべもない。
だが、場が静まり返ったのを受けて何やら感じたようだ。
言葉を続ける。
「こちらにはこちらでやることがある。私達は世界を変革させんとする理想家だ――正義の味方ではない。ゆえに自分の大切な子どもを放ってまで、赤の他人を助けようとは思わない。子ども――ノアⅢの完成と保護が最優先だ。それが危ぶまれる以上、戦争を積極的に引き受けたりはしない」
「――ねえ、一夏。あんたはどう思う? あたしたちは所詮、安全な学園にいて戦争には参加してないわ。それで何かを言うのも身勝手よね。力を持っていながら、なにもしないのは私達も同じ――いえ、奈落はなにもしてないわけじゃないか。だから、あんたに聞くの。あんたになら、その権利があると思うから」
「いや、奈落にも事情があるって言う話だろ? 俺はあいつらが暴れまわるのを見て黙ってられなかったんだ。でも、それを他の人に強制しようとは思わない」
「なるほど、そう言うのね――わからなくはないけど、あんた馬鹿ね」
「よく言われる」
ぽん、と手を鳴らした鈴音は奈落を見る。
不敵な笑みを浮かべた仕切り直し。
「じゃ、奈落――あのAFを一撃で倒したIS、あれっていくら?」
「悪いが、あれは売り物じゃない」
「そう――ま、企業だしね。優位を手放したくないってのもわかるけど。でも、あの威力はだれでも欲しがると思わない?」
「そういうわけではないよ。あんなものを第三世代に乗せたらフリーズする。その上、よほど身体が頑丈でなければ射出時の衝撃で死ぬ。あれはワンオフの特注――二度と作られることはない狂気の産物だ。いくら殺しても死なない奴でなければ乗せようとは思わない」
「す、すごいわね。じゃ、あれはいいわ」
「少しよろしいかしら? 武器の話は後でさせて頂くとして――彼らの望みは何でしょうか。この世界に憤り戦争を起こそうとしたミレニアムは――この戦争の果てに何を望んでいるのでしょうか」
楯無が会議の流れを引き戻した。
「それこそ――私の知ったことではない。狂人のやることに一々理由をつけてもしょうがない。深淵を覗こうとして深淵に堕ちる。さて、汝が深淵の覗く時――深淵もまたあなたを見ている、などと言ったのは誰だったか」
「要するにわからないってわけ~? らっくーもけっこう適当だね」
「単に戦争したいだけの可能性もあるさ。まあ、難しく考えても意味は無いのだから、奴らの戦力について話したほうが建設的だと思うがな」
「なにか――知っているのですか?」
「いいや。知らないということは知っている」
「あんたはソクラテスか。確かに哲学とか好きそうだけどね――」
「違いますわ、鳳さん。希テクノロジーが、ミレニアムの前身である一派と戦いに明け暮れていたあなたがたが知らないということは、あんな兵器がどこから出てきたのか完全にわからないということでしょう。敵対組織の兵器工場があって、調べられないはずがありません。汎用品であれば隠しようもありますが――AFなどどう考えても秘密裏に作ることなどできません……大きすぎます」
「そういうことだ。知らないというのは一見すると何もわからないように思えてくるが――知らないという事実から推察できることは多いのだよ。もっとも謎は残るがな。あの戦闘員にしたって不明――」
「それはわかっておりますわ」
「セシリア? ――ということはイギリスが死体を回収したか。もしや身元が判明したのか」
「ええ、簡単にわかったそうです。おそらく隠す気もなかったと見られておりますわ」
「――国籍は? 年齢は? 仕事は? 性別は……男だったか。女はいたか?」
「ええと……それは……そのー」
「やれやれ、他国との取引材料か。政治ほど面倒くさいものはないな。そこでこの紙に書いて燃やせ。灰があればわかる。まあ――教えてくれてもくれなくても構いはしないが」
「いえ、他ならぬ奈落さんには……」
「灰から情報を引き出す? 面白い能力だね~」
「ええ、まあ――その……便利? な能力ですわね」
「無理することはない。しょうもない能力なのは自覚しているさ。シュレッダーにかけられたものも読み取れないのだからな――」
「ええと、この灰はどうすればよろしいですの?」
「こっちによこせ」
セシリアは差し出された奈落の手にそっと灰をのっける。
「――なるほど。いや、これは吹聴していいことでもないか。では、他に話すべきことは? 営業なら後回しだ」
「なら、奈落。聞いていいか?」
「かまわんぞ――何か?」
おずおずと手を上げた一夏を促す。
「ああ、いや……俺ってほら、単純だから政治の話とかよくわからないんだけど――」
「政治家の仕事は自分がやってるガキでもできるような仕事をいかに難しく見せるかが腕の見せどころだ。気にすることはない」
「ああ、うん。どうせ俺とはそんなに関係ないし、ミレニアムとは過去に何があったって戦うだけなんだけど――束さんは俺を育ててくれた。だから、あの人のことは無関係じゃない。もっと詳しいことを話してくれないか?」
「先ほど話した――と言っても、概要に信念のことを話しただけだったか。だが、それを聞くなら私に聞くのはお門違いだ。敵の中の一人でしかない私より、織斑千冬に聞くのが筋であろうよ」
「そっか……そうだよな――悪い、変なコト聞いちまって」
「構わないさ。それで他には?」
くいくいと本音が袖を引っ張る。
「後で少しい~い?」
「む? ああ、いいとも」
「あ」
一夏が素っ頓狂な声を上げる。
「うん? 何か忘れ物でもあったか」
「ああ、ちょっと忘れてたんだけど――千冬姉に箒は?」
呆れた目が集まる。
「ええ? 一体なんだよ――」
「見ての通り呼んでいないが――いや、お前のことだ。本当にわかっていないのだろうな。ここに集まるのは世界を動かす人物だ。そいつらにここに座る資格はない」
「織斑千冬はただの教員。彼女が動けば世論は動くだろうね。なにせ、最強と謳われるブリュンヒルデだ。彼女を知らない人間なんて、それこそ電気製品も見たことがないような世間知らずだろう。けれど、ISを持っていない――挙句の果てには死ぬ気すらもない人間を動かせたところでどうということはない」
「そして篠ノ之箒。こちらに至っては論外だ。彼女はただの一般人なのだから。確かに篠ノ之の性を持ち、純正ISの中では最強とすら言える赤椿を有していても、それはただそれだけでしかない。彼女は悲しいまでに一人の女の子でしかないのさ――多少暴力的であろうとも」
「――奈落、お前さ……千冬姉と箒のこと嫌いだろ?」
「よくわかったな。別に嫌いだからと不利になるようなことはしてないぞ? 彼女たちがここにいないのは当然だ。彼女たちが日本政府との関係を望むなら、それは使われるか脅すか――いずれにしても歓迎できる手段ではないな」
「目は口ほどにものをいうって言葉の意味がわかった気がする」
「私は人間が日々成長するものだとわかった気がするよ」
「――は?」
「ふん、応酬までは無理か。ま、いいさ」
「さて、今度こそ質問は終わりにしよう。営業は私の仕事ではないが――そうだな、君たちになら少し口利きしてやっても――」
「――少し、よろしいでしょうか?」
乱入者が現れた。