「――で、度々電話をかけてきて僕に何か用かな? こう何度もだと、うざったいんだけどねえ」
シャルロットはかかってきた電話を受けた。
秘匿回線からかかってきたそれは誰にも知られてはならないもの。
しかし、それは――“情けないから”という理由でしかない。
「シャルロットお嬢様、お父上は悲しんでおられますよ」
「へえ――あの男がどう悲しんでいるのかな? 飼い犬に手を噛まれた気分かな……僕は餌をもらった覚えなんてないけどね」
かけてきたのはデュノア社の人間だ。
そう、シャルロットの父親が社長を務める会社。
希テクノロジーとは違って、秘密も持たない真っ当な――そして傾いている会社。
「お父上に対してそのような言い方をするものではありませんよ。お嬢様、一度戻ってきていただけませんか?」
馬鹿に丁寧な口調だ。
10代の小娘に使うとは思えない、それこそ財界の要人とかに使うような。
もっとも――相手の機嫌を損ねただけで首を切れるのだから、シャルも政界の要人と言えるだろう。
「あはは、敬語を使われるのって気持ちいいよねえ。自分が偉いんだって気分になるよ。ほら、君って母さんが死んでから電話をかけてきてくれた人だろう? 元の口調に戻してもいいんだよ? くすくす」
嗤う……嘲笑う。
初めにかけられたイヤになるほど尊大な言葉を思い出して――その違いには笑うしかない。
社長の愛人の娘だからって奴隷でも扱うようだったこの人が……ねえ。
「とんでもありません。シャルロットお嬢様に向かってそのような口などきけるわけが――」
「前に使ってたことを認めちゃったよ。君も案外馬鹿者だね」
からかってやる。
「……調子に乗りやがって」
殺意さえ込められたつぶやきが漏れる。
しかし、シャルにははっきりと聞こえた。
ギガロマニアックスの超絶的な能力の弊害と言ってもいいだろう。
「なんか言ったかい? もう一度繰り返してごらんよ」
皮肉になっちゃったかな。
ま、間違ってはいないんだけどね。
「申し訳ありません」
ブンブンと音が聞こえて――声に至っては震えている。
きっと、電話の向こう側では何度も頭を下げているのだろう……情けないほどに。
あは……やっぱり面白いなあ。
「うんうん、許してあげるよ。僕は心が広いからね――で、僕の父親……なんていったっけか。まあいいや、そいつが僕に戻って来いって?」
「ええ、今でこそあなたはデュノア社から転向されてしまいましたが――私どもの方ではいつでもお迎えする準備は整っております」
本題が来たよ。
まあ、僕の力があればデュノア社の立て直しなんて簡単だからね。
まったく、ずいぶんと出世したものだよ。
使い捨ての犯罪要員から、今は希テクノロジー幹部。
うん、笑いが止まらない。
「沈む会社に、ね……いや、何でもないよ。しかし、父上がね――おかしいな」
「な、なにがおかしいと? あなたと社長は血のつながった家族ではありませんか。心配するのが当然というものでしょう」
そうそう、父上なんて存在するはずがないんだ。
会議の出席とか、他会社との挨拶とか……ある時期からぷっつりと途切れてしまった。
彼の姿が確認されたことはない。
会社の名簿にはきっちりと載っているけど、彼は――
「――死人なのに?」
そう、死んでいる。
完全完璧に死んでいる。
奈落にも確認をとったが、死者の復活は無理なのだそうだ。
因果が強すぎて覆せないとか――何回教えてもらっても、まだよくわからないんだけど。
寝そべりながらがいけないのかな?
ま、死ぬのを誤魔化す方法ならいくらでもあるそうだけど。
「な!? ――なんということをおっしゃるので! 言っていい冗談と悪い冗談があります!」
慌ててる。
面白いほど狼狽して、遊びがいがあるよ。
「だって、僕が殺したはずだしね――」
更に爆弾を投下してやる。
こいつらには、突然殺されたとしかわからないはずだ。
そう、いきなり足から上が消失したという現実以外は何も知らない。
僕がギガロマニアックスとして覚醒したその日にね。
ギガロマニアックスという単語すら、彼らは知るはずがない。
「へあ?」
「ああ――いや、冗談冗談。うん、僕は笑えない冗談が大好きなんだ。それはそれとして、希テクノロジーをごまかせると思ってるの? 僕はほら……幹部だからさ。色々とおしえてもらえるんだよ」
ま、そこを突いても意味なんてないけどね。
父上がいようがいまいが、どっちでもいいよ。
「い、いえ。そのような事実などありませんよ」
「あれ? そんな悠長なことを言ってていいの? 僕が心配する筋合いはないんだけどさ――けっこう疑惑を持ってる所もあるんじゃないかな。ほら、資金難で自殺した――とかの噂がさ」
ありそうな話だよねえ。
「社長は生きていらっしゃいます。ただ――現在は病気で人前に姿を現すことができる状態ではないのです」
「あはは。うん、そういうことにしておいてあげる。でもね――ほら、僕ってかなり真面目に生きてきた真人間じゃないか」
いや、まあ――そんな風に生きるしかなかったんだけどね。
母さんが真面目だから。
今となってはどうなんだろうね。
こいつの答えはわかりきっているけど。
「はい。シャルロットお嬢様は大変に心優しく、そして清い人間でいらっしゃいます。お父様もよく褒めていらっしゃいましたよ」
「あはは、さすがに父の傍にいる人間だけあってお世辞がうまいね。でも、そんなことを言われても、フランス政府から一つの企業に肩入れしないでくれって、すでに言われちゃったんだよ。ああ、もちろん現在勤めている希テクノロジーは別だけど。だから――ごめんね、君たちに協力することはできないんだ。悲しいし、申し訳ないけどそういうわけだから察してほしいな――っぷぷ」
あ、ダメだ。
笑い声が漏れちゃった。
「……っ! ふぅ――。それは私どももわかっております。しかし、そこを曲げてどうにかなりませんか?」
激高しかけた相手は深呼吸してどうにか持ち直す。
暴言を吐いてもクビを切ったりしないのに。
「あは。デュノア社って第二世代のシェアこそ大きいけど――いまどき第二世代を新しく買い直すことなんてそうはない。そう――お金のない途上国くらいかな、買うのは。だからあまりお金も稼げないんだよね。貧乏な人にしか売れないから」
「もちろん、君たちは第3世代を必死に開発しているよね。でもうまくいってない。曲がりなりにも実機を用意できているところと違って――設計すらできあがっていない。まあ、なにがしかの理論はでっち上げてあるんだろうけどね」
「そんな状態だから補助金すら打ち切られた。ISの開発には――ってどんなものにも開発にはお金がかかるけどね。でもISに必要な額は天文学的な数字になる。政府の補助金がなければ無理だよねぇ」
「だから僕に泣きついてきた。だって、僕くらいしか助けることのできる人がいないもんね。頼るものすらない――そんな状態じゃ銀行だってお金を貸してくれないんでしょ? いや、僕がそっちに行けば融通してもらえるのかな」
それが、この会話の全貌。
ただ傾きかけた会社を建て直してほしいとの――願望。
ま、やってあげたところで恩は忘れられるものと相場が決まっているけどね。
「――そう言えば、シャルロットお嬢様は希テクノロジーにISを頂いたとか。使い心地はいかがですか?」
「露骨に話をそらしたね。まあ、うん。使い心地とか言われてもね、僕が今使ってるISはホワイト・グリントって言うんだけどさ、まあスペック上最強と言われるだけあって色々とふっきれちゃってるから、使い心地とか比べられるものじゃないんだよ」
「それでは――まさか希テクノロジーは第3世代機の開発に成功しているのですか? 各国とも未だに試験段階だというのに」
「ああ、うん。あれは第3世代機なんかじゃ――いや、そういうことにしておくよ」
「それは――ちょ……奥様、お待ちくださ――」
なにやら電話の向こうでもめている。
電話を奪い取る大きな音が聞こえて。
「――この泥棒猫が!」
罵声が飛んできた。
30を超えた女のヒステリー気味なダミ声が響く。
「調子に乗るなよ、この淫乱メス豚が……っ! あんたなんてね、どうせ若さくらいしか取り柄がないんだから、うざったい反乱をしてないで私に従えよ! どうせ体を使って男をたらしこんだんだろうがよぉ!」
「……」
「このド畜生が! 馬鹿! 間抜け! テメエなんざあの見境もなく発情するクソ淫乱と一緒にのたれ死んでしまえばよかったんだ。そうしたら、あの人も――っ! 私はいつまでも豪勢な生活ができたんだよ!」
「……」
「何とか言えよ、この畜生が! ゴミ虫! 殺してやろうか!?」
「――あなたは哀れな人だね」
口調はあくまで優しく――本気で他人を心配する聖人そのもの。
だが、相手には見えていないもの。
それは口の端に浮かぶ奈落のような笑みだった。
「何を言ってるんだよ、テメエ! ついに狂ったか? この――」
「かわいそうに……本当の愛を知らないんだね」
「はぁ?」
「誰かに尽くすことが人の幸せなんだよ。贅沢な生活で気を紛らわすことはできても――本当の幸せにはなれない。愛する人を幸せにすることが――本当の幸せなんだよ」
これは刃。
「ううん。愛する人を幸せにして――それで自分が愛されることが幸せなのかな? まあ、どっちでもいいや。同じことだしね」
愛という刃。
「君の人生は虚飾だ。豊かさも人を愚弄することも、全ては自分が幸せだと――自分を誤魔化そうとしているだけ。本当に哀れだよ。君は社長を愛していたのかな? 違うよね。そうだったら、そんなにはならない。自分をごまかすために必死になったりしない」
暖かな陽の光は、ときに泥にうずくまるものを焼き尽くす。
「……テメエ! 好き勝手ほざくんじゃねえよ!」
「――ああ、哀れだ。あなたは本当にもう……どうしようもないんだね」
とどめ。
哀れみという、人を殺す刃が臓腑に突き立てられた。
「ぎ――グギ。ギアジャアアアアアアア!」
ついに奇声をあげて暴れだした。
受話器を話してもまだ、物音が聞こえる。
「……シャルロット様!」
「あれ? 戻ったね。もう一人はどうなったの?」
「暴れております。人を呼びましたが……あなたは一体何をなされたのです!?」
「……っふふ。まあ、ちょっとした復讐かな」
「――な、何を?」
戦慄している。
言葉だけで人をあんなにできることに想像が及ばないのだろう。
けれど、いつだって……言葉こそが世界を紡いできた。
「復讐ってどう思う? 僕としてはさ、殺して終わりっていうのはちょっと違和感があったりするんだよ。ほら、快楽殺人者がいるとしてさ――そいつがバトルジャンキーだったら喜ばせちゃうじゃないか? というか、快楽殺人鬼がそれを目的にして殺すってこともあるみたいだし。それって復讐になるのかな。だって、相手が喜んでしまうでしょ」
「ま、復讐ってのは本質的に自己満足で――やった人が満足できれば十二分に目的と果たしたとは言えるかもしれないけど。僕としては相手を不幸にしてやることが復讐の本質だと思うんだよね。まあ、一番いいのはどこかの創作で見た、自分が幸せになってやるっていう復讐だったけど。うん、かわいいよねえ」
「そのおばさんのような類の人間は自分をごまかしている。その虚飾を暴いてやれば――ああなる。虚飾だろうと関係ない。見せかけの憐れみと同情で、自身の汚い本質を直視させてやるのさ。結果は――君はその目で直接見ただろう?」
「ええ。ですが、復讐とは穏やかではありませんね」
「そうだね、穏やかじゃないよ。うん、復讐する相手って言ったらもう一つあるよね」
「――っ! お手伝いしましょうか?」
息を呑んだ。
学生時代に僕をいじめてた奴とでも思ったかな?
でも、息を呑むってことは……そういうことだよね。
「あはは。誰のことだと思ってるの? 貧しくて困っているときには無視してて、保護者が過労で死んだ隙に未成年を連れ去った極悪非道な人って誰だっけ?」
「さあ――私は存じません」
すっとぼけられちゃったよ。
まあ、自分ですとは言えないよね。
「そうだね――僕は肩入れするなと言われてたんだった。ま、政府からだけどね。でも、忠告くらいなら問題はないでしょ。そう……未だに第3世代機を作れないような企業は切り捨てたほうがいいんじゃないかな? ってさ――」
「お、おやめください! お父上はデュノア社の社長ですが、快く思わなかった社員もいたのです。どうか――彼らのことも考えてやってください。私で良ければなんでもしますから」
責任転嫁しちゃったよ。
僕にとっては止められなかったのなら、止めなかったのと同じだと思うし――
――それに、反対するにしても抗議に至らなければそれこそ思っていただけだよね。
「ねえ、知ってる? 日本にはハラキリという文化があったんだってさ?」
「は?」
「ようするに、日本刀で腹を切って詫びるってこと」
「わ、私に死ねと?」
「なんでもするんじゃなかったの?」
「そ、そのようなこと――できるわけがありません!」
「くすくす。じゃあ、いいよ」
「――へ?」
「これもちょっとした復讐。焦った?」
「…………っ!? はい、それはもう」
「ま、君たちをつぶしたところで奈落が得するわけでもないからね。どうでもいいよ、そんなこと」
「そんなこと――とは?」
「君たちの進退なんて僕にとってはどうでもいいんだ。ま、恨んだ時期もあるよ? でも、今はそれより奈落のことだよ。僕の愛する人。僕はね――彼に会うために生まれてきたんだ」
「……」
「さて――奈落の役に立つことにしよう。ミレニアムに何を聞かれた? 答えなきゃ、本当に君たちの命運をつぶすよ。さっきまでの冗談じゃなくてね」
「は――」
「僕は本気だからね? 奈落のためなら手加減なんてしないよ」
「いえ、そういうことでしたら。確かにミレニアムと名乗る者からの通信を受けました」
「逆探知は?」
「試しはしたのですが――」
「妨害されたってわけか。ま、仕方ない」
「あなたのことを色々と聞かれました」
「――ふむ。さすがに僕が奈落側とは見抜かれているだろうね。転向までしちゃったんだから。で、どれだけ情報を渡したの?」
「個人情報をかなり。奴らは生い立ちや親についてよく知りたかったようです」
「ふう、ん――。どれだけの意味があるのかな、その行為に。デュノア社に残してある情報に大したものはないんだけど」
「それは、わかりかねますが――」
「君には聞いてないよ。他は?」
「それだけです」
「個人情報だけ?」
「はい」
「そうなんだ。まあ、不気味だけど――気にしててもしょうがないね」
「シャルロットお嬢様?」
「ああ、うん。僕は君たちの件についてはノータッチだから。ミレニアムのことさえ聞ければいいよ。じゃ、勝手に頑張って」
「シャルロッ――
電話を切った。