「やれやれ、暗い顔だな。何があった?」
奈落が帰ってきたのは次の日の夜。
夕食時に食堂に姿を現した。
「お帰り、ちょっと一夏が負けちゃってさ。それで落ち込んじゃってるの」
答えたのはシャルロット。
このお通夜のような空気の中で、一人料理をパクついている。
ラウラはいない。
他は一言も発せずに腹に食料を詰め込んでいる。
「ふむ、私が席をはずしている間に何かあったか?」
「奈落が席を外してたのって――ウェアヴォルフって子たちに関して? ついてこなかった子たちを心配する義理はないと思うんだけだどな」
――ウェアヴォルフ。
本当に“そう”だと断言できる存在は一言も言葉を発しなかった少女くらいのもの。
だが、奈落を襲撃してきた3人とシュレディンガーも含めるのもいいだろう。
「義理はなくとも、責任はある。あいつらを放っておけはしないさ――で、ミレニアムの襲撃か? 悪いが、そこまでは考えてなかったな」
珍しく後悔しているよう。
普段ならさっさと埋め合わせでもするのだろうが――
――こうまであからさまに謝意を表すとは。
どうにも……感傷に浸っているようだ。
「僕が何とかしといたから大丈夫。でも、落ち込んじゃってるね――僕としては元々一夏なんかじゃ太刀打ちできないと思ってたけど」
まあ、落ち込んでいる原因は彼女にもある。
全く歯がたたない相手を鎧袖一触で蹴散らしてしまったのだ。
自分の無力さを痛感せずにはいられない。
「ちょっと、それってどういう意味よ!?」
「やめてくれ、鈴音……俺は何もできなかった」
激高する鈴音と、なだめる一夏。
対称的な光景。
「ふむ。相手は?」
「え……なんだったの?」
シャルは一夏に聞く。
……確かにあれだけ一瞬で倒してしまえば、相手がなんであっても変わらないだろう。
一撃、それも相手の認識限界速度を超えた不意打ち。
戦いとすら呼べない殺戮。
「あいつはケルベロスだって言ってたわ」
鈴音が答える。
言葉に出すのも嫌そう。
あんなものは反則だとでも思っているのかもしれない。
「なるほど、アレか」
うなづく奈落。
「知ってるの?」
「一度やり合ったことがある。あれは試作機だったが――なるほど。完成させたか」
学園に来てまもないころ…….彼は独自の任務で学園を離れ一つの研究所を潰した。
そう、そこで研究していたのがケルベロス。
強化された――そう、もう寿命すら残らないほどに改造された人間をコアとする違法なIS。
「私たち、手も足も出なかったわよ」
「ふん――ま、仕方ない。人間がアレに相対するなら圧倒的な火力でも持ってこないとどうしようもないだろう」
確かに。
未来を読む。
あれは二つのコアによる演算によって未来を予測しているに過ぎないが、その予測を超えるのは至難の業。
わずかな挙動からでも次の行動を完全予測してくるのだ。
「どうやって倒したのよ?」
「私にその圧倒的な火力がないとでも?」
「そうだったわね。で、なんとかなるの?」
「何がだ?」
「私たちがあいつを倒せるようになるかってこと」
「まあ――まず無理だな」
冷たく言い放った。
「……っ!」
「まず基本性能が違う」
指をピッとさす。
「あいつらの第3世代は私たちの第3世代とはわけが違うって?」
「いや、そういうわけではない。君たちのISは威力に劣っているように見えるが――そんなのは競技用に調整されているせいだ。もう2、3日……で済むか分からないのが政治の厄介なところだが、本国から技術者が来て戦争用にチューンアップしてくれるだろう。まあ、一夏の機体はすでに枷を外してあるがな」
「――つまりだ、機体の性能の差ではない。性能と言ったのは中身のことだよ」
「中身……国家に選ばれた私たちの技量が、テロリストなんかに劣っているとでも!?」
激高する。
それはそうだ。
国家代表となるべく訓練を積んできた――その自負があるだけに、たかがテロリストなどに技量が劣っているなどと認められるわけがない。
代表者とは、文字通りに選ばれた人間であるのだから。
「技量? 私は性能と言ったはずだよ。スポーツで例えると――オリンピックレベルでは見られなくとも、学生同士の試合ではよくあることだろう。スペックの差が試合の勝敗を決めてしまうということが」
いいや、奈落が言っているのはそんなことではなかった。
そもそも化け物たる奈落は技量などに固執はしない。
技術を磨き上げるのは彼らの流儀ではない。
圧倒的な力。
それこそが彼らの頼むもの。
純粋な身体能力こそが存在の優劣を決める、
「奴らは人為的に改造を施された――いわば作られた超人だ。技量で上回る? ――っは! そんなのは当たり前だ。化け物が技を磨く必要なんてのはない。人間は己が生涯をかけて磨いた技で化け物という災害に立ち向かわねばならない。君が技量で上回ったところで、人間を捨てた化け物に勝つことなんてできやしない」
身体能力の差は技術をひっくり返す。
どんな小細工をしようが、それはしょせん小細工でしかないのだ。
そもそもが、人間を捨てまでした化け物に……人間が努力したくらいで敵うはずがない。
「もっともこれは人間の話で――化け物には関係ない。なあ、一夏?」
「どういう……ことだ?」
つまらなそうに一夏をあごさす。
けれど一夏はよくわかってなさそうで――自覚なんてありゃしない。
「選択肢の話だ。まあ、詳しいことまで話す権利は持ってないから色々と不明瞭な部分を残さざるを得ないのだが――君に化け物としての自覚を与えよう、一夏」
「俺が化け物だって?」
いぶかしげに訪ねる一夏。
にわかに信じられはしないだろう。
周りに異能を持つ化け物がいやというほどいても――それでも自分がそうだとは信じられない。
それならもっと――何かが違っていたのではなかろうか。
「そう、私と同じように」
「待ってくれ。意味がわからない。お前が化け物で――俺が化け物? わかるように言ってくれ」
だから聞き返す。
理解できても、納得はできない。
……意味がわからない。
わかることを拒否してしまう。
「お前が言った以上に分かりやすい言葉にはできないと思うがな。まあ、異能を使う人間なんていない。それは――元人間、もしくは初めから人外だったかのどちらかだろう。そして、そのいずれにも化け物という呼称は当てはまる。そういう意味では、シャルにラウラ、そしてお前の姉とその共犯者たる束も化け物だ」
「……っ!?」
冷たく事実を指摘していく奈落に、一夏は冷や汗をかくことしかできない。
実際、奈落にはわからない。
初めから普通などとは縁遠い存在だった彼にとって、異質であるのはアタリマエのことでしかない。
それが彼のずれ。
皆とは違う彼には、それこそ“普通”などテレビの向こう側にあるもの。
「だが、聞かなければ人間の側に居られる。能力を使わなければ普通に人間のままで生きていられる」
あっさりと全てを翻してしまった。
逃げ道を提示した。
「化け物になると――どうなるんだ?」
「いや――別に」
「は?」
「いや、ギガロマニアックスとしての能力が使えるから、自分の身体能力を弄ったりできるが――まあ日常生活では役に立たんな。便利な小物のために自らの寿命をすり減らすなら話は別だが」
「なら、教えてもらった方がいいんじゃないか?」
「いいのか? 確かに隠しきれるほど腹の中が真っ黒なら話は別だが――人外が人間の中で生きるのはつらいぞ。しょせん――同じ人間とは言えないのだから」
「それでも、皆を守れる力が得られるのなら」
……一夏らしい。
「――よし。それならどこから話そうか」
「待ちなさい、一夏が人外ってどういうことよ」
「そのままの意味だ。詳しくは織斑千冬に聞け」
「――は?」
「――ほう。なら話してやろうか」
千冬が突然現れた。
「「「織斑先生(千冬姉)!?」」」
まあ、理由としては奈落に会いに来たのだろう。
先の襲撃は学園には隠しておいたが――彼女にまで隠し通すことなどできはしない。
「良いのか?」
「ああ、今こそ私の罪を話そう。それをお前は望むのだろう……一夏」
「……話してくれ」
「――ふん、それについてはお前の罪も暴露するぞ、神亡」
「細かいことを言えば私の罪ではないがな。まあ現在の計画を取り仕切っているのは私だ――咎も引き継ごう」
「そもそも私がギガロマニアックスになったのは希テクノロジーの実験によるものだ」
「そう、当時は誰がそうなのかを見極める方法が確立していなかった。だから、確率の高そうなのを浚ってきたり作ったりしたわけだ」
「目的はもちろんギガロマニアックスの創造。さらにその先――最終的な目的はマインドコントロールだ。ま、日本中を洗脳したいと思う動機なんて星の数ほどあるだろう。ほら、資金を提供していた政治家に宗教団体――なんて言ったか?」
「政治家の方は忘れた。宗教団体は天成神光会と言う。しかし、マインドコントロールなどではない。確かにそう偽って彼らから研究資金を調達していたがな」
「そして、今はIS信仰会と名を変えて希テクノロジーの資金源となっている」
「それは言わない約束だろう?」
「――ふん。公然の秘密というわけだな。はん! 環境団体を組織してどこぞの副社長あたりが私腹を肥やすというのは良くある話だがな」
「それとは違う。我々は全ての人々を救うためにその資金を使っている。もっとも、今回のミレニアムは準備が終わる前に出てきたので、なんとも中途半端になってしまったがな」
「まあ、この件についてはこれくらいでいいだろう。私がギガロマニアックスとなった経緯はこんなものだ。で、次は仮想観測世界論なんだが――」
「それについては私から説明しよう」
「なに? 希テクノロジーが総力を挙げて隠してるって言うオチ?」
「いや、隠してないさ。だれも信じていないような論文なんて、隠すよりも放置したほうが見つかりにくい」
「へえ、そんなハチャメチャな理論があるもんなの?」
「そういうのはけっこう学会にすら提出されていたりする。もっとも、日の目を浴びることはないが。よくある馬鹿げた話だと笑い飛ばされた論文の一つだよ。違うのはただ一つ――実在すること」
「その理論を仮想観測論と言う。それは仮想的に観測した世界は虚数世界に実際に作られるということ。そして、虚数世界は滅びるときに現実世界に爪痕を残す」
「人が認識するまでは星々がただの塗り絵だったと言った傲慢な哲学家がいたそうだが、これはそのものだな。妄想がなければ虚ろな世界は存在しない。これは――まあ誰にでも作れる」
「そうだな――強く願えば夕食に何々を食べた世界、自分が一番強い世界なども作れるだろう。もっとも、そんな世界は弱くて――この世界に影響を及ぼせたとしても夢に見させるくらいだ。だから、こんなのはオカルトでしかない」
「だが、その理論により存在を規定された故に最後の一線を突破することができた。つまりは虚数世界で朽ちるには強すぎる世界が、この世界に影響を及ぼすようになった……異邦人という形で。虚ろな世界と虚ろな意思が一つになったとき、虚人はこの世界へとやってくる」
「つまり我々は大量虐殺者というわけだ。この本物の世界に来るために自らの偽物の世界を皆殺しにした。考えてもみろ、普通に過ごしていて世界で最後の一人になるなどそうそうありえない。自分からそう状況を作っていかねば」
「そう、その仮想世界観測論で私は一夏を生み出した。もっとも、どんな手違いが起きたのか――それとも他と混ざったのだかわからんが……私が願ったのはな、実は妹だったんだよ」
「――は?」
「そんな顔をするな。むしろ当然だろう、束とともに女尊男卑世界を創った人間としてはな。だが、それは本題ではない。私が欲しかったのは家族だ――性別など関係ない。だが、変なことが起こってしまったのだ」
「ええっと……」
「お前は遺伝学上、女なんだよ――我が弟。だから束製のISを扱えるのかも知れんがな。だが、体も心も……まあ完全に男だと言ってもいいだろう。お前が男相手にその――なんだ――恋心を抱いているようすもない」
「俺、女!?」
「遺伝学上は、な。まあ、虚数世界に生まれたこの世界と異なる世界の住人だったのだ。遺伝子が我々の逆になっていたとしても、そう驚くべきことではない。まあ、問題があるとすれば――」
「問題があるとすれば?」
「自然生殖が不可能なんだ。だが、まあ――現代の技術を使えば女同士でも子供は作れるから安心しろ」
「いや、全然安心できねえよ!? 俺は玉無しかよ!」
「はは。まあ、その、なんだ――すまん」
「ああ、いや。千冬姉のことを悪く言うつもりじゃなかったんだけどよ」
「いいや。本題は違うね」
「……奈落」
「お前は虚人だ。つまりは世界を殺した大犯罪者。死を積み重ねて積み重ねた――最悪なる最悪。人でなし――人外」
「ふん。一夏にそんなことができるものか。近くにそういう設定を後付けできそうな人間が近くに居るだろう」
「束か? それともあなたかな?」
「私だ。もっとも、その記憶は封印したがな」
「つまり、どういうことだよ?」
「虚人は生き残った、ただ一人となって世界と同化しなければここには来れない。そして、お前には全人類を殺せるだけの精神は持ち合わせていない。つまりだ、実行犯は別にいるということになる」
「それじゃあ――千冬姉が殺したのか? 俺のために」
「いや、自分のためだな。私は家族が欲しかったから――妄想の世界の住人を……自分でさえも殺し尽くすことなどなんでもなかった――はずだ。しょせん、私はお前の世界の織斑千冬ではないのだから、気持ちなどわかるわけがない」
「出生の秘密を聞いた気分はどうだ? 姉が他ならぬ君を生まれさせるために世界を、全人類を、己すらも殺しつくして――血の苗床から生まれた気分はどうだ。信じられない? いや、違うな――お前はこれが真実だと知っている」
「確かにそれが真実なのかもしれない」
「違うな、真実だ」
「なら、俺はこの世界を救う」
「――ふ。良い覚悟だ」
「おめでとう、一夏。これで君も人外の仲間入りを果たした――もはやケルベロスごときに後れはとらん」