「――お前がそんな力を隠し持っていたとはな」
「くっくっく。私があやつのおかげでまともに言葉を喋れなくなっているのは知っているだろう?」
イギリス。
王立国教騎士団、通称『ヘルシング機関』の秘密屋敷の一室にその主従の姿があった。
「
「無茶を言うものではないよ――人間」
昏い地下室の中で行われる会話には影がある。
嗜虐的な笑みを浮かべた少女。
冷たい覚悟を決めた瞳の女。
視線は交錯することなく、宙に消える。
「ミレニアムが先刻出現した――とは言え、まだ現れてから1分もたっていない」
「奈落のやつが出現を予知したことを知らせてきたから見つけるのは早かったな」
そう、襲撃だ。
これまでも散発的にミレニアムの襲撃があった。
第1陣は防ぐことは叶わなかった。
そして、それ以降は一夏が壊滅させてきた。
だが、ここにいるのは400からなる戦闘機の群れ。
現れた地点から見て航続距離とかは関係ないのだろう。
ステルス機も見えるが、その周りに大漁の戦闘機がいては意味もない。
「アレは見ものだったな」
「ああ、400の戦闘機など中々見れん」
主はそっちではないと言いたげに下僕を睨みつける。
彼女が皮肉ったのは円卓のメンバーである。
素人の集まりのように泣き叫ぶありさま。
情けなくなって彼女のほうがよっぽど泣きたくなった。
もっとも、そのすぐ後に涙を浮かべるほど唇を噛みしめることになったが。
「そして、現れてから10秒後に公開された情報」
「――私の力」
アーカードの力……吸血鬼の能力。
この美しい少女の姿は擬態に過ぎない。
いや、何万もある顔の一つとも言える。
彼女に姿形など意味は無い。
そして、彼女の能力は容貌に縛られるほど常識的な代物ではない。
「EU全域にその情報を送る当たり、奴はお前一人でテロリストどもを片付けさせる気だぞ」
「彼の手の上は気に食わんかね?」
まさにインテグラの言うとおりである。
奈落はアーカードの能力を半分当てつけ、半分は善意で教えてやったのだ。
それが、アーカード一人にEU方面の敵をすべて押し付けるハメになることを知りながら。
EUには戦闘機400を迎え撃てるほどの軍備がない。
迎撃に割けるISなんて20にも届かない――それでは防衛戦の構築すら難しい。
なにより、お偉方は誰も本気で戦争が起こるなど考えもしていなかった。
それはインテグラにも痛いほどよくわかっている。
「当然だ。だが、踊らんわけにもいかん」
「ならば命令するがいい――話が主よ。殲滅しろと、壊滅しろと、塵芥と化せと」
ざわざわと影がゆらめく。
吸血鬼アーカード……その力の波動。
昏く強く、そして紅い。
「命令だ――我が従僕。サーチアンドデストロイ。探し出して殺し尽くせ! ただの一人も残すこと無く地獄の底へ叩き落としてやれ!」
「――了解した」
主は殺意をたぎらせた一瞥を。
従僕は悦楽をのせた微笑を。
一瞬の交錯。
「私はヘルメスの鳥。私は自らの羽を喰い、飼いならされる――第零号限定解除」
ざわ、と吸血鬼の肌がざわめく。
ぶる、と身震いするように泡立ち――
――決壊する。
「これが――これが……死の川! 神亡奈落に秘密裏に聞いていたとはいえ、なんともおぞましい。身震いするほど恐ろしい。そして、これが『限定』されていなければ、世界が死に覆われることになるとは――」
赤い河。
決壊したアーカードはその血肉を数十倍、数百倍にも増大させ外に向かって流れ飛び散り溢れゆく。
血と肉片を混ぜたような”それ”の中には人影が見える。
「さて、少佐。本物の闘争を始めよう。鉛の弾と鉄の塊が交錯する戦場を奏でよう」
ごぼ、と血肉の塊から黒がのぞく。
そして、飛び立つ。
「あれは?」
インテグラが疑問を発する。
一般人が見たらこう断定する――戦闘機だと。
しかし、彼女はこんな戦闘機など見たことがなかった。
「おそらくは米国の最新鋭機。その発展型でしょう」
いつの間にか現れた執事が主の疑問に答える。
「発展型、だと? そんなものがなぜ――」
「それは私にも理解しかねます。しかし、彼らはこの世に生きておりますが、この世の法則に従っているわけでもありますまい」
「未来から引っ張ってきた? それこそありえん。全ての戦闘機の開発は終了されている。改善しようにも、ノウハウがないのだ。これから先で発展型が開発されるなどありえない」
「そして、開発が再開始されようと……それは全くの別物になっていると。そう言うわけですね――お嬢様?」
「まあ、あいつの能力を考えるのは後だ」
「ええ。それはいつでもいい」
「考えねばならんことは――これからの追求をどうかわすか」
「そして、EUの防衛をヘルシング機関が一手に引き受けさせられることがないように――ですね」
「ふん。これは問題だぞ」
「ええ。守るなどと言っても、アーカードがアレでは誰も感謝などしますまい。とくに政治屋などは」
これからのことを心配するインテグラにはアーカードが負けるかもと言った心配はない。
「楽しみだな――戦争だ」
「そう、一心不乱の大戦争」
彼らが乗るのは最新鋭の戦闘機。
こちらは現実にちゃんと存在する。
いや――”ちゃんと”ではない。
空を覆うほどの数――こんなに戦闘機が残っているなどありえない。
そう、これは奪ってきたのでもなく、作ったのでもなく――
――今出現した、としか言い様がない。
「F14、F17。おしゃべりは後だ……敵が現れた」
指揮官機が注意を促す。
その声にはノイズが混ざっていて聞き取りづらい。
「ほう? 相手は――」
「戦闘機。数は30」
それはアーカードが出した戦闘機。
こちらも世の条理を無視している。
なにせ、他の世界で作られたものを喰って――そして出したと言うのだから。
「ふふん。400の我々に対して30? 舐めているのか、それとも――」
「気を抜くなよ、F14。そもそも……EUに30も戦闘機があったか?」
ミレニアムは理解する。
これは化け物との戦いだと。
「――それは」
「少佐殿が言っていた。この戦争には化け物が出てくると。敵は人間ではない――化け物だ」
これから行われるのは兵による民間人の殺戮ではない。
人間による人外の討伐。
「ならば我々が化け物を倒そう――超兵たる我々が」
「よろしい。ならば、戦争を始めようではないか」
戦闘機ははるか前にある。
速度をあげようとして――砕け散った。
「たいちょ――」
「なにが……」
こちらも砕け散る。
高速ミサイルだ。
もっとも、速すぎて彼らには認識することもできなかった。
50あまりが爆散された。
だが、350が残っている。
「いくら性能が高かろうと――」
「――数の暴力には勝てない」
死を恐れぬ戦闘機の群れが同士討ちすら恐れずに撃ちかかる。
さらに30程が破壊されて、全ての次世代戦闘機が破壊された。
「――む?」
影が刺した。
そして――
「……ひ!」
「――ああ!」
爆弾の嵐が降る。
上に現れたのは爆撃機。
だが、ありえないほどに大きい。
ビルほどに?
違う……これはそこまで小さくない。
「………….」
嵐が過ぎ去った後には破片しか残らない。
――いや。
豆粒が這い上がって――
――第二の爆撃の中をかいくぐって上へと昇る。
IS黒椿。
400の戦闘機にはISを装着したミレニアムの兵が乗っていた。
ただの一人も殺せていない。
アーカードによる戦闘機と爆撃機での暴虐は、彼らの移動手段を潰したに過ぎなかった。
いや、それすらも果たせたのか。
到着が1時間ほど遅れたにすぎない。
400の黒椿が爆撃機を喰らい尽くし、陸へと向かう。
「――そうだ。お前ら、そのくらいでくたばる貴様らじゃないだろう? 吸血鬼にとって海は地獄の釜――海を越えて、ここまで来てみなさい……死の川が歓迎するわ」
たたずむ少女。
――吸血鬼アーカード。
彼女が少女の姿をしていることに意味はない。
ただ、それが都合が良くて、変える機会もなかっただけ。
「さあ、私の世界を前にどこまでできる? 何を見せるんだ――最悪の馬鹿ども」
憂いをたたえる瞳は混沌に満ちていて、美しく濁っている。
「私は、世界を食い尽くすことで世界と……虚人となった。この私の身には、『もし、この世に化け物がいて――人が科学の力で戦っていたら』という世界で生まれた人の知恵全てが眠っている。そう、単純なことだ。速さにはそれ以上の速さで、そして大きさにはそれ以上の火力で立ち向かえばいい」
速さ――それはミサイル。
戦闘機など発射台でしかない。
現にあっさりと撃墜された。
万能機ではなく特化機、それが化け物を相手取る人間が出した結論。
火力――爆撃機。
おそらくは無限に増殖する化け物への対抗手段。
無数の敵に対して個別に倒すのではなく、面で制圧する。
きっと……都市を燃やし尽くしたことさえある悲しい兵器。
「では、次は? 数を克服した痴呆的な暴虐の連鎖を味わってもらおう」
彼女の周りに渦巻く闇。
ぐちゃぐちゃと粘体のようにうごめく塊が沸騰する。
「さあ、喰らってみるがいい――」
沸騰した闇は彼女の繊手へと一つの塊を産み落とす。
「――ふふ」
少女はそれを右手に握りこんで。
大きくひいて。
足を開いて。
振りかぶって。
――投げた。
どこか微笑ましくもあるその光景。
しかし、射出された塊はあっという間に見えなくなる。
まるで世界がツギハギされたかのような違和感。
「どうする? この……穢れを」
「――む?」
偶然、アーカードが放った塊の直線上にいた兵士が気づく。
なにか小さいものが飛んできた。
「何だ……?」
つかみとって、覗いてみる。
掴んだそれは粉々に砕けていた。
攻撃とは思えない。
人間の体を貫通させる程度なら問題にならない。
そんなのは攻撃ではない。
「おい、どうしたんだよ?」
不審なそいつを見かねて声がかけられる。
声をかけられたそいつは戸惑ったような、なんでもないような、いわく言いがたい顔で振り返る。
「いや、こいつが飛んできてさ――」
「なになに」
ハオパーセンサーで20倍に拡大してみても異常は見られない。
ただの石ころだ。
「なんだか、妙に気になってさ――」
「おい……お前」
「ん?」
「血が出てるぞ」
「そんなバカな。黒椿にだって多少の生体保護システムはあるし、改造された時に悪い部分は全部とってもらったはず……」
口の端からつうっと垂れた血は黒い装甲を朱に染める。
「あれ? なんで視界が赤いんだ――?」
目から血があふれた。
「お前……っ!」
「ごぼっ。が……は――」
とても人の体から出たとは思えないほどの喀血と共に落ちゆく。
――完全に死んでいる。
「これは……!」
もう一人の口からも血が滲む。
「我々はすでに攻撃を――っ! ごほっ……」
死が蔓延する。
散開、と誰かが叫んだ。
殺してやる、と誰かが叫んだ。
そして、なりふり構わぬ全速で突っ込んでいく。
死地に向かってまっしぐらに。
「こんにちは、諸君。そして、さようなら」
アーカード。
そして、死の川が彼らを出迎える。
数はもはや50にも届かぬ。
死すら恐れぬ超兵は吸血鬼に惨殺された。