第66話 篠ノ之の闇
「さて、強引に来てもらって悪いね……箒」
「奈落、確かに私が戦場に行ったのは悪いことかもしれない。いや、勝手なことをしたのだから皆に迷惑をかけたのだろう――だが、私はあれが悪いことだったとは思っていない」
奈落は箒を捕まえて生徒会室に来ていた。
生徒会長を自分側に入れたからって、自由に使い過ぎである。
わがままを言う子供を無理やり引きずっているようだが――さて。
箒の方は一歩も引く気はない。
たとえ相手が奈落だろうが気後れしていない。
それは意地か、それとも慢心か。
第4世代ISを使ってなにができたのかなど頭にはない。
「ああ、そう――別にあれで困るようなら、すでに君を拘束している。そっちはいいよ、一夏とでも解決してくれ。私に意見を聞くなら、それはそれで別の問題」
「ならば、その別の問題を聞かせてもらおう。当然――皆にも関係があるんだろう」
彼女は足手まといなだけだった。
しかし、奈落にはそんなのに関わっている暇はない。
怒るのは暇な教師にでも任せればいい。
そう、明確な用事があって箒をひっ捕まえたのだ。
箒の頭は悪くない――その程度はすぐにわかる。
まあ、ぞろぞろと集まってきた面子を見ればわかることかもしれない。
大体、よりにもよってラウラが誰かを叱るところにかけつけるわけがない。
そんな人間じゃない。
シャル、鈴音、セシリア、それに一夏。
全員学生だが、ともに世界を背負う者達。
「ああ、いや――こいつらは勝手についてきただけだ。あまり大人数もアレだが、まあ個人の好きにすればいい」
「……?」
疑問符を浮かべる箒の前に地球が浮かび上がる。
超能力でも何でもない、ただのスクリーン機能を使った3D映像だ。
そんなものを出して、奈落は何をするつもりなのか。
まあ――シャルとラウラは知っているが。
「指を差せ」
「――はい?」
あっけにとられる箒。
説明もなく自分勝手に物事を進める。
こういうとき、彼は酷く身勝手だ。
別に知らないからどうというわけではない。
ただ、人の気持ちを考える余裕が無い。
作る気すらないのは、それは弁護できるのか。
「君は”篠ノ之”箒だ。だからこそ、無意識領域化では血族とリンクを張っている。虚数の量子を意識化で観測できずとも、不定量子が意識を書き換える。つまりは虫の知らせ」
言葉を切る。
箒には専門用語ばかりでてんでわからない。
奈落はかまわずに厳しい目を向ける。
だが、それは箒を見ていない。
箒を通して何者かを見ている。
大仰に両手を上げる。
「さあ――指を差せ。それでわかるはずだ。全ての元凶が、始まりが。始まりが終わりの道に通じていなくても、この混沌を停滞させることくらいはできる――やれ」
「うえ? えええええ……」
奈落の芝居がかった動作はいつものこと。
分析家に言わせれば劇場型の犯罪者と言うだろう。
とにかく、目立つことが好き。
それでいて行動は的確に。
それは箒も短い期間で十分わからされた。
学園で過ごした機関は短いけれど、彼の活躍は耳をふさいだところで聞こえなくなるようなものではなかったから。
意味がわからないながらもとりあえず指をさす。
そうしなければ始まらない。
そこは――
「ふむ、日本か。考えてみれば、海外に出たところでどうにかなるわけでもない。いや、束が海外で活動することを期待したのか? なら、皮肉だな。感傷であるならなおさらに」
「お前は――何を言ってるんだ?」
また、わけのわからぬことを。
大体箒は考えてみたことすらないのだ。
姉は全世界に指名手配されている。
なら、親はどうなのか。
ただ政府に監視されているだけのサラリーマン、もしくは主婦。
そんな話があるわけがないのに。
「さて、私はすぐにでもそこに向かう。ついてきたいのなら来るといい」
さっさと踵を返して歩いて行く。
こういうとき奈落はとてつおなく迅速だ。
やるべきことがあったら、さっさと終わらせないと許せないタイプ。
学校なら宿題を出される前に終わらせてしまうタイプだ。
歩みは微塵も揺るがない。
そこにシャルロットが当然のように横に並んで。
他もぞろぞろとついてくる。
「乗れ」
学園の前にはヘリが置いてあった。
なんとも用意周到なことだ。
ヘリ自体はどこにでもあるように見える。
そう偽装された最新鋭の速さにのみ特化したモンスターマシン。
「さて、皆も経緯を知りたいことだと思う」
奈落がそう切り出した。
常人なら胃が空になるような揺れの中で。
ここにいるのは全員がIS操縦者。
身体能力は上位では許されない――最上級、もしくは人外クラスでなければ。
「そうね――無意識だとかそんなのは置いといて、何をしようとしているのかは教えといてもらいたいわ」
「そうだよね。なら、僕の方から教えてあげる。奈落は彼を探索してたほうがいいでしょ?」
答えたのは鈴音。
皆が皆、リーダーになれるだけの素質を持っている。
しかし物怖じしないのは箒は論外として、一夏やセシリアよりも一歩先んじている。
答えるのはシャル。
ニヤついたような、余裕そうな顔をしている。
思えばずいぶんと変わったものだ。
入学当初はあれほどおどおどしていたというのに――今や海ほどにも余裕を感じる。
「そうだな。まあ、やらないよりはマシかな……」
一方、シャルとラウラがしなだれかかっている奈落は苦い顔をしている。
二人の柔らかい体も、かぐわしい香りも無視して気を張っている。
それほど難しい敵なのか。
もっとも、束の血縁と言えば厄介なこと極まりないのが楽に想像できる。
しかし箒の親といえば簡単にやり込めることができそうな気もする。
「じゃ、そういうことで僕が話しましょう」
「で、その彼ってのに会いに行くの?」
シャルは奈落に体を預けたまま、鈴音と話しだす。
もっとも、鈴音にはそれを羨ましく思う余裕はない。
一夏との関係はまったく進められない。
それはセシリアも同じ。
世界大戦を前に、そんな呑気は考えられない。
「そうだよ。その彼ってのは篠ノ之柳韻……箒の父親さ。そういえば――箒は彼のことをどう思っているのかな?」
「……っ! 貴様には関係のない話だろう――」
水を向けられた箒は噛み付くように返事をする。
正直言って、ふれられたい部分ではない。
人外魔境のコイツラに興味を持たれるなど、想像もしたくない。
親は普通でいい。
政府に監視されてはいるが、それ以外に特色なんてなくて。
野望なんて持ってない、家族にやさしい親。
それだけでいい。
それ以上なんて――欲しくない。
「そうも行かないんだよ。というか、何も知らないみたいだね」
「――何? 父さんは政府の重要人物保護プログラムで保護されているはずだ」
シャルは暗黒のような笑みを浮かべる。
どろどろとした救いのない家族関係へようこそ。
君も僕の仲間だね。
そう言っているようにみえる。
そんなシャルを、箒は見ていられない。
つい、と視線をそらす。
それはまるで自分の非を認めてうつむくしかないようで。
「うん。どうでもいいけど、保護プログラムで保護って頭悪そうだよね」
「ふざけるな! 言葉遊びなど、そんなことをやっている場合か。貴様ら――父さんに何をする気だ!?」
茶化す。
それはシャルなりの気遣いか。
もっともすげなく切られてしまったわけだけど。
「ふぅん――姉とは確執を抱いているけど、父親にはないのかな? それも因果な話だね――うん。皮肉だよ」
「何の話だ?」
理解できない。
――したくない。
聞きたくない。
――逃げられない。
「なら、聞かされてないんだね。現在プログラムを実行されているのはただの1名。君の母親だけなんだよ」
「――な?」
否定したいことを聞かされる。
あっさりと認められるほどに大人じゃなくて。
泣き喚けるほどに子供でもなくて。
何もできない。
そして、それは――”いつもと同じ”。
「君自身はアレだ。赤椿があるからね……監視が精々で、それはもう元の重要人物保護プログラムとは呼べない。父は初めから違う。そう、もう保護されてると言えるのは監禁されている君の母だけだよ」
「母さんが……なんだって?」
衝撃の事実。
それが淡々と明かされていく。
迷宮に侵入して死ぬような思いをして得るのでもなく。
強敵と戦った末に得るのでもなく。
人外の気まぐれであっさりと情報を渡される。
「元々そのプログラムは――父親の方をおびき寄せるために作られた。元々、政府は束がかかるとは期待してない……ほんのわずかながら真実を知っているから」
「真実?」
希テクノロジーは元々きちんとした会社だった。
いや、今もきちんとしている。
ただ裏の世界を牛耳るようになっただけ。
だから名簿があるのだ。
昔、誰がどの部署で働き、何を研究していたかが記されている。
「そう、真実。君は知りたいと思うかな? 僕は常々不思議に思う。愛する人のためならともかく――なぜ人は好奇心なんかで真実に近づきたがるのだろうか、と」
「真実を知りたくないと思う人間などいるものか」
そこからは隠された真実が導き出される。
おどろおどろしい、腐った真実が。
知らない方がいい。
それは知っている人間の言葉。
生憎と箒はそこまで悟れてはいない。
「そうだね。僕は人間じゃないけど――あの頃は人間だったんだけどな。真実なんて重くて苦しいだけ。君はこれから悲惨で無慈悲な残酷を知ることになる……覚悟しておきなよ。ま、僕には関係ないけど」
「シャルロット――」
それは知った人間の苦悩。
シャルは昔、父は立派な仕事をしているとだけ聞かされた。
けれど実際は違法な取引に手を染め、社員を道具として使い潰す。
挙句の果てには娘すら生贄に捧げる――地位にとりつかれた最低の男だった。
それはそう……知りたくなかった事実。
知りたくなくても知らされた。
実の父に使い捨ての道具として酷使されたことで。
箒の目にためらいが浮かぶ。
けれど、やっぱり真実という響は魅力的で。
悪魔に魅入られたように動けなくなった。
「もうつくよ。行動はなるべく迅速に。悪いけど、しゃべってる暇はないんだ。皆、ISを展開してくれるかな?」
言うやいなや――ヘリが木っ端微塵に吹き飛んだ。
「「「……っ!?」」」
爆発は内側から。
だから、怪我はない。
シャルロット、そしてラウラがヘリの中からISで直接急降下した――足元をブチ抜いて。
それがこの爆発。
「シャルロット――なんという無茶を……!」
悪態をつくのは箒。
皆に遅れてISを装着し、事なきを得る。
「皆、無事かー?」
一夏がのんきに見渡す。
ここでISを展開するのに失敗すればお姫様抱っこしてもらえたのだろうが。
そんなことができれば、ここまでもつれてはいない。
「さて、箒も怪我はないようだな――連れてきたぞ」
ラウラが一人の男を引きづって来た。
なんだか薄汚れていて、ただの浮浪者に見える。
目つきもどんよりとしていて、抵抗する様子もない。
人生に膿み疲れた敗残者の姿。
「やれやれ。やっぱり、その眼って便利だよね」
遅れてシャルロットが到着する。
「奈落に協力してもらったがな。こいつをここから逃さずにいてもらえれば、我が【刧の眼】にはいかなる小細工も通用しない。すべての可能性を見通して、任務を達成する未来を予知する」
「え? もしかして……」
箒が何かを悟ったようだ。
その様子はそう、知りたくなかったとでも言うような。
真実なんて知りたくない。
シャルロットは飛行機の中でそう言った。
箒は反発した。
だが――今はそれを撤回する必要がありそうだ。
「そう、君の父だよ……箒」
「……っ!」
そんなこと教えるなよ、とでも言うように奈落を睨む。
「箒を連れてきたのは単に奴を捉える確率を上げるためだ。なんせ、こいつは重要人物保護プログラムが発令されてからずっと――政府のお膝元である日本で隠れ続けてきた。知られるようなヘマはしないが、更識家が血なまこになっても探しだせなかったこいつのことだ。わずかでも確率を上げておくに限る。さらに言うと、私も箒の力を借りなければ探しだせなかった。礼を言うよ」
一度話し出せば止まらない。
それも劇場型の特徴。
嫌味なほどによく当てはまる。
「父さんをどうするつもりだ?」
未だ誰もISを解除していない。
だが、箒だけは解除してしまった。
その状態で奈落に詰め寄る。
完全装備のISに生身で近づくとは豪胆なんだか、それともトチ狂ってしまったのか。
「アメリカに引き渡す。ちょうどいい餌だ」
「――え?」
にべもなく答えた。
ありえないほど簡潔に。
それが目的だったのだ。
奈落は別に倒そうと思ってここに来たわけではない。
取引材料を確保しに来ただけなのだ。
「どうせ奴は贖罪だのなんだのと思い悩んでいることだろうが、そんなものは関係ない。そんなのは罪悪感が創りだした夢幻。重要なのは現実――それだけ。このままではアメリカは核戦争を開始するだろう」
「そうなったら、どうなる? 人間の、そして世界の破滅だ。別に放射能がどうとかいう話じゃない。あれは単に変異が起こりやすくなるだけで、少ないならそれに越したことはないという、ただそれだけの公害でしかない――そこは重要ではない」
「だが、洒落では済まないものがある。それは威力。核の火は山を吹き飛ばし、湖を焼き尽くすだろう。断じてそんなものを使用させる訳にはいかない。それこそ、人類の何割かが死滅する事態に発展するにきまっている」
「だから、君の父上を使わせてもらう。奴程度の存在でも居れば虚数技術を扱えるようになろうが――しょせんアメリカは破壊しかできないよ。先祖代々受け継いだ伝統というものだ。なにも掴めはしない」
「事態の解決にすらならない時間稼ぎ。だが、目的のためならどんな手段とて選んでみせよう」
締めくくった。