IS 第三次世界大戦   作:Red_stone

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第77話 最悪への直面

「聞け。最悪の状況なら、その中で少しでも良い方向に持っていく努力をしなければならないだろう。未来のためには、大切なものでも手放さざるを得ないことはある」

 

千冬は言う。

諦めろ、と。

そうすれば大事なもののいくらかは手元に残るから。

 

「で、何を諦めろと? あいにく、諦めるなどと考えたことがなくてな。具体的に何をすればそうなるのか知らんのだよ」

 

奈落は肩をすくめて見せる。

冷たい目が彼女を射抜く。

 

「降伏しろ、奈落。お前が降伏すれば世界も降伏する。もう玉砕する余裕すらないのだから、希望が地に堕ちれば土下座でもする以外にはもうやることがない。ミレニアムの目的は、建国よりも戦争だろう。文字通りの|千年戦争≪ミレニアムウォーズ≫がお望みだ。人類が滅亡することはない」

「そんな考え方こそ諦めた方がいい。少佐は一度すべてを壊してから作り直すつもりだ。敵ならば複製でいくらでも作れる。虐殺した人間のデータを採取していないとでも思うのか? それさえあれば、何度だって殺せる。地球は血と闘争が支配する修羅の星となる」

 

千冬の希望をあっさりとこき下ろしてしまった。

そこらへんは少佐と個人的な友好を持った奈落にしかわからないことなのだろう。

もしくは人並みはずれた精神を持つ彼以外は考えるのを放棄することかもしれない。

冷たい真実は人を狂気に堕とすものだから。

 

「――永遠の闘争か。そんなものが何になるというのだろうな」

「おそらくは“人気者”にはわからないな。もしかしたら、あいつらは単に居場所が欲しかっただけかもしれない。軍事はISにとって代わられ、かつて軍人だったものはただの厄介なごくつぶしという有様。その絶望がどれほどかは想像もつかんよ」

 

「まあ、退役軍人――実際は強制的に辞めさせられたそうだが、そいつらに対する支援も賠償も聞いたことがないな。日本では国民投票だとかで男の軍人には退職金も年金も支払われないことに決まったとも聞く」

 

ひとかけらの同情も含まない声で一つの考え方を羅列する。

相手にも事情がある――というのは考えてみれば当たり前の話だ。

そしてそれを聞かず、見ず、知らずが正義。

知った上で叩き潰すのが奈落。

 

「だから、あいつらは必死なのさ。奪われた誇りを取り戻すためにな」

「そのために人の命を奪うのは本末転倒だろうが」

 

千冬は奈落をにらみつける。

彼が悪いのではないが、冷静すぎる彼の言い分は恨まれても仕方ない。

憎たらしいからこそ正論というのだ。

そして正論というのは一部にとっては口にするのも忌まわしい。

二重の意味で気に食わないことこの上なかった。

 

「わかってないな。それは――逆だ」

「なんだと?」

 

「むしろ誇りのために人の命を奪わない方が本末転倒だ。もちろん、そのような事態が起きない社会が健全であることは間違いない。言ってしまえば、少佐に従う兵士どもは単なる社会の歪みの具現化だ。人殺しが起きるのは悪い人間がいるからではなく、ここがそんな世界であるからだ」

「だからと言って、テロリズムが許されるわけではないぞ……!」

 

あっけなく奈落は世界を敵に回すかのようなことを口にする。

そも人間というのは正義を信じるものだ。

世界が悪いというのは、それに真っ向から反している。

民意に背く、というのは大企業の持ち主に言えることなのか。

もっとも一般人が抱く自分は悪くない、という無知を嘲笑っている。

世界が悪いならば、それを作っている人間一人一人も悪いと言っているに等しい。

そして千冬は手も出せないから、殺気を向けるくらいしかできない。

 

「なら、すべて殺してしまえばいいだけの話だったんだよ。そう、これは日本における例だが、罪に対する罰とは何だろうな?」

 

さらに、話を進める。

常識というものに喧嘩を売ってしまった。

悪い奴は皆殺し、ならただの過激派で済む。

けれど悪くなりそうな奴まで皆殺し――なんてもの、尋常の精神で言えることでない。

 

「刑務所に入れて、集団行動により更生させる――それのどこを疑問に思う?」

「それはただの刑罰だ。それ自体は、いい大人になって小学校に入れられるのと大して変わらん。ゲームもネットもできないのが違うくらいだ。私が言っている罰とはそうだな、マスコミと言えばわかるか」

 

「ああ、個人情報を暴き立てられるというやつか? しかし、それはそいつらが勝手にやっているだけだから別に罰ではないだろう」

「別にマスコミでも義憤に駆られることがあると主張したいわけではない。罰というのは、本人にその気がなくても苦しければそれは罰と呼んで差支えないだろう」

 

「過激なお前のことだからさぞバカバカしい言葉を聞けると思うのだが、一応聞いてやろう。つまり、何を言いたい?」

 

千冬の眼はもはや凶眼というにも生易しい。

一流程度のIS乗りなら射殺せそうなほどに。

 

「兵隊を皆殺しておいたら、この戦争は起こらなかった」

「それはどうかな? 少佐は自前の兵で戦っているだろう。この第3次世界大戦ではな」

 

事実、とは言い難いがおおむね合っている。

世界の軍隊と戦っているのは本隊なのだから。

しかし元軍人が機に乗じて略奪を働いているのも事実。

 

「――ああ、そういう名称にしたのか。で、だ――戦力の話は関係ない。大義名分の話だよ。まさか、彼らの中に一人でも本心から戦争を望む者がいるとでも?」

「待て、奈落――なんだ、それは? それは、この戦争を根本からひっくり返す考え方だ。イカれたテロリストがトチ狂って快楽殺人から始めて戦争まで達してしまったという世界共通認識が通用しなくなる」

 

「いや、その認識を変える必要はない。誰が何を想っているかなんて、実は誰にも気にしてない。面白おかしい動機を聞ければそれでいいんだよ。虐げられる元兵隊のために立ち上がったなんて耳の痛い話を聞く奴は――いるわけがない」

「……お前は心の底から人を信用してない奴だな。そんな奴がどうして世界を救おうとするのか疑問だが、そんな悠長なことをしている時間はないな。で、結局何が言いたい? 過去にさかのぼって奴らを殺してくれるのか?」

 

「それは無理だな。時間は逆行しない、それは世界の一つ上のランク……真理の法則だ。誰にも覆すことはできない。だから私は君に頼むことしかできない。奴らが生きているのは、間違っている」

「生きるのが間違いとは――ずいぶんと大きく出たな」

 

「彼らは世界に見捨てられた時点で死ぬべきだった。そう、彼らが世界を見限る前に。遅すぎるからと言って、やめる道理などない。君の完全な死を与える能力で、彼らを消してやってほしい」

「……やはり、それか。むろん、結論としてはそれ以外にないのだろうが」

 

「織斑千冬。私は君に協力してもらうためなら何でもするぞ。洗脳しないのは通用しないことが分かりきっているからでしかない。それとも、こう言った方がいいか? 君が協力しないのなら、学園を消す」

「本当に強引な奴だ。容赦のかけらもない――お前のような奴が手段を選ばないとか言われるんだ」

 

ああ、と空を見上げる。

ため息を一つ。

 

「そういう言い方は面白くないね。はっきり言えば不快だよ。世間の人気こそ高いが、とても下品な芸能人にでも似ていると言われたような気分だ」

 

激昂している。しかし殺意はない。

奈落のどこか奇妙な場所にあるスイッチを押してしまったらしい。

それも押すのを遠慮したい類の。

 

「そもそもだ。手段を選ばない? 逆だろう。積極的に手段を選んでいる奴がどうして『選ばない』などと表現されなければならない。負けそうな手段ばかり選んでいる悪役が手段を選ばないと言われて、なら人質を取られて武器を捨てるしかない正義の味方は何だ? 手段を選んでいるとでも言うつもりか。それとも運命干渉だとか言う次元の攻撃でもしかけているのか? はたから見ればなにもできずにうめいているだけだろう、アレは」

 

「私は納得できんのだよ。手段を選ばないなどと言われることを。もちろん慣用句の使い方としては正しいことは我ながら認めるがね。しかし、手段が目的にかなうならば非道なことすら行う私が“手段を選ばない”と評されるのには怒りを覚えるのだよ。そう、それしかないのならば赤子とて縊り殺してくれよう」

 

「――ま、究極的には私の感傷もどうでもいい。いくら不快な思いをしようが世界が救われれば、それで――いや、駄目だな。こういう愚痴ばかり言っては。さて、私は君的に言えば『手段は選ばない』ぞ。さっさとディソードを出せ」

 

「出せんよ、もう」

「なに?」

 

初めて、奈落が“驚いた”。

動きが止まる。

あれだけ頭の中に渦巻いていた謀略がきれいに消し飛んでしまった。

 

「二度も言うか。束を殺してしまって、それで心境の変化でも起きたんだろう」

 

千冬が吐き捨てる。

 

「私には、もうギガロマニアックス能力が使えない」

「――なん……だと?」

 

奈落の目がぎらりと光った、瞬間――

 

「……っが!」

 

無数の剣が千冬を貫いていた。

 

「何の、つもりだ――奈落」

 

回復もできずに立っている。

反撃はできない。

傷をかばって立つ姿はもはや|世界最強≪ブリュンヒルデ≫ではない。

傷つき、今にも倒れそうな一人の女性。

 

「生存本能はそこそこ強い感情だから――ゆさぶってやれば能力を使えるようになると思ったのだが、さて。その傷では1時間もしないうちに失血多量で死ぬ。まあ、学園には医療設備はあるからそんなことにはならないが……だから駄目だったのか?」

 

奈落は厳しい目で千冬を見つめている。

 

「ああ――、うう?」

 

見つめられている千冬の目の焦点はあっていない。

明らかに幻覚を見ている。

 

「妄想シンクロに抗う力もないか……っち」

 

舌打ちした後には、千冬の傷は綺麗になっている。

もちろん奈落の仕業だ。

 

「どうでもいいが、お前はお偉方と生徒を何とかしておけ。お前で無理なら、他の手段を使う」

「うぐ――、ぐぐぐ。奈落、お前は何を?」

 

すぐに回復した。

精神力の残りかすくらいは残っているようだ。

普通は治っても、体に傷を負ったら精神もなまなかでは立ち直れない。

 

「達成不可能で、そして諦めることができない問題に当ったら君はどうする? さて、一夏の奴なら玉砕してくれそうだな」

「他の人間の力も借りて、どうにかできないか試してみるさ。それと、一夏については同感だ」

 

「それは無理だ。私としては他の人間の力を借りてもどうしようもない問題と言いたかったのだが。いや、君は人の力を足すのではなく累乗すると言いたかったのかな? 私の意見では人が力を合わせたところで1+1は2にしかならない――いいや、2にすらなれないとおもうのだが、まあ1+1が1000になると思うのは勝手だ。それを信用する気はないがな」

「じゃ、お前はどうする? 聞けば聞くほど諦めるしかないと思えてくるぞ。いや、良い負け方を探すというのが答えか。なるほど、半端な勝ちよりはよほど“次”に行かせる」

 

「それどころですらない最悪の問題を話しているのさ。もう、そんなときは前提を覆すほかない。どんなに忌避すべきでも、それしかないのならば私はその手段を“選ぶ”」

「――おい」

 

千冬は信じられない思いで奈落を見る。

彼女の強靭な心を恐怖が砕こうとしている。

奈落はためらわずに口にする。

ミレニアムを倒す――その最悪の方法を。

 

「私は太陽を破壊する」

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