「まあ、学園は千冬教官が守ってくれておりますから危機感を感じないのもわかりますわ。私なんて、この前同学年の女の子にショッピングに出かけたいなんて相談まで受けましたもの」
こちらは多少は理解を示す。いやな理解のされ方を。
だが、考えてみると平和ボケしていると言う証で悪いことではないのかもしれない。
暗い雰囲気に忍び笑いをもたらす程度には役に立つ。
「はあ? ショッピングって――売り物全部かっさらわれてるでしょうに。まあ、できたらいいわよね。そろそろ生鮮食品も底をつくって話だし」
「ええ。これからは乾パンと水だけですわね。量だけなら学園生を賄っても三ヶ月分はあるらしいですけれど」
食糧問題はかなり重大な問題である。
奈落のように四六時中乾パンだけで済ますことができる人間などそうはいないのだ。
その奈落にしても状況が許すのなら、やっぱりちゃんとした食事がとりたい。
とはいえ、そのために他の人間を襲うなどはできるはずもない。
さらに乾パンも無限にあるわけではない。
余った予算を清算するために乾パンを無駄に買い込んだという間抜けなエピソードのおかげで量だけはあるが、限りはあるのだ。
「その先はどうするかって話よね。畑でも作る?」
「……種がありませんわよ」
「そのくらい盗ってきちゃえばいいんじゃないの」
「しかし、法が機能していないとはいえ犯罪を起こすのは気が引けますわ」
「お金おいときゃいいじゃない。こんなもん、もう役に立ちゃしないわよ」
「それもそうですね――はぁ」
重いため息。
それが一番の問題だった。
貨幣経済の中でいきなりお金が無くなったらどうすればいいのか――そりゃ物々交換しかないのかもしれない。
経済が崩壊して自国のお金が意味をなさなくなっても、米ドルで国を回すことはできた。その実例はある。
しかし、今はその米ドルですら意味をなさないのだ。
「はい? お金が使えなくなるって、なんでさ」
わかっていないのはもちろん一夏。
もう何も言うまい。
「一夏さん、わかりませんの?」
「一夏、あんた馬鹿ね」
「ちょ!?」
当然かもしれないが、あまりな対応に悲鳴を上げる。
別に一夏本人は自覚してないが、それでもそれが恋する男に向かって言うことかと聞いてみたい。
「なら私が教えて差し上げますわ」
「あー、はいはい。じゃ、任せるわ」
その豊かな胸を張るセシリア。
そして、その胸をにらみつける鈴音。
「売り買いの基本は物々交換ですわ。通貨はその延長と言い換えても良いのです。一々物を交換していたら不便ですから、最初は蔵に収めた黄金の所有権をお札にしていたのです。だって、一回の売り買いごとに黄金を運んでいたら面倒ですわよね? だから、所有権たる契約書を使ったのです」
「そこから発展させたものですわ。現在は黄金の価値が基礎となっているわけではなりませんが、ね。わかりやすく言うと、黄金を管理し、円と言う所有権を発行しているのは日本という政府です。つまるところお金は引換券に過ぎないのですわ。だから、大本が消えればただの紙切れになってしまう」
「一夏さん。今はもう――日本円も、米ドルも嵩張るだけの無用の長物です。燃やして暖をとる程度にしか使い道はありません。だって、引き換えてくれるところなんて、もうせかいのどこにもありませんもの」
ミニ授業は終了。
はしょりすぎていて間違っているレベルになっているが、まあ5話くらい使って話す内容でもないので勘弁していただきたい。
一夏だって、黒板もないのに全部覚えられるほど頭はよくないのだ。
「……なんてこと」
だから、最後の自分が持ってる財布は無用の長物となったことだけを理解した。
彼だって男の子だ。
たこ焼きにラーメンなど食べたいものはいくらでもある。
けれど、彼の財布の中身を全て差し出してもそれは手に入らない。
まあ、この非常事態に何を呑気なこと考えているのかという話だが。
「日本人は理解できていないやつが多そうだから使うなら今だぞ」
奈落がつけたした。
普通に友人に詐欺を勧めるあたりが彼らしい。
「さらっとあくどいこと言うな。本音が真似したらどうすんのよ――奈落?」
鈴音が横目でにらみつけた。
「あれ? 私ってそういう扱い? ねえ、らっくー」
本音がしくしくと泣いて見せる。
どこから見ても小動物にしか見えなかった。
それも、とても騙されやすそうな。
「……構わないのではないか? 少しくらい知恵をつけておいたほうが、これからの世界には役に立つ」
「これから?」
「荒廃した世界。まあ、そろそろ企業が支配地域を持ち始めるころ合いだろうな」
「どゆこと?」
「あの2世束が政府の関係者をあらかた殺しつくしてしまったから秩序は失われた。これはいいか?」
「うん。止める人もいないもんね。警察の人はいるだろうけど、それだってヤクザと変わらない。志はあると思うよ~? けど、正当性が失われちゃったんだもん。これはあれだね? 日本版、神は死んだってやつかな~」
「それは正しい。なんせ、天皇は神の子孫だ。神と言うのが現実の世界でどんな有様であれ、だから日本は存在する。日本は神とともに殺された。この場合、子孫が残っていることには期待できない」
「やっぱり、そこまで甘くない? でも、それくらいじゃないと電撃作戦で世界中の国家を抹殺するなんてことできないよね。やっぱり苦戦した?」
「もちろん。奴らには一人のギガロマニアックスもいなかったとはいえ、私も精神力が尽きていた。1世束や一夏くらいの異常者でなければ、そうそう寿命など使えんよ。自らを支えるものが塵となっていく感覚……わかるかな?」
「壊れる感覚ならわかるような気がするよ。でも、らっくーはIS操縦者なんて国家代表でも瞬殺できるんじゃないの?」
「それがスタートラインだ。代表などアイドル業務の片手間にやる雑事に過ぎない。そいつらくらいは相手できるようにならなければな――遊びじゃないんだから。そして、私が相手した4人は遊びではなかった。綱渡りだよ。負ける気はなかったがね」
「大した自信だね。千冬教官とどっちが強い?」
「今の、と条件が付くなら一対一でも千冬が勝つことはない。防戦に集中して10分持てばいいほうかな。今の彼女は抜け殻だ。そして、以前のという条件ならば千冬の勝利は揺るがない。数が増えたら、策で上回るだけの話。しょせん人数が上回ったら勝てる、なんてのは遊びの話だよ」
「なぁるほど、ね。で、あの戦い方はらっくーが策で上回ったから勝てたってことかな? 見たよ、ごめんね~。ISに保存されてたデータを勝手に見ちゃって」
「別にかまわない。見られて困るものにはロックがかけてある」
「でも、本当にすごい戦い方だったよね。らっくーらしくとぉっても大きな武器で3人を瞬殺。さらに残った一人も真っ向勝負で片づけちゃうなんて。最後の切り返しなんてやられちゃうかと思って息をのんじゃったよ」
「ふむ。思えば最初から最後まで自爆戦法をしていた気がする」
「血を吐いて、切り裂かれて……本当なら死んじゃってたよ? そこまでしないと倒せなくて、そこまでして倒さなきゃいけない相手だったんだよね」
「そうだ」
「無理してたんだよね? まともに勝てないから大技に頼ったんだよね? 傷ついても平気だからって、らっくーは敵の4人が受けたダメージよりもたくさん傷ついたんだよね? そこまでして倒さなきゃならなかったの?」
「そうだ」
「らっくーには精神力なんてほとんど残ってなかった。なのに戦ったからそんなに傷ついて……戦う前からわかってたんだよね? わかっててやったんだ、あなたはそういう人だから。なんでそこまでするの? 私にはわからない」
「私の望みをかなえるために」
「――今、たくさんの人が死んでるよね? らっくーの望みはそれよりも重要だってこと……?」
「その通り。もし2世束が世界を支配していたら、ここまで多くの死者は出なかった。現在の死者数を確かめる手段がない以上、それがどれだけかはわからない。しかし、彼女はこの混乱を収拾する手段を持っていたはずだ」
「それは企業が民衆を支配するってことだよね? ちょっと前にそろそろ始まったはずって言ってたよね~。まあ、まともな武器を持って統制がとれてる組織なんて企業くらいしかないよね」
「それは甘い見方だな。マフィア――そしてテロ組織を忘れてる」
「テロ……って、そういうのは宗教組織とか言うものじゃないの?」
「悪いが、私は露悪趣味を持っていてね」
「……なっとく~。でも、そっか。マフィアが世界を支配する可能性もあったんだ。でも~あれ? それなららっくーがなんとかするよね」
「信頼はうれしいが、買い被りだ。そういう後ろ暗い組織は情勢が動く前からすでに泥沼の抗争に入っていてな……希テクノロジーが残っていたところで、民間人ごと爆撃くらいしかできることがない」
「それは……やめてほしいな~。少なくとも、そんなことを喜んでする人とはお友達にはなりたくないよ」
「だろうな。で、他の手段を探しているうちにどうしようもならなくなった。まあ、雑魚いイカレた馬鹿でなければ一般人に手を出そうとは思わんよ。陰惨な殺人も起きるだろうが、すべては裏で起きることだ。足を踏み入れることがなければ、一般人は至極安全だよ」
「らっくーらしくないんじゃないかな? そういうのは力づくでも何とかしようとすると思ってたけど」
「残念ながらリアリストでね。できることとか時期とか、これでも色々と常識に縛られているのさ」
「常識を蹴り飛ばす人の言うこととは思えないよ~」
「しょせん、化け物になろうと常識の軛を外れることはできないということだね」
「わわ。なんか深いよ~? ま、人生論はこれくらいにしようよ。らっくーは人じゃないかもしれないけどさ」
「それもそうだ。こんなことを話しても手が打てるわけじゃない。未だに我々の精神力は底をついている。まあ、もっとも――無駄話くらいしかすることはないのだけれどね」
「じゃ、もっと色っぽいことを話さない~?」
「ふむ……色っぽいこと、ねえ――千冬の将来についてでも話そうか? 生憎と灰色の話になりそうではあるけども」
「違うよ」
きっぱりと言い切った本音は奈落に虚ろな熱っぽい視線を向ける。
奈落には人の心なんてわからない。
けれど、雰囲気の違いには敏感だ。
それが殺気については別格なのが玉にキズ。
「らっくー。私ね……もう何もないの」
「更識楯無の死亡か?」
「そうだ……ね。そういうことになるよ。楯無様がお亡くなりになって、理由がなくなっちゃったんだ」
「なるほど――ね」
志を継がないのか?
その言葉は飲み込んだ。
なにせ楯無が守ろうとした日本はもうなくなった。
気づいた時には壊されていた。
そして、復讐しようにも2世束は奈落が殺してしまった。
「私は何をしたらいいのかな? ここで守られているだけなんて、辛いよ」
「それを気に病む必要はない――と言っても無駄だろうな。ここで守られているだけの生徒は山ほどいる。彼らは将来のことなんて何も考えていない。未来への指針と不安を忘れることができたら幸せになれるぞ」
「それはできないよ。なんだろうね~? やっぱり、できないんだよ。そっちが楽なのはわかるよ。けど、この居心地の悪さはどこにもやることはできないの」
「ああ、それはわかる」
「わかるの!?」
「……語尾が伸びていないな。それほど意外だったか? 実行までに間にある残酷な任務はどうもね。気乗りしない気分が続くから無理やり不敵にふるまう」
「……じゃ~悪者をブッ飛ばす任務は?」
「楽しくて笑うね。ふむ……セレンには凶悪すぎて引くと言われたが」
「けっきょく、どっちでも変わらないじゃない」
「なるほど、言われてみればそのとおりだ。私はいつも他人を恐怖させる笑顔であったのだな。うむ」
「いや~。そんな関心のされ方をされるとこっちが困るんだけど~」
「で、楯無が死亡してどう感じた?」
「あれ? いきなりへびぃなことを聞かれちゃったよ」
「……今日は晴れているな」
「いや、無理やりな話の転換はいいよ。気を使ってくれたのだけはわかるから~」
「む……そうか。なら、好きに話してくれ――1週間程度なら付き合おう」
「私、不眠不休じゃあ~8時間しか起きてられないよ?」
「別に間を挟んでも構わんぞ? ラウラかシャルとでも話す」
「他の女を話題に出すのはマナー違反だよ~?」
「……マナー?」
「そこら辺はらっくーには求められてないよ。だって二人の女の子を手籠めにしちゃってるしね~」
「ふむ。確かに学園生としては問題だな。身分を返上した覚えはない――この世界では意味がなくとも」
「ね、三人に増やしたいと思わない?」
「思わない。私にとって不特定多数は不特定多数だ。興味を持って近づくことはあっても、それは恋愛感情ではないし、何よりただ恋人の数を増やしたいなどと思うことはあり得ない」
「……それって、ナンパのことだよね? まあ、らっくーが普通の女の子を口説いてるところなんて想像もできないけどね~。むしろ復讐を誓う子に手を差し伸べてそうだよ。命と引き換えの力を渡したり、とか色々と暗躍してそう」
「まさそういうことはやったかな。訂正するところがあるとすれば、復讐心ではなく愛国心だったと言うことくらいだ」
「ふぅん。らっくーのやったことなら少しは興味があるかな~。ねえ、あなたも他の女の子じゃなくて……身近な女の子に興味はないの? それとも、二人でおなかはいっぱいかな……?」
「さて――ね」
「私もいっしょに居ちゃ……だめかな?」
「……」