「――セシリア。少し顔を貸しなさい」
その言葉で鈴音はセシリアを屋上まで連れ出す。
「よろしいのですの? ここは織斑先生が封鎖していたはずですが」
「許可はもうもらってるわよ」
いぶかしむセシリアに鈴音は首を振る。
そんなことくらい考えてないわけがないでしょ、と言うことらしい。
特に今は戦時だ。日本ではあるが、警戒を解いていい理由にはならない。
「そうなんですの。では、本題に入りましょうか」
「世間話をしてもしょうがないしね――」
お互いに気乗りしない表情。
「やっぱり中国のことが気になりますの? あそこは内戦の火種に事欠きませんものね」
「EUだって別に一枚岩じゃないでしょーに」
ふう、と憂鬱にため息をつく。
本国のことを想うと二人とも気が気ではない。が、一夏を見捨てられないし、海を越える手段もない。
第一、ISを失った自分が帰ったところで何ができるのか。
「……やめません?」
「そうね。ISの修復の見込みが立たなくて、いっそ清々しい気分なのよね――あたし」
ふ、と二人揃って自嘲を漏らす。
どこまでも暗い雰囲気でこそこそと話し続ける。
別に声を潜ませなくとも誰も盗み聞きしていないのだが。
「私はそこまで割り切れませんわ」
「そうかしら? 恋する乙女なら、一夏のことで頭がいっぱいになるものでしょ」
そんなことを話し合う二人、しかしそんな顔には見えない。
恋は楽しいだけのものではないが、それにしてもセシリアは浮かない顔で、鈴音は人を食ったような顔をして本心を隠している。
「どっちも気になりますわよ」
「じゃ、共通の話題ってことで一夏のことに集中しましょうか」
ぱん、と手を叩く。
少しくらいふざけないとやってられない。
それで場が和んだかと言うとそうでもないが。
「そうしましょうか。奈落さんの言ったことに間違いはない――のですよね」
「だと思うわ。間違ってるとしたら、たぶんあたしたちの勘違いでしょーね」
ここらへんは二人の共通認識。
奈落は、何かを隠しても嘘は言わない。
そういう人物なのだとわかっている。
「じゃあ、答え合わせしませんこと?」
「そうね。眼をそらしてもしょうがない。奈落と出会う前だったら、きっと眼をそらしていたと思うわ。色々と影響を受けてるのね」
まるで殺し合いの様に真剣に見つめあう。
「ええ、もちろん。あの人にはたくさんのことを教えてもらいましたもの――ただの娘っ子でいられるはずがありません。世界が決して優しくはないことを知った」
「そして、それに立ち向かう意志もね。いやな現実を受け止めて、そこからどうするか相談しましょう」
「「まず、一夏は長く生きられない」」
声をそろえた。
「やっぱり」
「重要なのはそこですわよね」
ため息をつく。
自分でなんかやって、老いた体を少年のものに戻していたがそれは仮初のもの。
彼に残された寿命は今にも死にそうな痩せ衰えた老人のものでしかないのだ。
「これだけはね。ま、重病にかかったってことにするならありふれたストーリーよね」
「そのありふれたストーリーに出演する羽目になるのは、できれば御免こうむりたかったところです」
「原因はあいつの異能――ディソードの固有能力だっけ? 勇者の理。あまりに強すぎて自らを生贄にしないと発動できない。ま、そういう性格よね……あいつ」
「私にとっては王子様ですわ。ただ、少しばかり情けないところもありましたが」
「でも、奈落みたいなのと恋愛する気にはなんないわね」
「やっぱり人間には弱いところもあったほうが魅力的に映るものですわね」
「けど、肉体的に弱るのはどうしたものかしら」
「今の健康な肉体は見せかけだけだって話ですものね。実態を伴う幻だとか」
「うん、一夏の悪いところは寿命以外にはないって解釈でいいのよね?」
「私もそう思いますけど……」
「頭も体も問題ない――寿命でいつ死ぬかはわからないけど。そして、その瞬間は今でもおかしいことはない」
「信じたくはありませんが、ね。恋する乙女だからと目を背けられはしませんし、悲恋に酔う気もありません」
「今の一夏を見てると、本当はおじいちゃんだなんて信じらんないわ」
「けれど、私たちはあの姿を見ています」
「あれ――ね」
「ええ」
“あれ”――ミレニアムを消し飛ばした直後の老い衰えた一夏の姿。
「どうしたものかね、実際?」
「さあ? 私もわかりませんわよ」
「そうよね――落ち込んでるなら励ましてあげればいいんだろうけど」
「一夏さん、自分の状況を分かっておりますのかしら?」
「あのいつもどおりのとぼけた姿を見てると、わかってないとしか思えないのよ」
「ですよね」
「でも、自分の体のことよ。本当に分かっていないとは思えない」
「いくらぼけぼけしているように見えても、あの織斑先生の弟ですからね。戦士として、自分の体をわからないような未熟を持ちあわせているはずがありません。彼に残された時間を考えたら、告白するなら今しかないのですけれど――」
「やっていいもの? それ」
「ですわよね」
「一番の問題はそれよね? 老い先短い一夏にそんな負担かけてもいいのかって」
「けれど、殿方ならば一度や二度くらい告白されたいと思うものではなくて?」
「そうかもね。けど、できる? 告白」
「…….今しかチャンスがないからって、それで行動できるわけではありませんわよねぇ」
「「はぁ」」
二人の乙女はため息をついた。
「今更、素直になんてねぇ――無理でしょ」
「同感ですわ」
「で、どうする?」
「ううん……どうにかして一夏さんに私の想いを自覚していただくには……どうにかなりませんこと?」
「あんたの想いは玉砕するのが落ちだと思うけどね。それに、あの鈍感は何したって好意に気付きゃしないわよ」
「いつまでもうじうじとしている方に言われたくありませんわ」
「妄想するだけして行動に移せないお嬢様が何を……って、やめない? お互いの傷をえぐりあうのは」
「ですわね。不毛に過ぎますわ」
「けど、覚悟を決めなくちゃいけないのかもね」
「鈴音さん?」
「この想いを墓に持ってくつもりはないわ。だから、いつかは告白しなきゃいけないのよ。だから、今するわ。だって、できることはやる――奈落を見てれば、そうしないなんて選択肢はありえないでしょ?」
「そうですわね。あの方ほど生き急いでる方もいない。今は悟ったようにのんびりとしているようですが」
「――セシリア。あたしは“やる”。あんたは?」
「もちろん私もやらせていただきますわ」
「じゃ、どっちに転んでも恨みっこなしで」
「ええ――ところで、鈴音さんは知ってます?」
「何をよ」
「一夏さん、とっても人気ですわよ。隠れてなければ一歩ごとに告白されますわよ。こんな状況ですと冗談ではなく」
「……ほんと?」
「知らないのですの? ここには男性は一夏さんのほかには奈落さんしかいらっしゃいません」
「ああ、奈落は雰囲気が恐ろしすぎて手を出す気にはなれないわよね――そりゃ。女子高生には荷が重すぎるわ」
「ええ。不良は人気が出ても、マフィアはそうはいかない。本物なのですから、遊びではすみません。鼻が鈍くても、気づかされてしまうのでしょうね」
「その分、一夏なら普通っぽいしね」
「男の子がモテる要素が普通であること――とは少し夢がありませんが」
「そうでもないわよ? 普通がまあ全体への8割くらいを指すとして、容姿、声、優しさ、趣味、将来性、頭のよさ、適当に挙げたので7個ね。全部ふつうであるためには0.8を7回かけて――約2割。普通と言っておきながら2割よ? まあ、こじつけなんだけど」
「自分で言いますの? まあ、普通というものが平均なんて指していないことには同意いたしますけれど。自分は普通だなんて思う場合には、大概それより劣っている」
「ま、ああいう謙遜ができる男ってのは貴重よね。別にだから惚れたってわけでもないけど」
「私もですわ。だからこそ、その辺の泥棒猫にかっさらわれるのだけは我慢なりませんの」
「じゃ、気張って告白するとしましょうか」
「ええ。ああ――ちょっといいかしら?」
「まだ何か?」
「あと一つだけ。鈴音さん――ジャンケンポン」
「は?」
鈴音が出したのはグー。
そしてセシリアはパー。
「では、先に告白させていただきますわ」
「――ちょっと!? ズルじゃない」
「勝ったもの勝ち、ですわ」
「……ぬぐぐ」