「待て!」
第三者からかけられた声。
「誰かと思えば箒じゃない。何してるのよ――こんなところで」
「確かあなたは織斑先生の防衛隊に組み入れられていたはずですが? 第4世代ISの能力を第2世代レベルでしか扱えなくとも通常武器相手なら立派な戦力になるからって」
遠慮のかけらもない辛辣な言葉だが、事実だ。
実際、箒は奈落に声をかけられていない。戦力としては他の学生同様に無視されていた。
それでも、普通の人間を相手取るには十分だから世界が崩壊した後の貴重な戦力としてこき使われている。
「……休憩時間だ! それに、紅椿の力を持て余しているわけでもない…..っ!」
「戦争の時には震えて引きこもってたくせによく言うわね」
「ええ。あなたのことなんて奈落さんは覚えていないかもしれませんわよ?」
冷たい目で宣告された箒は唇をかみしめる。戦争に行けさえすればこんな奴らを黙らせてやれたのに、と。
一応は教師部隊の後ろに控えていたのだから、参加自体はしていると言えなくもないのだが……セシリアに鈴音、本当に前線でミレニアムと戦った彼女たちには複雑な思いを抱かざるを得ない。
ちなみに、二人は完全に命令違反で飛び出している。
「好き勝手を言いおって――ふざけるな! それに私が紅椿を扱えていなくとも、今のISを持たない貴様らよりはずっと強いのだぞ」
「だから何……ぶちのめして口をきけないようにするっての? あんたにゃ無理よ。剣道の教えが染みついてるあんたじゃ、丸腰の人間を攻撃できない」
激昂して叩きつけるように叫ぶ箒。しかし、受けている方はむしろ冷めた目で嘲笑を向けている。
それがさらに箒へと怒りの炎へ燃料を投下する結果となる。
「今の一夏の状態を考えろ! いつ死んでもおかしくない――心労を与えるべきじゃない。身勝手な想いであいつを苦しめることは許さない」
「それはあんたが意気地なしだから告白する勇気を持てないだけでしょ? あんたの都合にあたしを巻き込むな」
「そうですわ。女の想いを受け止めることが殿方の本懐。あなたが望むなら、私たちの次に告白してもよろしいのですわよ?」
激昂する箒に、反比例するかのような冷たい殺気があびせかけられる。
実践というものをついぞ経験したことのない箒にはこの凄味が分からない。だから吠える。――負け犬の様に。
「――っできるか! そのような弱みに付け込むような真似は断じて許さん」
箒がIS紅椿を装備した。
「そうだ。私が初めての幼馴染なんだ。それをどいつもこいつも好き勝手してくれおって……! ああ、こうすればよかったんだ。私のことを無理やり仲間はずれにしようとするのなら、力で反抗すればよかった。邪魔な奴なんて排除したら、そもそもこうはならなかったのに」
「排除? 殺すってことかしら? そうしたければ、すればいい。ISがないあたしなんて――それこそ赤子の首をひねるくらいに簡単なことよ」
「ええ――でも、ちょっと私はそこまで悟ってなんておりませんことよ。やるなら先に鈴音さんからお願いします。その間に逃げるので」
「殺せばいい。一夏に近づく女は全部殺して、一人でいる彼を草葉の陰からでも見守っていればいい。さあ――殺して見せないさいよ。あんたにそれほどの意志があるのなら!」
「私は勘弁してくれません?」
「確かに一夏は悩む。あいつだっていつ死んでもおかしくないのは自覚してる。そんな自分が想いを受け取る資格があるのかって悩むに違いない――優しすぎるのよ。でも、あたしは一夏に孤独のまま死んで欲しくない」
「――逃げ出して抜け駆けしようかしら?」
ISを展開しても怯えるどころか挑発さえしてくる。――こいつらはなんだ? 同じ人間だというのか? わからない。
だから――理解できない。怖い。
ここで箒はその身一つで北極に放り出されたとでもいうような悪寒を感じ始めていた。
「うぐぐぐぐ……!」
「殺せないのなら、そこでずっと立ち止まってなさい。誰にも顧みられることもなく」
手を出せない。
「うう。うううううう……!」
にらみつける目ですら、曇ってきているような。
「そういえば、奈落が言ってたわね――赤子をくびり殺すことのどこが簡単なのかと。そんなのより企業の運営のほうがずっと簡単だって言ってたわ。あんたは別に意気地なしじゃない。きっと奈落が強すぎただけ」
それだけ言い残して――振り返ることもなく去っていく。
それは慰めであったけれど、人を殺せるのは自慢にならないという自虐。
普通の人間は赤子をくびり殺すことの意味を知らない。大人を殺してみて初めて意味が分かる。それはそういうことだから。
人を殺せない、というのは――実は称賛に値する。称賛が冷たい現実の前には吹き飛ぶ砂の楼閣であったとしても、それは真実素晴らしいことだ。
そして、どうしようもない。そもそも現在の医学では健康体とそれ以外に診断できない一夏は自宅療養をしていた。とはいっても、家に帰れるわけがないので寮の自室だが。
「一夏さん、私――あなたのことが(異性として)好きですわ」
「ありがとう。俺もセシリアのことが(友達として)好きだよ」
ちゃっかり抜け駆けしていたセシリア。
けれど、鈍感な一夏には伝わらない。
「いえ……きっと一夏さんの好きは私の求める好きではなくてですね」
「……?」
きょろきょろと周りを見渡す。
「奈落さんとそのほかの方なら空気を読んで出ていきましたわ……」
「ええっと」
ばたんと扉が開く音がして。
「一夏。私はあんたのことが好き。初めて会った時から好きだった。あんたの残された時間――あたしにちょうだい」
鈴音がやってきた、……修羅場である。
「……ええと――遊びたいってことか? 俺でいいなら付き合うけど、なんかやることあるか? ゲーセンは閉まってるけど」
「――そういうことじゃないわよ。ああもう……わざとやってんじゃないでしょうね」
「何が?」
「あんたがその気なら、こっちだって引いてなんてやらないわよ…..!」
わしゃわしゃと髪を掴んで一夏を睨んだ。
「いや、だから――何言ってるのかよくわからないんだけど」
「いい? 一度しか言わないからよく聞きなさい」
がっしりと肩をつかみ、唇が触れそうになるまで顔を近づける。男らしいと言われる江連かもしれないが、役割が逆だ。
そして、顔を赤らめているのも男である。
「好きよ、一夏。あたしの婿になりなさい」
びしっと言い放った。
「――は?」
「一度しか言わないって言ったわよね。答えは?」
「ズルいですわ。一夏さん、私だってあなたのことが好きなんですわ!」
「え? それはもしかするともしかして――」
「女性にそこまで言わせないでくださいまし」
「いや……けど、俺は」
セシリアの出遅れての告白も、いや――これは実際どちらが先ということになるのだろうか。
とにもかくにも、こうして二人の告白は終了した。
「知ってるわよ。その上で告白したの」
「私だってそうです。後悔なんて絶対にしません」
逃がさない、という意思を込めて二人は想い人を見つめる。
「「どっちを選ぶの(ですか)?」
後は返事を待つだけ。
「ええっと……選ぶことなんて――」
「まあ、一夏ならそうよね」
「ですわね。あなたならそうなると思っていましたわ」
「ま、いいわ。2人の女を侍らす男が身近にいるしね」
「……3人に増えそうですけれど」
「あいつらがいいんなら、それでいいんでしょ」
「私たちが口をはさむことでもありませんしね」
「一夏。あんたも男なら二人の女を愛するくらいの度量は見せてみなさい」
「英雄色を好むと言いますものね。精々あなたを忘れられないくらいに存在を刻み込んでくださいましね」
結局、こういうことになるのだった。