「……はぁ」
何をやっていたのだろう、私は――
そんなことをつらつらと考えて、しまいには外でたそがれなんてしている。
今までは順調だった。
オルコットの名を守るために代表候補生になり、前代未聞のスコアを叩き出してきた。
誰にだって馬鹿にされることのないほどの結果を出してきた。
そして【ブルー・ティアーズ】のテストパイロットの地位を得た。
「けれど、無様に負けた」
得体の知れない奈落という男に出会い、全てが狂った。
私はいとも容易く負かされて、自分がどれだけ弱いのかを思い知らされた。
きっと、こんなに弱い自分の居場所なんてない。
この知らせが本国に届いたら、候補生をやめさせられるかもしれない。
それどころか、見たこともない“親戚”とやらがしゃしゃり出てきて、私が死んでしまった親から受け継いだ全て、そして私が得てきた全てを奪い取っていくかもしれない。
力を失った時が全ての終わり。
私の人生は決定的に取り返しがつかなくなる。
「こんなところですべてが終わってしまうの?」
おそらく候補生の座は奪われ――二度と表舞台に登れることはない。
だって、負けた人間は二度と這い上がれない。
私はそれをいやというほど見てきた。
だから結果を出し続けてきたのに。
「それでも、お腹はすくし、シャワーは浴びるんですのね」
自分の行動が馬鹿馬鹿しい。
あんな無様を晒しておいて、汗が気になったからシャワーを浴びたし。
のこのこと食堂に行って、食事をとったのだ。
なんて――のんき。
そんな間抜けでは
「……何も守れはしない」
ぼうっと眼下の闇を見つめる。
庭の中では飛び降りることも出来ないけど。
――そういえば、池があちらの方にあった気がしますわね。
「悩んでいるようだな」
そう言って声をかけてきたのは――
「織斑、先生?」
いつもと同じように、気だるそうな様子。
それでも、私を見下してはいない。
それどころか、その視線は優しげでさえあり。
「生徒のカウンセラーは教師の役目だ。――だいぶ落ち込んでいるようだな」
そんなストレートに言われてしまえば。
「はい」
と言う他ない。
「気にするな、と言っても無駄だろうな」
「……当たり前でしょう」
あんなに無様に負けたのだ。
気にしない、なんてできるわけがない。
それに、これからどうなるかわからない。
そんな不安から目をそらすなんてことは――。
「先の試合は神亡が強すぎたんだ。あれはお前の失点ではないよ。そもそも、お前は候補生でひよっこだ。弱いのは当たり前なんだよ。これから強くなっていけばいい」
「そんなこと言われましても。候補生は強くなくてはいけません。ISを持っている者として、未熟者ではいられませんわ。専用機持ちの義務は強くなることではなく”強い”ことです。あなたはご自身が強すぎるからそう言えるのです」
そう、世界最強のブリュンヒルデに私の気持ちがわかるはずがない。
この人はきっと――誰にも負けたことがない。
生まれながらの強者、そして絶対者。
対して私は……ただ候補生に選ばれて舞い上がっていた滑稽な子ども。
「たしかに私は強い。だがな、だからといって全てをうまくまとめることなどできはしない。自分に自信を持て。お前は候補生としてなら十分だよ」
「いいえ。私は十分ではありません。だから、候補生をおりなくては――」
――最強にも出来ないことはある。
でも、きっとそれは私にとっては考えもつかないことで……
そこまで行けない私にはISに乗れない。
世界は、広すぎる。
「まったく、思いつめた馬鹿の相手は疲れる事この上ない。――いいか? お前は候補生として十分以上の能力がある。この私が保証するのだ、信じろ」
「信じろ、と言ったって――この私のどこにそんな……」
嘆息して仰る織斑先生。
確かに私は面倒くさい生徒なのでしょう。
負けたからってこんなところでぐだぐだと――みっともないったらありませんわね。
やはり、駄目ですね。
少し前までは自分には良い所など探しきれないくらいあって、悪いところはないと本気で思っていました。
けれど、今となってはもう――自分に良い所などあるはずがないと思っている。
「お前の狙撃能力は私すら凌ぐ。だからこそ本国の連中も手放しはしない。――まあ、お前の適正はテストパイロットにあって、残念ながら競技者にはないがな」
「――へ?」
嘘でしょう?
そんな、私にブリュンヒルデを凌ぐ能力があるなんて、信じられません。
「何だ? 意外か。別に私はそれほど優れた射撃能力があるわけでもない。お前のような優秀な人間には肩を並べることすら出来んよ。それは神亡も同じだ。あくまで神亡は一方的に自分に有利な状況でお前を打ち負かしたに過ぎない」
「優秀、って。私がそんな――。それに、どうして私の狙撃能力がわかるんですの?」
優秀?
ああ、自分が現金すぎて嫌になる。
ブリュンヒルデにこんなことを言われてしまったら、発奮するしかないではありませんの。
……こんなの卑怯ですわ。
でも、お世辞ですわね。
この学園では狙撃のカリキュラムは三年になってからですし。
「そんなものはパンフに載っているだろう。お前は自分がどれだけ世に知られているか、もう少し自覚を持ったほうがいいな。――それに、見ればそいつの能力くらい分かる」
「――そんな」
見れば分かる? 格闘能力ではございませんのよ。
そんな馬鹿げたこと……
世界最強のブリュンヒルデだったらありえるのかもしれませんけど。
――滅茶苦茶ですわね。
「で、だ。重要なのはこれからの話だ。まだまだお前は終わりではない。しかし、神亡にああまで言われては、選択するしかないだろう」
「――選択とは?」
たしかに今のままでいられない。
私のプライドはコケにされたままでいることを許してはくれませんもの。
「今までどおり狙撃を極めて、優秀なテストパイロットであり続ける。それがひとつの選択肢」
「もう片方は?」
それはない。
だって、あの神亡さんをぎゃふんと言わせてやれませんもの。
「両方極める。ようは
「駄目になる、とは?」
正しい、とは思えませんわ。
だって、それだとテストパイロット止まりではありませんか。
余程有名にならない限り、競技者よりもテストパイロットのほうが優遇されていることは知っています。
けれど、それでは神亡さんに勝てなかった。
「駄目になる、は駄目になるだ。ようは、スコアが落ちる。いらないことを考えて、それで手元が狂うのだろう。普通ならテストパイロットでいることを勧める。だが、私は口出ししても強制はしない。お前が決めろ、オルコット」
「狙撃か、オールマイティか。そんなの、決まっていますわ」
「――そうか。どちらを選ぶ?」
私は胸を張って答える。
ええ。答えなど決まっていますわ。
「オールマイティ。私は茨の道を選びます。そして、神亡さんを見返してやるのです」
「わかった。教師として出来るかぎり支援はしよう。相談があったら来るといい。後は若いもの同士で勝手にやれ」
私の所信表明に満足そうに頷いた織斑先生は顎で茂みを示す。
……ええと、夜だからほとんど何も見えないのですけど。
「え?」
何かが動いたような気がしてつぶやくと。
「げっ!」
と言う声が聞こえてきた。
この下品な声は、織斑一夏?
なぜ、ここに?
「変態趣味は慎むことだな。後は任せた」
「え? ちょ……。俺にどうしろってんだよ、千冬姉――」
行ってしまった。
改めて、草場から頭を出した状態の彼と向き直る。
「ええと? 織斑さん、私に何か用ですの?」
「いや、用っていうか……。妙に思いつめた顔してるもんだから心配になってついてきただけだけど」
なんとなく気まずいですわね。
私が気に病むことなど一切ないのですけど――。
「――心配、ですか?」
数日前に決闘した相手を……。
思えば、あの時からがケチのつき始めだったのかもしれません。
素人にあと一歩のところまで追い詰められ、素人がミスをして自滅する。
これほどスッキリしない闘いもありませんわね。
まあ、敗北の苦さにすっかり忘れておりましたけど。
「まあ、な。ここで放っておいて何かあったら目覚めが悪いだろ」
当然のようにそう言ってくださる。
笑ってしまいますわ。
そんな優しいことを考えるのはきっと、あなただけ。
普通、厄介事は避けたいと思うものですわ。
なんだか、とても滑稽な気がいたします。
「……あ。やっと笑ってくれた」
そう言う織斑さん。
顔に手をやってみるけど、やっぱり笑っている。
「――ふふ。あなたはお優しい方ですのね」
「ええ!? いや、あの。別に俺は普通だと思うけど」
ぽりぽりと頭をおかきになる。
その様子は何だか可愛くて、笑いが止まらなくなる。
――失礼かしら?
「やっぱり、笑っていた顔のほうが可愛いよ」
「――んな!?」
ええ!?
まさか、そんなふうに想われていたとは。
顔が熱くなって――これではまるで道化ではありませんの!?
いや、でも、私のことを可愛いって……
あわわわわわ。
「えと、あの、その――」
「? 変なこと言ったか。ま、いいや。そっちも色々と大変だろうけど、頑張ろうぜ。お互いに」
脈絡もなくそんなことをおっしゃる。
けれど、何だか妙に勇気づけられてしまう。
よくわからないけど、この方には負けていられませんわね。
「ええ。覚悟なさい。貴方は私が屈服させてあげますわ!」
「うえ!? なんでそうなるんだ?」
「うるさいですわ! そうすると言ったら、そうするのです。決めましたわ」
「いや、勝手に決めるなよ!」
ふふん。
慌てていらっしゃる。
そんな姿も妙に可愛らしくて、ニヤニヤ笑いを浮かべてしまう。
「一夏さん。この私を本気にさせた責任、取ってもらいますわ!」
「責任ってどういうこと!?」
目にもの見せてあげますわ。
何か当初と目標が変わっているような気がいたしますけれど、そんなことはどうでもよろしいのです。
「うふふ。あは。あはは」
「――ああ、もう。なんで笑うんだよ、お前――。はは」
笑っていると、一夏さんもつられて笑い出す。
なんだか、とてもあたたかい気持ち。
ずっと一夏さんといっしょに居られればいいのに。
「ま、元気でたみたいでよかったよ。俺は部屋に帰るからな」
「え?」
もう少し一緒にいて欲しい。
けれど、明日は授業もあるし。
何より、殿方に泣いて縋り付くような真似は私のプライドが許しません。
「ごきげんよう。――また明日」
それだけを言うのに随分と葛藤があった。
でも、一夏さんはそんな葛藤には全く気づかずに。
「また明日な。オルコット」
さらりと言って踵を返してしまう。
全然名残惜しそうにもしないで。
「一夏さん!」
「――ん? まだ何かあったか」
「私だけが苗字を呼ばれるのは不公平です」
「いや、不公平ってお前な……」
「だから、一夏さんも私のことを名前で呼んでください」
「そもそも名前を読んでるのはお前が勝手に――。はぁ。もういいや。……セシリア、これでいいか?」
「ええ。では、今度こそ本当にお休みなさい」
「おやすみ」
私は帰っていく一夏さんを飽きもせずに見つめていました。
大金星、とは言えないのでしょうね。