「こんにちは、織斑一夏。折り入って話をしに来た。もちろん、聞いてもらえるのだろうね?」
不気味に静まり返った日本を眼下に到着した大英帝国王立国教騎士団インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング並びにその下僕アーカード。
イギリスがなくなったとしても、そう名乗るならばそうなのだ。
彼女たちは己が職分を果たすために人類にかろうじて残された船でごまかしごまかし日本までやってきた。
とはいえ、執事ウォルターが修理し、アーカードが強化したそれは人類の知では測りきれない代物になっていたのだが。
「何かあったのか?」
「気づいていないのか? 奈落が消えているだろう――そろそろのはずだ。まったく、間に合わないよりはマシとはいえ、こんな無様な……!」
インテグラは吐き捨てるように言う。
自らの力のなさを嘆いている。いや、この場合は諜報の分野であるのだがそれは力のなさといっていいものか。
ともかく彼女は誰彼かまわずつかみかからんばかりに憤っている。
「そういえば朝から見てないな。それがどうしたんだ?」
「計画が最終段階に入りノアⅢのもとへ行ったのだろう。希テクノロジーが潰れたことにより、奴が隠していたことの多くが判明した。アーカードに利ける口があれば話は早かったのだが」
「仕方あるまい。あいつが私に仕掛けた“あれ”は封印などではない――譲渡だ。『相手が知っていること以外は伝えることができない』デメリットを持つ異能を押し付けられた。封印ならば力技で敗れたのだがな。さらに言えば、その異能も相剋渦動励振原理という法則を理解する……太陽系を瞬きのうちに破壊してしまう兵器を作るために必要な公式だ――知っても意味があるまい。ましてや、口にすることもできんのなら」
「そういうわけで初動が遅れた。だが安心しろ――今から奈落が隠していた島まで急ぎ出発しても猶予は1時間ほどある」
「……それって少ないんじゃ?」
ことさらに1時間を強調したインテグラに一夏が疑問を浮かべる。
ぶっちゃけ、強調したのは自嘲なのでそれは神経を逆なでさせる行為でしかない。
島は直径1kmもないとはいえ、それでも1時間は少ないだろう。
妨害があり、さらにはノアⅢは地下に隠されているから。
「その通りだ。ゆえに拙速が第一……無駄なことをしている時間はない。説明も手身近に済ませる。だから貴様はしゃべるなよ? アーカード。お前が話に加わっても意味がない」
「了解だ、マスター」
言うや否やカツカツと足音を響かせて学園に背を向けて歩き出す。
そして、ちらりと目線を向けて歩きながら話す。
「まず、あいつらの戦力だが、奈落本人にシャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデウィッヒ――3体のISは破損状態にあり修復はできない。そして、正体不明の兵器【ナインボール・セラフ】。『如何なる存在であろうと裁きを逃れることはできない』――とだけデータ上で書いてあった。こいつはアーカードが抑える。お前は奈落を止めろ」
「待ってくれ。あいつは何をしようとしているんだ?」
「――全人類の支配。少なくとも彼が身命を賭して開発したノアⅢの能力はマインドコントロールだ。それ以外にもあるようだが、おまけだな。壊すときには心しておけ……正直、スペックを見ても何を言いたいのかわからなかった」
ふう、とため息をつく。
そして、烈火のごとく目を怒らせ宣言する。
「一人の化け物による地球規模な意思統一など断じて認められん!」
腕を振り下ろす。
全員残らず首を刈り取ってやる、その意思表示。
「わかるか? これは聖戦なのだ。人間が人間であるために避けては通れない戦い――貴様は神亡奈落に友情を感じているようだが、奴は人間が種の誇りを奪う化生。殺さなくてはならない。返事はハイかイエスだ……
「……わかった」
そして、歩いて行った先にはヘリ。
ヘリの中。
もちろんヘリは侍従が用意したものだ。
ちゃっかり鈴音とセシリア、さらには箒まで乗っている。彼女たちは事情も分からないままについてきた。
「どうしてこんなことに――」
「さすがにミレニアムをよせつけもしなかった吸血鬼のそばにいますと緊張しますわね」
箒は頭を抱えている。
セシリアは少しおびえて小動物のように警戒している。
「で、どういうことなのかしら?」
鈴音は緊張した様子もなくヘルシング卿へ喧嘩腰で尋ねる。
何か大変なことが起こりそうなので止める……それが彼女の認識である。
そして、奈落が関わっていることも予想がついている。
「人間を支配しようとする邪悪な化け物を止めるのだよ」
「奈落を――かしら?」
「そのとおり。しかし、奴自身にはそこまでの力はない。彼はただ遺志を継いだだけ。事の発端は野呂瀬という人物だ。彼がノアを作り上げようとして破壊され、今や奈落が3番目のノアを作ろうとしている。我々はノアⅢを壊さなくてはならない。そして、3番目を壊せば4番目はない。これは奴らが秘匿している機密情報から得た」
「どうやって壊すの?」
4番目はない。
それは敵のデータから得られた情報だが、嘘をつく意味はない。
初めからかすめ取られることなど想定していないデータだ。
発見と選別にかなりの時を要したが、とにかく色々な筋から確認した信頼できるデータである。
「わからん。とにかく謎だ――人類には理解できないと言う他ない。ただ、全長3mほどの卵形の機械であることはわかっている。そして、地下に安置されていて動かすことはできない。爆撃は無理だ――ノアⅢには防御機能があるし、何より飛行機の発射場を抑えられなかった」
「ミサイルで爆撃できれば楽だったんでしょうけど。まあ、そのくらいの対策があったとしてもいい目くらましくらいにはなったのに。まあ、ないなら仕方ない。そもそも地面を吹っ飛ばすには結構な火薬の量がいるしね――突入するしかない、か」
「その通り、防衛機能は我々が何とかする。だから後は任せた」
「簡単に言っちゃってくれて、まあ。作戦とかいうレベルじゃないわね。ただの方針よ――それ」
「臆したなら帰れ。例え貴様らの力が借りられずとも我々はやる」
「――上等。やってやるわよ。それに、せこせこ作戦を考えるのは奈落のやり口よ。あたしたちは自分らしく出たとこ勝負であいつに一発入れてやるわ」
「ああ。それと――我々だけで聖戦に挑むわけではない」
不敵な笑みを浮かべたインテグラが言い放った直後に執事の鋭い声が飛ぶ。
「皆様、ただいまミサイルが接近しております――着弾」
言い終わるや否や、ヘリは爆発炎上した。
「さて、島に近づく不届き者は始末できたかな? 虎の子のオーバードウエポン……地面に設置するのは結構大変だったね」
「いや、直前に脱出したようだ。殺ったのは一人……いや、こいつも生きているか。とはいえ、黒焦げで戦線に参加できるほど若くはないかな」
ミサイルを射出したのはシャル。
島の開けた場所に土台を作り、一発限りの簡易的なミサイル発射場をこしらえた。
本来ならISに装備するものなので、使い勝手はすごく悪い。
せこせこと相手の事情を考慮して、IS学園から一直線にやってくることを予想してミサイルの飛び方から逆算してタイミングを計った。
実は10秒かけて突入角をずらせばミサイルがかすりもしなかったことは、当然一夏たちは知らない。
「どうする?」
「そうだな。被弾した一人は見えないが、少なくとも招いた覚えのない客が2人と1つ。人外の方は相当な脅威だ――だからこそ、あれは殺され続けるのみだ。ゆえに」
シャルと奈落は空をにらみつける。
そして、ヘリの残骸と5つの影を見つける。
「了解。お帰り願いたいのはあの女と箒だね。狙い撃つよ」
シャルがスナイパーライフルで無防備に降下している箒を狙う。
制圧力という点で見れば、箒だけがこのグループで突出している。
ISを持っているのは彼女だけなのだから。
「――っ!?」
――ミサイルが海中から浮上、島へと降り注ぐ。
もちろん潜水艦は奈落側が用意したものではない。
多数の……とはいえ、実質的な艦数は三。ただミサイルは一隻につき10発ほど放っているから多く感じる。
島の結界が起動して爆炎を遮断する。結界は島の内部の発電所からエネルギーが送られるので問題なく使用できる。
そして、その結界は内からのシャルの狙撃すら弾いてしまう。
「気に病むな。あれは仕方がない。予想していたのか、銃弾を見て反応したのかは知らんが残りの一人がタイミングを見計らったようだな。しかし箒を殺せなかったのは痛い」
「パラシュートで降りてくるよ。撃つ?」
結界の欠点――それは速度の遅いものを通してしまう。
より正確に言えば高速飛翔体を感知したとき自動で結界が張られるのだ。
結界を四六時中張っておくことなど電力事情からいってできるはずもない。
「いや、ISを持っているのは箒だけだ。そして、アーカードには【ナインボール・
セラフ】が反応した。まあ、あれは魂の質量だけでこの島を押しつぶせるからな――妥当な判断だ」
「でも、コアだけじゃなく機体まで妄想具現化で作り上げた窮極兵器なのに抑えられちゃったよ。アーカードを殺し続けるのに忙しいみたいで、侵入者を排除できていない」
本来、この島に配備された戦力は一機だけ。
自動操作の【ナインボール・セラフ】ただ一つ。
そして、それで十分なはずだった。
世界中の戦力を集めようが、この絶対戦力にはかなわない。
しかし本当に世界丸ごと一つを取り込んだ吸血鬼と戦うとなれば、隙はできてしまう。
「ならば私たちが相手をするしかない。さて、あいつらの中でISを持っているのは箒だけだが――どうするか」
「僕が相手しようか? 死ぬ気でやれば多分1時間は持つよ。あれは馬鹿だから」
アーカードの出現は予想していた。
どうせこんなことになる、と奈落は思っていた。
予想でもなんでもなく、ただの経験論。
こういうときにはいつも邪魔が入る――なら今回も。その嫌な予感は大当たりだったと言うわけだ。
だからすでに想定は済んでいる。大切な人を失う覚悟すらも。
「――すまないな」
「ううん? 奈落のためなら、どんなことでもしてあげる。だから遠慮なく言ってね.
それと、謝られるより感謝されたほうがいいかな」
「ありがとう」
「――いいや、奈落。箒の相手はこのラウラ・ボーデウィッヒが務めよう。シャル、武器をよこせ。できれば刀がいい」
「君がやるの? ま、僕としては奈落がいいならそれでいいよ。はい、刀。ISのバリアも装甲もまとめて切り裂けるようにしたよ。僕の1年分の寿命を無駄にしないでね。正直、下手にこれ使うよりはナイフにしておいたほうがいいと思うんだけど」
ラウラはぶん、と刀を一度振り回して頷く。
「これでいい」
「ラウラ。気を付けろよ」
「誰にものを言っている? 私が負けるはずはない。そのために化け物になったのだ」
「ああ、それがお前の願いだったな」
「しかし、化け物になった私の愛はすべて奈落――お前のものだ。心配するな、殺されなどせん。むしろさっさと始末してキスの一つでもくれてやるさ。腐り果てた女の情念などに後れは取らん。私のものを残して死ぬものかよ」
「シャル、お前の相手は鈴音だろう? とっとと殺して奈落を守れ」
「了解。……と言いたいところだけど、どうするの? 奈落は、あの子たちにどう死んでほしいの?」
「鈴音もセシリアもかわいい友人の一人には違いない。生きるものは死ぬ――ならば、せめて納得してほしい。存分に話し合い、殺し合い……その果てに逝かせてやりたいと思うのは我儘かな?」
「ううん。それが奈落の望みなら、そうするよ。ま、なんにせよ全力を尽くさせてあげないことには化けて出られそうだ」
「そうだな。全力を出すのは何にしろ楽しいものだ。ま、箒の馬鹿者にはわからないかもしれないが」
ただ一人、死んだような眼をした本音は奈落の袖をひく。
自分から何かをやろうという気はさらさらない。
けれど、奈落の言葉には従おう。今は自分の小さな力でも必要としてくれるはずだから。
あとは奈落の言うとおりにしていれば、それでいい。
「――らっくー」
「本音? どうした」
「私は何をすればいい?」
「したいようにすればいい。できれば元気を出してくれるとなおいい」
「それは無理かな~。話の流れとしては私がセシリアの相手だね?」
「そういうことになる」
「わかった」
「本音。お前も全力で事に当たれよ?」
「――さあ、開戦と行こうか。世界をかけた戦争……それもこれで終わりにしよう」