「やっと見つけたよ~」
「……本音。まさかあなたがいるとは」
一夏サイドはヘリから叩き落されたために合流には時間がかかる。
だから、館まで一直線に突き進む。――そこには仲間が待っていることを信じて。
奈落サイドはそれを読んだうえで仲間を不時着した場所へ一直線に向かわせた。
ゆえにこの対戦は必然。
「私はずっとらっくーの側の人間だったと思うんだけど~」
「その前に生徒会長の騎下であると思っておりましたわ」
本音は光のない目でふざけて見せる。
それを痛々しいものを見る目で警戒するのが――セシリア。
両者ともに徒手空拳。
「そうかもね。今となっては私もどう思ってたのかわからないんだよ~。楯無様は亡くなってしまわれたしね」
「あなたは、自分の想いをはっきりと自覚してらっしゃるわけではない?」
ここにいる人間はそれぞれが確固とした目的を持っている。
世界を変えるため。もしくはそれを防ぐため。
だが、本音は世界が変わるかなんて知ったことではないと言う。
「どう思う~? 私は楯無様のためにらっくーの情報を探ろうとしていたのか、らっくーのために楯無様とのパイプになったのか。今はもう、霧の中。頭がごちゃごちゃしてるんだよ」
「なるほど。では、そこをお退きください」
セシリアが一歩を踏みだし、本音が塞ぐ。
逃がすわけにはいかない。
単純な体力はセシリアの方が上だろう。なにせ代表候補だ。
対して本音は闇に生きる――持久力よりも瞬発力の方がよほど大切だ。
セシリアは抜ければ振り切れる。しかし、不用意に動いたら捕まるのは確実。だから、こうしてにらみ合い……体力勝負になる。
体力で勝つのはセシリアだが、時間をかけてしまえばそれだけで今度は本音の勝ちとなる。いわく言い難い、複雑で頭の痛くなる状況を呈してきた。
「それはダメ」
「なぜですの?」
一触即発の空気。
いつ傾くか分かったものではない本音の平静。不用意に動けば捕まるが、かといって警戒していればかわせるというものでもない。
1秒ですら時間が惜しいのに。
「らっくーにそんなことは言われてないから~」
「ただ彼の言うことに従うだけですの?」
いつもと何ら変わらない天真漫乱な笑顔。しかし、今は不気味に感じる。
とにかくも反応を引き出さなければこの状況をどうにもできない。いつもにこにことマイペースな彼女を激昂させる。
そうでもなければ、セシリアが勝つことはできないのだから。
「そうだよ~? それが一番楽じゃない。考えて……考えて、頭が痛くなってもやっぱりわけがわからない。それなら、誰かに命令されたほうが楽だよ」
「それは逃避ですわ。あなたも国を守る血族に生まれたのなら、決然とした意志を持って行動なさい」
「それも、どこかに置き忘れちゃったかな」
「話していても埒があきませんわね」
ついにセシリアが戦闘の意志を固める。
もう無駄だ。会話で彼女をどうにかすることはできない。勝ち目がないとは思わない。強敵だ。
ゆえに――殺しまではいたさずとも、足一本くらいは取る覚悟でやります。
「ちなみにタイムリミットがあと何分かはわかってるかな~?」
「当然です。あと37分56秒です。ヘリを失ったのは少し痛かったですわ。なんせここまで来るのに10分も歩いていたのですもの」
ぴくりと足を止める。
苛々させるようなしゃべりが核心を捉える。
さすがにこれ以上ふざけることは許さない。だけど、この言葉は無視できない。
「そうだね。でも屋敷までは歩いて10分もかからないよ」
「それは好都合ですわ。あと27分であなたを倒せばよいということですわね?」
「ふふ。それは違うんだな~。ノアⅢは地下にあるんだよ。普通に歩いたら30分はかかる。急いだとしてもどれだけ短縮できるのかな?」
「――むぅぅ……しかし、こちらには箒さんのISがありますわ」
「箒ね。確かにISの戦闘能力はらっくーも警戒していたけど、操縦しているのが箒じゃだめだよ。まさか本気であの子をあてにしているわけじゃないよね~?」
「そこまでぼろくそ言われると、かばいたくなりますわね。まあ、おっしゃるとおりではあります。声もかけてないのに勝手についてきたのですから」
「だよね。文字通り階段を転がり落ちてみる? とっても痛いよ~、きっと」
「降りるのに30分もかかる階段を転げ落ちたら死にますわよ」
「そんなせっしーに耳寄りな情報~」
「は?」
まだふざけるか、と思いつつもやっぱり重要なポイントだから聞き逃すわけにはいかない。
「私が持ってる鍵を使えば、エレベーターが使えるから10秒で下まで降りられるよ」
「なんか、怪しいですわね。そんなことを教えてくださるとは」
27分かけて本音を倒せばノアⅢのもとへたどり着ける。
壊す時間を考慮しなければセシリアが最初に言ったことは正解となる。彼女が鍵を持っていることを明かしたことで、余裕ができた。
「そうでもないよ。これなら、あなたは私を無視できない」
「何を考えていらっしゃいますの? あなた」
戦え、というのだろうか。
確かにここで本音を置き去りにして走って行っても目的は達成できるかもしれない。そもそも鍵自体が嘘かもしれない。
敵の口車に乗るのと、分の悪い賭けに出るのはどちらがいいのかしら……?
「考えてないよ。私はあくまでらっくーの考えに従うだけだから。言ったでしょ~」
「あの奈落さんの考えがわかりますの?」
「人とは少し思考回路が違うだけだよ。実を言うと、すっごく単純なんだよ~。こういうところはいっちーと同じだね」
「違いますわ」
「同じだよ。違うとしたら、いっちーが正義の側の人間で、らっくーが悪の側の人間だってことくらいかな」
「なるほど、と言わせてもらいましょう。で、正義と言うのは悪にはどうするものですか?」
本音の気配が変わった。
セシリアのものと同一。
つまりは、戦る気になった。
身の危険は嫌になるほど感じるが、とにもかくにもこれで状況が動いた。
「意味のない説得をわめいて、考えるふりをしながら悪を蹂躙するものじゃないかな~? これもらっくーの考えだけど」
「そうなのですか。ならば、そのようにいたしましょう」
言うや否や距離を詰める。
着ているものはお互いに制服。
過剰と言うほどではないがひらひらしている。つまり、この密林の中ではひっかかって身動きがとりずらい。
「――っせい!」
セシリアが本音の袖をつかむ。
そのまま本音の腕を回し、後ろを向いて、担ぐ。
ぐるりと本音の体が回転する。
地面に叩き付け――
「にやぁ……」
嫌な予感を感じて身を投げ出す。
べちゃっとギャグの様にうつぶせで倒れこむが二人とも真剣にやっている。
「「……うにゃっ!」」
セシリアは弾かれるように立ち上がる。
本音のほうは猫のように丸まってころころと距離をとる。
「危なかったですわ……」
冷や汗をかく。
倒れこんだ時に本音の手が顔の近くにあったのが一瞬見えた。
あのまま投げようとしていたら目をつぶされていた。
「えげつない技を使いますのね。投げられそうになったのもわざとでしょう?」
「そうだよ。裏の柔術と言えばかっこいいのかな~。手段を選ばずに敵を無力化する――お行儀のいい道場柔術とは違う、更識家に伝わる技だよ」
「というか、投げようとしてわかったのですけれど――あなた以外に身長高いですのね」
「もうちょっと小さいほうが良かった?」
「そっちのほうが楽に取り押さえられそうなので、できれば小さくなってくれるとありがたいですわ」
「あはは。無理だよ」
どちらからともなく動く。
「……っふ!」
「動きがばればれだよ?」
セシリアが本音の右腕をつかんだ。
そして、本音はすかさず逆の腕をとる。
お互いの利き腕で逆の腕を抑えている状況。
「行くよ~?」
気の抜ける声で掛け声をかけて。セシリアの手からするりと腕を抜き取る。
「うぬっ……!」
取った腕を背負う。
セシリアの体が浮く。
そのまま背負い投げ――
「……えっ?」
動かない。
まるでセシリアの体が空中に縫い付けられたように。
すぐに理解した。
近くにあった根っこに足を引っ掛けている。これじゃ投げれるわけがない。
「っはぁ。やるね~根っこを利用するだなんてなかなか思いつかないよ? 特に普通に柔道を習ったのなら、ね」
「そうですわね。思いつけたのは奈落さんのおかげと言ってもいいかもしれませんわ。けれど、この戦いはもとよりルール無用です。先に目つぶしを仕掛けてきたのはあなたですし」
「そうだね」
「今度はこちらから行かせてもらいます!」
セシリアが利き腕で相手の腕をつかむ。
すかさず本音も。
ここまでは先ほどと同じ。
そしてセシリアはつかんだ腕をぐいっと引っ張る。
「――?」
本音は疑問に思うが体は勝手に動く。相手の動きを封じようと。
この状態からなら技をかけられても簡単に潰せる。
自爆としか思えない。
「――柔術ではありませんもの」
蹴った。
引っ張った勢いをのせて膝蹴りを柔らかいお腹に叩き込んだ。
「あ……が――げほっ」
本音が苦悶の表情で転がる。
「さて、鍵を渡してくれませんか?」
「うぐぅ。私はまだ降参したわけじゃ……あぅぅぅ」
起き上がれないままで答える。
手でおなかを押さえて、はいずることさえできない様子。
それでも眼だけはにらみつけている。
「――奈落さんはそれを望みますか? あなたがそうやって這いつくばって、殴ったり蹴られたりされろと言いましたか」
「――それは」
本音は目を泳がせる。
そんなことは言われていない。
言われたのは、全力で相手をしろと――ただそれだけ。
「渡してください。そうしろと言われたのでしょう?」
「わかったよ」
制服の何の継ぎ目もないそこを破ってカードキーを取り出した。
またポケットから金色の仰々しい鍵を取り出して放り投げた。
ぽてっと落ちたそれらは本音から一歩分も離れていない。
ちなみにセシリアは3歩分くらい向こうにいる。
「それがあれば施設の設備は何でも使えるよ」
「ありがとうございます」
カードは最後の罠だったわけだ。
はっ倒して鍵を奪ってもエレベーターを動かすのに必要なカードキーが手に入らない。
半分以上成り行きだが、成果には変わりない。
「お礼を言われる筋合いなんて、ない」
「それでも、一夏さんならそうしますわ」
本音は寝っ転がったまま、顔をそむける。
「……ふん」