ラウラは日本刀を構えている。
凛とした表情で宙を睨む。
それを見つけた箒は降りてくる。
侵攻してきた5人の中で飛行しているのは彼女だけである。
なにせISを所有しているのは彼女しかいないのだから。
「さしずめ、門番とでも言ったところか? お前を倒したら先に進ませてもらえるんだな」
「それは無理だ。お前はここで私に倒される」
ラウラは日本刀を構えたまま前方をにらみつける。
箒は戸惑ったように相手を眺め、手は所在なさげに揺れている。
「ISを持っていないお前がか? ISには通常兵器ですら歯が立たないんだ――日本刀一本でどうにかできると思うのか」
「どうにかできずして何がラウラ・ボーデウィッヒか。それに、しょせんお前では力を使いこなせない。力はそれを扱える冷酷さがなければただの飾りだ」
実際ISと人間では戦力に差がありすぎる。
簡単な話、遠距離攻撃を使えばよかったのだ。
策士ならば100回やって1回しか勝てずとも、その一回をつかみ取る。
ラウラであれば1億回に1回でもつかみ取ってしまう。
しかし、何回やっても一度すら勝てないならばどうしようもない。
遠距離攻撃手段を選ばれるとはそういう事態を意味する。
言うまでもなくそれは箒のIS【赤椿】にもそれは可能だ。
刺突とともにレーザーを出す『雨月』。
斬撃をエネルギー刃として放つ『空裂』。
使われたらラウラに逆転は不可能である。ラウラを殺しきるまで適当に遠距離攻撃を放ち続けるなど、初心者にもできる。
そして、この世の法則ではないもの――妄想具現化は使えない。
それを1度でも使えたのは1世束とシャルロットのみだ。
一夏のあれは能力の暴走でしかない。
確かにギガロマニアックスは一人の例外もなく狂っている。
それでも、寿命をささげて世界に異物を作り出すことを可能にした類の狂気は上の二人しか持っていない。
そしてシャルは奈落によって厳重に禁止されている。
殺されそうくらいでは、思い切って寿命を削るなどと言うことは不可能である。
それは狂気を超えた信仰でしか成し得ないのだから。
自分に価値を認めず、他者に依ってしか立つことのできない人間の狂気。
それは――ラウラにはない。
ゆえに、ラウラは策を持ってISを生身で完封する。
「さあ、立ち会ってもらおうか」
「こちらはISだぞ――別にかまわんが」
この期に及んでも箒は構えを取ることもしない。
これは斬りかかられてからでも問題なく反応できるほどに、ISにより反射神経が加速されているからだ。
しかし――認識が不足しているとしか言えない。
ここは戦場なのだ。
「問題ない。私が勝つ」
「ISに生身では勝てないと言っているだろうが!」
先ほどからラウラは微動だにしていない。
ひるがえって箒は身振り手振りを使って説得らしきものをしている。
無駄に臨場感があふれた演技である。
ラウラはこんなときでもなければ演劇部に入部することを勧めていたかもしれんな、と思う。
「なら、試してみるか」
「試さずともわかる。もういい。その刀を折れば先に進ませてもらえるのだろうな?」
初めて箒が構える。
生身の人間にとっては絶望でしかない現状。
それでも特にラウラは圧迫感は感じていない。相手が相手だからだろうか。
「もちろん」
「では――行くぞ!」
お互いに地を蹴る。
下は床の上でもなければ整備されたグラウンドでもない。
相手の出方を見ながら足を進めていては転んでしまう。
でっぱりに木の根っこは至る所にある。
だからこそ大股で足元を踏みつぶして走る。
実際、走ろうと思えばこれ以外に選択の余地がない。
構えは大上段。
両手で刀を握り、上から振り下ろす形。
「――面!」
「――シィ!」
彼我の距離は8歩。
箒はそのうちの6歩分を2歩で、ラウラは当然2歩分を2歩で詰める。
ラウラの構えは大上段から突きへとトリックの様に変わる。
振り下ろされる刃は、しかし突き込まれる刃を避けるために後方へ飛ぶ。
箒が逃げた形。
「――っ!?」
箒の背中に冷たい汗が流れる。
こいつ、相打ちを狙ってきた……っ!
私が避けなければ、確実に奴の突きが私の喉を裂き、私の振り下ろしが奴を両断していた。
いや、ISの絶対防御を考えるならこちらは生き残れたろうが――つい避けてしまった。
別に今の私の攻撃でラウラに傷を負わせてしまったわけではないし。動揺する必要はない。
そもそもISを持っていないあいつが勝てるはずがないのだ。
あと2、3合も交えれば確実に武器を破壊できるはず……!
「ふふん」
ラウラは失笑を漏らす。
あきれるほどに策に嵌っている相手を見て、むしろあほらしいとさえ思う。
そもそも箒は空を飛んでいるのだから、挑戦状なんて無視して先に行ってしまえばよかった。
それができないから、ここで私の相手をする羽目になっている。
さらに今の攻防。
私は相打ちなど狙っていない。
失敗するための特攻をどうしてそう呼べる?
あいつはかわす。
どっちも死なないのがわかっていてやったのだ。
私を殺す覚悟がないから、殺してしまうような攻撃はできない。
単純な話、武器を破壊されそうになっても腕を差し出せば勝手によけてくれる。
戦力差がありすぎて逆に行動の幅が縮まっている。
だからこそ箒の心が手に取るようにわかる。
次は相手を傷つけないように細心の注意を払った攻撃をする。そのためには利き手で武器をコントロールするために左側から刀を振る。そして、大上段の攻撃は私を殺しそうになったからしない。
ゆえに次は――左からの横薙ぎ。
「っはぁ!」
ため息。箒は気合十分だ。さすがにぎりぎり。
攻撃が来るのがわかっていても、生身でISに反応するのは無理がある。
先読みして、攻撃が起こる前によけないと。
刀を上に放り投げる。
浮いたのは10㎝ほど――だが、横薙ぎを空振りさせるにはこれで十分。
あいつの次の攻撃は浮いた武器を柄で弾き飛ばす。
人の命には代えるべくもないが、剣道の世界に身を置くならば刀を壊したくないという思いもあるのだろう?
箒の柄が私の刀に当たる前に、かろうじて柄をつかんだ……握りしめる。
「……っ! 今だ――」
かけ声。わざわざ攻撃する瞬間を教えてくれるなんて奇特な奴だ。
――っぐぅ!
馬鹿力め。受けた瞬間手がしびれた。それでも、刀は壊れていない。
強引に力を込めて刀を操る。
ぐるんと大きな円を描いて刃を走らせる。
体が引っ張られて後ろを向く。
しかし、心配はない。
ここで背中を切りつけることができるのなら、それは箒じゃない。
刀を自分の体で隠す。
後ろ向き、わきから突く。
箒には背中から刃が突き出してくるように見えたろう。
しかし――わずか半瞬、しびれで動きが止まってしまった。
「……危なかった。今装着してるのが打鉄だったら喰らっていたかもしれない。けれど、この赤椿は第4世代だ。人間のとろい攻撃なんて当たらない」
たった二本の指で受け止められていた。
それも当然と言えばそうなのかもしれない。
人間が両手で出す力よりもISを使って指一本で出した力のほうが大きいというのは、語るべくもない。
「……」
ラウラは黙りこくる。
「色々とこき下ろしてくれたが――これで終わりだ」
箒は意気揚々と刀を上げる。見せつけるように刃を折る。
こういう時、普段つっけんどんな態度をとっていると便利だとラウラは思う。
別に性格を改めようとは思わないが。
こうやって無言でいれば、機嫌が悪いだのショックを受けているだのと勝手に勘違いしてくれる。
不器用な自分が演技などできるとは思わない。
ここまですべてが予定通り。
とっておきの攻撃をよりにもよって指二本で防がれて、意気消沈してみせるのは成功したようだ。
そして、刀を折られてあげる。
――どうだ?
迫りくる危険をかろうじて防ぎ。
さらに武器を破壊して相手を傷つけることなく一件落着。
剣道だってそうだろう?
一本取ったら気を抜く。
そして……隙ができる。
「――ッシャア!」
折れた刀で首を刈った。
「……え?」
短くなっていたから首を丸ごとはいけなかったが、頸動脈を切り裂いた。
箒は血が吹き出る傷口に手を当てるが、どうしようもない。
だが、吹き出る血の勢いが段々と弱っていく。それにともない、箒の眼も虚ろになっていくが――
「……ん? 死んではいないか。ISの操縦者保護機能ね――忘れてた。けれど、治すにしても1時間は起き上がれない。そもそも治せるのか疑問な怪我だがな」
驚愕の表情で見上げる箒を、ラウラは一瞥する。
その顔を見る限りまだ信じられないようだ――人間がISを打倒するなど。
それにはシャルの絶対防御を切り裂ける刀というファクターが必要であったが、それを届かせたのはISを纏っていない生身の人であった。
常識を覆すこの事態を受け入れられずに放心する。そのまま血が足りずに気絶する。
「まあ、死ぬにしろ死なないにしろノアⅢが完成するまでそこで寝ていろ」
ラウラは屋敷に足を向けた。