話は一ヶ月前に遡る
「では手術を始める、本当に全身麻酔でなくていいのか?」
「ええ。貴方だけでは、私の心臓に住み着く蟲を取り除けないから…。」
そこは間桐の屋敷の最も広いフロアだった。
そこは完全に除菌され、手術室と化していた。
様々な機械が並べられている、恐ろしく金がかかっていることがわかる。
「魔術か。門外漢だが、全くの無知ではない。君が信じるかは知らんが、私は
医師と思しき男は不思議な面相をしていた。
顔面に斜めに傷が走り、その顔の半分は黒色なのである。
「信じますよ、世界最高のお医者さま」
彼女は、間桐桜は言う。
男は満足げに頷くと、彼の傍らに控える女の子に言った。
「メス」
○
「なるほど。レントゲンには写らなかったが、確かに蟲が君の心臓にからみついている。そして私には触れることができないようだ、鉗子はすり抜ける。」
それは恐ろしい光景だった。
むき出しになり脈打つ心臓、そこに醜い蟲が重なって存在しているのである。
医療関係者がそれを見たならば自分の正気を疑う光景だ。
だがその医師は冷静だった、故にこの医師でなければならなかったのだ。
「バイパスはつなぎ終わっている。人工心臓を起動するぞ。」
「お…ねがい…します。」
人工心臓。
それを聞くと、まるで心臓の代替として胸に埋め込むものを想像する人間もいるかもしれない。
しかし現実の医療機関で使われるものは大型の機械である。
心臓手術する際、血管をそこに繋ぎ、命を保つのだ。
「完了だ、今君本来の心臓が止まっても、何の問題もない」
「ふふ…だそうですよおじい様?聞こえて…ますか…?」
何ということか!少女は除菌手袋に覆われた自分の右手を心臓に向かって伸ばしたのだ。
そして、その指で蟲をつまみとった。
「さようなら、おじい様。くだらない、200年でしたわね…。」
彼女のたおやかな指が、最後の蟲を砕いた。
○
「それで?リン、一体さっきから何をやっているんだね?」
凛は大荷物を抱え、さっきから自宅の玄関の前でウロウロしていたのだ。
凛は腕組みするとまるで教師のようにバードに話しかけた。
「つまり同盟についてよ!」
「ん?あの二人と同盟を結んだんだろう?二人共強力なサーヴァントのマスターだし、いい取引だったんじゃないのか?」
だが凛はまなじりを釣り上げて指摘した。
「違うわよ!衛宮くんとは同盟を結んだけど、イリヤとは結んでません。それは大事なとこよ!」
「それ意味あるのかねえ。衛宮ってのはイリヤスフィールと同盟を結んだんだろう?どっちにしろ協力することになると思うが。」
だがそれは凛にとってとても大事なことなのである。
『義姉だなんて!いやらしい!そ、それに衛宮くんは子供が好きなHENTAIなんかじゃないわ!』
それはとてつもない偏見だったが、真実はついていた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは強大な敵となる。
同盟などもっての外だ。
「それでだ、そこでウロウロしてるのと何の関係があるんだ?」
「つ、つまりこれは。」
凛は顔を赤らめ、恥ずかしそうに答えた。
「つまり、同盟を組んだから衛宮くんの家に泊まろうと思ってるんだけど…。」
「ほほう、それは有効な戦略だな。戦力は一箇所に集めるべきだ。」
しかし彼女は頭を抱えた。
「衛宮くん、私が衛宮くんのこと好きだから家に泊まりたいんだって思わないかしら…?」
「……。」
今度はバードが頭を抱えた。
○
「それで、なぜ貴方がここにいるのかしら?イリヤ」
凛が冷たい目で士郎のあぐらの中に座り込んだイリヤに話しかける。
イリヤはとても幸せそうな様子で答えた。
ここは衛宮宅の居間である。
「決まってるでしょう?リン。同盟を組んだからよ、戦力は一つに集めるべきだわ。」
「ぬぬう。」
なぜか二人の同盟者は相性が悪いようだ。
士郎は悩んだ。
一人は義姉、一人は同級生であり、聖杯戦争について教えてくれた恩人。
二人共
なんとか仲良くしてほしい。
士郎は二人に話しかけた。
「それよりこれからのことについて話さないか?俺たちは結局どうすればいいんだ?」
士郎の隣では、凛から借りた私服に着替えたセイバーがうんうんと頷いている。
なお美味しそうにご飯をかきこんでいる。
最初に答えたのはイリヤだった。
「サーヴァントが3体もいたんじゃ誰も攻めてこないでしょうね、見つけてこちらから攻め込むのが良策よ。まあ、私とバーサーカーだけでも倒せない相手なんていないけどね!」
イリヤは自信満々に言った。
確かに彼女のサーヴァントから感じる圧力はそれを戯言とはさせない。
だがイリヤの言葉を否定したのもそのサーヴァントだった。
『イリヤスフィール、敵を甘く見るのはよくない。これは聖杯戦争、どのような敵がいるのかわからない。』
イリヤと士郎の背後で霊体化した彼女のバーサーカーが意見する。
どうやら彼はかなりの巨体らしく、まだ士郎たちの前で実体化したことがないのである。
そして
その意見にはセイバーも一目置くほどである。
「うーん、バーサーカーがそういうなら従うわ。じゃあみんなで一気に攻め込むってことね。」
「それでいいと思うわ。今の所一番怪しいのは柳洞寺ね、あそこは冬木のパワースポットの一つだし、私のダウジングにも反応した。」
彼女は大粒の宝石を示した。
チェーンがつながっている。
「遠坂の宝石魔術ね。ならそこに、おそらく
凛は頷いた。
士郎は二人の話についていけず、置いてきぼりになっている。
「おそらくね、ここは聖杯戦争の慣例に従って、夜になったら攻め込むとしましょう」
方向性は決まった。
あとは夜に向けて英気を養うだけである。
凛は士郎に晩御飯を作って上げたいと考え出した、そんな時である。
屋敷の屋根で物見を務めていた彼女のサーヴァントが念話を飛ばしてきたのだ。
『リン!何か近づいてくるぞ!』
『ん?また使い魔か何か?』
バードは慌てた様子で答えた。
『違う!おそらくサーヴァントだ!急いで皆を外に出させるんだ!』
はあ!?
凛は慌てた。
サーヴァントが3体もいる場所に攻めてくるものなどいるはずがない!
だが彼は、それでも、そうだからこそ、現れたのである。
○
真っ昼間だというのに、その戦車は、稲光を轟かせ現れた。
ああ見ろ。
その豪壮な肉体を、自信に満ち溢れた顔を、重厚なるマントを。
「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においては
その声はまさに雷鳴のような轟きをもって響いた。
バーサーカーは血がたぎるの感じ、それを必死に抑えていた。
そして
驚愕していた。
「ライダー!?なぜ貴方がここに!」
「むむう、そこにいるのはセイバーではないか?はて此度は第五次聖杯戦争と聞いたが」
その質問には戦車の後部に乗る、長髪の男性が答えた。
「ライダー、君と同じだ。おそらくこのセイバーも、聖杯を求め聖杯戦争に再び参戦したのだろう」
すべてを見透かすような目をした男だった。
おそらくは魔術師、もちろん只者であるはずがない。
なぜならば
「もう一人サーヴァント!?なるほど、ライダー。貴方はキャスターのサーヴァントと同盟を組んだというわけですね。」
だがライダーは一言でそれを否定した。
「違うぞ、いやあ柳洞寺といったか?行ってみたのだが断られてなあ、中々強力な魔術で追いかけ回されたぞ。」
「馬鹿な?では彼は?」
すると長髪の男がセイバーに答えた。
「その質問には私が応えよう、私はロード・エルメロイⅡ世。時計塔の魔術師だ、ライダーのマスターとして参戦した。」
凛はその言葉を聞いて驚愕した。
「時計塔の魔術師?それもロードですって!?」
時計塔においてロードとは偉大な名だ。
彼らは十二存在する学部のトップを任される人々なのだ、実質上時計塔の首脳である。
「まあ、ロードといっても肩書だけだがな。私がサーヴァントに見えるのは、ライダーの宝具のせいだろう。私はライダーの臣下となることを望み、ライダーはそれを認めた。あとはセイバーに聞き給え。」
この中で唯一ライダーの宝具を知るセイバーは納得した。
「さて、セイバーは予想がついてるだろうが、ここに来たのはライダーが言いたいことがあるからだ。どうか聞くだけ聞いてやってくれ。」
彼は内心呆れ返っているようだった。
その言葉と様子を見てセイバーは何が起きるのかを察知した。
「わはは!ものは試しだわからんぞう?マスターよ。つまりだ!」
それでもライダーはその口上を短く済ませることにしたらしい。
「我が軍門に下り、聖杯を譲るつもりはないか!?」
○
交渉は決裂に終わった。
当たり前である。
ライダーに対峙する二騎は戦いの構えをとっている。
バーサーカーはまだ実体化していない。
どこか、別の方向に注視しているようだ。
「バーサーカー?どこを見ている?」
セイバーがいぶかしげに問いかける。
するとそれに応えたのは意外にもライダーだった。
「おお、お主も気づいたか。いやいやまったく覗き見の好きな王がいるようだなあ。英雄王ではなく覗き王に変えたほうがいいのではないか?」
その言葉に
世界が恐怖した。
現れるのだ。
最強の英雄王が。
○
士郎は思った。
『俺の家消えたかも…。』