「士郎!士郎!士郎!!!」
藤村大河にとって状況は全く理解できないものだった。
今、自分の腕の中で大事な教え子が、否、それだけではない。
とても、大事な存在が、左腕を失くし、大量に出血してもがき苦しんでいる。
始まりはよく覚えてない。
最後の記憶は学園の廊下だ。
同僚の葛木先生とすれ違ったところだ。
気がつけば、この木造の建物の中にいて、目の前に衛宮士郎が倒れていた。
自分たちはまるでファンタジー小説にでてくるような魔法陣に囲まれ、そこから出ることができないのである。
すると、突然士郎の腕が破裂したのだ。
もはや、彼女には普段の明るさのかけらも残っていない。
今心の中にあるのはどうやって士郎を救えばいいのかだ。
そして彼女は気づいてしまった。
自分には どうやっても 士郎を救えない。
彼女はただ叫んだ。
「誰か!誰かお願い。士郎を助けて!」
○
聖杯戦争にはいくつかのルールがある。
呼ばれる英霊の数が七騎というのもその一つだが、そのルールは実は絶対のものではない。
平行世界の聖杯戦争においては、合計十四騎。
七騎対七騎というものもあった。
そして、そのルールの一つに、三騎士、つまりセイバー、ランサー、アーチャーのクラスは必ず現れるというものがある。
エクストラクラスが出現した場合、それ意外の四騎から減ることになるのだ。
だが今、冬木には既に七騎が揃い、未だアーチャーのクラスは出現していなかった。
ギルガメッシュは前回の聖杯戦争から現界し続けているため、数には入らない。
聖杯に、意思というものがあったならばそれはわずかに悩んだのだ。
どちらのルールを優先させるべきか。
尋常の聖杯ならば、どちらに転んだかはわからない。
しかし、此度の大聖杯は、泥に満ちていた。
有り余る魔力を持っていたのだ。
よって、大聖杯は八騎目のサーヴァントの召喚を決めた。
マスターとして、令呪を与えるべきは、稀有なる魔術師、間桐桜。
始まりの御三家の一つの魔術を継いだ、彼女が選ばれるのは当然だったろう。
しかし
桜に令呪を与えようとして
大聖杯は
ころんだのだ。
ころんだとしかいいようがない、大聖杯は何もないところでのめくった。
よって、令呪は異なる存在に浮かび上がった。
その名は藤村大河。
そして、物語は、さらなる混迷の中に突入する。
○
「な、なにこれ?」
大河は何が起きたか、理解できないでいた。
自分たちを縛っている魔法陣が突然光りだしたのだ。
その魔法陣の溝には、士郎の血が、偶然にも流れ込んでいた。
触媒はエミヤシロウの血。
召喚するは、藤村大河。
ならば呼ばれるにふさわしき英霊は、ただ一騎。
それは孤高なる錬鉄の英霊のみ。
だがやはり、マスターに適性がなさすぎたのだ。
このままでは、
だがここには、それをひっくり返す最後の手段があった。
それは、衛宮士郎の肉体である。
アーチャーは出現するとともに衛宮士郎に融合した。
それを、平行世界のとある魔術組織が見たならば、こう呼んだだろう。
デミ・サーヴァントと
○
大河は最初から最後まで何が起きたのかわからなかった。
だが魔法陣から放たれた光が消えた時、自分の前には衛宮士郎が敢然と立ち上がっていたのである。
消えたはずの左腕も戻っていた。
そして彼は背中越しにこう言ったのである。
「大丈夫だ、藤ねえ。あとは任せろ。」
大河は、安心と共に意識を手放した。
○
サムライは追い詰められていた。
まずサーヴァントの数において一対二である。
だがそれはいい、不利な戦いなど何度も繰り返した。
だが、
侍とはTPについては、もっとも燃費が悪いジョブである。
スキルスピードを極めた熟練者がその技を操れば、仲間の支援がない限り、ただ攻撃しているだけでTP切れとなる。
此度の聖杯戦争についてはそれはマスターから補給されるものだった。
だが、そのマスターが魔力切れで息を切らせている。
彼女を責めることなどできない。
今も宝石魔術を用い、必死にキャスターの魔術を防いでいる。
どうする?最奥の宝具を、『超える力』を使うか?
だが使えない、自分はこの力と決別するために聖杯戦争に参加したのである。
そのような矛盾を許せば、おそらく自分は直ちに消滅するだろう。
ならば歯を食いしばれ!サムライ!
もはや死中に活を求めるのみである。
その時だった。
I am the bone of my sword.
一節の、詠唱が聞こえたのは。
『
突然凛の前に美しい七枚の花弁を持つ花が出現した。
それは彼女に迫っていたキャスターの魔術を弾き返す。
「な、何ですって!?」
冷静だったキャスターの顔にほころびが見られた。
これは彼女にとっても予想外のことだったのだ。
『
そしてそのキャスターの体が靄のようなものに包まれた。
するとキャスターの姿が消失する!
いや、完全に消滅したのだ!
残った三人には何が起こったのかまったくわからない。
その時、セイバーは自分が後ろから抱きしめられているのに気づいた。
「セイバー、ごめん。心配かけたな。」
それは士郎だった。
セイバーは突然のことに慌てた。
士郎の声は今までにない親愛さが溢れていたのだ。
まるで、愛を囁かれているよう
柄にもなく、そう思ってしまうほどに。
そして、その衝撃に動きを止めたセイバーを、士郎の刃が穿った。
『
それはキャスターが操った宝具と全く同じものだった。
なぜそれをシロウが?彼は本当にシロウなのか?
そんな疑問が生まれたが、その宝具の力は本物だった。
彼女を縛る令呪は直ちに解かれ、マスターとサーヴァントの契約も消滅した。
士郎はセイバーの正面に回ると、彼女を抱きしめて話しかけた。
「俺のサーヴァントに、なってくれるな?」
「は、はい!」
まるでプロポーズを受けているようだ…。
そうセイバーは思った。
もちろん凛も思った。
「ちょ!ちょっと衛宮くん!何やってるのーー!」
その声を聞くと士郎はセイバーから体を離し、彼に似合わない皮肉げな笑みを浮かべると、凛に話しかけた。
「すまない、魔力切れだ。キャスターを閉じ込めた宝具の効果も切れる。あとは任せた。」
そう言って、彼は地面に倒れた。
本当に魔力切れのようだ。
「何が何やらさっぱりですが、リン、バード。下がってください。」
「いいのか…?」
尋ねるサムライにセイバーは元気いっぱいで応えた。
「はい!なぜかわかりませんが今の私は最高のコンディションです!」
○
キャスター、魔女メディアにとっては何が起きたのかまったくわからなかった。
突然靄に包まれたかと思った直後、自分が広大な迷宮の只中にいるのに気づいたのだ。
彼女の魔術師としての力を最大にしても、底の見えぬものだった。
彼女にも似たような魔術は使える、しかしこの規模となると、間違いなくこれは宝具だ。
必死に脱出しようと様々な魔術を試すがどうにもならない。
この迷宮が伝説に謳われるミノス王の迷宮だとは気づくことができた。
ならば敵はあのミノタウロスか?
そう考えた時、突然その大迷宮が消滅したのだ。
そして目前には、
○
「スピリッツ・ウィズ・イン!」
神速の突きが、キャスターの防御を突破する。
キャスターは既に深手を負っていた。
必死に距離を取ろうとするキャスターを、セイバーは逃さない。
「サークル・オブ・ドゥーム!」
スピリッツウィズインからのサークル・オブ・ドゥーム。
GCDの間にその二連撃を挟むのは開幕の定石だ。
キャスターの低い耐久は、その二連撃を受けただけで現界を怪しくしていた。
もちろんセイバーは容赦などしない。
レクイエスカットからのホーリスピリッツの連打、キャスターは魔術によって滅びようとしている。
「せめて、マスターだけでも!」
キャスターは準備していた転移の大魔術を行使して、自らの愛しいマスターを逃がそうとする。
そこで気づいた。
「ラインが…ない…?マスターは…どこなの?」
それは本来すぐ気づくことのはずだった。
だが彼女はそれに気づくのを拒否していたのだ。
マスターが、■んだなんて…。
「マスター?宗一郎様!!」
セイバーはそれに気づき、哀れみすら感じた。
「マスターへの忠義は本物だったか…。ならばせめて、私の最高の技で滅するがいい。」
「
セイバーは体を一回転させると
ついに光りに包まれて、キャスターは消滅する。
これにて、二騎目のサーヴァントが、冬木の地から消滅した。
聖杯戦争はいまだ、序盤の終わりに差し掛かったところである。
するといつの間に立ち上がったのか、本堂から士郎が大河を背負って現れた。
「藤村先生!大丈夫だったのね。」
喜ぶ凛だったが、彼のそばに一人の男が倒れ伏しているのを見て衝撃を受ける。
「うそ…?葛木先生?」
「ああ、先生がキャスターのマスターだったんだ。」
凛は信じられない目で士郎を見た。
葛木を殺したのは士郎なのだろうか?
だが彼にそんなことができるはずがない。
しかしその疑問は次の士郎の言葉で消えてしまった。
「それで俺さ、どうも藤ねえのサーヴァントになったみたいなんだ。」
『は?はああああああああ!?』
凛とセイバーの声が唱和した。
だが凛の心は安らぐ暇など無い。
強大な魔力の波動を感じたのだ。
それはたったさっき感じたのと同じもの。
サーヴァントの消滅の波動。
場所はアインツベルンの城。
そしてその波動の大きさから、消えたのは、間違いなく、
偉大なる大英雄。
次回
第七話 ~狂戦士~