あれから丸一日がすぎた。
アインツベルンの城において、二騎のサーヴァントが消滅したことはわかっていた。
そしてそこからはイリヤの姿が消えていたのだ。
彼女は未だ見つかっていない。
遠坂凛ももちろん手を尽くして探している。
衛宮士郎はやめろと凛が言っても聞かず、セイバーを連れて冬木の街を駆けずり回っていた。
だが、さすがに彼も、日が落ちると共に衛宮の屋敷に帰ってきた。
そして今、凛は
クラクラしている。
衛宮士郎が
彼女の想い人が
押してくるのである!
先程話しかけられた際など、彼はいきなり手を恋人繋ぎしてきたのだ!
彼女の頭は熱に浮かされている。
そして恐ろしいことに、彼は今この屋敷にいる女性、セイバーと藤村大河にも似たようなことをやっているのである。
なぜか!?
説明しよう!
衛宮士郎は鈍感系主人公である!
エミヤシロウはドンファンである!
かの英霊の限りなく近似の存在の名台詞にこんなものがある。
『可愛い子なら誰でも好きだよ、オレは』
彼と融合し、何の遠慮も無く記憶と力を譲り渡された士郎は、もはや士郎であって士郎ではない。
彼は、平気で『ぶらっくすいまー』を履ける漢なのだ。
「気が狂いそう!どうすればいいの!?バード」
「自由にしたらいいんじゃないかなあ」
彼女のサーヴァントは役に立たなかった。
その時である。
訪問を告げる、チャイムが鳴り響いたのは。
○
その男は、
ワイハーだった。
麦わら帽子を頭にかぶり
派手なフレームのサングラスを着け
アロハシャツに身を包み
胸にはレイと呼ばれる花輪
半ズボンにビーチサンダル
腕にはウクレレを抱いていた。
「我は征服王!イスカンダルである!アロハ!」
凛は何と言っていいかわからなかった。
最初に発言したのは士郎である。
「ライダー、行ってきたのか?ハワイに…。」
「応よ、我が戦車でも中々時間がかかったな。だが、ハワイの名所。見事征服してきたぞ。」
凛は信じられないものを見る目でライダーを見た。
「悪い冗談…。聖杯戦争中に冬木を離れたの?」
「うむ、俺のマスターのやっているスマホゲーを見たら急に行きたくなってな。まったくせっかくのハワイだというに、奴めはずっと不景気な顔をしておったわ」
そういうライダーのそばには、そのマスターの姿はなかった。
「ライダー、貴方のマスターはどこに…?」
セイバーがそう質問すると、ライダーは今気がついたように辺りを見回した。
「ガッハッハ!どうやら忘れてきたようだ。」
凛は思った。
自分がこの男のマスターでなくてよかったと。
○
その後、ライダーは自らの宝具によってマスターを召喚した。
その瞬間、彼は日本に密入国しようとする船の中にいたという。
「…ふむ。ではどうかな?情報交換するというのは。君たちからは私達が、冬木にいなかった間の情勢。私達は聖杯について握っている情報を話そう。」
凛たちは、その提案を受けた。
ライダーのマスター、ロードエルメロイⅡ世は、凛の説明を聞くと黙考し、話しだした。
「状況からして、おそらくランサーが漁夫の利を得たのだろうな。そしてアインツベルンのマスターだが、おそらく大聖杯の元にいるのではないか?」
「大聖杯?」
それに応えたのは、凛にとって意外にも、士郎だった。
「それならきっと、柳洞寺の地下にある。」
○
凛たち一行は洞窟の中を進んでいた。
柳洞寺の円蔵山、その内部に存在する大空洞。
その名を龍洞という。
「こんな場所があったなんてね、衛宮くんはなぜ知ってるの?」
凛は不思議そうに尋ねる。
士郎はそれに対し、言葉を濁してごまかした。
「この先に士郎のお義姉さんが、切嗣さんの娘さんがいるかもしれないのね?」
彼ら一行には大河もいた。
彼女はもはや令呪をもつ聖杯戦争のマスターとなってしまった。
一人で置くわけにはいかなかったのだ。
「よくわかんないけど、絶対に助けるわよ!」
そして何の妨害もなく
彼らは絶望の地平にたどり着いた。
○
一目でわかった。
あれは聖杯である。
そして、その有り様を狂わせている。
「来たか。久しぶりだな、バードのマスター。」
そこにいたのは一騎のサーヴァント。
いや、サーヴァントなのか?
その異形はもはや人とは思えぬほど。
まず尻尾が生えているのだ。
凛は応えた。
「ええ。久しぶりね、クーフーリン。バーサーカーになったのかしら?」
「はは!俺が真にバーサーカーになればこんなものじゃ済まんさ。」
そしてそこに意外にも冷静な声がかけられる。
士郎だった。
「クーフーリン、義姉さんは、イリヤはここにいるのか?」
「イリヤ?それは、この小聖杯のことか?」
クーフーリンが指を鳴らす。
すると、彼のルーンによって隠されていた姿が現れた。
それは天の衣に身を包んだ、イリヤだった。
○
「もう死んじまったが、コトミネの野郎の話だと、サーヴァントは、死ぬとその魔力がこの小聖杯に注がれるらしい。」
イリヤには意識が無いようだ、その瞳をつむったままである。
「それで、この小聖杯には既に六体分のサーヴァントの魔力で満ちている。ギルガメッシュの魔力がでかすぎたせいだろうな。」
クーフーリンは続けた。
「あと一騎滅ぼせば、聖杯は起動する。さてどいつにするか、よりどりみどりだな。」
彼は舌なめずりしていた。
だが、それをセイバーが否定する。
「狩られるのは貴方です、クーフーリン!」
「なるほど、三体一は少々面倒だな。」
彼は酷薄な笑みを浮かべた。
「だが俺はコトミネの思いつきで何日か前、この大聖杯にダイブさせられてな。どうもこの大聖杯の中の何かに気に入られたようだ。」
クーフーリンは左手を掲げた。
「だからこうやって、力を貸してくれる。」
すると大聖杯から、三つの黒い靄が湧き出したのだ!
その靄の一つが、セイバーの前に来ると、黒色のまま、一つの形に変わる。
それは、シャドウサーヴァントと呼ばれる存在。
セイバーは悲鳴をあげた。
「ランスロット卿…!。また私の前に立つのか!」
彼女を守るだろう士郎もそれはできなかった。
彼の前には、双剣を構えた影が立ちふさがったのだ。
「お前か…!」
士郎もまた、双剣をその手に出現させる。
そして、バードの前には。
「バード?彼と戦えるの…?」
長身の騎士が立ちふさがっていた。
○
先日のことだ。
凛は夢をみた。
戦いの夢だ。
凛はそれを識っているはずだった。
だが、それでも、その夢は凛の心を粉々に砕きかけていた。
神と相対するとはそういうことだ。
バードとは、光の戦士とは、神殺しである。
彼の世界において、神と相対し得るものは限られていた。
なぜなら、神とは人を統べるものである。
只人が、神と相対したならば、彼らはその威光に屈服し、
神と戦うには『超える力』が必要だ。
彼はすでに両手の指では数え切れぬ神を滅した。
だが、戦いは終わらない。
同じ神を、再び喚ぶものがいる。
新たな神を、喚ぶものがいる。
古に封印された神を、解放するものがいる。
神は滅しなければならない。
神は大地の魔力を吸い上げ、その地を人の住めぬ死の大地と化すからだ。
彼に脱落は許されない。
その『超える力』ゆえに。
それは
何度でも、戦いをやり直せる力。
彼は完全なる不死である。
そして最近気がついた。
この力を得てから、年老いていない。
戦いは知恵ある生き物が全て滅びるその時まで、永遠に終わらない。
もしくは、自分がすり減り、完全に摩耗するまで。
だがそんな地獄の中で、彼を唯一救ってくれるものがあるとするならば。
それは友である。
○
「戦えるさ。」
バードは朗々と宣言した。
そしてその力を使う。
「
光に包まれた後そこには、シャドウサーヴァントと見紛う漆黒の鎧に身を包んだ騎士がいた。
その騎士の名は
ただ弱き者を守るためにその剣を振るう彼らの理念を、世界は愛とよんだ。
「お前を倒す、だがこれは憎しみの剣ではない。これは愛の剣なり。」
ダークナイトは、優美なる大剣を掲げ、影の騎士に挑んだ。
次回
第九話 ~白魔道士~