超次元サッカーへの挑戦   作:黒ハム

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 お久しぶりです。誰でしょうね?すぐに帰ってくるとか言ってこんなに期間を空けたヤツは?
 さて、ここから少しの間、毎週月曜日を目安に投稿しようと思います。目安だから途中で隔週みたいになっても許してください。
 そして、ここから過去編を3話挟みます。本編はその後です。


 ということで今回は過去編その8。
 神奈と仲直りした後、彼女から語られる才能とは……?


過去編 ~進化のカギ~

「奪う才能……だと?」

「うん……」

「えっと……いや、聞いてもピンと来ないと言うか……何だ?泥棒にでもなる才能か?」

「ある意味では泥棒だね。いや、強盗の方が近いかも」

「え……?」

 

 自分の才能が奪う才能と聞いて、処理が追いつかない十六夜。頑張って咀嚼し、考えようとするも……

 

「ごめん……もう少し分かりやすく教えてくれない?」

「そうだね。まず、ボクの言う『才能』とは何か、『天才』とは何かと言う話からしようか。綾人は才能と天才って何だと思う?」

「……そうだな。才能は生まれながらに持っている凄いもので、天才は凡人では到達できない高みにいるヤツ……ってとこか?」

「なるほど。努力だけでは超えられない領域に居る存在……それはボクの思う天才とほぼ一緒と言って良い。そして才能はその高みに到達するのに重要なカギ……必要な原石かな」

「原石?」

「持っているだけじゃ意味が無いってこと。たとえ、どれだけ凄い才能を持っていても、それを発揮できなければ凡人と変わらない。正しく自覚し、正しく磨き上げられなければ、どんなに特別で崇高で素晴らしい宝石もその辺の凡百の石ころと変わらなくなる」

「……なるほど。才能があっても発揮できなければ凡人と変わらないわけか」

「そういうこと。そして、原石と例えたように、人の持っている原石はそれぞれで違う。もちろん、どんな才能が秘められているのか、どれだけの大きさか、どれだけの数を持っているか……十人十色、千差万別だね」

「持っているモノが人それぞれ違うのは当たり前だし、複数の才能を持っているヤツもいる。そして、大きさ……持っている才能によっては上位互換が居るわけか」

 

 ふむふむ、と十六夜は頷きながら理解を進めていく。

 

「共通して分かりやすいのは天王寺クンだね。彼の才能は生まれながらのフィジカル……天性の肉体だね。そもそも、彼の身長は190超え……日本人で190を超える人なんて限られている」

「確かに……ああ、それは分かりやすいな。あのレベルは努力だけじゃ絶対に無理だ。努力だけで身長が190超えるなら、今頃日本人の平均身長は190前後になる」

「でも、そんなわけがない。残酷な話だけど、彼と同じ肉体を手に入れるには、肉体……特に高身長という恵まれたものが必要」

「しかも、高身長という原石があって、ちゃんと育ったとしても、その人より背が高い人は世界を探せば存在している。だから、高身長というものは完全な上位互換が存在している原石ってわけか」

「そういうこと。その上で彼には筋肉質という原石があるかもしれないし、力が強いという原石があるかもしれない」

「一般人より筋肉がつきやすかったり、生まれたときから純粋な力が強かったりしているかもしれないということだな」

「もちろん、そこまでは分からないけどね。とにかく、天王寺クンは自身の持つ天性の肉体を活かせるよう磨き上げ、サッカーにおいてはフィジカルでのプレーを重視することで天才の領域に足を踏み入れている」

「あの体格と持ち前のパワーを活かす道を選んだってわけだな。確かに、ああいう選手が細かいテクニックを極めるよりは、フィジカル面でのプレーを中心に鍛える方がレベルの高い選手になれる可能性がある」

「そうだね。もしも、彼がテクニックを極めようとしていたら……」

「あそこまでの脅威にはなっていないかもしれない……か。少なくとも純粋なテクニック面に、あそこまでのパワーは必要ない。寧ろ、過剰と言ってもいい。そして、フィジカル面に特化して鍛えているから今のパワーがあるわけで、特化して居なければそのパワーが中途半端なものになっていたかもしれない」

「もしもの話だから分からないけど、彼の持っていた原石を腐らせていた可能性は十分あるね」

「それが持ち腐れってヤツか」

「うん。そして、人によってはいくつも原石となるものを有している人は居るし、自覚していなくても天才と呼ばれる側の人は居る。でも、少なくとも自覚していない天才よりも自覚した天才の方が強い。その時点でキミと天王寺クンは分かれている」

 

 陽向の考える才能と天才。そして、十六夜と天王寺の差。それらを少しずつ理解をしていくが……

 

「そこまでは分かってきた。じゃあ、オレの原石である奪う才能ってどういうことだ?」

「言い換えるなら自分のモノにするセンスがずば抜けている」

「自分のモノにする……」

「サッカーを例にして話をするよ?キミのステータスはどれも優秀……同年代の中で劣るものが存在していないんだ。あ、協調性やチームプレーは別にしてね」

「そうなのか。それで?」

「……ボクとしては、少しくらい反発して欲しかったけど……まぁいいや。キミのそれはサッカーに留まらない。恐らく多くのスポーツにおいて、キミはすぐに同年代の中で上位クラスに到達できるだろう」

「スポーツで……運動神経が良いってことか?」

「それもあるけど、それ以上にキミには『才能』があるから。これはスポーツを始め多くの分野で共通だと思うけど、最初は皆が初心者。そして、初心者は上手い人や身近な経験者の真似から始まる。最初から自己流のオリジナルで上位層に行ける人間は一部の天才だけだ」

「確かに。誰かの真似、先駆者の残してきたものを学び、徐々にソイツのオリジナリティーを出していく……それが自然と言えば自然な流れだ」

「でも、最初は真似。それを自分のものに落とし込むには差はあれど時間がかかる」

「確かにな。真似と習得には確かな差がある。時間がかかって当然だ」

「だけど、十六夜綾人は違う。キミの場合、習得は一瞬なんだ」

「……は?」

「キミは見ただけで習得し、自分に適した形へと昇華する。本来必要となる習得までの一連のプロセスを一瞬で熟せる。それがキミの才能だよ」

「……いや、待て。自分で言うのもアレだが……そんなの全然自覚ないんだが……」

「だからキミはその才能を活かし切れていない。今のままじゃ原石のまま……宝の持ち腐れだよ」

「…………」

 

 喜びよりも困惑が勝っている。間違いなく凄い才能であることは十六夜も分かる。だが、彼には自覚がなさ過ぎて実感が伴わない。

 

「そうだね……美空ちゃんに聞いたけど、キミは小学生時代、あらゆる勝負事を色んな人とやったんだよね?」

「まぁ、そうだが……ん?何で美空が知っているんだ?」

「1回目は敗北することが多いものの2回目に勝利することがほとんどだったんだよね?」

「ああ……って、この話の流れだとまさか……」

「うん。最初の戦いでキミは無意識に相手の技術を奪って習得……自分のものにした。そして、2回目にそれを用い戦って勝利をおさめたんだ」

「確かに……いや、待て。2つだ。2つ疑問がある」

「何かな?」

「1つは何故、全勝できないって疑問だ。そんな才能があれば、少年団でも1位になれただろ?でも、実際は違う。その差は何だ?」

「考えるに大きく2つ。1つは何でも奪えるわけじゃない。奪えるのはあくまで相手の技術や思考だけ。キミ自身の肉体に何かしら変化があるわけじゃない。例えば、この前の天王寺くんの動きを奪えたとしても、そのパワー……彼の才能の根幹である肉体までは奪えない」

「……なるほど。確かに天王寺の才能を奪って身体に劇的な変化があるなら、今頃オレの肉体は人外に成り果ててそうだ。あくまで自分の今の身体で出来ることのみってわけか……」

「2つ目は相手が突出した天才だった場合、キミが奪っても相手が上を行ってしまう。キミが奪って自分に適した形に直して挑んでも、相手が同じ技術をキミよりうまく使えれば勝てない。相手がそれを超える技術を出したら、キミは後を追うのが精一杯でその差は埋まらず相手に勝てない」

「確かにそうか。天才相手なら話は変わってくるか……」

「ただ、キミが奪って勝てないレベルの天才って、天才の中でもレベルがかなり高いけどね」

「じゃあ、2つ目だ。この才能を聞く限り、仲間の存在は不要だと思うんだが?」

「そうだね……あくまで今の話だと必要ない。でも、言わなかったかな?『最大限発揮するには1人じゃ絶対無理』『どんな形であれ、キミにはチームメイトが必要』って」

「確かに言われたけど……」

 

 それでも十六夜の中には疑問が残る。

 

「そりゃ、サッカーで相手は11人居るし、残りの10人が使えれば多少は楽になるだろうけど……」

「ううん、ボクが考えているのはそうじゃない。大前提の話をするけど、キミの才能には大きな欠点が存在する」

「欠点?さっきの技術しか奪えないって話か?」

「いいや、もっと単純。キミは奪う相手が居なければ、何も出来ない。キミの才能は周りに人が居て初めて成立……初めてその力を発揮するんだよ」

「あ……」

 

 奪う才能ということは奪われる相手が居なければ成立しない。当たり前の話が十六夜の才能にも適用される。もちろん、個人練習でも人並みには育つだろうが、彼の場合は一人で黙々と練習するのと周りに同レベル以上が揃っているのとでは成長スピードに大きすぎる差が生まれるのだ。

 

「で、でも周りなんか居なくても……そうだ。動画とかで上手い人のプレーを見ればいいんじゃ……?」

「ううん、キミの才能はそこまで便利じゃないよ。動画を見て真似して習得……一般の人よりほんの少しだけ上達が早いだけ。それだけじゃ、頑張っても凡人の中の上位層というだけで天才の領域には届かない」

「なるほど……そもそも、上手い人の動画の真似も皆やっていることか……」

「そういうこと。キミの才能は直接対峙することで発揮する。恐らくキミは、面と向かって相手と対峙したときに、五感で……いや、もしかしたらそれ以外の空気感や第六感と言った何かしらも使う。全ての感覚を持って相手の技術や思考を奪っている」

「それなら動画だけじゃ、人より覚えやすいだけ……ああ、勉強法みたいなものか。人によって合う勉強法が違っている。オレにとって動画で見る勉強法は人並みに覚えられるけど、直接対峙すると瞬間記憶とかそういうレベルで身につけられる」

「そういうことだね。ただ、もちろん個人の練習は大切だよ?キミの才能は基となる素材が良ければ良いほど更に凶悪になる」

「確かに、元のパラメーターが80点のときより90点の方が奪って自分のものにしたときのスキルのレベルが高いわけか……」

「それだよ!キミの才能は言わば直接対峙した、直接その場で目にしたスキルを自分のものにする!そして、自分のモノにしたときのスキルレベルはキミの能力によって決まる!」

「能力が低ければ相手よりもスキルレベルが低く、反対に能力が高ければ相手よりもスキルレベルが高くなる。自分の能力値が関係してくる」

「個人練習はキミの素の能力を伸ばす場で」

「全体練習や試合は相手からスキルを奪う場か。なるほど、確かに周りにスキル持ちがいた方が良いし、パスやトラップのような複数人が居て発揮するスキルは1人じゃ意味がねぇか」

「そうそう」

 

 何故周りに人が必要なのかを理解する十六夜。

 

「…………だけど、お前の考えているのはそれだけじゃないだろ?」

「そうだね。ボクの考えているのは、味方を喰う使い方」

「……は?敵じゃなくて?」

「もちろん、敵のスキルを奪ってお返しもいいよ?キミのことだ。相手の技術を、相手以上にうまく使ってカウンターを決めることも出来るだろうね。……だけど、サッカーにおいて強力だと思うのは味方のスキルを奪うことだと思う」

「それって……何でだ?」

「キミが味方のスキルを奪って、その奪ったスキルで味方に合わせるプレーをする。すると、相手からすればどう感じる?」

「……同じ選手が2人居る感覚になる?味方からすれば常にベストなやりたい位置に居るし、相手からすれば息が合いすぎの完璧な連携に翻弄される……とか?…………って、そもそも合わせることが嫌なんだけど……」

「分かっているよ。だから、それだけで終わらない。敢えて味方に合わせ、相手に対応させたところで……その味方をダシにキミが敵味方まとめて喰らえばいいんだ」

「味方を囮にして敵にぶつけるってことか……なるほど。つまり、味方のことを時には分身、時には餌、時には囮……都合の良い切り捨てられる駒だと思えばいいのか。……なるほど、嫌なことでもそれをすることが後の布石となるわけか……」

「正解。どんな駒にも使い道はある。どんな使い方でもいいんだよ。キミは駒に対する思考も浅いし、使い方もある種の一般的な正解に囚われている」

「……そうだな。味方とのプレーって言われると、協力や連携が真っ先に思い浮かんでしまう」

「だから、キミは味方とのプレーをすることに拒否反応を起こす。でもね、それだけじゃない。一般的には不正解でも、キミにとっては正解になることもある。……まぁ、本当は一般的な正解に至れる相手や綾人の才能を最大限活かせる駒だといいんだけどね」

「ないものねだりだな。そんな相手が居るなら苦労しねぇよ。……でも、奪う才能か……よく気付いたな、それ。全然無自覚だったし、天王寺と違って目に見えないだろ?」

「え?ずっと前から気付いていたけど?」

「……はい?」

「ボクの分析力を舐めないで欲しいんだけど?それにさぁ……キミって自己評価低いよね。自分が出来ることは周りも出来ると勘違いしている嫌なタイプの天才だよ」

「…………」

 

 思うところがあって心に突き刺さる何かを感じる十六夜。必死に話題を逸らそうとして、疑問に至る。

 

「……そう言えば、才能が開花したら神奈がいらないって……どういうことだ?」

「ああ……そうだね。さっき、キミの才能を言うときに、自分のモノにするって言ったでしょ?」

「言ったな」

「それって、目に見える技術の話だけじゃないんだよ」

「は?」

「相手の思考やその過程……目に見えないそう言うものも吸収する」

「……つまり?」

「例に出すならチェスだ。キミは本当に自覚がないと思うけど……キミの駒の動かし方、戦い方がボクとそっくりになっているんだ」

「……えっと、それはお前の動かし方を真似しているだけじゃ……?」

「はい、質問です。ボクはキミにチェスを教えたことがありますか?」

「……あれ?ねぇな」

「続いて質問です。動かし方を真似していると言いましたが、キミに真似しているつもりはありましたか?」

「……ないですね」

「最後に。そもそもキミはチェスを勉強したことはありますか?」

「…………ないです」

「はっきり言うけど、サッカーの技術じゃないんだ。キミの場合、初めて見るような盤面でも最終的にはボクと同じ答えに辿り着く割合が高いんだよ。で、キミの目の前には過去に日本一になった人です。初心者がボクとチェスをするだけで、ボクと同じ思考に至れるなら誰も苦労していないよ」

「…………すみませんでした」

 

 何故かいたたまれない空気になる十六夜。無自覚と言う名の罪を実感しているのだった。

 

「まぁ、他にも少年団の環境に馴染んだのも、キミは殺伐としたものを吸収して自分のモノにした。キミの本能や破壊衝動と言った深層にあったモノを強めたのは間違いなくその環境だろうね」

「でも、中学校の方は馴染まなかったけど……」

「そりゃそうだよ。嫌いなものは受け付けないでしょ?相反する2つのものを内包するのって、多くの場合無理でしょ?自分のモノにすると言っても、当然拒絶することも出来る」

「なるほど……」

「……で、ここまでの話で何度か出ているけどキミのそれは無自覚、無意識なんだ」

「はい。誠に申し訳ございません」

「……でも、そこにボクの分析力を加えたらどうなる?」

「……えっと……ああ、相手の技術を奪う過程が言語化出来る」

「それもあるね。キミは無意識に自分のモノにしているけど、それの内容を言語化出来る。思考過程も一緒。相手がどういうプロセスで物事を考え、その答えに辿り着いたかが分かるようになる。そうなると良いことは何ですか?」

「え?良いこと?……他人に説明できる」

「1点」

「10点満点?」

「1000点満点」

「100点ですらねぇのか!?」

「他人に説明してどうするのさ。二次元に出てくる必殺技じゃあるまいし、相手のこれはこうなっていてって説明しても多くの場合、だから何?だよ」

「……はい。誠に申し訳ございませんでした」

「もっと深く考えよう。キミは奪う過程を言語化出来るんでしょ?つまり、それだけ理解しているということ」

「そうですね」

「ということはその技術の弱点が言語化できる。弱点だと難しければ、やられて欲しくないことだね」

「……あ」

「例えばフェイントだったら、ブロック側は何をして欲しくないのか。シュートだったら、何処が見えて欲しくて何処が空いて欲しいのか……とかね?」

「なるほど……」

「他にもその技術の仕組みをばらすことが出来る。するとただ奪うだけじゃない。過去に奪った技術と組み合わせて、より強力なものを生み出せる」

「つまり、今までだと模倣の域を出なかったのが、模倣したものを組み合わせて新たなオリジナルを作れると?」

「そうそう。夢を語るのならキミはそれで他人を輝かせることも出来る。主役だけじゃなく、名脇役にもなれる」

「そうか……相手の強みを最大限発揮できるよう、自分の数多の武器から選んで組み合わせて……最高のサポートができる。……しかも、そこに必要なのは相手の強みを分析し相手のやりたいことを理解する能力……」

「もちろん、今のキミが誰かの為に……なんて相手が居なくて無理だろう。でも、もしキミがそうしてもいい相手が現れれば……」

「なるほど、確かに夢だ」

 

 今は一切現実味のないただの夢物語。もし、仲間の中に最高の主役が居れば最高のサポーターにもなれる可能性を秘めている。

 

「もちろん、主役……と言うより悪役がぴったりかな?裏ボスみたく、主人公たちの技を全部無力化してもいいし、すぐさまそれ以上の技を魅せてもいい……いくらでも夢が広がる。キミの才能を輝かせるのに、ボクの分析力は最高の強化素材。そして、強化素材だから使われればいらなくなるのが定め……」

「いや、そうはならねぇだろ。強化素材?サッカーで強くなるためにお前と付き合ったわけじゃねぇよ。お前と一緒に居たいから付き合っているんだ」

「綾人……」

「だから、いらないとか言うな。オレにはお前が必要なんだ」

「……綾人ってそういうことスラスラ言うよね」

「……うっせぇ。取り敢えず、お前の分析力の重要性が分かってきた。取り敢えずここからは……」

「うん。キミがさらに強くなるため、何をするべきかを考えよう」

 

(と言っても、今のアヤトには決定的に足りていないものがある。それがあるのとないのでは雲泥の差だけど……それをどうするか、考えないとなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、十六夜。久しぶりだな」

 

 5月も終わり、6月に入ってすぐの休日。部活に行くために、十六夜と陽向が学校に向かって歩いていると唐突に声をかけられる。

 

「アンタ……」

「おいおい、忘れたのか?」

「……忘れてねぇよ、コーチ」

「そうだな。面貸せ、十六夜」

 

 自分に着いてくるように言うコーチ。その言葉に即答することはなく、少し考える十六夜。ここで断るのが普通……だが、わざわざ目の前に現れて、何かしようとしているのだ。

 

「わりぃ、神奈。部活遅刻で」

「え、えっと……」

 

 少なくとも悪いことにはならない……そう思った十六夜は着いていくことを決意する。

 

「そっちはどうだ?綾人の女だろ?心配なら着いてきてもいいぞ?」

「コーチ……アンタ、怖がられているんですけど?」

「見りゃ分かる」

 

 陽向は十六夜の背中に隠れて、ギュッと背中を掴む。

 

「この人はネジ外れているかもしれねぇけど、悪い人じゃねぇよ」

「一言余計だぞ」

「…………」

 

 無言でついていく意思を示す陽向。それを見て、十六夜は歩き出す。そして、何処かへ案内する中、コーチが話を切り出した。

 

「世の中にはな。全戦全勝の無敗で最強で完全無欠なヤツなんて居ない。居るとすればそいつは、勝負の土俵に乗っていない傍観者か、負けを自覚していない愚か者だけだ」

「そうですね。後は戦った数が少ないか」

「そうだな。初心者が運良く勝ち続ける……1戦中1勝でやめてしまえば無敗という言葉に嘘はねぇからな。勝負の世界において、勝者が居るということは敗者が居るということ。勝利と敗北は表裏一体。皆で手を繋いで一番って言うのが認められているのは、本当の勝負じゃねぇ」

「えぇ。何かしら理由をつけ、皆を一番にして敗者を産まないような戦いなんて茶番以外の何物でも無い」

「そう考えると、敗北とか負けるとかは戦いの世界にありふれているような事象だ。何も特別なことじゃなく、身近に存在するもの。そして、多くの者はその事象を正しく刻み込もうとしない。口先では何とでも言えるが、心の底から悔しがり、絶望し、無力を感じ、通用しなかった現実を受け止めているヤツはそう多くはない」

「だと思いますよ」

「……お前、この前天王寺に負けただろ?」

「……知ってるんですか?」

「観に行ったからな」

「……なるほど。つまり、アンタから見れば、敗北の絶望が足りてないって忠告に来たってとこですか?」

「ハッ、頭は良いがアホだろお前。わざわざ何でそんなことしなきゃならん。……いくら俺が手掛けた6体の最高傑作の1つだとしても、そこまでする義理はねぇよ」

「おいこら。今人のこと何て言った」

「作品。実験体(モルモット)。生贄」

「……何だろうか……まさか、3つになって帰ってくるとは思わなかったわ。どれも最悪の響きで人間扱いされてねぇとは驚きだよ……で?じゃあ、何しに来たんだよ、クソ制作者(マスター)が」

「合格だよ、十六夜綾人」

「あぁ?」

「最高傑作以外の奴らは失格だ。暇つぶしで観に行っても、アイツらはダメだ。どれもこれもゴミに成り果てた。だが、お前ら6体は合格ラインだと言える」

「…………」

 

 合格とかよく分からないことを言っている……十六夜は目の前の男が何を言いたいのか分からなかった。少なくとも、敗北した自分に何かアドバイスみたいなものをする気はないらしい。

 

「さっき、戦いの世界では敗北はありふれたものって言ったな?だが本来、敗北とは死と同義だ。敗北が死で、結果で勝っても内容で負けたら死ぬ……何だと思う?」

「そうですね……思いつくのは戦争ですかね?」

「そうだな。大局で勝っても、小規模なところで負けていたらそこの奴らは死んだも同然。人間の歴史を考えても、戦争とまではいかなくても数々の戦いと呼ばれるものにおいて、敗北と死は密接な関係にあると言えよう。そして、死んだ人間に次なんてない。……だから、負けても次があるなんて言葉は大嫌いだ。負けた人間に本来次なんてねぇ」

「よく聞かされていたので覚えていますよ。アンタはあの頃、あらゆることでたとえ負けたとしても慰めることはしなかった。」

「慰めはまやかしだ。敗北感を和らげる、幻想を魅せるただのまやかし。その優しい幻想で、絶望を忘れてしまう。そこにあった絶望を感じ取れなくなってしまう。……でも、敗北とは誰もが経験するもの。死と同義だが、死よりも軽い存在で、至る所に転がる程度の特別でも何でもないありふれた存在だ」

「…………」

「じゃあ、質問だ。1度死んだお前はどうする?」

「そうですね……見てりゃ分かると思いますよ」

「……いい目だ。飢えが見える獣の眼。……正直、言葉なんてどうでもいい。軽かろうが重かろうが短かろうが長かろうが、結局は全部行動に現れる。その敗北でどれだけ絶望し、何を思い何を選んだか……そんなのソイツを見れば分かる」

 

 そう言うと、コーチは十六夜の肩を組む。 

 

「つくづくお前ら最高傑作どもは、どいつもこいつもちゃんと俺の思うように育ってくれて嬉しいぜ」

「キモい」

「つれねぇなぁ……だが、正直心の片隅くらいでテメェには悪いと思っている。他の5人に比べ、テメェのことは放置しすぎた。あぁ、捨てたわけじゃねぇよ。もちろん狙いがあっての放置だが……そのせいで、残念ながらテメェがあの面子で最弱なのは否めない」

「……っ!」

 

 最弱……そうあっさりと格付けをされてムカつきを感じる十六夜。

 

「確かに天王寺には負けたが……」

「いいや、今のテメェじゃ他の4人にも負ける。もちろん、1対1に限定すれば勝てそうなヤツらは居るが、サッカーというスポーツで見れば負けるだろうな。……ただまぁ、仕方ねぇことなんだけどな」

「……仕方ねぇってどういう事だよ」

「中学時代、天王寺がラグビー部に所属していたのは知っているだろ?」

「それは知っているけど……」

「あれは俺の指示だ」

「はぁ?」

「アイツの才能を開花させ伸ばすためには、アイツの進んだ学校のサッカー部じゃ無理だった。だから、アイツが伸びそうな環境にぶち込んだ。ああ、ただぶち込むだけじゃねぇ。ヤツにはヤツに合った強化するための練習メニューも渡してある。ちゃんと熟していたようで安心したよ」

「つまり……アイツは中学時代もアンタの教育を受けていた」

「そうなるな。他の4人もそうだ。中学時代は誰もサッカー部に入れなかったが、そこには個人に合わせた理由がある。そして、あのときの面子の内2人は高校に入ってからは直接見ている。…………わりぃが、テメェだけなんだわ。テメェだけ放置して何もしなかった……だからテメェはそこそこ止まりになってしまった」

「…………」

「どうした?ショックでも受けたか?」

「……いや、意図は何だろうなって考えていた」

「意図だぁ?」

「アンタが他の5人を特別扱いしたならそれで終わりだ。アンタがオレを見捨てたのならそれで終わり。……だからもし、アンタが何かを意図していたのなら何だろうなって」

「んなの自分で考えろ。答えは言わねぇよ」

「そうかよ。……で?何処まで行くつもりだ?」

「もうすぐだ」

 

 そう言ってそのまま歩くこと何分か。着いた場所は……

 

「サッカーコート?いや、コートサイズ的にフットサルコートか……?」

 

 人工芝のフットサルコート。そこには既に1人の男がいた。

 

Endlich(ようやくかよ)

Entschuldigung(悪い悪い), ich bin spät dran(遅れた)

 

 その男がコーチに声をかけ、何やら話をする。

 

「誰だ?つぅか、何語話しているんだ?」

「英語ではないよね……でも、見た目は欧州……ヨーロッパの人かな?」

「ヨーロッパ?何でそんなところから……?こんな見た目三十代くらいのおっさんを?」

 

 そして、何やら話を続け……

 

「おい、十六夜。テメェ、ドイツ語は分かるか?」

「分かるわけねぇだろ」

「ッチ。じゃあ、英語はどれだけ話せる」

「英語?高校レベルなら」

「あーテメェのとこなら大丈夫か。後は慣れろ」

「慣れろって……」

『おい、英語なら会話できる。コイツには英語で話をしろ』

『分かったよ。流石に日本語は分からねぇが、英語なら行けるわ』

「いや、誰だよこの人」

「テメェの対戦相手だよ」

「対戦相手?」

「今からオフェンス100本、ディフェンス100本の計200本、ノンストップで1対1(ワンオンワン)をしてもらう。ディフェンスはボールを奪ったら勝ち。オフェンスはゴールを決めたら勝ちだ。フィールドの大きさはこのコート。ハーフコートからオフェンス側はドリブルし、このラインを超えたらシュートを撃って良い。サイドのラインを超えたり、シュートを外してコートの外に出てもディフェンス側の勝ちとする」

「はぁ……?」

『日本の高校生相手とは聞いていたが……まぁいい。おい、あの約束は本当だろうな?』

『無論だ』

『ならいい。小僧、さっさと準備しろ』

「拒否権なしかよ……まぁ、いいや。よく分かんねぇけど……」

 

 そう言って荷物を置き、ジャージを脱ぐ十六夜。

 

『やろうぜ。部活より楽しそうだ』

『フン、楽しいか……精々稼がせてもらうとするか』

『稼ぐだと?』

『こっちの話だ』

 

 そのまま準備し始める十六夜。

 

「陽向だったか?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 十六夜が準備を始めたことで、コートの隅に移動していた陽向。コーチが突然声をかけたことで、声が裏返ってしまった。

 

「テメェのやってる、あのアホに理性的なプレーを叩き込むことだが……方針は間違ってねぇ」

「……へ?」

「アドバイスするなら……そうだな。もうちょっと、あのアホにチェスを教えてやってくれ。頼むぜ?チェスクイーン様」

「チェ、チェスクイーンって……」

「フン。お前みたいなヤベェ奴らはサッカー関係なし、有名とか関係なしにある程度把握している」

「そ、そうですか……」

「ただ、今は表舞台からは消えているようだがな」

「……そ、それも知っているんですね」

「こっちの情報網を舐めんなよ。取り敢えずさっきの話だ。十六夜を放置した意図……お前の考えを教えろ」

「か、考えって……」

「別に外そうがどうだろうが取って食わねぇよ。ただの時間潰し兼見極めだ」

「あ……はい。あなたは綾人を放置した……それは考えがあってのこと。その前提は間違っていないですよね?」

「違いない」

「……あなたは綾人の才能に気付いていた。それも前提で大丈夫ですよね?」

「そうだな。野郎は他者から吸収するセンスがずば抜けている。それを知っていたって前提なら問題ねぇよ」

「そうですか……」

 

 十六夜と男が1対1を始める中、少し考えると自分の答えを口にする。

 

「最低な環境に入れてどうなるかを見たかった……って感じですか?」

「もう少し詳しく言ってみろ」

「は、はい。えっと、綾人の才能は良くも悪くも周りに左右されてしまう。周りが低ければ発揮できず、周りが高ければ一気に伸びる……周りに依存してしまっている。いや、それだけじゃない。周りの思考や考え方も吸収する以上、環境が悪ければそこに染まってしまう可能性が高い」

「ハッ、俺が作った環境が悪いってか?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「冗談だ。で?」

「……はい。えっと、綾人はあなたの用意した環境……ある種の蠱毒、そんな殺伐とした環境に馴染んだ。吸収し適応したと言うのが良いかもしれませんね。でも、その先はどうなるのか?その後、真逆の環境に入れたら綾人はどうなるのか?」

「そうだな。適応能力が高いのなら、今度はそっちの環境に馴染むんだろうな」

「えぇ。だから、あなたは見たかったんです。あなたの作った作品は、激甘で今までとは真逆な、それまでの自己を否定するような環境に入れたとき、その環境に馴染むのか……あるいは、その環境を破壊するのか」

「……まぁ、いいだろう。及第点……流石の分析力だな」

「じゃ、じゃあ……」

「前提として、俺はヤツが進む中学校のサッカー部がクソみてぇな理念を掲げていると知っていた。つまり、そこは俺の環境を全否定する……俺の環境に適応した十六夜の存在を全否定する場だ」

「そうですね」

「郷に入っては郷に従うって言葉があるだろ?でも、俺が求めているのはそんな芯が通っていねぇヤツじゃねぇ。どんな環境でも自分の力を発揮し、自分を貫けるヤツだ。だが、十六夜は性質上染まりやすい」

「つまり、あなたが求めている人物像には合わないと?」

「それだけならな。……だから試したんだよ。アイツという存在を全否定するような場に送り込んだら、アイツは染まるかそれとも自分を貫くか……結果は後者。しかも、そこにあった環境を破壊していくおまけつきでな」

 

 ははっ!と笑い声をあげるコーチ。

 

「才能の取捨選択……ただただ与えられたもの全てを吸収して自分のモノにするだけでなく、きちんと拒絶することも選べる」

「そうだな。ゴミどもの考えなんざ受け入れる価値ねぇ。そんな不純物、俺の作品には必要ねぇよ。だから、カスどもの考えを吸収して染まるかどうかの実験。その実験をするにはちょうど良い地獄があったから使わせてもらった」

「地獄……ですか」

 

 多くの人にとってはその場は地獄でも何でも無い。寧ろ、サッカーを楽しむにはちょうど良い環境でもあるだろう。だが、目の前のコーチにとっては、そんなゴミ箱は地獄に等しい。

 

「……その実験のためだけに綾人を放置したんですか?」

「ちょっと違うな。それを話すには2つ前提がある」

「2つの前提?」

「1つは俺個人の勝手な前提だ。俺はアイツらをサッカー選手として有名にしたくねぇんだよ」

「はい……?」

「ここから先、俺がアイツらを使って事を起こすとき、有名人を使いたくねぇんだわ。無名が強者を喰らっていく……そっちの方がストーリー性があっていい。だから、サッカーで全国大会出場!……みたいな功績があっては困る」

「つまり、強豪校やユースに行って欲しくなかったと?」

「そうだな。それに、そんな環境に行こうものなら十六夜が強くなってしまうからな。今は6体の中で最弱。全国的に見てもそこそこ止まりの今がちょうど良い強さだ」

「ちょうど良いって……いえ、それもあるんですね。綾人は周りが低ければそこまで成長しない。それを見越して、あなたは綾人の成長を意図的に下げていた」

「そうだな。野郎に言ったら怒られるだろうが、本気でヤツを強くするなら俺はアイツを一緒にドイツに連れて行ったか、俺の思う最高の環境にぶち込んだかどっちかだろうな。もっとも、そうしなかったお陰でお前という最高の強化素材を手に入れたわけだが」

「…………2つ目は何ですか?」

「簡単だ。アイツは現状、6体の中で最弱……だが、成長スピードはダントツのトップ。いや、コレに関しては世界を見ても上澄みと言って良い」

「それは正確には違いますよ。綾人は成長が急激に速いかほとんど成長しないかで両極端なだけです。最高速が世界に届いても、遅いときは凡人よりも遅く停滞に近いです」

「そうだな。この4年ちょっと……野郎の環境が地獄のせいでほとんど伸びていないのがその証拠」

 

 彼の才能は、周りから吸収して自分のモノにするスピードが早すぎることが肝。だからこそ、吸収できるうちは一気に伸びるが、吸収できるものがないと途端に止まる。余りにも安定しない環境依存の才能だ。

 

「そして、ヤツの伸び代は果てしない。アイツのポテンシャルはまだまだ眠っている状態だ。それらを踏まえ、環境次第でいくらでも伸びるし、いくらでも殺せる。成長が人の何倍も環境に左右されるような不安定な存在」

「あなたはそんな綾人を放置……殺してきた。もしもそれを分からずにやっていたら、あなたは綾人の能力を見誤って殺した最低な最悪な指導者……そうですね?」

「そうだな。最低な教育を施し、実験のために殺した自覚はある。……だから、殺してきたアイツをここで蘇生する。ここからの数ヶ月でヤツのレベルを一気に押し上げる。そのためのとびきりのエサを用意した」

「エサ……あの人が」

「アイツはこの先、お前を通して頭脳と観察眼を手にするだろう。ゴミどもを通して最低限のチームを使ったプレーを手にするだろう。……だが、致命的なものが足りない。何だと思う?」

「綾人と対等以上に戦える相手……ですか?綾人自身の技術を伸ばすための何かがない」

「それもある。だが、大事なのは自分と同格以上の相手との1対1の経験値。もちろん、試合中にも野郎は成長するが、最初は弱く負けることが多いだろう。じゃあ、最初の負けるときにどう動くか……最初の敗北を即座に勝利に活かせるか、それを掴ませるのも狙いの1つ。そもそもこれまでが圧倒的な蹂躙……格下イジメはお手のものになったが、同格以上とのヒリつく戦いの経験が少なすぎる」

「…………そうですね」

「テメェらだけじゃ、アイツの個人能力という意味での成長がほとんど見込めない。今までと同じで十六夜綾人って男自身のレベルは停滞したままで、別のことが出来るようになっただけになる。だが、個人能力を伸ばそうにも今の環境にはアイツのためのエサがねぇ。そして、残念なことにアイツはエサがないと成長出来ない」

「だから……」

「ひたすら俺が用意した相手と戦わせる。これから毎週、俺が用意した相手と1対1をさせる。それが俺の与える最初のエサだ」

「でも……」

 

 フィールドでは十六夜が遊ばれ、今のところ全敗。子供と大人、まるで勝ち目がないように思える。

 

「……流石に強すぎると綾人の心が折れるんじゃ。同格以上と言うより完全な格上では……?」

「あぁ?折れたらそこまでだろ。そんなゴミなんざ廃棄処分するだけ。手をかける価値ねぇよ」

「厳しいですね……」

「何度も何度も負けて何度も何度も絶望させる。自分の弱さを、無力を、徹底的に頭に、身体に、心に深く深く刻みつける。テメェは所詮、井の中の蛙。通用しない現実を突きつける。もしも、そんな絶望の中でテメェの牙が完全に折れ、立ち上がれなくなるのならその程度の存在だっただけだ。テメェが才能を自覚し、才能をフルに使わねぇと俺の用意する連中には勝てねぇぞ」

「でも、相手が本気を出さず手を抜いたらどうなるんですか?そんな相手に勝てても意味はないんじゃ……」

「心配するな。そうならねぇようなエサは向こう側に用意してあるからな」

「なるほど……でも、あなたが用意した相手って一体……」

「元々プロで戦ってきて、既に引退したご老体ばっかだ。だが、心配しなくても全員今のアイツより強い。アイツ含め10人と戦い、それが済んだらもう1周してもらう。その後は経過を見て決める予定だ。最も予定が狂う可能性は十分あるけどな」

 

 そう言って時間がかかることを見越し何処かに出掛けようとするコーチ。

 

「さて、陽向。テメェはどうする?ビデオは撮っているが、しばらく暇だろ?」

「……ボクはここに残ります」

「そうかよ。……あぁ、そうだ。テメェにもアドバイスをしといてやる」

「アドバイス……ですか?」

「チェスはサッカーみたいにチーム戦じゃねぇ。勝負は1対1のサシしかねぇし、期待もプレッシャーも非難も……向けられる感情の全てを1人で背負い込まないといけねぇ。そして、王者に向けられる感情は一般人の比じゃない。プレッシャー、期待、羨望、妬み、憧憬、失望……ポジティブな感情もネガティブな感情もごちゃ混ぜに押し寄せる。押し寄せる中で、王者は弱音を吐くことを許されない」

「…………っ」

「お前はそれらに押し潰される程度の弱さしかない。だから逃げた。だから勝負の舞台から降りた。違うか?」

「…………」

「違わねぇだろ。だが、お前はチェスを捨てられなかった。逃げたお前は完全には離れられなかった。未練たらたらでその未練を断ち切れなかったのは、まだお前の中に熱があるから……そうだろ?」

「…………」

「戦場は命がけだ……でも、だからこそ面白い。お前はチェスから離れられていない。それはお前がチェスという盤上での戦いに心酔しているからだ。……だが、悲しいな。お前はくだらねぇことのせいで一歩を踏み出せない」

「くだらねぇ……って」

「くだらねぇだろ。周りの押しつけるものなんて、大概クソなんだよ。向けてくる感情とかそんなのどうでもいいんだよ。そんなもの一々背負っていたら進めるものも進めねぇだろうが。……いいか、停滞するも帰るも見切りをつける捨てるもテメェの自由だ。強制はしねぇし、大体そんなこと興味ねぇよ。だが、低次元な戦いより、高次元の戦いの方が面白いのは事実だ。そして、そんな戦場でしか得られないものはある」

「…………何でそんなことをボクに?」

「テメェは強化素材としての価値を示した。テメェは十六夜綾人にとって最高の強化素材だ。なら、その強化素材を磨けばアイツが輝く。俺の作品がもっと輝く」

「つまり、綾人を育てるためにボクにアドバイスを……」

「テメェがどんな道を選ぼうが心底どうでもいい。大事なのはテメェに素材としての価値があるかないかだけだ」

「…………」

「頃合いを見て帰ってくる」

 

 そして、そのまま去って行くコーチ。残された陽向は十六夜の戦いを観つつ、1人考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 地面に大の字で倒れる十六夜。

 

『196勝4敗……1,960万な。約束は守れよ?』

『テメェが負けなかったらな』

『たく、連続200戦は結構体力使うんだよ。まぁいいさ。こんな簡単なバイトがあと1回だけとは勿体ないな』

『寧ろ丁度良い塩梅なんだけどな。これ以上やるとお前の財布が可哀想だ』

『おいおいこのガキに負けるって言いてぇのか?お前でもそんな冗談を言うんだな』

『さぁな。冗談かそうじゃないかは今度会うときに分かるだろ』

『それもそうだな。精々、自分の財布を心配していろよ』

 

 ドイツ語で会話を済ませると、そのまま何処かへ去って行く。

 

「つぅことだ。来週もやるよな?」

「やってやるよ……クソマスター……!」

「なら、電話番号教えろ、クソガキ」

 

 電話番号を教える十六夜。それをメモすると……

 

「時間と場所を連絡する。天気が悪くてもやるから心配すんな」

「はいよ……」

「今のヤツと再戦出来るのは約2ヶ月後だ。来週は別の相手を用意する」

「分かった……つぅか、誰だよあの人。有名人か?」

「いいや?向こうで知り合ったただのおっさんだ」

「……マジかよ」

「テメェは向こうでの一般人に負ける程度だ。さっさと強くならねぇとゴミ捨て場に捨てるからな」

「勝手に来て勝手に捨てるとかマジでむかつくこと言いやがるな……!」

「知るか。道具なんて必要なときに使うし、使えなくなったら捨てる。最高傑作だと思っていたモノも、落ちぶれた駄作だったと知ればゴミに変わりはねぇ。そんなゴミにいつまでも執着するなんて無駄だろ?当たり前のことを何言ってやがる?」

「最低なクソマスターだな」

「俺はテメェの制作者(マスター)様なんだろ?だったら、作品(テメェ)を殺そうが壊そうが捨てようが俺の勝手だ。文句あるか?」

「文句しかねぇよ。つぅか、オレもアンタが舐めたこと言い出したら、容赦なく潰せばいいか?」

「やってみろよ。言っておくが、あの頃より研ぎ澄まされているのはこっちも同じ。噛みつくのは勝手にすればいい。テメェ如き軽く掌で転がして、使えなくなれば握り潰してやる」

「掌がズタズタにされないといいな?痛すぎて掌から落とさないようにしろよ?」

「ほんと、生意気なガキどもだ。……最後にテメェに指導者らしいありがたいアドバイスだ。己を知れ」

「はぁ……?」

「テメェはテメェを知らなさ過ぎる。心当たりがあるだろ?じゃあな」

 

 そして片手を挙げて去って行く。

 

「己を知れ……ねぇ。確かに持っている才能も無自覚だったし……」

「多分、それだけじゃないよ」

 

 大の字に寝る十六夜にドリンクを渡しつつ、答えるのは神奈。

 

「言っていることは最悪で、思考もぶっ飛びすぎて最低な人だけど……優秀な人だね。綾人の一番の問題にピンポイントなアドバイスを贈るなんて」

「一番の……問題?ああ、ちょっと悪い。話す前にクールタイムが欲しい」

「いいよ。いくらでも待つからさ」

 

 飲みつつ息を整え、気持ちを落ち着ける十六夜。

 

「ごめん。続けて大丈夫だ」

 

 そうして数分が経ち、十六夜は続きを促した。

 

「そう?」

「ああ。当たる真似はしねぇくらいには落ち着けた」

「メンタルコントロール……そうだね。確かに負けてドン底まで堕ちるのは大事だと思う。それはあの人も望んでいる。でも、それを誰かにぶつけることを良しとはしない」

「流石にこれで神奈にぶつけるのは間違っている。そんな最低な真似はしたくねぇ。もう間違えねぇよ」

「心中は穏やかじゃないだろうけど、頭にはいくらか冷静さが戻っているね。うん、じゃあ続けようか。普通、綾人を見て問題に感じるのはチームプレーをしないこと。連携が取れないこと。味方を使わないこと。キミがサッカーというチームスポーツにおいて、独りで戦うこと」

「そうだろうな」

「確かにそれも行き過ぎれば問題だ。でもね、一番の問題はそこじゃないんだ。キミは無自覚なことが多すぎる」

「無自覚か……才能以外にも無自覚なこと。何となく心当たりがあるな……」

「その中でも大事なのは動機……モチベーション。キミは何でサッカーをしているのか?何故、ディフェンダーをやりたいのか?どうして強くなりたいのか?キミが熱くなれることは何なのか?……今のキミはそういう様々な疑問に対し、ちゃんと言語化して答えることが出来ていない」

「……確かにそうだな。前に神奈に聞かれたディフェンダーをやりたい理由も、結局満足いく解答を手にしていない」

「もちろん、自分に関するあらゆる疑問に対し、言語化して返せる人間はいないだろう。誰しも無自覚であったり、無意識であったり、なんとなくでやっている部分はあるのは確か」

「そうだろうな。自分の言動や行動の全てを事細かに説明出来るヤツは人間をやめていそうだ」

「そう。だけど、さっき言っていたサッカーに関する疑問は別。その答えを自覚し持っていることは今後を見据えた上で大事になる」

「内発的動機付けってヤツだな。……そうだな。それがないからあの人も……」

「もちろん、これらの解答を外側から与えることは出来る。だけど……」

「自分で気付くことに意味がある。外側から教えられた解答を鵜呑みし、信じるようではホンモノじゃない。……神奈は答えを知っているんだろ?」

「そうだね。なんとなくは」

「じゃあ、答え合わせが出来るよう真面目に考えるよ……つぅか、マジで疲れたな」

「だろうね……大丈夫そう?」

「ああ……マジで歯が立たなかった。4勝出来たのはたまたまだ。正直もっと戦えると思っていたのに……クソが。ここまで一方的で戦えねぇのか。あんなおっさん相手に負けるとか、ここまでオレは弱すぎるのかって……自分の現在位置を理解させられたわ」

「…………」

 

(敢えて伏せているか……あのコーチは性格がとことん悪いなぁ……)

 

「なるほど。後何百戦すればオレの才能なら勝てる……なんて驕っていたらダメだ。ちゃんと頭を使わねぇと、次も同じ結果を迎えることになる。この負けを分析し、才能をフルに活かしてどう勝つか。その答えをさっさと見せろってわけか。これはオレが超えなきゃいけねぇハードル……試練だけ与えやがってあのクソマスターが……」

「そうだね……うん。今の原石のままじゃ勝てないってのはその通りだと思うよ」

「ハッ……おもしれぇ……やってやるよ。もうちょっと練習していく」

 

 立ち上がり何処かへ歩き出す十六夜。

 

「えっと……」

「どうした?」

「ボクたち、部活休む連絡入れてないよね?」

「…………やっべ」

 

 この後、学校に戻るとペナルティとしてひたすら走らされた。




十六夜綾人
 自分の才能を自覚し始めた主人公。そして、久し振りに会ったコーチとの特訓で、自分の弱さを自覚した。
 まだまだ無自覚なことが多いので、ようやく1つ1つ自覚していこうとしている。ちなみに口が悪いところがあるのは両親とコーチの影響だったりする。

陽向神奈
 十六夜綾人のことを本人以上に知っている彼女。十六夜の強化に多大な貢献しており、彼女が居なければ十六夜綾人という選手は全く別物になっていたと言える存在。
 コーチに対する分析も進めているが、想像以上に狂った存在で内心ではおどおどしている。また、そんなコーチからのアドバイスをもらったが……?

コーチ
 指導者としての能力はともかく、人としては割と終わっている男。イナズマイレブンの世界に居たら、間違いなく円堂始め主人公たち味方サイドとは相容れない存在になっていた。十六夜とは少年団時代から数年越しの再会を果たすことになる。その間、彼の方針、思考は数年で多少の変化はあれど根底から覆ることはなかった。
 十六夜の世代の生き残り6人を自身の最高傑作と特別扱いするも、同時に次世代以降の作品作りのため、様々な教育を試すための実験体や生贄とも思っている。使えない大多数の他人はゴミと眼中になく、どうなろうが興味が無い。陽向のことは十六夜を強化するための素材だと思っている。
 程度の差はあれど、十六夜以外の最高傑作5人には少年団時代以降もそれぞれ関わっている。中学時代に彼らがサッカーにおいて無名だった理由は彼のせいである。そして、ここに来て放置していた十六夜の特訓を開始する。何処かで知り合った外人を連れ、十六夜と戦わせたが、何やら裏がありそうで……?
 ちなみに、十六夜の才能に気付いており、気付いていた上でその才能が発揮しにくい場所に閉じ込めていた。十六夜がただの真っ当でつまらない選手になっていれば、切り捨てていた様子。また、陽向神奈についてもある程度情報を得ており、彼女というカギを手に入れたことで十六夜の成長方針は大きく変わっているが、当人が気付くことはない。
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