超次元サッカーへの挑戦   作:黒ハム

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過去編 ~君の選ぶ道~

「……おい、どういうことだ?」

 

 7月下旬。もうすぐ夏休みを迎えるそんな休日。その様子を見てコーチは驚きを隠せないでいた。

 

「……薄々感じてはいたが、予想よりも成長が早いな。おい、陽向神奈。テメェ、アイツにどんな魔法をかけた?」

「魔法なんてかけてないですよ。ただそうですね……変化したことと言えば、友人と3人で勉強会をするようになったことですね」

「はぁ?勉強会だぁ?」

 

 想定外の返答に思わず聞き返すコーチ。

 

「はい。綾人が足りない力は色々とありますが……1つは物事を言語化すること。自分の思考過程を、相手の過程を言語化出来るレベルまで理解し、実際にアウトプットすることです」

「……なるほどなぁ……野郎は自分が奪ったモノを理解していない。感覚頼りなところがあったからな……だから、足りてねぇ思考を鍛える必要があった。そして、勉強って言う学生の全うな本分を、その思考を鍛える場に変えていたわけか」

「はい。あなたが用意してくれる相手はこれまでも様々な技術を披露してくれました。それらと直接対峙することで綾人の中にある手札……ストックは1人目と戦ったときよりも格段に増えている」

「そうだな。だから、10人と戦わせて10人分のストックを貯めさせる。それらを組み合わせ組み換え2周目を戦わせる予定だった……が」

 

 191戦目、十六夜VS8人目の戦いは既に100対90と殆ど勝敗が決定していた。

 

「最初の方はいつも通り十六夜の負けが続いていた。そこから徐々に勝ち星を挙げて行ったのはいつもと同じ。だが、そのペースが一気に早くなった。いや、それだけじゃねぇ。勝ち始めるタイミングも早まった」

「……あなたのやり方は、何百何千と戦わせてその中で掴ませる……言わば戦いの中で成長させるというもの。成長するかどうか、その成長が届くかどうかは綾人次第で、潰れればそれでもいいと思うやり方」

「そうだな」

「それは間違ってはいないと思います。……あなたは綾人のポテンシャルを見誤った。環境が整ったときの彼の爆発的な成長速度……綾人の秘めている力はあなたが思っている以上です」

「……くく」

 

『嘘だろ……ただの日本人の子どもって聞いていたのに……!』

『よし……!101勝目……!』

『ま、まだだ……!これ以上は負けられない……!』

 

 フィールドでは十六夜が101勝目を飾り、8人目にして勝ち星を挙げることが決定する。続いて192戦目を行っているが……

 

「……えっと……何か……鬼気迫る表情ですね?」

「当然だろう。アイツの……いや、アイツらの不運は今の十六夜にとって丁度いいエサだったことだ」

「どういうことですか?」

「十六夜と戦う10人のエサには本気を出せるようなエサを与えている。それは最初にも言っただろう?」

「そうですけど……そのエサって?」

「アイツらとはある契約を交わした。あの10人は十六夜に勝てば勝つほど金が貰える。その額1勝につき10万」

「じゅ、10万!?」

「最初のヤツは196勝で1,960万。次のヤツは1,930万だな」

「と、とんでもない額が動いている……!?」

「アイツらのバイト代は出来高制……なんだが、問題は十六夜に負け越した場合。つまり、十六夜相手に100勝以上出来なかった場合だな」

「そ、そのときは一体……?」

「負け越し数×100万支払ってもらう。当然、勝ち数による賞金はゼロだ。だから、アイツは既に200万の支払い……おっと、今負けたから400万だな。このお支払いが待っている」

「は、はぁ……」

「ただし、最後の200戦目にビックチャンス。勝てばお支払いは0で、負ければ倍になるというもの」

「…………」

「そして、2周やる予定だから、2周目はレートを10倍に設定してある。勝てば100万、負ければ1,000万のギャンブルだ」

「……だ、だから、相手が本気を出してくれる……と」

「そういうこと。まぁ、こんなバカみたいな話に乗ってくれるやつなんて限られている。元々、一流が混ざっていない以上、十六夜の勝機は十分あった」

「普通の高校生なら勝機はゼロ……なるほど。お金という分かりやすい対価を用意してあるし……確かにただの高校生に勝つだけで、賞金が入るのなら、負けたときのリスクがあっても問題ないと思えてしまう。だから、相手側もこの契約に乗ったんですね」

 

 2人が話す間も戦いは消化されていく。

 

『この勝負に負ければ4,000万……と言うかこのペースだと2周目なんて勝てるわけがない……クソ!アイツがこんなおいしい話を持ってくるとは思わなかったのに……こんな形で嵌めるとは……!』

『悪いんだけど、ドイツ語分からねぇから英語で話してくれない?』

 

「バーカ、テメェらなんざ俺が育てる若い芽たちの養分になるだけありがたいと思え」

「芽たち?」

「ああ。奴ら10人は今回の戦いで相当懐が痛むからな。それをチャラにする代わりって言って、使い潰れるまで色々と再利用する予定だ」

「…………」

 

(この人……本当に目的のためには手段を選ばないな……なるほど、こんな悪魔みたいな人に見出され生き抜いてきた綾人や天王寺クンが、他よりも色んな意味で一線を画しているのは納得できる)

 

「それと、陽向。テメェは勘違いをしている」

「勘違い……ですか?」

「ああ。十六夜のポテンシャルが俺の想像以上って言っていたな?……言っておくが、俺は俺の思い通りにしかならないようなつまらない人間(ヤツ)に興味はねぇ」

「…………」

「そもそも、アイツがこの試練をクリアするなんて前提。だから、十六夜が勝つ展開に驚きはそこまでねぇよ。……だが、クリアするタイミングは想像より早かったのは事実。さっきも言ったが1周目はぶっちゃけ準備段階。負ける読みだったのは間違いないし、0-200で10連敗しようが想定内だから失望はしなかった。……だから、8人目で勝ち星を上げたことは、良い意味で想定外だったのは違いないが、あり得ねぇとまでは思っていなかった」

「そうですか……それにしても、凄い楽しそうですね」

「ハッ、楽しいに決まっているだろ?想定通り行かないから面白い。想像を超えてくるから面白い。俺の用意した環境でアイツらは俺の想像を、想定を、期待を超えてくる……それでこそ、俺の最高の作品たちだ。そして、超えてきたならそれに合わせて試練を用意すれば良い。環境を整えてやれば良い。ハードルを設定してやれば良い。そうやって用意していくハードルを越え続けなきゃ俺は捨てるだけだ」

「あなたは自分の作品に期待している。そして、期待に応えられなければ捨てる。どこまでもあなたが中心で、その過程で誰がどうなろうが興味が無い。……どこまでも最低で傲慢な話ですね」

「何とでも言っていろ。こっちは善意でやっているわけでもねぇし、正義をかざしてもいねぇ。否定したきゃ好きにしていろ」

「そうですか……ちなみに、それを昔から?」

「当たり前だろ?」

 

 そう言ったコーチの目線の先には、膝をつき地面に手を当てている男と、それを見下すように立ち、自身の両手を見る十六夜の姿があった。

 

「おめでとう。ようやく勝ったな」

「ああ……」

『お、おい待ってくれ……後1回やらせてくれ……このままじゃ……!』

『延長戦希望ってか?だったら、1回ごとに勝てば半額で負けたら倍というルールにしようか。次勝ったら2,000万で負けたら8,000万。それでいいって話なら好きなだけ戦っていいぞ?』

『そ、そんなの洒落に……!?』

『まぁ、賢い選択とは言えねぇな。やりてぇなら好きにしろ。やらねぇなら黙れ』

 

 コーチがやっていくと男が立ち上がり縋ろうとするも、コーチの言葉に黙り膝を折り俯いてしまう。

 

「さてと、勝者インタビューと行くか。ちょっとは自分の無自覚な部分が言語化出来るようになったか?」

「そうだな……オレは今感じているこの気持ちを味わうためにサッカーをやっている。それを再確認した」

「ほう?その感じている気持ちってヤツはなんだ?」

「そうだな……色んな感情がゴチャゴチャになって、上手くは言語化出来ねぇけど……一言で表すなら気持ちいい。これが一番近いな」

 

 溢れる笑みが抑えきれない十六夜は、片手で目の辺りを覆う。

 

「そうか。それなら、何故気持ちいいんだ?」

「強者に勝てたから。……いや、それだと少し言葉が足りないか」

「拙くていい。言ってみろ」

「オレはきっと人から奪いたい性質なんだ。勝負において勝つと言うことも、相手から勝利を奪うと言い換えられる」

「そうだな。敗者を生み出したのはテメェが勝者という椅子を奪ったから。テメェが『相手側が自分との勝負に勝った』と言うあり得た未来を奪ったから。確かに、勝つと奪うは密接な関係だし、その言い換えは自然に出来るだろうな」

「でも、きっとオレの奪いたい気持ち……欲はそんな生温いものじゃない。全ての勝負は何かを賭けている。どちらが上に行けるか、この先へ進めるかみたいな大会などの進退、お金や物品と言った物理的なモノ、プライドや夢と言った精神的なモノなど賭けているモノやそのモノがどれだけソイツにとって大事かは多種多様で勝負毎に違う。だが、全ての勝負において言えるのは、勝者は敗者の賭けたモノを奪うことになる」

「そうだな。それが勝負における勝者と敗者だ。もちろん、ほとんど何も賭けていないようなお遊びもあるだろうがな」

「そうだな。そして、幼少の頃からアンタの下で、サッカーを()()()()ヤツを沢山見てきた」

「アホ抜かせ。テメェらがそいつらからサッカーを()()()んだよ」

「そうだな……サッカーに賭ける思いを奪った。抱いた夢を、希望を、有り得た未来を奪った。それ以外にもたくさん見てきた。無惨に負けてそれをやめるヤツや諦めるヤツを見てきた。もしかしたら、無謀な夢を抱いていたかもしれない。それをやることを存在意義にしていたかもしれない。このまま続けていたら大成したかもしれない。……だけど、そういうヤツらからオレは全てを奪った。夢を、存在意義を、未来を奪った。……そして、オレはそういうことに快楽を覚えてしまうらしい」

「そうか……なぁ、十六夜。俺がそういうことに快楽を覚えるのは間違っている、って言ったらどうするよ?」

「どうするって……()()()()()()。この感性が狂っていて間違っているなんて重々承知。だけど、これがオレなんだ。相手から奪い尽くす……技術も思考も勝利も夢も希望も生きる意味も未来も……全て奪い尽くす。これがオレの戦う理由だ。こんな自己中心的で傲慢で最低で……そんな理由で熱くなってしまうのがオレなんだ。だから、アンタが否定しようがどうもしねぇよ。もし気に入らねぇなら、こんな駄作はさっさと捨ててくれ」

「……ハハッ!」

 

 頭を片手で押さえ大笑いするコーチ。

 

「ハハハッ!いいなおい!良く言い切ったな!他人から全てを奪い尽くすために戦って勝ちに行くし、理由が『奪いたいから』とかとんだクソエゴイストだ!ほんと、自己中の最低クソ野郎だ!」

「文句あるかよ、クソマスター」

「ねぇな。皆で協力するのがとか、ボールを皆で蹴るのが楽しいとか、吐き気がする甘ちゃんで良い子ちゃんな理由なんざテメェらに合わねぇよ。つぅか、俺の作品にそんなゲロカスの思考はいらねぇ」

「いらないねぇ……そんな優等生思考を排除するなんて、アンタの作品は手のかかる問題児しか残らなさそうだ」

「間違ってねぇだろ、クソ問題児」

「誰のせいだと?こっちは根からの問題児じゃねぇっての。こんなクソみてぇな理由で熱くなってしまうようになったのは、アンタの最悪な英才教育の賜物だろうが」

「言うじゃねぇか。いいか?そもそもこの世界は弱肉強食の世界。弱いヤツから死んでいく。ついていけなくなったヤツから脱落(ドロップアウト)していく。この世界で夢を見て、夢を叶えられるのなんざ一握りの強者だけ。優等生様かクソ問題児かなんて関係ねぇよ」

「……そうだな。たとえ折れなかったとしても、弱いままではその夢を叶えることは出来ない。夢を見るだけなら自由だが、夢を現実に変える力がなければ、その夢は一生叶うことがない。戦う理由も、秘めている思いも、正しいか間違っているかなんてどうでもいい。必要なのは弱肉強食のこの世界で生き抜く強さがあること」

「そういうことだ。そして、お前の欲である奪う……その行為は必然的に強者が弱者にするもの。当然、テメェが負ければ奪われる側だ。奪いたいお前が奪われるなんざ、テメェの存在価値を否定されるようなもの。それは分かっているんだろうな?」

「当たり前だ。一方的な搾取なんざつまらねぇだろ?負けたときにリスクがない……そんな勝負は勝負じゃねぇ。ただの勝負ごっこでつまらねぇよ。敗北したときに絶望が待っている……最悪の未来を賭けているから勝ったときに最高の気分になれるんだろ」

「違いない。勝負の世界には負けたときのリスクがつきもの。リスクを許容できないヤツはお遊びの世界で満足すべきだ。……いいか、よく見ておけバケモノ。希望を奪われ絶望した惨めな敗者の姿を。コイツを奈落に突き落としたのはお前だと実感しろ」

「ああ」

「そして、テメェは格上を見ろ。格下から奪うなんざつまらねぇし、何よりしょうもねぇ。弱いモノから吸い上げて王様気取りになって満足するようなゴミになるな。……それに、格下から奪うより格上から奪う方が()()()だろ?」

「そうだな。ありがとう、コーチ。今、サッカーが凄ぇ楽しいよ。……もっと戦わせろ。もっと喰わせろ。もっと奪わせろ。もっともっと、今のオレはサッカーが()りたくてしょうがない」

 

 バケモノが牙を剥く。獰猛な笑みを浮かべ、コーチにエサの催促をする。

 

「そう急かすなよバケモノが。心配しなくてもちゃんとエサは用意してある。次のエサが来るまで腹を空かせて待ってろ。……もっとも、そのエサが喰えるかどうかはテメェ次第だがな?」

「上等だよクソマスター。アンタの用意する相手、全員根刮ぎ奪い喰らい破壊し尽くしてやるよ」

「やってみろよモンスター。精々、テメェが喰われ屍になって棄てられないようにな」

 

 何処か満足そうなコーチが男を連れ、また来週と帰って行く。

 

(……悪魔……いや、それでは悪魔が可哀想だ。言うなれば魔王だ。確かに、綾人のやりたいことの核……『奪いたい』という欲に気付いたのは綾人自身だ。ただ、それとは別で、あの人は綾人に『飢え』を自覚させた)

 

 コーチの去り行く背を見て、陽向は冷静に思考をしていた。

 

(ここまで7人を相手に綾人は負け続けた。何度も何度も負けて死んで……綾人の中にあった飢えを強くした。奪いたいのに奪いきれない、勝ちたいのに勝てない、壊したいのに壊せない、喰らいたいのに喰らえない……目の前にあるものを、自分が欲しいものを自分のものに出来ない。そんな満たされない苦しみは綾人の中に無意識の内に募っていき……今その苦しみから、一時とは解き放たれた)

 

 目を閉じ、心を落ち着けながら今回の戦いを反芻している十六夜。彼の姿を見ながら陽向は彼の行く先を想像する。

 

(この飢えは恐ろしく厄介で、破滅を招きかねないものだ。きっともう彼はただの勝利じゃ満たされない。少なくとも同格以上が相手で、しかも勝たないと満たされない。負ければ飢えが強くなるのはもちろん、勝ったとしても弱者相手じゃ満たされるどころか更に飢える可能性すらある。自分のことを満足させられない餌は食べられない。でも、満足できる餌を食べるには力が足りない。満足できる餌を食べられるまでずっと苦しみ力をつけ、ようやくその餌にありつける。そして、満足したら次の餌を見つけに彷徨い……それを繰り返す度に飢えを満たせるハードルは上がっていく。…………あぁ、やっぱり、あの人は魔王だ。このバケモノは勝てない相手に出会い完全に折れて死ぬか、飢えを満たす相手が居なくなるか。破滅か頂点か……もう戻れない。もし、戻れるとしたら……)

 

 少しの間、沈黙が2人の間に訪れる。

 

「なぁ、神奈。もう少し練習して行っていいか?」

「うん、付き合うよ」

「ありがとう」

 

 十六夜がその沈黙を破り、歩き出そうとしたところで、

 

「……ねぇ、綾人」

「何だ?」

 

 陽向は声をかけた。

 

「キミがこの戦いで感じた気持ちよさ……そして今後感じる飢え。その感覚はキミの才能と凶悪な化学反応を招く。……ねぇ綾人、今なら引き返せるよ?今ならまだ、キミは真っ当な感性を持った正統派のサッカープレイヤーになれる。だけど、これ以上は……」

 

 と、陽向の言葉を遮るようにして、彼女の頭に手を置く十六夜。

 

「ありがとうな、神奈。心配してくれて、本当にありがとう」

「綾人……」

「……でも、引き返す気はねぇ。勝利よりも皆でとか下らないことを言うヤツら、負けても絶望を感じられないヤツら、強くなるために足掻けず勝ちに貪欲になれず力も無いのに言っていることだけは希望に満ちて輝かしいヤツら……そんなクソみたいなヤツらが真っ当だと言うのならオレは狂っていていい。そんなカスどもが正統派と評価されるならオレは異端でいい。この先、あの人の敷いたレールから外れるのは構わない。あの人と袂を分かつことになっても構わない。……だが、その先でそんなゴミどもと同じになるぐらいなら死んだ方がマシだ」

「…………キミは本当に……分かっていたことではあったけどさ。ほんと、キミは主人公には絶対になれない。そんな輝かしいものより、悪役の方が似合っている。主人公に立ちはだかる敵の方が似合っている」

「そうだな。その自覚はある。そうじゃなきゃ、あの人と考えが合うわけない」

「そうだね。だから、ボクもキミのそういうところを直す気はない。キミはバケモノ……私利私欲で戦い、自己中心的で制御不可能なモンスター。フィールドという名の戦場で暴れ回り、全てを喰らい尽くす」

「燃えること言ってくれるじゃねぇか。……綺麗事なんて要らねぇ。オレはオレのために戦う。強いヤツを真正面からぶちのめし、ねじ伏せ、奪い尽くすために戦う。それ以外なんざどうでもいい」

「そして、そんなモンスターが居ることの出来る環境は限られている。圧倒的な強さで周囲の意見をねじ伏せる……それぐらいのことが出来なければ、簡単に切られて捨てられて終わりだ。……まだ、キミにはそれだけの強さがない。その生き方を貫く選択肢を手にできる強者の域に達していない」

「そうだな。雑魚がイキったところで何も響かない。強さがあって初めて、その言葉や行動に説得力がついてくる。強さがあるからこそ、生きていける世界がある。そして、サッカーという世界は強さがなければ生きていけない世界だ」

「そうだね。キミより強い人間なんてごまんといる。そんな人たちに挑み続けて勝ちに行く。その戦いの中でキミの欲も希望も戦う理由も全て奪われ、二度と戦えなくなるかもしれない。敗北は死ぬこと何でしょ?何度も何度も死んで、生きるために足掻いてもがいて苦しんで、いつかは死んだまま立てなくなる……そんな未来が訪れるかもしれない。その覚悟は出来ている?」

「もちろんだ。いつか死んで、立ち上がれなくなった日が来たら笑ってくれ。自分を主人公に立ち塞がり、主人公から全てを奪う悪役と勘違いした哀れで惨めでゴミみたいな勘違いモブをさ」

「分かった。そのときは盛大に笑い飛ばしてあげるよ。じゃあ、練習もいいけど反省会だよ。余韻に浸るのもいいけど、もう次に喰らう相手は見据えているはずだよ」

「とりあえず、後9人……コーチの用意する相手を喰らい尽くす。技術も思考も全て奪い尽くして喰らい尽くして勝ちきる」

「そういうこと。そして、天王寺クンにリベンジしたいならまだまだ足りない。だけど、彼に勝つには闇雲に練習しても意味は無いよ」

「そうだな。悪い、ちょっと浮かれていた。動画あるんだろ?外から見ていて気になった勝負を中心に見ていくか」

「そうだね。ボクが気になったのは……」

 

 そして、2人は反省会を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 反省会が終わってしばらくした頃。

 

「…………」

「…………」

 

 十六夜と陽向は陽向の部屋に移動し、チェスをしていた。

 

「…………負けました」

 

 そして、十六夜は静かに目を閉じ、自身のキングを倒すと頭を下げる。

 

「対局、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 続いて陽向も頭を下げる。

 

「……敗因はこの盤面だったな」

 

 双方が顔を上げた後、駒を戻していく十六夜。

 

「ここで、攻めを優先して守りを捨て気味に走った。仕掛けるタイミングが早かったな。この後詰められるのならそれでも良かったかもしれないが、耐えきられてそのままずるずる敗北に繋がった」

「そうだね。後は勝ちを捨てるなら、この先のここ。ここの段階で負けない戦略、引き分けに持ち込む戦略に切り替えても良かったかもね」

「そうだな。ただ、勝ちを捨てる戦略はどうも合わない……だから、か細い勝ち筋に賭けたがそれも全部読まれていた」

「そうだね……じゃあ、もう少し戻って、この場面とか……」

 

 と、駒を置きつつ感想戦をしていく。その感想戦が一段落した段階で十六夜は仰向けになる。

 

「……まだまだ未熟だな」

「そうでもないよ。綾人の成長速度はやっぱりイカレている。キミがチェスを始めたのは去年の秋頃。しかも、その頃はボクに付き合う程度でそんなに回数も熟していない。本腰を入れたのはここ1、2ヶ月だよ?」

「褒めてくれてありがと。だが、この対局を通して思うのはオレの才能は万能じゃない」

 

 手を天井にかざしながら話を続けていく。

 

「神奈から思考の過程を奪って、それをソシャゲで実践しながらちゃんと自分に落とし込んでいく。無意識で奪っていたものに対してちゃんと意識し、思考を分かっていたつもりだった……が、オリジナルに比べると、読みがまだまだ浅いのが難点。神奈がオレの立場だったら、もっといい手を指せていた場面がいくつもあった」

「そうだね。でも、そういう場面は案外少ないよ?」

「でも、そこでのミスが敗北に繋がっている。それにオレの指した手にさほど驚きがなかった感じ、掌の上で転がされていたってところだろ?」

「そうだね。どうしてその手を選んだかもなんとなく分かる。予想外の一手……というのはなかったかな」

「だろ?所詮はコピー……良くて神奈の90%の強さ。90%じゃオリジナルに勝てねぇ。完璧な100%以上のコピーが出来たら良いが……流石に思考の方はそんなの不可能に近い。しかも、オリジナルが特化した才能を持っているならなおさらだ」

「だからこそ、キミは1つのコピーに頼らない……オリジナルに対して、その人のコピーでぶつかるんじゃなくて、あらゆるコピーを組み合わせ、相性が有利なモノを生み出して戦う。それがある種の理想」

「そうだな。神奈に対しては、相性が良いコピーをぶつける……みたいなことは出来ない。精々同じ手か、それより弱い手しか出せていない。そして、神奈相手に限った話じゃない。サッカーや他の勝負でも同じ事だ。相手が天才で、その天才に対抗する手札がなかったら何度やっても勝てない状態。出来ることは相手の真似事で真似事の域を出ないんだから……だからそんな状態で勝つために何ができるか……それが次の課題か……自分の手札の把握が終わったら、次はその手札で勝てない相手に勝つためにどうするか……」

「……よいしょ、っと」

 

 と、陽向が十六夜の腹の上に乗る。

 

「……何で乗った?」

「……勝者の特権?」

「…………そうかよ」

「……綾人はやっぱり凄いよ」

「あぁ?」

「言っておくけど、相手はボクだからね?キミの言う特化した才能を持った天才相手に勝とうとしている。相手は天才で、自分より経験値が多くて、そして遙かに強い……それでもキミは、今日の対局もだけどちゃんと勝ちに来ていた」

「勝ちに行くなんて当たり前だろうが」

「違うよ。キミは一切負ける気がなかった。勝つことしか頭になかったってこと」

「あぁ?最初から負けるつもりで勝負するバカはいねぇだろ」

「そうだね。……確かにキミは勝負に狂い、全てをサッカーに帰着させるようなバカ」

「ひでぇ言われよう」

「……キミの欲はサッカーに限らない。『奪いたい』というキミの欲。でも、()()()()()『奪いたい』って訳じゃない。だから極論、どんな相手とのどんな勝負でも勝って相手から奪いたい」

「そうだな。今はサッカーが中心で他の大半の勝負はどうでもいいけど」

「だろうね。でも、キミの昔のことを考えるとキミは()()()()()()『勝負』には拘っていない。そして、自身が得意、苦手、経験済み、初心者……そんなことも関係ない。ただ、目の前の相手が強者になれる戦場(フィールド)で勝利を奪い取る」

「確かにな。相手が強者になれることの多くは、それだけ相手が時間をかけ、技術を磨き、思いを持っている。そんな相手だから勝利を奪ったときが気持ちいい……そこは今も変わらないんだろうな」

「そこだけ聞くと最低だね」

「そうだな」

 

 陽向の空気が少し重くなる。それを察知して十六夜は話を変えようとした……

 

「ねぇ綾人。綾人ってサッカーが嫌いになったことある?」

「あぁ?」

 

 が、それよりも早く陽向が話を進めた。

 

「嫌いに……ねぇ。どうだろうな。そんなこと考えたこともなかったが、負けたときとか無茶苦茶嫌いになっているかもしれないな。……もっとも、サッカーよりも弱すぎるこんな自分の方が嫌いになりそうだが」

「そう……綾人は何でサッカーを始めたかって覚えている?」

「面白そうだったから。……結局、いくら考えてもそんな浅くて単純な理由しかなかったよ」

「それで十分だよ。ボクがチェスを始めた理由も一緒だ。……都合の良い家の事情も、血筋も、特別な使命も、整いすぎと言えるほどの環境もない。それでも、ふと興味を持って、それに惹かれて、それが出来る程度の環境はあった。でも、所詮はその程度。日本に居たら10人中5人以上持っているぐらいのありふれた、特別とはとてもじゃないが言えないもの。だから、ボクとキミがチェスに、サッカーに出会えたのは必然じゃなくてただの偶然。ほんの僅かでも何かが変わっていたら別のモノに置き換わっていた程度なんだよ」

「……確かにな」

 

 十六夜はあらゆる分野でトップクラスに立てるだけの才能を秘めている。彼が出会ったのはサッカーだが、その出会いは偶然。野球、バスケ、バレーなどのサッカーではないスポーツはもちろん、チェスや将棋と言ったスポーツ以外の競技ともっと早くに出会っていたら、今みたいにそれに人生を捧げていた可能性は十分にあるだろう。

 そして、それは陽向も同じ。彼女の場合は頭脳戦においてその才能を発揮できるだろう。身体能力が関係ないような、将棋や囲碁と言った別の盤上での戦いと出会い、その方面で名を馳せていた可能性は十分にある。

 

「ずっと、綾人に聞かれてもはぐらかしていたことだけど……聞いてくれる?」

「オレでいいなら」

「ありがとう。……ボクもさっき言ったようにチェスとは偶然出会ったんだ。保育園の頃だね。面白そうって見つけて、両親にやりたいって言ったら買ってくれて、それで両親とやって……近くの将棋教室がチェスも扱っていたみたいで、両親がそこを勧めてくれてね。小学校の低学年くらいから通い始めて……凄い楽しかった。勝っても負けても楽しくて、毎日毎日学校が終わってから色んな人と対戦できて楽しくて……どんどんのめり込んで行った」

「…………」

「キミの中にバケモノを飼っているように、ボクの中にもそういうものが現れた。現れたって言うか……何だろうね。ボクは漫画やラノベと言ったああいう世界観の物語も昔から好きだったからさ。早い厨二病って言うのが適切かは分からないけど、少なくともそういう触れてきた作品たちに影響されて、自分の中に生み出したというのが正しいかもね。その点ではキミのような天然ものではなく人工物」

「……人工物の……バケモノ……ねぇ」

「うん。だから、あたかもキミと同じ天然もののバケモノを飼っているように言ったけど、ボクが飼っているのは人工物。あるときからソレを表にどんどん出していた……その状態の自分は負ける気がしないくらい強く感じて、何でも思い通りに行くような万能感に浸れて、ただの盤上で行われる戦いから想像を飛ばし、空想の世界で主人公のように戦っているのが楽しくて……だから気付かなかったんだ。楽しかったのは自分だけで、相手はそんな楽しさを感じられないって。それどころか、そんな状態のボクと戦った人の中には恐れを抱いてしまった人も居た。……いや、今のはあまりにも他人事だね。ボクが怖がらせて、どんどん戦う相手は居なくなった」

「…………」

「そんな状況でもメキメキと力をつけたボクはどんどん上のステージに進む。進む過程で何人もの心を折って、その屍の上にボクは立つ。進むたびに増えていくプレッシャーや期待、それらを受けて頂点に立って……登りつめたときはすごい楽しかった。……でも、その後に気付くんだ。……ボクは独りだって」

「…………」

「自分でやったことなのにね。道中では気付かなかったんだよ……そして残ったのは孤独とのしかかる期待やプレッシャーだけ。応援してくれる人は居たよ?でも、味方は居なかった。競い合い高め合うライバルや仲間は居なかった」

「…………」

「寂しかった。苦しかった。でも、誰にも言えなかった。だって、言えないよ。期待してくれているのに、その期待が鎖のようにボクの心に絡みついて重くのしかかる。浴びる賛辞も祝福も心の底から受けることが出来ない。……そして、その重たさのせいでいつからかチェスを楽しめなくなった」

「…………そうか」

「そんなときかな。ボクはキミに出会ったんだよ。正確にはボクがキミを見つけたかな?」

「…………は?」

 

 時折、相づちをうちつつも静かに聴いていた十六夜。だが、その言葉には思わず疑問を口にした。

 

「……見つけたって……高校入学して出会ったってこと?」

「ううん、中学時代だよ」

「…………」

 

 眉間に指を押し当て必死に記憶を辿る。

 

「……謝罪案件か?全く記憶にないんだが……」

「記憶がなくて当然だよ。ボクが一方的にキミを見つけたんだからさ」

「……え?何か見つかる真似したか?」

「1個だけあるでしょ?キミという存在が対外的にも目立った事件が」

「オレが……目立った事件……?しかも、他校のヤツにまで……」

「キミの公式戦出場」

「あ……って、事件扱いかよ……否定はしねぇけどさ。つまり、あの場に観客として居たと?」

「そうだね……あのときは逃げてあそこにたどり着いた。たどり着いた先で偶然キミを見つけた。……たった独り、観客もチームメイトも監督さえも、全てが敵のあの状況、そんな孤独な状況でキミはその孤独をモノともしなかった」

「あれは……まぁ……完全に本能全開暴走モードだったからな……」

「知っているよ。……アレはキミというバケモノが暴れた結果。怖くて冷たくて……それでも、当時のボクにとってはそれでも格好良く見えたんだ。あの時、ボクはキミに一目惚れをしたんだよ」

「……まさかあの姿を見て惚れられているとは……」

「えへへ……そんな孤独でも戦い続けるキミに勇気をもらった。そして、チェスの世界で独り戦う決意を決めた……けど」

「けど?」

「……ダメだった。ボクにはそんな強さがなかった。独りで戦えるキミのようにはなれなかった。……気付けば逃げ出していた。ボクはあの世界から逃げることにした。……色んな人に止められたけど、幸い両親はそれを咎めなかった」

「そうか……」

「そして、高校に入学してキミと再会した。それまでチェスをしていたことは隠して……一応、有名人ではあったけど、幸いキミは知らなかったみたいだけどね」

「……全く知りませんでした……ごめんなさい」

「良いんだよ。そして、キミと初めてチェスをした。この部屋にチェス盤と駒はずっと残してあったよ。未練ってヤツかな。逃げたくせに、断ち切ることは出来なかった。やろうとしないのに、それでも捨てることは出来なかった。それをキミが見つけ、勝負することになった。……やっぱり、チェスは楽しかった。あのときは本を紹介できる権利を賭けていたかな?期待もプレッシャーも何もないチェスは凄い楽しかった。あの時間は楽しすぎて舞い上がって色々と喋りすぎたかもしれないけど……それでね。キミとのチェスはボクに楽しさを思い出させてくれた」

「そう……」

「そこから、ボクはずっと悩んでいたんだ。もう一度チェスをしようかどうか……もう一度、あの戦場に戻るか悩んでいたんだ。ずっとうじうじ悩んでばかりで何もしない日々……そんなとき、キミのコーチにもアドバイスをもらった」

「……え?あの人が?」

「うん。それでずっと考えて……やっと答えが見えたんだ」

「そっか……その答えは?」

「怖い……プレッシャーに押しつぶされることが、周囲の期待が呪縛に変わるのが、チェスの楽しさが恐怖に変わることが……またひとりぼっちになっちゃうのが怖い。…………でも、そんなに怖いのにボクはチェスを捨てきれない。答えは凄い単純なんだ。面白そうだったから……その程度の出会いから始まったチェスという盤上遊戯にボクは心酔している。キミと一緒だよ」

「……そうだな」

「……ねぇ、綾人。約束して欲しいんだ。ボクは独りじゃ戦い続けられない甘い人間だ。こうやって戻ろうと決めたけど、独りじゃダメな弱い人間だ。……だからさ、ボクが強くなるまででいいんだ……ボクのこと支えて。ボクに挑み続けて。ボクに勝つことを諦めないで……ボクを独りにしないで」

「…………」

 

 その言葉を聞いて、ゆっくり身体を起こす。そして陽向を太股に座らせ、自身も身体を起こすと、その両手を広げて彼女を抱き締める。

 

「約束する。神奈にはずっと助けられてばっかりだ。オレに出来ることなら何でもする」

「えへへ……そんなことないよ。ボクも綾人のお陰で独りじゃない。いつも一緒に居てくれてありがとうね」

「ただ、お前のために挑む訳じゃない。お前のために勝つことを諦めない訳じゃない。本気のお前に勝つ……それがオレのやりたいことだからだ。力量も思考も技術もまだまだ差がある……チェスを知ったからこそ理解出来る差がある。だが、その差を理解したなら後は超えるだけだろ。後は喰らいついて勝ちに行くだけだろ」

「……うん。ありがとう。絶望的な差を感じても、諦めずに追いかけてきてくれる。ちゃんと理解した上で勝ちに来てくれる。……でも、戦場に戻るために、いや、勝ち続けるためにボクはまだまだ強くなる。ワガママでゴメンね。独りにしないでって言ったけど、綾人を待ってあげないから。だからこの先も、ボクに勝てないからって勝手に諦めないでね。折れて逃げないでね」

「望むところだ。悪いけどオレの諦めは悪いからな」

「……うん。知ってるよ」

 

 少女は少年が守ることを心の底から信じている。だが、今の少年少女は知らない。この約束は絶対に守られることがないことを……




十六夜綾人
 自分の中にある『奪いたい』という欲に気付き、『飢え』を自覚したバケモノ。間違いなく主人公よりは主人公の前に立ちはだかる敵かライバルポジションが似合う男である。
 サッカー以外に出会っていればそれにはまっていただろうし、コーチと出会っていなければ諸々の考え方が変わっていた。ある種の環境が生んだモンスターではあるが、果たしてそれだけなのか……?

陽向神奈
 再びチェスの世界で戦うことを決意した少女。十六夜に多大な影響を与えているが、反対に十六夜からも多大な影響を受けている。あの中学時代の公式戦にて十六夜に一目惚れをしていた。
 かかるプレッシャーが重く感じ、期待がある種の呪いに変わる。そんな状況に耐えきれず、逃げ出したが、少しずつ強くなることを決意する。約束が果たされることがないことが確定しているが……

コーチ
 何度考えてもコイツが全ての元凶である。凄く良い解釈をすると、十六夜にサッカーの楽しさを思い出させ、陽向にチェスの世界に復帰できるよう背中を押した名君であり、自分の教え子たちのことをこの上なく思い、期待し評価をしている(なお、実態は……)。
 十六夜との勝負には多額の金が動いていた……ある意味で、十六夜に負けた相手には破滅が待っているがそれを本人だけが知らない。無自覚で残酷に十六夜は相手を奈落へと突き落とすことになる。そもそも、十六夜が負けたら多額の出費がある時点で、自分の最高傑作たちには相当入れ込んでいるのかもしれない。そして、再利用と言っていたが、一体何を始めるつもりなのか……


 次回より本編に戻ります。
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