「最後に十六夜。お前は今日から明後日までの3日間。練習を禁止する」
「「「え?」」」
「自室で大人しく過ごすように。外出する場合は私に許可を取ってからにすること。いいな?」
「分かりました」
朝食後、グラウンドに集まり、監督から今日の練習メニューを伝えられると、その最後に十六夜がそんなことを言われた。その言葉に肯定を示すと大人しく宿舎に戻っていく。反発しないあたり、何か反発できない材料でもあったのだろう。周りからは、十六夜だけ別行動と言うのに慣れ過ぎたせいか、驚きはあったもののそれ以上は特に何もなく、今日の練習を始める。……ある意味信頼なのか?と言うか、昨日向き合うとか何とか言っておいてそれで良いのか?
「八神。お前には十六夜の監視を頼む。と言っても、たまに様子を見に行く程度で十分だ。アイツ自身納得しているだろうから、大人しくしているだろう」
「それはいいんですが……何でアイツにそんなことを?」
「オーバーワークだ」
「…………ああ」
その言葉を聞いて思い当たる節があった。いや、あり過ぎた。ああ……そっか……それなら納得だ。
「ライオコット島に来てからの十六夜は流石に働き過ぎだ。イナズマジャパンの選手に求められているレベルを超えた働きの数々……その忙しさ故かほとんど休んでいないのが火を見るより明らかだ」
この島に来てからも、相変わらずチーム全体の練習にはほとんど参加していない。だが、それはサボって休んでいたわけではなく、それ以外のことが多すぎるからである。把握しているだけでも片手では数えられないが、オルフェウス戦前にはブラジルに行ってるわ、影山のところ行ってるわ、当日の朝まで帰ってこないわ……ほんと、何をしているんだと言いたくなる。
それでいて、アジア予選で停滞していたアイツ自身のサッカーに関するレベルは、ここに来てまた上がっている。気付けば新しい必殺技も身につけているし……いつ練習しているんだ?と言う疑問よりも先に、いつ休んでいるのか、その休みは本当に休みなのか?という疑問が出てくる。
「昨日も日中は病院に行っていたからな」
「病院?初耳だな」
「ちょっと気になることがあったそうだ。向こうからの結果待ちだが、疲労が原因じゃないかという話だ」
「アイツはバカなのか?何でその後に疲労が溜まりそうなことしかしていないんだ?」
病院のお世話になるレベルで働くとか何しているんだ?お前はサッカー以外のことをしすぎだろうが。本当に日本代表の選手なのか?何足の草鞋を履いているんだ?しかも、それを言われておいて昨夜は円堂のPK戦に付き合い……いや、まぁアレは付き合わされた部分もあるだろうが……で、今朝は吹雪を連れ回して島を1周?何故休もうとしないんだ?どう考えても身体が悲鳴を上げているだろうがいい加減ちゃんと休んでくれ?
「ただ、働いていた主な原因は取り除かれたからな。しばらくはペースを落とさせ、疲労を取ることに専念させる予定だ」
「原因?」
アイツが裏でコソコソしているのは知っていたが……原因がなくなった?それもつい最近……ああ、
「ガルシルドってヤツか」
「ああ。あの男を捕まえられたのは十六夜の功績が大きい……と鬼瓦刑事だけでなく、財前総理も言うレベルだ。彼の働きが無ければ、ガルシルドの悪行を止められなかったと」
「…………アイツは何なんだ?」
何しているんだ?世界大会で相手の最強格の選手と戦いながら、人知れず巨悪の親玉討伐に貢献?どちらかで十分なところを両方やってのけている?いや、何しているんだお前は。
「私にも完全には分からない。その上で、昨日は記憶喪失だったことが発覚した」
「……ああ」
正確には記憶が欠けている……だったか?ある意味で世界大会からの別人……とまでは行かないが、思考の変化の理由が分かったが……いや、何なんだお前は。冬花を見ていたから思うが、彼女も思い出していくときはかなり大変そうだったぞ?改めて思うが、何で爆弾解除していたお前自身に爆弾があるんだよ。もう頼むから本当に休んでくれ?
「それは流石に読めなかったな」
「いや、読めるわけないだろ」
思わずツッコミを入れてしまう。監督が頭を抱えそうになっているが、こっちも頭を抱えたい。まさか、彼氏が記憶喪失で、裏で黒幕と対峙しながら、表で試合に出場して活躍して……何なんだ一体?アイツは本当に1人の人間か?色んな意味で人外の域に達しているだろ。
「……とは言え、アイツの記憶喪失の原因は分からない。どういう経緯があるにせよ、記憶喪失になっている以上、軽い話でもないだろう」
「……確かに」
出会った当初、アイツが必殺技に対して過剰な反応を見せていたこと。私の練習に対し、おかしないちゃもんをつけてきたこと。……それらも全部、アイツの記憶が欠けていたからだったら辻褄が合う。(違います)
「私たちが出来るのは本人がどのような選択を取ろうと、手を放さないことだけだ。監督として選手を守る義務があるからな」
「…………」
Lも言っていたがまだ記憶は欠けているらしい。つまり、欠けている原因まではまだ思い出していない可能性がある。……全てを思い出したときにアイツがどうなるか分からない。……ただ、それでも……
「では、監視に行ってきます」
「頼んだぞ」
……私に出来ることはアイツの傍でアイツを支えるだけだ。
そう思って、アイツの部屋に入ると……
「…………」
ベッドの上でパソコンの画面を見ながら、チェスを一人でやっていた。そう言えば、この男の家に行ったときもチェスに関して話題が出ていたな。でも、出会ったときはそんなこと一言も言っていなかったはず。
「欠けた記憶の中に、チェスに関することでもあるのか?」
「八神……監視か?」
「そうだな」
画面を一時停止させるとこちらに向き直る。
「そこの椅子にでも座ってくれ」
「そうさせてもらう」
ということで、近くにあった椅子を持ってきて、そばに置いて腰掛ける。
「チェスなんだが、記憶の中の大切な人に教えてもらったんだ」
「大切な人にチェスを?サッカーじゃなくて?」
「そうそう。ソイツにはサッカーに関することはそう多くねぇ。それ以外のことの方が圧倒的に多い」
「そっか」
……何処まで触れていいのか分からないな。十六夜綾人という男には両親がいない。そして、出会ったときも円堂たち以外に親しい友人が居る様子はなかった。もちろん、他校にも居なかっただろう。もし、他校に居るのなら、私たちのやっていた学校破壊の中で何かしら行動を起こしていたはず。その様子が一切見られなかったということは、それも低いと考えられる。
そして、円堂たちの中にチェスに精通しているヤツは居ないだろう。……だから、十六夜の言う大切な人は多分……
「…………」
「どうした?」
「いや、何でもない」
多分、二度と会うことが叶わない人なんだろう。
「それより、何を見ているんだ?」
「この前のオルフェウス戦。良い機会だし、今後のために改めて観ておこうって思ってな」
「オルフェウス戦か……」
オルフェウス戦……日本にとって世界大会予選の最終戦であり、因縁を始めとした色々なことがあったものの、最終的には日本が1点差で敗北した試合。イナズマジャパンというチームが初めて黒星をつけてしまった試合だ。
「あのハーフタイムのルシェという少女……それに影山関連もだな。あれはオルフェウス戦前に裏で動いていたことなのか?」
「…………」
「耳を塞ごうとするな。試合後に色々とあったせいで誰も触れられなかったが、そもそもこれまでやっていたことを吐いてもらう予定だっただろうが」
「うへぇ……」
十六夜が忘れていて欲しかった感じの空気を出しているがそうはいかない。ヤツの両目を見ていると、何処か諦めた様子で話し始めた。
「と言っても本当に偶然だったんだよ」
「本当か?」
「本当。ルシェとの出会いはイタリアで修行していたとき。だから、この世界大会が始まる前のこと。そこでフィディオが偶然出会って、フィディオと交流しているところに偶然遭遇してってのが始まりなんだ。そして、彼女の病気……目が見えないことや手術のあれこれは本人の口から聞いていたけど、その原因となっている影山関連はつい最近知ったことだ。もちろん、それも影山を調べ直す過程で偶然知ったわけなんだが……」
「つまり、ルシェという少女との関わりは偶然で、偶然関わった少女が影山の被害者で、裏で影山を調べたときにその事実に偶然行き着いたと?」
「そういうこと」
「…………お前って、トラブルを拾う天才か?」
「うっせぇ」
何故この男は海外まで行って、トラブルの種となる少女と関わりを持つことが出来たのだろう?偶然が重なり過ぎてもはや必然と言ってもいいレベルだ。ここまで来るとコイツ自身がトラブルの種だと思うが……
「まぁでも、ルシェ関連のゴタゴタも1つを除き解決した」
「1つ?」
「……影山の死亡を知らない」
「……なるほど」
あのときの話を思い出すに、少女にとって影山という男はポジティブな意味で大きな存在。まだその事実を受け止められるほど成長していない……か。
「どうするつもりだ?」
「その辺は近くに居るフィディオやナカタたちに任せることにした。オレの出る幕じゃないし、オレだと出来ることに制限があり過ぎる」
「そうか……」
この大会が終われば今みたいな物理的に近い場所に居られない。確かに、十六夜の役割はある意味では終わっていて、ここからは海外の友人……みたいな立ち位置で十分なのだろう。
「と言うか、彼らとは普通に話せたのか?試合の翌日に会っているんだろ?」
「え?普通に話せたけど……何で?」
「試合中のお前は手痛くやれれたり、逆にやり返したりしていたからな。複雑なところもあるかもしれないと思って」
「ははっ、ねぇよそんなの。試合外ではノーサイド。試合中はぶちのめしたい、ぶっ倒したい相手でも、試合外は友達でありライバル。負けた遺恨やらなんやらを外にまで持ち込まねぇ。嫌だろ?勝負に勝った負けたで勝負以外の関係が拗れるなんてさ」
「……何というか……思ったよりすっきりしているんだな?」
ある程度日は経っているとは言え、試合直後のコイツの目には怒りと悔しさと諸々を混ぜ合わせたものが宿っていた。そこに危うさを感じて心配していたが……
「そんな危ない感じでもしたか?」
「ものすごく」
「うーん……?」
と十六夜は顎に手をやって首をかしげる。
「あぁ、そっか。最近は実力でも点数でも負けた試合ってなかったからな」
「と言うと?」
「オレって凄い負けず嫌いなんだよ」
「何となく分かる」
それも記憶を取り戻してからの話だろう。出会ったときのコイツからはそんな危うくなる程までは感じなかった。本人の言うように円堂に染まっていたんだろう。
「オレにサッカ-を教えてくれた人が言ったんだ。――敗北は死ぬことと同義だって」
「……っ!」
「敗北って絶望なんだよ。通用しなかった事実が重くのしかかって、無力で惨めで、自分という存在が世界から否定されたようなクソみたいな感覚。勝者によって辛うじて生かされているだけの、生殺与奪を握られている弱い存在。何処までも深く暗く澱んだ泥沼に沈み込むような……生憎、そんな感覚を何度も味わいたいほどバカじゃねぇからなぁ」
「いや待て……お前、その感覚を前の試合で……」
「まぁ、
笑顔でそんなことを言ってのけるが……いやいや待てお前、それを前の試合で感じていたのか?あの試合は言っちゃ悪いが負けても良かった試合だ。当然、勝つに超したことはないが、負けたところでそんなに支障のない試合。そんな試合の敗北にここまで重いことを本当に感じていたのか……それは、円堂や私たちと余りにも対極過ぎる。その感覚は余りにも私たちの誰もが抱けていないレベルだ。
「お前は前の試合、負けた責任はどこにあると思う?」
「え?オレだろ?……オレが弱かったから負けた。それだけだろ?」
「……それもお前にサッカーを教えた人が?」
「そうかもしれないし、こっちかもしれない」
そう言ってチェスを触る。
「オレはさ。昨日も話したけど、円堂たちみたいに心の底から仲間と協力なんて出来ねぇ。記憶が戻る前の自分みたいな、11人で1つのボールを……なんてプレーは、表面上は出来るが、心の底からは怪しい」
「それはまぁ……」
「オレはイナズマジャパンというチームの色と合っていない。合わせる気もない。チームで協力しない個人でのプレーや良くて数人単位のプレーが多い。そんな、個人でのプレーが多い好き勝手やっているヤツが、負けた原因だけ都合良くチームや他人に押し付けるのは違うだろ?」
……なるほど。ある意味では筋を通しているわけ……か。コイツは協調性が欠けていることを自覚している。欠けていても、ある程度なら合わせられることも分かっている。その上で、直そうとせず自分中心のプレーを、この世界大会の場でも貫く。……好き勝手やるからこそ、負けたときの責任は全て自分……だから、他人に背負わせない。たとえ、監督がその好き勝手を認めていたとしても、それでも認めた監督のせいにしない。
「……何というか……お前にサッカーを教えた人って凄いな……」
年齢的に小学生の時の話のはずだ。それなのに、敗北の感情や今みたいな責任について教えていたとか……こんな楽しいとは正反対のことばかり教えられたら、楽しいとか考えている暇はない。
「そうか?あの人はイカれているよ」
あはは、と笑いながら応える。いやまぁ、小学生に吹き込むにはあまりにも重そうだが……
「でも、そのイカれた教育方針は、残念ながらオレと噛み合ってしまい……更に残念なことに、このチームでは到底受け入れられないだろうな」
「このチームというか……殆どのところでだろうな」
つまり、コイツはそんなイカれた教育を忘れていた……そして、それを思い出したからこそ、コイツのプレーの質は劇的に変わった……いや、戻ったのか。少しずつピースが噛み合っていく……なるほど。
「もし記憶が欠けていなかったら、お前と関わることも、富士山でのあの試合でお前の心が折れることもなかったかもな」
「そうかもな。多分、雷門サッカー部には入ってねぇし、八神さんの無茶苦茶教育も受けていねぇし」
「おい、誰が無茶苦茶だ。お前に教えていた人の方がよっぽどだろう」
「…………」
(いや、無茶苦茶のベクトルが違うんだよな……)
全く失礼なヤツだ。何処が無茶苦茶なんだが。
「……気付いたんだ。記憶が戻る前の自分はお前に憧れた。フィディオに憧れた。その高い壁を越えたいと願いつつ、でも心の何処かで勝てないって思っていた。何度挑んでも勝てない……今の自分じゃ越えられない。だから無理だ、自分じゃ絶対に勝てないって」
「それで?」
「お前のときは、円堂たちに感化されて仲間を信じ、仲間が居るから超えられた。今の自分じゃ無理だから、皆の力を借りて超えようとしたってことだな」
「でも、フィディオのときはそうじゃないんだろ?」
「ああ。そんな越え方は意味がねぇからな」
「バッサリ切り捨てたな……」
一応、記憶が戻る前のお前も結局は自分自身だろ?それでもバッサリ切り捨てるとは……それに、1人じゃ勝てないことを自覚して仲間を頼ることも1つの手だと思うが……いや、あくまで一般論の1つの方法であって、十六夜が真にやりたいことじゃないからか?
「さっき言ったことを自覚したんだよ。口では勝ちたいと言っている。思考も勝ちたいと思っている。でも、心の何処かで勝てないって思っていた……そんな弱い自分を自覚したんだよ。だから、弱い自分をぶち壊した」
「え?受け入れるとかそういうんじゃ……」
「うーん、優しいやつはそうするんじゃねぇの?残念ながらそんな弱い自分を受け入れられるほど心が広くないからな。……それで、そんな弱い自分を壊すと自ずと答えが出るんだ。相手がどれだけ強いかは知っている……でも、そんなの関係ない。勝つしかないって」
「つまり、勝ちたい目標ではなく……」
「そうだな。何が何でも勝つべき相手。全身全霊をぶつけて乗り越えるべき相手に変わる。意識が変われば全てが変わる。余計な思考や感情がそぎ落とされ、相手に勝つ……ただ1つに集中できる」
「それが、お前のフロー中に出来たプレーの根幹というわけか」
「まぁ、そんな感じだな。未来視がフィールドの……全体を見て全体の最適解を進むなら……」
「
「そうそう……って、あばどんあい?何それ?」
「それだろ?」
と言って十六夜が見ていたオルフェウス戦を指さす。一時停止させた画面には、十六夜がフィディオを転ばせた様子が映っていた。
「そのフィディオやナカタたちと対峙していたときに発動していた眼のことだ」
「発動って……うわっ、ちょっと待って?え?オレの目がおかしなことになってない?」
「……え?今更気付いたのか?」
十六夜が画面を食い入るように見る。そこに写ってた十六夜の瞳はいつもの茶色の瞳ではなく……
「何このガラスに石でもぶつけて出来たようなヒビ……え?瞳の中央に黒いヒビが入っているんだけど?え?何かの病気?」
慌てて立ち上がって鏡を見に行く十六夜。改めて思い返すとこんな現象、普通は起きえない。ということはこれがLの言っていた代償……?
「あぶね……何も異常なさそうだわ……一応、病院行っておくか?いや、でも瞳がひび割れたとか…………え?信じてもらえるの?どうなの?」
「そもそも、フィディオを突破した後に戻ってるはずだ」
そう言って一時停止した画面を進める。すると、フィディオを突破し、周りを見渡す頃には瞳はいつもの茶色に戻っていた。
「……え?どういう原理なの?」
「私に聞かれても困る。まぁ、気にしなくて良いんじゃないか?」
「えぇ……」
そう言うしかなかった。流石に本人が無自覚なものだし、何より私自身も何も分かっていないことだ。それなのに、大した裏付けも根拠もないのに、その眼には代償があるとは言えない。余計な不安の種を植え付けても仕方が無い。
「って……ん?」
そのまま試合の様子を見ていくと、十六夜が疑問を口にする。
「何か引っかかったのか?」
「いや……なんと言うか、このヒビちょっとずつ大きくなってね?」
そう言って再び停止して、自身の瞳を指さす。
「言われてみると……そうなのか?」
茶色の瞳に入る黒いヒビ……変わったような……変わってないような……
「ちょっと比べてみる」
そう言ってパソコンを操作し、画面には最初に発動したときと得点後にナカタに発動したときの2つを同時に映し出す。
「……確かに大きくなっているな」
「だろ?」
比べてみると分かりやすかった。黒い部分の面積が広がっている。ヒビの線の本数が増え、中央の黒く染まっている領域が広がっている。
「……この分だと発動しているほどヒビが入って……」
「いずれ真っ黒になりそうだな……」
まるでタイムリミット……時間制限を表しているようだな。もしかして、タイムリミットが来たときに何かが起こる……?それがこの眼の代償……?
「まぁ、気にしても仕方ねぇよ。リスクがあるから使うのやめる……ってものでもないしな」
「そうなのか?」
「ああ。そもそも1つの目標を達成すること以外、全て捨て去らないとフローには入れない。フロー状態は必殺技すら捨てている状況だからな」
「必殺技も捨てないと入れないのか……」
「そうだけど……どうしてそんな残念そうなんだ?」
「いや、ちょっと甘いことを考えただけだ。もしも、お前だけじゃなくて、皆がフローに入れたら一気に強くなるなって……」
「それは流石に甘いだろうな。もし、誰でもポンポン入れるほど軽いものなら、もっと一般に広まっている。加えて、それが出来るなら相手もフローに入るから変わらない。フローは決してイナズマジャパンだけの……オレだけが入れる武器じゃないからな」
「確かに……」
「それに、教えてくれた人にも聞いたが、フローに入る……ある意味で全てが自分の思うまま行くような全能感。それを味わい、もう一度と思ってしまってはフローに入ることは出来ない」
「……つまり、フローに一度入ると最強の力を手に入れた感覚になる。そして、通常状態に戻るから……ああ、フローに入ったときの感覚が忘れられず、それを頼りにしてはその思いが邪念となり、フローへ入るときの妨げになってしまう」
「そういうこと。フローに入るにはフローに入りたい……そんな思いすら邪念だと思っている。そんな思いを持っているうちは入ることは叶わない。運良く一度入れたとしても、二度目の方が入るのが難しいだろう」
なるほどな。フローの感覚を知らず、ある意味で偶然入れる一回目と、フローの感覚を知ってしまい、知った上で入る二回目……どちらが難しいかって話で、入るためにはフローに入れさえすればみたいな思考を一切捨てなければならない。そうなると、どうしても安定して入るのは難しい代物というわけか。
「入るときの目標設定も大事だ。自分が不安になるほど難しくはなく、それでいて簡単すぎて飽きることがない。ハードモード……自分の全部を賭ければ達成できると心の底から信じられるレベルだな」
「……なるほど、それは無理だな。頑張れば至れる……なんて根性論じゃ到底不可能な話。そして、こうすれば入れるみたいな一般的な何かがあるんじゃなく、どんな目標設定をすれば良いかは個人に委ねられる。お前にとっては、強敵との戦いが目標設定のキーになり、必殺技という代償が必要」
「そんな認識で大丈夫だと思う。結局、人それぞれなんだ。フローに至れたとしても、発揮される強さも違うし、人によっては代償が必要になる。オレは必殺技もだが、個人という側面が特化されて、ついて行けるヤツ以外完全に切り捨てることになるのも、ある種の代償と言えるだろう」
「そうだったな。仮に他のメンバーがフローに至れてもお前みたいになるとは限らないか。……一応聞いておくが、今後フローに入れたら仲間を切り捨てないようにするのか?一応、円堂との話で、仲間を意識するって言っていたが……」
「そうだな……切り捨てるだろうな。確かに通常状態では仲間を意識するように努力する。だが、集中が最大まで高まっているときまで、ついてこれないヤツをどうのする気はない」
「……そうか。確かにお前の場合は、弱いヤツを引き上げるより、強いヤツ、合うヤツと上に昇る……その方が合っているんだろうな」
「そういうことだな」
多分、十六夜の心の底からやりたいプレーに仲間が関わらないのは変わらない。きっと、強い相手と1対1で戦いたい……それが根本。だけど、それ以外のプレーなら少しは仲間を意識をしていくようにはするのだろう。ただ、それでもついてこれない選手をフローに入った後も気にかけるかは別問題。そこは十六夜の根本が変わらない限り起こり得ない……か。
「いや、多分これでもお前なりに向き合っているんだろうな。日本代表……日本でもトップレベルの選手たちでさえ、十六夜綾人にとっては足手纏いに感じている。それは驕りではなく、客観的なデータでも分かるような事実。……だから、その差は私たちが頑張らなくてはならない問題だ。言葉だけじゃない……ここまで広がっている差をいかに縮めるか。お前は使える者は使うんだろ?」
「そうだな。昔みたいに、使える者まで切り捨てるバカな思考はしねぇよ。切り捨てるのは使えないヤツだけだ」
「なら単純な話だ。お前の横に立つため強くなる……今までと一緒だな」
「そうかもな。でも、今までと違うのは、オレも頼られたら協力はする。お前らが強くなるためにオレが必要だと言うのなら惜しみなく手を貸す」
「それはありがたいな。……悪いが十六夜。私は、お前の思考が正直行き過ぎているところもある……そう考えている。これは円堂の思考云々関係なく、世間一般で見てもお前は、かなり尖っていて、狂っていて、イカレていて……それでいて、いつ道を踏み外すか分からないほど危うく見える」
「それでいいよ、八神。彼女だからって彼氏の思考を、行動を、全て肯定しなくていい」
「だから、間違っていたら私も全力で連れ戻す。その言葉が届くよう、ちゃんと実力をつけてやる」
「……そう。……もしもこの先も、オレが暴走するようなことがあれば、間違った方へ進みそうになったら、改めて頼むよ」
そう言って拳を突き出す十六夜。
「そうだな。……ゴメン。試合後、お前が動くまで私は動けなかった。お前はこの島に来て早い段階で戻っていると……記憶が欠けていて、戻っていることをそれとなく伝えてきたのに気付けなかった」
「……いや、それで気付けって方が無理あるだろ」
「それに約束を果たせなかった。やり過ぎたら意地でも戻すと言ったのに、お前が本気を出したのに、私は理解が出来ず何も出来なかった。お前を孤独にさせてしまったのは私だ」
「…………」
「お前と向き合うことが足りていなかった。安易な気持ちで踏み込んではいけない……そう思い、躊躇し過ぎた結果がこの前だ。だからもう、私もお前と向き合うことをちゃんとしたい。同じイナズマジャパンのメンバーとしても、恋人としても、もう二度とお前を独りにさせたくない」
「……何度失敗してもいい……そう教えてくれた人が居たんだ。きっと、オレたちも何度失敗してもいいんだ。……失敗を重ねる中でオレたちの正解を見つければ良い。少しでも前進すればいい。…………だからさ、もう同じ間違いはしない。オレもお前ともっと向き合う……お前がまた道を外したら助けるし、もしオレが間違えたら助けてくれよ?」
「もちろんだ」
コツンと拳を合わせる。今は遙か先にいる……この距離はずっと遠いもの。だけど、それで諦めるような選手を十六夜は求めていない。
彼女としてだけじゃない。純粋な選手としても認めさせる。喰らいつく……茨の道だろうと、もう独りにさせない。そのために強くなる。
(八神は隣に立ってくれる……並び立とうとしてくれる。……純粋な強さで張り合って、思ったことを正面から言ってくれる……ほんと、オレには勿体ない存在だ)
「それに、もしもお前の身に何かあったら絶対助けるからな」
「何かって……と言うかそれはオレが言うべき台詞なような……」
「さぁな。ただ、お前の方がそういう危機は多そうだからな」
「ひでぇ。そんなピンチに陥ったら自力で解決してやるよ。……それに、オレだってお前の身に何かあったらそのときは助けるよ」
「頼りにしている」
「そう。……んー話したら眠くなってきたわ。昼寝する」
「じゃあ、私はお前が寝ている間に特訓でもしてくる」
「えぇー人が練習禁止されているのに……」
「お前の隣に立つには一分一秒が惜しいからな」
「……無理だけはするなよ。身体を壊したら元も子もねぇぞ」
「人のこと言えない立場だろ。……どうやら、病院に行ってたらしいな?」
「な、何故それを……!?」
「大人しくしていろ。……いいな?」
「……あい」
「後、ペラーは借りていくぞ」
「……どうぞ」
ベッドの上で正座した十六夜がペラーを呼び出して捧げてくる。その姿はまるで生贄を差し出しているようだが……まぁいい。流石に大人しくするだろう。
この後、十六夜は思い切り寝過ごして、気付いたら昼食の時間を大幅に過ぎていたことを記す。
身に何かあったら絶対助ける宣言……これはフラグが建設されたかな?いやいやまさか、敵に捕まるなんて展開が都合良くあるわけ……
次回、十六夜綾人、ある意味やらかす(いつものことでは?)