アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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亜里沙ルート 第一話 10

 Aqoursのみんなと、どことなくいい雰囲気の中で会話を交わす。

 ダイヤさんだけは、後で時間を確保して頂いているという理由で

 積極的に話に参加することはなかったけれど。

 途中、鞠莉ちゃんが

「私は高校時代、劣化絢瀬絵里と呼ばれてましたー!」

 なんて白状をすると、

「鞠莉さんが劣化絢瀬絵里などと……」

 亜里沙ご立腹。

 そのあまりな迫力に、発言者の鞠莉ちゃんですら。

 Sorry,Sorryと軽い調子で言っていたけれど。

「姉に劣化するほど優れている要素があるとでも――!」

 絢瀬絵里以外のメンバー大爆笑。

 特に黒澤姉妹はお腹を抱えるレベルで笑っていた。

 その姿を複雑な表情(をしているはず)で眺めながら、

 お互いに険悪な雰囲気でいるよりも、仲良く笑っていたほうが良い。

 そのためなら道化にもピエロにもなりましょう……。

 

 

 その時ドアが勢いよく開き、

 入って来た相手の姿にみんながみんな緊張が走る。

 私たち姉妹はともかくとして、

 なんでAqoursのみんなまで表情が固くなったのだろう?

「ああ、穂乃果さんいなかった……本当、どこ行っちゃったんだろ?」

 しこたま残念そうな表情を浮かべながら、

 曜ちゃんの隣に座り、その近くにいた私の格好を見やる。

 見てしばらくフリーズ。

「えと……絵里さん、罰ゲームですか?」

 申し訳無さそうに言う千歌ちゃん。

 そんなことないのよ、と優しい口調で言おうとした私が、

 またしても妹に手で制される。

「はじめまして、高海千歌さん。

 この度のライブにAqoursとして参加して頂いて

 感謝の言葉では尽くせません……」

「そんな! ハニワプロの方々には

 私のアイドルとして活動したいっていう途方もない目標を

 じゃあやりますかって声をかけて頂いてこちらこそ感謝しか!」

 姉としては妹が完全に憤慨レベルで怒りを覚えていることに気づいているから、

 触らぬ神に祟りなし、くわばらくわばらと逃げ出したい衝動に駆られる。

 そこらへんの感情に聡い曜ちゃんや梨子ちゃんはもうすでに私から距離を取り、

 花丸ちゃんルビィちゃんあたりはダイヤさんを盾にしてこちらを見てすらいない。

 3年生メンバーは泰然自若として落ち着いている風だけど、

 果南さんはちゃっかり鞠莉ちゃんを盾にしてる。

「先の繰り返しになりますが、

 ア・リトルライトの方々には挨拶をして頂きます

 自分たちの存在を披露できるチャンスです、全力を尽く……」

「その、本当に勝手な行為だとは思うんですが……

 メッセージを飛ばしてもいいですか?」

 妹の言葉を遮って千歌ちゃんが言葉を発する。

 私の顔をちらりと眺め、何かを思案するように眉をひそめた後、

「打ち合わせで聞いた記憶が無い話ですが」

「はい、あの後に梨子ちゃんに僕たちはひとつの光を教えてもらって

 ――μ'sの最後の曲」

 梨子ちゃんの体が跳ね上がるように震えたのを見逃さなかった。

「聞いたことのない曲ですね?」

 千歌ちゃん以外のAqoursのメンバーと私、

 ありとあらゆる視線が亜里沙に集った。

「確か、私の記憶が正しければ――

 μ'sのラストソングは秋葉原で歌ったSUNNY DAY SONGでは?」

 亜里沙の言葉に対し、

 ホラー映画とかで安心した瞬間に殺される哀れな被害者みたいな、

 そんな表情を浮かべた高海千歌ちゃん。

 妹の罠(罠よりもよっぽどタチが悪い)だと知らずに、

 地雷原でタップダンスを踊るくらいの度胸に耳を塞ぎたくなった。

「それが、あったんです! μ'sが一番最後に歌った曲が!

 一般的には知られていない! すごい曲が!」

 すごいすごいと連呼するその曲は、

 あなたが憧れる高坂穂乃果が歌った記憶すら消去したいと

 後日気持ちを吐露するに至った曲ですよ?

 なんて言わない。

 言ったところで本当ですかと逆に疑問を抱かれちゃう。

「ほう? 聞いた記憶が無いので、

 どのように素晴らしいか聞かせていただけますか?

 その言葉次第で、メッセージを飛ばすかどうか判断しましょう」

「ええと、私の貧弱な語彙で伝わるかどうか……

 でも、μ'sの中でも飛び抜けてメッセージ性の強い曲です!」

 ふむ。

 その意見は頷けなくもない。

 ただ、作詞をしている園田海未はそこら辺は無意識に入れているらしく。

 START:DASH!!と僕たちはひとつの光との関係性を問われて首を傾げていたくらい。

「メッセージ性が強いというと……SENTIMENTAL StepSとか」

 それは園田海未作詞じゃない。

 東條希が私の黒歴史を参考にし、

 年をとったら、こんな感じで今のことを思い出したいって作ったやつ!

「SSSは良いですよね! 物寂しさっていうか、切なくて胸が苦しくなるような感じが」

 うん、聞いていると確かに胸が苦しくなる。

 自分のアコースティックギター事件を思い出して。

 身体がむず痒くなってくるというか、なんとも言えない気分になる。

「HEART to HEART! 嵐のなかの恋だから 

 ユニット曲では冬がくれた予感 秋のあなたの空遠く NO EXIT ORION

 あたりは私も好きです」

 園田海未作詞の曲を如実に避けているあたり、

 そして絢瀬絵里が作詞に関わった曲も避けられているあたり、

 自分としてはどう反応をして良いものかわからない。

「梨子さんから聞きましたが、

 ユメノトビラを聞いたことをきっかけにして

 スクールアイドルをしようとお考えになったんですよね?」

 お? って思った。

 海未作詞の曲を避けて、千歌ちゃんの自爆を待っているのかと思いきや。

 海未が散々苦労を重ねて(というかユメノトビラ自体みんなの苦労が重なって)

 作られた曲で、凛を中心にあんな想いはもうしたくないと切実に訴えかけたエピソードあり。

「はい、ユメノトビラは私が特に思い入れのある曲です!

 夢とか、希望とか! 

 夢を見ることの大切さを歌っていると思います!」

 ――元来、園田海未は作詞した曲がどういう扱いを受けようとあまり気にしない。

 例外は僕たちはひとつの光だけ。

 海未に着目した有名レポーターが彼女にインタビューして、

 結果、これでは記事にならないと言って没になった経験があることから分かるように、

 作詞した曲の大半を、恥ずかしいのでネタにしないでほしいと言っているほどで。

 これはこういう意図があるんですかと問われても、

 あ、そうかも知れませんね? 聞いている方々がそう思うならそうかも? とか、

 少なくともユメノトビラが夢を見ることの大切さを歌っているなどという話は、

 彼女と交流が深い(さっき会ったばかり)私も聞いたことがない。

「では、僕たちはひとつの光は――どういう意図を持った曲だと思いますか?」 

「始まりだと思ってます」

 亜里沙が珍しくキョトンとした表情を見せ、

 戸惑いでもなく、驚愕でもなく、

 かといって、どう反応したら良いのかという戸惑いでもなく。

 ただ純粋に予想外という表情を見せる。

 不意の出来事に対応できなくなってしまった妹を差し置いて、

「どうして始まりなの?」

「新しい人生へのファーストステップだからです」

「……ごめんなさい、よくわからない」

「ええと、深い意味はないんですが。

 終わりは、何かをするための始まりだって思って」

「私の主観で申し訳ないけれど、

 未だにμ'sの幻想を追っているのは……

 μ'sを好きだという人たちだと思う」

 スクールアイドルμ's。

 成し遂げたことや残した功績というものは取るに足りない。

 ラブライブに出場するスクールアイドルのレベルは年々上がり、

 楽曲や振り付けを見れば今のほうが断然優れている。

「ごめんなさい亜里沙、ちょっと着替えてきても構わない?」

「実はちゃっかり衣装を用意してあります」

「普通の服装が良いんだけど」

「諦めてください、センターのさだめです。

 隣の部屋に、ステージで披露する衣装が置いてあります。

 試着ついでに感想をことりさんに送って少しでも点数稼ぎをしたほうが良いですよ?」

 亜里沙に見送られながら、

 私はうつむき加減で部屋を抜け出す。

 それが怒りの表情を浮かべているのか、

 それとも悲しい表情を浮かべているのか、

 鏡がないから私には分かるはずもなく――

 

 

~~

 

「ダイヤ」

「……私でよろしいんですか?」

「姉のことをよろしくおねがいします、あなたになら、おまかせできます」

 親友の高坂雪穂の評価も高く、

 なによりAqours解散後に一番苦労した人間だから、

 嫌なことがあって逃避してしまった姉を宥めるには適切な人材だと思われる。

「すみません千歌さん。

 自己紹介が遅れました、絢瀬絵里の妹の絢瀬亜里沙と申します」

「え、でも、最初に会った時に言ってたじゃないですか――」

 今この状況で、μ'sを一番深く応援しているのは高海千歌さんですね?

 という発言か、

 μ'sというスクールアイドルのことは詳しくは知らない。

 という方か。

 どちらにせよ、社会人――というより、

 意地悪な陰険ババアが多用する嫌味の一種だったのです。

「μ'sはすごくないって……言ってましたよね?」

 そっちですか。

 口を滑らせたふりをし、相手がどういう反応を示すか見て、

 自分が絢瀬絵里の妹であり、μ'sと関わりがある人間だと教えるのは控えよう。

 そのような判断があったことなど、恐らく彼女は知る由もない。

「μ'sを生の目で間近に見ているなら……すごくないなんて言えないです!」

「千歌ちゃん!」

「曜ちゃんは静かにして!

 何をどう思って、あの人達をすごくないって言えるのか!

 私にはっきりと教えてほしいです!」

 私は一度目を閉じ、

 いかにどうすれば相手を傷つけずに自分の考えを伝えられるのか考えます。

 正論で訴えれば楽、

 ごまかそうとすればそれもまた楽。

 ただ、恐らくそうすれば穂乃果さんと千歌さんは二度と会うことはなかろうと。

「これは絢瀬亜里沙として、絵里の妹として 

 なによりμ'sの最初のファンとして

 ――そして、μ'sのファンを一番最初に辞めたであろう私が告げます」

 正式には、雪穂が私に対してμ'sのファンである高坂雪穂を辞めると言ったんですが。

 そこまで教える義理はないですし、

 仮に、雪穂のことを誰かなんて問われれば理性を保てる自信がありません。

「μ'sのことを応援しているとか、すごいと言われても、

 高坂穂乃果さんも、姉も……困るだけなんですよ?」

「なんでですか!?」

「だって、もう、μ'sは終わってしまったから、

 続けたくったって、続けることができなかったから」

「でも、応援することは出来る! 

 いつかまた集まって復活するかも知れない!」

「復活したら……また終わらなければいけない。

 あんな悲しい思いを……あの悲しい叫びを……

 穂乃果さんにさせるかも知れないと思えば、私は二度と彼女たちを応援できない」

 姉は知らない様子でしたが、

 にこさんの妹の双子たちがスクールアイドルをしなかったのは、

 無邪気に応援することが、必ずしもいい結果を産むとは限らないことを知ってしまったから。

 こころさんは言っていました、

「僕たちはひとつの光を歌っている最中、お姉さまがすごく切なそうな表情をされました

 そういう演出なのかなって思ったんですが、後日訊いてみたら記憶に無いと」

 それを聞いてから姉にも尋ねてみると、

「一応、そういう演出を入れようみたいなことはあったと思うのだけれど、

 誰がどのタイミングでっていうのは打ち合わせしてないはずよ?」

 演出をしたことは覚えていても、どんな表情をして歌ったのかは記憶にない様子だったので、

「うん、たぶんやけど。みんな無意識にほぼ同タイミングで切なそうな表情はしてると思う

 ただまあ、にこっちはフライングしてたと思うけど」

 一番μ'sというグループを冷静に見ていると判断した希さんでさえ、

 あんまりあのときのことは感情が昂ぶっていてあまり覚えていないそうですから。

「叫び? 穂乃果さんが?」

「Aqoursの皆さんは知らないかも知れませんが。

 果南さん、ダイヤ、鞠莉さんの3人の東京でのライブを、花陽さんは観ていました」

「え? 本当に?」 

 果南さんの言葉に私は頷く。

「あの、叫んだ内容のことを……ぉぉぉぉ」

 曜ちゃんと梨子ちゃんの二人に羽交い締めにされて退場する千歌さん。

「静岡で注目されて東京にやってきたグループがいると」

「恥ずかしい場面を観られちゃったねぇ、果南?」

「どういうコメントをされた……あ、いや、コメントできないか、歌ってないし」

 恥ずかしそうに頭をかく果南さんに、

 しょうがないわねぇみたいににこさんを彷彿とさせる表情を浮かべた鞠莉さん。

「誰よりも相手を想い合い、そのためなら自分が傷つくことも厭わない。

 不器用かも知れないけど、素敵なグループがいた

 だから二年後に同じAqoursを冠するグループがいて嬉しかったと」

「もしかして、足を怪我していたことバレてたの?」

「みたいだねぇ……ほら、鞠莉は割と表情に出るし」

「信じられない……だって、どこで観ていたかはわからないけど、

 ステージに立つ人間の表情なんてほとんど……」

 果南さんが鞠莉さんを連れて、

 少し廊下に出ますというコメントと一緒に退場しました。

「6人で歌っていた私たちも観ていたんですか?」

「その通りです花丸さん。

 投票もしていったそうですが、後日観たらAqoursが0票だったと

 ……まあ、ラブライブの運営はそういう事をやりますからね」

 ルビィさんや花丸さんは、致し方ないという表情を見せ、

 残りのメンバーはそれぞれ眉をひそめて怒りを浮かべた。

「神田明神では希さんもAqoursを観ていたそうですよ?」

「あー、SaintSnowの二人に絡まれた時……」

「UFOかなにかだと思って思わず写真を撮影した……

 天高くムーンサルトを行い、ドヤ顔を決めた理亞の動画と写真を見せられて、

 まさか後年、彼女をプロデュースすることになるとは……縁というのは異なものです」

 千歌さんがお預けされた子犬みたいに、

 期待感溢れる表情でそんな事はいいから穂乃果さんのことを聞きたい

 としているので。

「千歌さん、Aqoursを続けたかったですか?」

「……あ、えと、続けたくなかったです……」

「穂乃果さんは、μ'sを続けたかったんです。

 続けたくて続けたくて、でもやめざるを得なくて……

 高校を卒業されてからしばらく、その気持ちが拭えないまま大学に入りました」

 あの海未さんが、

 なんで穂乃果さんの近くにいなかったのかを深く後悔し、

 パリに留学していたことりさんが、

 夢を諦めてでも穂乃果さんの近くにいると考えるに至ったとある事件。

「はじまりは、ファン……と言いましょうか、

 あのような人をファンと呼称して良いものかわかりませんが」

 

 

 μ'sの高坂穂乃果が同じキャンパスにいる――

 

 

 まだ、いろいろな人がμ'sのことを記憶していた時。

 明るい性格で、友達作りも得意なタイプだった穂乃果さんは、

 男女問わず多くの方々と交流を深めていました。

 

 それは長く続かず、穂乃果さんは孤独に大学を卒業されました。

 

 上手く行っているときだからこそ、

 それを妬み、足を引っ張る人が必ずいる。

 邪魔だって言って、平気で罵る人がいる。

 心が砕かれそうになるまで、

 後悔をさせてしまうような、そんな悪い人がいる。

 

 あれだけ好きだったμ'sが、

 心の底から嫌悪の対象になってしまうくらい、

 思い出すことも辛いくらい、

 記憶から無くしたいくらい、

 ただ憎悪を浮かべるだけの対象になってしまうくらい。

 人を傷つけてくる人がたくさんいるんだということを知った。

 あんな人がファンを名乗り、

 あまつさえ、自分たちを自慢するなんて、

 私のしてきたことは一体何だったのか?

 

 後日、姉の絵里に告げられなかった穂乃果さんが

 私にこっそり教えてくれました。

 

 ただ、姉自身も後々、

 同じような思いを私に吐露するに至り、

 それくらいから記憶の混濁や感情を上手く表現できないことが続いて、

 未だにそれを乗り越えられていない。

 

「Aqoursが解散した後にみんな幸せになれなかった。

 途方もない現実にもがき苦しみ、みんな傷を抱えている。

 有名になるということは、代償にそんな事を得なければならないのか

 有名になっても浦の星の廃校を防げなかった私たちは――いったいなんなのか?

 ダイヤが、私に教えてくれました」

「……あの」

「それは有名税だと、人は簡単に言います。

 名が売れて得をしているのだから、その分損は受け入れるべきだと」

「ファンになっては……いけなかったんですか?

 μ'sに憧れてAqoursを結成したのは……間違いだったんですか?」

「私は間違いだとは断定しません。

 ただ、良いと思った行動が相手に良く伝わるとは限らない、

 それどころかマイナスになることもある……

 一つだけ言えるのは、過去は変えられません、大切なのは今」

「今が最高……」

「千歌さんが今できる、最大限の努力で……

 ステージを盛り上げてくださることを願います」

 次の方も待っていますのでと告げると、

 Aqoursの皆さんはそれぞれ明るいのか暗いのか、

 どちらとも言えない複雑そうな表情で退席しました。

 

 

「千歌さんへのメッセージは姉に任せていたはずなんですが……

 本当にしょうがないお姉ちゃんですね」


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