三十路ニートエリーチカの居酒屋飲み歩き日記   作:おうかわりん
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亜里沙ルート 第三話 11

 東京の千葉に近い方――俗にいうと都心。

 そこから少し離れた住宅街には東條希が住んでいたアパートがあった。

 売れっ子スピリチュアルカウンセラー(肩書き)になっても、

 高校時代に楽しかった思い出が詰まった場所から出るのは抵抗があったらしく、

 周囲に説得されて渋々、今の豪邸(笑)に転居することになったとか。

 とはいえ、仕事の関係上ホテルに泊まることが多くて

 本当に自室でゆっくり寝たことなど片手で数えるほどしかなくって、

 それを聞いた亜里沙が姉さんとは大違いですねと言って、

 これからがあるからと胸を張ったけど、どうあがいても将来的に希の収入を超えることは無さそう。

 あのイチローがオリックスで貰っていた年俸の二倍くらいとか、

 今のポジションでどう稼いでいいのか分からない、一日に100時間くらいないと。

 しかしながら高校時代の希の視点から見た私など、

 先の黒歴史の披露をふまえて考えれば、さほど大やけどにはなりやしない。

 まだ思い出していない過去があるのかも知れないが、

 希のフィルターを通せば多分だいじょうぶ、神様が嫌がらせでもしない限りは。

 

「絵里お姉さんが高校一年生時、GW開けくらいでしょうか」

「おかしいわね、まるで記憶がないわ?

 いけないものを見たのかっていうくらい、何が起こるのか見当がつかない」

 

 首を傾げながら、オトノキ時代の記憶を反芻しようとしても、

 ヒナのこととかμ's加入前の記憶はかなりあやふやであるので。

 中学時代までに遡れば、多少なりとも浮かんでくる部分はあるんだけれど、

 あと、絢瀬姉妹がおばあちゃまに引き取られて以降とかね、うん。

 目の前の風景は目まぐるしく移り変わり、やがて希のアパートに進み出た。

 自分の知っている希がある程度キャラ作りであるのは私も認識していて、

 彼女自身もいつの間にかに作ったキャラが自分自身になってもうてなあ?

 なんて会話をしたことがあるけれど。

 驚いたことに陰気、笑う門には福来たるがモットーの彼女とは思えない。

 性格は内向き全開で、目はくぼんでいて、生気をまるで感じられない。

 陰性丸出しの引きこもり基質を如実に表現していて、

 のちのち行動をともにすることになる同一人物か疑わしかった。

 

「これは真実であるの?」

「はい、過去のエピソードは現実そのままである――と、伺ってます」

「……信じられないけれど、ユッキを疑ってるわけじゃないのよ?」

 

 友人みたいなあだ名で呼んで欲しいとリクエストされ、

 雪穂ちゃんとかぶらない雪姫を尊重したあだ名と思考して、

 結果的にユッキになった。

 他事務所で活躍している筋金入りのジャイアンツファンのアイドルみたいだけど、

 始球式でアンダースロー披露してファンからの失笑を買った人物とは、

 これっぽっちも関係ない、たぶん。

 

「しかしあの、希さんとは会話をしましたけど……」

「ええ、少なくとも私がよく知っている彼女とはまるで違う」

 

 いつかきっとまた会えるという発言をして生前のユッキを励ました希だけど、

 まさか本当に再会を果たしてしまうとは、あの子も思ってないに違いない。

 当時私とは交流が途絶えていたはずなのに、そういえばちゃっかり姿を表してたっけ。

 記憶をたどると海未は3年生組卒業以降毎週のようにリリホワで集まっていたとか。

 うん、考えるのはやめよう。

 

「どうしたらもっと仲良くなれるかな……」

 

 最初希が喋ったことに気づかなかった。

 彼女の流暢な標準語は耳に馴染みがなく、かつついぞ聞くことがなかったので、

 自分の生活の大半がキャラ作りと自嘲していたのが真実なのだと認識した。

 

「声が子どもっぽいとか、胸が大きいとか? 外見が地味とか

 性格が暗いから相手にしてくれないのかな?」

 

 そういえば声がことりとかルビィちゃんに近い。

 子どもをあやすとか、人形に話しかけでもするとか、

 普段の希とはまるで違う口調や声色に首を傾げ続けて痛くなりそう。

 ともあれ、憂鬱そうな顔色でひとしきり嘆き続けた彼女は、

 やがて自室へと向かい、何をするんだろうなーって思ってた私たちの度肝を抜く。

 ――たしか後々μ'sのメンバー全員でお邪魔した時には、

 希の部屋って不自然に物がないな? とか思ったものなんだけど。

 彼女の自室は絢瀬絵里で溢れていた。

 例えるなら、理亞さんのオタク部屋にある写真とかポスターとか二次元イラストとかが

 徹頭徹尾絢瀬絵里、目を向ければどこでも金髪ポニーテール。

 隣りにいたユッキが怯えたように私に抱きつき、顔色も青い。

 見てはいけない物を見たと感じているのは自分ひとりではないと思ったんだけども、

 やっぱり怖いよ、怖いって、絢瀬絵里を何気なく踏みつけてるのもダメージ大きいよ。

 

「可愛い……綺麗……私もこんなふうに生まれたかったな……」

 

 愛おしいものを撫でるように、赤ん坊にひときわ愛情を向けるように、

 絢瀬絵里の盗撮写真を見ながら人形を撫でる希。

 瞳は完全に死んでいて、アンニュイそうな態度で漏れる息は明らかに過呼吸寸前。

 これがもしエロゲーだったら東條希の自分を自分で慰めるシーンが

 ちょっとセンチなBGMで披露されてしまうけれど、そういうことにはならなかった。

 

「何が足りないかな……血とか?」

 

 聞き間違いかな? って思った時には希は針で自分の指を派手に突き刺してた。

 ユッキの目を慌てて手で覆い、自分を目を閉じたかったけど、流れてくる映像は止まらない。

 嫌がらせか! って叫びたい心持ちで希が人形に向かって血を垂らしているのを

 見ている他なかった、正直自分の黒歴史を見るより心が折れそうだった。

 

「誰にも渡したくない……自分だけのものにするには……」

 

 人形に一通り自らの血を分け与えた後、先ほどよりも数倍病んだ目で中空を見上げ、

 声にならない呟き……だと思う、口をパクパク動かして何かと交信してる。

 μ'sの軌跡を放送した(私と2年生組はほぼ無許可かつノータッチ)ラブライブの放送後、

 のぞえりのカップリング同人誌を、自身も妄想の被害(笑)に遭っていたツバサが持ってきて

 すごいすごいと二人して盛り上がっていたら、希は難しい顔をしてそれを眺め、

 愛ってそんな程度のものなの、甘っちょろくない? と言った。

 確かに、愛とはいいつつエッチなことしかしてないわねえと、ツバサと言ってたら、

 

「確かに身体を重ねるのも愛情かも知れないけど、

 それは肉欲と変わらない、本当の愛はきっと、

 引かれてしまうくらい怖いものなんじゃないかなーって……あ、ごめん」

 

 希が本気でおっかない表情を浮かべながら言うので、

 ツバサと二人抱き合いながら恐怖を感じていたんだけど。

 ――いや、本当に怖かったのよ? 明らかにオーラが龍神宿してたし。

 得体の知れない存在に取り憑かれてるんじゃないかって思ったんだけど。

 それはこんな経緯があってのことだったのか。

 

「そうだ……誰か参考に、暗くて心に闇を抱えてて

 それでも明るく振る舞ってそうな人を参考にしよう」

 

 その発言を最後に場面は切り替わり、

 やがて音ノ木坂学院へと周囲の風景が変わった。

 ここではR-15指定みたいな場面は出てこないであろうので、

 ユッキと二人今度は何が起こるのだろう? みたいに顔を突き合わせて、

 さっきみたいに病んだ顔を多少改めている希を眺めていた。

 誰かを呼び出した後なのか、使われていない教室の片隅で窓の外を見ながら

 いくぶん熱のこもった溜め息をついた。

 時間が経ってしばらく、希が呼び出したのはにこだった。

 当時からアイドル研究部の部長としてスクールアイドルとして活動、

 部員との仲違いもあり、冷却期間が長かったと笑いながら言ったことがあるけど。

 

「あれは、矢澤にこさんなんですよね?」

「……自信はないけどおそらくは」

 

 機嫌が悪いのか、不満でもあるのか。

 いつもの仮面を脱ぎ捨てて敵意を抱えた瞳を希に向け、

 冷徹で暗い印象をもたせるクールな声を出し――

 

「あんた誰?」

「私はあなたを知ってる、アイドル研究部部長の矢澤にこ

 通称ニコニー――でも、そんな顔を人に向けると

 数少ないファンが逃げちゃうよ?」

 

 どのような手段を用いてにこを希が呼び出したのかは想像でしかないけれど、

 私がいくら何故仲がいいのか問いかけてみても、出会いの心象はねえ

 みたいなことを言って肝心な部分を教えて貰えなかったのは、こういう事があってのことか。

 刃物の一本でも持ち出せば、殺し合いでも始まってしまいかねない殺伐とした雰囲気に

 ユッキの目を慌てて塞ぎ、自分自身も目を塞ごうとして――諦めた。

 目を閉じても浮かんでくるんだ、いくら拒否しても光景が再生されるから。

 

「なるほど、喧嘩を売るということはこちらに反発をされることも覚悟してのことね?」

「確信した、普段はやっぱりキャラ作りなんだね」

「何が言いたいの?」

「弟子にして」

「はあ?」

 

 残念ながらにこと同じ反応をせざるを得ない。

 自らのメリットのために相手を利用する技術に関しては――

 案外使われている確率の高い絢瀬絵里としては、なんだかなあって感じだけども。

 その行為の初披露が矢澤にこというのは初耳だった、あ、初見かな?

 希の名誉のために言っておくけど、メリットがあると言っても

 自分が得するためには相手を利用しても構わないとかそういう精神ではなくて、

 みんなが幸せになるために自分の悪評が広まろうと相手をうまく使うための技術は

 どう考えても私には出来ないことだし――

 自己犠牲精神で物事をどうにかするのは止めなさいと、

 何度か忠告しているつもりではあるだけど、それをエリちが言うん?

 みたいな目をされてスルーされてばかり。

 

「残念だけど、あなたみたいに陰気な子を弟子にするつもりはないの」

「お友達をスクールアイドルに仕立てて、結果思い通りに行かない――

 そんなことになるくらいなら、私を相手にしたほうがいいよ」

「分かったようなことを言わないで――」

「自分の評判が悪いことは、なかなか気づかないものだものね」

 

 にこも確信的に希が言っていることが間違いではないと考えているのか、 

 それとも感覚で、ここで遠ざけたところで地獄の底まで追っかけてくることを把握しているのか。

 希が諦めが悪いというのを身にしみて分かっている私が言っても仕方ないけれど。

 興味を持った相手にはなんとかして幸せになって貰わないとという自己犠牲精神は、

 本当に改めて貰わないと、もしも生きて帰ったら懇切丁寧に説明しないと。

 

「友達を大事にするのもいい、アイドルになりたい気持ちを大事にするのもいい、

 でも、どちらか選ばないと」

「どっちもじゃいけないの?」

「裏切られてからじゃ遅いんだよ、これを見て」

 

 希がどのような手段を使って手に入れた写真かは分からないけれど、

 過去にアイドル研究部であった――確か、そのうち何人かはUTXとか別の高校に行ったはず。

 オトノキに残った面々もにことは疎遠になり、

 私たちがμ'sとして華々しい活躍をしても近づいてすら来なかった人たち。

 彼女たちがにこをどのように考えているのか、どういう扱いをしているのか、

 指さして笑う姿であるとか、にこの持ち物を漁っているところとか、

 とにかくまあ、見るにも堪えない悪意に籠もった写真の数々。

 

「……私は部長としてみんなを信じる」

「じゃあ弟子に」

「しつこい。でも、まあ、アドバイスくらいなら送ってあげるわ」

「ありがと、嬉しい」

 

 その後。

 にこのアドバイスでクラスの中心になっていく希と、

 アイドル研究部が活動を停止し、クラスで孤立していくにこを見て。

 二人の事情もつゆ知らず、ただボケっと友人付き合いをこなし、

 過去を詮索しようとした自分を殴りつけたくなった。

 

「アイドルはみんなを笑顔にするもの、か」

 

 自分の名前がニコであるから、そんな事を言っているのかな?

 なんて漠然と思っていたけれど。

 相手を笑顔にするためなら、自分はどうなっても構わない、

 決定的な証拠を突きつけられようとも相手を信じようとした彼女の姿に、

 本当に絢瀬絵里っていうのは甘ったれた存在であったのだなあって。

 独りよがりで、頭悪くて、誰に頼ろうともしないのに甘ったれてて。

 誰かがなんとかしてくれるとばかり思っていて――

 私が起こしていた活動はたいてい、マイナスに繋がっていたりして。

 

「絵里お姉さん」

「ユッキ?」

「先に進みますか? それとも、ここで終わりにしますか?」

 

 真剣な眼差しを向ける彼女に――私は、

 本当に情けないことに私は先に進むことを決意した。

 そうしなければならないというよりも、

 自分自身が生きて帰るとかそんな目的よりも、

 みんなにしなければいけないことがたくさんある、謝ることもそうであるし、

 感謝の気持ちを伝えることもそう。

 恥ずかしくても苦しくても生きていきたい、そのように決意して。

 

 そして。

 次に見た光景が、おばあさまに引き取られる前に住んでいた。

 嫌な思い出しかない建物の中であることに気づいて――

 世の中思い通りにいかないものだな、なんてため息をついた。



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