三十路ニートエリーチカの居酒屋飲み歩き日記   作:おうかわりん
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鹿角理亞ルート プロローグ 01

 季節は春。

 ようやく最近は暖かくなったかな? と思いつつ、

 夜になれば薄着でいると肌寒いので、

 風邪など引かないように一枚多く寝具を羽織ったら、

 あまりに寝苦しくて妙な夢を見てしまった。

 暗い暗い道の先に自分を待っている女の子がいる。

 ”小学校高学年”くらいの西園寺雪姫と名乗る少女が、こっちこっちとしきりに呼びかけてくる。

 足が竦みそうなほど暗い道をおっかなおっかな歩き、辿り着いた場所はひとつの光。

 なぜだか私はその先に行くのが怖くて、身体が粟立つような恐怖を感じて思わず前に進むのを躊躇ってしまったら。

 今は一緒にいるからと春の陽射しのような温かい笑みを浮かべながら、 

 私の気持ちをすっと安心させて、怖じ気ついていた足を前へ前へと一歩ずつ進ませた。

 なぜだか雪姫がもっと小さい手をしていたような気がして首を傾げたけれど、

 だんだんと自分の意識は朝の訪れと一緒に覚醒していく――

 どのみち、たかが夢なのだ。

 これからの日々は、亜里沙の頼みでハニワプロの落ちこぼれアイドルの面倒を観る――

 エトワールという場所の管理人を務める自分を想像し、なんだか懐かしい気がして、

 μ'sの面々に世話を焼いていた頃を思い出すからかな? と頭によぎったけれど、

 考え過ぎは良くないよね、と思い直して私はまぶたを開いた。

 

「ああ、変な夢を見たなあ……」

 

 独り言を呟いた私は、

 やれやれ誰もいないのに寂しい寂しいと思いながら伸びをした。

 朝陽が昇り始めて少し時間が経った春の日。

 以前までは起床するのにためらってしまうほど暗い時間だったけれど、

 暖かくなるにつれてベッドから抜け出すのが早くなってきた。

 慌てて掛け布団の中で電灯のスイッチを探さなくてもいい季節になり、

 私としてもスッキリ、亜里沙にとっても余計な電気代を食わずにスッキリ。

 そんな時、どこからかおはようございますという声が聞こえてきて、

 妹とは違う声がしたけれど来客でもあったかな? なんて思考して振り返ると、

 全体的に薄い色調をした先ほど出会った女の子が、ふわふわふわふわと浮かびながら、

 にこやかに挨拶をして、ああ、まだ夢の中にいるのかと思った。

 

 私にしか見えない精霊のようなものと説明してくれた雪姫ちゃんは、

 なんでも迂闊な私をサポートしてくれるらしい。

 確かに油断大敵とか、百戦負け続きという言葉がよく似合う私にとっては、

 これ以上にない強い味方ではあるけれど。

 いざとなれば身体を乗っ取りますのでと説明されたところで、安心していいのか嘆いていいのか。

 彼女は説明もそこそこに本日のタイムスケジュールを披露してくれる。

 起床して朝食を作り、妹と一緒にそれを食べたら私はこのアパートからお別れだ。

 そのために中古屋や清掃業者から、絢瀬絵里の痕跡をこの場所から消すために苦労した。

 どうしても処理したくなかったパソコンだけはツバサに預かって貰ったけれど、

 さっさと引き取りに来ないと承知しないと脅かされてる。

 前日に作ったボルシチをイタリアンに変化させ、

 朝から胃がもたれそうな料理を作ってしまったなと、自己判断していると。

 眠たげな亜里沙がこちらに顔を出した。

 いつもシャッキリしていて、起床から5秒でキャリアウーマン化する妹にしては珍しい。

 眠りでも浅かったのか、それとも仕事が忙しいものであったのか。

 そういえば北海道から帰ってきたとか言ってたような……そうでなかったような?

 

「おはようお姉ちゃん」

「……ん?」

 

 昔懐かしい言葉の響きを聞いた気がした。

 甘えたがりだった妹の過去を彷彿とさせるほわほわとした口調と声色に、

 まだ寝ぼけているのと笑いながら問いかけたら、

 

「え? あ……ん? そういえばなんでわたしはこんな口調で?」

 

 前日までの”姉なんて見下すモノ”くらいに考えていそうな冷徹ぶりとは打ってかわり、

 醸し出すオーラさえもプリティーな感じに変貌しキャリアウーマン(笑)状態。 

 さんざっぱら首を捻りながら、必死に冷たい声を出そうと努力した挙げ句、

 お姉ちゃんの朝ごはんが待ち遠しいです! と誤魔化されてしまい、

 朝から疲労感でいっぱいになった私も深く追求することなく姉妹の朝食は続く。

 

「そういえばお姉ちゃん、ハニワプロの所属のアイドルの管理のことだけど」

 

 過去に戻ったかのような口調のままで話し出す妹。

 今まで表情を変えることすら珍しかった彼女が、なぜかニッコニコ笑いながら美味しい美味しいと

 連呼しながら食事を重ね、昼食も作ってあるからと説明するとハラショーと言いながら喜んでくれた。

 違和感は多少なりとも感じるんだけれども、昨日までの妹と同時に

 記憶の中にそんな妹をついこの前見たような気がしたから、そこまで変とは思わない。

 

「でもね、だいじょうぶ。私も手伝うし、気軽にやってくれれば平気です」

「手伝う? あなた昼間は働いているんでしょう?」

「え? あれ? 知らなかったっけ? 私はハニワプロで働いてるって」

 

 姉妹で顔を見つめ合い、二人の記憶の出来に差異があるのは仕方がないとしても、

 あたかもその事実を知っていたかのように話されてしまうと、

 あれ? そうだったかも? なんて思って深くは考えない。

 ただ亜里沙の方は難しい表情をしながら、自分自身にあるまじき記憶がある気がします、

 と、よく分からない発言と怪訝そうな表情をしながら首を傾げている。

 雪姫ちゃんに心のうちに問いかけてみると、恐らくそれは記憶の混濁があるものと教えてくれた。

 何の記憶? って問いかけてみると、過去に体験した行為が世界を変遷しても

 何となくそうだった程度で残っているのかも知れないと話してくれた。

 世界の変遷とか、過去の記憶とか、まるで中学二年生時の朝日ちゃんの妄想みたい――

 ん? 朝日ちゃん? 朝日ちゃんって誰? 記憶を掘り起こしてみても、

 そんな人物と過去に出会ったかもしれないくらいしか思い出せないのに、

 何故仲の良い友人であったかのように振り返ってしまったんだろう?

 

「うーん?」

 

 疑問は解消されなかったけれども、時間は過ぎていってしまうので。

 私も亜里沙も深く考えないことに決め、それはそのようなものなんだろう程度で置いておくことにした。

 部屋に戻って身だしなみを整えて、相手に失礼のないようにしないとと気合を入れ、

 雪姫ちゃんのアドバイスのもと、原始人レベルだった私のファッションセンスは

 雑誌をコピーすることしかできなかった高校時代まで改められた。

 妹にも、すごくまともに綺麗な格好してます! と褒められているのか

 ディスられてしまっているのか分からない励ましを受け、アパートから退室した。

 姉妹揃って前日まで住んでいたというのに、なぜか懐かしい気がする建物を観て、

 今生の別れであるような切ない気持ちをお互いに抱えながら、

 なんだかもう帰ってこない気がすると亜里沙が呟き、

 そんなわけがないでしょう、と姉である私が嗜めた。

 しっかりしなさいと妹の背中を押す自分というものを久しく経験してなかった気がして、

 きっとループモノの物語の主人公ってこんな気持ちなんだなと、

 思いの外しっくり来る感想を抱いて最寄り駅へと到着した。

 

「じゃあ私は仕事に行くね?」

「ええ、気をつけて。なんだかお互い変みたいだから。事故とかに遭わないように」

「そうだね、重々承知しておきます」 

 

 電車に揺られて十数分ほど。

 都心にほど近いハニワプロから徒歩で30分ほどにあるエトワールに行く前に、

 鹿角理亞さんが迎えに来るというのでコンビニで飲み物でも買おうかな? 

 でもちょっと口に直接つけて飲むのはみっともないかな? なんて逡巡していると、

 周囲が騒がしく、人の声で溢れ始めたのでなんだろうと思って振り返ると、

 とんでもない美少女が私に向かって近づいてくる。

 髪質はストレートで、目つきは少々鋭いけれど気が強そうなのかな? で片付けられるレベル。

 エトワールから私を迎えに来ると伝えられたのは、たしか鹿角理亞さんだったはずで、

 似ても似つかないと言っては彼女にも、近づいてくる方にも失礼かもしれないけれど、

 余計な記憶がこびりついているのに、その中に入っていない美貌の女性に、

 ちょっとした警戒感を抱いてしまうのは致し方ないことかも知れない。

 

「絵里先輩」

 

 にこやかに私に呼びかけて来て、明らかに相手は自分のことを知っていると理解した。

 写真やまた聞きとかで、私をμ'sの絢瀬絵里と知っている人間はいたとしても、

 外に出れば悲しいほどにスルーされてしまうので最近は自己主張をすることもやめたけれど。

 キョトンとして顔をしげしげと覗き込んでしまったことに気がついて、

 咳払いを一つしながら記憶にない人だと素直に認めて謝罪しようとすると。

 

「――ああ、こうすれば分かります?」

 

 目の前の女性は頭の左右に髪の毛でふたつくくりを作り出し、

 世の中に対して敵意満載の飢えた狼みたいな釣り上がった目をして見せて、

 ようやくそこで、彼女が鹿角理亞さんであると気がついた。

 つい先日まで顔を合わせていた彼女とは髪質も、目つきも、

 背筋を伸ばして凛としているせいか身長さえも変化したように見える。

 何か悪いものにでも憑かれてしまったか、新作のエロゲーに魅力的なヒロインでもいたのか、

 別人だと呼称しても良いほどに変化してしまった。

 外見をちょっと取り繕って見せたとか、今まで見ていた彼女が実は双子の妹であったとか、

 奇想天外な結論をしなければいけないほどに――

 

 喫茶店クローシェに赴いた私たちは、

 お互いに正対するようにソファーに座ってメニューを注文した。

 陽射しが眩しいとポツリと呟き、寝不足だからいけないと結論づけた理亞さんMk-IIは

 紅茶とスイーツのセットという女子力の高そうなメニューを頼み、

 予想外の注文に慌てた私は同じものでいいです、と怪訝そうな表情をする店員さんの視線をスルーし、

 私は最初からこれを食べたかったんですが何か? と表情を作ってみせた。

 今まで真姫に指導されたくらいしか演技の経験がなかった自分が、

 しっくりと来るほどに表情を作れたので首を傾げながら、

 困ったように視線を這わせる理亞さんと顔を突き合わせた。

 

「そうですね……困りました。確かに、先日までの鹿角理亞とは

 別人だと判断されても仕方がないとは思います」

 

 徹夜でプレイしていたとある新作ゲーム(18禁)の途中で寝落ちしてしまい、

 ふと気がついて、私を迎えに行かなければと思い至り――

 あまりに破廉恥な場面をパソコンが映していて思わず甲高く悲鳴を上げ、

 驚いてやって来た面々が鹿角理亞さんの変貌ぶりに同じレベルで悲鳴を上げてしまい、

 朝から結構な騒ぎになったみたいで、ただまあ気持ちはよく分かる。

 髪質も気がついてたらサラサラの真っ直ぐになっているとか、

 表情も気が強そうな感じを作らないと柔和な印象を改められないとか、

 先日までの口調を試してみても、おとぼけた感じになって似つかないとか。

 なぜこんなことにと問いかけてみても、誰一人返答することなど出来ず。

 仕方がないのでお風呂に入り、身綺麗にして、部屋に置かれていたものが女子力が低すぎたので

 同居人のエヴァリーナちゃんに化粧水やら美容液やらを借り、

 散々自室の掃除を重ねてからここまでやって来たとのこと。

 以前までならば身の回りの整理整頓すら出来なかった面々が手を貸し、

 あまりにも優秀過ぎる自分たちに頭に特大のハテナマークを浮かべながら、

 ゴミ袋複数と中古品行きの物品を仕分けし、

 あとの処理を津島善子ちゃんと栗原朝日ちゃんの二人に任せて出発。

 

「なにか変ですが……どうあれ、敬意を払って絵里先輩を迎えるとみんな張り切っています。

 ただ以前までなら、そういう気の使い方が逆効果になっているはずなのに」

 

 深刻そうな悩みでも抱えて疲れ切ってしまったと言わんばかりのため息が耳に届き、

 掛ける言葉も見当たらなかった私は、気分を改めて食べましょうとフォークを持ち上げて微笑む。

 何はともあれ改善策は見当たらないので、時が流れるままに状況に慣れるしかない。

 その行為を世間一般では思考停止と呼称することは知っていても、

 次から次へと不可解な状況が続いたので、そろそろ脳内がパンクしてしまいそう。

 先ほど朝食を採ったばかりだと言うのにカロリーをたくさん摂取してしまい、

 1日に必要なカロリーの3分の2を突破していますという雪姫ちゃんの忠告を、

 どこか遠い場所から聞こえてくる声のように感じながらひたすらスイーツを食べた。



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