アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙   作:桜川凛

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鹿角理亞ルート プロローグ 04

 ボルシチを中心としたロシア料理を囲み、

 そういえばなんでツバサはここに来たのと問いかけてみると、

 まあまあ、それは後にすればいいじゃないと

 話をごまかされてしまったので、

 特に何を追求するわけでもなく、ちびちびとお酒を飲む。

 未成年者がいる手前、遠慮しようかなって思ったんだけれど、

 いいから飲め、とりあえず飲め、遠慮せず飲め、

 と異様なほどみんなから勧められてしまったので、

 酔いすぎない程度に日本酒を飲む。

 結構量を出したとは思うけど、胃袋が宇宙らしいツバサや

 私自身の努力によって作りすぎた料理はみんなお腹におさまった。

 摂取したカロリーがやばいのでは? と冷静になった面々は

 一目散に地下のレッスン場に向かい、今はトレーニング中。

 残っているのはカロリー? 知ったことか! なツバサと、

 食べる量をセーブしていたらしい理亞ちゃん。

 カロリーどころか肝臓の出来も心配になるけれど、

 と、私が言ったら、お前が言うなみたいな顔をされてスルーされた。

 

「すごい変わったわね、理亞さん」

「はい、何故だかこう……しなければならないと言いますか

 こちらのほうが自然で」

 

 おしとやかさかげんではエトワール随一に変わってしまったのは、

 エロゲーのプレイしのしすぎで3次元と2次元が混同されてしまったのではなく、

 普段からさらさらヘアでおしとやかさんな自分のほうが自然だったからみたい。

 どちらかといえば、そうでない自分のほうが違和感があるらしく、

 異様なほどエロゲーにハマっていた過去は消し去りたいほど恥ずかしいよう。

 人としては真っ当ではあるのかも知れないけれど、

 しかしながら、そんな鹿角理亞ちゃんのほうが違和感があるというと、

 怒られてしまうだろうか?

 ツバサは興味深そうにしげしげと彼女を眺めたのち、

 自分が持ってきた大量の度数の強い酒をストレートで口にし、

 

「なにか隠してるでしょ」

「公式プロフィールが詐称されていたのは知ってますが」

「いや、そうじゃなくて、

 なんでそうなったのか自分では分かってるでしょって話」

 

 何気ない風ではあったけれど、

 的確に心を貫いてくる指摘に理亞ちゃんは苦笑いしながら、

 私の方をちらりと見て、首を振る。

 なお、ツバサも私をちらりと見て、

 なんで気づかないかなこのポンコツはと言いたげだったけれど、

 あいつの洞察力がチートレベルだって言うのは指摘してはダメかしら?

 

「心の中では負けたくない相手がいると思っているんです」

「その人ってすごいの? そうならなければならないほどに」

「……正直な話、負けたくないと思ったのは事実ではあるんです

 強い憤りを持って、過去の自分を改めたいと願ったのは記憶しています」

 

 理亞ちゃんの能力値は私から見てもかなりのレベルにあると推測される。

 才能はあるけどやる気がないとか、

 もうちょっと努力すればいいのにとか、

 明日から本気出すと言っていつの間にか死んでいる人扱いな彼女が、

 躊躇いもなく全力を出して何かに取り組んでいる姿というのは、

 過去の理亞ちゃんを見るに異様過ぎる案件だ。

 本気出すと言ってどうにもならない人間はこの世にたくさんいるけれど、

 全力を出すと、周囲が困るほど成長してしまうのは良いんだか悪いんだか。

 

「そいつには勝てそう?」

「どうでしょう? 今のところは勝っているとは思いますが」

「気をつけなさい、そいつは本気だすどころか、

 ちょっとやる気出すで追い抜いてくるから」

「……経験済みですか」

「ええ、何度も何度も」

 

 私には関係無さそうな話であるので、

 まったく聞いていない風を装っていたら、

 脛を高らかに蹴り飛ばされた。

 クリティカルヒットしてしまったために悶絶するほど痛く、

 飲んでいた酒をつい勢いよく飲み込んでしまい。

 鼻に逆流してしまってけふけふ言ってるけど、

 二人はまったく意に返さずに分かってないなあこの人って目で見下ろした。

 なんということでしょう、私はいつだってフツーでありたいというのに。

 いつも空気読めないで嫌味な態度見せてるみたいじゃん……。

 

 特に意味もなく脛を蹴り飛ばされたり、

 みんながお腹を痛めているから来て欲しいとお願いされたから行ってみたら、

 食べた後ですぐに動いたから苦しんでいるだけだったので、

 慌ててくる必要もなかったと安堵していると。

 一人フツーに過ごしているエヴァちゃんが、クニクニと私のわき腹を引っ張る。

 結構そういうことをされてしまうと太ったかなと勘違いしてしまうので勘弁して欲しい。

 

「動けるからと言って、調子に乗ってはダメよ

 急いで何かをしようとするとね、人間死ぬのが早くなるだけだし」

 

 私が忠告してもあんまり効果がないのに、

 ツバサの言葉は真剣に聞いているだけに、

 あれ!? 私の信頼度低すぎ……!? みたいに

 手で口を抑えながら驚いた顔をしようと思ったけれど、

 そんなことをするから尊敬の度合いが下がると思ったので自重。

 なお、ツバサの言葉がクリティカルヒットしたのは存命の面々だけではなく、

 私の心の中に居て同調してばかりの雪姫ちゃんにも。

 生き急ぐとろくな事にはなりません! と亡くなった人間に言われてしまうと、

 なんでだろう、色々と自重してしまいたくなるね?

 

「朱音さん、あなた自分が売れっ子になれると思ってるでしょ」

「はう!?」

「善子さん、もうすでにサイン会で行列が出来て困る想像してるでしょ」

「うあ!?」

「朝日さん、さっきデザートもう一個食べられたかなって思ったでしょ」

「私をオチに使わないで良いんですよ、当たってますが」

 

 綺羅ツバサさん心を読解している疑惑。

 どういう人生を歩めば、もうすでに人気が出た自分自身を想像している――

 人間の表情からその事実を読み取ることができるのか。

 あ、でも朝日ちゃんがちょっと食べ足りなさそうなのは分かったよ?

 お腹痛いのかなって心配して駆け寄ったら、

 あと3個は食べられたって頭抱えてたし、もうちょっと健全に心配させて?

 

「この中に、売れている人間はみんな実力があるって思ってる人!」

「はーい!」

 

 高らかに手を上げたのは私だけだった。

 お前には聞いてないみたいな顔をしてツバサに見られたのと、

 すごく優しい目でエヴァちゃんがこちらを見たので、

 空気読めてなかったなって反省する。

 ちょっとノリでおとぼけてしまったけれど、

 エトワールにいるみんなも、売れているアイドルなり歌手なり、

 声優だったりする人間がみんな優れた歌唱力とかを持っているかどうかは、

 分かっているものであるらしい。

 仮にみんながみんな優れた部分があって、優れているからこそ仕事をしているのなら、

 実力派〇〇なんて言葉はおそらく存在しないものであるだろうし。

 

「はい、みんなもお察しの通り、歌が上手い人が歌手をやってるわけでもなく、

 当てるのが上手い人が声優をやっているわけでもなく、

 演技が上手な人が俳優やっているわけじゃありません。

 ただ、9割は上手な人がやってます」

 

 何故こんな話をツバサがしているかと言うと、

 今までほとんど上手く行ってなかったのに、急にいろんな才能に目覚めて、

 やればやるほどできるようになるんじゃない?

 みたいになってオーバーワークを起こすのを防ぐため。

 私もそのあたり一家言持ってるけど、説得力がないからやめてって言われちゃった。

 反論しようとしたら理亞ちゃんに優しい声で、やめてくださいって念押しされたし、

 中にいる雪姫ちゃんにさえ、やめたほうがいいですって止められたし。

 

「何より大事なのは、売れてない人たち。

 もちろん、実力がないから人気がないという人たちも数多いけれど、

 事務所に所属している人間の大多数は、

 売れている人と同程度かそれ以上の実力を持っていても

 売れていないという現実です」

 

 頑張るなというわけではなく、

 頑張りすぎてはだめだ――という忠告。

 上手くいっているとついつい調子に乗りがちではあるけれど……

 そういえば調子に乗りがちな人生であったなあ、と勝手にたそがれる絢瀬絵里(笑)

 なお、みんながみんな、オチはあいつだなって目で私を見てる。

 

「はい、みんなもお分かりですね、

 μ'sで羽目を外して頑張った挙げ句、

 数年間ニートとして過ごし、妹のスネカジリを続け、

 今はその人のコネで仕事しているあの人みたいになります」

 

 パラパラと沸き起こる拍手。

 それはツバサの発言が的を射ているから?

 すごく分かりやすい説明だったって納得した拍手?

 ちょっと扱い的に不遇であったので、唇尖らせて拗ねてみると、

 綺羅ツバサさん(笑)がさらに、

 

「くだらない話を聞いてくれたみんなに

 ああいう人を意のままに操る方法を教えます」

 

 えー!? と深夜の通販番組の商品紹介の時みたいに

 みんながノリよく高らかに驚いてみせる――雪姫ちゃんも言ってる。

 

「これは別に絢瀬絵里オンリーに使える技術ではなく、

 自分では頭が良いと思っていてそれなりに仕事はできるけど、

 言われたことしかできないやつと、褒めれば動いてくれる人にも利用できます

 なお、仕事ができない人間にやってもこっちが損するだけです」

 

 ツバサが私と正対して、やけに真剣な面持ちでこっちを見る。

 ふざけた態度から一点、謝罪の意でも示すみたいに殊勝な表情をして、

 責めるべきはこちらなのに、なんか悪いコトしたかなと罪悪感が揺さぶられる。

 

「はい、今の通り、こちらが下手に出て申し訳なさそうな風を示すと

 ああいう人は心が揺さぶられます、

 今あの人、なんか悪いコトしたかな? って考えました」

「か、考えてないし……」

 

 心を読解されたのでしどろもどろになる。

 観察眼と言うよりニュータイプレベルの所業、

 おそらくファンネルは使えるね? ハイパー化するかもしれない。

 いくらこっちがハンブラビで頑張ってもビーム全部弾かれちゃう。

 

 こちらが反抗的な態度を示したことで、

 相手は第二の作戦を取る。

 死んでも屈するもんかと思って気合を入れていると、

 

「絵里」

 

 その台詞と一緒にこちらに潜り込んでくるツバサ。

 正拳突きでも決められるかと思って身体をくねらせると、

 なんと私の手を取り、せつなそうな瞳でこちらを見上げ、

 愛おしい人に甘えるみたいにボディータッチを重ねながら

 なんかいい匂いがすると同時に心が揺さぶられた。

 あかん、これは孔明の罠やんなと希の声が聞こえてきた。

 そうよ私、こいつは一度弱みを見せたら最後、

 死ぬまで罵倒をしてくるやつだと思い直し、ぐっと一声漏らして、

 鼻息荒く相手を睨みつけてやると、

 

「ごめんなさい、許して絵里」

「だ、騙されたりしないわよ! そういってェェェ!?」

 

 寄せられる唇、撫でられる身体、鼻には絶えず甘い香りが届く。

 なんでこの人さっきまで酒にまみれてたのにこんな匂いがするの?

 との冷静な思考回路は一瞬で吹っ飛び、

 熱量高く、ガチで女性の方が好きみたいな態度を取られ、

 まるでイケないことをしているみたいな気分にだんだんと落ちていく。

 的確に身体がハネてしまいそうな部分を刺激されてしまうと、

 抵抗虚しく陥落してしまいそう。

 恋人つなぎで手を重ねられ、潤んだ瞳と湿った唇を寄せられてしまうと、

 あ、こういうのもアリかな? と――

 

「はい、いざという時はこうしてボディーランゲージで何とかしましょう

 ああいう人は感情に飢えているので、距離が近づくと動揺します」

「うえ……?」

「何してんの絵里、発情してるの? 肉の加工会社に売るわよ?」

「こ、この! またダマ……!」

「ごめんね……」

 

 騙されていると分かっていても、

 人恋しい気持ちを埋めるような的確なボディータッチに、

 為す術もない絢瀬絵里なのでありました。

 断じて発情しているわけでもなく、相手に性欲を抱いているのでもなく、

 あくまで綺羅ツバサさんが上手なんです、あとエヴァちゃん写メ取らないで

 どこに送ったのそのメール。亜里沙じゃないよね?

 

 

 絢瀬絵里を意のままに操る方法を体得したエトワールの住人は、

 扱いやすい金髪の発言は右から左に流すようになり、

 カリスマ性を高めた綺羅ツバサさん(笑)の演説はヒートアップの一途をたどる。

 これがもしジオンだったらハマーン・カーンかシャア・アズナブルレベルの所業、

 おそらく私だったらよくてグレミー、下手するとゴットン。

 でも、ゴットンさんはちょっと感情移入しちゃうよね、上司に恵まれなくて。

 でもガンダムシリーズってだいたい上司に恵まれない人か、

 部下に恵まれない人しかいない気がするけど、現実ってそんなものなの?

 

「さて、統堂朱音さん、エヴァリーナさん、栗原朝日さん、津島善子さん

 あなた方のデビューが企画検討されています」

 

 今のがもし、私の発言だったら本当かよみたいな顔をされるだろうけれど

 あいつの信頼度は今や亜里沙レベル。

 ボルシチを作るために呼ばれたやつレベルから、

 神と崇めてもいいレベルにまでジャンプアップを重ねたあの人は、

 そろそろハウツー本でも出せばいいと思う、売れそう。

 

「今は4人揃ってということになりますが、

 望むなら単独でも、売れてからの話になるとは思いますが」

「質問があります」

「はい、朝日さん」

「絵里さんはともかく、理亞さんは私達とセットになる話でしたよね?」

 

 うん、そこは理亞さんは一緒じゃないんですか?

 で、良いと思うの。私をオチに使わないで良いんですよ。

 エトワールで一緒に過ごしている以上、

 アンリアルとしてはパッとしない売れ行きだった彼女を

 グループのセンターとしてという意図はあったのか、

 みんながみんな、え、私達だけ? みたいな顔をしている。

 

「うん、ネタばらししてしまうと、元々、そこの金髪の代替要員が理亞さんでした」

「あ、どうも、私が変な金髪です」

 

 ボケてみるとみんながスルーした。

 雪姫ちゃんだけが面白いですよ! とフォローしてくれる。

 

「元々、この場の管理人として絢瀬絵里が来なければ、

 理亞さんをまとめ役としてみんなをデビューさせて、いずれ一人くらいは当たれば

 という魂胆でした。

 みんなを軽んじているのではなく、その程度の実力だったと冷静に判断した結果です。

 が、ハニワプロの意図とは異なり、理亞さんはみんなと一緒に堕落する方向に向かい、

 どうしようかねこの人達扱いされていたのは……まあ、分かりますね?」

 

 顔を見合わせながら苦笑いする面々。

 何故かは分からないけれど実力が向上したみんなは、

 ハニワプロの困りモノから、推すべきアイドルへとレベルアップに成功し、

 グループとしても行けるよね? 扱いになったのは――分かりますね?

 英玲奈の妹として審美眼があって、歌唱力に優れていた朱音ちゃんや、

 外見では誰にも太刀打ちできないレベルの美少女であるエヴァちゃん、

 Aqoursとして活動し、頭脳明晰で仕事もできる善子ちゃんや、

 とりあえずグループにはちっちゃい子を入れとけみたいな扱いの朝日ちゃん。

 プロデュース業でも優れているヒナのおべっか取りだった側面があったのは

 ここだけの秘密、本人も分かってるだろうけど。

 

「エトワールは使えないアイドルの隔離場所から

 金の卵の育成所に変化しようとしています。

 ただまあ、そういう会社の意図はね、ほんとう、クソくらえなんだけどね?」

 

 冷静な口調から本音が漏れ始めたツバサ。

 アイドルを管理するような上の立場での話は、

 アイドルであることにプライドを持っている彼女からすれば許せないのだろう。

 

「私達はハニワプロを有名にさせるためだけの商売道具じゃない

 ううん、アイドルは――芸能事務所を潤すための使い捨ての駒じゃない

 みんなに希望を与えて、夢を与えて、理想とされるもの

 ――悔しいことに、私にはまだその実力がない。

 

 だから言える、あなた達はできる、もっともっと奇跡を起こせる

 隠居みたいな私なんかを越えて、有名なアイドルになってください

 

 でないと、そこの金髪とか、そこのおしとやかさん使って

 私が下剋上するから」

 

 だから私をオチに使わないで?

 せっかくちょっといい話だったのに、

 みんなの表情があーあ、みたいな感じで終了するのは、

 なんていうかやるせない気持ちにさせるからさ。

 

 

 ちょっとツラ貸せやと言わんばかりに肩をぐっと掴まれて、

 絢瀬絵里専用とされるべき管理人室に連行された。

 私を連れてきたのはこの場でもっとも権力がある人物、つまりは綺羅ツバサ。

 なんでそんなに女の子の扱いが上手なのって尋ねたら、

 あなたもやろうと思えばできるでしょっていう意味のわからないことを言われた。

 私の人生経験で意のままに操れた女の子って高校卒業するまでの亜里沙くらいじゃない?

 下剋上くらって今では顎で使われてるけど、知り合いは大抵私を顎で使うけど。

 今まで荷物の溜まり場だった場所は、すっかり綺麗に掃除をされて、

 家事くらいしか取り柄のない私から見ても、それなりにピカピカのレベルを保っている。

 ただそれを口に出してしまうと、私の部屋が荷物置き場に逆戻りしてしまうので、

 口が裂けても言えない、まあ、口が裂けたら喋られないけどね? え? そういう問題じゃない?

 

「さて、作戦会議をします」

「そう、わかったわ、おやすみ」

「永眠してもいいんならさせてあげるけど?」

「絞首刑はやめて」

 

 ワシワシするみたいに手を動かして、鶏を絞める動作をする。

 なんで暗殺術に長けているのかは聞きたくはないけれど、どうせ何かのゲームの影響でしょう。

 人間が妄想することなら誰でも実行できるらしいからね? タケコプターでも作ってて欲しい。

 さて、この場にいる面々はずっと話題にのぼっているツバサだけでなく、

 おすまし顔で微笑ましそうに私達の交流を眺めている理亞ちゃん。

 家畜かっていうほどに人権がない私を眺めてニコニコと微笑んでいるのは、

 なんともやるせない気持ちに浸らせてしまうのだけれど。

 実は絢瀬絵里を心の底から嫌っていて、私が不遇な目に遭うとうっかり微笑んじゃうとか?

 うん、それは被害妄想だ、ぶっちゃけありえない。

 

「エニワプロっていう芸能事務所は知ってる?」

 

 私は首を振る。

 なにそのハニワプロのパチもんみたいな名前は? と怪訝そうな顔をすると、

 実際に生まれた経緯もそういうものであるらしい。

 かの事務所が斜陽化した際に独立した一部の面々が作ったのが、

 話題のタネらしく、独立したのに元ネタにあやかってるじゃない! 

 と、言ってみると誰しもがそう思っているらしく、無駄口を叩くなと睨まれた。

 最初こそ華々しい活躍を見せた芸能人たちの頑張りで、

 それなりの地位を保つことが出来たものの、ハニワプロの業績がV字回復するに従い、

 だんだんと経営が厳しくなってきたらしい。

 もっと業績予測をまともにできる人間がいれば、そもそも独立はしなかったろうけれども、

 まさかハニワプロが亜里沙とか南條さんとかその他諸々の人たちの活躍で、

 経営を立て直すなどとは誰も予測してなかったらしい、そりゃそうだ。

 亜里沙自身でさえ月島歩夢という成功例があるものの、

 長続きなんてするはずもないと当人でさえ思っていたし、

 まだトップ走ってる歩夢ちゃんでさえ、持って3年くらいかなと思ってたらしい。

 転機は仕事を抱えに抱えた結果、現役女子高生というポジションを捨てようとした妹を

 とある人がフォローに入ったことだった。

 もっと早く他の誰かがフォローしてよとはその人の談だけど、

 亜里沙よりもよっぽど優秀で仕事ができた南條さんの手が加わり、

 妹もプロデューサーとして成長を見せた……らしいのだけれど、

 なんで成長したの? チート能力でも付与されたの?

 

「え? 亜里沙さんが成長を見せた理由?」

「ええ、だって亜里沙ってアレよ? 仕事ができる人間じゃないわよ?」

「元ニートにそんな事言われるのは彼女も心外だと思うけど、

 アレよアレ、あなたに付きまとってたストーカー。

 ゴミはゴミ箱に捨てるものだって気づいて、仕事に感情を持ち込まないようになったって」

「……良かったんだか、悪かったんだか」

 

 結論から言えば、悪い男に引っかかった私を妹が地獄に落としたでFAだけども。

 天使みたいに愛おしく可愛らしい妹は、だんだんとクールで冷徹に変貌していき、

 誰かを意のままに操るのが上手になり、現在のポジションに至るらしい。

 ただ、理亞ちゃんがサラッと――

 「絵里先輩を上手く使って、人を上手に操るすべを覚えたんですね」

 などと言うのが耳に入り、血反吐吐きそうなくらいダメージを受ける、かいしんのいちげき!

 ツバサはコロコロとほんとうに楽しそうに笑いながら、

 誰かの役に立てて良かったじゃない、世の中誰の役に立たない人間のほうが多いし。

 使おうと思ったって使えない人間のほうが多いしさ、

 と、何のフォローにもならない発言をした、それで私はどう思えばいいの?

 わーい! 私って顎で使われるのが相応しい人間だった! って喜べばいいの?

 

「で、エニワプロだけれど、

 いま、渾身の一手を使って業績を戻そうとしているわ」

「亜里沙みたいなのを連れてきたの?」

「確かに芸能経験のない人間を連れてきたというのは、正しい――」

 

 呼びかけられて、何? みたいな感じで顔を見てみると、

 珍しく何かを躊躇ったかのように眉をひそめて、

 ズケズケと足を踏み入れてくる彼女にしてはほんとうに珍しく、

 こちらの感情を慮るように口を開いた。

 

「海未さんと喧嘩でもした?」

「ん? いや、彼女との仲は良好よ? 

 この前も一緒にエロゲーやったし」

 

 理亞ちゃんがまだ、ツンケンしていた頃に一緒にダイヤモンドプリンセスワークスをプレイした。

 なんだか遠い昔のような気がするけれど、えらく穂乃果に似たヒロインがお気に召したらしく、

 何とかして攻略できないのか、ファンディスクなら、そこまで行くともう……

 と言っていたのを思い出す。

 一時的に疎遠になったことはあるけれど、

 おそらくは私が悠々自適にニートしていたのが許せない側面があったのだ。

 真面目一途で頑なな彼女が、妹のスネカジリして働く気もなかった私を見て、

 どんな感情を抱いたのか――想像するに気分が暗くなりそう。

 

「そう、ならなおさら解せないわね

 理亞さん、ルビィさんと喧嘩でもした?」

「え? 最近連絡が取れないのは確かですが

 思い当たるフシはないです」

「そうよね、絵里みたいに考え無しに迂闊な発言する人じゃないし」

「私を心配する表情で、私をディスるのやめない?」

 

 ツバサの表情は可哀想なものを見るとか、哀れに思って同情するとかではなく、

 心の底から私のことを心配する素振りを見せているのに、

 口ではさっきからズケズケとナイフで精神を切り込んでくるのはどうして?  

 私がおとぼけていると、理亞ちゃんは何事か思い当たったことがあったらしく、

 怯えると言うか、かすかに震えながらツバサに問いかける。

 

「ルビィは……ハニワプロから引き抜かれたんですか?」

 

 信じられないと言わんばかりの、

 泣きそうなくらいに辛いと言う風な震える声で理亞ちゃんは問う。

 信頼している相手に裏切られたというよりも、

 自分がその行動を引き起こしてしまったと責任を感じている風だ。

 ただ、ツバサは沈痛な表情で彼女を見て、

 一つ小さくため息を吐き、

 

「いいえ、彼女は自分の意志で事務所を移籍しました

 ただ解せないのは……そうであるはずなのに、過去がそうではない気がするの」

「うん?」

「最近まで確かに彼女はハニワプロにいたはずなのに、

 なぜか、いつのまにかエニワプロに移籍したことになってる

 そうであるのが都合がいいと言わんばかりに」

「誰かの意志でそうなっているということ? この世界が?」

「事務所を移籍するのってそう簡単じゃないのよ?

 売れてるタレントが独立するのだって大変なのに、

 アイドルがライバル事務所に移籍することで起こるデメリットは

 おそらくあなたが考えている以上よ」

 

 ツバサは一度引退してからハニワプロに入ったから、

 デメリットというデメリットはあまりなかったらしいけれど。

 それでも芸能界の道理を分からないやつ扱いをされているみたいだから、

 たしかにそれを考慮すればルビィちゃんの件はあっさりと済まされ続けている。

 引き抜き工作が事前にあれば、

 ツバサや理亞ちゃんが引き止める工程もあったかもしれないし、

 事務所の移籍をしても何かを成し遂げたい意欲があるのなら、

 アンリアルとして一緒にいた理亞ちゃんが事実を把握していないのはおかしい。

 誰かに何かを改変でもされているみたいに、

 そうであったのが自然だと済まされている事象が少し多すぎやしない……?

 

「ツバサさん、絵里先輩。

 もし、誰かの意志でこの状況が生まれたのなら……

 その道理に従いましょう」

 

 考え込んでしまった私達をなだめるみたいに、

 極めて明るい表情を作り、励ますように言葉をかける理亞ちゃん。

 辛くて辛くて仕方がないはずなのに、自分のことよりも私達の感情を優先している。

 年下の子にそんな扱いをされてしまうと、恥ずかしいやら情けないやらで、

 一度思考を打ち切って、ツバサと笑いあった。

 

「ルビィが私と対立するつもりならば、正面からぶつかります」

「絵里」

「分かってる、理亞ちゃんをサポートして欲しいってことね?

 私はまだハニワプロの人間じゃないし、

 全面戦争になって火の粉が飛んできても私一人を切れば良いもの」

「その献身的な態度は素晴らしいけれど、

 サポートじゃなくて、ともに進む仲間となって前に進んでほしいの」

「……ん?」

「最終的に二人には、私にも、エトワールのみんなにも勝って欲しい

 ……んだけども、私があなたに負けるのは死んでもゴメンだからさ。

 

 アイドルの世界へようこそ絢瀬絵里。

 できるだけ酷ったらしく、この綺羅ツバサがあなたを殺してあげるわ

 それが嫌なら、私を殺すことね?」

「なんで……?」

「言っておくけれど、

 私の生涯のライバルってあなただけだから――

 

 理亞さん、あなたは取るに足らないの」

「残念ながら、私は絢瀬絵里の添え物でおさまるポテンシャルじゃないので……

 

 と、言いたいのですが、やはり同じ事務所の人間同士ある程度は協力しないと」

「うん、ちょっとシリアスになっちゃったけど、冗談は善子ちゃんよエリー」

 

 脳の回路が軽くショートして、

 複雑怪奇と言わんばかりな様々な事象が浮かび上がってきて、

 泣きそうになって、凹みそうになって、頭抱えて逃げ出したくなって、

 冗談と言いながら全然ひとっつも笑ってない顔向けてきて、

 私を蹴り落として夢を叶えようとする友人を見て、

 なんだか、今まで見てきた彼女と違う側面の彼女を見て、

 当然、私の見てきた綺羅ツバサが彼女のすべてではないことは知っていたけど、

 だからといって、今までずっと味方でいてくれたのに、

 笑いあって仲良くしてきたのに、

 それがまるで嘘だったと言わんばかりに、バカを見たのが私だけだと言わんばかりに――

 

「……まだダメか」

「え?」

「ごめんなさい、許して絵里。

 でもね、いつか起こる未来で私があなたの敵に回った時

 容赦なく切り捨ててほしいの、いくらでも嫌って欲しい

 それが私の生きる道理だから」

「ツバサ……?」

「絵里先輩、私は――鹿角理亞はあなたの味方でもあり、

 敵でもあります――

 いつか起こる未来で私が敵に回っても、

 どうか切り捨てて前に進んでいってください、お願いします」

「理亞ちゃん……?」

 

 そして二人は遠くへ、

 私から離れるみたいに、置いて行ってしまうみたいに、

 ううん、ふたりだけじゃない、海未や、真姫や、穂乃果や亜里沙――

 みんながみんな、私を置いてどこか遠くへ行ってしまって――

 やがて独りぼっちになった私のそばにいるのは――誰? 

 

 ――いや、もしかして。

 私は一人で立っていかなければいけないの?

 

 

 いつの間にか眠ってしまったらしく、

 私は身体を起こす、ちょっとだけ頭痛を感じて視線を這わすと、

 先に服をまとってないツバサがいた。

 悲鳴をあげそうになり、え、もしかして私何かやらかしたって思ったけど

 自分が起きたのと同時に彼女も向こう側を向いて体を起こし、

 

「酒に飲まれるのは良いけど、話があるって言ったのに寝ないで」

「え?」

「覚えてないの? あなたに聞かせたくない話があるから

 先に部屋に行っててって言ったじゃない。

 まさか寝てるとは思わなかったわ」

「……え? 夢オチ!?」

「せっかく全裸で潜り込んで、責任とって! キャハって言おうと思ったら案外冷静ね?

 それとも嫌な夢でも見た?」

「どこから夢うつつだったのか……地下にいたのは覚えてるんだけど」

「その後部屋に戻って眠ってたってわけか……

 あなた緊張感がなさすぎ……る?」

「ん?」

 

 ツバサがすばしっこい動きで私の背後にまわり、

 怯えきって恐ろしいものを見たと言わんばかりにガクガクと口に出し、

 ガクガクってそんな口に出す台詞じゃないでしょとツッコミを入れようとすると、

 

「「ガクガク……」」

 

 狂気に身を委ねた――

 妹らしき生き物が出刃包丁を手に――

 感情を完全に失いきった冷徹な瞳で――

 こちらに微笑んだような表情を見せながら――

 もう、ガクガクって言うしか無いでしょ? ってツバサも私も分かってて。

 

「さーあーゆーきーをだーしー

 みーじーんーぎーりーだーほーうーちょー

 

 いーたーめーよーうーみーんーちー」

 

 あ、これ、

 今日の食卓に私達のミンチが載っかるやつだ。

 

 デッドオアダイ。

 ああ、選択肢が一つしかないゲームとかクソゲーじゃん……

 まったく、現実って本当にクソゲー。


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