三十路ニートエリーチカの居酒屋飲み歩き日記   作:おうかわりん
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 絢瀬絵里さんとおばあちゃんトークとダジャレの披露で、やたら盛り上がる宮下愛さん。
 あなた以前音ノ木坂学院にいなかったと指摘され、苦笑いしてしまった近江彼方さん。
エマちゃんとせつ菜ちゃんの入るトイレをノックしまくって乱入してくる中須かすみちゃんの出番は都合上没になりました。


小泉花陽と飲み会編 番外編 綺羅雪菜の憂鬱

 一緒の電車に乗り、同じ方面へ帰る。

 という都合になり、いざ駅のホームで電車を待っているさなか。

 数分で上り電車がやってくるという場面において、

 今までの緊張から開放された安堵感も手伝い身体が震えました。

 おそらく、カラオケボックスで飲み物を飲みすぎたせい。

 外でお手洗いを使用するのはできるだけ避けよう。

 そう心がけていたはずなのに、楽しいのと熱意を持って鍛錬に望んだのとで、

 ついつい尿意を覚えるくらいまで飲み物を摂取してしまった。

 

 

 個人的な都合でエマちゃんに一緒にお手洗いまで来て貰っては困るので、

 忘れ物をしてしまってと嘘をつき、かつ先に行って頂けるようにお願いし、

 誰も背中を追いかけては来ないのを確認してから、

 男子トイレと書かれた場所に身体を滑り込ませようとした瞬間に腕を掴まれました。

 驚いて振り返ってみると、先程お別れしたはずのエマちゃんが。

 ――ニコニコと微笑みながら、すべてを見通したかのような瞳でこちらを見ていて。

 

「そちらは男性用のお手洗いですよ?」

 

 なんて忠告もされてしまった。

 口をパクパク動かして、二の句も言い訳も言えなかった私は。

 反論したところで相手を納得させる余地もなく、

 また、この場で言い争いをしたところで大変なことになるばかり。

 時代劇で裁きを受けた後の悪人のように、がっくりとうなだれる他はなかったのです。

 

 

 落ち着いて話を聞いてくれると言うのに、

 何故か女子トイレに引っ張り込まれてしまった私は、

 当然のごとく周りには女性しかいない状況下で、

 あまり身の回りに興味も視線も向けないように心がけつつ。

 奥にある個室までエマちゃんと一緒に入ることになったんです。

 情状酌量の余地があるとか、私の心情を斟酌してくれるとか、

 言葉尻だけは私を理解した風ではありますが、

 状況いかんではおまわりさんに突き出すと言わんばかりに握られたスマホが、

 まるで黄門様の印籠であるかのように見えました。

 なお、私は変態ではないので女子トイレに入った経験というのは二回目。

 昼間に続けて二回目なので、まだ許される事はあるかも知れない。

 とはいえ、もう一回入ってしまっている時点で。

 おそらく近い未来に用を済ませてしまうであろう時点で。

 どんな言い訳を重ねたところで変態の謗りは受けざるを得ないのでしょう。

 

「まずは、することをすませてしまうべきです」

 

 ちょっと怖いくらいの表情で告げられて、

 ああ、もうこの場所で警察に突き出されるのだなと覚悟をした私が、

 目を閉じて天を仰いでしまうと、強制的に便座に座らされました。

 何事かと思ってみてみると、もうすでにエマちゃんは私の腰のあたりを掴み

 身につけているものを脱がせようとするので、

 それはまだ早いのでは!? と口走ってしまいましたが、

 単純にお手洗いを済ませなさいということでした。

 

 

 同年代の女の子と二人きりで、

 しかも、今まで家でしかしてこなかった女装で出かけ、

 一発で正体がバレてトイレに引きずり込まれるとは……。

 まだあなたを信用しているわけではないとのことで、

 個室から出ていってもらうことも、目と耳を塞いで頂くことも出来ずに、

 真剣な面持ちでおしっこをするところを異性に眺められるという行為が、

 特に興味があるわけではないけれど知識としてはあった、

 成人向け同人誌とかの状況とマッチするな、なんて頭の中をよぎりました。

 理想の女性として常に崇め続けていたあんじゅ姉様に心の中で謝罪をし、

 我慢を重ねてきたせいか多量かつ勢いよく放尿をしています。

 その姿を、男性はこうしてするんですねとか、意外と無臭ですねという

 嬉しくもないコメント付きでしげしげと眺められているこのシーン。

 先程まで会話していた女の子に興味深そうに下着はもうすでに女性物なんですね、 

 などととどめを刺されて、優木せつ菜(芸名)の心は折れてしまいそう。

 

 

 自分の羞恥に塗れた部分を立て続けに見られてしまったせいで、

 多少なりとも開き直った私は、少しばかり反撃しようと意識をして、

 渡されたティッシュペーパーを男性は拭きませんということもできず、

 ありがとうございますと控えめに言ってごまかすようにサササと拭いたふりをしたら、

 ちゃんと拭かないとダメですと二枚目のティッシュペーパーを渡されたので、

 ヤケになった心持ちでちゃんと確認して頂きつつ拭いた。

 ちょっと時間が経過してしまったけど、遠慮せずに言うことは言おうと口を開こうとすると、

 

「もし、私の機嫌を損ねてしまったり、

 また不埒な行為に及ぼうとした場合は、

 すぐにおまわりさんへと連絡が行くようになっています」

 

 と、死刑宣告を叩きつけられ。

 ほんのちょっとでも発言権……いや、言い訳する権利があれば。

 などという淡い希望は砕け散った。

 数時間前に自分が抱くことになった、純朴そうで大人しそう。

 とのエマ・ヴェルデちゃんの印象は大きく覆されてしまうことになり。

 捕まえた獲物の前で舌なめずりをするような、

 そんな獰猛さを兼ね備えた女の子であるという事実はもはや覆りそうにない。

 

「本日は助けていただいてありがとうございました。

 スイスに帰国をせねばならないと言う気持ちも抱くこともなく

 正直なんとお礼を申し上げてよいのか……」

 

 どのように死刑を執行するかその手段だけは選ばせてやる。

 などと言われてしまうかと思いきや、ものすごく可愛らしい乙女のような表情で、

 先ほどまでのできるだけ苦しませて殺すと言わんばかりの表情とはうってかわり、

 ただそれでもなおスマホから手を離さないというシチュエーションは、

 私への信頼のなさの現れなんでしょうか。

 

「どのようにお礼をすればよいのか考えましたが、

 ひとまずは本日の変態行為を胸に秘めておく。

 そのことで済ませようと思います」

 

 とりあえず警察に突き出されずに黙ってくれるというので安堵する。

 ただ、それを伝えるのならばトイレになど引っ張り込まずに、 

 先ほど交換したメールで告げれば良いのではと思った。

 相手に反撃をされる(するつもりもない)可能性を考慮すれば、

 どう考えてもそちらのほうが安全に橋をわたることができる――

 

 そこまで考えて私は思い至った。

 直接言わねばならないこと、できうる限り精神にダメージ与え、

 脅迫の成功確率を上げ、自身の魂胆を叶えられるシチュエーションを作り出す。

 ここでひとつ悲鳴でも上げれば誰かしら気がつくであろうし、

 悲鳴なんぞあげないでも下半身を露出した私をトイレに放置でもしておけば、

 お咎めを受けるのは確実に私である。

 とんでもない人を敵に回してしまったものだ、

 昼間のチャラいのを地獄に何度叩き落としても足りなかった。

 顔面は蒼白になり、これからどのような要求をされるのか不安で仕方なくなった。

 仮に、まとまったお金がほしいのであなたの人権と内蔵を売りたい。

 などと言われてしまえば、なんの反論も許されずに私は死ぬ。

 

「そうですね、少しばかり要求したいことがあります」

 

 ついに来たと思いました。

 正直震え上がって逃げ出したいほどではありましたが、

 ここは個室、どうあがいても逃げ場はない。

 相手が少し緊張した面持ちなのは、

 言うことに躊躇いを感じるような内容だからでありましょう。

 たとえ優木せつ菜を名乗る私が極悪人であろうとも、

 一方的に苛烈極まりない死ぬような思いをさせたとしても、

 ひと思いに殺してしまうという行為であったにしても。

 少々でも遠慮をして、殺害するのを自重させる意識があることを

 私という人間が提供ができていたのなら。

 おそらく躊躇いもなく命を奪われるよりは、いかばかりかマシだと思うんです。

 ――ただ、少々ワガママが許されるのであれば、

 もうちょっといい場所で殺されたほうが我が家の両親も浮かばれると。

 

「こ、このようなことを要求するというのは、私の人生で経験がないので

 日本人は察する文化に優れているというので……その、

 私が言葉にする前に把握して頂けますか?」

 

 すなわち、私が手をかける前に自害せよ。

 日本古来からある文化で言うのであれば、望まれているのは切腹。

 きっと、日本に来る前に切腹なる文化を知り、機会があれば見てみたいと望んだのだ。

 自分が知る限りでは今の日本では廃れてしまった文化だけど、

 未だに外国ではジャパンにはニンジャがいると本気で思っている人もいると言うし、

 ならば、日本で責任を取らされるときには切腹すると考えるスイス人少女がいても

 何ら不思議な事はないと思われた。

 

「せ、せめて! もっといい場所でしたいです!」

 

 ちょっとだけでも抵抗をしてみる。

 切腹をしたなんて経験は当然ないけれど、時代劇でも一部映画でも

 迫真の演技と共にお腹を切るシーンというのは見ている。

 再現せよというのであれば、出来不出来は置いておいても

 いくらばかりかそれっぽくできるのではないかと思われた。

 できるなら痛くないように麻酔でもかけてほしいし、介錯人もほしい。

 

「し、シタいですか!? た、確かに高校生にもなれば

 そのような経験をする子もいますが……!」

 

 スイスではなんと高校生にもなれば切腹するのが普通みたい。

 聞いた覚えはないし、何よりお腹を切っても平然としているとするのは、

 なかなか日本人としては受け入れることが出来ない。

 ただ、世界は広い。

 島国では考えられないような風習が行われていても不思議じゃない。

 しかし、私の反応を元にエマちゃんは胸を掻き抱くようにしながら赤面。

 おそらく地元では切腹というのはとんでもなく恥ずかしい行為なのだ。

 

「できれば自宅で……たくさんの見物客がいたほうが……」

 

 経緯はどうであれ、華々しく散るのであれば目立ったほうがいい。

 新聞記事には「女装男、女子トイレに入った責を咎められ切腹 介錯人はスイス人少女」

 などと載ってしまうかも知れない。

 父は笑い、母は泣くかもしれないけど……。

 面白いものが好きな私の一族は話の物種にしてくれるかも。

 

「あ、あなたの家というのはかろうじて認めますが、

 たくさんの方が見ている前というのであれば……もしや野外!?」

 

 信じられないと言わんばかりだった。

 自分のイメージとすれば切腹といえば野外で行うものだけれど、

 スイスで切腹といえば屋内が当たり前であるらしい。

 

「建物の中はちょっと……やっぱり掃除が大変だし……」

 

 どれほど血が噴き上がるのかは少し想像できないけど、

 見世物でたくさんの人に笑われるのであればやっぱり野外ステージに限る。

 そのデビューが死ぬときというのは……なんとなく一発屋のアイドルっぽい。

 

「た、体液が噴き上がるというのは、どんなアクロバティックな行為を!?」

 

 エマちゃんが恐れおののいたと言わんばかりに声を上げた。

 どのような行為を想像しているのかはわからないけれど、

 確かに多少アクロバティックな側面もあるかも知れない。

 

「やっぱり血の処理は……大変だし」

 

 特に白い布に血液が付着すると大変だ。

 拭ったところで染みてしまうし、なんとか取ったとしても跡が残る。

 難敵中の難敵、後処理には私は及べないから、せめて手間は省きたい。

 

「た、確かに血は流れると聞きますけど! 

 でもそれは仕方のないことです!」

 

 特に墓は! と聞いて私はハっときた。

 死体をそのままにしておくことは出来ないし、私はいずれ火葬されて納骨される。

 お墓を持っていないわけではないけど、前提としては両親が納まるのが先。

 

「さ、さすがエマちゃん! 将来設計を考えてる!」

「あ、当たり前だよ! 一度きりしかないことを大事にするのは

 女の子としてもちろんです!」

 

 女性の方が男性よりもよっぽど現実的だと聞く。

 私に切腹を要求する以上は後処理のことも考えなければいけない。

 相手に負荷をかけてしまうのは心苦しいけど地獄で後悔するので許してほしい。

 と、私はエマちゃんの素晴らしさに感嘆してとある事に気づいた。

 ロシア語で素晴らしいとする表現をハラショーと言うみたいだけど、

 ハラショーとハラキリというのはなんとなく語感が似ている。

 

「そうだ! どうせならお世話になった絵里さんも呼びましょう! 

 ロシアにはない文化だから、喜んでくれるかも知れない」

「え?」

 

 キョトンとするエマちゃん。

 あまりに予想外と言った面持ち。

 それはそうだ、一世一代の私の切腹ショーを見世物にしようというのである。

 これはスイスでは受けない、日本独特のエンターテイメントショーだ。

 

「えーっと、どういうことかちょっと説明してくれるかな?」

 

 何故か気分が盛り下がったと言わんばかりに落胆の表情を見せるエマちゃん。

 そんな彼女に対してなんとかして興味を持ってもらおうと、

 稀代のエンターテイナーである私は説明を開始した。

 名付けて、優木せつ菜雪上で散る。

 

 

 いくら説明を重ねたところで、エマちゃんの怪訝そうな視線が深まるばかりでした。

 最終的には熱く語っている所を、分かりました分かりましたと

 微塵も分かっていなさそうな態度で語りがストップさせられてしまいました。

 これから暴れん坊将軍における切腹の是非について述べようとしたところなので、

 いかんばかりか残念である。

 

「優木せつ菜さんに日本人の奥ゆかしさというものと、

 何も言わずして察する能力を求めたことが間違いでした」

 

 何故か日本人が持つべき美徳を持ち合わせていないことを、

 スイス人の女の子に指摘を受けるという部分で多少は解せない思いを抱えながら。

 先来まで抱きつかんばかりに近づかれていた距離は多少遠ざかり、

 僕を突き出さんばかりの態度は多少なりとも改められた御様子。

 どちらかといえば百年の恋も冷めましたと言わんばかりの残念ぶりだけれど、

 どのみち自分には関係のなさそうな話ではあるので考慮に入れないでおく。

 いままでの人生経験から考えて、女性に恋愛経験の有無を問いかけては

 火傷する他ないので口を閉ざす他ないのである。

 

「まずは本名から教えて頂きましょうか?」

 

 いままでのことは全て忘れました――と言わんばかりに、

 エマちゃんは極めて冷徹な口調で問いかける。

 自分としてはさっさとこの場所から脱して、

 絵里さんから教えてもらったトレーニング方法を試してみたい。

 たった数時間教えて貰ったことでさえ絶大な効果を産み、多少はスクールアイドルとして

 実力を発揮できそうであるから。

 本名を問いかけられたけれど、日本人の女の子ではなく、

 外国出身の女の子ならば多少なりとも驚きは少ないと感じました。

 名字を白状すれば真っ先に姉がどのような人物であるか把握できるはずなので、

 傷口を広げないように重々に忠告を重ねつつ。

 

「他言は無用でお願いします」

 

 できる限り真剣な面持ちで告げてみると、存外簡単に了承を得た。

 自分の家族に迷惑をかけられないみたいな同情を誘う文句も考えてはいたけど、

 披露する機会がなくなってしまい多少は残念。

 

「私、いえ、僕の名前は綺羅雪菜、事前に説明をしたセツナという音の響きは

 本名のとおりです」

 

 自分の本名を見て、興味深そうにウンウンと頷きながら眺めた後、

 家族構成であるとか、長男であるか否かとか、実家を次ぐ予定はあるのか

 婿養子として他の家に入る予定はあるのかどうか。

 なぜ問いかけられているのか解せない点まで根掘り葉掘り問われた。

 質問を終えたところで、思い出したように姉の名前を問われてしまい動揺した僕は、

 

「大和撫子というものは、古来慎ましやかで控えめであり、

 答えなくないポイントを察して笑顔で応じるという――」

 

 エマちゃんに見せつけられるスマートフォン。

 さっさと答えろ、警察に突き出されたいのかと言わんばかりの態度に、

 僕はがっくりと項垂れる他なかったのです。

 

「姉の名前はツバサといいます。綺羅ツバサ」

「それって、世界的に有名なアイドルの?」

「同一人物です。仮にこのような血縁者がいるとバレれば、

 姉にも迷惑がかかるのでどうか内密にお願いします」

 

 多少同情を誘う言い方が思いの外絶大な効果を得た。

 先ほどまでは、どのような事情があろうとも女装しているやつなんて、

 と言わんばかりではあったのだけれど。

 人それぞれ事情はあるのだし、ああだこうだ訴えかけるまでもないものね。

 なんていう表情に変わった。

 どんな想像をしたのかまでは僕はニュータイプではないのでわからないけれど、

 エマちゃんの想像の仲とは違って姉はとてもいい人です。

 対人対応では不肖の弟扱いをしてくるけれど、家では平気で抱きついてくるゲロ甘。

 なにせ身長が同じでスタイルもさほど変わらないので、

 あらゆるステージ衣装を自分自身の手で手直しを加えては、

 可愛い可愛いと言いながら着させてくるブラコン、とても英玲奈さんのことを否定できない。

 

「雪菜クンは将来どうするつもりなんですか?

 本当に女の子になるつもりなのだとか?」

 

 思わず苦笑いをしてしまう。

 たしかに可愛い格好をするのは楽しいし、女の子として扱われるのも良い。

 でも、それは幼い頃からトップアイドルを目指してきた僕にとって、

 同性間でアイドルとなりうるには筋力的にも力強さ的にも通用しない事がわかりきっているから。

 色物の中ではトップを目指せるのならばそれに越し方ことはないという

 現実的な判断も踏まえてのこと。

 姉みたいに異性と勝負しても軽く凌駕できるほどの才能でもあれば、

 また違った話にはなってくるのだろうけど。

 

「僕は本当に大した人間ではないんです。

 それでも夢を叶えるためにどんなことでもしようと考えたんです」

 

 真剣に相手に伝わるように努力をして言葉を選んだつもりではあるけれど、

 エマちゃんはぷいっと視線をそらして恥ずかしそうな態度を示した。

 確かに、色物でトップを目指さんがために女装をしているやつ相手に、

 道理で迫ろうとすれば多少なりともバカバカしいと思うはずだ。

 時間を尽くして後までしてくれた彼女に申し訳無さを感じつつ。

 

「ところで恋愛対象は男性? それとも女性なの?」

 

 エマちゃんが右腕に抱きつくようにして、すっごいワガママな胸がグーッと押し付けられる。

 年頃の男の娘として女性からそんなことをされれば緊張が走る。

 普段ロクに女性と接していない人間ならばなおさら、姉は女性としてはちょっと違うし。

 体の一部分が反応して固くなりなどしないように、こころの中で般若心経を唱えながら、

 男性も充分に行けますと嘘を付くべきか、女性オンリーですと真実を話すか。

 幼少時から子供の頃に接してきた胸の大きな女性というのは、

 大らかで柔和な笑みを浮かべながらからかうようにしてお風呂にも入ってくれる。

 まあ、いま同じことをして欲しいといえばとっ捕まるのは自分だけど。

 姉は女性として扱うと痛い目を観るから何も言わないけれど。

 

 

 心臓が早鐘とばかりに盛り上がっているのは、

 押し付けられた胸が柔らかく、感じる匂いは女の子らしさ全開で、

 幼少時に見た憧れのお姉さまの裸体を思い出しているから。

 ――ではなく、選択肢を謝ることがあればすぐにでも警察へと突き出されるか、

 それとも東京湾におもりを付けて沈められてしまうか。

 僕は重々、姉ではない女性らしい人を存分に思い浮かべながら。

 

「恋愛対象は徹頭徹尾女性であります!」

「もう一声」

「年頃の男としては胸が大きいと素晴らしいと思います!」

 

 最低すぎる答えではあろうが、エマちゃんの満足は多少得られたようで、

 なんとかして拘束からは解かれることに成功した。

 いかばかりか好感度の上昇も果たした気配がある、なぜだ。

 

「絵里ちゃんみたいに歌も上手で踊れて

 教えるのも上手な同年代の女の子のほうが好き?」

 

 噴き出した。

 これは、絵里さんの指導があまりにも巧みで、

 僕みたいな才能のない人間でもある程度まで行けると判断して、

 トレーニングやレッスンをして欲しいと無理に無理を言って了承得た挙げ句に、

 メアドまで入手することに成功した案件が不満な様子。

 僕の態度にYESと勘違いしたらしいエマちゃんが、憤怒の表情のままで

 スマホで何処かへ電話をかけようとするのを必死に抑えながら、

 

「絵里さんは姉と同時期に活躍したスクールアイドルμ'sの絢瀬絵里さんです」

 

 エマちゃんは信じられないと言わんばかりに目を見開いて驚きを示した。

 自分だってμ'sで活躍している当時とほぼそのまま――どころか、

 少々若返ってすらいる姿に驚きを隠せないのだから。

 姉も若くて幼い外見をしているから、よく中高生に間違えられたと

 お酒を飲んだ席で自慢しているそうだけれど。

 絵里さんは本当に中高生しか見えないくらい若々しいから、

 余計にタチが悪いように思われる。

 

「ツバサさんは今年30に……」

「まだなってません、いずれはなるでしょうが遠い話です

 姉に年齢のことを話すと大変なことになるので置いておきましょう」

 

 姉が自分よりも年下のアイドルと付き合いが少ないのは、

 まるっきり話が合わないというのもあるけれど、若くないと感じてしまうからだそう。

 エマちゃんは愕然とした様子でスマホを手に取り、何事かを検索し、

 どうやら真実へとたどり着いてしまった様子。

 何を見ているのかと思いきや、少し前に更新された元μ'sの東條希さんのブログだ。

 のぞみんのスピリチュアルライフでは、主に絵里さん以外のメンバーがちょくちょく登場しては、

 類まれなるリア充っぷりを披露する機会が多々あるけれど。

 

 

 園田海未さんの家で行われた乱痴気騒ぎと題された文章は、

 姉や西木野真姫さんと言った芸能界でも有名なメンバーや、 

 小泉花陽さんや絢瀬絵里さんといった可愛さで天下を取れそうな面々が、

 アニメやゲームのコスプレをして、お酒を飲みながら盛り上がったエピソードが語られている。

 唯一花陽さんだけが年相応の大人びた姿を披露してはいるけど、

 他の面々は高校生と言われても納得してしまうような外見をしている。

 そのせいなのか、未成年の飲酒疑惑を指摘する声も多少なりとも上がっているけど、

 筆頭で指摘されているのが、ブログの主と同じ年の女性であることに、

 東條希さんの心情はどのようなものであるのか察するに涙が出そう。

 

「ス……スクールアイドルであれば若く要られる……

 え、永遠の若さが得られるかも知れない……!」

 

 わなわなと震えながら要領の得ないつぶやきをし、

 青い顔をしたエマちゃんを慰めつつ、

 どうやら危機は脱したと優木せつ菜は安心した。

 なお、一部を除いて男性経験がまったくないという話をしようと思ったけど、

 バレれば姉に殺されてしまうし、

 なんか意味を果たさなそうな情報なので胸の中に秘めておくことにした。

 

 

 その後、荷物持ちとして同行したお買い物では、

 絵里さんとレッスンを受けるときには必ず呼べと言われたり、

 一週間に一度は顔を見せろと脅迫されてしまい、

 お財布の関係上頷かざるを得なかった自分がいた。




とあるルートの後日談、ラブライブ優勝を果たした虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の面々は二代目アキバレポーターとして活動していた高海千歌ちゃんのインタビューを受けた際に「まるでせつ菜ちゃんのハーレムグループみたいだね?」などと言われてしまいコメントを返せなくなる。
その際にテンパってしまったせつ菜は「では、全員を嫁にするために活動を始めます」と宣言、大いに観客を沸かせてしまったが、後日本当に嫁にするように迫られてしまったためにしばらく絢瀬家に避難することとなった。


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