最新巻買って一念発起してしまい、書いてしまいました。
大丈夫だ。後悔はしています。
侍の国。
この国がそう呼ばれていたのは、今は昔の話。
かつて侍達が仰ぎ夢を馳せた空には、今は異郷の船が飛び交う。
かつて侍達が肩で風を切り歩いた街には、今は異人がふんぞり返り歩く。
街の一角。とある飲食店で二人の男が向かい合わせに座っていた。
一人は茶を啜る黒髪に紫眼の男、黒瀬景明(くろせかげあき)。
もう一人は銀髪天然パーマに赤眼の男、坂田銀時。
「………金、返してくれん?」
口火を切ったのは黒瀬。長めの前髪の隙間から紫眼を覗かせ、向かいの間抜け面を見据える。
銀時はメニュー表を開き、デザートのページを吟味している。
そんなものに捻り出す金は無いのだがどう言っても聞かず、さらに半額出せという始末。
「居候が何偉そうなこと言ってやがんだ。家賃だ家賃」
「実際の家賃払っとらん奴に言われたかねェ」
生活費はカツカツ、家賃も何ヶ月滞納しているか。
大家から毎日のように支払いの催促をされ、万事屋の仕事はほぼ皆無。
家賃を払わな過ぎて大家に臓器売買を迫られたくらいだ。
黒瀬が今後の生活を悶々と考えている間に、銀時はどれにするか決めたらしく店員を呼んで注文していた。
一人分のパフェを。
「俺の分は無いんか」
「あるわけねェだろ。パフェは俺のモンだ」
「こんのクソ天然パーマ」
「んだと万年寝不足野郎」
言って言い返され、双方一歩も引かない言い合いに黒瀬は欠伸をする。
昼時にも関わらず瞼が重くなってきた。
その時、注文したパフェが銀時の前に置かれる。
「………はぁ、じゃあいらん。食い終わったら起こせ。俺は寝る」
「そーかい。一生目覚めんな」
銀時の一言にイラッとしたが言い返すよりも眠気が強烈で、言葉が思い浮かぶ間も無く落ちていく……筈だった。
ボヤけていく視界の中、店員らしき人物がこちらへ倒れてくるのが見えたのだ。
ひっくり返ったパフェの器。それを呆然と見つめる銀時。
ざまぁみろと黒瀬は内心呟く。しかし、直後目が覚めるほどの大声で笑う豹頭の天人(あまんと)。
「……安眠妨害……あんのクソったれ共……」
「………」
側を見れば、豹頭の天人に転ばされたであろう眼鏡の少年が、無言で床に倒してしまったガラスコップを片づけている。
ゲラゲラと下品に笑う天人。それらに媚びへつらうように店長らしきオッサンは眼鏡少年の頭を鷲掴みにし、汚い唾を吐いて怒鳴り散らす。
「おい」
気付けば銀時が店長の前に立ち、返事を待たず殴り飛ばしていた。
突然自分らの机に飛んできた店長に驚く豹頭の天人。
憂さ晴らしにこの騒動に乗っかるのも一興か。
狸寝入りを決め込むか、どんちゃん騒ぎに混ざるか。
後者の方が、俄然面白そうだ。
「なんだ貴様らァ!廃刀令の御時世に木刀なんぞぶらさげおって!」
「ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー」
「俺が眠れんのはお前らのせいだ。このド腐れ共」
ネコ科星人………茶斗蘭星の天人が何やかんやと喚く。
銀時が木刀を片手に、溢れてカラになってしまったパフェの器を見せる。
「見ろコレ…てめーらが騒ぐもんだから、俺のチョコレートパフェがお前コレ……」
怒りと共に振るわれる木刀。
一匹目が吹っ飛ぶ。
「丸々溢れちゃったじゃねーか!!」
「……きっ、貴様ァ!何をするかァァ!」
「我々を誰だと思って……」
「知らんなァ。喋るネコ科動物なんぞ」
ひと時の安眠を妨害され……いや、ただ憂さ晴らしで、面白そうだからという単純な理由で、黒瀬は机を踏み台に跳び、残った二匹を蹴り飛ばす。
豹頭の天人を蹴散らし、店を去る際銀時が振り返る。
「店長に言っとけ。味は良かったぜ」
「いや、食っとらんかっただろ」
持ってこられてすぐひっくり返されたのだ。スプーンを手に取る間もなく。
あの呆然とした銀時の顔が、何よりの証拠だ。
二人は店を出て、帰路を歩く。
原チャリで来た銀時は、乗らずに手で押している。
「あー……眠い」
「寝たって拾わねーからな」
四六時中眠い。
毎日、少し寝ては起きての繰り返し。
それで熟睡出来ているのかと聞かれれば、実のところそうでもない。
だから眠いのだ。
「あーやっぱダメだなオイ。糖分とらねーとイライラす………」
「おいィィィィ!」
日中の喧騒をものともしない叫びが後方から聞こえた。
声に振り返ると、見覚えのある顔が……先ほどの飲食店の眼鏡少年が銀時の木刀を持って走って来ていたのだ。
何をそんなに必死になっているのだろうか。
立ち止まる二人の前で、眼鏡少年は息を切らしながら尚も叫ぶ。
「よくも人を身代わりにしてくれたなコノヤロー!!あんたらのせいで何もかもメチャクチャだァ!!」
何を言うのかと思えば……迷惑な客を黙らせたというのにわざわざ文句を言いに走って来たのか。
眼鏡少年に擦りつけたのは主に銀時で、黒瀬はただ蹴り飛ばしただけ。
どうのこうの言われる筋合いはない。
「俺に言わんでそっちのアホ面に言え。俺は知らん」
「なに?え、木刀返しに来てくれたの?いいよあげちゃう。どうせ修学旅行で浮かれて買ったやつだし」
「違うわ!役人からやっとこさ逃げてきたんだよ!」
銀時の余計な言葉でさらに眼鏡少年の怒りが増す。
「違うって言ってんのに、侍の話なんて誰も聞きゃしないんだ!しまいにゃ店長まで僕が下手人だって……」
「切られたなそりゃ。レジも打てねェ店員なんて、炒飯作れねェ母ちゃんくらいいらねーもんな」
「アンタ母親をなんだと思ってんだ!」
眼鏡少年の怒声で段々とイライラが募る銀時と黒瀬。
黒瀬に至っては先の安眠妨害から始まり、持続する眠気への抵抗と眠れない事への苛つきが溜まり、限界寸前。
「今時、侍雇ってくれるところなんてないんだぞ!明日からどーやって生きてけばいいんだチクショー!」
「うるっせェんだよ腐れメガネェ!!」
「ゔっ!」
イライラがピークに達してしまった黒瀬。渾身の右ストレートで眼鏡少年を殴り倒した。
「自分だけが不幸だと思わんどけよ!世ん中にはなァ、ダンボールをマイホームと呼んでる奴もいんだぞ!そういうポジティブな生き方出来ねェんかお前は!」
「あんたポジティブの意味分かってんのか!?」
三人で喧嘩寸前の言い合いをしていると、側に建っているスーパー『大江戸ストア』から両手にビニール袋を持った一人の女が出てくる。
女は眼鏡少年を見るや否や柔らかな笑みを浮かべた。
「あら、新ちゃん?こんな所で何をやっているの?お仕事は?」
「げっ!姉上!!」
どうやら二人は姉弟らしく仲が良さげにも見えるが、眼鏡少年の反応と真っ青になった顔を見るに力関係は歴然のようだ。
穏やかな表情の眼鏡姉。それが一気に豹変する。
「仕事もせんと何プラプラしとんじゃワレボケェ!!」
「ぐふぅ!」
立ち上がり直後かまされる姉の飛び蹴りが、眼鏡の顔面を直撃。再度倒れる眼鏡。
この姉弟、立場も物理的な力も姉の方が上のようである。
現に今、姉は倒れた眼鏡に跨り、拳を振るうたび重い音が響いている。
「今月どれだけピンチか分かってんのかてめーはコラァ!!アンタのカスみたいな給料もウチには必要なんだよ!!」
「まっ……待って姉上!こんな事になったのはあの人たちのせいで……」
「何のこ……ん?」
眼鏡に指差されしらばっくれようとトボケる黒瀬だったが、隣にいたはずの銀髪がいなくなっていることに気付く。
どこにいるのかと後方を見る。すると、走り去る原チャリが一台。その原チャリは非常に見覚えがあった。
「あんのクソ天パァァァァ!!」
銀時は一人、原チャリでトンズラこいたのだ。
何も話さなくなったかと思えば、一人コソコソと逃げる機会をうかがっていたのだろう。
「あの、少しいいですか?」
「へ?いや、あの………ちょ、待ってくれん?何しとるんか?」
眼鏡の姉が満面の笑みを浮かべ、黒瀬の着流しの襟を掴んでいる。
背負い投げか?背負い投げか?いやけどなんで?
眼鏡姉がやろうとしている事に見当のつかない黒瀬は困惑する。
しかし、姉の行動が何のためのものなのかすぐにわかった。
「おんどりゃァァァァ!!」
「あ゛ー!!」
投げるためである。
それはただの投げではなく、投擲(とうてき)。
こんな細腕のどこに人を投げ飛ばせるほどの怪力が潜んでいるのか、理解に苦しむ。
だが、的は確実に捉えており、原チャリを走らせる腹立つ銀髪が近づいていた。
「ワリィ、俺夕方からドラマの再放送見たいか……ら?」
振り返った銀時に盛大にぶつけられた黒瀬。
横転した原チャリの上で倒れたまま動かない二人は視界に映った眼鏡姉に顔を引きつらせる。
さっきは和やかに見えた笑顔が、今は最も恐るべき悪魔の笑みに見えたのだった。