今日は珍しくお妙から話があるとのことで、銀時と神楽、黒瀬、新八はラーメン屋に来ていた。
新八は家で話を聞き、その異常さから話を持ってきたようだ。
その話というのが、お妙が働くスナックの客がストーカー行為をしているとの事。
ラーメン屋に来る前、家に居た時もそのストーカーが電柱に登り、愛を叫んでいたという。その人物を新八も目撃し、お妙は灰皿を投げてストーカーを撃ち落としたのだそうだ。
「良かったじゃねーか。嫁の貰い手があってよォ」
パフェのスプーンを咥え、銀時は他人事のように言う。
「帯刀してたってこたァ、幕臣か何かか?本性がバレないうちに籍入れとけ籍!」
「さっさと手続きせんと手遅れになるぞ!」
口を揃えてストーカーの求愛に応えろと言う銀時と黒瀬。
しかし、お妙は即座に二人の頭をテーブルに叩き付ける。
「それ、どーゆー意味」
そういう意味、と答えてやりたい。だが言ったら今度こそ沈められる、地獄に。
そんな危機感とは裏腹にお妙は、ストーカーを異常だと思い始めた経緯を話す。
曰く、その内諦めるだろうと高を括っていたが、どこに行ってもストーカー男の姿があるのだとか。
「ハイ、あと三十秒」
テーブル脇でストップウォッチを持った店主が言った。
神楽がデカ盛りラーメンの時間内完食に挑戦しているのだ。もしチャレンジに成功すれば、今回の食事代は全て無料となる。
金欠な上、金欠を加速させる爆食娘がいたら、挑戦しない手はない。
「ハイハイ、ラストスパート。噛まないで飲み込め神楽」
「割引券は持ってるが、払えるだけの金は持っとらんからな」
「きーてんのアンタら‼︎」
あくまでお妙のストーカー被害に興味を示さない二人。
人の事より自分の事。ストーカーより、今日明日も続くであろう金欠を危惧する。
「んだよ、どーしろっての。仕事の依頼なら、出すもん出してもらわにゃ」
「労働力提供すんだ。相応のもん出さんと」
「銀さん、黒瀬さん、僕もう二ヶ月給料貰ってないんスけど。出るとこ出てもいいんですよ」
ごもっともなことを言い、逆に脅しを仕掛けてきた新八。
これに反応したのは銀時。瞬時に立ち上がり叫んだ。
「ストーカーめェェ‼︎何処だァァァ‼︎成敗してくれるわっ‼︎」
近くの客席から物音がする。
そちらへ目を向けると、馬鹿正直にテーブルの下から這い出てくる髭面の男がいた。
「なんだァァァ‼︎やれるものならやってみろ‼︎」
「ホントにいたよ」
「阿呆だ。とんでもねェ阿呆がいる」
正直なことが悪いとは言わないが、ストーカーと呼ばれて出てくるのはただのバカとしか言いようが無い。
「己がストーカーである事を認めたか?」
「人は皆、愛を求め追い続けるストーカーよ」
「美化しとるんじゃねェよ犯罪者が」
この髭面が自分をストーカーと認めているのかはさて置き、何処までも追いかけてくるしつこさは本当らしい。
これぞ本物と言っても過言ではない執着心だ。
「ときに貴様、お妙さんと親しげに話しているが、一体どーゆー関係だ。羨ましいこと山の如しだ」
「許嫁ですぅ」
キリッとしていたストーカー男の顔に、あからさまに落胆したような影が落ちる。
一方でお妙は銀時の腕に手を回し、ここぞとばかりに微笑んでいた。
「私、この人と春に結婚するの」
「そーなの?」
「もうあんな事もこんな事もしちゃってるんです」
嘘、なのだが、ストーカー男は間に受けてしまったようで、額に青筋が浮き険しい形相になっていた。
「あ……あんな事もこんな事もそんな事もだとォォォ‼︎」
「いや、そんな事はしてないですよ」
「え、詳しい日取りは?ご祝儀は……出せんけど……」
「何でアンタが頭悩ませてんですか」
無料提供の水を啜る黒瀬。
冗談かはわからないが、新八は半眼で呆れた。
「いや‼︎いいんだお妙さん‼︎俺はありのままの君を受け止めるよ。君がケツ毛ごと俺を愛してくれたように」
「愛してねーよ」
変わらずにこやかな表情を浮かべるお妙だが、その声はさっきよりワントーン低かった。
しかしストーカーはめげない、折れない、諦めない。
許嫁と
「オイ白髪パーマ‼︎お前がお妙さんの許嫁だろーと関係ない‼︎お前なんかより、俺の方がお妙さんを愛してる‼︎」
そう断言するストーカーは、相当お妙さんに惚れているらしい。
だが、一途でもその想いは空振りしまくっているわけだが。
迷惑がられ、物理的抵抗も散々受けているというのに、どういう神経をしているのだろうか。
しかし、頭のネジが全て外れていようが、次にストーカーが発した言葉でその一途さが本気のものだと確信した。
「決闘しろ‼︎お妙さんを賭けて‼︎」
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決闘の場は、河原。
お妙、新八、神楽、黒瀬の四人は二人の決闘の様子を橋の上から見る。
だが、いつまで経っても決闘は始まらない。肝心の役者が集まらないのだ。
ストーカーは河の側に佇み、ずっと決闘相手を待っている。そう、銀時がいないのだ。
「余計な嘘つかなきゃ良かったわ。かえって大変な状況になってる気が………」
ストーカーに諦めてもらおうと軽い気持ちで言った嘘だったが、こうも予想外な方向に発展するとは。
「それにあの人、多分強い……あの落ち着きぶりは、何度も死線をくぐり抜けてきた証拠よ」
「あの刀は飾りじゃねェって事だ。やっぱ早いうちに籍………」
言いかけて、お妙によって黒瀬は顔面を欄干に叩き付けられる。
「この期に及んでまだ言いますか。冗談はよして下さいね」
「……い、いやホントに冗談で済まんってコレ。は、鼻、鼻折れとらんよなコレ」
黒瀬は鼻を押さえているが、指の隙間から血が垂れ流しである。
「心配いらないヨ。銀ちゃんピンチの時は、私の傘が火を吹くネ」
「なんなのこの
神楽が番傘兼銃をセットしていた。
その様子に、珍しくお妙も戸惑っている。
「おいっ‼︎そこの黒いの‼︎アイツはどーした‼︎」
「あ?厠行くっつってたけど?」
「チッ……随分と余裕かましてくれてるじゃねーの」
ずっと待っていて、そろそろ痺れを切らしてしまう頃合いだろうか。
かの宮本武蔵も随分と遅れて決闘の場に姿を現したという。
それが作戦とも、ただ遅刻しただけとも言われているが、この場合どうなのだろう。
「そんなに
と、ニヤリと笑ってみせた。
ストーカーは変わらず真剣な眼差しで、黒瀬の悪戯な笑みを見据える。
しかし、何かを感じ取ったのかすぐにフッと笑った。
「お妙さんを賭けた決闘前に、関係のない奴と剣は交えん。それに、前哨戦で終わらせるつもりはないんだろう?」
「あら?意外と察しの良いゴリラだな」
血気に早った末の決闘だったなら、一度沈めて頭を冷やしてもらおうと考えていたのだが、流れだったとはいえ冷静さは欠いていないらしい。
「銀さん……いつになったら来るんですかね………」
新八が心配そうに呟く。
無理もないだろう。唯一の肉親を賭けての決闘なのだから、勝敗で将来の大筋が見えてしまう。
「そのうち来るさ。クソ真面目に心配せん方がいいぞ」
その言葉通りに黒瀬は欠伸をした。
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日が傾き、空が橙色に染まった頃。
どこから噂を聞きつけたのか、橋の上には野次馬が集まっていた。
「黒瀬さん!起きてください!銀さん来ましたよ!」
「んあ………?」
欄干を背もたれにして座り込み、待つのも飽きてきた黒瀬はいつの間にか寝ていた。
新八に起こされ欄干の隙間から河原の様子を見る。
ストーカーゴリラと対峙している白髪天パ。
まだ眠気のとれないぼんやりとした頭ではどんな会話をしているのかわからないが、近くにいるお妙が必死に叫んでいるのは聞き取れた。
(あの腐れ天パが珍しく真面目に………)
ここ数年で稀に見る真剣な眼差しをしている。
対してゴリラストーカーは、腰に差していた刀を外し地面に転がす。
「小僧、お前の木刀を貸せ」
真剣勝負ではなく、同じ武器で勝負しようという意思表示だったらしい。
新八がゴリラに木刀を投げようとした直前、違う方向からゴリラの前に木刀が投げ出された。
その柄には、洞爺湖の文字。
「使えよ。俺の自慢の愛刀だ」
「銀さん!」
新八が銀時に向け木刀を投げ渡す。
「勝っても負けても、お互い遺恨は無さそーだな」
「ああ。純粋に男として勝負しよう」
数秒の間を置き、同時に駆け出す。
「いざ!」
「尋常に」
『勝負‼』
ゴリラが上段に構えた木刀を、力一杯に振り下ろす。
が、振り下ろした得物には、刃にあたる部分が殆どなくなっていた。
握り締めるのは柄のみ。
「あれェェェェェ!?ちょっと待て!先っちょが………」
何が起こったのか把握しきれていないゴリラは、刃のなくなった木刀を見つめ困惑。
だが銀時はそんなのお構いなしに木刀を振りかぶり、困惑し立ち止まったゴリラを捉える。
「先っちょが………ねェェェェェェ‼」
薙ぐ木刀に、吹っ飛ぶゴリラは絶叫。
橋の上の新八、神楽、黒瀬の表情は今まで以上に冷え切っていた。
「………ほら、だから言ったろ。真面目に心配せん方が良いって。後悔するから」
「………そうですね」
「………アッキーの言った通りネ」
銀時は倒れたゴリラに歩み寄り、落ちた木刀の柄を拾い上げる。
何があったのか解説に入るその顔は、尋常に勝負と叫んでいた真面目なものではなく、悪党。
「厠で削っといた。ブン回しただけで折れるぐらいにな」
「貴様ァ………そこまでやるか!」
「こんな事の為に誰かが何かを失うのは馬鹿げてるぜ。全て丸く収めるにゃコイツが一番だろ」
なかなか来ないと思えば、そういうことだったのか。
そして、誰もが同じ言葉を胸中に抱く。
「コレ……丸い……か?」
ゴリラが代弁し、そのまま気絶した。
銀時は気絶したゴリラから離れると、今度は橋の方へと歩いてくる。
「よォ~、どうだい、この鮮やかな手ぐ……ちゃぶァ‼」
言い切る前に、怒りが頂点に達し飛び降りた新八と神楽によって踏み倒される。
「あんな事までして勝って嬉しいんですか!この卑怯者‼」
「見損なったヨ!侍の風上にも置けないネ‼」
「お前!姉ちゃん護ってやったのにそりゃないんじゃないの‼」
銀時がうつ伏せでぶっ倒れるまで殴る蹴るシメる、と一通り発散し気が晴れた新八と神楽は、振り返らずに去っていく。
「もう帰る。二度と私の前に現れないで」
「しばらく休暇もらいます」
二人が去ったあと、銀時はむくりと起き上がる。
「何でこんな惨めな気分?」
「お前が上手いことやってりゃあ良かった話だろうが……よっ‼」
「ぶふォ‼」
銀時の顔面にフルスローで下駄がぶつけられた。
正面には黒瀬。
卑怯な天然パーマを回収するため、橋から降りてきたのだ。
「……まあ、お妙が察してっから俺は何も言わんが」
「だったら下駄投げてんじゃねーよコノヤロー」
黒瀬は投げつけた下駄を拾い履く。
橋を降り下駄を投げた直後、橋にいるお妙を見上げると、あまり悪い表情はしていなかった。
性格は凶暴だが、あの穏やかな顔を見て理解した。
それなら、騒動の中心にいた人物があんな表情を浮かべられる結末なら、つべこべ言うのは止そう。
そのうちあの二人も理解するだろう。
人間というのは、面倒な生き物なのだと。
太陽が地平に沈み切る頃、彼らは家路につくのだった。
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同じ頃、橋の上を歩く帯刀した黒服が一人。
真選組鬼の副長、土方十四郎。
「オイオイ、何の騒ぎだ?」
「女取り合って決闘らしいでさァ」
「女ァ?」
言われ土方は橋の下を見る。
そこには大の字になって醜態を晒すゴリラが一匹。
思わず土方は声を漏らす。
「あ、近藤局長………」
ゴリラは、真選組の局長であった。
はい、今回もかな?挿絵あります。
一話目の後書きで出したイメージの改良版。着流しの中こんなん着てますよっていうやつです、今回のは。
まあ、全身バージョンです。
【挿絵表示】
今回の話で黒瀬の履き物出たんでね。
一応です。