松茸一回は食ってみたい。
「あのさァ、訊いていい?」
「なんだァ?」
仕事の依頼で屋根の修理に駆り出された銀時と黒瀬。
瓦を退かされ、むき出しになった屋根の下地である木材に釘を打つ。
「こんな重労働して、いくら貰えるんか?」
「………さーな」
「はぁ………」
無心で金槌を振る。
依頼が重労働確定だと知った瞬間、全員の行きたくないという労働放棄の精神が一致し、ジャンケンで決めることに。
しかし、色々とふざけたジャンケンを披露した結果、依頼主が子供より大人の手ということで、強引に二人が連れ出された。
「オーイ黒い方、こっちの修理しろ」
「人にもの頼むときは相応の態度ってもんがあんだろクソハゲェ‼」
向かい側にいる依頼主に呼ばれ、黒瀬は舌打ちをし立ち上がる。
その時、銀時が束ねた木材を下に投げ落とそうとしていた。
「下、気ィ付けろよ。事故っても知らんからな」
「わーってるよ」
銀時は下を歩く人たちに声をかけてから木材を落とした。
その声はあまり危機感を感じさせるものではなく、気だるげでテンションが著しく低い。注意喚起に適した声ではなかった。
しかし黒瀬は、テンションどうのより注意したことに重きを置いて良しとし、屋根の反対側へと行く。
「んで、どこやれってんだハゲ」
「そこだそこ。ったく、人手不足じゃなかったら、てめーらになんか頼まねぇのによ………」
依頼主が指差した場所にしゃがみ込み、釘を打つ。
青空の下、せっせと汗水垂らして働くことに人というのは達成感やら満足感やらを得るのだろうが、言わずもがな。
元々労働意欲に欠ける彼等は、達成感とは無縁も無縁。
黒瀬は鬱陶しいくらいの青を見上げ欠伸。
「そこ、ちゃんとやっとけよ」
近場で同じく金槌を振っていた依頼主が、道具を置いて何処かへ行こうとしていた。
「あ?クソハゲ、お前どこ行くんか」
「この歳になるとな、トイレ近くなるんだよ。放っとけ」
「そうか。死期もトイレも近くなるんか」
「てめーホント腹立つ」
イライラ全開の依頼主は舌打ちを残して梯子を降りて行った。
それを見送った黒瀬はとりあえず、屋根修理の続きを始めるが段々と瞼が重くなってくる。
(………あ、眠い)
一瞬意識が飛びかけて結論が出た。
金槌と釘を置き、仰向けに寝転んで両手を頭の後ろに回す。
(真面目ってのがそもそもなァ……あのハゲ居らん間サボったって………)
と寝入ろうとした時、少し離れた場所を誰かが転がっていた。
起き上がって見てみると、なぜか銀時が刀を持って屈んでいた。屋根の反対側から転がって来たのは銀時だったようだ。
「何サボってんだ。仕事はちゃんとせんといけんだろ」
「寝ようとしてたテメーに言われたかねーよ‼︎」
「………二人揃って屋根修理たァな」
屋根の上の方から別の声がして、そちらへ目を向けた。
銀時と同じく刀を持った黒服の男。土方だ。
「……誰だあれ」
「あー?多串君」
「金魚の多串か。まだデカくなってるんか?」
「多串じゃねーって言ってんだろうが……!」
刀を握り締め額に青筋が浮く土方。
しかし黒服……特殊警察たる真選組の一員がどうして抜刀しているのか。
確かに一般人とは言いつつも、一般人らしい事をした覚えがない。だからと言って、チンピラのように絡まれる覚えもない。
「なァ、何でお前絡まれとんの?どっかで因縁でも付けられたか」
「こないだのゴリラの関係者らしいぜアイツ」
「ゴリラ………?」
ゴリラ?動物園に行った記憶はない。
こないだのゴリラ?
脳内でゴリラを連呼し、ゴリラの記憶を引き出す。
口にも出し幾度となく連呼していると、なぜか土方のイライラが増しているように見えなくない。
そしてゲシュタルト崩壊しかけた時、ふとある記憶がフラッシュバックした。
「あ!あん時のゴリラストーカーか!」
瞬間、眼前に白刃が切迫していた。
咄嗟に片足を上げ、刀が下駄に引っ掛かったところで足を回し踏み止める。
「……いきなり、やらんでくれん?見ての通り丸腰なんだけど」
「半開きの目にしちゃあ、よく見てるじゃねーか」
「うるせェ、瞳孔ガン開きが」
数秒の睨み合いの末、黒瀬は足を退ける。
「それに、お前が最初に目ェ付けたんはあの白髪だろーが。目移りしてんじゃねェ」
「………チッ」
土方の眼光が鋭くなる。
本当に最初の目的は、銀時だけだったのだろう。
だが、あまりにゴリラと連呼するものだから土方の琴線に触れ、第二の標的にされてしまったらしい。
現に、刀を引いた後もその目は黒瀬を見据え、尚も鋭い。
「あの白髪やったら、次はテメーだ寝不足野郎」
「はいはい」
土方は銀時の方へ向き直る。
「ったく……ムカつく野郎が揃ってゴリラゴリラ……」
ブツブツと言いながら離れて行く土方の背中を見、黒瀬は溜息をついてその場に座り込む。
チラッと視線を下に落とせば、ヒビ割れた瓦が二枚、三枚。
あの刀の振り方。小手調べだの様子見だのそんな甘いものではなかった。
完全に
「………ゴリラだろーがなァ、
立ち止まり対峙する土方と銀時。
ゴリラ……いや、真選組の頭である
直接ゴリラに手を下したのは銀時だが、ああやって一般人に喧嘩売るほど
「
土方が駆け出し、銀時に刀を振り下ろす。
風圧で瓦が吹っ飛ぶ。
だがそこに、銀時の姿は無かった。
「刃物プラプラふり回すんじゃねェェ‼︎」
土方の背後から銀時が現れ、跳んだ勢いのまま土方の後頭部を蹴り倒す。
だがその拍子、前のめりに転がる土方の顔が嗤っていた。
狙っていたとでも、分かっていたとでも言うように、不敵に嗤っていた。
それを捉えたと同時、銀時は左肩を斬り裂かれた。
(意外とやるなァ、アイツ)
二人が互いの反撃に倒れる様を、黒瀬は呑気に傍観する。
「てめーら!遊んでたらギャラ払わねーぞ!」
「黙れハゲェェ‼︎今いいとこ何だよ邪魔すんな‼︎」
「黒瀬てめっなに言ってんだ!警察呼べ警察‼︎」
いつのまにか戻って来ていた依頼主が向こう側で叫んだが、それどころではない二人は叫び返す。
黒瀬は完全にこの状況を楽しんでいるが、一方銀時は傷を押さえ静止役を要求する。
「俺が警察だよ」
「あ……そうだった。世も末だなオイ」
刀を支えに土方は立ち上がる。
その顔は口角を上げてニヤけているようにも見えるが、内心一向に抜刀しない銀時と加勢に入ろうとしない黒瀬に抱く疑念を隠すためのものだった。
なぜ、どうして。いくら思考を巡らせようと答えには辿り着かない。
一挙手一投足を観察し、その真意を探るが読めない。
そう思案している間に、銀時は傷に血止め代わりの手ぬぐいを乗せ立っていた。
刀を、鞘から引き抜いて。
(フン………いよいよ来るかよ)
今までの思考した全てが一瞬にして消えた。
深く考える必要はなかった。ただ、そういうスイッチが入っていなかっただけなのだ。
銀時が刀を構えたのを見届け、土方は駆ける。
(命のやりとりといこうや‼)
刀を振り下ろす。
斬ったと、確信した。
しかし、
「‼」
空中に舞うのは、真っ二つになった手ぬぐい。
奴は何処に行ったか。
そう頭に浮かぶ間もなく、例の人物は姿を現す。
土方のすぐ傍に。
(躱された!?斬られ………)
覚悟を決めた。
しかし、それは無駄に終わる。
カランカランと屋根瓦の上に落ちたのは、切り落とされた刀身。
銀時が斬ったのは土方ではなく、土方の持つ刀だった。
「はァい終了ォ」
刃傷沙汰だったにもかかわらず、銀時はいつもの気だるげな調子でそう言うのだった。
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銀時が負傷したため病院へと向かった後、土方はどこか晴れた表情で寝そべっていた。
「仕事の邪魔になるから違うとこで寝てくれん?」
そんな土方のもとに、黒瀬が握った金槌を肩に乗せ屈む。
土方は起き上がらず、目線だけを黒瀬に向けた。
「終始傍観キめてやがったな。何のつもりだテメー」
加勢するでも、ましてや止めに入るわけでもなく、ただただ傍観するのみ。
仲が良いのか悪いのか。互いにどこでくたばろうと気に留めないのか。
依頼主の怒声に対し、「今いいところだから」と返していた。
愉しんでいるのかと思ったが、それにしてはあまりにも………。
「別に。何も考えとらん。手ェ出さんでもいいかと思っただけだ」
あまりにも、鋭い目をしていた。
斬られると覚悟を決めた時、刀を振る銀時のその後ろ、黒い髪の隙間から覗く紫が異様に鋭く、一瞬ではあるがひどく
「何も考えてねェだと?そんな奴が、あんな目するわけねーだろ」
「睡魔だ睡魔。四六時中眠くて敵わん」
と欠伸をする。
半開きの紫眼は相変わらず。しかし、先ほどとは打って変わって本当に微睡みそうな目である。
黒瀬は土方から離れ、仕事にとりかかる。
「つかお前、あの阿呆の次に俺やる言っとらんかったっけ?あ、刀折れたし負けたからやれんか」
「んだとゴラァ………!」
ワザとらしく嘲笑して見せる黒瀬に、土方は起き上がり拳を握り締める。
殴ってやりたいほどに腹立たしいようだ。
しかし、そんな怒りもすぐ冷める。
「あのさァ、ホント帰ってくれん?お前が喧嘩吹っ掛けたせいで、俺があの白髪の分まで仕事せんといけん」
「チッ………」
言いなりになるのは
立ち上がった土方は折れた刀と貸したもう一本を腰に差し、屋根から降りようとした。
「一つだけ、答えてやる」
土方が梯子に足を掛けた時、そう声がかかった。
「手ェ出さんかったんは、それが野暮だと思ったからだ。部外者が、横槍入れるわけにいかんだろ」
「………」
黒瀬は振り向かず、ただ金槌を振っていた。
表情はうかがい知れない。
土方は何も返さなかったが、多少なりとも察しはついていた。
答えた理由というのは、裏を返せば答えられる理由である。
「一つだけ」と言ったからには二つ目、もしくは三つ目があるという風にも聞こえる。それらは恐らく答えられないもの。
答えたのは、手を出さなかった理由。しかしそれは、鋭利な紫眼の理由にはならない。
あの、人斬りの様な悍ましい目の理由には成り得ない。
屋根から降りた土方は、そこまで考えると煙草をふかす。
顔を上げれば、屋根の上でハゲだのなんだのと騒ぐ紫眼の男。
白髪も紫眼も、真意の読めない面倒な野郎だ。
土方は煙を吐き、考えるのをやめた。
今回は、書いてるあいだ煎餅食ってました。
塩より醤油派。
それでは、また次回。