臓物系か?ホルモンか?ホルモンが悪かったのか?
「愛だァ?夢だァ?若い時分に必要なのは、そんな甘っちょろいもんじゃねーよ」
妙な語りで始まったが、お察しの通りこの言葉は銀時のものだ。
「そう………カルシウムだ。カルシウムさえ摂っときゃ全てうまくいくんだよ」
至極真面目な表情で語るその手には、ピンク色をした紙パックの飲料、イチゴ牛乳が。
いや、それ………カルシウムが含まれているだろうけども、おもっくそ甘っちょろいもんだから。
「受験戦争、親との確執、気になるあの
「いくわけねーだろ‼いくらカルシウム摂ってたってなァ、車にはねられりゃ骨も折れるわ‼」
銀時、神楽、新八、黒瀬の四人は病院にいた。
新八は左足を包帯に包まれベッドの上に、他の三人はその見舞いに来ていたのだ。
「俺もはねられたけど、ピンピンしてんじゃねーか。毎日コイツ飲んでるおかげだよ」
「イチゴ牛乳しか飲めないくせに偉そーなんだよ!」
「んだコラァァァ!コーヒー牛乳も飲めるぞ‼」
「どっちにしろ甘ったりィわ」
イチゴでもコーヒーでも、カルシウムどうこうより甘いものだ。
それを偉そうに言われても………。
「やかましーわ‼」
近場にいたおばさん看護師に怒鳴られてしまった。
「他の患者さんの迷惑なんだよ‼今まさにデッドオアアライブを彷徨う患者さんだっていんだよボケが‼」
「あ………スンマセン」
おばさん看護師の気迫に負け謝った後、その峠を迎えている患者を見る。
酸素吸入器を付けられており、それなりの老齢であった。
「オイオイ、エライのと相部屋だな」
「えぇ、もう長くはないらしいですよ」
聞けば、新八が来てからずっと、向かいの患者は生死の狭間を彷徨っているらしい。
しかしその周りには病院関係者以外誰もおらず、噂によれば独り身で、相当な遊び人だったらしい。
「自業自得か。誰も見舞いにすら来とらんなんてな」
「そうかもしれませんけど………なんか………」
新八の言わんとしていることはわかる。
だが、今まで所帯を持たず自分の好き放題に生きてきたのだから、当然と言えば当然なのだ。
薄情だとか無情だとか関係なく、それが現実だというだけの話なのだ。
「まっ、人間死ぬ時ゃ独りさ。そろそろ行くわ。万事屋の仕事もあることだし」
銀時が椅子から腰を上げた瞬間、向かいの患者が死にかけとは思えない物凄い勢いで起き上がった。
「万事屋アアアアア‼」
「ぎゃあああああ‼︎」
誰も復活の呪文をかけていないのに、三途の川から舞い戻ってきた老齢患者。
ベッドから出て銀時達に歩み寄る足取りはヨロヨロとおぼつかなく、生きる屍、ゾンビと呼ぶに相応しい。
「今……万事屋って……言ったな………それ、何?なんでも……して……くれんの……?」
「いや……なんでもって言っても、死者の蘇生は無理よ‼︎」
狼狽える銀時が必至に接触を拒否するが、老人は構わず生きる屍の歩みで寄ってくる。
「ちょっ……こっち来んな‼︎のわァァァ‼︎」
老人が振り上げた拳には光る物が握られていた。
恐怖のあまり銀時は叫んだが、次の瞬間眼前に出されたのは、
「コ……コレ……コイツの持ち主、探してくれんか?」
一本の、
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銀時と神楽は
一方で、怪我人である新八と持ち主捜索を拒否した黒瀬は病院待機組になった。
新八は、持ち主捜索を依頼した老人の側に座り、軽い世間話をしていた。
「新八」
呼ばれ顔を向けると、黒瀬からお茶の缶飲料を投げ渡された。
「ありがとうございます」
「百円な」
「奢りじゃないんですか⁉︎」
てっきり奢ってくれると期待していたが、やはり貧乏人なんだなと落胆する。
微妙に好感度が下がったとはつゆ知らず、黒瀬は新八に背を向け反対側の椅子に座った。
「んでジジィ、あの
持ち主を探してくれと頼むくらいだ。唯一の未練、という事でもあるのだろう。
こんな歳になっても持っているのだから、未練以外にも何かしらの思い入れがある。そうでなければ、持ち主捜索をデッドオアアライブの状態で頼んだりはしないだろう。
拾い物なら数日、あるいは数年経てば忘れる。
誰かへの贈り物?
この老人は生涯独身で所帯は持っておらず、遊び人という噂が本当ならとっくに誰からも見限られている。
「は………初恋の人」
「………」
ベッドに横たわる老人が頬を赤らめていた。
「初恋の人?」
「新八、深掘りすんな。俺、ジジィの恋愛話とか聞きたかねェんだが」
「そんな事言わないでくださいよ、黒瀬さん」
黒瀬の中にあったらしい微かな捜索意欲が削がれてしまったようだ。
聞く耳を持たず、長椅子に寝転がっている。
「笑ってくれて構わんぞ。こんなジジーが死に際に色気付きおって……とな」
「そんな事ないですって」
そう言った新八は苦笑していた。
「この歳まで所帯も持たんで、女のケツばかり追いかけてきたが、何故かな………死に際になって思い出すのは、あの人の笑顔ばかりでなァ」
噂は本当だった。それは誰も見舞いには来ないはずだ。
「あれは、本当にキレーな人じゃった……。いつも簪挿してチャキチャキ働く、巷でも評判の娘でのう」
その評判の娘は団子屋の看板娘だったらしく、金のある男はその娘目当てに通い詰め、みるみる肥え太っていったそうだ。
しかし、若かりし日の老人は金もなく、それ以上に娘の近くに行くなんて事は出来なかった。本当に好きな相手には………というヤツである。遠くから見るので精一杯だったそうだ。
そんなある日娘に見つかり、誰にも内緒で団子を食べさせてもらったが喉に詰まらせてしまった。
老人は、これ以上醜態を晒すまいと気力を振り絞り逃げ、気が付いた時には彼女の簪を握り締め倒れていたという。
「面倒な見栄張りやがって」
「って、あんな事言っておきながら、聞いてたんじゃないですか」
「……うるせェ。聞かされただけだ」
変わらず寝そべり目を瞑ったまま、素っ気なく言う。
興味があるのかないのか。
「その後、人づてに聞いた話によると彼女………あの店を辞めさせられちまったらしい………」
簪の娘は他にも貧しい子供を見付けては内緒で団子を食べさせていたらしく、それが老人の一件で露見してしまった。
遅かれ早かれ、いずれバレてしまう事ではあった。それは本人も分かっていたはず。
それでも貧しい子供に団子を食べさせていたのは、情か
「物好きな看板娘だなァ………」
「本当に悪い事しちまった。今更謝っても詮無きことだが、せめて、あの簪だけでも返してやりたくてのう………」
老人は目を瞑る。
その瞼の裏に映るのは、懐かしい情景か。
「いや……ホントのこと言うと………またあの笑顔、見たいだけなんだけどな……」
老人はニヤリと笑った。
死に際でも、どれだけ歳をとっても、この老人は生粋の遊び人らしい。
新八はため息をつく。
その時、老人が胸を押さえ苦しみだした。
「おじーさん‼」
新八の切羽詰まった声に飛び起きた黒瀬は、老人の枕元にある緊急呼び出しのボタンを押す。
「新八!このジジイ見とけ!俺はババアんとこに電話かける。アイツらがいるか分らんが………」
「は、はい!」
病室を出ていくと同時に、別の方向から看護師を連れた先生が駆けてくるのが見えた。
あの様子からして恐らく、本当にもう余裕がない。
簪の持ち主が見つかっているのか、見つかっていないのかはともかく、依頼人が危篤だということは知らせておかなければならない。
それが、ただの気休めだったとしても。
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その後、捜索組の銀時と神楽はちょうどお登勢の店にいたようで、老人の容態を伝えることが出来た。
危篤の知らせを聞いた銀時達はお登勢を連れ、定春に跨り窓を割ってダイレクトに老人の病室へやってきた。
何故お登勢を連れてきたのか理由を聞くと、何と老人が一目惚れした簪の娘だと言う。
お登勢は戻ってきた簪を髪に挿し、老人の手を握って感謝の言葉を述べた。
老人の目にお登勢がどう映っていたかは分からないが、その穏やかな表情から望むものを見られたのだと悟った。
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後日、黒瀬は個人で新八の見舞いに来ていた。
「ほれ、頼まれたモンだ」
「ありがとうございます」
渡したのは新八が心酔するアイドル、お通関連のグッズ諸々。
「銀さんと神楽ちゃんは?」
「たぶん仕事。寝て起きたら誰も居らんかった」
「置いてかれたんですね………」
新八は持ってきてもらった表紙がお通の雑誌を開き苦笑する。
置いて行かれた本人が気にしていない様子だが、置いてかれ慣れているのだろうか。それはそれで虚しい気もするが………。
「………相部屋じゃなくなったな」
唐突に言った。
黒瀬は新八のベッド横にある椅子に腰掛け、カラになった向かいのベッドを見て缶のお茶を飲む。
簪の持ち主探しを依頼してきた老人は、お登勢との邂逅後まもなく、晴れ晴れとした穏やかな表情で眠りについた。
「少し寂しいですけど、あのおじーさん………いい最期を迎えられたと思いますよ」
「いい最期、か………」
本人がいない今、本当にそうだったのか聞く
未練がなくなり、死に際に望むものが見れて他に思い残すことがなくなった。
その後に眠りについたのなら、いい最期と言っても良いのかもしれない。
「まァ、遊び人のジジィにしては贅沢な最期だったな。あの世で同じ事やってっかもしれんが」
「ハハッ、否定できませんね」
人によってどういう展開がいい最期と呼ぶのか差異はあれど、独りより、泣き顔より、笑っていられる最期が断然いいと思う。
そう、思いたい。
「おーい新八~、来てやったヨ~」
「まだ治んねェのか。カルシウム摂れカルシウム」
病室に入ってきたのは銀時と神楽。
銀時は手に持ったイチゴ牛乳を飲み、お見舞いの品であろうビニール袋を持った神楽は軽く手を振っていた。
「はい、見舞いの品ネ。大事にするヨロシ」
神楽がビニール袋から取り出し、新八に差し出したのは鉢に植えられた橙色の花。
「ねぇ神楽ちゃん。普通お見舞いで持ってくる花って、鉢植えはNGなんだけど………」
「細かいこたァ気にすんな。見舞いの品ってのはなァ、気持ちさえこもってりゃ何でもいいんだよ」
「いや、気持ち以前にマナーの問題‼」
騒がしさに通りがかったおばさん看護師が、「やかましい!」と一喝する。
怒鳴られてしまったが生憎、この病室には他に患者はいない。
集まるのが馬鹿どもだけなせいで、相部屋を拒否されるのである。
「銀さんがそんなんだから、神楽ちゃんがマナーを気にしなくなるんスよ。ちゃんと教えないと」
「んだようるせェな。母ちゃんかオメーは」
マナーがどうのと言う新八の表情は呆れたような困っているようなものだったが、それはいつものことか。
「じゃーな新八。俺達これから仕事だから」
「さっさと骨くっつけろヨ。ただでさえ使えない眼鏡が、無駄に怪我してんじゃないネ」
「それが怪我人に向かって言う言葉!?あっちょっと‼」
ヒラヒラと手を振り病室を出ていった二人。
新八はマナー違反の鉢植えを持って帰ってもらおうと手を伸ばしたが、声は届かず手元に残ったまま。
「黒瀬さんは、行かなくていいんですか?」
「二人でもどうにかなんだろ。阿保どもなんぞ知らん」
お茶を飲んで窓の外を眺めていた。
「………さてと、俺も帰るか」
「そうですか。すみません、安眠妨害したみたいで………」
「いや………」
黒瀬が空き缶を手に立ち上がった時、新八から見舞いの品の鉢を渡された。
「持ってけってか?」
「いえ、一応あの人たちが買ってきてくれたものなので、飾っておこうかと。日の当たる窓辺にでも」
「そうか」
黒瀬は言われた通り、鉢を窓辺に置く。
その時、病室のドアの方から声が聞こえた。
「なにチンタラしてんだ。テメーも来い、黒瀬」
銀時だ。戻ってきたらしい。
次に横から顔を出した神楽が、黒瀬の元まで駆け寄り着流しの袖を引っ張る。
「アッキー早くするネ!銀ちゃんだけじゃ頼りないアル!」
「んだとクソガキ」
有無を言わせず神楽に連れていかれる黒瀬を見、新八は人知れず微笑む。
持ってきてもらった雑誌を開き、続きから読み始める。
毒を吐いたり、憎まれ口を叩いたり。
イラッと頭にくることもあるが、慣れてしまえばどうということはない。
その本心を完全に読み取るにはもうしばらく、時間がかかるだろう。
紆余曲折、幾度となくぶつかって、喧嘩別れという事に陥っても、最後にはみんな揃って下品な笑い声をこの空に響かせるだろう。
彼らはそういう、アホな人間なのだ。
窓辺に置かれた鉢。その上で真っ直ぐに伸びる茎は一本。
晴天を仰ぐ橙色は、光を目一杯に浴びる四つの花。
焼き肉は焼き加減がいまいち分かりません。
個人的に寿司が安定ですね。
それでは、また次回。