それでも彼は惰眠を貪る   作:夜無鷹

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第二訓 天然パーマに悪い奴はいないらしい

眼鏡少年、志村新八の姉、志村妙の投擲技術により捕らえられた銀時と黒瀬。

二人はボロボロになるほどの手厚い歓迎を志村妙から受け、姉弟の営む恒道館道場にて並んで正座をさせられていた。

目の前にはにこやかに笑い仁王立している志村妙。

 

「あの……ホント、スンマセンでした」

「俺ぶん投げられたんだけど……え、その上で謝らんといけんの?」

 

文句を言う黒瀬に、妙は竹刀を振り下ろし寸止めする。

風圧で髪が揺れる。

 

「何か、言いましたか?」

「あの、ごめんなさいでした。調子のってました」

「ゴメンで済んだらこの世に切腹も警察も存在しないわ。アナタ達のおかげで、ウチの道場は存続すら危ういのよ」

 

笑顔のまま短刀を抜く妙。

じゃあどうしろと?

暗に切腹を要求しているのだろうか。だがそれには警察というワンクッションがあるはずで、それからの切腹のはずでという流れであってほしい………と、冷や汗ダラダラの二人。

どうやらこの姉上に逆らってはいけないようだ。

 

「それでも、父の遺していったこの道場を護ろうと、今まで二人で頑張ってきたのに………お前らのせいで全部パーじゃボケェェェ‼︎」

「落ち着けェェェ姉上‼︎」

 

抜いた短刀を振りかぶる妙を、新八が必至に引き止める。

おしとやかというには程遠い行動。怒りに任せ斬りかかろうとするこんな行動を起こす人を、女と認めていいのだろうか。

いや性別上そうなのだろうが、物騒すぎて末恐ろしい。

 

「新八君‼︎君のお姉さんゴリラにでも育てられたの‼︎」

「ゴリラじゃ収まらんだろあの凶暴性……」

「冷静に言ってんじゃねェ!つーか待て待て待て!切腹は出来ねーが、俺だって尻くらいもつって!」

 

と、名刺を差し出す銀時。

 

「……なにこれ?名刺……万事屋(よろずや)坂田銀時?」

「こんな時代だ。仕事なんて選んでる場合じゃねーだろ。俺は頼まれれば何でもやる商売やっててなァ。こいつはただの居候だ」

「居候言わんでくれん?まあそうなんだけど……」

 

銀時と黒瀬は立ち上がりシワのついた着流しを払うと、銀時は親指で自分を指しここぞとばかりに顔をキリッとさせる。

その横で黒瀬は他人事のように欠伸をする。

 

「この俺、万事屋銀さんが、なんか困った事あったら何でも解決してや………」

「だーから!お前らに困らされてんだろーが!」

「仕事紹介しろ仕事!」

 

言い切るか言い切らないかのところで、志村姉弟が痺れを切らし殴る蹴ると二人をフルボッコにする。

姉弟は加減をせず、恒道館に響く殴打の音が生々しい。

 

「巻き添え!俺、巻き添え食らっとらん!?ってイタッ!」

「落ち着けェェ‼︎仕事は紹介出来ねーが、バイトの面接で緊張しないお呪いなら教えてや……」

「いらんわァァ‼︎」

「あ″あ″あ″あ″あ″‼︎」

 

同時に上がった悲鳴がこだました。

 

 

 

それから幾ばくか経って、志村姉弟はぶっ倒れている二人を尻目に恒道館道場について話していた。

 

「姉上……やっぱりこんな時代に剣術道場やってくなんて土台無理なんだよ」

 

衰退していく侍。街を闊歩する天人。

今はもう侍の時代ではない。

その上、開国後の廃刀令は侍の弱化を促進させた。

 

「この先、剣が復興する事なんてもうないよ。こんな道場、必死に護ったところで僕ら何も……」

「損得なんて関係無いわよ」

 

強い意思の宿る凛とした響きの声。

固い決意の表れであった。

 

「親が大事にしていたものを子供が護るのに、理由なんているの?」

「でも姉上!父上が僕らに何をしてくれたって……」

 

納得がいかなかった。

生活をしていくにあたって邪魔でしか無い道場の存続。

なぜ親のために子供が苦労しなければならないのだろう。なぜ親のものを子供が護っていかなければならないのだろう。

姉は護ることに理由はいらないと言う。

しかし、理由がない事には納得がいかない。納得出来ない。

 

「くらァァァァァァ!」

 

凄まじい音と共に蹴破られた戸から、ズカズカと三人の天人が押し入ってきた。

揃いも揃ってマッシュルームヘアーで整え、一人はいかにも立場が上である事を誇張している服装。

控える二人はボディーガードと言ったところか。

 

「今日という今日はきっちり金返してもらうで〜‼︎ワシもう我慢でけへんもん‼︎イライラしてんねんもん!」

 

まくし立てるように騒ぐ関西弁天人。

その脇で志村姉弟に叩きのめされた二人が起き上がる。

 

「オーイ借金か。オメーらガキのくせにデンジャラスな世渡りしてんな」

「将来、ろくな大人にならん」

「僕たちがつくったんじゃない……父上が」

「新ちゃん‼︎」

 

新八の言葉を妙が遮る。

 

「何をゴチャゴチャぬかしとんねん‼︎早よ金持ってこんかいボケェ‼︎早う帰ってドラマの再放送見なアカンねん‼︎」

 

堪えかねた関西弁天人が尚も騒ぐ。

どんだけドラマ観たいんだよ、と口には出さず呆れる黒瀬。

そう言えばもう一人、ドラマ観たさに逃亡を図った奴がいたな。

 

「ちょっと待って!今日は……」

「じゃかしーわ‼︎こっちはお前らのオトンの代からずっと待っとんねん!もーハゲるわ‼︎」

「まだハゲとらんのか。事後じゃないんか」

「違ェよ。すでに兆候が出始めてっからああ言ってんの。あいつのハゲるは禿げ上がるの方なの。進行を危惧してんの」

「なるほどそっちか!」

「あんたらどこに食いついてんだ‼︎」

 

真剣な話をしている最中だというのに、呑気にハゲに食いつく銀時と黒瀬。

話の腰を折られた関西弁天人はさらに機嫌を損ねる。

 

「何やねんお前ら‼︎それより、金払えんときはこの道場売り飛ばすゆーて約束したよな!あの約束守ってもらおか‼︎」

「ちょっと待って下さい‼︎」

「何や!もうええやろこんなボロ道場!借金残して死に晒したバカ親父に義理なんて通さんでエエわ!捨ててまえこんな……おぶっ!」

 

関西弁天人の言葉にキレたお妙は、ありったけの力をもって関西弁天人を殴る。

護る、護りたいという意思を馬鹿にされ、蔑ろにされ、父の事も悪く言われ、感情を抑えられなかった。

倒れて鼻血を垂れ流す関西弁天人にお妙はもう一発食らわせようとしたが、控えていた付き人に取り押さえられる。

 

「この(アマ)ッ!なにさらしとんじゃ‼︎」

「姉上‼︎」

 

お妙は二人の付き人によって床に叩きつけられ押さえ込まれる。

 

「このボケェ……女やと思って手ェ出さんと思っとんかァァァ‼︎」

 

仕返しとばかりに拳を振り上げる関西弁天人。

だがその拳が動く事は無かった。

殴る力より、抑えている何者かの力の方が何倍も強かったからだ。

背筋が凍る。悪寒の正体は何か。

 

「その辺にしとけよ。黒瀬、テメーもだ」

 

関西弁天人の腕を掴んでいたのは銀時。

そして天人の足元には屈んで拳を構える黒瀬。

 

「あら?やっちゃいけんの?鼻へし折るくらい、いいんかと思った」

 

と、眠気眼(ねむけまなこ)でニヤリと笑う。

殴るようだったらカウンターでアッパーカットを決めようとしたのだろう。

 

「ったくそいつ、ゴリラに育てられたとは言え、女だぞ」

 

言い知れぬ圧に怯える関西弁天人。

脂汗が滲む。

 

「なっ、なんやワレェェ!この道場にまだ門下生なんぞおったんかイ‼︎」

 

腕を振りほどき袖を正す。

なにかと邪魔をされた関西弁天人は、諦めたように語気が弱くなる。

 

「……ホンマにどいつもこいつも……もうエエわ!道場の件は……せやけどな姉さんよォ、その分アンタに働いて返してもらうで」

 

天人が胸ポケットを漁り、取り出したのはいかにも怪しげなチラシ。

 

「コレ、わしなァ新しい商売始めてん。ノーパンしゃぶしゃぶ天国ゆーねん」

「ノッ、ノーパンしゃぶしゃぶだとォ‼︎」

 

現在、江戸では遊郭が禁止となっており、地上で営業すれば即警察に御用となる。

だが、空がある。地上がダメなら空で営業すればいい。

空の上なら役人の目は届かず、また、他に飛んでいる船と区別が付かないため客が密告しなければ最高の商売だ。

言うなれば、空飛ぶ遊郭。

 

「色んな星のべっぴんさん集めとったんやけど、あんたやったら大歓迎やで。どないする?」

 

確かに、見た目だけなら美人といっても差し支えない容姿である。見た目だけなら。

天人はそれを買っている。

道場を売るか、体を売るか。

 

「ふざけるな!そんなの行くわけ……」

「わかりました。行きましょう」

 

父の道場を護ることに理由はいらない。

そう言い放った彼女だからこその決断だろう。

驚く新八をよそに、お妙は天人と共に歩きだす。

 

「こりゃたまげた孝行娘や」

「ちょっ……姉上ェ!もういいじゃないか!ねェ!姉上!」

 

ピタリとお妙の足が止まる。

 

「新ちゃん、あなたの言うとおりよ。こんな道場護ったって、何も良いことなんてない。苦しいだけ……でもね、私捨てるのも苦しいの」

 

その言い方は嫌なくらい優しく、まるで子供をなだめる親のようだった。

 

「もう取り戻せないものというのは、持ってるのも、捨てるのも苦しい。どうせ、どっちも苦しいなら私は……」

 

振り返ったお妙。

その顔にあの笑顔はなかった。

 

「それを護るために、苦しみたいの」

 

今にも泣きそうな、しかし、涙は見せまいと笑おうとしているような……。

そんな表情のお妙に新八は何も言葉が浮かばず、そのまま天人に連れていかれる彼女の背中を見送ることしか出来なかった。

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