それでも彼は惰眠を貪る   作:夜無鷹

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すみません、話が長くなってしまいました。
分割も考えたのですが、それにしては微妙な文字数だったため詰め込んでしまう結果に……。
今後もあるかも知れないので、ご了承ください。


第三訓 万事屋に悪い奴はいない

お妙が天人と共に去ってから、新八はむしゃくしゃしていた。

そのやり場のない怒りを、庭で木刀を振りながら吐き出す。

 

「んだよチキショー!バカ姉貴がよォォォ!あのハゲが何してくれたってよ!たまにオセロやってくれたぐらいじゃねーか!」

「父ちゃんハゲてたのか」

「いや精神的にハゲて………」

 

言いかけて新八はふと、誰と話しているんだと思い振り返る。

 

「って、アンタらまだ居たんですか!!」

 

庭から見える部屋で、三角巾を巻いた銀時がワンホールケーキを作っていた。

さらにその奥では黒瀬が、どこからか引っ張ってきた布団に潜り込んで爆睡している。

 

「人んちで何本格的なクッキングに挑戦してんの!!僕らの食料と布団を勝手に使わないでください!!」

「いや定期的に甘いもの食わねーとダメなんだ俺」

「だったらもっとお手軽なもの作れや!」

 

ホイップクリームを絞り、一通りのトッピングをしてケーキを完成させると、銀時は三角巾を外しフォークを持つ。

 

「……ねーちゃん、追わなくていいのか?」

「……知らないっスよ。自分で決めて行ったんだから……」

 

銀時の問い掛けに、新八は不貞腐れた様に言う。

あれだけ止めたのに、道場を護ったところで何も無い事は重々分かっているはずなのに、どうしてあんな物を残すために苦しもうとするのだろう。

 

「姉上もやっぱ、父上の娘だな。そっくりだ。父上も義理だの人情だの、そんな事ばっか言ってるお人好しで……そこをつけ込まれ友人に借金背負い込まされて………のたれ死んだ」

 

義理とか人情だけでは食っていけない。そんなもののために人生を棒に振って、のたれ死んだら元も子もない。

お人好しを利用されたら義理も人情もへったくれもない。

 

「どうして……あんなに皆んな不器用かな……僕は綺麗事だけ並べてのたれ死ぬのは……御免ですよ」

 

父が言った。

時代が変わろうと忘れちゃいけないものがある。

姉が言った。

親が大事にしてたものを子供が護るのに、理由なんていらない。

思い出すと、視界が滲む。

 

「今の時代、そんなの持ってたって邪魔なだけだ。僕はもっと……器用に生き延びてやる」

「……それ、本音なんか?」

 

寝起きであろうガラガラの声。

黒瀬がむくりと起き上がり、依然変わらないクマのある眠気眼で頭を掻いていた。

 

「あんた起きてたんですか」

「あんだけ騒がれたら、眠れるもんも眠れん」

「いや爆睡してたでしょ。声ガラガラですよ」

 

新八の言葉を聞き流し、黒瀬は欠伸をしながら布団を畳む。

 

「……本心からそう思ってんなら何も言わん。邪魔なら愚痴なんか言わんで捨て置けばいい。だが」

 

畳んだ布団を部屋の隅に寄せ、銀時特製ワンホールケーキのイチゴを摘まむ。

無心でケーキを頬張る銀時が、「俺のォ!」と叫んだが気にしない。

 

「そんな顔するくらいなら、嘘でも言うな。そんな顔が出来る身内がいんだから、大事にせんといけん。後悔先に立たず、だろ?銀時」

 

座ってまたケーキに手を出す黒瀬。

腹が減っては何とやら。

話を振られた銀時はどこか呆れているといった風で。

 

「そーさなァ……俺にはとても、お前が器用になんて見えねーよ」

 

俯く新八の目には、涙が溜まっていた。

 

「器用に完璧に生きるより、不器用でも面白く生きた方がいいと思わん?この白髪みてェに」

 

ニヤッと黒瀬は笑う。

一方で銀時は面倒そうに立ち上がり頭を掻く。

 

「はあ………侍が動くのに、理屈なんていらねーさ。そこに護りてェもんがあるなら、剣を抜きゃいい。……姉ちゃんは好きか?」

 

新八は静かに頷く。

その頰には、涙が伝っていた。

 

「思い立ったが吉日。まあこの場合、急がんとマズイんだろうが」

「ったく……お前が免許持ってりゃあなァ……」

「エンドレス金欠な状態で免許なんぞ取れん。取ったところで車を買えん。どーしろと?」

 

原チャリ一台で三人が乗れるわけがない。確実に一人待機だ。

しかし、いつまでも移動手段を悶々と考えていても仕方がない。

とりあえず涙を拭った新八と三人で外に出た。

 

「どっかに落ちてねェかな車。地球に優しく再利用してやるのによォ」

「車パクらん?善行の前に多少の悪事は霞むと思うんだが」

「悪事はどこまで行っても悪事ですよ‼︎」

 

なんだこの人。思考回路が可笑しいんじゃ無かろうか。任せて大丈夫だろうか。いやコレ大丈夫じゃないな。

近場に停まっている車は一台として見当たらないし……早くしなければお妙が……。

とそこへ、巡回中であろうパトカーが一台。

 

『あ、ちょうど良い』

「え、何が?」

 

首を傾げる新八とは真逆に、銀時と黒瀬は声を揃えて言った。

なぜか昭和的な効果音で目を光らせて。

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

 

飛び立った船。遊郭、ノーパンしゃぶしゃぶ天国。

その一室にお妙はいた。

花魁の様に着飾り、本性を隠してあくまでおしとやかに振る舞う。

 

「お妙で御座います。可愛がってくださいまし」

 

畳に手を付き頭を下げる。

だが、一見不備は無さそうな所作に怒声が飛んだ。

 

「だから違うゆーとるやろ!そこでもっと胸の谷間を強調じゃボケェ‼︎」

 

関西弁天人が怒りを露わにした直後、お妙が天人の顔を鷲掴む。

 

「胸の谷間なんて、一回も出来た事ないわよ」

「あ、スマン。でけへんかったんかィ」

 

お妙の笑顔の裏から見え隠れする圧に、関西弁天人は思わず謝ってしまった。

気を取り直して、天人は研修を進める。

 

「まァええわ!次、実技!どないした⁉︎今更怖気付いたところで遅いゆーねん!これも道場護るた……?」

 

どこからか、今聴こえるはずのない音が響いてる。

エンジン音。だが、この船のものではない。

それなりに大きな動力源を積んではいるが、そんなものが部屋中で聞こえているとなれば商売上がったりだ。

では、なんだ。

段々と近づくエンジン音。ふと窓の外を見る。

 

「なっ……なんやァァァ⁉︎」

 

窓越しに見えたのは、見紛う事の無い完全な車。

車は曲がる事も速度を落とす事もなく、直進一択でそのまま突っ込んできた。

 

「社長ォォォ‼︎何事ですかァァァ‼︎」

「つ、突っ込んで来よった‼︎」

 

パラパラと崩れる壁。

大穴を開けられ、砂埃が舞う。

 

「アカンでこれパトカーやん!役人が嗅ぎつけて来よったか!」

「安心しなァ、コイツはただのレンタカーだ」

「あとで返さんといけん。このガラクタ」

 

パトカーから降りて来たのは、例の三人。

 

「どーも万事屋でーす」

「姉上ェ!まだパンツははいてますか!」

 

廃刀令のご時世に二人は木刀を引っさげ、一人は今にも睡魔に負けそうである。

 

「新ちゃん!」

「おのれら何さらしてくれとんじゃー‼︎」

 

天人はご立腹。

それも当然だろう。違法とはいえ新規で立ち上げた商売。初日に、物理的に大穴を開けられ、これからと言う時に殴り込みに入られた。

だが、それをするだけの理由がある。決意を、覚悟を持って、自分に正直に。

 

「姉上を返してもらいに来た」

「アホかァァァ!どいつもコイツも遅いゆーのが分からんかァ!こんな真似さらして道場ただですまんで‼︎」

 

天人が脅しとばかりに叫ぶ。

そんなものに屈しない。それ以上に大切なものがある。

 

「道場なんて知ったこっちゃないね。僕は、姉上がいつも笑っている道場が好きなんだ。姉上の泣き顔を見るくらいなら……」

 

父親が遺したものに思い出はあっても、未練はない。

大切なものと未練のないものを天秤にかけるのなら、どちらを取るか解りきっている。

 

「あんな道場いらない」

「新ちゃん……」

「ボケがァァァ!たった三人で何が出来るゆーねん!いてもうたらァ!」

 

部屋の外に控えていたのか、それとも騒動を聞きつけた連中か、四人を数十の天人が一斉に取り囲む。

 

「少年、その木刀貸してくれん?」

「え、いいですけど……」

 

新八は腰に差した木刀を黒瀬に渡す。

 

「オイ、俺らが引き付けてといてやるから、てめーは脱出ポッドでも探して逃げろ」

 

ざっと天人の数を確認したであろう銀時が、木刀に手を掛け言う。

この人数を二人でどうにかしようという腹積もりらしい。

 

「あんたらは!?」

「てめーは姉ちゃん護ることだけ考えろや」

「お前はその為に来たんだろ?こっちは気にせんでいい」

 

振り向かない銀時の代わりに、黒瀬がニヤリと笑っていた。

どうして笑える?どうしてそんなにも人の為に動ける?

いや、これらを問うのは野暮というもの。

ああも言い切れるのは、

 

「俺は、俺の護りてェもん護る」

「なら俺は、それに手を貸してやろう」

 

誰よりも強い芯を持っているからだろう。

 

「何をゴチャゴチャ抜かしとんじゃ!死ねェェ‼︎」

 

関西弁天人が拳銃を構えた瞬間、同時に二つの刃閃(じんせん)が多くの天人を一気に薙ぎ払う。

 

「はイイイイ次ィィィィ‼︎」

「……テンション高くね?」

 

反撃する余地もなく次々と吹っ飛ぶ天人。

いとも容易く大勢の天人を薙ぎ飛ばしていく二人に、天人も志村姉弟も驚きを隠せなかった。

 

「新一ぃぃぃ‼︎行けェェェェ‼︎」

「新八だボケェェェ‼︎」

 

ナチュラルに名前を間違えられたが、しつこく絡んでいる暇はない。

新八はお妙の手を引いて、切り開かれた逃げ道を突っ走る。

真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、振り返らずに。

 

「新ちゃん、いいのあの人達……なんであそこまで私達のこと……」

「そんなのわかんないよ‼︎」

 

わからない、わからない。

何もわからないけれど、どうしてだろう。

 

「でもアイツらは戻ってくる‼︎だってアイツらの中にはある気がするんだ‼︎父上が言ってたあの……」

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛‼︎』

 

後方から聞こえてきた絶叫に振り返ると、元気な大勢の天人を引き連れた例の二人が、必死の形相で走っていた。

 

「キツかったんだ‼︎思ったよりキツかったんだ‼︎」

「こんなにいるとは思わんかった‼︎ナメてたんだ‼︎」

 

あれだけキメていたくせに、今の訴えは非常に見苦しいというよりも悲しい。

なぜあんな信用している様な行動を取ってしまったのだろう。

新八は今までの事を恥ずかしく思う。

 

「ちょっと頼みますよ!あんだけキメてたのに台無しじゃないですか‼︎」

「バカヤロー‼︎カッコつけんのだってなァ中々出来る事じゃねーんだよ‼︎上手くいく方が(まれ)なんだぞ‼︎」

「時間稼いでやったのに文句言うんか‼︎さっさと脱出ポッド探せポンコツ眼鏡‼︎」

「なんで逆ギレしてんですか‼︎」

 

言い合いながら脇道のない鉄の道を突っ切る。

ひたすら走った末、その突き当たりには客室とは全く別の部屋。

見渡す限り、壁も金属に覆われている。

船の中枢、動力室。

 

「追いかけっこはしまいやでェ」

 

関西弁天人が鼻血を垂れ流し、拳銃を構えていた。

 

「哀れやの〜、昔は国を守護する剣だった侍が、今では娘っ子一人護る事すらでけへん鈍や」

 

天人襲来に恐れをなした幕府の降伏宣言。それに伴い、流布された廃刀令。

取り上げられた剣。衰退していく強者(さむらい)だった者たち。

 

「おたくらに護れるもんは、もう何もないで。この国も、空も、わしら天人のもんやさかい」

 

天人の嫌味に、しかし彼らは鼻で笑う。

 

「国だ空だァ?くれてやるよんなもん。こちとら目の前のもん護るのに手一杯だ」

「そのせいで、いくら取り零してきたか知らん。必死にやっても、やり切れん」

 

そもそも国のために戦った覚えなど、この空を護るために戦った覚えなど、皆無。

いつも自分の大切なもののために、必死になっていた。

 

「ならよォ、せめて目の前で落ちるものがあるなら、拾ってやりてェのさ」

「厄介な性分だ。見過ごせんようになるなんて」

「しみったれた武士道やの〜。もうええわ……()ねや」

 

再度拳銃を構える関西弁天人。

それを控えていた部下が急いで止めに入った。

 

「ちょっあきまへんて社長!アレに弾当たったらどないするんですか!」

「ア、アカン……忘れとった」

 

天人が向き合っている四人の背後には、球状の鉄塊。船の心臓たる動力だ。

弾丸一発すら当たってしまえばひとたまりもなく、非常にデリケートな機械(カラクリ)である。

 

「よいしょ、よいしょ」

「って、ちょっ待ちィィ‼︎」

 

だがそんな事を知ってか知らずか、銀時は天人が躊躇っているのをいいことに動力へ繋がるパイプを伝い登っていた。

 

「アカンでそれ!この船の……」

「思いっきりやっちゃってー。死ぬかも知れんけど」

「あんた何てこと言うんですか!」

 

銀時は動力源の天辺まで登ると、木刀を構え言い放った。

 

「客の大事なもんは、俺の大事なもんでもある。そいつを護るためなら、俺ぁ何でもやるぜ‼︎」

 

振り下ろされた木刀。

衝撃により動力源全体へとヒビが入り、その機能を停止させていく。

 

「きいやァァァァ‼︎」

「ホンマにやりよったァァァ‼︎」

 

叫んだ間も無く、動力源を失った船は重力に逆らえず落ち始めた。

 

「何この浮遊感気持ち悪っ‼︎」

「落ちてんのコレ⁉︎落ちてんの⁉︎」

「死なんよう祈っとけ。万事、諦めること(なか)れ」

 

天人と殴り込み勢の絶叫が交錯する中、幸か不幸か船は江戸の海へと落ちた。

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

「幸い、海の上だから良かったものの、街に落ちてたらどうなってた事やら」

 

天人達が集まった役人によって逮捕され、志村姉弟は夕日の中、海に沈み行く船を眺めていた。

 

「あんな無茶苦茶な侍見たことない」

「でも結局、助けられちゃったわね」

 

やり方は雑で、それでも一本筋の通った無茶苦茶な行動。

 

「んだよォ‼︎江戸の風紀を乱す輩の逮捕に協力してやったんだぞ‼︎」

「パトカー拝借くらい、些細な事だと思わん?」

「拝借ってお前……パトカーも俺もボロボロじゃねーか!ただの強盗だボケ!」

「元々ボロボロの顔じゃねーか!かえって二枚目になったんじゃねーの‼︎」

「ほれ、鏡見んとわからんだろ。相当イケてるぞアンタ」

「マジでか!……ってボロボロじゃねーか‼︎」

 

不運な役人と二人のやり取りを眺めていた新八は、意を決したように呟く。

 

「……姉上。僕……」

「行きなさい」

 

何も聞かず答えたお妙。

新八が何を言おうとしているのか、察したのだ。

 

「何か、見つけたんでしょう?なら、行って見つけてくるといいわ。あなたの剣を。私は私のやり方で探すわ。大丈夫、もう無茶はしないから。私だって、新ちゃんの泣き顔は見たくないからね」

「姉上……」

 

——例え、剣を捨てる時が来ても、魂に納めた真っ直ぐな剣だけは、失くすな。

 

亡くなる前に父が遺した言葉。

 

——父上、彼等の魂が如何なるものか。酷く分かり辛いですが、それは鈍く……確かに光っているように思うのです。今暫く傍らでその光……眺めてみようと思います。

 

お妙の後押しで決意を固めた新八は、喧嘩寸前の二人の元へと駆けて行った。


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