精進、精進。
万事屋に新たに加わった怪力チャイナ娘、神楽。
銀時、新八、黒瀬の三人は神楽を連れ、大家であるお登勢の営むスナックに来ていた。
「おかわりヨロシ?」
「てめっ、何杯目だと思ってんだ。ウチは定食屋じゃねーんだっつの」
神楽はカウンター席に座り、茶碗片手に白米を催促していた。
「そんなに食いてーなら、ファミレス行ってお子様ランチでも頼みな!!」
定食屋ではないこの場所で白飯をたかられても困る、とお登勢はファミレスを推奨するが、神楽は意に介さずカラになった茶碗を差し出す。
「オカズはたくあんでヨロシ」
「食う割に嗜好が地味だなオイ‼︎」
ふりかけサラサラだとか、お茶漬けサラサラ美味しいと言っていただけはある。
食べる量が普通の人間と同じだったなら、そう食費は掛からなかったはずなのに、現実はどうだろうか。
「ちょっとォ‼︎何だいこの
お登勢の
机上を見ていながらも、その目には何も映っていない。
「五合か……まだまだこれからですね……」
「もうウチには砂糖と塩しかねーもんな……」
「買わんといけんけど金が……」
いつもの騒がしさも、生気のカケラも感じられない三人にお登勢は首を傾げる。
「何なんだい、アイツらあんなに憔悴しちまって……ん?」
視界の端に妙なものが映り込み、何だろうかとお登勢は視線をカウンターへと戻す。
そこには、椅子ではなくカウンター上に正座し炊飯器を持つ神楽が、ダイレクトに白飯を胃に流し込んでいた。
「まだ食うんかィィィ‼︎ちょっ誰か止めてェェェ‼︎」
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「へェ〜、じゃああの
銀時が万事屋に置くことになった、神楽の身の上話をした。
簡単に言ってしまえば、成り行きでそうなってしまったのだ。
雇うといったわけでもないし、本当のところお帰り願うつもりでいた。
どうしてこうなったのか、今でも疑問に思う。
「バカだねぇ。家賃もろくに払えない身分のくせに。どうすんだい?言っとくけど、家賃はまけねぇよ」
「だよなァ………まけてくれんよなァ………」
腕を組み呆れた顔のお登勢。
日々の生活すらままならないのは重々承知であったはずなのだが、生活苦より情を優先してしまう面倒な性分らしい。
当の大食い娘は呑気にジュースを飲んでいるわけだが。
「好きで置いてるわけじゃねぇよ、あんな胃拡張娘」
即座に銀時の横顔にガラスコップが飛んできた。
無残にもガラス破片となったコップが飛んできた先には、あどけない容姿の神楽。
「何か言ったアルか?」
『言ってません』
神楽の自然な脅しにお登勢、新八、黒瀬は声を揃える。
ドスのきいた声ではないのに、口答えしてはならない圧を感じる。
「いだだだ……」
銀時がコップをぶつけられた箇所を
「アノ、大丈夫デスカ?コレデ頭冷ヤストイイデスヨ」
「あら?初めて見る顔だな。新入り?」
お世辞にも綺麗とは言えないが、気を配れる猫耳の新顔。
「ハイ、今週カラ働カセテイタダイテマス。キャサリン言イマス」
「人雇ったんか」
「キャサリンも出稼ぎにきたクチでねェ。実家に仕送りするために頑張ってんだ」
同じ理由で来たのに、この差。
一人は遠慮も気遣いもない化物胃袋の娘。それに対しお登勢の雇った新入りは、容姿は良くないものの心配りができるときた。
「へぇ、じゃああの爆食娘と交換してくれん?あれ、己の食欲を満たすためだけに………」
今度は黒瀬に向かいグラスが飛んでくる。
一瞬にしてガラス片へと変わったグラスが飛んできた先は、言わずもがな。
「何か言ったアルか?」
『何も言ってません』
二度目の脅しに銀時、お登勢、新八、キャサリンが声を揃えた。
その時、まだ開店時間前だというのに店の扉が開かれた。
「すんませーん。こーゆもんなんだけど、ちょっと捜査に協力してもらえない?」
そういって店に入ってきた二人のうち、前にいた一人が警察手帳を出していた。
役人だ。
どうやらこの近辺で何かしら事件が起こったらしい。
いち早く対応に回ったのは新八だ。
「なんかあったんですか?」
「うん、ちょっとね。このへんでさァ、店の売り上げ持ち逃げされる事件が多発しててね。なんでも犯人は不法入国してきた天人らしいんだが………なんか知らない?」
売り上げの持ち逃げがあったことについては初耳である。
不法入国してきた天人といわれても、歌舞伎町に天人は腐るほどいるし、どれが不法入国してきたかなどわかるはずもない。
しかしここで、銀時が自信ありげに神楽を指さす。
「知ってますよ。犯人はコイツです」
他に考えられないと決めつける銀時だったが、差した指が神楽によってあらぬ方向へと曲げられてしまう。
「おまっ………お前なにさらしてくれとんじゃァァ‼」
「くだらない冗談嫌いネ」
「故郷に帰りたいって言ってたろーが‼︎この際強制送還でもいいだろ‼︎」
「そんな不名誉な帰国、御免被るネ。いざとなれば船にしがみついて帰る。こっち来る時も成功した。なんとかなるネ」
「なんとかなるじゃねェ。そういうのを世間一般で犯罪者っつーんだよ。知らんのか」
神楽のカミングアウトは平和とは言い難いが、彼らのやり取りから歌舞伎町なりの平和を見たのか、役人が気にする様子はなかった。
「………なんか、大丈夫そーね」
「ああ、もう帰っとくれ。ウチはそんな悪い娘雇ってな………」
エンジンをふかす音が聞こえてきた。
開けっぱなしの扉の向こう。そこへ目を向ける。
「アバヨ、腐レババア!」
そう嘲り、キャサリンは何やら様々な荷物を乗せた原チャリで走り去って行った。
「ま、まさか、キャサリンが………」
「お登勢さん!店の金、レジごとなくなってますよ‼︎」
突然の出来事に困惑する中、何が起こったのか確認するように外へ出る。
何を盗られた?まず、店のレジ。
他は?
「あれ?俺の原チャリもねーじゃねーか」
「そういえば、私の傘もないヨ」
「……あのさァ……俺の財布知らん?」
まさか、と三人の考えが一致した時、小さくなったキャサリンの背中を見据えた。
微かながらも三人の耳が拾ったのは、癪に触る一単語。
たかが一言でありながら、被害者達をブチギレさせるには充分であった。
「あんのブス
「首狩りじゃァァァ‼︎」
「血祭りじゃァァァ‼︎」
怒りに任せ三人は、新八と役人の言葉に耳を貸さずパトカーに乗り込む。
止めに入っていた新八も、怒り狂ったアホどもに任せては置けないと後部座席に乗り込んだ。
直後、車はキャサリンを追い発車した。
一方で店の金を盗られたお登勢は、何も言わずただその光景を眺めているだけだった。
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パトカーを猛スピードで走らせ、キャサリンを追う。
なぜかハンドルは神楽が握り、常識人である新八は躍起になっている三人を宥めようとしていた。
「とりあえず落ち着こうよ!僕らの出る幕じゃないですってコレ‼︎そんなにムキにならなくてもいいでしょ!」
自分のものを盗られた事に怒りを露わにするのは分からなくもないが、さっきまで役人という事件の対処人がいたのだから、そちらに任せる手もあったのだ。
だが、新八の訴えに銀時が口を開く。
「新八、俺ぁ原チャリなんてどーでもいいんだ。そんな事よりなァ、シートに昨日借りたビデオ入れっぱなしなんだ。このままじゃ延滞料金がとんでもない事になる、どうしよう」
「アンタの行く末がどうしようだよ‼︎」
延滞料金どうのより、パトカー強奪時点で何かしら思って欲しい。
「延滞料金なんて心配いらないネ。もうすぐレジの金が丸々手に入るんだから」
「その綺麗な瞳のどこに汚い心隠してんだ‼︎」
真顔でさらっと言うあたり、冗談ではないようだ。
「……で、黒瀬さんは?」
「あ?俺?」
車に揺られうつらうつらしていた黒瀬は、新八の問いにキャサリン追跡に同行した理由を話し出す。
「あー………財布はどうでもいいんだ。中に入れてる割引券なりクーポン券が勿体無くて……スーパーで使える奴もあったから」
「見た目の割に思考回路が主婦だよこの人‼︎」
現金よりも割引券。
しかし、神楽の食費に消えたのだから、無いものより在るものが大事ということだろう。
要は現金はすっからかんで、頼みの綱が割引券。
生活が垣間見えてしまう気がして、辛い。
それはさて置き、新八はある重要な事を思い出す。
「ってかそもそも神楽ちゃん免許持ってんの!なんか普通に運転してるけど!」
「人撥ねるのに免許なんて必要ないアル」
「オイぃぃぃ‼︎ぶつけるつもりかァァ‼︎」
パトカー強奪、スピード違反、無免許運転。捕まえる側が捕まる側に………いや、これ以上は考えないでおこう。
「勘弁しろよ。ビデオ粉々になるだろーが」
「壊れたら弁償か……いかんいかん」
「ビデオから頭離せ‼︎」
くだらないやり取りをしているうち、目と鼻の先にまでキャサリンに迫った。
それに勘付き、キャサリンは傍の狭い路地へと入る。
「ほァちゃあああああ‼︎」
逃すまいと神楽もハンドルを切り、キャサリンの入っていった路地へ車体をねじ込む。
本来なら車の通れない道。そこを無理矢理通り、両サイドに建ち並ぶ家々を破壊しながら、ただ自分勝手な目的のために猛進する。
「オイオイオイオイ‼︎」
「なんかもうキャサリンより悪い事してんじゃないの僕ら‼︎」
「車止めろ!これじゃあ俺達がお縄に………」
「死ねェェェアル!キャサルィィィィン‼︎」
目前に捉えたキャサリンを荷物ごと轢いてしまおうと、アクセルを全開にした。キャサリンを追い路地を抜けた瞬間、何故か車は宙を舞う。
前方にあの忌々しい泥棒猫はおらず、眼下には川。
しかし、気付いたときにはもう遅く、重力のままに車は川に落ち沈んだ。
その一部始終を見、追跡を逃れたキャサリンはほくそ笑む。
「そこまでだよ、キャサリン!!」
いつの間にか来ていたお登勢が、橋の上でキャサリンと相対し、とある馬鹿な侍について語った。
雪の降る寒い日。
旦那へと供えた饅頭を無言で頬張り、白い野良犬のような男は言った。
墓前の饅頭を貰う代わりに、一方的に約束してきた、と。
お登勢に向かって再び走り出すキャサリン。
轢かれそうになっているというのにお登勢は微動だにしない。
昔話を続けていたのだ。
ーーこの恩は忘れねェ。アンタのバーさん老い先短い命だろうが……。
川から飛び出した白い影は、手にした木刀を振りかぶった。
ーーこの先は、あんたの代わりに俺が護ってやるってさ。
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キャサリンが役人に連行され盗品も手元に戻り、ひとまず一件落着となった。
「人がガキ共引き上げてる最中、なに悠長に話し込んどるんか。見てるなら手伝え」
欄干を背もたれにし、家賃について話をしていたお登勢と銀時に対し、全身びしょ濡れの黒瀬が抗議していた。
「そういやァあんたも、前は死人みたいな顔してたねェ」
お登勢が懐かしむように目を細める。
「あ?死人?死人の目した奴なら隣にいんだろーが」
「誰の目が死人の目だ」
「
何を追ってきたのか、あるいはただ当てもなく歩いて辿り着いた結果なのか。
ボロボロの容姿はあの白い野良犬と同じで、色は違えど覗く目は虚無を映す。
拾い拾われ、本人の気付かぬうちに、変化は緩やかに。
「あたしゃとんだ拾い
『誰が穀潰しだババア』
声が揃う。
自覚があるゆえか、単に似た者同士なだけなのか。
白と黒で、対極であるはずなのに。
吐いたその言葉が本音か建前かは定かではないが、ただひとつだけ言えるのは。
「銀ちゃーん、アッキー、帰るアルヨー」
「ちょっ神楽ちゃん、店のレジ持ってっちゃダメだよ!」
拾い拾われた者達が起こすバカ騒ぎは案外、悪い気はしない。
神楽と新八に促され、面倒そうに歩き出した銀時と黒瀬の背中を見、お登勢は口元を緩ませたのだった。
これ書いてて、黒瀬って財布のガード弱いな、と思いました。
財布事情はすっからかんのガバガバです。
そんなんでやってけるかって話。
それでは、また次回。