シルバーという少年の父親は物心ついたときにはいなかった。
シルバーという少年の母親はそんな父親のことを悪く言ったことは一度も無かった。
だが、病弱な母親が住む場所を変えながら働かなければいけない原因が父親にあると思ったシルバーにとっては父親は憎むべき敵だった。
シルバーは控えめに言って荒れた少年であった。
だが、母親と自分のポケモンには絶対に当たることは無かった。
彼の持つサンドは目が見えていなかった。
先天的な者は後天的なものかはわからないが、それが飼育には大変な労力をかけていた。
挙げ句に絶対に外には出せない事情があった。
そのサンドは他の地方から持ち込まれていたもので、誰かに見つかって行政に通報された場合、処分される可能性が高かった。
だからサンドは家の中だけで飼われていた。
飼育当初は盲目故に、ミルクやエサをこぼしたり、サンドの習性で家の中を掘って荒らした。
だがシルバーは障害があるから仕方ないとも、障害があるから鬱陶しいとも思わなかった。
思っていたとしてもそれを行動に表すことは無かった。
シルバーは根気よくサンドと向き合った。
その姿は、嘗ての彼の父親によく似ていた。
シルバーは母親を馬鹿にされた時には烈火の如く激怒した。
シルバーの母親は、実はある犯罪組織総帥の妻であり、正体を知られれば後ろ指をさされてもおかしくない立場だが、
それを知らない、いや、知っていたとしてもシルバーには関係が無かった。
シルバーは母親の悪口を言った通行人に暴力を振るい、そしてその度に引っ越しを繰り返した。
それはシルバーが暴力を振るったからだけでは無く、一家の正体が周囲に知られたからであった。
雪の振る日、クリスマスイブにシルバーの母は倒れ、帰らぬ人となった。
シルバーは一人になった。
いや、正しくはサンド以外の全てを失った。
シルバーは町から去った後、盗みを繰り返しては生活費を稼いだ。
元より斜に構えていたシルバーは、そう心に誓うようになるほどに歪んでいった。
この頃から、サンドにも当たり始めるようになっていた。
しかし、丸くなるのが苦手なアローラのサンドは黙ってそれに耐えていた。
ある時、久し振りにシルバーは母親が死んだ町に帰ってきた。
共同墓地に行くと、黒一色のトレンチコートを着た男がいた。
すれ違った二人は背を向けたまま立ち止まった。
「アンタも墓参りか?」
「…ああ、そんなところだ。ところでロケット団をどう思う?」
「……」
シルバーは押し黙った。力でルールを押し破る無法の暴力組織ロケット団。
一人の少年に破壊されたその組織の名前はシルバーも知っていた。
シルバーにはその在り方は少しだけ羨ましく思えた。
「まあいい。特に意味も無い戯れ言だ。
そうだな、君の母親とサンドには宜しく言っておいてくれ」
振り返ったシルバーの視界には、誰もいなかった。
「アンタは………いいさ、オレは、オレは強くなってみせる。一人でっ!!」
その決意の言葉は、乾いた風の吹く静かな墓地に響き渡った。