「────────あんた、誰?」
ルイズは自らが起こした爆発で尻もちをついたまま、抜けるような青空をバックに佇む男を見上げて言った。
男は190サント近い身長でがっしりとした体躯をしている。黒い上下の服とボロボロのマントを纏うその姿は、決して身なりがいいとは言えない。両手に持つ白黒の双剣からしてどこかの傭兵だろうか。
「……………………」
高い視点から周囲を鋭く見回す様は気高い鷹を思わせる。後ろに撫で付けた白い髪に浅黒い肌という色彩の組み合わせは、珍しい髪色を持つ生徒が比較的多い学院内でさえルイズは見たことがない。顔は……青年のようにも少年のようにも感じられる、不思議なつくりだ。顔のつくりが違うということは異国人なのかもしれない。
色々と特徴が多い男だけども何より印象的なのはその瞳。昼光の中でも輝いている白銀色は、キレイなのに近寄りがたい。その視線を向けられると、剣の切っ先を突きつけられているような落ち着かない心地になる。
「……………………ふ、ふふっ」
闖入者の登場により静まり返った場の空気を変えたのは、キュルケの笑い声だった。
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を喚び出してどうするの?」
その一声で他のクラスメイトたちも我に返ったのか、再び笑い声と野次が飛ぶ。
「無駄にデカい爆発させといて、結局喚んだのは平民かよ!」
「仔ネズミの方がまだマシだったんじゃない?」
「さすがは『ゼロ』のルイズだ!」
男に見とれていた────でなく観察していたルイズも周囲の言葉にハッとし、顔を真っ赤にして捲し立てる。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
「ちょっと間違ったって、あなたはいっつもそうじゃない!」
刃物を持った男がすぐ近くにいるというのにもかかわらず、少年少女たちは笑い転げる。それは戦闘経験などほぼ無い彼らにはしょうがないことだった。剣を使うということは魔法の使えない平民であり、魔法が使えない以上自分たちを害することはできない。そう刷り込まれ、信じているのだから。
そんな中、男の脅威を感じ取ったのは────
「下がりなさい、ミス・ヴァリエール。みなさんも少し離れていなさい」
「え……ミスタ・コルベール?」
召喚の儀に立ち会っていた教師のコルベールはルイズを庇うように前へと出て、双剣を手にしたまま微動だにしない男を見据える。
男の目を見た時、コルベールは直感で「この男は危険だ」と判断した。この男は
「きみは一体……いや。あなたは一体何なのだ。
コルベールが発した言葉に生徒たちは驚く。ただの平民にしか見えない男に何故そうも畏まるのか。意外とスゴイ奴だったりするのか、いやいやそれはないだろう、などと外野が賑やかな間にも、コルベールは冷や汗をかく。
『ディテクト・マジック』の結果は、男の尋常ならざる魔力をコルベールに示した。それは魔力を纏うなんて生易しいものではない。男は魔力そのもので形作られていた。そのような者は精霊くらいしかいないだろう。
コルベールは男の言葉を待つ。生徒たちも真剣な空気を感じとったのか、先程までの賑やかさは徐々に鳴りを潜めた。ゴクリと固唾を呑む音が響くほどの沈黙。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「………………………………」
「………………………………」
「…………………………………………」
しかし男は眉間にシワを寄せたまま、じっとコルベールを見るだけだ。声には反応しているようだが、返事は一向に返ってこない。
「……………………? あの、もしもし?」
だんだんとコルベールの緊張も切れてきた。まだ男が危険だと感じてはいるが、そもそもこの男は敵意や殺意は見せていないのだ。周囲を警戒しているものの、両手に持つ武器を振るう素振りもない。もしかして早とちりだった?とコルベールが考え出したあたりで、ずっと放置されていたルイズが下から声をかけた。
「ねぇ。あんた、まさか言葉がわからないの?」
「…………」
すると男はルイズの方を見た。やはり無言。これはもしかすると。
「……そうだ。ミス・ヴァリエール、今すぐ『コントラクト・サーヴァント』をしなさい」
「はいぃ!?」
男を最大限に警戒していた先程と打って変わって、コルベールは男と使い魔の契約をしろとルイズに提案する。ルイズにはわけがわからない。こんな小汚い格好をした、言葉も通じない、平民の男と使い魔の契約?
「いやです! やり直させてください!」
「それは認められない。もともと学院の決まりで、一度召喚した使い魔の変更はできないんだ。好む好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない。それに……」
「それに、なんです?」と、イライラしてきたのか教師相手でも言葉に棘が見え隠れするルイズ。
「今の彼は我々の言葉がわからないようだ。しかし使い魔として契約すれば、わかるようになるかもしれない」
「……というと?」
「人間の言葉がわからないはずの動物でも、使い魔として契約すると主と同じ言葉を話すようになったり、話さなくとも理解できるようになったりするだろう。だから少なくとも意思疎通に問題はない、ということだ」
コルベールの話でルイズは頭が痛くなる。言葉が通じないという問題がなくなるとしても、一番大事な問題が残っているではないか。
「でも、平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
「これは伝統なんだ、ミス・ヴァリエール。例外は認められない。あと。それと、だね……」
言いにくいことなのか、コルベールは口をもごもごさせる。ルイズが視線で催促すると、諦めたコルベールは他の生徒たちに聞かせないよう、小さな声でルイズに耳打ちした。
「彼はおそらくただの平民ではない……」
「────────、へ?」
「それどころか、人間でない可能性もある。使い魔になると総じて凶暴性が弱まる傾向があるとはいえ、気をつけて契約したまえ。いざという時は私が君を守ろう」
そう言ってコルベールは少し離れる。セリフだけならカッコいいけど、禿頭の中年男性が言っても全く格好がつかない────と現実逃避気味に思うルイズであった。それよりも、だ。
(どう見てもただの平民のこいつが、人間じゃない……? 人の見た目してるのに人間じゃないって────も、も、もしかして吸血鬼!? でも確か吸血鬼って昼間は動けないはず……じゃあ他に人型の生き物っていたかしら────!?)
ルイズは軽い混乱状態に陥っていた。『サモン・サーヴァント』を唱えたら爆発して。失敗したかと思ったら成功していて。でも召喚されたのは小汚い格好した人間の男で────でも本当は人間じゃないかもしれなくて。
(あーーもおぉーー~~! うだうだしてもしょうがないじゃないの! 相手がただの平民じゃないってだけマシなんだから! わたしがちゃんと手綱を握れさえすれば、た、食べられることはないはず!)
覚悟と共にぐっと拳を固めるルイズ。そしてついに使い魔契約のため立ち上がろうと脚に力を入れる。が、動かない。もう一回試す。やはり動かない。どうやら人生初とも言える精神力の大量消費に、体が付いて行けないようだった。
しょうがなく、ルイズは通じるかどうかわからないジェスチャーを試す。「ねぇ」と声をかけ、男がルイズを見たことを確認したら、ちょいちょいと手で招いてみる。すると、男は手に持っていた双剣をパッと跡形もなく消して近づいてきた。
「ねぇ。今の見た?」
「杖も詠唱も無しに剣を消したように見えたけど……」
「どうせ手品で隠しただけだろ」
男の見せた挙動にクラスメイトたちはがやがやしているが、コルベールからの警告を受けていたルイズはどぎまぎしていた。先住魔法の使い手だったらどうしよう。詠唱も無しに攻撃されたら先生でも間に合わないのでは。そんな不安がよぎる。
しかし特に何事もなく、男はルイズの前にやってきた。それどころかルイズに合わせてかがみ、目線を合わせてきた。コルベールと相対していた時よりかは少し雰囲気が和らいだ気がする。向こうも幾分かは警戒を解いてきたのだろうか。
(あ、近くで見ると意外と童顔かも────じゃなくて!)
ルイズはンンっとかわいらしい咳払いをし、言葉が通じないのを理解しつつも男に宣言した。
「どこの誰だか知らないけど、特別にあんたと契約してあげる。感謝しなさいよね」
あくまで自分が上の立場であると周囲に知らしめながら、男にビシッと杖を突きつけてやるルイズ。男は何が何だか、といった顔だ。油断している隙に契約してしまえ、とそのままルイズは呪文を唱え始める。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール五つの力を司るペンタゴンこの者に祝福を与え我の使い魔となせ!」
詠唱が始まった途端、男が何か反応をしそうになった。ルイズは慌てて早口で唱え、すぐに男の顔を掴む。そして男のかさついた唇に口づけ。ロマンもへったくれもないキスだった。そして静かに唇を離す。怪訝そうな面持ちで見てくる男に、ルイズは恥ずかしさで居たたまれなかった。それでもぐっと堪える。
「……終わりました」
ルイズは顔を真っ赤にしつつも報告する。その言葉にコルベールは胸を撫で下ろした。一瞬男が動こうとした時は『ウィンド』で吹き飛ばそうとしたが、そのまま大人しくしてくれたおかげで事なきを得た。
「『サモン・サーヴァント』も『コントラクト・サーヴァント』も無事成功して何よりだ。いや本当によかった!」
危機は去ったと言わんばかりの晴れやかな顔でコルベールは言った。男の脅威をわかっていなかったルイズ以外の生徒たちは、何を大げさに言ってるんだかと呆れ顔だ。
「相手がただの平民だから契約できたんでしょ」
「そいつが高位の幻獣だったら、契約なんかできてないって」
何人かのクラスメイトはそうルイズを笑ったが、当の本人はつんとそっぽを向くだけだ。てっきり反撃が来ると思っていた彼らはその反応で気が削がれたのか、なんだよつまんねぇのとぶつくさ言ったっきりになった。
魔法の実力者として学院に勤めている教師が危険視するほどの存在をルイズは使い魔にしたのだから、この反応は当然だ。いちいち反応してやる必要なんてない。神聖で美しいかはともかく、強力な使い魔をわたしは得たのだからとルイズは小さく胸を張る。
と、そこでルイズは契約前にコルベールと話していたことを思い出した。
「あんた、わたしの言ってることわかる─────」
男に向き直りさっそく会話を試みようとしたルイズだったが、それは失敗に終わった。
「ぐッ────ガ、は、はァ────…………っ!」
突然、男は胸を押さえながら呻き声を上げた。目を大きく見開き、額には大量の脂汗。まっすぐだった背は小さく丸まり、痛みか何かに耐えているのか小刻みに震えている。
「ちょ、ちょっとあんた大丈────あつっ」
その尋常でない苦しみ様に声をかけようとしたが、ルイズにも異変が起きた。
「え────えっ。熱、いたっ。い、痛い。痛い痛い、痛いーー~~っ!」
ルイズは左手を押さえながらうずくまる。熱した針で神経に直接模様を刻むような、鋭く激しい痛み。それはざくざくと皮膚を蝕み、ルイズの白い柔肌に赤い痣を描き出す。
「ミス・ヴァリエール! そこの君も! 急にどうしたんだ!?」
コルベールが心配そうに声をかけているが、痛覚以外の感覚がなくなってきたルイズには聞こえていない。痛みは左手から左腕、そして頭にまで上っており、意識も朦朧としていた。自分が今泣いているのか。倒れているのか────生きているのか。それすらルイズにはわからなくなっていった。
「────────────、あ」
錠がカチリと開くような感覚。そして強烈な脱力感。痛みは徐々に引いていくが、同時に意識も遠のいていく。
ルイズがふと無意識に見上げた先には、見開かれた
(────────きれい、────)
そして、ルイズの意識は深淵まで落ちた────────
戦場に慣れた体は、意識が浮上すると共に一瞬で覚醒状態へと移行する。
起床。周囲の警戒────見覚えのない部屋。薬品臭、備品類、複数あるベッドから、医務室のような場所だと推測。敵影────隣のベッドで眠る桃色の少女がひとり。ノーカンとする────なし。部屋の外にも動体の気配はなし。身体の異常────あり。しかし保留可。一先ずは可動性に問題なし。
安全を確認すると、ルイズに召喚された男────エミヤは警戒レベルを下げる。
そしてため息をひとつ。
(散々イレギュラーに巻き込まれてきたと思っていたが、まだ経験していないようなことがあったとは……)
エミヤは規模もシステムも異なる様々な聖杯戦争に身を投じてきたベテラン英霊だ。”生前”に経験したもの。未来の月で行われたもの。世界を救うため行われたものなど────どれもが特殊で特別な戦いだった。しかしそれらと比較しても、今回の召喚は異常だと断言できる。
鏡のような召喚門を抜ければ、アラヤによる召喚と同じように”本体”がすぐ”領域外”へ飛ばされるとエミヤは考えていた。しかし実際はそうならなかった。転移の直前、サーヴァントの召喚のように分霊が作製される感覚。そこに仮初めの身体と後付けの再現人格が組み立てられる────通常のサーヴァントの召喚ならこれで放り出されるが、今回はさらにデータが詰め込まれる。生前の”記録”に死後の”記録”、そして平行世界の”記録”…………本来ならサーヴァントの器から溢れ出るほどのデータ量だ。それを膨大な空き容量を持つ分霊に全て入れる。そのうえ召喚時のクラスは「未定義」ときた。
(分霊は作るくせに、容量は”本体”そのまま……なんとも非効率的な召喚だ。おかげで無駄な”記録”が多い。クラスが未定義だったのも、データ量の多さ故に”どの
アラヤの召喚とサーヴァントの召喚の特徴を中途半端に受け継いだような此度の召喚。現在のエミヤの身はまるで生前の────いや、死後のデータも蓄積した、ある意味で”
これだけでも十分な異常なのだが、厄介なことに異常は複数あった。
まず、召喚先が”領域外”ではなく、完全に未知の場であること。”領域外”であればそもそも人の営みとは無縁だ。ここのように人々の生活感あふれる光景を見ることはなかったはずである。しかし、平穏そうに見えても油断はできない。ここはエミヤが知るどの世界とも根底が異なっているように感じたのだ。召喚時に世界へ適応できなかったこともそれを裏付ける。適応できないということは、
他にも、マスターと思しき少女と接触した瞬間からエミヤの存在が再定義されたことについてだ。召喚時、エミヤは眼の前にいた桃色の髪の少女から微弱なパスの繋がりを感じたが、マスターかどうかは断言できない程度の強度だった。どちらかといえば土地に引っ張られた感覚の方が強かったほどだ。しかし、少女が未知の呪文の詠唱を始め、口づけをした瞬間からデータが一新された。それに伴い、クラス概要、スキル情報、そしてこの世界の定義ファイルなど、サーヴァントとして活動する上で必要なデータがエミヤにインストールされた。おかげで現在は言語、文化、歴史など、大まかな部分の理解は問題ない。
ここまで起こっている異常をいくつか挙げたが、一番の異常は────
(
本来なら聖杯によって叶えられる
(口づけ後の、心臓が捻じ曲げられたような痛み……外部から無理やり受肉した副作用か。ただの契約で英霊を受肉させることは不可能なはずだが、あの瞬間しか考えられん)
エミヤが考えるべきことは山積みだった。すでに述べた異常についてはもちろん、どうやって座に直接介入したのか、聖杯の寄る辺もなしに何故英霊を喚べたのか、そもそも座の異常はここと関係しているのか────など。ましてや場は”異世界”。基礎知識はあっても、実地体験しないとわからないことはごまんとあるものだ。いくら考えても時間が足りないと感じられる。
しかし、エミヤは不思議と現状を悲観的には見ていなかった。
かつて炎上する冬木で召喚された時や、魔性菩薩が顕現した時よりはマシな状況だからか、心情的には余裕がある。そしてなにより、少女の目が
(いかんいかん。一番新しい”記録”に性質が引っ張られているのか)
エミヤは軽く頭を振って雑念────「オカン」や「キッチンの守護者」と呼ばれていた時の”記録”など────を払う。そして隣のベッドで未だ眠りこける新たなマスターを見た。
そしてマスターとの繋がりを意識し、魔術師としての少女の”つくり”を観察する。
魔術回路の本数、質共にB+といったところ。魔力提供量には申し分なし。しかしまだ稼働していない回路が多数ある。”未熟者”のように回路のON/OFFができないというわけではなさそうだったが……データによればこの世界の魔術はあまりレベルが高くないため、十分な鍛錬を行えていないのだろうとエミヤは当たりをつける。
と、一通り観察を終えたエミヤはふと思い出す。召喚時の彼女はなぜかボロボロの格好だったことを。そして躊躇いもなく婦女子から布団を剥ぐエミヤ。なお邪な感情は一切ない。
(ふむ。スカートに大きな裂け目。ブラウスは焼け縮れている上に穴あき。ここはひとつ試運転といくか)
おそらくエミヤと同じく気を失った時そのままの格好。そこから補修箇所を的確にピックアップする。そして────
「────
目視で読み取った情報をもとに衣服をイメージで補修、補強する。エミヤの
しかし、それにしても今回は消費が少ない気がした。
「…………?」
小さな違和感を覚え、エミヤは己の手をまじまじと見る。魔術行使の際に青白い光が漏れるのは常なのだが、左手の甲で何か別のものが光ったような気がしたのだ。
もう少し確認するか────と手をかざしたところで、部屋のドアを開ける気配。投影をキャンセル。殺気は感じないため、そのまま待つ。
「おや。起きて大丈夫なんですか? 体に異常は?」
部屋に入ってきたのは、エミヤが召喚された際に積極的に話しかけてきた中年男性だ。召喚時は何を話しているのかわからなかったが、今のエミヤには理解できた。
「動くのに問題はない。早々に迷惑をかけてしまったな。すまない」
「いえ、お気になさらず。言葉も通じるようですし、少しお話しませんか」
彼女も交えて、と眠る少女を指して男は言う。十中八九、此度の召喚や今後に関わる話だろう。
「こちらも色々と訊きたいことがある。付き合おう」
そして男が「起きなさいミス・ヴァリエール! さあほら!」と揺すり、少女が「んぅ……あと5分……」とお決まりの文句を言ってぐずる様を見守ること数分。
「…………あんた誰ぇ?」
少女は寝ぼけ眼で、初めと同じセリフを言うのだった。