ゼロの使い魔〈Fate of ZERO〉   作:大端ツクモ

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#2「ご主人様(マスター)従僕(サーヴァント)

 

「ん…………ふゅ……」

 

 ルイズはふわふわしたベッドで微睡(まどろ)んでいた。すり、と顔を寄せた枕からは柔らかな香水の匂いがして、より眠気を誘う。ルイズは何故だかとても疲れており、起き上がるのが億劫になっていた。授業があって、その後何かがあったような気がする。精神力を消耗して、痛くて、つらいようなことが────だからヘトヘトなのだろうと結論付けて、ルイズは再び夢の世界へ戻ろうとした。

 が、しかし。

 

「起き────ス・ヴァリ───! さあ──!」

 

 誰かがルイズの体をガクガクと揺らす。さすがに意識が現実へと浮上してくるが、ルイズはまだ眠っていたい。「あと5分」と言ってみるも、より強く揺すられるだけであった。仕方なくルイズは重い身体を起き上がらせる。ふと見ると、いつの間にか新品の服を着ていることにルイズは気がついた。おそらくメイドが新しいものに替えてくれたのだろう────服を替えなければならないようなことをした覚えはなかったけども。

 

 そしてルイズは自分を無理やり起こした犯人に文句を言ってやろうと、まだぼんやりした視界で周囲を見回した。するとそこには二つの人影。一人は頭部の肌面積の広さと背格好からして教師のコルベールだろう。しかしもう一人の、キュルケのような肌にオールド・オスマンのような髪色をした男は、誰だか思い出せなかった。

 

「…………あんた誰ぇ?」

「……ご主人様から開口一番に賜った言葉が「誰?」とはな。自分が何を召喚したのか覚えていないのかね?」

 

 起き抜けの頭に響く、低く心地良い声。こんな良い声をした男なんて学院にいたっけ?とルイズは首をかしげる。ルイズのそんな様子を見てまだ寝ぼけていると思ったのか、その”誰か”は声をかけながら勝手にルイズの身を整え始めた。

 

「全く、シャキっとしたまえ。いつまで客人の前で呆けているつもりだ」

 

 本来なら「貴族の子女に許可無く触れるなんて!」と怒鳴ってやりたいところだ。しかしこの”誰か”はやたらと手慣れていた。崩れた髪を直すのも、乱れた服を正すのも。ルイズの実家のメイド以上に手早いし上手い。その手際の良さに、ルイズはちょっとくらいなら褒めてやってもいいかと思い、”誰か”の顔を改めて見ると────

 

「あ、あ、あんた! 使い魔の!」

 

 ルイズは思わず大声を出してしまった。ご丁寧にルイズの世話を焼いていた”誰か”は、ルイズが召喚した謎の男その人であった。戦うことしか能がないような外見をしているくせに、執事(バトラー)顔負けのお世話スキルを保有するとは。この男は何者なのか。

 ついでに、男を見たことでルイズは思い出した。使い魔の召喚でこの男が喚ばれてきたこと。仕方なく男と契約したこと。その後に強烈な痛みに襲われて気絶したこと。できれば思い出しくなかったそれらを思い出して、ルイズは苦い顔をする。

 そしてルイズが完全に起きたことに気づいた男は、皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「ご機嫌如何かな、お嬢様(ミレディ)? 随分と遅いお目覚めのようで」

「うるっさいわね、こうなったのは全部あんたを召喚したせいじゃないの! ────って、あれ? 話せてる!?」

「今更だな。本調子でないようならばまだ寝ていても構わんよ。この後の用事は君が居ても居なくても大して変わらんだろうからな」

 

 男が口を開けば流れるように皮肉が出る。魅惑のバリトンボイスも台無しである。

 

「ちょっとあんた。ご主人様に対してその言い草は────」

 

 煽りへの耐性が低いルイズは当然頭に血が上るが、それをたしなめる者がその場にはいた。

 

「こらこら。落ち着きたまえ、ミス・ヴァリエール。あなたもいたずらに彼女を刺激しないでくださいよ」

「み、ミスタ・コルベール! いつからそこに!?」

「君が目覚める前からいたぞ。先程言っただろう。”いつまで客人の前で呆けるのか”と」

 

 ルイズは男をキッと一睨みしたあと、慌てて姿勢を正し、見苦しい姿を見せたことをコルベールに詫びた。彼は苦笑しながら「見なかったことにするよ。婦女子の寝ている部屋に断りもなく入ったわたしも悪かった」と言い、一旦場は収まった。

 そして本題に移るため、コルベールはキリリと顔を引き締める。

 

「さて。二人とも目覚め、体調も問題なさそうだ。というわけで、ミス・ヴァリエール。君とそこの彼を交えていくつか話したいことがある。いいかね?」

「はい、ミスタ・コルベール」

 

 その言葉で、男も真剣な顔で頷く。スッとやや鋭さを増した目つきに、引き結ばれた薄い唇。野蛮そうな肌の色に反して落ち着いた雰囲気を纏うその相貌。黙っていれば少しくらいはカッコいいのに、とルイズは男の横顔を盗み見ながら思った。

 

「まずは……そうですな。簡単な自己紹介を済ませておこう。さすがにこれから話をする相手の名前も知らないのではね」

「同感だ。対面早々顔すら忘れられていたからな」

 

 ここでも皮肉を挟んでくる男に、ルイズの頬は苛立ちでピクピクと震える。しかし教師の手前、感情を爆発させる様を見せることもできない。ルイズはとにかく、「大人になるのよルイズ」「貴族としての余裕を見せなさいルイズ」と自己暗示をかけることで耐える。

 男の皮肉を止める術を持たないコルベールは、「はは……」と苦笑いを浮かべるだけだった。これ以上ルイズを刺激されないようにか、彼はできる限り穏やかに名乗りをあげた。

 

「えー……僭越ながら一番手は私が。私は『炎蛇』のジャン・コルベール。ここトリステイン魔法学院に勤める教師です。得意な系統は『火』。以後、お見知りおきを」

「ああ。よろしく、ミスタ・コルベール」

 

 男に対し丁寧に紹介を終えると、コルベールはルイズにも自己紹介を始めるよう促す。しかしルイズは気が進まない。これも全て、曲がりなりにも貴族であるコルベールが、身分もハッキリしない怪しい男にやたらとへりくだった態度をとるのが悪い。そんな様を見せられると、ルイズもそういう態度をとれという風に感じるのだ。

 貴族としてのプライドが高いルイズは、略式の名乗りで済ませることにした。正体不明の失礼な男には、この程度で十分なのだ。

 

「魔法学院二年生のルイズよ。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人様の」

「そうか。今後ともよろしく、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢」と嫌味たっぷりにフルネームで挨拶を返す男。

「あんた、なんでわたしのフルネーム知ってるのよ」とルイズが聞けば、

「使い魔だからな。契約時にしか名乗っていないご主人様のことを覚えていて賢いだろう?」と答えのようなそうでないような返答。

 

 あんた契約の時は言葉わかってなかったでしょだとか何とか言いたいことはあったが、ルイズはそれをぐっと飲み込んだ。文句を言えば男は必ず皮肉で返してくると、この短時間で学習したのだった。

 

「はいはい、賢いかしこい。で? 賢いあんたは、貴族だけに名乗らせて自分は名乗らない、なんて無礼を働くことはないわよね?」

「もちろん。その程度の礼は弁えているさ。そうだな、ここは一つ使い魔(サーヴァント)らしく名乗らせていただこうか」

 

 そう言うと、男はボロ(きれ)のようだったマントをまた手品のように消し去った。そして一瞬きする間に、真っ赤な外套を纏っていたのである。まるで始めから着ていましたと言わんばかりの自然さに、ルイズとコルベールは驚く。

 男が身につけたのは、肩から腕までを覆う丈の短いアウターに、大きくスリットの入った腰布。胸元と腰に白い飾り紐があしらわれたその服は、ハルケギニアのどの国とも違う意匠のようだった。わざわざ着替えたということは、これがおそらく男の礼装なのだろう。外套を着るだけで先程までと雰囲気がガラリと変わり、傭兵然としたものから清廉な戦士へと転身をとげていた。

 そして男は右膝をつき、女王に仕える騎士の如く名乗りを上げる。

 

「サーヴァント・ガンダールヴ。真名はエミヤ。召喚に応じ参上した」

 

 ついさっきまで皮肉を吐き出していたのが嘘のように、凛とした声色で騎士の礼をとる男、エミヤ。ルイズはそのギャップに少し、本当に少しだけドキリとした。

 なによ。やろうと思えば恭しく(こうべ)を下げることもできるんじゃない、と思ったところで、はたとルイズは気づく。

 

「ガンダールヴ? あんた、それの意味わかって言ってるの?」

 

 ガンダールヴとは、かつて始祖ブリミルが従えたという使い魔の一つだ。歴史ならともかく、遥か昔の伝説なんてルイズも詳しくは知らない。しかし、それが伝説中にしか存在しないあやふやなものだということはさすがに知っている。

 

「……さてな。私は契約で与えられた役職(クラス)名を言ったまでだ。君たちの方が詳しいんじゃないかね?」とエミヤは立ち上がりながら答える。

「質問に質問で返さないでちょうだい。つまり、何? あんたは自分でもよくわかってないモノを名乗ってるわけ?」

「そういうことになるのかもな」

 

 はぁ、とルイズはあからさまにため息をつく。人じゃないかもしれない強力な使い魔!とコルベールにそそのかされて、この男と契約したのは早計だったかもしれない。例え本当に人外の何かだとしても、わからないまま伝説の使い魔名乗ってますと公言するのはさすがに怪し過ぎないか。と、ルイズがジトーっとした目でエミヤを睨んでいると。

 

「ミスタ・エミヤ……でよろしいでしょうか」とコルベールが話を切り出した。

「貴族ではない私に敬称なぞ必要ない。口調も崩してもらって結構」

「……では、お言葉に甘えて。エミヤ君、身体のどこかに『使い魔のルーン』が現れているはずだ。それを見せてほしい。もともと生徒が召喚した使い魔は全てルーンをチェックしていてね。ちょうどそのことを聞こうと思っていたから、ガンダールヴであるかどうかの確認も兼ねて行いたい」

 

 その言葉にエミヤは「なるほど」と言い、左腕の袖を捲り上げた。そして少し視線をさまよわせた後、手の甲を指差す。

 

「おそらくコレだろう。私の肌の色でわかりにくいだろうが、文字がある」

 

 ルイズとコルベールはエミヤの左手の甲を覗き込む。肌が保護色となっていてパッと見ではわからないが、そこには確かに錆色のルーン文字が刻まれていた。

 

「うぅむ。20年ここで教師をしているが、見たことがないルーンだ。これなら確かに希少な使い魔である可能性は高い…………しかし、これだけではガンダールヴと断定できないな。あとで調べるために写させてもらっても?」

「構わんよ」

 

 そうしてコルベールがルーンを書き写している間に、ルイズは疑問に思っていたことをエミヤへ尋ねた。

 

「あんたってどう見てもトリステイン出身って感じじゃないわよね。肌の色でゲルマニアの出かと思ったけど、顔立ちはなんとなく違う気がするし……ねぇ、どこから来たの?」

「……………………」

「……なんでそこで黙るのよ」

「思い出そうとしていただけだ、気にするな。そうだな……ここからとても遠い場所、とだけ言っておこう」

「何よそれ。ハッキリしないわね。ロバ・アル・カリイエから来たってこと?」

「ノーコメントだ」

 

 突き放すようなエミヤの言葉に、ルイズはむぅと膨れっ面になる。飼い主は使い魔のことを管理する義務があり、管理するからには使い魔についてしっかりと知っているべきである、とルイズなりに思う。だからわざわざルイズから歩み寄ってやっているというのに、この使い魔ときたら。

 意地でも何か聞き出してやろうと、ルイズは質問を重ねる。

 

「貴族じゃないって言ってたけど、魔法は使える? 系統魔法でも先住魔法でもいいから」

()()()使えん」

「じゃあ、あの剣やマントを出したり消したりしたのは何なのよ」

「あれはマジックアイテムを使った手品だ。よくあるだろう」

「かなり苦しい言い訳ね、それ」

 

 ルーンを写し終わったコルベールも、エミヤの()()に興味があるのか、会話に参加する。

 

「わたしも気になるな。君が物品を出し入れするところを見ていたが、全く仕掛けがわからなかった。どういう原理なのかね」

「ほら。先生も気になってるんだから教えなさいよ」

「………………………………」

「さっきまで余計なことばっかり口うるさかったクセに黙ってんじゃないわよ!?」

 

 よほど仕掛けを知られたくないのか、エミヤは沈黙するか、頑なに「手品だ」と主張するかのどちらかしかしない。ルイズが何度「ねぇってば」「教えなさいよ」と聞いても、「自分で考えてみたらどうかね」とすまし顔をするばかり。ルイズの声はだんだんと震えだす。教師の手前ちょっと猫を被っていたが、怒りによってほとんど剥がれていた。その剣呑な雰囲気に、コルベールも冷や汗をたらしている。

 ルイズはもともと気が長くないうえ、いくつも皮肉をぶつけられたことですでに堪忍袋の緒が切れかかっていた。最終勧告として「……教えるつもりは、ないのかしら?」と引きつった笑みでルイズが言ってやっても、エミヤの態度は変わらなかった。

 ふぅ、とルイズは息をつく。決して頭を冷やすためではない。本気で怒るための溜めである。そしてふつふつと煮えたぎる怒りのパワーが最大になった時、ルイズはエミヤに()()()()()()

 

 

 

「ほんっと、あったまきたーー! なんであんたってばそんな反抗的なワケ!? あんたはわたしの使い魔なのよ!? わたしの! 使い魔! 使い魔である以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 その瞬間。赤い光の波紋が、ルイズからエミヤへと広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられた…………」

 

 エミヤは頭痛を紛らわすように眉間を押さえた。まさか、令呪の存在を知らないままに命令権を行使するとは。

 

「な、なに? さっきの光! 先住魔法!?」

「おおお落ち着きたまえミス・ヴァリエール! 魔法が使われたワケではない! たぶん! いやどうだろう!?」

 

 何が起こったのか理解していない二人は、エミヤが何らかの魔術を使用したと勘違いしているようだった。実際はその逆で、エミヤに魔術が使用されたのだが。

 エミヤですら予想していなかったが、マスター(ルイズ)の言霊はしかと力を持ち、サーヴァント(エミヤ)を縛り付けた。本来なら「マスターに絶対服従」などという、広く長い命令では強制力がほとんどない。しかし、マスターの魔術師が大きな力を持っていると、全体的に命令が強化される。その結果、弱いはずの呪縛も破り難いものとなるのだ。

 

(彼女の力を見誤ったのか? この世界で鍛錬もしていない彼女が、これほどの実力を持っているとは考えにくいが……)

 

 今のエミヤは、”マスターの命令に従わない場合、敏捷、魔力、および幸運のステータスが1ランクダウン”という状態だ。()()()は全ステータスが1ランクダウンだったことを思えばマシだが。それでも強制力が働くというだけで十分強力である。そしてこれは、それだけルイズが術者として優れているという証明でもある。

 

「……落ち着け、二人共。先程の現象について説明する」

 

 この強制力を解除するためにも、エミヤは渋々己の身の上や魔術について少し話すことにした。ルイズの質問に答えなかったことでこうなったのだから、答えればもとに戻るだろう。

 

「あ、あ、あんた! ご主人様に対して魔法を使うなんて! 何したのよ!」

「……何もしていない。むしろ私が、君に、使われたんだ」

「はぁ? それってどういうことよ。わたし何もしてないわ」

「自分の左手の甲を見たまえ」

 

 なによロクに説明もしないで……などルイズはぶつぶつ言いつつも、エミヤに言われたとおり左手を見る。するとそこには。

 

「…………なにこれ」

「使い魔のルーン……とは違うな。そもそもメイジにルーンが現れるなど聞いたことがない」と言いながら、コルベールはスケッチの用意をしている。

 

 血のような赤色で描かれた、角が欠けて形を崩した五芒星。そのような図形がルイズの手の甲にはあった。欠けの状態からして、間違いなく1画消費されている。

 

「それは令呪というものだ。その印は、君が私への絶対命令権を有することを示している」

「絶対命令権、ね。何でも言うこと聞かせられるってことかしら。すごく便利じゃない」

「そんな都合のいいものではない。これは3回までしか使えない、とっておきの切り札だ。それを君は、こんな大雑把な命令であっさり消費して……」

「消費? わたしがいつの間にか命令してたってこと? だとしても、何の説明もせずにご主人様のことを無視したあんたが悪いのよ」

「ああ、そうだな……そこの非は認めよう。君の短気さを全く思慮していなかった私が悪い」

「~~~~っ、あんたって奴は! ほんっとーに口が減らないわね! 説明するって言っておきながらその態度! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「ぐ────」

 

 ”マスターの命令には絶対服従”という呪縛がかかった状態での命令。混乱や不審を避けるため、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()秘匿するはずだった一部情報を、”マスターに話さなければならない”。できれば無知を演じていたかったが、これ以上抵抗するのはステータス的に得策ではないだろう。

 

(致し方ない、か)

 

 はぁあ、と今日一番のため息をつき、「お望みのままに話そう、マスター」と諦め気味にエミヤは語りだす。

 

 

 

「英霊?」

「そうだ。死した者がその偉業や功績に応じて祀り上げられた────」

 ────────────

 ────────────

 ────────────

「魔術……」

「君たちが言うところの魔法と近いものだが、原理や仕組みが────」

 ────────────

 ────────────

 ────────────

「いせかい……?」

「信じられんだろうが事実だ。月が一つしか無い世界から私は────」

 ────────────

 ────────────

 ────────────

 ────────────

 ────────────

 ────────────

 

 

 

「────これで私の話は以上だ。満足したかね」

「え、あ。う、うん?」

 

 エミヤはできる限りわかりやすく、噛み砕いて”求められた情報”だけを説明した。が、どうやらルイズはキャパオーバーらしい。理解したのかいまいち怪しい返事である。平行世界だの何だのを認知していない人間からすれば、今回の話は難解で胡乱なものであろうから、しょうがないことかもしれないが。

 一方、コルベールはというと。

 

「実に興味深い。我々の知る魔法とは異なる系統の魔法……魔術! 共通項もいくつかあるようだが、そちらの方がより発展しているようだな。こちら側に技術を応用できればいいんだが。ああ、それにエミヤ君の正体がハッキリして安心したよ! なるほど、英霊。初めに君を視た時は精霊の類だと考えていたんだがあながち間違いではなかったようだ。念の為に調査はするが、君がガンダールヴというのもほぼ確定だろう。ああ、このことは学院長に報告して指示を仰ぐから、それまで他言無用で頼むよ。あと、君の世界では様々な技術が魔術とは別にあると言っていたがそれについてもう少し詳しく────」と興奮さめやらぬままに喋り続けている。その手には、異世界の物品としてエミヤが投影した白熱電球。不活性ガスを含まないガラクタだが、よほどお気に召したらしい。

 せめて二人の反応を足して割ってくれ、と思いつつエミヤは返答する。

 

「今日はもう遅い。話はまた今度にしてくれないか」

 

 そして窓を指してやる。思ったより長話になったためか、外は夜の帳が下りつつあった。

 

「おお、これはすまなかった。異世界とやらから来たのではいろいろ疲れただろう。今日は早く休みなさい。あと、わたしは普段、外の離れ家にいる。暇な時にでも君の世界の話を聞かせてくれないかね」

「そうだな。気が向けば行くさ」

「楽しみにしているよ」

 

 そしてコルベールが去り、ルイズとエミヤだけが部屋に残された。賑やかだったコルベールがいなくなると、途端に空間には静寂が満ちる。

 

「…………はぁ~~……部屋に帰るわ。あんたも付いてきなさい」

「了解した」

 

 訊きたいことはあるだろうに、ルイズは全て明日に投げたようだった。疲れ切った顔を見てさすがに皮肉も引っ込んだエミヤは、大人しく従者としてルイズに追従する。

 エミヤにもこの世界について尋ねたいことはあったが、時間の都合やルイズのこの様子から、今夜は無理そうである。こちらにされた質問からでも少々の情報は得られた。今日はこれで良しとしておくか、と妥協するエミヤであった。

 

 

 

 途中で厨房に寄り、夜食を確保したのち。棟を移動し、階段を上がり、いくつか部屋の前を過ぎた先。そこがルイズの居室だった。「女子寮だからほんとは男子禁制だけど、特別よ」といってエミヤを招き入れた部屋は、シンプルながら質の良さが伺えるものだった。

 部屋の壁や家具には彫りや透かしが施されており、その優美で繊細な造形が女性らしさを演出している。装飾は華やかだがややモダンなデザインの家具たちは、実用性も重視した使いやすいものなのだろう。

 

「まさか人を召喚するとは思ってなかったから、今日のあんたの寝床はないわ。直接床で寝てちょうだい。明日なら下に敷くものと毛布を用意できるから」

「そうか。手間をかけたな」

「ほんとよ、全く……」と言いながらルイズは夜食のパンをむしっている。

 

 エミヤも床にあぐらをかき、与えられた少量の夜食に手を付ける。西欧風のパンは少し固く、塩気が強い。添えられたスープで柔らかくしつつ咀嚼する。貴族に供した料理を賄い用にアレンジしたそれらは、エミヤにとって十分おいしいと感じられるものだった。

 しばらくはお互い黙々と食事をとっていたが、不意にルイズが口を開く。

 

「あんたが異世界から来たってこと、信じてないから」

「だろうな」

「どこぞの英雄って言っても、あんた全然貫禄ないし」

「悪かったな、らしくなくて」

「魔術ってやつは……まあ、見せられたからには信じてあげてもいいわ」

「無理に信じてくれなくとも結構」

「…………あんたって、ヤな奴」

「そういう性格だ。引きが悪かったと思って諦めるといい」

 

 そして少しだけ言いよどんだが、ルイズは言った。

 

「ガンダールヴだか伝説だか知らないけど。あんたはわたしの使い魔に()()()()()()、のよね。わたしの実力不足みたいな言い方で悔しいけど……でも、それってつまり、あんたがわたしをマスターだと認めたってことでしょ?」

 

 不安と自信。相反する気持ちを内包した言葉へ、エミヤは自分なりの真摯さで答える。

 

「────不本意だが、そうだな」

「……なによ。不本意って」

「まだまだ君は未熟だということだ。だが……見込みはゼロではない。私のマスターとなるからには、君には一流の魔術使い、いや、メイジとなる覚悟をしてもらおうか」

 

 ふ、と少しだけ口元を緩めてエミヤが宣告すると、ルイズはぱちくりと目を瞬かせた。

 

「……む。なんだ、その顔は」

「いや、あんたってそんな表情(かお)もできるんだなーって」

 

 どんな表情をしてたんだ俺は、と己の顔を触るエミヤ。しかしわかるわけもなく。そんなエミヤの様を見てルイズはくすくすと上品に笑う。そして一通り笑った後、ルイズは強気な面持ちでエミヤに言い返したのだ。

 

「ま、いいわ。一流のメイジ、望むところよ! むしろあんたこそ覚悟なさい。これからビシバシこき使ってやるんだから」

「頼もしいことだな」

 

 ────と、いい主従っぽい雰囲気を出していたのだが。

 

「それじゃ、あんたに最初の仕事をあげるわ」

 

 そう言うと、食事を終えたルイズはおもむろに服を脱ぎ始めた。なんだかデジャヴを感じるぞ……とエミヤの眉間には深いシワが寄る。全ての”記録”を持つエミヤにとって既視感というのは当たり前なのかもしれないが、それにしても、だ。そう、これはまるで、()()()()()()に召喚された時のような────

 

「これ、明日でいいから全部洗濯しといて。あと、朝になったら起こしてちょうだい。洗顔用の水汲みも忘れずにね」

「………………………………………………」

 

 エミヤの前で恥ずかしげもなく肢体を晒し、ネグリジェに着替えたルイズは脱いだ服を投げよこす。そして命令を言い終えるや否や、ふわぁとあくびをしてベッドに潜り込んだ。ルイズが指をパチンと弾くと、マジックアイテムであろうランプの灯りは消え、部屋を月明かりだけが照らす。寝付きが良いのか、暗くなった途端にすーすーとルイズの規則正しい寝息が聞こえ始めた。

 一応は予想されたとおりの展開だが、しばしエミヤは呆然。

 

「君といい彼女といい……全く。サーヴァントをなんだと思っているんだか」

 

 そう言いつつも、投げられた服をきっちり畳み、すぐ持っていけるようカゴに入れるエミヤ。カルデアでの”記録”が多く表層に出ているからか、つい慣れた動きをしてしまう。

 そしてエミヤは部屋の隅で背を壁にあずけ、片膝を立てて座り込む。戦闘領域近くでのキャンプ時、寝床がない場合や浅く眠る場合はよくこうしていた。すでに一度睡眠をとったため眠気はないが、目を閉じる。月の光が透けて赤黒く染まった視界の中、エミヤは考えを巡らせていた。

 

(彼女らの反応からして、意図的に英霊召喚をしたわけではない。だが、ただの使い魔の召喚で英霊を喚べるわけがない────抑止力の介入か?)

 

 此度の召喚は、何らかの危機を感知した”異世界”の抑止力、またはそれに類するものがメイジを代理にしてサーヴァントを喚んだものなのか。それとも”異世界”にて新たな聖杯戦争が行われるのか。はたまた全く別の要因があるのか。判断するには、まだ情報が足りなすぎた。ただ、エミヤがこの世界の住人────といっても二人だが────と話した所感では、ここは終末世界でも紛争地帯でもなければ、魔術的異常を孕んだ特異点とも違う。”領域外”だと思って武装し飛び込んだ身からすれば、気が抜けるほどのどやかである。

 それでも”守護者”として、この安穏の上であぐらをかくことなどできない。

 

(座へ異常が現れたのがアラヤだけ、というのは考えづらい。おそらく他の抑止力(ガイア)も同様のはずだ。この世界へサーヴァントが送られたかどうかはわからないが……幸か不幸か、受肉のおかげで現界期限は無いに等しい。マスターのお守りと同時並行で、他サーヴァントの捜索を進めるべきだな)

 

 敵味方問わず、この世界に召喚されたサーヴァントを見つける。もし複数いれば、その属性や出典から召喚の法則性を見出だせるかもしれない。

 そんな、無いよりはマシという程度の目標を立て、エミヤは意図的に意識を沈めていく。眠気がないとはいえ、肉体は休めなければならない。霊体化することもできないし、やはり受肉とは不便だ。そんなことを考えながら、エミヤは無理矢理にでも眠りについた。

 

 そして”異世界”で最初の夜は、静かに更けていく──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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