転生者達のせいで原作が完全崩壊した世界で 作:tiwaz8312
そんな、小さい女の子や大きなお友達が転生チートに願ったモノ――其れは夢と希望の権化
これは、そんな夢と希望を受け継ぐ少女のお話し
ぷりぷり怒っていても、穏やかで優しい人物であるのが伝わってくる白髪混じりで誰もが思わずお父さんと呼びたくなる"ザ・お父さん"な中年男性が、美しいブロンドの髪の女性にお説教をしている光景を、お説教を受けている女性にそっくりな女性が黙って見ていた。
その光景を見ている女性。ジャネットは、これが子供の頃から何度も見ている夢だと理解していた。
怒っている男性――聖書の神が、前世の自分であるフランスの救国の聖女ジャンヌ・ダルクにお説教している光景を、ジャネットは無言で見ていた。
「ジャンヌよ。何度言えば分かってくれるのだ? 理解してくれるのだ? 異教徒ではない。彼らもまた、君達と同じく聖書の教えを学ぶ者達なのだ。私の教えの受け取り方が違うだけに過ぎない」
聞き分けの無い娘に、何度も何度も優しく言い聞かせる父親の様に、聖書の神はジャンヌに説明するが、当のジャンヌ・ダルクはグルグルとした目で、不思議そうに首を傾げている。
「主の教えを正しく受け取れないのですから、それは異教徒ですよ? 異教徒は主の元に送り救済しなくてはいけないのでは?」
その純粋な疑問の声に、聖書の神が眉間を僅かに顰めて、その左手を胃の辺りに当てた。
「違う。そうではない。例え私以外の神を奉信する者であっても容易に殺めてはいけないのだ。この世には、私以外の神々は確かに存在し、私同様に、信徒達を、そして、全ての人の子を、深く愛しているのだから」
深く深く言い聞かせる様に言葉を区切りながら、一言一言できるかぎり心を込めて話す聖書の神を、ジャンヌは不思議そうに見てる。
「神はこの世に貴方様だけであり、他の神は偽りの神です。主の教えを正しく広める為には排除しなければなりません」
その強い意思の篭った言葉に、胃の辺りに当てていた聖書の神の左手が、何かを掴むように力が込められ白いローブにシワがよる。
「排除する必要など何処にも無い。私は聖書神話の唯一神でしかないのだ。この世には神話の数だけ神々がいる。それを否定する事は悲しい事だ。その神々の教えを否定する事は人の思いを否定する事に繋がってしまうのだ」
優しく諭す様に言葉を紡ぐ聖書の神は、痛みを我慢するかの様に眉間に皺を寄せながら深い息を吐くが、その様子を意に介さないジャンヌは可愛らしく首を捻り考え込む。
「ジャンヌよ。異なる神を信仰する事は悪ではない。むしろ多様性を生み出す為には必要な事なのだ。そして、その多様性は人の子の新たな可能性を生み出す原動力となる」
その言葉が終わると同時に、ジャンヌがポンと手を打ち、眩い笑顔浮かべながら大きく頷く。
「偽りの神や異教徒にも寛大なのですね! ああ、なんて慈悲深いお方なのでしょう!」
眩しい笑顔を直視した聖書の神は、胃の辺りを握りしめて小さく苦し気に呻き「どうして理解してくれないのだ」と言葉を零してしまう。
「そうではない。そして、攻城兵器は大砲は人に向けて撃つものでは決してないのだ」
心を籠め、どうにか常識を教え込もうと苦心している聖書の神の表情が、痛みを耐える苦し気なモノに変わる。
「異教徒は人間ではありませんよ? 偽りの神もしくは悪魔の先兵です」
自らが信仰する聖書の神が、どんなに言葉を尽くし心を砕いても、ジャンヌはグルグルとした目で不思議そうに首を傾げるだけだった。
その光景を黙って見ていたジャネットの口が勝手に動き、「主がここまで心を砕いて言葉を尽くしても何でわからないの!? この脳筋ゴリラ女!」と叫ぶ。
とあるはぐれ悪魔を殺めてから、たまに見るだけのこの夢を頻繁に見るようになり、見た時は起きるまで神様が延々とジャンヌにお説教してるだけの夢の内容が変わってしまった。
「それを君が言うのか? ジャネットよ。前世と同じく私の教えを理解できない君が?」
映画の場面が切り替わったが如く、聖書の神とジャネットだけになり、聖書の神が厳しい視線でジャネットを見据える。
「ああ、お前はなんて愚かなのだ。何故、私の教えを僅かにも理解できない」
嘆く様に、嘲笑うかの様に、聖書の神は言葉を続ける。
「何故、あのはぐれ悪魔を殺した。知っていたはずだ。理解していたはずだ」
聖書の神の言葉に、ジャネットの表情が今にも泣き出しそうな程に歪む。
「あのはぐれ悪魔は、ただの被害者でしかない事をお前は知っていた。悪魔によって無理矢理に転生悪魔にされ、奴隷以下の扱いを受けていた事を知っていた」
耳を塞ぎ逃げ出したいと強く思っていても、ジャネットは黙って立っている事しかできなかった。
「確かに、あの憐れな被害者は化け物の姿に変わっていた。心も化け物に成り掛けていた」
また、ジャネットの口が勝手に動いて言葉を紡ぐ。
「そうです。彼女が私に言ったんです! 「もう沢山の人を殺して食べてしまった。どんなに我慢しても食べてしまう」て、泣きながらそう言ったんです! 「体が化け物に変わって心も化け物に成ってしまったけど、それでも、ほんの少しだけでも心は人間で居たい」と! だから私はっ」
必死に言い繕うジャネットの言葉と態度に、聖書の神は諦めた様に、心底落胆したと云わんばかりに、大きな溜息を付く。
「だから、その手に持つ旗で突き殺したのか。そうやって、お前は"魔法少女"でありながら、助けるべき者をその手で殺め、その可愛らしく煌びやかな衣装を血で汚していくのか」
何時の間にか、ジャネットの手には、魔法少女に成ってからの相棒である自分の身長の2倍の大きさの旗が握られていた。
真白のはずの旗が血で赤く染まっていて、魔法少女として活動する時に変身して身に付ける、沢山のフリルがあしらわれた純白の可愛らしいバトルドレスが血で真っ赤に染まったものを身に着けていた。
「見るが良い。それがお前の罪だ。お前の魂だ。その血で穢れきった醜い魂が、お前なのだ。ああ、お前はなんと罪深いのだ」
聖書の神の言葉に、ジャネットは片手に持つ旗を手放し、その場に蹲り耳を塞ぎ「違う。違う」と呟き続ける事しかできない。
「何が違う? お前はあの者を救う術を知っていたではないか。それがどれほど頼りなく、絹糸よりも細い可能性であったとしても。失敗すれば、かの者の魂が永遠に失われたとしても、お前には救う術があった」
聖書の神がジャネットの罪を突き付けてくる。
「お前は魔法少女で在りながら見捨てたのだ。お前は救いを求める者をその手で殺したのだ」
聖書の神が嫌悪と憎悪の感情を顕わにし、蹲るジャネットの首に手を掛けていた。
「死ね。死んでしまえ。お前など生きる価値も無い」
首を締めあげられながら吊り下げられたジャネットは、無抵抗のまま途切れ途切れに「ご……めん……なさい」と呟き続ける。
「お前など生まれなければ良かったのだ。存在しなければ良かったのだ。何故、お前の様な穢れた魂が存在するのだ」
自分が犯した罪を暴かれ『ああ、私は神様に裁かれるのだ』とジャネットが思ったその時、「おう、良い度胸だな? カス野郎。人の妹にナニしてんだ? あ?」と声が夢に響き渡り、ジャネットは夢から覚めた。
部屋の中に差し込む日の光の中で、ベットに横たわるジャネットは、ゆっくりと目蓋を上げると流れ落ちる涙を乱暴に拭い、深い溜め息を付いた。
「また、あの夢か......」
とある悪魔の魔法少女ことセラフォルー・シトリーに、「私と契約して魔法少女になってよ!」と、業務内容とか給料関係とかその他諸々が記載された書類片手に迫られ、当時まだ8歳でアニメで見た魔法少女に憧れていたジャネットが、両親の「危ないからダメ」や兄の「今は良くても大きくなったら黒歴史だぞ!?」等の反対を押し切って、セラフォルーと契約を交わし、迷子の猫や犬を探したり困っている人を助けたり、ごく稀に人間界で悪さをする悪魔等を追い払ったりと、魔法少女として活動を始めてから丁度10年の年で、転生してから初めて、はぐれ悪魔を殺してしまった。
セラフォルーからジャネットは確かに聞いていた。そのはぐれ悪魔は被害者でしかない事を、無理やり悪魔へと転生させられなければ、自分と同じように日常を謳歌している筈の普通の女性だった事を。
それでも、ジャネットはその転生悪魔を殺めた。
転生悪魔の救済と失敗した時のリスク。そして何よりも、十人近い人間を食い殺してしまった女性の心と魂を救う方法をジャネットは知らなかった。
「学校行かないと……」
気怠い体に力を入れベットから降りたジャネットは、一階への階段をヨロヨロと降りながら洗面台に向かう。
何時もより時間が掛かりながらも階段を降り切り、洗面台に向かうジャネットの耳に、「ジョージ君てさ、色々とおかしいよね? なんで、台所に居るのに二階で寝てるジャネットちゃんが、魘されてるて分かるの?」 「決まってる。妹を思う兄に不可能の文字は無い。そんな事も分からないから――実の妹に煙たがれるんだ。セラフォルー。お前には妹への愛が足りていない」と云うやり取りがジャネットの耳に飛び込んでくるが、セラフォルーと今世の兄であるジョージの何時もの軽口の叩き合いを無視して、洗面台で顔を洗い、二人が居る居間に入ると、ジャネットの予想通りに何時もの如く、「だから、煙たがられてないわよ! ソーナちゃんへの愛なら、誰にも負けない自信があるモノ! 後、いい加減にセラちゃんて呼んでよ☆」 「はっ、ちゃんて歳かよ。寝言は寝て言えや」 「あん?
「おはよう、ジャネット。今日は早いな? 何か朝から用事でもあったか?」
もうじき登校時間だというのに、呑気に朝食を作っている兄にジャネットは呆れた様に溜息を付いた。
「何言ってるのよ。学校よ、学校」
食卓に我が物顔で着いて、ジョージが作っている朝食を待つセラフォルーが小さく首を傾げる。
「あれ? ジャネットちゃんて部活してたっけ? 日曜だよね今日?」
その言葉にジャネットが「えっ」と固まり、「ジャネットは兄ちゃんガチ勢だからな。部活などしない」と妹ガチ勢のジョージが言葉を続けた。
「誰がガチ勢よ。曜日を勘違いしただけじゃない……朝ごはん食べたら二度寝する」
そう言いながら食卓に着いたジャネットは、椅子の背もたれに身を任せ大きく背伸びをすると同時に欠伸を一つ付く。
「も~、女の子がそんなに大きく口開けないのハシタナイゾ☆」
セラフォルーの言葉に、三人分の朝食が載ったトレイを持って食卓にやって来たジョージが「何を言ってるんだ。貴重なジャネットの欠伸シーンだぞ? 脳内フィルムに焼き付けるべき光景だろうが」と心底呆れた様に言い放った。
「キモイ事言わないで。それからセラ、あんたは何時まで朝食たかる気なのよ」
何故か満足げに「キモイ発言頂きました」と宣っているジョージが、並べていく朝食の内容――バゲットパンを真ん中で切って、バターとジャムを塗って食べるオープンサンドとカフェオレとフルーツに、ジャネットが表情を若干顰めながら「またタルティーヌなの? ムイエットが良かったのに」と零すと、すかさずセラフォルーが「分かってない。分かってないよ。ジョージ君の手作りのパン・ジャム・バターの絶品ぶりが分かってないよ! 細長くカットしてトーストしたジョージ君手作りのバゲットに、スモークサーモンを巻き付けて、これまたジョージ君手作りのパルメザンチーズをふりかけたポーチドエッグに浸して食べるムイエットも確かに絶品だけど、タルティーヌも絶品なんだよ!!」と一息で言い切り、朝食を配っているジョージをジッと見据えると「だから、ムイエットも作って下さい。お願いします」と清々しい程の笑顔で言い放ち頭を下げる。
「タルティーヌにムイエットて、どんだけ食べるつもりだよ? また今度な今度」
配膳を終わらせたジョージが椅子に座ろうとしたその時、ジャネットが熱い視線を兄に向ける。
「お兄ちゃん、私……ムイエットも食べたいなぁ~ ちゃんと残さないで全部食べるから――ダメ?」
愛らしく可愛らしくあざとくほんの少し潤んだ目で自分を見てくるジャネットに、椅子に腰を下ろしかけていたジョージは、その恰幅の良い体からは想像できない機敏な動きで台所に向かい、即座に二人分――ジャネットとセラフォルーのムイエットを用意して何気ない表情で食卓の上に置く。
「そうだよな。フランス人の朝食ならムイエットだよな。お兄ちゃんウッカリしてたよ」
そう言いながら席に付いたジョージに、セラフォルーは小さく溜め息を付く。
「チョロい。チョロすぎるよ......ジョージ君」
自分のお願いは棚に上げてそう呟いたセラフォルーを、ジョージは「ふん。妹にチョロくない兄なんて居ねぇんだよ」と返しながら食前の祈りを口にし、ジャネットも目の前に並ぶ食事に、満足げに頷きながら祈りの言葉を口にする。
「う~ん。ジョージ君のご飯は本当に絶品☆だよね~ ソーナちゃんにも食べさせてあげたい☆」
食前の祈りなど知るかとばかりに朝食をハグハグ食べているセラフォルーを、ジャネットは呆れた様にジト目で見る。
「セラ、朝食を毎日毎日たかりに来るのいい加減に止めなさいよ。兄さんもこいつの分まで作る必要なんてないんだから」
そのジャネットの言葉に、セラフォルーは食べる手を止めてワザとらしく悲し気な表情を作り「そんな! 私達友達じゃないっ! それに、私をこんな体にしたのはジョージ君なのよっ! いくらお兄ちゃんを取られたくないかっらって酷いわ!」と泣き崩れる振りをする。
「そうだぞ。ジャネットの数少ない友達は大事にしないと……ボッチになるぞ? それから、セラフォルー。お前はただの遊びだ。本気にされても困るんだよ」
泣き崩れた振りをしていたセラフォルーはその言葉に勢いよく顔を上げ、悪党顔をしているジョージを唖然とした表情で見つめる。
「そっ、そんな……酷いっ酷いわ! 私をジョージ君無しじゃ生きていけない体にした癖にっ、私を捨てるのね!? 許さない……そんなの、許さないからっ」
いきなり始まった寸劇に呆れながらも、朝食を食べ終わったジャネットは食後の祈りを口にする。
「誰が友達で、誰がボッチになるのよ。それに、こんな兄で良ければ熨斗付けてあげるから」
そう言いながら席を立ち、自分の部屋に向かうジャネットを、セラフォルーが呼び止めた。
「ジャネットちゃん。今日暇なら私に付き合ってくれない? どうしてもジャネットちゃんに会わせたい人がいるの」
先ほどまでのふざけた態度が嘘の様に真剣な表情のセラフォルーが、真っ直ぐにジャネットの目を見据える。まるで拒否などさせないと云わんばかりに。
「ジャネット、セラフォルーと一緒に出掛けるんだ」
普段では有り得ない、静かで強い口調の兄の言葉と、普段からは想像できない真剣なセラフォルーに、ジャネットは頷く事しかできなかった。
「で、此処は何処? 転移の魔法陣でいきなり山奥とか……こんな辺鄙な処に人が本当に住んでるの?」
見渡す限り緑に覆われたと云うよりも、自然に侵略されつつある村をぐるりと見回したジャネットに、セラフォルーは「こう云う処は療養に良いらしいからね~ 温泉も湧き出てるし」と小さく返す。
「温泉ねぇ? なに? 自然に囲まれた温泉で疲れを癒して、また魔法少女頑張れて? いやよ。18になって魔法少女なんて、恥ずかしい事できる訳ないじゃない」
しらけ切った表情でそう言い切ったジャネットに、セラフォルーは苦笑しながら首を左右に振る。
「言ったでしょ? 会わせたい人が居るって、それに女の子は何歳になっても女の子なんだから、恥ずかしくないのよ」
そう言いながらセラフォルーがジャネットの手を取る。
「前にも言ったけど、私は魔法少女を辞めたの。魔法少女は13歳までの期間限定なんだから」
嫌そうな顔をしながらも、自分の手を振り解こうとしないジャネットにセラフォルーが優しい笑みを浮かべる。
「魔法少女に期間なんてないわ。女の子は何歳になっても魔法少女になれるのよ!」
そう力説したセラフォルーが「さぁ、会いに行きましょ! 先方は何時でも会いに来て良いて言ってたし! ジャネットちゃんの驚く顔が早く見たいし!」と嬉しそうにジャネットを引っ張りながら目的地に向かい歩き始める。
「ああ、もう。なんでそんなに身勝手なのよ! 引っ張らなくても、ちゃんと着いて行くわよ」
そう言いながらも手を振り解こうとしないジャネットに、クスクス笑いながらセラフォルーはグイグイと先に進み、「ゴーゴーゴー! 魔王の話を蹴って魔法少女になったセラちゃんと、接近戦最強の魔法少女ジャネットちゃんのお通りだ~」と嬉しくて堪らないと大声でそう言いながら、ニコニコとクスクスと目的地に向かう。
若干くたびれた古い日本式家屋の広い庭で、ジャネットが良く見知った男性が洗濯物を干している姿を見て、ジャネットの足が止まり唖然とする。
「えっ、嘘なんで?」
洗濯物を干している男性。前世では懇々とお説教をされ、今世では何度も夢で見た――聖書の神の姿に唖然としているジャネットを他所に、セラフォルーは元気よく空いている手を上げると「ヤッホー。せいちゃん。ジャネットちゃんつれてきたよ☆」と物凄く気安い挨拶をする。
「ああ、セラちゃんか。丁度良かった。洗濯物を干し終わったら縁側でお茶をしようと思っていたんだ」
如何にも親しい間柄と云わんばかりに気安いやり取りをする悪魔と聖書の神は、互いに笑みを浮かべ、近所話に花を咲かせながら未だ固まっているジャネットを引きずる様に縁側へと進んで行く。
「ほらほら、ジャネットちゃんも座って座って」
縁側に辿り着くや否や直ぐに腰を下ろしたセラフォルーは、呆然と立っているジャネットに座る様に進める。
「それでは、私はお茶の準備をしてこよう。とても美味しい番茶の茶葉と芋羊羹の御裾分けがある。期待して欲しい」
そう言いながら家の中に入っていった聖書の神を見送ったジャネットが、漸く再起動を果たした。
「えっ、なんで主が地上に? それに、せいちゃんて……え、セラ。なんで悪魔なのに主とそんなに仲良さげなのよ?」
混乱の坩堝に囚われているジャネットに、セラフォルーが自分の隣をバンバン叩きながら「説明してあげるから早く座って」と促す。
「本当にちゃんと説明しなさいよ」
そう言いながら自分の隣に腰を下ろしたジャネットに、セラフォルーは満足げに頷く。
「ほら。ジャネットちゃんさ、急に魔法少女辞めるて言い出したじゃない。あのはぐれ悪魔を殺してから」
真剣な表情で話し始めたセラフォルーの言葉に、ジャネットは静かに耳を傾ける。
「私はジャネットちゃんに甘えてたんだよね。あの移動式無敵無敗要塞兼最堅最狂城塞のジャンヌ・ダルクの魂を受け継ぐ女の子だから、大抵の事は任せて大丈夫だって」
悔いる様に懺悔をしているかの様に話すセラフォルーから、ジャネットは静かに視線を外す。
「べっ、別にセラフォルーの責任じゃないでしょ」
僅かに上ずった口調のジャネットの言葉に、セラフォルーはゆっくりと首を左右に振る。
「私のせいだよ。だって、ジャネットちゃんはジャンヌの魂と記憶を受け継いでいるだけの……それ以外は、何処にでも居る普通の女の子なんだもん」
そう言いながら俯いたセラフォルーを見ていられないのか、ジャネットは視線をあらぬ方向に飛ばす。
「助ける方法は有った。フィエルボワの剣に込められた加護と祝福を使えば助けられたかもしれない。でも、私は彼女を殺した。だから、私が背負うべき罪なのよ」
ジャネットの言葉に、俯いたままのセラフォルーが首を左右に振る。
「知ってるよ。フィエルボワの剣――どんな傷や病を癒し、どんな状態でも強制的に正常な状態に戻して、如何なる魔でも滅ぼす破魔の聖剣」
一度言葉を区切ったセラフォルーが悲し気に言葉を続ける。
「でも助けるには、聖剣があの子が"人間であり、はぐれ悪魔の状態が異常"と判断した場合で、もし、"はぐれ悪魔の状態が正常"と判断したら魂が消滅していた。消滅さえしなければ、魂さえ無事なら、生まれ変わる事が出来るかもしれない」
俯いたままのセラフォルーが、膝の上に置いた手を握りしめる。
「ジャネットちゃんに任せないで、私がやれば良かったの。忙しさを言い訳に、ジャネットちゃんに甘えなければ――ジャネットちゃんは苦しまずに済んだのに」
小さく啜り泣きながら「ごめんね、ジャネットちゃんに楽しんで欲しくて、沢山の笑顔を見て欲しくて、魔法少女に成って貰ったのに、苦しめちゃってゴメンね」と謝るセラフォルーの頭を、ジャネットは乱暴に優しい手付きで撫でる。
「だから、セラのせいじゃ無いわ。それより、なんで悪魔のあなたと主が仲良さそうなのよ?」
強引に話題を変えて来たジャネットの不器用な優しさに、セラフォルーはゴシゴシと涙を拭い顔を上げてジャネットに無理に作った笑みを見せる。
「名医として名高い医療の神・保生大帝神に相談したのよ。ジャネットちゃんの心の傷をどうすれば癒せますかって」
聞いた事の無い神の名前にジャネットが首を傾げ「バオションダーディ神?」と呟くと、セラフォルーは大きくやや大げさに頷く。
「台湾の医療の神で、色んな神を診察した名医よ☆」
無理やり何時もの調子にしようとしているセラフォルーに、ジャネットは『無理しなくても良いのに』と思いながらも「それで? その医療の神様が、主とどう関係があるのよ?」と素っ気なく口にする。
「え~とね? そう。余り知られてない事だけど! 冥界で聖書の神率いる天使と私達悪魔と堕天使の大戦が有ったのよ! それでね!? その大戦の最中に二天龍が乱入して! なんとか聖書の神であるせいちゃんが! 二天龍を! 封印したんだけど! その時の傷が酷くて! せいちゃんが保生大帝神に! 治療を頼んだら! せいちゃんは死んだ事にして! しばらく! 神様業を離れて! 療養に! 専念しないといけないって! 怪我の治療の為に! せいちゃんは! 死んだ事にして!」
いきなり大声で区切り区切り捲し立てたセラフォルーに、ジャネットは驚きながら「分かった!分かったから、良く分からないけど、二天龍封印の時の傷を癒すために保生大帝神に診て貰ったら、主が亡くなられた事にして長期療養してるて事でしょ!? いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」そう言いながら、何も知らない一般人に聞かれたら面倒だとセラフォルーの口を慌てて塞ぐ。
「ほんとにもーあんたね、何も知らない人に聞かれたらどうするのよ? 良い? 手を放すけど、もう大声ださないでよ?」
口を塞がれモゴモゴと口を動かしているセラフォルーが確りと頷いたのを見たジャネットは、嘆息しながらゆっくりとセラフォルーの口から手を放す。
「もー ジャネットちゃんたら心配性☆なんだから。お隣さんは一㎞先だぞ☆」
しおらしい態度が霧散したセラフォルーに、ジャネットは無言で拳を握る。
「全力で本気でぶん殴るわよ?」
その言葉を聞いた途端、セラフォルーが真っ青になり首をブンブンと左右に振る。
「やめて、ジャンヌ・ダルクばりの怪力で殴られたら、私の首の骨が本当に折れちゃうから――本当に止めて」
大げさに嫌がるセラフォルーに呆れながら拳を解き下ろしたジャネットに、セラフォルーは本気で本当に安堵した。
「とにかく、保生大帝神に相談したら、適任者と云うか適任神? として、せいちゃんを紹介して貰ったの。ほら、ジャネットちゃんの前世はあのジャンヌだし、ジャネットちゃんも敬虔な信者だし」
その言葉を聞いたジャネットは僅かに顔を曇らせる。
「でも、亡くなられた事にしないといけない程の怪我をされた主に、ご迷惑をおかけする訳にはいかないじゃない」
迷惑にならないかと考えているジャネットの心配を、セラフォルーはにこやかに否定する。
「せいちゃんは物凄く気さくな神だよ? 正直、聖書の神だから、ジャンヌみたいに「悪魔死すべし慈悲は無い。異教徒死すべし慈悲は有る」みたいな神かと思ってたんだけど、会ってみたら凄くフレンドリーで、ジャネットちゃんの事も真剣に相談に乗ってくれたし」
ジャンヌ云々の件で、ジャネットが視線を逸らしつつ「へーソウナンダ」と挙動不審になった事に首を傾げつつ、セラフォルーは言葉を続ける。
「三日ぐらい真剣に相談に乗ってくれて、今じゃ、セラちゃん・せいちゃんの間柄なんだよ☆」
ミッと擬音が聞こえて来そうな、右手で作ったピースサインを横にして、自分の右目を挟む様に持ってきたあざとい仕草をしているセラフォルーに、挙動不審なジャネットが「ソウナンダー」と片言で返す。
「ふふ、仲良き事は良い事だ」
ザ・お父さんな聖書の神が、急須と三人分の湯飲みと綺麗に切り分けられた三人分の芋羊羹が乗った大きめのお盆を右手に持ち、左手にはお湯の入ったポットを片手に縁側に姿を現した。
その姿は紛れもなく、田舎のおじさんだった。
「も、申し訳ありません。主よ。今お手伝いを」
信仰する神の姿に慌ててジャネットが靴を脱ぎ、縁側に上がると、右手に持つ大きめのお盆を恭しく受け取る。
「ジャンヌ。今の私は神の権能を全て封じた存在。そう敬う必要の無い」
聖書の神の言葉に、ジャネットは首をブンブンと左右に振りながら、「いえ、例え、お力を失われ様とも、主は奉信すべきお方です」と言いながら、受け取ったお盆を神聖な物を扱う様に恭しく静かに縁側に置く。
「もー せいちゃんたら、ジャネットちゃんはあのジャンヌ・ダルクの魂と記憶を受け継いでいるけど、別人なんだから――ちゃんとジャネットちゃんと呼ばないと失礼なんだよ?」
プンプンと怒りながらそう言ったセラフォルーに、聖書の神はにこやかに言い放った。
「彼女は間違いなく、ジャンヌ・ダルク本人だ。信徒を見間違えるなんて失礼な事はしない」
その放たれた言葉に、ジャネットとセラフォルーはピッシリと固まる。
「えっ? だってジャンヌだよ? 「悪魔死すべし慈悲は無い。異教徒死すべし慈悲は有る」で、人間相手に攻城兵器の大砲を容赦なくぶち込んだり、味方の砲撃の雨の中「神の加護は此処に在りて! 全軍突撃!!」なんて本当に旗を片手に突っ込んで行ったり、色々とやらかしまくった――ジャンヌ・ダルクだよ? ジャネットちゃんはちょっと脳筋だけど優しくて良い子なんだよ? 誰かの為に本気で泣いて誰かと一緒に本気で笑う。そんな純粋な子なんだよ? 他に方法が無くてはぐれ悪魔殺しちゃったら一週間塞ぎ込んじゃう繊細な子なんだよ? どう考えても別人だよ??」
混乱しながらジャンヌとジャネットの違いをつらつらと挙げるセラフォルーに、ジャネットは死んだ目で「セラノ、イウトオリデス。ワタシハ、ベツジンナンデス」と片言で呟いている。
そんな二人に若干困惑しながら、聖書の神は茶葉の入っている急須にお湯を注ぎ、手慣れた手付きで急須を揺すると、三つの湯飲みに少しづつ順番にお茶を注ぎながら湯飲みの半分ぐらいまでお茶を注ぐと、急須をお盆に置く。
「セラちゃん。私は全ての信徒達を我が子同然に愛している。私は決して子を見間違えたりなどしない」
力強くはっきりと断言した聖書の神の言葉に、油の切れた機械の如くギッギッギとセラフォルーが首を動かしジャネットの方を向くと、目が死んでいるジャネットはスッと顔を背ける。
「しかし、あのジャンヌが誰かの為に苦悩し涙を流し、はぐれ悪魔を救えず心を痛める程に成長するとは、弥勒菩薩の助言は間違っていなかった」
しみじみと嬉しそうに呟く聖書の神は、ジャネットを慈悲深く優しい目で見つめた。
「ジャンヌよ。いや、今世ではジャネットか」
嬉しさと慈悲に満ちた声に、ジャネットはハッとして姿勢を正し、真っ直ぐに聖書の神を見る。
「お前のその苦悩・悲しみ・痛みを忘れては成らない。失っては成らないのだ。何故なら、それこそが、人が人たる由縁。人である証なのだから」
姿勢を正し真っ直ぐに自分を見るジャネットに、聖書の神は微笑む。
「人は、大小様々な苦悩・悲しみ・痛みを、その身と心・魂に刻み背負い生きて往く。だからこそ、人は優しさを慈悲を高潔さを知るのだ」
真摯に真っ直ぐに自分の言葉に耳を傾けて、受け止め必死に自分なりに解釈しようとしているジャネットの頭を、聖書の神は優しく撫でた。
「ジャネットよ。お前はこれからも、苦しみに悲しみに直面するだろう。絶望する事もあるだろう。その時は、周りを見なさい。必ず、お前を心配し力に成ろうと足掻く者達が居る。その者達を頼りなさい。それは人として正しい事なのだから」
聖書の神の教えに、ジャネットはゆっくりと頷いた。
「ジャネットよ。はぐれ悪魔を救えず殺めた事を苦悩し悲しむ者よ」
言葉を区切り、目を瞑った聖書の神は一言だけ口にした。
「お前の罪を、我が名において許そう」
その言葉にボロボロと涙をこぼすジャネットに、聖書の神はその涙を優しく拭う。
「お前はできる限りの事をしたのだ。ならば、後は神の領分だ。そのはぐれ悪魔の魂を救ってくれるように、私が他の神に頼んでおこう。だから、お前は自分を許してあげなさい」
泣きじゃくる娘を慰める父親の様に、聖書の神は優しくジャネットを抱き締め、その震える背を、ジャネットが泣き止むまで優しく撫で続けた。
漸く泣き止んだジャネットは、恥ずかしさの余り、顔を真っ赤に染め上げながら、聖書の神が淹れたお茶を恐る恐る口にしていた。
「いやぁ~ まさか、ジャンヌ=ジャネットだなんてね~」
芋羊羮を頬張りつつそう言ったセラフォルーに、ジャネットが小声で「やめて、言わないで、私はジャネットなの。ジャンヌじゃないの」と呟く。
「う~ん。でも、ジャンヌと同一人物なら、はぐれ悪魔を殺しても何とも思わなそうなんだけど、その辺どうなのせいちゃん?」
ジャネットの「違うから、私はジャンヌじゃないから」の呟きをガン無視したセラフォルーに、聖書の神は番茶を上品に飲みながら、しみじみと答える。
「恐らく。今生で嘗ての自分の評価を知り、周りの人々の様々な価値観や思想を知り、自分の視野と考えの狭さを身を持って理解したのだろう。その為、嘗てのジャンヌより精神面で大きく成長し感受性等も柔軟に豊かになり、他者の痛みや苦しみを真に理解し、我が事の様に受け止める事ができる様に成ったのだ」
その答えに、セラフォルーは納得したのかウンウンと頷いた。
「そっか、世間一般じゃ救国の聖女様だけど、史実を知るとトンデモ凄女だってわかっちゃうか」
耳を塞ぎたくても、信仰する聖書の神の言葉なので畏れ多くてできないジャネットは「お願いします。もうやめて、私はジャネットなんです」と呟く事しかできなかった。
「ああ、魔法少女としての活動も良かったのだろう。迷い猫や犬を探して感謝されたり、道に迷った子供を親元に帰したり、大荷物で困っている御老人や老婦人の手助けをしたりと、様々な人々との関わりがジャネットの成長の助けに成った事は間違いない」
聖書の神の言葉に、ジャネットは凍り付いた。
「しかし、セラちゃん。でぃーぶいでぃーでも映っていたが、ジャネットの魔法少女の衣装は、その少々、露出が多く慎みが無い様に思えるのだか......」
凍り付いたジャネットを他所に、聖書の神と悪魔で永久現役魔法少女は会話を続ける。
「え~ そんな事ないよ? 女の子は何時だって可愛くて素敵な服に憧れるのよ☆」
セラフォルーの言葉に、聖書の神は「ふむ。そう言うモノなのか」と納得してしまった。
「やはり、魔法少女として頑張っているジャネットにアレを渡しておこう」
聖書の神はそう言いながら立ち上がると、コカビエルに頼み、天界から運んで貰った荷物を取りに家の中に入って行った。
「ねぇ、なんで主が......私が魔法少女してた事を知ってるのよ?」
拳を握り締めているジャネットに、セラフォルーは不可抗力だった事を必死に慌てて説明する。
「だって、仕方ないじゃない? ジャネットちゃんがはぐれ悪魔を殺しちゃた理由とか経緯とか話したら避けられないでしょ? だから、グーパンはやめよ? ね? ジャネットちゃんのグーは洒落に成らないから? やめよ?」
自分の為に色々と頑張ってくれたセラフォルーを、グーで殴る訳にはいかないと、ジャネットは必死に我慢する。
「セラのおかげで、もう悪夢を見ないで済むだろうし......その、ありがとう」
顔を赤くしながらお礼を言ってきたジャネットに、セラフォルーは「ジャネットちゃんのデレキッタァー!」と大声で叫ぶ。
「だから、大声出さないでよ。それから、お礼=デレてどんな方程式なのよ?」
そんな二人のやり取りを微笑ましそうに見ながら、とある鎧と盾を持って戻ってきた聖書の神は「本当に、二人は良き友人同士なのだな」と嬉しそうに頷いた。
「あの、せいちゃん? その神々しいと言うか聖なるオーラが凝縮されたと言うか......見るからに魔に属する者が触れたら、ただじゃすまなそうな鎧と盾はナニ?」
聖書の神が持ってきた鎧と盾から自然と放たれる神聖な波動に、悪魔であるセラフォルーは脂汗を流し始める。
「これは名を残さなかった無名の英雄が身に着けていた鎧と盾だ」
未だ冥界で思い出した様に暴れ、猛威を奮うミラ三兄弟と同等の力を持つと云われる黒龍"アルバトリオン"を単身で討ち滅ぼした英雄の鎧と盾に、セラフォルーは目を見開く程に驚き、ジャネットは伝え聞く聖書最大最強の英雄の鎧と盾に感嘆の息を吐く
「ジャネットよ。かの偉大な英雄の鎧と盾をお前に託そう」
突然の言葉にジャネットは硬直し、セラフォルーは『ただでさえ、接近戦最強の魔法少女がさらに超強化されちゃうのか~』と遠い目をする。
「魔法少女としての活動。それは、はぐれ悪魔や外なる邪神の眷属との闘いと云う危険も含んでいるのは、セラちゃんから聞いている」
聖書の神の申し出に、ジャネットは「え、その、あの」と上手く返事ができず戸惑ってしまう。
「遠慮する事はない。彼の友であるコカビエルも、今のお前なら、安心して託せると言っていた」
その優しい言葉に、ジャネットは恐る恐る鎧と盾を受け取る。
「その鎧と盾は、必ずお前の身と、共に戦ってくれる者達を護り、力と成るだろう」
父性に満ちた笑みを浮かべながら、聖書の神はジャネットに神の力無き祝福を送る。
「ジャネットよ。頑張りなさい。そして、傷付き疲れたなら、何時でも私を訪ねなさい。僅かでも、その傷と疲れを私が癒そう」
そして、その言葉を聞いたジャネットは思い理解した『あ。この流れ、私が魔法少女を辞められない流れだ』と。
その光景を見ていた悪魔で魔法少女のセラフォルーは、ニンマリと笑う。『これでジャネットちゃんは魔法少女を続ける』と。
物語の存在ではなく、本当に魔法少女達が存在した結果、セラフォルーは魔王に成りませんでした
そして、魔法少女達の苦悩等を知り、魔法少女の力になるために魔法少女達を集め組織化して様々な神話勢力の助力を得てと頑張っていたら、セラフォルー自身がいつの間にか本当に本物の魔法少女に成りました