転生者達のせいで原作が完全崩壊した世界で 作:tiwaz8312
異世界(転生前の世界)から、とにかく沢山の魂を採取する。
採取した魂を、切り刻み、解体して、転生チートで得た正確なクトゥルフ系魔術や知識を刻み込む。
加工した複数の魂を、混ぜ合わせ、1つの魂にする。
1つにした魂に、前世のお伽噺である。デモンベインの噺を刻み込む。
加工の終了した魂を、新しい器。製作した魔道書に定着させる。
「作らなきゃ。備えなきゃ。デモンベインを。魔を断つ剣を。ああ。ダメだ。デモンベインだけじゃ足りない。リベル・レギスとかも作らなきゃ。沢山の沢山の沢山の沢山の魔道書を作らなきゃ。備えなきゃ」
その後、どうやっても、どう頑張っても、オリジナルに届かない事を知り、全ての魔道書に"偽書"と刻み込み。絶望の中で自殺しました。
そんな、やらかしの後の続きのお話。
夕暮れ時。駒王町の隣街で、一人の男が、息絶え絶えになりがらも、全力疾走している。
その男は、ただ、心友である一誠が最近嵌まっているエッチィ本の作者。†魔†龍†聖†のデビュー本が、隣街の古本屋に有ると聞きつけ、一誠にプレゼントする為に買いに来た。ただそれだけ、のはずだった。
ただそれだけのはずが、運悪く、化け物と頭の可笑しいキ○ガイ集団の追い駆けっこに巻き込まれてしまった。
そして、少女の姿をした化け物に、逃がされ、生き残れた。
だから、後は、何食わぬ顔で日常に戻るだけなのだ。
数年後。数十年後に、「ああ、そう言えば」と思い返して、「あれ、結局なんだったんだ? 何かの撮影だったのかな?」と振り返る。その程度の出来事になる。
それが、"正しい"のだ。あの
「ああ、クソ。俺に何ができるってんだよ!」
ゼェゼェと荒い息を吐きながら、今にも止まりそうな足を必死に動かし、男は悪態を付き続ける。
「イッセーみたいに体鍛えて、武術習ってる訳じゃないんだぞ!?」
本当に同じ高校生かと疑ってしまう体格で、武術の心得も有る心友を思い返して、男は『イッセーなら、きっと、あの化け物を見捨てたりはしない』と考えながら、吐き気を堪えて、走り続ける。
真性のロリコンで有りながら、どんな難解な推理モノでもすぐに「あ、犯人とトリック解った」と言い放ち、実際起きた難解な事件もすぐに解き明かす。どこの名探偵だよ。と言いたくなる、もう一人の心友・元浜なら、銃火器や刃物を持った集団でも、持ち前の機転と推理力と洞察力で、化け物を連れて逃げ切れたかもしれない。と考えながら、ゲホゴホと噎せながら走り続ける。
「俺は、本当に、ただの、高校生、だっての」
一誠の様な強さも、元浜の様な頭脳も、何も持たない高校生。写真が趣味なだけの一般人。そんな自分が、あんな危険集団を相手に何をできる? 警察に通報するのが関の山。それ以上の事なんてできるはずがない。それを十分に理解しているのに、男は、ただガムシャラに走り回っていた。
そもそも、探しているのは、正真正銘の化け物なのだ。見た目は少女でも、体が本のページで構成されている人外。もしかしたら、あの化け物は悪者で、キチ○イ集団は、その悪い化け物を倒す正義の集団。なのかもしれない。そんな考えが脳裏を横切り、『もう。良いだろ? 俺は、十分に頑張った。後は、化け物とキ印同士で好きにさせれば良い。イッセーへのプレゼントを拾って、日常に帰れば良い。あの化け物だってそう言ってたじゃないか』と自分に言い聞かせるが、本人の意志を無視して足は止まろうとしない。
「あああああ! クソッ! クソッ! 殺される! 絶対に殺される!」
明確な死の恐怖に、涙を流しながら、男は荒い息を吐き、ガムシャラに必死に走る。
「バカだ! 絶対に俺は、バカだ!」
「ああああ、ごめんなさい! お父さん。お母さん。先立つ不幸を許して!」
迷惑と苦労ばかり掛けてきた両親に謝りながら、男は走る。
「こんな、バカな理由で死ぬ。バカ息子を許してくださいっ!」
必死に走り回り、隣街でそこそこ有名な心霊スポットである廃工場に辿り着いた男は、一度、足を止めて、辺りを見回し、目当ての人物が居ない事を確認すると、再び重い足を動かし、走り出す。
そして、幸か不幸か、男は目的の人物を見つけてしまう。
無事なところなんて無くて、傷だらけで、今にも息が絶えそうな、前開きの白いワンピースを身に着けた
突然の乱入者に呆気に取られた覆面集団を他所に、目当ての人物をかっさらい、廃工場の中に入り込んだ男は、腕の中の小さな
「そなた。何故、此処に居る? 逃げよ。と言ったはずだ」
全身に弾痕を刻まれた
「何で、此処に居るか? 気が付いたら居たんだよ! しょうがないだろ!? 気が付いたら、ひたすら走って、死ぬかもしれないのに、こんな事して! 俺に聞くんじゃねーよ!?」
その言葉が終わると同時に銃撃音が鳴り響き、撃ち込まれた弾が、跳弾し、辺りを蹂躙する。
「ひぃ。やぱり、死ぬのかよ!? クソッ」
腕の中の少女を抱き締め、「警察はまだかよ!? 通報しただろ!?」と喚く男を、少女は鼻で笑う。
「警察? そんなモノを当てにしての蛮行か。無駄よ。警察は奴等の手中に半ば堕ちておる。」
外から「出てこい」 「今なら、お前だけは見逃してやる」 「蜂の巣になりたいのか?」と怒声が響き、それを聞いた男は、本当に警察が来ないのかと悟り、涙をポタポタと溢す。
「死にたくねぇ......どうすりゃ、良いんだよ......」
小刻みに震えながらそう呟く男に、少女は深々と溜め息を吐いた。
「汝。死にたくないなら、何故、この様な事をしたのだ? 見ての通り、我は化け物だぞ? この程度で滅したりはせぬ」
弾痕だらけで、血は一滴も流れていない。それどころか、普通の人間ならば、既に息絶えている。
苦痛に顔を歪めながらも、そんな姿で生きていられる少女は、間違いなく。化け物だった。
「しょうがないだろ! 柔らかかったんだよ! 暖かかったんだよ! お前が! 化け物なら、化け物らしくしろよ!! 泣きそうな顔をすんなよ!! 辛そうな顔をするなよ!! そんな、痛そうな、苦しそうな顔をすんなよ!! ほっとける訳ないだろ!?」
男が一息で言い切ると同時に、再び銃撃が始まり、「ひぃ」と短い悲鳴を上げながら、男は傷だらけの少女を強く抱き締める。まるで、これ以上、怪我をさせてたまるか。と云わんばかりに。
「まったく......この世界は、汝の様なバカが多すぎる」
今までの
「バカで悪かったな! 自覚してんだよ!? 今まさに!」
泣き出しそうな顔で、クスリと笑った少女に、男は言葉を続ける。
「なぁ、何か無いのかよ? この状況をなんとかできる魔法とか、ドラえもんの秘密道具的なナニかとか?」
恐る恐るそう言ってきた男を、マジマジと見た少女は、「素質。素養。共に歴代最低か......まぁ。居ないよりはマシか」と呟く。
「素養? 素質? なに言ってんだよ? それより、この状況をなんとかしろよ!?」
助けに来ておいて、結局、少女頼りな自分を情けなく思いながら、男は必死に逃げる機会を伺う。
「有るぞ。この窮地を出し、アヤツ等を撃滅する方法が」
涙と鼻水でグシャグシャの顔で、少女をマジマジと見ながら、「本当か? 本当に、なんとかできるか?」と男がそう聞き返すと、少女はしっかりと頷く。
「よし。それをやるぞ。すぐに逃げるんだ」
その頷きに一縷の望みを見出だした男に、少女は大きめのハンカチを取り出すと、男の涙と鼻水でグシャグシャに成った顔を、乱暴に拭う。
「汝。名はなんと言う?」
顔を乱暴に拭われた男が、「自己紹介とか後で良いだろ! そんな事してる場合かよ!?」と叫ぶが、少女は冷淡に「死にたくないのだろう? ほれ、聞こえんか? 痺れを切らしたあの狂信者共が、建物の中に入って来たぞ?」そう言ってニヤリと笑う。
ジャリジャリと、足音が聞こえてくる事に気が付いた男は、死の恐怖に震えながら、それでも、しっかりと口にした。
「あ~! クソッ。俺は、松田だ。松田友治だ!」
ヤケクソ気味にそう吐き捨てた松田は、言葉を続ける。
「言っとくけどなぁ! 俺は、イッセーみたいに強くもなければ、元浜みたいな頭脳も無いんだよ! カメラだけが取り柄の、普通の帰宅部の学生なんだよ!! だから、早く。助けろ! くださいっ!」
必死に言い募る松田に、少女は顔を近づける。
「我が名はアル・アジフ偽書! かのネクロノミコンの写本にして、最高位の魔道書なり!」
人外じみた整った顔立ち。薄い紫色の長い髪。深い紅玉の瞳。小さな唇。
文字通りに造られた造形美に、松田は息を飲み、辛うじて「魔道書?」とだけ口にできた。
「誇るが良い。汝、松田友治よ。ソナタは、今日。此れより。我の所有者だ!」
男と
「なっ?? 俺の初めてがっあっ!」
松田が慌て、アルアジフ偽書から離れ、自分の唇を押さえると同時に、ゴッウ。と風か起き、眩い光が辺りに一瞬だけ満ちる。
「なんだよ!? なにが起きたんだ?」
光に目が眩み、思わず目を瞑った松田は、光が治まった後、目を開けて周りを見渡すが、何も変わりがない事に気が付き、腕の中のツルペタ少女のアルアジフ偽書に視線を落とし、思わず「はぁ!?」と叫んだ。
「あっんの、ツルペタ無乳虚乳ロリ娘!! 自分だけ、逃げやがったぁぁぁぁ!!」
腕の中に居たはずのアルアジフ偽書が居ない事に気が付き、叫んだ松田の右頬をナニかが蹴飛ばし、「ぶべらっ」と意味不明な言葉を吐き出しながら、松田が吹き飛ぶ。
「良い度胸よなぁ!? マスターよ? 原典と比べれば巨乳と言っても過言でもない。唯一。原典に勝っている......我の自慢の胸を......よりにもよって、ツルペタ。無乳。虚乳。あまつのさえ、偽乳の抉れ胸だと!!」
蹴飛ばされた頬を押さえた松田が「そこまでいってねーだろ!?」と言いながら、アルアジフ偽書の方を振り向くと、其処には、怒れる小魔神が降臨していた。
「は? なんで......縮んでるんだ?」
宙にプカプカと浮いている――デフォルメされた掌サイズのアルアジフ偽書に、驚きで目を見開いている松田に、アルアジフ偽書は、盛大な溜め息を付いた。
「驚くところは他にも有るであろう? 自らの姿を見るが良い」
そう言われて、自分を見下ろした松田は、カッターシャツに長ズボンが、ピチッとした黒いボディースーツに変わっている事に初めて気が付く。
「は? ナニこれ?」
驚きのあまり唖然としている松田に、アルアジフ偽書は満足そうに頷いた。
「その姿をマギウス形態と云う。汝の身体能力を強化する優れモノだ。無論。防御力も優れている」
まるで特撮の変身ヒーローの様な姿に、松田が「おー」と感嘆の声を上げる。
「つまり、この格好で逃げれば、逃げきれるんだな?」
生き残れる希望に満ちた松田の言葉に、アルアジフ偽書は再び溜め息を付いた。
「ナニを言っておる。ここで、きゃつらを迎え撃つのだ」
信じられないアルアジフ偽書の言葉に、松田は無言になり、辺りを静寂が包んだ。
「言っておくが、きゃつらは執念深い。ここで逃げても、我と契約した以上、汝を地獄の底まで追い回すであろうよ。ともすれば、汝の友や家族にも被害が及ぶやもしれん」
知らず知らずに、最悪の選択をしていた事に気が付た松田は「マジかよ......」と絶望に満ちた声を溢す。
「更に言えば、契約とは魂の結び付きだ。契約を破棄する事はできん。破棄すれば汝は死ぬぞ?」
少しずつ近付く武装集団の足音。アルアジフ偽書の言葉に、普通の高校生の松田が吠える。
「戦える訳ないだろ! 格闘技も武術も知らないんだぞ!? 相手は刃物とか銃を持ってる! 無理に決まってる! なんで、こんな事に巻き込まれなきゃいけないんだよ!?」
どこにでも居る、高校生の叫びを、非日常の存在。人外の化け物。アルアジフ偽書が、残酷に切り捨てる。
「我は汝を日常に帰した。きゃつらも、一度は見逃した。なれど、汝は、自らの意思で此方に来た。叫ぼうが、嘆こうが、最早、汝は日常に戻れぬ」
その言葉に、普通の高校生。松田は、グッと言葉を飲み込む。
「汝は、日常に戻れぬ。帰れぬのだ。しかし、ここで戦えば、汝の居た日常は護れる」
何処までもまっすぐに自分を見据える、アルアジフ偽書に、時と場所を忘れて、松田は見惚れた。
「選べ。松田友治。此処で我と共に戦い。非日常の世界を逝くか。此処で逃げ。極僅かな日常を謳歌し、大切な者を巻き込み、非業の最後を遂げるか」
アルアジフ偽書の言葉に、松田は、泣き出しそうな、諦めた様な、苦し気な表情を浮かべる。
「なんだよ。それ。1つしかないじゃないかよ......」
何度も見てきた表情に、アルアジフ偽書は、クシャリと顔を歪める。
「そんな顔をするなよ。結局。俺が悪いんだろ? お前のせーじゃ、ねーよ」
コンバットナイフや銃を構えた集団が、隠れていた部屋に、油断なく入って来たのを、松田は恐怖に怯えながらも、覚悟を宿した眼で睨み付ける。
「やってやんよ。けどな。自慢じゃ無いが、俺は、喧嘩なんてしたことの無い――クッソッ雑魚ナメクジだからな!? 後で、"やっぱり、逃げれば良かった"なんて言うなよ!!」
覚悟を決めた
「もう忘れたか? ユージよ。汝は――この世界における。最高位にして、最強の魔道書。アルアジフ偽書の
宙に浮き、どや顔をしている小さなアルアジフ偽書に、『いや、お前、おもッいっきり、負けてただろ? 殺されそうになってたよな?』と思いながらも、松田は死なば諸とも精神で拳を握る。
「こ、こいや! おらぁ!?」
恐怖に震える声で、叫んだ松田に、武装集団――クトゥルフの狂信者集団が銃を向け、一切の言葉も躊躇もなく、引き金を引き、銃を乱射する。
「ひぃぃ!? 死んだ。やっぱり、死んだぁぁ!?」
顔を両手で庇い、両目をきつく閉じた松田は、『調子に乗ったバカ息子を、許してお父さん。お母さん』と心の中で両親に先立つ不幸を謝りながら、何時まで経っても、衝撃も痛みも無い事を不審に思い、恐る恐る目を開ける。
「ふん。この程度の豆鉄砲で、我が防御障壁を破れると思うてか」
どや~ と自慢気な顔をしているアルアジフ偽書の言葉と、目の前で、見えない壁の様なモノに受け止められた銃弾が、ポトポトと床に落ちる光景に、松田は唖然とする。
「マスターと云う、外付け魔力タンクを得た我を――舐めるなよ。下朗共」
二頭身と成っているアルアジフ偽書は、銃を無力化されて戸惑って居る狂信者集団を、ビシッと指差す。悪魔のごとき表情で。
「逝け。外付け魔力タンク――いや、我がマスターよ! きゃつらに力の差――格の違いを思い知らせるのだ!!」
こいつ。見捨てて良かったんじゃね? と思いながら、松田は拳を握ったまま、近くの狂信者に駆け出し、思いっきりぶん殴ろうと拳を振り上げ――そのまま殴ろうとした狂信者を撥ね飛ばした。
「は?」
殴ろうとして、有り得ないスピードで近付いて、勢い余ってぶつかって、その狂信者がクルクルと宙を舞い、どっさりと倒れ付し、ピクリとも動かない現実に、松田と狂信者集団が固まる。
「何をしておる! 早く、そやつ等を叩きのめすのだ! 逃がせば、汝の護ろうとしている者達に牙を抜くやもしれんのだぞ!!」
容赦の欠片も無い言葉の発信源であるアルアジフ偽書に、その場に居た全員の視線が突き刺さる。
「いや、その、こいつ。死んでないか? 大丈夫? 生きてる?」
恐る恐るそう聞く松田に、アルアジフ偽書は首を傾げる。
「ん? 辛うじて生きてはいるが......それがどうした? こいつ等は汝を殺そうとしたのだぞ? 此処で逃せば、汝の家族等が狙われる。なれば、此処で禍根を断つしかあるまい」
それがどうした? と云わんばかりの態度をしているアルアジフ偽書に、狂信者集団は一歩後退り。松田はドン引きする。
「おま、殺人は犯罪なんだぞ!? 分かってんのかよ!?」
一般人の松田の感覚に、アルアジフ偽書は眉をしかめる。
「こいつ等は、平然と人を殺す。身を持って知っているであろう? 人の法の裁きでは、こやつ等は裁けん。財界や政界にまで信者が居るのだ。こやつ等、狂信者共は、様々な場所に手を伸ばしておる。甘い考えは捨てよ。でなければ......次に餌食に成るのは、汝の大切な者達だ」
突き付けられた現実を飲み込めて居ない松田は、それでも。と言葉を返す。
「ようは、こいつ等を捕まえれば、良いんだろ? やってやるよ!」
捕まえた後の事は考えずに――
時代劇で見た"首トン"で気絶させようとして、狂信者を撥ね飛ばし。
腹パンで気絶させようとして、狂信者を撥ね飛ばし。
絞め落とそうと近づいて、狂信者を撥ね飛ばす。
最終的には、もう。全員。撥ね飛ばした方が......早くね? と、諦めの心境至った松田は、とにかく、狂信者達を撥ね飛ばし続けた。
全員を撥ね飛ばし、中腰になり、両膝に両手を付きならがら、ゼェゼェと荒い息を吐きながら、松田は息を調えて、ふよふよと近付いてくるアルアジフ偽書を見据える。
「どーだ! 誰も殺して無いぞ! ......殺して無いよな? 生きてるよな? こいつ等......」
弱気な発言をしている松田に、アルアジフ偽書は嘆息する。
「うむ。生きておる。して、こやつ等はどうするのだ?」
何も考えていなかった松田は、「へ?」と間の抜けた声を出してしまう。
「"へ?"ではない。こやつ等をどうするかを、聞いておるのだ。警察などと言ってくれるなよ? 狂信者共は、様々な処に手を伸ばしておる。すぐに解き放たれるであろうさ」
その言葉で、ゴニョゴニョと言い淀む松田に、アルアジフ偽書の冷たい視線が突き刺さる。
「やはり、考えなしの行動か」
押し黙った松田を見据え、アルアジフ偽書は言葉を続ける。
「まぁ。加減ができない状況下で、下手に手を出さなかった判断は評価できる。今の汝が殴れば、顔面陥没や内臓破裂。"殺さず"など不可能だからな」
知らず知らずに、正解を選んでいた事に気付いた松田は、その言葉に安堵の息を吐いた。
「さて。では、こやつ等は捕縛し、然るべき処に引き渡すとしよう」
アルアジフ偽書が、「アトラック=ナチャ」そう呟くと同時に、ピクリともしない狂信者達を、何処からか出現した蜘蛛の糸の様なものが簀巻きにしていく。
「おい。なんだよそれ、そんな便利なモノが有るなら、最初で使ってくれませんかねぇ?」
青筋を建てている松田に、「汝の初戦だ。下手に手を出すより、好きに戦わせ、経験を積ませただけだ」そう言い放ったアルアジフ偽書が元のサイズに戻ると、松田の格好もカッターシャツに長ズボンに戻る。
元のサイズに戻り、弾痕等か消え、傷1つ無いアルアジフ偽書の姿に、松田は改めて、目の前の少女が人外である事を強く認識した。
「ほれ、けーたいでんわを貸せ。連絡を入れねばならん」
スッと差し出された手に、松田は怪訝そうな表情を浮かべる。
「いや、こう。魔法とか秘密道具的なモノはないのかよ?」
そう言いながら、ズボンの後ろポケットをあさくる松田に、アルアジフ偽書は心底バカを見るような目を向けた。
「汝は何を言っておるのだ......利便性において、科学より優れたモノなど無い」
非科学的存在による科学の肯定に、松田は「いや、科学より魔法とかの方が凄くないか?」と返してしまう。
「汝は、小さな火を必要とした時、ライター等を使うのではないか?」
突然の質問に戸惑いながらも頷いた松田に、アルアジフ偽書は「で、あろうな」と頷き返す。
「魔法等で火を起こす時は、まず。魔力の制御を学び、火を起こす理論や術式を学び理解する。その後、魔力を行使し、術式を編み、漸く火が起こせる。簡易式符等でもそう変わらん。魔力の制御や行使のやり方を学び身に付けなければ、使えぬ」
教え子に諭す様に、アルアジフ偽書は言葉を続ける。
「科学の様に、ボタン1つ。使い方さえ知っていれば使える。そんな便利なモノではないのだ。魔法や魔術等の力は」
夢も希望も無い、アルアジフ偽書の言葉に、松田は唖然とする。
「分かったら、けーたいでんわを寄越せ。駒王町で研修をしている者を呼ばねばならん」
クイクイと催促する手に、松田がスマホを渡すと、アルアジフ偽書が露骨に顔を顰める。
「誰が、板を渡せと言った。けーたいでんわ。だ。あの、カパカパする。知らぬのか?」
呆れきった顔で「ほら、あの、カパカパするヤツだ」と語るアルアジフ偽書に、「カパカパて、もしかして、ガラケーの事か?」そう聞いた松田を、アルアジフ偽書は呆れた目で見ながら、「なんだそれは、けーたいでんわ。は、けーたいでんわ。だ」と返す。
「あー 渡したヤツな。スマートフォンと言って、電話できるんだよ」
「ナニを言っている。こんな板で、つーわ、できるわけがなかろう」
「できるんだよ。ここの電源入れて、それから――」
松田のスマホの説明に「おー」 「なんと!」 「写真? 写真が撮れるのか? こんなに小さいのに!?」と驚きの声を上げながら、アルアジフ偽書は感心した様に頷く。
「ほら、これで、画面の数字を押して、緑色の電話マークを押せば、通話できるから」
「うむ。使い方は理解した。なれば、この最強の魔道書。アルアジフ偽書に不可能は無い事を――とくと見るが良い!」
自信満々に言い放ち、真剣な表情で、恐る恐る表示されている数字を押し、通話を押したアルアジフ偽書が、「フフン」とどや顔をして、その様を松田は生暖かく見守る。
やや暫くして、相手が出ると同時に――
「遅い。研修者よ。何をしていた。この番号は緊急時用のはずだ。なに? 夜中の11時過ぎ? だからどうした。緊急時に時間帯など関係あるまい」
「我が誰かだと? 我は、最強にして最高位の魔道書。アルアジフ偽書だ」
「クトゥルフの狂信者共を捕縛した。引き取りに来い。場所? 駒王町の隣街の――」
「管轄外だと? ほう。つまり、捕縛したきゃつらを駒王町に解き放てば良い。と、言いたいのか?」
「そうだ。早く引き取りに来い。ん? そうだ。転移でよい。この場には、狂信者共とマスターと我しかおらん」
「ふむ。そこは仕方あるまいよ。マスターは年頃の男ゆえな、過度な格好は控えた方が良かろうよ」
会話を終えたアルアジフ偽書は、恐る恐る通話を切ると、松田にスマホを差し出す。
「もう良いのか? 他に連絡とかは?」
そう言いながら、スマホを受け取った松田に、アルアジフ偽書が首を横に振りながら、「いや、末端構成員など、これで十分であろう」とだけ返した。
それから、十分後。何も無い空間に淡い光が差し、松田が知る駒王学園三大お姉さまの一人――リアス・グレモリーが姿を現した。
「初めまして、"魔を断つ剣"アルアジフ偽書。今代の駒王町管理者が一人。リアス・グレモリーと申します」
口上を述べ、深々と頭を下げようとしたリアスが、見知った顔――松田を見て、ピッシリと固まる。
「松田、君? えっ? 何で?」
居るはずの無い人物の存在に驚くリアスと、何も無い空間から現れたリアスに驚く松田。
「ふむ。そなた等、知り合いか?」
その言葉に、リアスが「ええ。学園の後輩よ」と返し、松田が「ああ。学校の先輩なんだ......けど、今。何も無い処から、急に現れたよな?」呆然とした表情でそう返した。
「アルアジフ偽書。駒王町の管理者の1人として聞きます。何故、彼が此処に? それに、貴女の当代所持者が居ない様なのだけど......」
認めがたい現実から目を反らしているリアスに、松田が「あの、リアス先輩。これには......」そう声を掛けるが、「今は黙ってて。聞きたい事が有るのは分かるわ。後で質問に答えるから、今は静かにしてなさい」と、リアスにピシャリと遮られてしまう。
「もう一度、問います。何故、一般人の彼が此処に居るのかしら?」
強い決意を秘めた視線で、アルアジフ偽書を睨み付けたリアスが、言葉を続ける。
「彼は、日の当たる世界で生きるべき人間よ。巻き込まれた彼を助けてくれたのなら、相応の感謝と誠意を。意図的に巻き込んだのなら、相応の謝罪と償いを」
駒王町管理者としての言葉に、アルアジフ偽書が、ふむ。と頷く。
「まずは、そこの説明からか」
そして、語られるアルアジフの言葉に、リアスの眉間に皺が寄り始める。
クトゥルフの狂信者達に遭遇し、追われていたアルアジフ偽書と出くわし、一緒に追い駆け回され。
狂信者達の隙を付き、安全な場所で逃がし、その狂信者達からも一度は見逃され。
"放っておけない"と云う理由で、松田がアルアジフ偽書を探しだし、今度は、自分から首を突っ込んできた事。
考えも策も無しに現れ、アルアジフ偽書だけ逃げる訳にも行かず、やもえず、契約を結び、窮地を脱した事。
明確に殺しに来ている狂信者達を殺したくないと宣い、轢き逃げアタックで昏倒させた事。
それらを黙ってて聞いていたリアスは、松田を信じられないモノを見る様な目で見て、一言だけ口にした。「バカなの?」と。
「ひでぇ! 頑張ったんですよ! 俺!」
そう主張する松田に、リアスは凄みの有る笑みを浮かべる。
「黙りなさい。おバカ。後で説教よ」
松田の主張を叩き斬ったリアスは、簀巻きにされている狂信者達に近づくと、転移魔法陣を発動させ、無造作に魔法陣に投げ込んでいく。
「あの、リアス先輩? もうちょと丁寧に......」
そう言い掛けた松田は、リアスに睨まれ押し黙った。
「松田君。貴方は知らないでしょうけど、"クトゥルフの狂信者は殺せ"が、此方の暗黙のルールであり、絶対の不文律なの」
その言葉に、「は?」と声を上げた松田が、慌ててリアスに駆け寄り、その肩を掴む。
「待って下さいよ。先輩。じゃあ。こいつらを殺すんですか!?」
肩を掴む松田の手を、リアスは軽く身を捩って外すと、狂信者達を魔法陣に放り込む作業を再開する。
「数年前に、駒王町の一部のインフラが壊滅した事が有るでしょう? 確か......三人亡くなられたのよね?」
「地盤沈下が原因のヤツですよね? それが、今と何の関係があるんですか! ちゃんと質問に答えて下さいよ!」
最後の一人を魔法陣に放り込んだリアスは、松田の方を向く。
「あれを引き起こしたのは、クトゥルフ神話の信仰組織。つまり、彼らの仲間よ」
有り得ない言葉に、暫く唖然とした松田は、振り絞る様に、「は?」と溢す。
「いやいや、待って下さいよ。そんな事、有り得ないでしょう? それに、クトゥルフて、空想の神話ですよね? ラヴクラフトの書いた。そんなの信仰するヤツが居るわけないじゃないですか」
リアスと松田のやり取りを、黙って聞いていたアルアジフ偽書が、口を開く。
「否。研修者の言葉に嘘は無い。クトゥルフ神話は空想の産物ではない。神代の時代から、この世界を狙う侵略者共。そして、きゃつらはその協力者であり信徒」
妄想。そう切って捨てる事が松田には、できなかった。日常の裏側。非日常の存在と出来事を認識し体験してしまったから。
「ラヴクラフトの書いたクトゥルフ神話は、実話がモチーフなのよ。真実を公表しても、誰も信じない。なら、せめて、非日常に巻き込まれた人の為に、書き記した。それが、クトゥルフ神話の話なの」
何も無い空間から現れた、学園の先輩の言葉。非日常の存在の言葉に、ヘタリと、松田がその場に座り込む。
「なんだよそれ、じゃ、俺は、これから、どうなるんだ?」
力無く呻いた松田に、リアスは現実を突き付ける。
「諦めなさい。松田君。貴方は、日常に戻れるチャンスを、自分で放棄した。なら、貴方は、もう、此方の住人よ。アルアジフ偽書の所持者として、クトゥルフ神話勢力を相手に、死ぬまで戦い続ける事になるわ」
憐れみ悲しむ様にそう告げたリアスに松田が、大声を上げた。
「ふざけんな! 俺は、カメラしか取り柄の無い学生なんですよ!? そんなヤベー事に巻き込まれないといけないんだ!」
喚く松田に嘆息したリアスは、アルアジフ偽書をチラリと見ると、視線を松田に戻す。
「なら、なんで、彼女を見捨てなかったの? そうすれば、貴方は日常に戻れたのに。彼女が人外である事は理解していたのに」
その言葉に、松田は息を飲む。
リアスの言う通り、見捨てるべきだったのだ。松田自身が、自分に言い聞かせた様に。
「非日常に巻き込まれて、一度とは云え、日常に戻るチャンスを得た。貴方は幸運だったのよ...... 普通は、そんなチャンスなんて無いもの」
優しく言い聞かせるリアスに、松田は漸く、自分のした事が取り返しの着かない事だと理解する。
「なんだよそれ、結局。本当に、俺がバカだった。て、事かよ」
自分の愚かさを嘆く松田に、リアスが何も言えずにいると、アルアジフ偽書が口を開いた。
「一つ聞くが、ユージの住まいはどこだ?」
脈絡の無い質問に、リアスは「ん?」と小さく首を傾げ、松田は「駒王町だけど......」と素直に答えてしまう。
「そうか。なれば、簡単だ」
アルアジフ偽書の言葉に、何かを悟ったリアスが声を上げるより先に、アルアジフ偽書は、言葉を紡ぐ。
「無理に戦う必要はない。ユージよ。汝の素質・素養は歴代最低だ。なれば、駒王町で生涯を終えよ。さすれば、そこの研修者や駒王町の実力者が、汝や家族を守るであろうさ」
何も含まない、純粋に松田を労る言葉。
その言葉に、松田が反応するより先に、リアスが反応した。
「待ちなさい。アルアジフ偽書。貴女は自分が何を言っているか理解しているの? 貴女1人で――」
「ダメだ! それだけは絶対にダメだ!!」
アルアジフ偽書の言葉が、耳に入った瞬間。松田友治は確かに見た――
アルアジフ偽書が、最強のアルアジフ偽書に、"バルザイの堰月刀"でその胸を貫かれ、絶命し、バラバラとページに変わって逝く姿。
蒼い瞳。濡れ烏羽の長い髪の少女。最強のナコト写本偽書によって、邪神招来の生け贄にされた。アルアジフ偽書を。
最強のアルアジフ偽書と最強のナコト写本偽書に、成す統べなく、惨殺される――アルアジフ偽書の姿。
今の松田が見た事の無い――
全ての
幾百・幾千・幾万の――最悪の結末。
此処ではない何処かの、護りたくて、助けたくて、救いたくて――何よりも一緒に居たかった少女を守れなかった――
「汝は何を言っている? 戦いたくないのだろう? なれば、少しでも安全な所で平穏に生きよ」
相手が死ぬまで契約を解除できず、自分が死ぬまで、一人で戦い抜こうとしている
「そうね、松田君の言う通りよ。如何に、神代の時代から存在する"魔を断つ剣"と言えど、一人なんて無理よ。駒王町から応援を出しましょう」
此処ではない何処かの誰か達の背を、押し続けてくれた誰かによく似る女性──
いきなり態度を変えた松田に困惑する二人に、"此処ではない何処かの誰か達から受ったモノを、何故か忘れてしまった"
「俺が"アル"と一緒に戦う」
「待て、汝の覚悟に嘘偽りの無い事は分かった。しかし、我を"アル"と呼ぶな。それは、此方のではない何処かに居るオリジナルの名だ。我の事は偽書とでも呼べ」
なんとなく、そんなやり取りをした気がした松田は、それを気のせいと判断して、アルアジフ偽書に告げた。
「嫌だ。お前は今日から"アル"て呼ぶ。オリジナルなんて知るかよ」
そう言って捨てた松田に、"アル"がギャーギャー騒ぐが、松田は完全に無視して、リアスに頭を下げる。
「すいません。リアス先輩。そう云う訳なんで力を貸して下さい」
覚悟を決めた男の子の顔をしている松田に、リアスは諦めた様に深い溜め息を付いた。
「どうして、その結論に至ったのか......私には分からないけれど、どんなにお説教や説得をしても、無駄みたいね」
呆れた口調のリアスに、松田は静かに頷く。
「分かったわ。私にできる限りの事はするわ。でも、あまり期待しないでね? 正直、自分のやらなきゃ成らない事で精一杯だから」
少し、茶化した様にそう言ったリアスに、「大丈夫ですよ。無理にでも、目一杯頼りますから」と、おちゃらけて松田が返す。
「お手柔らかにね? もう、遅いから送って行くわ。転移ならすぐだしね」
リアスに連れられて、人目の無い裏路地に転移した一行は、すぐさま「それじゃ、お休みなさい。私は急いで帰らないといけない用があるの」と一言残し、転移して行ったリアスと別れ、途方にくれていた。
「それで、どうするつもりだ」
アルアジフ偽書こと、アルの言葉に、松田は遠い目をする。
「頑張って、俺の両親を説得するぞ。それでダメなら......アルの暗示だ」
正直、迷惑と苦労ばかり掛けてきた両親を、騙したり暗示でなんとかするのは、気が引ける松田は、「仕方ない」と、小さく呟く。
「別に、我は野宿でも構わんのだぞ?」
神代の時代から存在するとは云え、見た目が10才ぐらいの少女に、野宿なんてさせられない松田は、アルの手を取ると、無言で両親の待つ実家へと脚を動かす。
「スケベでどうしようもない子だと、思っていたけど......まさか、こんな小さい女の子を浚って来るなんて!!」
「いや、違うから!? 誘拐じゃないから! 息子の話を聞いて!?」
「すまない。本当にすまない。怖かっただろう? 君のご両親に連絡して、迎えに来て貰うから、お家の電話番号を、教えてくれないか? 君を誘拐した息子は、明日。父親である俺が、責任を持って自首させるから」
「おやじも、少しは息子を信じろよ!? 少女誘拐なんてしねーよ!? ちゃんと訳を聞いて!!」
その後、結局。アルの暗示で、"凄く遠縁の親戚の子を預かった"と認識した両親に、松田は自分の部屋でガクリと両肩を落としていた。
「日頃の行い。と云う奴だな」
黄昏る松田に、ボソリと呟いたアルがそう呟く。
「おい。なんで、俺の部屋に居るんだよ」
ベッドにうつ伏せで寝転がり、脚をパタパタさせているアルにそう言った松田は、「自分の部屋に戻れよ。宛がわれたのが有るだろ」と、言葉を続ける。
「決まっておるだろう。汝を鍛える為だ」
さらり、と言われた言葉に、松田が「はぁ? 今、何時だと思ってんだよ? 良い子が寝る時間過ぎてんだぞ」と返すが、アルはその言葉を鼻で笑う。
「自分で言ったのだろう? クソ雑魚ナメクジのシラミやノミにも負ける。矮小な男だと」
「誰も、そこまで、言って、ません、がねぇ!?」
酷すぎる言い様に、食って掛かる松田を、アルは真剣な表情で見る。ベッドにうつ伏せで寝転がり、脚をパタパタさせながら。
「汝は危機感が足りん。奴は、此方の都合など考慮せん。早急に、汝は戦える様に成らねばならん」
緊張感も何も無い姿でそう言われた松田は、深い溜め息を付いた。
「と言う訳で、だ。汝には、スパルタ式特訓を受けて貰う。あ、拒否権なんぞ無いぞ」
そんな事を宣うアルに、松田は不用意に近付き、「明日からな、明日」と言いながら、自分が寝る為に、アルをベッドから追い出そうと手を伸ばす。
「安心するが良い。汝の体調管理も我がちゃんとする」
松田の伸ばした手を掴んだアルは、体を捻り、勢い良く松田をベッドに引き倒す。
「あぶなっ! ナニすんだよ。怪我したらどうすんだ」
上半身だけをベッドに乗せ、抗議する松田に、アルが呆れた表情を浮かべた。
「汝は、この程度で怪我をするのか? 軟弱にも程があろう」
そう言われたアルに、松田が怪訝そうな顔をする。
「いや、俺じゃなくて、お前が、だよ」
一瞬。何を言われたのか理解できなかったアルは、唖然として、ややあって、漸く理解すると、深い溜め息を付く。
「我はこの様な成りをしているが、魔道書。その様な気遣いは不要だ」
そう言い切るアルに、松田は平然と「いや、お前。確かに、人外で、魔道書なんだろうけどさ。可愛い女の子だろ」と、素で言ってしまう。
呆れた表情のアルが「成る程。それが、汝の素か。女誑しめ」と呟くと、「彼女いない歴=年齢の俺に、喧嘩売ってんのか?」と、松田はこめかみをひくつかせる。
「ほれ、その可愛い女の子の横に、仰向けに寝転がれ」
ベッドの半分を開けて、そのスペースを気軽にポンポンと叩くアルに、色々有りすぎて疲れている松田は、もう。どうにでもな~れ。と云う心境で、モソモソとアルの横に寝転がる。
「さて、それでは、スパルタ式特訓を始めるぞ」
仰向けに寝転がる松田の上に、トスンと座ったアルが、眠たげな松田の顔を覗きこむ。
整った顔を近づけて覗きこむアルに、『やっぱ、こいつ、可愛いよな』なんて思いながら、「明日から、な。明日」そう言った松田は、確かに見た。アルの両目が妖しく光った一瞬を。
急激な眠気に身を任せ、腰の辺りにアルが股がったまま、松田は目を閉じると、そのまま眠りにつく。
アルがニヤリと笑っている事に気付かずに。
「おい。おい。なんだよ。これぇぇぇ!?」
全裸の状態で、薄暗い洞窟らしき場所に居て、下に降りる階段があって、傍には、自分だけ白いワンピースを着ているアルの姿。
松田は知っている。この光景を、リプレイ動画で見た事があった。
「なぁ、この階段は七十段で、この下は"焔の洞窟"なのか?」
その問い掛けに、アルは「ほう。知っていたか」と感心した様に答える。
「おま、ふざけんなよ!? ドリームランドとか、最悪じゃねーか!?」
両手で股間を隠している松田の抗議に、素知らぬ顔のアルが「言ったであろう? スパルタ式特訓だと」言いながら、スタスタと階段を下りて行く。
「おい。待てよ! おいてかないでくれ!」
股間を隠しながら、早足でアルの後を追いながら、松田は思った。『どうして、こうなった!?』と。
ドリームランドの二人の番人。ナシュトとカマン=ターに認められ、渡された衣服──革のズボンとごわごわした麻の服を身に着け木の靴を履いた松田が、「マジで、ドリームランドかよ......」と呟き、前を無言で歩くアルの後を追い続け。
焔の洞窟を抜け、更に七百段下りた先に聳える"深き眠りの門"を越えると、曲がりくねった樫の樹々と疎らに点在する燐光を放つ菌類で構成された"魔法の森"に出る。
辺りをグルリと見回し、危険が無い事を確認して、今まで無言だったアルが、松田の方を向く。
「汝が、知る通り、此処はドリームランドだ。汝には、此処でその惰弱な精神を鍛え上げ、戦いの心得や術を身に付けて貰う」
真剣な表情でそう言ったアルに、既に色々と諦めた松田は、嫌々ながらに頷く。
「安心しろ。頃合いを見て、覚醒世界――つまり、現実の世に戻す」
「そんな事できるのか?」
動画勢で、あまり詳しい事を知らない松田の言葉に、アルは眉をひそめた。
「誰に言っている。我は魔道書。その程度、容易い」
不機嫌そうなアルの言葉に、最悪、ドリームランドに長期間滞在する事になるかと思っていた松田は、安堵の息を付く。
「んで? 何処に行くんだ? ウルタールの街か? 港町ダイラス・リーン?」
動画で知った街の名前を口にした松田に、アルは若干驚きながら、「そんな事まで知っているのか......魔の気配はしなかったが......どう云う事だ?」と呟き考え込む。
「あ、えっと。動画で知っただけで、詳しい事は分からないぞ?」
眉間に皺を寄せて考え込むアルは、聞き慣れない"動画"と云う言葉に、首を傾げる。
「あー 動画。てのは――」
松田の動画とリプレイ動画等の説明に、「ふむ。ふむ」と呟きながら、コクコク頷くアル。
「いんたーねっと。ニコニコどーが。に、ゆーちゅーぶ。か、人間の歩みは凄まじいな......」
神代の時代から人を護り続けるアルは、人の可能性の凄まじさに、心底、感心した様にそう呟く。
「それで、何処に行くんだ?」
そんなアルの心境を全く理解できない松田が、どーでも良さそうな態度で、そう言った。
「ん、そうだな。では、ガグやガーストの前で無防備な姿を見せ、襲わせてから、返り討ちにするぞ」
「え? ナニそれ? 怖い」
「なんの為に、魔法の森で、この様に無防備な姿を晒して居ると思っている?」
「え?」
恐る恐る、後ろを振り向いた松田の目に――
全長6mの巨体で、顔面を縦に裂くように口。1つの肩から腕が2本――両肩で4本のゴツい腕が生え。全身が深い緑色の鱗の様なモノに覆われた怪物。
クトゥルフ神話の神話生物――ガグの姿が映り込む。
「往くぞ! ユージ! ガグごとき、簡単に蹴散らすぞ」
ガグを見た途端に、呆然とその場に座り込んだ松田の頬を張り倒したアルは、そのビンタで自我を取り戻し、「あっ、え?」と状況を飲み込もうとしている松田を、マギウス形態に変身させた。
「きゃつを倒せ。できねば死ぬぞ」
冷徹に告げられた言葉に、松田が吼えた。「やりゃ良いんだろ!? 殺れば!!」と。
ヤケクソ気味に突っ込む松田は叫ぶ。
「必殺・轢き逃げアタッーク!」
全力でガグ目掛けて走り、ぶつかりに行った松田の頭を、ガグが無造作に掴み、高々と持ち上げる。
「くそ、離しやがれ」
そう言いながら、松田は自分の頭を掴む丸太の様な手を、叩いたり殴ったりするが、ビクともしない。
暴れる松田を煩わしそうに見るガグが、一度、地面に勢い良く叩きつけると、そのまま、近くの曲がりくねった樹に、全力で投げ付ける。
「何をしている! ガグと狂信者を同列に見るでない!」
樹に叩き付けられ、ズルズルとへたり込む松田の肩に、小さくなったアルが急いで飛び付き、叱咤する。
「アイツ強すぎだろ......」
身に纏う黒いスーツのお陰で、怪我1つしていない松田の戦意は既に、尽きていた。
「なれば、二度と、我と共に戦う等と抜かすな」
人間相手の喧嘩すらした事の無い。普通の子供が、自らの意思で、化け物に戦い選んだ。逃げる事を選べたのに、それを選ばなかった。
何処にでも居る子供が、自分で戦う事を決意し。本当に立ち向かった。
狂信者と云う人間相手ではなく。一目で化け物と理解できる存在に、戦う術を知らない子供が、自分の意思で挑んだ。
それは、無謀であり、蛮勇。
しかし、邪悪を撃つ為に、邪法によって作られた、魔道書が傍らに有ったなら――
それは、無謀でも蛮勇でもない。
「ダメだ。戦う。理由とか、自分でも分からないけど......それでも、俺は、アルと一緒に戦う」
ゆっくりと近付いてくる死の恐怖。神話生物ガグを、怯えながらも睨み付け、恐怖に震える体を無理矢理に立たせた松田は、拳を握り込む。
「我が主。所持者よ。これが最後だ。今、逃げれば、駒王町の中でなら、平穏に暮らせるやも知れんのだぞ?」
「俺は、戦う。怖い思いして、後悔するのは分かりきってる。まともな死に方しないんだろうけど、それでも! 戦う!!」
恐怖に怯え震えながらも断言した松田に、アルは何処か悲しげな笑みを浮かべる。
「良いだろう。そこまで言うのならば、共に往こう。我が主よ」
その言葉に、「応!」と言い残した松田は、また、ガグに向かって全力で走り出し――ガグに殴り飛ばされ、スタート地点に戻される。
「やっぱ、アイツ強すぎだろ......」
ご丁寧にも、樹に叩き付けられ、ズルズルとへたり込んだ松田に、「学習能力が無いのか。汝は......」とアルが呆れ返る。
「聞け、ユージよ。マギウスとは、魔術を行使する者をさす」
呆れた口調でそう言ったアルに、「フツーの高校生は、魔術なんて使えねーんだよ!? 無茶言うな!?」と叫び返す。
「なんの為に我が居ると思っている。我は最強の魔道書・アルアジフ偽書ぞ?」
すっかり忘れていた事を、思い出した松田が「あっ」と間の抜けた声をあげる。
「ユージ1人で戦う必要など無い。我とユージで戦うのだ。"汝が何度も言っていた"ようにな」
何度も"一緒に戦う"と言っておきながら、1人で戦おうとした松田は、「やっぱ、俺はバカだわ」と呟く。
「どうすれば、勝てるんだ?」
ゆっくりと立ち向かった松田は、余裕を見つける様に立ち止まっているガグを見ながら、アルに問い掛ける。
「幸い。ユージの蛮行によって、きゃつは此方を完全に侮っておる。なれば、策も決まり易かろうさ」
ニヤリと笑ったアルが、松田の耳元に小さな全身を寄せると、ゴニョゴニョと耳打ちをすると、松田は確りと頷く。
「往くぞ! アル!」
「応よ! おもいっきり往け! ユージ!」
自分の言葉に、肩に乗っているちびアルが応えると同時に、松田は全力で走り出す。
松田を、完全に侮っているガグは、緩慢な動きで拳を振り上げ、その間合いに無防備に飛び込んで来た松田に振り下ろす。
「ニトクリスの鏡よ!」
ちびアルの声。そして振り下ろされた拳。
「来い! バルザイの偃月刀!」
振り切られた拳が、不可視の鏡"ニトクリスの鏡"を破壊し、砕かれた鏡の破片が、ガグに襲い掛かる。
「やれ! ユージ! 叩き斬れ!」
完全に侮り、反撃は無いと思い込んでいたガグは、予想外の反撃をまともに受けて、その動きを止めてしまう。
「応!」
身を屈め、ガグの応える拳をやり過ごした松田は、魔術で呼び出したバルザイの偃月刀を両手で握り締め、全身を捻りながら立ち上がる勢いを利用して、バルザイの偃月刀を下段から上段へと振り上げる。
「やった......勝った。けど、殺したんだよな。俺」
左脇腹から右肩で両断され、息絶えたガグを見下ろした松田は、マギウス形態のままで、ガグを切り殺した、バルザイの偃月刀をジッと見詰めていた。
「そうだ。我とユージで、こやつを殺した」
ちびアルの言葉に、松田は渇いた笑みを浮かべる。
「命はさ、やっぱり、命なんだよな」
「そうだ。だが、こやつらと人間は共存できん。こやつは人間は食らう。利用する。ならば、排除するしかなかろうよ」
松田の肩から飛び降りたちびアルが、元のサイズに戻ると、松田の格好も元の服装に戻る。
「ユージよ。これは、生きる為の戦いだ。人が人として生きる為に避けられない。そんな戦いだ。だから、殺す」
告げられた言葉に、松田は自分の手を見詰めながら、手を開いたり閉じたりを繰り返す。
「人が人として生きる為の戦い。か、いらないよ。そんな大義名分」
松田の言葉に、アルは怪訝そうな表情をする。
「アルと一緒に戦う。て、決めた。その為に、命を奪うし、殺す。俺は、それで、いいや」
ある意味で、トンでも無い事を言っている自覚が無い松田は、まっすぐにアルを見て、はっきりと口にした。
「一緒いこう。最後まで」
その言葉に、しばらく呆然としたアルは、漸く、松田の言葉を理解して、「う......えっ?」と溢す。
「上? なんもないぞ?」
アルの言葉を聞いて、天を仰ぎなからそんな事を言った松田の様子に、「ああ。こやつ......天然の女誑しか」とアルは小さく小さく呟いた。
「何をバカみたいに天を仰いでおる。当ての無い旅も、鍛練の一つだ」
「上。て、言ったのはアルだろ」
「ふん。時間が無いのだ。ドリームランドに訪れたのは十二時。現実世界の一時間は、ドリームランドの一週間だ。なれば、明日の学校に遅刻しない為に六時間に起きる必要がある。つまり、後、六週間しか滞在できん。先を急ぐぞ」
そう言って、スタスタと歩き始めるアルに、松田が「おい。待てよ! こんなヤバい所に一人にしないでぇ!?」と、慌てて駆け寄る。
「精々、覚悟しておけ。徹底的に鍛えてやる」
「うへぇ。初心者なんだから、少しは手加減してくれよ」
そんなやり取りをしながら、一人と一冊は魔法の森を後にした。
その後、起きる時間が一時間もずれて、朝起こしに来た松田の母親に、ベッド上で、服のはだけた幼い少女を自分の上に乗せて、抱き締めながら眠っている光景を目撃され。
その報告を聞いた父親が、家庭の事情で仕事を休み。
母親が、高校に、家庭の事情で休む事を連絡して。
緊急家族会議で、朝から昼まで散々、責められ叱られて、自分の信用の無さを嘆いていると、アルが「だぁー!! 少しは、自分の育てた息子を信じぬかぁぁ」とプッツンして。
なんやかんや。すったもんだ。の結果。
なんとか両親を説得した松田友治とアルは、晩御飯のお使いに出ていた。
「ねぇ? 貴方。アルちゃん。良い子よね? 友治の為にあんなに必死になってくれて」
「ああ。まさか、友治の為にあんなに怒ってくれる女の子が現れるとはなぁ......」
「アルちゃん。今、10才なのよね?」
「友治は17か」
「7才差なら、普通ね」
「問題無いな」
「私、頑張るわ」
「ああ。俺も、それとなく、動くよ」
「まずは、アルちゃんの部屋を潰して、友治と同じ部屋にしましょう」
「............ やり過ぎ無いようにな?」
「大丈夫よ。ちゃんと分かってますから」
そんな両親の会話を、松田友治とアルは知る由も無かった。
名の知れぬ人物が書いた魔道書は、沢山、世界にばらまかれました。
ちなみに、アルアジフ(原典)とナコト写本(原典)とかは、この世界に存在しません。
この世界の力有る(精霊着き)魔道書の殆どは、名の知れぬ人物(生産チート系転生者)が書いた魔道書群です。
ソロモン王とか、クローリーとかが書いた力有る魔道書も存在しますが、鬼機神招来できません
アルアジフ偽書は全部で3冊。ナコト写本偽書も全部で3冊。
その他、クトゥルフ系魔道書は各5冊つづ。
最もオリジナルに近い、無銘祭祀書は1冊のみです。
更に言えば、本編に登場したアルちゃん以外は、人間を憎み嫌悪しています。仕方無いね!
しかし、殆どの魔道書は、人間に関わらない方向で絶賛ニートしてます。
ですが、最強のアルアジフと最強のナコト写本偽書は、「人間は滅べ」思考で暗躍していて、全魔道書の中で最強の無銘祭祀書は、"世界で遊ぶ"事に夢中です。
本編のアルちゃんは、実は、アルアジフ偽書の中で最弱だったりします。