転生者達のせいで原作が完全崩壊した世界で   作:tiwaz8312

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 本作における、天使と悪魔と堕天使の主張

 天使の主張
「悪魔は冥界から出てくるな。人間と他所の勢力に迷惑を掛けるな。いい加減にしないと、本当に滅ぼすぞ。後、堕天使は早く帰ってこい。仕事が忙しすぎて、神器の説明とか十分にできないだろうが。神器が不要? 何を言ってるんだ? 対クトゥルフ勢力の切り札として役に立ってるだろ。そして、和平なんて誰がするか」

 悪魔の主張
「天使はモンスターをどうにかしろ。被害が甚大なんだぞ!? 堕天使は転生悪魔を連れ去るのをやめろ! 確かに彼等・彼女等は此方の犯罪者の被害者だけど、此方の法に照らし合わせて対処して、ちゃんとケアとかしないといけないんだよ! だから、さっさと返してくれ! 後、戦争したら確実に滅んじゃうから、和平してください」

 堕天使の主張
「天使は神器の運用を止めろ。悪魔は悪魔の駒の運用を止めろ。人間を見てみろ! 惨劇と悲劇だらけだろーが! 神器なんて無くても人間は自力でやっていけるんだよ! いらないんだよ、神器なんてな! クトゥルフ勢力? 俺達が肉盾になれば良いだけだろーが!! 後、悪魔は悪魔の駒使った後、元の種族に戻れる様に研究しとけよ! 無理矢理に転生悪魔に成らされた被害者救済手段ぐらい用意しとけ! 和平? なら、悪魔の駒の資料と現物の悪魔の駒。神器に関する資料とかを寄越せ。そうしたら、一瞬だけ考えてやる」

 なお、堕天使人類は、冥界で細々とした生活を送っている為、拡張政策を採用している悪魔陣営よりも、モンスターの被害はそれほどでもありません。
 なによりも、ミラ三兄弟や古竜が出たら、コビさんにSOSすれば良いだけだったりします。


とある堕天使の憂鬱

 今で云うブラック企業も、真っ青になって、「もう、やめてあげてよぉぉぉ」と泣き叫ぶ。そんな天界から逃げ出す為に堕天して、「堕天した? あっそ、ダカラナニ? 目と手が有れば、仕事はできるんだよ!! 最悪、手だけでも仕事はできるんだよぉぉぉ!!」と、執拗に天使達に追い駆け廻されて。

 逃げに逃げて、神の子を見張る者(グリゴリ)と云う堕天使の組織に所属して、聖書の神がばらまいた神器による悲劇を、惨劇を、何度も目撃して。その度に自分の無力さに絶望して、神器を正しく運用しない聖書の神と天使達を憎悪して。

 グリゴリの方針で、神器保持者に接触して、その危険性と制御の仕方を、完全に理解するまで説明・特訓し。必要なら保護をする。

 それでも、膨大な神器の数に、説明と教育や保護が間に合わなくて、悲劇と惨劇は増加する一方で。

 本人が希望して家族が了承した。と云え、神器保持者から神器を取り出す人体実験を行い。それなのに、"分からない事が分かる"だけの結果に終わり続け。希望者を無駄死にさせて。その家族を悲しませて。

 それでも、歯を食いしばって、1人でも多くを助けて。惨劇・悲劇を1つでも少なくと足掻いて。

 涙を拭い。絶望を哀しみを噛み砕き。血反吐を吐く想いで走り続けた──

 そんな堕天使。レイナーレは、上司であるアザゼルの信じられない言葉に、思わず「え、嫌です」と返してまった。

「............ もう一度だけ、命じる。レイナーレ。お前は、あの駒王町に行って、兵藤一誠を始めとした"原作登場人物"が神器持ちかを確認して、適切な対処をしろ。その後、頭のイカれたエクソシストの中で、数少ない。まともなエクソシストのフリードに接触し、アーシアと云う聖女を保護するんだ」

 不機嫌そうな態度を隠そうとしないアザゼルの、「クソ忙しいのに、無駄な時間を取らせるな。クソビッチがっ」と云う副音声を聞いた気がしたレイナーレは、疲れを吐き出す様に、深い溜め息を付いた。

「絶対に嫌です。何が悲しくて、"裏世界でヤバい所は?"と聞いたら、必ず名が出る処に行かないと行けないんですか。絶対に嫌です」

 はっきりと拒絶したレイナーレに、アザゼルはこめかみを揉み解す。

「お前な......転生者の云う"原作"の設定なら、俺の為なら何でもする奴の筈だろうが.....」

 その言葉を、レイナーレはハッと笑う。

「此処ではない何処かの私と、この私は違いますから」

 一度、言葉を切ったレイナーレは、更に言葉を続ける。

「第一。黙示録の獣が封印された事が無く。地上を漫遊して、グルメ旅行記を神代の時代から執筆・出版しているのに、原作もナニも無いのでは?」

 神代から現代に至るまで、世界的ベストセラーで在り続ける。"黙示のグルメ"シリーズの著者を思い出したアザゼルは、「そりゃ、そーなんだけどな......」と呟く。

「とにかく。だ。お前には駒王町に行って貰う。断るなら、天界に突き出すぞ」

 そのアザゼルの言葉に、レイナーレは露骨に舌打ちをする。

「おい。嫌なのは分かるけどな? 上司に向かって、舌打ちをするなよ」

 不愉快だ。と云わんばかりに顔をしかめているアザゼルに、それ以上に不愉快そうな顔をしているレイナーレは、「世界有数の魔境に、赴任する事に成れば、こうもなります」と嫌そうに吐き捨てる。

 そんなレイナーレの態度に、アザゼルの眉間の皺がより深くなる。

「それから、不確定だが......魔を断つ剣が、駒王町に現れたと報告がある。アレが現れたって事は、クトゥルフ勢力が本格的に動いてるって事だ。可能なら協力して、コレを撃滅しろ」

 有り得ない追加指令に、レイナーレは更に嫌そうに顔を歪める。

「待って下さい。つまり、私は、単身で、魔境・駒王町に赴き、兵藤一誠らが"原作通り"に神器を保有しているか確認して適切に対応。その後、"原作登場人物"であるアーシアを保護。そして、クトゥルフ勢力をアルアジフ偽書と協力し撃滅」

 そこまで口にしたレイナーレは、アザゼルに向かってはっきりと口にした。「バカですか? 正気ですか?」と。

 そのレイナーレの言葉に、アザゼルが「しょうがねーだろーが。人手が足りねーんだよ」と反論する。

「それでも、ですよ。兵藤一誠達が原作通りか、どうかなんて、とっくの昔に調べられたのでは?」

 当たり前の疑問に、アザゼルは嘆息する。

「何度も調べようとしたさ。でもな? 魔境だぞ? 街が1つ吹き飛ぶような事件が平然と起こって、当たり前の様に解決される。あの魔境だぞ? それらを理由に、駒王町側の許可が降りなかったんだよ」

 深い溜め息を付いたアザゼルは、言葉を続ける。

「お陰で分かってるのは、人を使って調べた経歴ぐらいなもんだ」

 アザゼルの疲れきった言葉に、レイナーレが「そして、漸く、許可を取れた。と。ですが、あの駒王町ならば、神器の暴走も問題無く解決できるのでは?」と質問を口にする。

「確かにな。その可能性は極めて高い。しかしだ。現代のヘラクレスの件がある。天使共が余計な事をしなかったら、甘酸っぱい青春を満喫してただろうによ」

 中途半端に神器の事を教えて、制御も身に付けさせ無かった天使のせいで、恋人を自らの手で殺してしまった男を思い出したアザゼルは、拳を握り締める。

「現代のヘラクレスの様な悲劇を、繰り返す訳にはいかない。なんとしても、天使よりも早く、兵藤一誠達に接触する必要がある」

「駒王町の管理者に、丸投げは無理なのですか?」

「人材不足は、聖書陣営の中で悪魔が一番深刻だ。使える人材かきっちり見極めて、使えるなら、神器発現と同時に、引き込むつもりなんだろーよ」

 嫌悪感を隠さずに吐き捨てたアザゼルに、レイナーレが「可能性は高そうですね」と頷く。

「とにかく、頼んだぞ。俺は──神器摘出と転生悪魔を元に戻す研究を、少しでも進める」

 聖書陣営によってもたらされた、人類を苦しめる惨劇の原因の排除。その為の研究に、心血を注いでいるアザゼルの言葉に、レイナーレは「仕方ないですね」と溢した。

「ですが、私1人では無理です。万全を期すならば、コカビエル様の派遣を」

 しれっと、グリゴリ最大最強戦力を要求するレイナーレに、アザゼルは「無茶を言うなよ」と溜め息を付いた。

「あのなぁ......アイツは名前だけの在籍なんだよ。知ってんだろ? それぐらい」

 ムリムリと、右手をパタパタさせているアザゼルの姿を、レイナーレは冷たい目で見る

「死にますよ? 私。あんな頭の可笑しい街で、私程度に何ができると?」

 言外に"死んでこい"と言っている上司に、レイナーレは絶対零度の視線を向け、そんな部下の様子に、その上司アザゼルは苦笑する。

「ナニも矢面に立てなんて、言ってねーだろ? 向こうの許可は取ってる。なら、サクッと、神器の有無の確認して対応。アーシアを保護して、アルアジフ偽書のサポートを最低限するだけで良い。そうすりゃ、クトゥルフ勢力をアルアジフ偽書が撃滅してくれるさ」

 気軽に言ってのけるアザゼルに、ぶん殴りたい衝動を押さえながら、レイナーレは「死ねば良いのに」と、アザゼルに聴こえる様に呟く。

「お前なぁ? 上司だぞ? 偉いんだぞ? 少しは敬えよ?」

 こめかみを引き吊らせているアザゼルの言葉を、レイナーレはガン無視する。

「拒否権は無い様なので、駒王町に赴任します」

 そう言った後、「ドウカンガエテモ、トオマワリナ、ジサツデスガ」とボソリと呟いた。

 

 不在の間の仕事等を部下に任せ、渡された資料を読み込み、兵藤一誠達が"原作"から掛け離れている事に安堵し、嫌々ながらも、駒王町に辿り着いてしまったレイナーレは、管理者であるリアス・グレモリーとソーナ・シトリーと面会の為に、駒王学園に訪れていた。

 一見、平和そうな街並みの裏で、自分を容易く滅する事のできる実力者が犇めいて居る現実を知るレイナーレの目は、完全に濁っていた。

「ふふ。ドイツ・イギリス・インド・中国・アメリカ。そして、日本。なんで、人間て、こんなに頭が可笑しいのかしらね......」

 任務で赴いた事のある──実力者なら、下級悪魔どころか、中級悪魔すら、素手で薙ぎ倒し。上位実力者なら、上級悪魔や最上級悪魔も相手取れる。そんな人間が平然と生活している国々を思い出したレイナーレは、その中でもヤベーと有名な魔境に、赴任してしまった現実に絶望していた。

 

 事前に連絡を入れてアポを取っていたレイナーレは黒のスーツで身を包み、案内役の塔城白音が来るまで、濁った目で接触しなくては成らない一誠達を探すが、下校時間が大分過ぎている為に見付けられず、とりあえず、資料に書かれていた一誠が通う亀仙流道場に行く事を決意する。

『大丈夫よ。亀仙流は穏健派。問答無用で襲われる事は無いはず』

 葉隠の様な"日本に仇なすモノは、この命と引き換えにしてでも滅する"なんて、ヤバい思想を持たない事を知っているレイナーレは、心の中で『大丈夫。大丈夫』と何度も自分に言い聞かせる。

 

「初めまして。案内役の塔城白音です」

 駒王学園の校門で、必死になって自分に『大丈夫』と言い聞かせていたレイナーレの前に、白髪ショートの小柄の少女。制服姿の白音が現れ、ペコリと頭を下げる。

「初めまして、グリゴリのレイナーレです」

 日本式の挨拶に載って、レイナーレもペコリと頭を下げた。

「それでは、リアス様とソーナ様の元にご案内します。着いて来て下さい」

 白音の畏まった言葉遣いとピンとした姿勢に、『最近の悪魔は教育に力を入れてるて、聴くけど......本当のようね』と、内心で感心しながら、レイナーレは笑みを浮かべる。

「ええ。お願いするわ」

 

 白音の案内でリアスとソーナが待つ、生徒会室に辿り着いてたレイナーレは、無駄話(悪魔の情報)を一切話さずに案内した白音に感心しながら、白音の先導で生徒会室に入った。

「この度は、滞在の許可を頂き、ありがとうございます」

 リアスとソーナが、席に着いている事を確認すると、レイナーレはそう言いながら頭を下げる。

「此方こそ、前任の頃から待たせてしまい。申し訳ありませんでした」

 リアスが代表してそう言うと、リアスとソーナは軽く頭を下げ、リアスの目配せで白音は退室する。

 その様子に、レイナーレは内心で『成る程。ただの人質──お飾りでは無い可能性は高いわね』そう分析し、目の前の管理者達に気付かれない様に、慎重に二人を観察し始める。

 悪魔側が、日本神話側に頭を下げて借り受けている研修場所であると同時に、「我々、悪魔は敵対するつもりはありません。この悪魔はその証です」と差し出された人質を留め置く地。

 その側面を知るレイナーレは、『前任の様な騒動を起こさないと良いのだけど』と心の中で溜め息を付く。

 前任のクレーリアが原因の"クレーリア騒動"の全容を、ある程度とは云え知っているレイナーレは、吐き出そうに溜め息を、グッと我慢した。

 

 クトゥルフ勢力の流したゴシップに踊らされて、狂信者に唆され、知っては成らない事を知ってしまって。

 狂信者に唆された様々な組織が「今までの怨み晴らしたらぁぁぁ」と全力で暗躍して。

 駒王町の頭の可笑しい戦力が、その対応に追われる程の騒動に成って。

 その騒動の裏で、邪神召還の大規模な儀式が行われていて。

 ギリシャの聖闘士が阻止したと思ったら、「この二人の身柄は、聖域で預かる。文句が有るなら、何時でも相手になる」と、原因をギリシャの聖域に連れ去って。

 賠償請求先に困った日本側の「お前が寄越した管理者兼人質が原因だから、銭を寄越せや」の恫喝に、悪魔がガン泣きをしながら「一年予算の5割とか、無理なのぉぉぉ」と泣き叫ぶも、「払わなかったら......どうなるか、分かるよな?」の最終通告に、悪魔側の最終交渉役のゼクラムが引っ張り出され「やっぱり、儂か!? 儂なのか!? 楽隠居ぐらいさせろ!!」との必死の交渉の末に、一括決済を1500年ローンに変更させて、辛うじて首皮1枚繋がった。

 

  そんな事情を知らない──ただ、クレーリア達の"駆け落ち"が原因の騒動の責任で、巨額の賠償金を払う事に成ったと知らされている二人は、現政権から送られてくる雀の涙程度の運営資金を「足りないっ! 圧倒的に足りないっ!!」と言いながら、株やfxで一喜一憂しながら増やして必死に運営してたりする。

 

「それでは、駒王町での活動内容ですが、神器保有者の捜索と、その保有者の神器に関する教育。及び、必要なら保護。そして、教会の過激派からの亡命者の保護と、アルアジフ偽書の支援。以上で間違いはありませんか?」

 そんな頑張りを全く表に見せないソーナが、確認の言葉を口にし、その言葉にレイナーレは無言で頷く。

 レイナーレの肯定を確認したリアスが、管理者の責務を果たす為に、「では、取り交わした締約通りに」と口を開く。

「神器保有者発見の折は、こちらに報告。また、神器保有者を強制的に堕天使陣営に組み込まない。駒王町で無用な騒動を起こさない」

 リアスが言葉を切ると、此処からが本題だと云わんばかりに、リアスとソーナが真剣な表情になる。

 上司であるアザゼルから、それ以外の締約が有るとは聞いていないレイナーレは、困惑しながらも、管理者が二人揃って真剣な表情に成る程の条件に、唾を飲み込む。

「イッセーを誘惑しない事!! 絶対に色目を使ったり、良い雰囲気に成らない事!!」

「匙くんをその爆乳でたぶらかさない事!! なんなのですか? スタイル良くて? 爆乳で? 年上で? いかにも"私、仕事できます"キャリアウーマン風で? なんで、匙くんの好みドストライクなのですか!? AAカップの何が悪いと言うのですか!?」

 そう言うと、ソーナは机に泣き伏し、リアスが泣き伏したソーナに「育乳ブラに期待しましょう。サプリメントも試してるのよね? 大丈夫よ。努力はきっと報われるわ」そう言いながら、その背中を優しく擦る。

「そう思うなら、その胸を半分ください......」

 シクシクと泣くソーナと、慰めつつ「ごめんなさい。イッセーは巨乳スキーなの......」と断るリアスの姿に、レイナーレは想定していなかった事態に困惑し、「えっ? 神器じゃなくて、本人狙い?」と、迂闊にもそう呟いてしまう。

 その呟きを聴き逃さなかった二人の恋する乙女が、一斉にレイナーレを真顔で見詰めた。

「イッセーが神器持ち?」

「匙くんが神器持ちなのですか!?」

 肉食獣の様な目をして、物凄い勢いで食い付いてきた二人に、原作知識が無い事を察したレイナーレは、自分のやらかしに内心で舌打ちしながら、どう動くか考えながら「あくまでも、その可能性があると云うだけですが」と、平静を保ちながらそう言った。

「なら、イッセーの確認は私が受け持つわ」

「私は、匙くんを受け持ちます」

 邪な下心が透けて見える二人の管理者に、レイナーレは、そうきたか。と、こっそりと溜め息を付く。

「神器保有者の捜索は、私の任務です。お二方は、管理者としての責務を果たしてください」

 言外に"邪魔をするな"と伝えたレイナーレに、恋する乙女達は食い下がる。

「いえ、駒王町は広いわ。一人では大変でしょう?」

「その通りです。管理者として、協力は惜しみません。ええ、惜しみませんとも!」

 はっきりと、顔に"想い人と二人きりの時間!!"と書かれているリアスとソーナに、内心で『えっ? ナァニこの子達。必死過ぎない?』と軽く引きながら、レイナーレはどうしたものかと考え込む。

 

 いっそ、"ハイスクールD×D"の原作知識を教えて、二人の行動を抑制・制御する。

 却下。「つまり、運命の相手なのね!」と、暴走しかねないし、悪魔側も原作知識持ちは、ゼクラムを始めとして存在するが、教えていないと云う事は、なんらかの思惑がある可能性が高く、余計なイザコザの元に成りかねない。

 

 兵藤一誠と匙元士郎を二人に任せる。

 却下。何が悲しくて、肉食獣にエサを与えなければ成らないのか。原作通りの兵藤一誠(性犯罪者)匙元士郎(デキ婚狙い)なら「お好きにどうぞ、ご勝手に」と言うが、資料が正しければ──

 この世界の兵藤一誠は、自分の性欲を制御しようと頑張り。自分のした事を正しく認識して悔い改め。真っ当に生きようとしている。

 匙元士郎は、13歳の時に両親を交通事故で喪いそうになるも、偶々通り掛かった自衛隊員に救助され、その結果、将来の夢が陸上自衛官もしくは特別救助隊員。そして、その夢を叶える為に邁進している。

 そんな、将来有望な青少年達の横で、大きくなったお腹を擦っているリアスとソーナを見たら、死にたくなるから、絶対却下。なにがあろうと絶対に却下。

    

 決して。天使時代は、信徒と悪魔のやらかし解決に追われ。堕天してからは、悪魔の駒と神器が原因の問題対処に追われ続け。その結果。未だに純潔を守り続けていて、出会いなんて無かったのに、その原因の片割れである悪魔。それも、自分より年下の小娘がゴールインするのが許せない。とかじゃないのだ。絶対に、ないのだ。

 

 理論的・論理的に結論付けたレイナーレは、二匹の肉食獣に対して「その為の、長期任務ですから。御心遣いだけ戴きます」そう告げると、断られると思っていなかったリアスとソーナが「「えっ」」と声を上げる。

「待って下さい。私達の将来が懸かっている事なんです。シトリー家の存続の危機なんです!」

「このままだと、医道バカ(ライザー)と本当に結婚をするはめになってしまうの! 寄生虫とか感染症とか奇病・難病の展示会をデート先に選ぶ男なんて嫌なのよ!」

 必死に食い下がる二人の勢いに気圧されたレイナーレは、思わず半歩後ずさる。

「いかにもモテそうな! 男性が選り取り見取りな! 貴女には、私の苦労が分からないのです! 姉がセラフォルーと云うだけで、婚約を全て断られ、腫れ物扱い・地雷物件として扱われる私の苦労が! やっと、やっと、出会えたんです。私に優しくしてくれる。腫れ物扱いしない男性──匙くんに! 彼を逃せば、私は恐らく一生独身。そうなれば、シトリー家は断絶なのです......」

 一気にそう捲し立てたソーナは、俯いて、自分の胸を両手でソッと包む。

「最も、彼は、巨乳でスタイルが良い年上で頼りに成る女性が、好みなのですけどね......」

 自傷気味に、ソーナがフッとなんとも言いがたい笑みを浮かべる。

「ソーナ。頑張りましょう。あのハウツー本にも、書いてあったでしょう? 私達には、最終手段──お酒と薬で既成事実作って、できちゃった結婚。が有るわ。だから、きっと、大丈夫よ」

 衝撃的過ぎるリアスの言葉に、レイナーレが目を見開いて固まった。

「そうですね......最悪は、最終手段に頼りましょう」

 暗い目をしているソーナに、リアスはゆっくりと頷く。

「待ちなさい!? あなた達、ナニを言ってるの!? いえ、それ以前に、ナニをしようとしてるの!!」

 リアスの衝撃問題発言から復帰したレイナーレが、二人のやり取りにストップをかけた。

「イッセー完全攻略よ」

「匙くんとの明るい家族計画です」

 爛々と燃える目で言い切った駒王町の管理者二人に、レイナーレは頭を抱えたくなるのを我慢すると、頭のネジが緩んだリアスとソーナを睨み付ける。

「私には、犯罪計画にしか聞こえなかったわよ!」

 その言葉に、二人はキョトンとした表情を浮かべ、はっきりと言い切った。

「バレなきゃ犯罪じゃない。と書いてあったわ」

「バレなきゃ犯罪じゃない。と書いてありました」

 リアスとソーナが放ったトンでもない言葉に、レイナーレは唖然として「は?」と返してしまう。

 そんなレイナーレの様子に、怪訝そうな──なんで、こんな当たり前の事を知らないんだろう? と言わんばかりの表情を浮かべたソーナは、近くに置いていた鞄から一冊の本を取り出し、ペラペラとページを捲って、目当てのページを見つけると、レイナーレにスッと差し出す。

「ここに、"バレなきゃ犯罪じゃない"と明記されています」

 細く白い指で、ここです。ここ。と、無言で指差している箇所をよく読む為にズカズカと近付いたレイナーレは、本当に"バレなきゃ犯罪じゃない"と明記されている現実に立ち眩みを覚えた。

「ちょっと貸しなさい」

 衝撃の連続で、リアスとソーナが立場上は上と云う事を忘れたレイナーレは、ソーナから件の本を引ったくると、突然の暴挙に唖然としている二人をよそに、ペラペラとページを捲り、後書きの"なお、この本はジョーク本であり、決して犯罪教唆を目的としたモノではありません"の一文を読むと、手に持つジョーク本を勢い良く床に叩き付けた。

「そう云う大切な事は、表紙に書きなさいっっ!!」

 大切な恋愛ハウツー本を床に叩き付けられたリアスとソーナが、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、暴挙に及んだレイナーレに文句を言おうと口を開く前に、レイナーレが二人をキッと睨み付ける。

「貴女達。まさかとは思うけど、この悪質なジョーク本を真に受けていないでしょうね?」

 聞き慣れない"ジョーク本"と云う単語に首を傾げた二人の仕草に、レイナーレは軽い目眩を覚える。

「待って。貴女達、ジョーク本て、知ってるかしら?」

 その質問に、駒王町の管理者として、なによりも、恋する乙女として、大切なハウツー本を床に叩き付けた暴挙を追及せんと二人は口を開く。

「そんな題名の本なんて知りません。それよりも、この暴挙について説明して下さい」

「知らないわ。そんな題名の本なんて。それより、その本は、私が、ソーナにプレゼントした本なの。それを粗末に扱うなんて......どう云うつもりかしら?」

 怒り心頭な二人の言葉に、自分から面倒事に首を突っ込もうとしている事を理解しつつあるレイナーレは、『なんで、私がこんな事しなくちゃいけないのよ......』と思いながら、深い溜め息を付く。

「ジョーク本とは、作者が冗談半分に書いた本。もしくは、ジョークを集め書き綴った本よ」

 レイナーレの言葉に怪訝そうな表情をしている二人に、床に叩き付けた本を拾い、机の上にジョーク本の後書きのページを広げたレイナーレは、"なお、この本はジョーク本であり、決して犯罪教唆を目的としたモノではありません"の一文を指差す。

「ほら、ここに、ジョーク本て書いてあるでしょう?」

 その一文を読んだ二人は、目を見開いて固まる。

「で、この本を真に受けて、やらかしてないでしょうね?」

 その言葉を聞いて、目を反らしたリアスとソーナに、レイナーレは怒鳴り声を上げたい気持ちをグッと我慢する。

「貴女達......自分の立場を理解しているの? この本を実践したらスキャンダルなのよ?」

 自分の赴任中に問題を起こすな。そう言っているレイナーレに、リアスは勝ち誇った様に胸を張り、勝ち気な笑みを浮かべる。

「スキャンダル? なる訳がないわ。私達は、駒王町の土地神の許可を得ているのよ」

 フンス。とドヤ顔をしているリアスに追従する様にソーナが言葉を続ける。

「私達は馬鹿ではありません。人質としての役目も理解しています。ですから、ちゃんと、猿田彦命(サルタヒコノカミ)から恋愛許可書を戴いています」

 何処からともなく取り出した一枚の紙を、ソッと机の上に置いたソーナは、リアス同様にドヤ顔をしていた。

「はぁ!? ちょっと、嘘でしょ!? このジョーク本を見せたの!?」

 しっかりと二人が頷いたのを見たレイナーレは、身を乗り出して、差し出された紙を覗き込むと、その紙には──

 

 なんか面白そうだから、おーるおーけー。

 リアスちゃんとソーナちゃんの、恋愛に関するあらゆる行為を許しちゃいまーす。

 盗聴も盗撮も夜這いも、何でも好きにしていーよー。

 猿田彦命の名を元に、全て許しちゃいまーす。

 イケイケ。ドンドン。パフパフ。

 あ、仲人は任せてね?

 

「ナニよ......これ......」

 頭の悪すぎる文章に偽物を疑うも、間違いなく猿田彦命の書いた物だと示す印に、レイナーレの目が暗く濁った。

「フッ。これで、わかったでしょう? 私達は日本神話勢力の許可を貰っているのよ!」

 胸を張り、ドヤ顔をしているリアスと、その横で頷いているソーナを見て、レイナーレは崩れ落ちそうになる体に活を入れて、リアスとソーナ(おバカたち)を睨み付ける。

「ナニやらかしてんのよ!! このおバカどもぉぉ!!」

 その言葉に、リアスとソーナが口を開く前に、レイナーレが更に言葉を続ける。

「そこに座りなさい! 貴女達がやらかした事が、どう云う事か説明してあげるわ!」

 気迫に押され、トスンと椅子に座ったリアスとソーナに、レイナーレが鬼の様な形相を浮かべながら、二人のやらかしの説明を始める。

「まず、一つ。日本神話勢力に、そのジョーク本を真に受けている事を教えた事。言っておくけど、この時点でスキャンダルよ」

 ピンと人差し指を立てているレイナーレの言葉に、リアスとソーナが、「「えっ」」と声を揃えて反応する。

「当たり前でしょう。ジョーク本を真に受けて、その許可を申請してるのよ? 幾ら掛かったのか知らないけど、どう考えても、立派なスキャンダル。しかも、実践しているから、冗談とかの言い訳もできない」

 消沈してボソッと、「二人で100万もしたのに......」と呟いたリアスの言葉を無視し、レイナーレは人差し指に続き中指を立てる。

「次に、ジョーク本を実践してる事。どの程度、実践してるか知らないけど、犯罪はばれなくても犯罪。だと知りなさい。当然、これもスキャンダル」

 ガクリと頭を垂れた二人に、追い討ちを掛けるように、レイナーレは薬指を立てる。

「3つ目は、リアス・グレモリーは婚約者がいる身でありながら、その婚約を破棄する前に、他の男性に熱をあげている事。そして、ソーナ・シトリーはそれを知りながらソレを黙認。これも、スキャンダル」

 頭を垂れて消沈している二人に、内心で『世間知らず箱入り娘て、書いてあったけど......限度と云うモノがあるでしょうに......』と思いながら、レイナーレは深い溜め息付いた。

「それに、兵藤一誠と匙元士郎に、そのジョーク本に書かれている事を実践してるとばれたら、確実に嫌われるわよ」

 その言葉を聞いた途端に、勢い良く顔を上げた二人の表情は悲壮感に満ちた、今にも泣き出しそうなモノで、その表情を見たレイナーレは乱暴に自分の頭を掻きながら、「なんで、私が......」と小さく呟く。

「とにかく、この件を穏便に済ませたいなら、上に報告して、大人しく怒られなさい。そして、二度とジョーク本を実践しない事。分かったね?」

 つい、天使の本分を果たす為に助言をしてしまったレイナーレに、ソーナが恐る恐る小さく挙手をした。

「あの、駒王町では、小さな火種が災害に成る事は理解しています。ですが、私達のこの行動が火種に成るとは思えないのですが......」

 往生際の悪い言葉に、青筋を伴った笑みを浮かべたレイナーレを見て、リアスとソーナはソッと視線を反らす。

「火種に成らない? 成らないなら、成るようにするだけでしょう? クレーリア騒動を忘れたのかしら?」

 真相を知らないリアスとソーナは、駆け落ちさえしなければ大丈夫。と、呑気に考えていた。その甘い考えをレイナーレが真正面から否定する。

「例えば、兵藤一誠や匙元士郎を殺害して遺体を隠す。そして、貴女達にこう囁くの「欲しくないか?」て。悪魔の駒を使えば蘇生できるでしょう? 全てを失うけど、愛しい人は生きている。もしかしたら、別の蘇生方法を提示される可能性もあるわね」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかったリアスとソーナは、その言葉を理解し、その身を凍らせる。

「他には......そうね。兵藤一誠と匙元士郎の周りを消していく。そして、兵藤一誠と匙元士郎に「憎くないか? お前の大切な者を奪ったのは、リアス・グレモリーとソーナ・シトリーだ」と囁きながら、捏造した証拠とかを見せて騙す。さぞ、胸糞悪い劇になるでしょうね」

 想定どころか想像すらしていなかった内容の言葉に、リアスとソーナは息を飲む。

「まだあるわよ。世間知らずの貴女達に、恋愛成就のおまじないと称して、ろくでもない儀式を教えるの。できるだけ簡素にして、それらしく簡単な儀式なら、貴女達は信じてしまうんじゃない? ああ、日本神話勢力の者──猿田彦命の関係者を装えば、確実かしら?」

 レイナーレから吐き出される言葉に、顔色の優れないリアスが音を立てながら立ち上がる。

「いい加減にしなさい! そんな事、有り得ないわ! 前任の時よりも、結界のグレードは上げてるし、駒王町の実力者達とは友好的な関係を築けてる。なにがあっても直ぐに対処できるように、忍者だって高いお金を払って雇ってる。可能な限りの磐石な体制をひいてるのよ!」

 その言葉を、レイナーレは鼻で笑う。

「磐石な体制? なら、下水道は監視しているのかしら? 下水道からの侵入は使い古された古典的な手法の1つよ? 地下に侵入路を掘られた時の対処法は? 普段から駒王町を出入りしている一般人を装った侵入の対処は? もしくは、何らかの呪具のパーツを複数回に分けて持ち込んだ時の対処は? 普通の祭りを装った儀式の対処は? 何も知らない一般人を使った、儀式や呪具の製作や持ち込みの対処は?」

 気付いてもいなかった問題点の羅列に、ソーナも音を立てながら立ち上がり、リアスとソーナが視線を交差させる。

「リアス。私達のやらかしは、私が上に報告します。貴女は、レイナーレさんと共に問題点の洗い出しを」

「ええ、分かったわ。なんとしても、実現可能な対処法を構築してみせるわ」

 テキパキと駒王町の運営に関する資料を取り出すリアスと、レイナーレに一礼して生徒会室を出て行くソーナを見ながら、「へぇ~ やる気は有るのね。良いわ。可能な限りのアドバイスをしてあげる」そう言いつつ、『資料に書いてあったけど、それなりに頑張っているってのは、本当みたいね』と内心で満足気にしているレイナーレは、完全に天使の本分──迷える者の話を聞き、道を示し、その背を押す──要するに、頑張り屋大好き気質が、全開に成っている事に気付いていなかった。

 

 その後、ある程度とは云え、ちゃんと運営・統治できている事を褒め。

 風魔と甲賀の人件費の有り得ない金額と無茶苦茶な雇用条件に、「値段交渉や条件交渉ぐらいしなさい! 貴族は値段交渉や労働条件交渉なんてしない? ナニを言ってるのよ! 後で交渉に行くから、一緒に来なさい」と、交渉のいろはを叩き込む事を決意し。

 下水道に複数の監視カメラを設置する案や、普通の祭りに擬態した邪悪な儀式の見破る方法。定期的に魔法や魔術で地下を探査して、不審な穴を見つける方法。

 等々を教えながら、きっちりメモを取り、分からなかったら直ぐに質問をしたり、自分なりの考えを口にするリアスに感心して、徐々に興に乗ってきたレイナーレは余計な事を口走り始めた。

 

「ジョーク本を実践したら絶対にダメよ。えっ? どうしたら良いか分からない? しょうがないわね......私がアドバイスをするわ」

 

「えっ? ライザー・フェニックスとの婚約破棄の方法? 簡単よ。レーティングゲームで勝って婚約破棄すれば良いのよ。眷属が居ない? 逆にチャンスじゃない。駒王町の実力者に助っ人を頼めば良いのよ。確か、眷属が居ない場合は助っ人が認められているのよね? それに、そうする事で、統治・運営を貴女達がちゃんとできてると証明できるでしょう?」

 

「ジョーク本の件で、駒王町の管理者を辞める事になるかも? 無いわね。知ってるでしょう? 人質の側面も有るのは。だから、それなりの血筋で、それなりの能力を持つ人物じゃないといけないの。そうじゃなかったら、人質の意味が無いでしょう? だから、貴女達が管理者を続ける事に成るでしょうね。悪魔の人材不足は深刻だもの」

 

 興に乗ってペラペラと喋ってしまったレイナーレは、自分で自分の首を絞める事に気付いてもいなかった。

 超が付く程の箱入り娘達が、"貴族は、他者の手柄を横取りしない"を律儀に守り。馬鹿正直に、機密に分類される駒王町の統治・運営の書類を、初めて会った堕天使に見せて、様々なアドバイスを貰いながら統治・運営の改善策を作った。とか、自分達のやらかしに対する言及等を報告するなんて、レイナーレは思ってもいなかったのだ。

 

 そんな事を想像すらしていレイナーレは、報告を終えて帰ってきたソーナを加えて、二人の管理者に講義を続けて、その後、リアスとソーナを引き連れて、風魔と甲賀の駒王町担当の上忍達と交渉を行い、人件費を適正価格まで戻し雇用条件を改善して、やることやってから正気に戻り、『なんで、私が、あの子達の恋の応援しないといけないのよ!?』と悶絶しながら二人と別れた後で、亀仙流道場兼用の小ぢんまりとした自宅の一室で、家主である──橙色の胴着の背に丸に亀の字を刻んでいる初老の男性、駒王町支部の師範代・柳川琢磨と対面していた。

 

「一誠君が、神器保有者......か」

 レイナーレの説明を聞いた、柳川師範の苦虫を噛み潰した様な苦々しい表情と言葉に、レイナーレは『えっ、機嫌を損ねた? 下手したら殺される?』とビクビクしてしまう。

「いえ、まだ確定した訳ではありません。確認の為の調査。そして、もし、神器保有者なら、制御や危険性の説明をしたいと思っています。その為の許可を頂けたら嬉しいのですが」

 恐る恐るそう言ったレイナーレを、柳川師範は鋭い視線で射抜く。

「あの子は、苦労を背負っている子です。初めて会った時の自虐に満ちた表情を、私は今でも覚えています」

 鋭い視線を受けて、ビクビクしながらも視線を反らさないレイナーレを見て、信用できそうだと判断した柳川師範が、柔和な笑みを浮かべる。

「私では、たいしてあの子の力に成る事ができません。私にできる事など、本当にたかが知れている」

 そう言った柳川師範は深々と頭を下げる。

「神器保有者の調査。了解しました。その代わりと言ってはなんですが......あの子の力に成って下さい」

 圧倒的な力を持つ実力者が、誰が想い、歯牙に掛ける必要すらない格下に、躊躇なく頭を下げる。

 柳川師範の真摯な想いに、レイナーレは『ああ、だから、私達、堕天使は人間が好きなんだ』と再認識しながら、静かに頷いた。

「この身に、どれほどの事ができるか分かりませんが......可能な限り、兵藤君の事を気に掛けてみます。ですから、頭を上げてください」

 そのしっかりとした言葉に、柳川師範はゆっくりと顔を上げると、レイナーレの目を見ながら、「ありがとう。あの子を支えてくれる人物が増えてくれて、嬉しいよ」そう言うと、ふんわりとした笑みを浮かべた。

 

 柳川師範との会談で、神器発現を実行するさいに、神器の暴走対策として立ち会って貰う。等の約束を取り付けたレイナーレは、フリードとアーシアに会う約束の場所の下見の為に、駒王町の外れにある廃屋を訪れる。

 

「なんで、初日から、こんなにバタバタしないといけないのかしら? そう思わない?」

 ボロボロに朽ちた居間。レイナーレ以外に誰も居ない筈なのに、誰かに語り掛けるようにそう言うと、レイナーレの背後に、淡いグレーのスーツを身に着けた男が一人、スッと姿を現す。

「驚いたな。まさか、隠行を見抜かれるとは」

 その平坦な声を聞きながら、『やっぱりイター!? 一気に適正価格とか、やりすぎですものねー! でも、一人なら、運が良ければ逃げ切れるはず! 必死に逃げて、柳川師範の処まで逃げれば、生き残れるはず!!』と、成功して欲しくなかった鎌掛けが成功してしまったレイナーレは、即座に生存戦略を立てた。

「それで、何の用かしら?」

 恐怖でバクバクと云っている心臓を無視して、可能な限りの虚勢を張りながら振り返ったレイナーレに、いきなり現れた男は、深々と頭を下げる。

「この度は、我ら、風魔と甲賀の窮地を救って下さった事。感謝する」

 突然の言葉に、覚えの無いレイナーレは困惑するが、男のそんなレイナーレを無視して言葉を続ける。

「実は、リアス嬢とソーナ嬢に、交渉のいろはを実戦形式で教えようとしていたのだが......」

 

 スーツの男、曰く──

 最初は、適正価格でやっていたが、下忍からの報告で、リアスとソーナの二人が、未熟なりに、真摯に真剣に駒王町の管理と運営をしている事が分かり。

 また、土地神等の土着の存在にも十分に敬意を払って、それらを奉る祭り等も確りと執り行い、打ち捨てられた社や祠の修復や管理にも力をいれている。

 それらの行動の結果。土地神。土着の存在。打ち捨てられた社や祠に祀られていた存在から、「リアスちゃんとソーナちゃん。凄く良い子だから鍛えて上げて。それから、彼女達をぞんざいに扱ったら、ガチで祟るからそのつもりで。あ、ばれないように、こっそりとそれとなく鍛えて上げてね。ほら、あの子達、悪魔種族の貴族だし、プライドとか有るだろうし」と、猿田彦命から直々に言いつけられて。

 リアスとソーナの頑張りを知っていた風魔と甲賀は、「まぁ、お金にならないけど......彼女達も頑張っているし、鍛えやるか」と承諾して、一番未熟な交渉能力を実戦形式で鍛えようと行動を起こすも、どんなに吹っ掛けても、無茶苦茶な条件を叩き付けても、リアスとソーナは全部そのまま飲んでしまい。

 神として命を下した猿田彦命を始めとした神仏や妖怪等の怒りを買って、本当に祟られる寸前だった処に、レイナーレがやって来て、価格や条件を適正に戻してくれた事で、九死に一生を得た。

 

 平坦な声色なのに、何処と無く疲れを含んでいる事を感じ取ったレイナーレは、『あのおバカ達......』と天を仰いだ。

「と、言う訳で、我らはお主に感謝している。甲賀棟梁として、感謝の言葉と気持ちを伝えに来た次第だ」

 てっきり、上忍か中忍だと思っていたレイナーレは、大物の登場に驚き、言葉を失ってしまう。

「感謝の証。と言っては何なのだが、待ち人の追っ手は此方で処理しておいた」

 レイナーレと甲賀棟梁の二人しか居ない空間に、第三者の声が響く。

「風魔棟梁として、主に感謝する。いや、本当に助かった」

 慌てて周囲を見渡して、声の主を探すレイナーレに、甲賀棟梁が、ククッと笑う。

「この魔境・駒王町で生活するのならば、もう少し、危険察知能力を磨く事だ」

 そう言い残すと、甲賀棟梁は霞の様に姿を消す。

「お主には恩がある。何かあれば我らを頼ると良い。一度だけ、無料で力を貸そう」

 その言葉を最後に、静寂に包まれた朽ちた居間で1人佇むレイナーレは、自分の赴任中にできる限り、リアスとソーナを鍛える事を決意した。

 

 

 ソーナからのしでかした事の報告と、リアスとソーナから提出された駒王町の管理・運営の報告を受け取り、目を通して天を仰いだ現魔王サーゼクスの指示で、堕天使陣営のトップであるアザゼルとの交渉にゼクラムが駆り出され、悪魔の駒を一つと悪魔の駒に関する一部の資料と引き換えに、リアスとソーナが駒王町を去るまで、二人の教師役をするはめになる事を、レイナーレは知らなかった。

 さらに、馬鹿げた事に付き合わせてしまった事の謝罪と恋愛許可書の返却をする為に、猿田彦命の元を訪れたリアスとソーナに、猿田彦命が「返却と謝罪? しなくて良いよ。スキャンダルに成る? 火種に成る? 大丈夫。大丈夫。駒王町なら大抵の事は日常だから。へーき。へーき」と言い放って余計な後押しする事を、レイナーレは察知する事ができなかった。




 アザゼルの中では、悪魔の駒の現物一個と悪魔の駒に関す資料の一部=レイナーレ。
 レイナーレさんは泣いて良い。

 猿田彦命の後押しで、想い人の観察とか、クンカクンカを続行できるリアスちゃんとソーナちゃん。
 この件に、レイナーレさんが文句を言っても、「へー? い い ど きょ う だな」で終わってしまうもよう。

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