転生者達のせいで原作が完全崩壊した世界で   作:tiwaz8312

2 / 25
大体、此奴のせい


愚かな男

 男には前世と言われる記憶があった。と言っても誰かに誇れるような人生では無かった。はっきり言ってしまえはクズとしか言い様のない人生だった。

 五十を過ぎても絶対に働かず、たった一回もバイトをした事すらない。之と言った挫折をした訳でも、働けない理由が有った訳でもなく。ダラダラと楽をやりたい事だけをやり、したくない事は何があろうと絶対にやらない。そんな正真正銘のグズだった。

 年老いた両親の脛を齧り貪る過去の自分に会えたなら、男は殴り飛ばし怒鳴り散らすだろう。ともすればそのまま殴り殺すかもしれない。そうすれば嘗ての父親が子殺しなんて大罪を犯さずに済むのだから。

 そんな考えに至れたのは、男が二度目の生を得た処が、嘗て生きた時代より遥か昔――神秘が満ちる神代の時代。そして何よりも、明日の生活より今日の生活に悩まさせられる程に貧しかったからだ。

 今日を辛うじて生きられても、明日に僅かな希望が有るとは思えない程に貧しい村。

 必死に柵を作り、大地を耕し水を撒き、苦労に苦労を重ねて、漸く何とか芽吹いた作物が、次の日には獣に食い荒らされている。恵みを求め、山に入れば獣や魔獣に食い殺される。

 そんな、人が生きて行くには、過酷すぎる場所に存在する村。

 そんな村に男は転生した。神に会った訳でもなく、所謂転生チートも無かった。

 だが、男は腐らなかった。絶望しなかった。

 何故なら、それこそ赤ん坊の頃から見ていたから。

 父親が命懸けで集めた食べ物を、母親が食べて少しでも母乳が出るように――自分が元気に育つ様にしていた光景を。

 食べ物が食べられる様になったら、両親が食べる量を減らして、自分が飢えない様に、懸命に、命懸けで、育ててくれた事を知っていたからこそ、男は過去の自分と決別した。

  絶対に嘗てのグズにはならない。

 前世の両親にはもう謝る事すらできないが、今生の両親が誇ってくれる男になると誓った。父親が「お前は俺達の誇りだ」と、母親が「あなたを産んでよかった。産まれて来てくれてありがとう」そう言って貰える様な男に息子になると、不破の誓いをその胸に刻んだ。

 

 僅かな恵みと薪の為に出向いた直ぐ近くの林の中で、男は本当に偶々偶然に悪神ロキの祠を見つけた。そして、何となく、朧気な前世の漫画やゲームで、悪神ロキは旅人を見守る神だと云う事を思い出した男は、母親が「お腹がすいたら食べなさい」と無理やり渡してきた貴重な一切れのパンを半分に千切り、その祠に供え、神への礼儀を良く知らない男は、なんとなく片膝を地に着けて頭を垂れた。

 多少の無礼があったとしても、誠意を込めて祈り願えば、神様はきっと許してくれる。なんて甘い考えをしながら、悪神ロキに祈り願ってしまった。

「貴方様は旅人を見守る神。ならば、自分の人生と言う旅を見守って欲しい」

 これで戒めができた。自分が楽な方に逃げようとした時に、"神様が見ているんだ!"と、奮い立たせる理由ができたと安堵したその時、男は確かに聞いた。「ならば、その取るに足りない生で、私を楽しませて魅せろ。そうすれば、お前の人生と言う旅路を見守ってやろう」と言う言葉を。

 男は歓喜に打ち震えた。まさか、自分の願いが聞き届けられ、神に見届けて貰えるなんて。

 ややあって、男はどうすれば神を楽しませる事が出来るのだろうか? と気付き、必死に考えて出した答えは、"毎日捧げ物をして祈りを捧げよう"と云うものだった。

 それから男は、必死に懸命に生きた。両親に誇って貰える息子に成る為に、神が見守るに相応しい漢になる為に。

 

 月日が流れ、男が二十後半になった時には、村一番の狩人と呼ばれる存在になっていた。

 村の人達と知恵を出し合い試行錯誤の末、漫画で見た丈夫な柵を作り出した。

 何度も失敗を繰り返し、獣を追い返す罠を作り上げた。

 幾多も死に掛けながら、両親を心配させ泣かせながら、漫画やゲームで得た知識を現実に落とし込み擦り合わせ、村の周りを縄張りとする魔獣を狩り尽くした。

 男は幸せだった。こんなに幸せで良いのかと自問自答してしまうぐらいに幸せだった。

 父親に「お前は俺達夫婦の誇りだ」と言って貰えた。母親には「あなたのお陰で、村の生活が良くなったわ。生活に、少しだけ、余裕が出てきたの、ありがとうね」と、そう言って貰えた。

 こんな生活が、幸せが、これからも続いて行くと男は頑なに信じていた。

 

 ある日突然、死病が村を襲った。

 男の母親を含めた村人の半数がその死病に掛かり、このまま村と運命をともにするか、それとも、病人達ごと村を捨てるかの議論が起きる程の事態。

 誰かが言う。「村を大事な家族と友を見棄てられる訳がない」と、

 誰かが言う。「俺だって見棄てたくない! だけどこのままじゃ全滅だ! どうしようもないだろ!」と、

 喧々囂々とする村長の家の中で、男は発言する事無く黙って目を瞑って、考え込んでいた。

 ドルイドの神官が言っていた霊草さえあれば、皆が村が助かる。幸運にも霊草が自生している山は村の近く。しかし、その山は魔獣犇めく魔境。ただの人が踏み入ったら最後――生きては帰れない。運よく霊草が自生している山頂に辿り着いたとしても、そこを住処にしている雷を操る蒼い魔狼を何とかしなくてはいけない。

「俺が霊草を取ってくる」

 男はそう言い放つと、父親と周りの制止を振り切り、愛用の弓と鉈を身に着け、山へと向かった。

 一日掛けて山に辿り着き、息を殺しながら、犇めく魔獣を、必死に、懸命に、気配を殺し、姿を隠し、やり過ごす。

 ついに山頂に辿り着いた男は、山の魔境の主たる――雷を操る巨大な蒼い魔狼と対峙する。

 矢を射掛けては逃げ、姿を隠し、隙を見ては矢を射る。矢が尽きたなら、鉈で一撃を入れ、すぐさま逃げる。

 そんな戦いを繰り返し三日、男はズタボロになっていた。攻撃を喰らわないように必死に逃げ回っても、魔狼が放つ雷の残滓が男を焼いた。地面に叩き付けられた魔狼の前足が、地面を陥没させ、その衝撃で飛んできた拳大の土や石が、男の体を打ち付けたからだ。

 どんなにズタボロでも、男は蒼き魔狼を討ち取ったのだ。神の血を引かない英雄ならざる只の人の身で。

 痛む体に鞭を打ち、すぐさま飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、男は霊草を必要な分だけ集めると村に帰った。

 満身創痍の男に驚く村人を他所に、取って来た霊草をドルイドの神官に渡した男は、両親の待つ家に入った途端、ソレを察してしまった。居間で泣く父親を無視し、寝室に押し入りベッドで眠る母親を見た瞬間に、崩れ落ちた。

 結局、男は間に合わなかったのだ。

 

 父親から聞いた母親の遺言。

「産まれて来てくれて、立派に育ってくれて、本当にありがとう」

 その言葉を胸に、男は生きた。

 両親に恥じない息子で在る様に、見守ってくれている神に胸を張れる様に、男は曲がらず折れず生き続けた。

 そして男が三十前半に差し掛かる頃、三日離れた隣村から男を頼って一人の男性がやって来た。

「どうか、俺達の村を助けてくれ」

 そう言いながら必死に頭を下げる男性に、男は何も言えなかった。

 片道三日。往復で六日。しかも、相手は神をも食い殺すと云われる巨大な蛇の魔獣。どう考えても、一日で如何こうできる相手ではない。嘗て討ち取った雷の魔狼の様に、三日三晩戦い続ける事に為るだろう。全部合わせれば十日近くになってしまう。十日も村を離れる事が決断できない理由だった。

 隣村の様に、何時この村が巨大な魔獣の襲撃を受けるのか分からないのだ。それを知りながら、男は十日も村を離れる事はしたくなかった。しかし、自分を頼って来た男性を隣村を見殺しにはしたくない。そんな考えが男の決断を長引かせる。

 そんな男の背を押したのは、年老いた父親だった。「行ってあげなさい。村の事なら心配しなくていい、若い者も頼りになるし、私もまだまだ現役のつもりだ。だから安心して行って、生きて帰ってきなさい」その言葉に、男は決断し、隣村に旅立つ。

 

 三日三晩どころか十日に及ぶ大蛇の狩猟に成功した男は、隣村の感謝の言葉を背に、生まれ育った村に凱旋した。

 そして、男が見たものは嘗て故郷だった廃墟。

 男は、血相を変えてボロボロの体に鞭を打ち、生存者を――せめて誰かの遺体だけでもと、必死に探し回ったが、誰一人見つからず崩れ落ちそうになる。

「ああ、そうだ。殺さなきゃ……村を、こんな風にした魔獣を、狩らなきゃ」

 

 男は手始めに、廃墟となった村の近くに居た巨大な魔猪を狩った。次に狩ったのは、巨大なムカデだった。その次は巨大な猫。その次は亜竜。その次は……その次は……

 それは、ただの八つ当たりだった。

 村を、大切な家族を、友人達を、小さい頃から自分を見守ってくれた村人達、小さい頃から面倒を見てた子供達、それらを守れなかった男の八つ当たり。

 魔獣。ただそれだけで男は殺した。人に会わないようにひっそりと生きる魔獣を殺した。人と共に生きようとした魔獣を殺した。

 そんな旅路でも、男はまた幸せを手に入れられた。妻が子ができたのだ。しかし、男は止まらなかった。止まる事ができなかった。

 止まれる時に止まれなかった、幸せを捨てた男は――八つ当たりの旅路の果てに、ついに力尽き大地に倒れていた。

 ただ一人、孤独に死ぬ。男はそんな死に方が、どうしようもなく愚かな自分には似合っていると苦笑する。

 今にも死ぬ男の隣に気配を感じた。見えなくとも、男はそれが誰なのか理解できた。あの日から今日まで欠かさずに祈りを捧げた相手。

「ああ、ロキ様。願いを聞き届けて下さったのですね。私の人生は辛く苦しいモノだった。ですが幸せも確かに有りました。その上、貴方様に看取って頂けるなんて、私以上に幸せな人生を送った者は居ないでしょう」

 これが最後なのだからと、男は可能な限りの感謝と祈りを神に捧げる。

「愚か者め。お前の絶望は困難は全て、私が用意したものだ。お前の母の死も父や故郷の破滅も全て、私がおこなったものだ」

 嘲笑いながら告げられた言葉を、男は間違い無く真実なのだろうと理解した。なにせ相手は旅人の神であると同時に悪神なのだから、それでも、男は怒りが憎しみが湧いてこなかった。

「確かに、私の人生は苦難と絶望の連続でした。ですが、無駄ではなかった。無価値でもなかった。辛く苦しい事ばかりだったけど、英雄と呼ばれる存在になれた! 嘗ての生と違い、意味が有ったんだ! 誰かに喜ばれ尊敬される人生だった!」

 それは、男の嘘偽りの無い本音。

 嘗てと違い、絶望と苦しみの多い人生だった。でも、確かに幸せがあった。

 確かに、誰かに喜ばれ尊敬される事があった素晴らしい人生だった。

 確かにナニかを残せた旅路だった。

 何よりも、胸を張って――"俺は一生懸命生きた"と断言できる旅路だった。

「ロキ様! 俺が敬愛する最高の神様! ありがとうございました!!」

 ありったけの感謝と、精一杯の信仰と、これ以上は無い喜びを、言葉に乗せて、男は叫び、息を引き取った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。