転生者達のせいで原作が完全崩壊した世界で   作:tiwaz8312

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 チート転生者が生涯、「まだだ」を繰り返した結果の果てに、とある悪魔が超チートに成った話。

 後、レイナーレさんの苦労話です。


ゆっくりと動き出す物語

 駒王町に赴任してから二日目。

 駒王町に存在する各勢力に挨拶を終えて、グリゴリの研究チーム──アザゼルを頂点としたチート系転生者達・ずば抜けた能力を持つ天才・秀才達が、一致団結して造り上げた、神器発見用魔道具"神器絶対見付ける君 Ver.65"を片手に深夜遅くまで町を練り歩き。

 神器保有者を兵藤一誠・匙元史朗・真羅椿姫の三人に絞り込むと、即座に、五大宗家の一つである真羅に非常緊急用の連絡を入れて、五宗家の関係者である椿姫は、既に五大宗家に因って神器を発現させ使いこなしていてる事が分かり、安堵しながら深夜に連絡を入れた事を謝罪すると、原作では不遇だった椿姫が、資料通りに大事にされている事を実感しつつ、棒に成った足を休み休み動かしながら活動拠点に戻ったレイナーレは、今後の予定を大雑把に立てながら眠りに着いた。

 

 そして、三日目。

 駒王町の中央に建っている小さな一軒家。リアスとソーナから宛がわれた堕天使用の活動拠点の一室で、一誠・匙との接触。アルアジフ偽書とその所持者との接触の為に、予めリアスとソーナに協力を要請したレイナーレは、アザゼルへの定時連絡で──この世の終わりのと同レベルの深い絶望を味わっていた。

 

「あの、意味が分からないのですが」

 ガラケーを耳に当てているレイナーレは、電話先の相手であるアザゼルに、震える声でそう告げる。

「いや、だからな? リアス・グレモリーとソーナ・シトリーが、駒王町を去るまで、お前はリアス・グレモリーとソーナ・シトリーの教師役をやるんだよ」

 思わず、喉元まで出掛かった「ふざけるな! この短小野郎!!」と云う言葉を、必死で呑み込んだレイナーレは、耳に当てているガラケーを床に叩き付けたい衝動を、辛うじて我慢する事に成功した。

「なんで、そんな事になったんですか? 期限は、アルアジフ偽書が近辺のクトゥルフ勢力を撃滅。神器保有者の捜索及び教育が終わるまで。でしたよね?」

 気を抜けば飛び出そうになる暴言を、必死に噛み殺し呑み込み続けているレイナーレに、上機嫌のアザゼルが嬉しそうに笑いながら、「そんなの変更だ。変更」そう言うと、上機嫌のまま言葉を続ける。

「昨日、ゼクラムの爺さんと会談をしたんだよ。んで、お前を長期間貸し出せば、悪魔の駒の現物一つと悪魔の駒の資料の一部を此方に寄越す。て事に成ってな」

 本当に嬉しそうに「これで、悪魔の駒の被害者を助ける目処が付く」と話すアザゼルに、レイナーレは被害者救済計画の前進に喜べば良いのか。それとも、魔境に無期限滞在する事になった現実を嘆くべきなのか。昨日の今日で、即座に動かなければならない悪魔の現状を、ザマァ。と思えば良いのか。正直に正確(考え無し)に報告を上げたリアスとソーナ(おバカ達)褒めれ(叱れ)ば良いのか。物凄く微妙な気持ちになってしまう。

「流石のゼクラムの爺さんも、まさか、堕天使陣営が神の恩恵を持つ(チート系)転生者と天才・秀才の人間を大勢抱えてるとは、思っていなかっただろうな」

 喉から手が出る程に欲しかった悪魔の駒を現物と、一部とは云え資料を手に入れられて、上機嫌のアザゼルは「アイツ等は人間を舐めすぎなんだよ。ザマァねーぜ」と言葉を続ける。

「どんなに愚かで救い様の無い奴でも、きっかけさえあれば、大化けする。それが人間だってのによ」

 凄いのは極一部で、他は取るに足りない存在であり、使い捨ての資源だと、多くの悪魔がそう認識している現実を、アザゼルは嘲笑う。『そんなわけねーだろ。自称・上位種族サマ。現実を見ろよ。欲に果てに月や木星に辿り着くのが人間なんだぜ?』と、心の底から、魂の最奥から、悪魔と云う種族を嘲笑う。

「お前は駒王町でゆっくりしてろ。神器には苦戦してるけどよ。悪魔の駒なら話は別だ。相手は神じゃなくて悪魔。しかも、此方には優秀な協力者が沢山居るんだ。直ぐに解明して朗報を聞かせてやるよ」

 自身と協力者である人間達への信頼に満ちた言葉に、レイナーレは震える声で小さく「期待してます」とだけ返す。

「なんだよ。嬉しくないのか? お前は大手柄を立てたんだぞ。もっと嬉しそうにしろよ。ちゃんとボーナス出して昇進させるて言っただろ?」

 最初はボーナス+昇進が嬉しくて、嬉しさの余り声が震えると思ったアザゼルは、レイナーレの声が涙声で悲壮感に満ちたモノに成った事に怪訝そうに眉を潜める。

「では、聞きますが、リアスとソーナが駒王町を去るのは何時ですか?」

 今にも泣き出しそうな声で、解りきった事を聞いてくるレイナーレに、何が言いたいのか分からないアザゼルは首を傾げる。

「んなの、決まってんだろ? 次の管理者が決まるまでだよ。それなりの奴が見付かるまではリアス嬢とソーナ嬢が続けるんだろうよ」

 怪訝そうに『分かりきった事を聞いてきて、何考えてんだ?』と思いながら、アザゼルは言葉を続ける。

「頭を下げて借り受けといて、「管理者を派遣できません」なんて言ったら、今度こそ、借り受けた駒王町を取り上げられるだろうしな」

 内心で『そうなりゃ良いんだけどな』と思いながら、つまらなそうに吐き捨てたアザゼルに、レイナーレは「分かってるじゃないですか......」と溢す。

「つまり、私は、次の管理者が見付かるまでは駒王町に居なくてはいけない。て、事ですよね?」

 其処まで言われて、漸く理解できたアザゼルが「あっ」と呟いた。

「恐らくですが、アザゼルさま(ザマァ)に、ゼクラムの(おぎな)は話を直接持って来たのでは? シェムハザ様を介さずに」

 泣き出しそうな声に、アザゼルは「ああ、そうだ。シェムハザは忙しいから、直接、俺の処に話が来た」と振り絞る様に答える。

「ですよね。私でもそうします。それで、手土産は何だったんですか?」

 レイナーレの泣き声に、アザゼルが物凄く言い辛そうに「いや、その、旨かったぞ? それに、護衛は美人だったし......」と小さく返した。

「食べ物に釣られたんですか......女に釣られたんですか......そうですか......流石、アザゼルサマ(ザマァ)です」

 泣き声が治まり、途方も無く冷たい声に変わった事に焦ったアザゼルが「いや、本当にすまん。以後、気を付ける」そう言うが、電話越しですら感じられるレイナーレの怒気に、冷や汗を流し始める。

「今から、ちょっと天界に行って、天国にいらっしゃる奥様に会ってきますね」

 その一言で、アザゼルの喜びが完全に消し飛ぶ。

「おい。ばか、やめろ。マジで止めろ。俺を殴る為だけに、力業で天界を抜け出して此処まで来そうだから、マジで止めろ。止めろ下さいお願いします」

 浮気絶対許さないレディー。気合いと根性で大抵の事は乗り越え続けた──寿命を終えた後も、気合いと根性で「やっほー」と普通に夢の中に遊びに来る、武力チート系転生者の妻なら、それぐらいはしてみせる事を知っているアザゼルは、ガタガタと震えながら懇願する。

「それが嫌なら、今後の交渉事はシェムハザ様に一任して下さい。それから、決して、再交渉とかしないで下さい」

 てっきり、再交渉して教師役の期間を決め直すと思っていたアザゼルが「何でだよ? 期間を決め直した方が良いだろ」そう口にすると、「研究特化脳は、余計な事をしないで下さい」とレイナーレがピシャリと言い切る。

「だいたい、再交渉に漕ぎ着ける為のエサはどうするんですか? 相手は十中八九、ゼクラムの爺ですよ? 更に此方に不利な内容に成ったらどうするんですか」

 妻が死んだ後、聖書陣営のやらかしに対応する為にグリゴリを立ち上げて以降、研究一筋で交渉とか一切してこなかったアザゼルは、その言葉に何も言えずに押し黙ってしまう。

「此方は此方で、死なない様に立ち回ります。ですから、絶対に、悪魔の駒を解明して下さい」

 悲壮感に満ちたレイナーレの言葉に、少し呆れながらアザゼルは嘆息する。

「いや、そこまで悲観しなくて良いだろ? それによ、サーゼクスにはミリキャスとか云う息子が居なかったか? ソイツが駒王町の管理者をするかも知れないだろ」

 能天気な事を口にしたアザゼルに、若干イラッとしたレイナーレが有り得ないと断言した。

「現魔王の一粒種。しかも、現時点で次期魔王候補が事実上、ミリキャス・グレモリーだけ。そんな替えのきかない存在を、外に出すなんて無謀な事をしたりしませんよ」

「そりゃ、そーかも知れないけどよ。悪魔だぜ? 此方の予想の斜め上をカッ飛んで行く」

「それでも、ですよ。彼以上に魔王に相応しい能力を持つ悪魔なんて、あのリゼヴィム・リヴァン・ルシファーぐらいで有る以上、彼を外に出すなんて有り得ませんよ」

 "リゼヴィム・リヴァン・ルシファー" その名を耳すると同時に、アザゼルが盛大に舌打ちをする。

「あのクソッタレの名を、口にするんじゃねーよ」

 強烈な怒気が込められた言葉に、電話越しで有るにも係わらず、レイナーレは一瞬、身を凍らせた。

「あのクソッタレのせいで、二度も世界大戦が起きたんだ。三度目は当時の合衆国大統領が身体を張って止めてくれたから、ギリギリで阻止できた」

 その言葉に、レイナーレは『また、ですか......此方が不安に成る事を言わないで欲しい......』と内心で呆れながら『此さえなければ、有能な研究者兼ソコソコ有能な上司なのに』そう思いながら、吐き出そうになる溜め息を飲み込む。

「おい。いい加減信じろよ。世界の争乱と混乱の影には、あのクソッタレの存在が有るんだよ」

 アザゼルの熱弁──

 

 世界大戦前は、世界は協調路線だったのに、リゼヴィムが訪れた国々が一ヶ月から二ヶ月で急速に戦争体制に入った。

 第二次戦争大戦は、それまで話し合いで植民地解放に動いていた日本が、リゼヴィムが訪れてから一ヶ月で、国連脱退して、植民地を持つ国々に単独で戦争を仕掛けた。

 ソ連とアメリカの戦争回避の会談が成功に終わりそうだったのに、リゼヴィムが両国を訪れてから冷戦に突入し、何故か世界中の国々が戦争準備を開始して、あわや第三次世界大戦に成り掛けた。

 イラン・イラク戦争も、両国共に戦争回避に動いて、後少しで回避成功と云う処で、リゼヴィムが訪れてから戦争に成った。

 近代以前。中世でも、リゼヴィムがその国を訪れてから一ヶ月・二ヶ月で戦争を開始。もしくは、何らかの騒動が起こっている。

 

 等々を口にしたアザゼルに、レイナーレは一言だけ口にした。

「でも、証拠は無くて、実際に暗躍してたのはクトゥルフ神話勢力ですよね?」

 身も蓋も無い一言に、小さく忌々しげに、アザゼルが舌打ちをする。

「ああ。そうだよ。証拠が無い。魔法や魔術を使った痕跡も無ければ、国を動かせる人物に会った痕跡も無い。更に言えば、クトゥルフ勢力と接触した痕跡すら無い」

 有るのは、リゼヴィムが訪れた全ての国が戦争準備を始めて、実際に戦争をしているだけ。または、騒動が起こっているだけ。それ以外は何も無い現実に、アザゼルは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。

「アイツが訪れた国は、短期間に戦争をしている。もしくは、何らかの騒動が起こっている。いいか? 訪れた国の全てだ。そんな偶然が有るかよ」

 そう吐き捨てたアザゼルが、言葉を続ける。

「偶然、国に巣くってるクトゥルフ勢力の計画が進行している処に、アイツが訪れただけ? 一度や二度ならもとかく全部かよ? 有り得ないだろうがよ」

 苛立ちに満ちた言葉に、レイナーレは「仕方ないじゃないですか」とアザゼルに返す。

「証拠が一切、無いんです。現魔王サーゼクスに何か有った時の予備であるリゼヴィムに、明確な証拠も無しに手を出せば、堕天使と悪魔の戦争は避けられません。そうなれば、笑うのは天使です。」

 人類を見守る神である北欧の悪神ロキ。地上の守護神と詠われ、未来を見通すと云われているギリシャの女神アテナ。その二柱の協力を得ても、証拠どころか、不審な点が何一つ出てこなかった。その事を知っているレイナーレの言葉に、アザゼルは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

「分かってんだよ。そんな事は、調べれば調べる程、アイツがサーゼクスに魔王を押し付けて、世界を旅して廻っている放蕩ドラ息子で、悪さ一つしてない清廉潔白の身だって事を、理解させられてんだ」

 アザゼルの頭脳が警戒を発し続けているのだ。それでも、なお、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーは怪しい。アイツは"吐き気を催す邪悪"だと。

「証拠も無ければ、動機も分からない。ナイナイ尽くしなのは百も承知だ。俺達と悪魔が戦争をすれば、笑うのは天使。それも分かってる」

 有りと有らゆる手段。それこそ、北欧の主神オーディンに必死に頭を下げて、運命を司る三女神である──ウルズ。ヴェルザンディ。スクルド。の三柱の協力を得て、リゼヴィムの過去・現在・未来を調べ上げた。その結果は、悪魔とは思えない程に"善良な存在"と云うモノだった。

 それでも、アザゼルはリゼヴィムが危険だと断じる。

「俺は、ヴァーリやアイツの母親が嘘や虚言を言ってるとは思えない。例え、証拠や動機が一切無くてもな」

 そう言い切ったアザゼルに、レイナーレは僅かに言い淀むと、意を決して口を開く。

「私も、彼や彼女が嘘や虚言を言ってるとは思ってません。しかし、世界で暗躍している。と云うのは飛躍し過ぎです」

 ルシファーの名を捨てた青年を、アザゼルが拾って来た時から面倒を見ているレイナーレは「リゼヴィムを赦せない気持ちは分かりますが......相手が悪すぎます」と溢す。

「相手は魔王の予備です。しかも、前魔王の息子であり、悪魔種族の中では根強い人気が有ります」

 レイナーレの言葉に、アザゼルが短く舌打ちをして何かを言おうとするが、それを遮る様にレイナーレは言葉を続ける。

「ヴァーリの証言を証明できる証拠を手に入れられても、リゼヴィムを断罪するのは不可能です。悪魔の人材不足の深刻さは、アザゼル様もご存知のはず」

 妻と幼いヴァーリを脅迫材料にし、父親であるラゼヴァンに虐待を強要。そして、隙を突いて家族を堕天使領に逃そうとしたラゼヴァンを、周りの反対を押し切ってまで結婚した最愛の妻に殺害させた後、ヴァーリの命と引き換えに自殺をさせた。ヴァーリの目の前で。

 しかし、事の真相究明に動いた悪魔側の発表は違う。

 ラゼヴァンが幼いヴァーリの才能に恐れを抱き、妻とヴァーリを虐待。その虐待からヴァーリを守る為に、ヴァーリと"二人"で堕天使領に逃亡し、"周りの反対を押し切ってまで結婚した妻"が、堕天使領付近で追って来たラゼヴァンを殺害後、最愛の夫であるラゼヴァンを殺した事で発狂し自殺。それを裏付ける証拠と証言が山の様に出てくる始末。リゼヴィムが関与した証拠と証言は一切無かった。

 大量の証拠と証言に、幼いヴァーリの証言は封殺されてしまったのだ。父親を母親が殺害して、発狂し自殺する光景を一部始終目撃し、精神が一時的に錯乱していたとして。

「分かってんだよ。放蕩してようが、悪魔側にとってリゼヴィムが替えの利かない人材で、余程──言い訳の利かない決定的な証拠でも無い限り、あのクソッタレを断罪できない事ぐらい」

 忌々しげにそう言ったアザゼルの悔しげな表情を、電話越しでも容易に想像できたレイナーレは、ゆっくりと口を開く。

「そんなにあの子──ヴァーリが心配ですか?」

 証拠が無いとは言え、もし、アザゼルが言っている事が真実ならば......リゼヴィムは神の目・神の権能すら欺く程の力を持った最悪の存在。そんな存在を止める為に、グリゴリを飛び出して追っているヴァーリが、実は心配で堪らないレイナーレの言葉に、アザゼルが「当たり前だろうが」と返す。

「アイツは、俺の息子だ。少なくとも、ヴァーリの母親から、嫁さんと一緒に頼まれたんだ。アイツの二人目の父親に成ってくれ。てな」

 夢の中に、嫁と一緒に出て来て、必死に頭を下げて、ヴァーリの事を自分に頼み込むヴァーリの母親と、良い笑顔で「そーゆー訳だから、ヴァーリ君は、私とあんたの息子同然。十人以上育てたんだから余裕でしょ? あ、私達もヴァーリ君の夢にチョクチョク出るからそのつもりでね?」と宣い、本当にヴァーリの夢にチョクチョク出て来て、女二人掛かりで、叱ったり。遊んだり。躾たり。甘やかしたり。やらか(浮気)したアザゼルをヴァーリの前で叱り飛ばしたり。と、死んでなおフリーダムな嫁を思い出し、ニヤリと笑ったアザゼルは、良い機会だからと前から思っていた事を口にする。

「悪魔の駒の件はこれで方が付く筈だ。神器の件が目処が付けば......俺は本格的にリゼヴィムを追う」

 薄々感づいていたとは云え、そう明言したアザゼルの言葉に、レイナーレはゆっくりと目を閉じ、次の言葉を待つ。

「優秀なお前の事だ。感づいてんだろ? 俺がグリゴリのトップを降りて、リゼヴィムを追う準備をしてる事」

 気付いている事に、気付かれていないと思っていたレイナーレが息を呑んだのを、電話越しに聞いたアザゼルは愉快そうに笑った。

「おいおい。此でもトップを勤めてんだぜ? それぐらい気付くさ」

 笑いながらそう言ったアザゼルに、隠しきれないと悟ったレイナーレが観念して「本当に、無駄に優秀ですよね」そうボソリと返す。

「お前なぁ......上司だぞ? 組織のトップだぞ? 偉いんだぞ? 少しは敬えよ」

「えっ? 嫌です。シェムハザ様やコカビエル様なら、自然と敬えますけど──アザゼルさまは無理です」

「俺だって、見えない処で色々と組織と人類に貢献してんだよ!? コカビエルの後始末だろ。SCP財団の依頼で"地球破壊爆弾"や"成長する武器"や"コトリバコ"とかの解体・無力化。ヒャハーしてた治療教会の抜本的改革とヤーナムの風土病"獣憑き"の解明及び安全な治療法の確立。伝承もあやふやな火の時代を本気で信じて、"最初の火"を作り出そうとしたバカどもをぶちのめしたりとかよぉぉぉ!!」

 信頼し重用している部下の思わぬ評価に、思わず自分のしてきた事を一気に捲し立てたアザゼルに、レイナーレは冷静に「五月蝿いので切りますね。私は忙しいですし」と告げ、電話を切ろうとする。

「おいこら。大事な話なんだからよ。有耶無耶に終らせようとするな」

 今までの経験から、ろくでもない事を言い出すと理解していたレイナーレは会話を打ち切って電話を切りたかったが、アザゼルに阻止されてしまい舌打ちをする。

「とにかくだ。神器の件に目処が付いたら、俺はグリゴリを抜ける。シェムハザとも話し合ったが......次のトップはお前が一番適任だって結論に成った」

 想像もしていなかった爆弾発言に、レイナーレが固まる。

「まぁ、すぐにどうこうと云う話じゃねーけどよ。心構えだけはしとけ」

 言うだけ言ったアザゼルが「そんな訳だから、俺の後は頼んだぞ」と会話を打ち切ろうとするが、電話を切られてたまるかと復活したレイナーレがストップを掛ける。

「待って下さい! なんで私なんですか!? 嫌ですよ! 」

 ナニが悲しくて、頭がアレな連中が揃いも揃っている組織のトップをしなくては成らないのか。そんな想いを込めたレイナーレの言葉に、アザゼルが「お前が一番適任だからだ」と返した。

「良いか? 能力で云えばコカビエルが一番だ。でもな、影響力の強いアイツをトップに据えてみろ。「コカビエル様は堕天使。同じ堕天使である自分にも同じ事はできる! できないのは本気で全力で取り組んでないからだ。成せば成る! できるまで足掻けばできるんだ! もっと熱くなれよおぉぉ!」て、暑苦しいのを量産する事に成りかねないだろ。そんなグリゴリは、俺はイヤだ」

 誰も彼もが「まだだ! 俺の限界はココじゃない! もっと熱くなれよおぉぉ! ネバァァァギブアァァップ!!」と叫んでいる光景を簡単に想像できてしまったレイナーレは、「シェムハザ様が居るじゃないですか」と辛うじて口にする。

「シェムハザの他に居ないなら、仕方なくアイツにするけどな。シェムハザは能力的に二番目が適任なんだよ」

「サハリエル様。タミエル様。ベネムネ様。アマロマス様。この中から選んで下さい」

 幹部にトップを押し付けようとしているレイナーレに、アザゼルはつい苦笑してしまう。

「サハリエルは同好の女吸血鬼と、アルアジフ偽書から預かっているデモンベインの改修と修理に未だに夢中。タミエルは営業と交渉以外は論外。ベネムネはコカビエルの奉仕者。アマロマスはブルースフィアに移籍が決まった。つまり、お前しかいないんだよ」

 "アマロマスの移籍"に反応したレイナーレが、思わず「何してるんですか!?」と声を荒げてしまう。

「ただでさえ、人が足りないのに移籍を認めてどうするんですか!」

 その言葉に、『あれ? 言ってなかったけか?』と思ったアザゼルは、どう説明したものか。と一瞬だけ考える。

「ブルースフィアの総司令官である、シャルバ・ベルゼブブから打診が有ったんだよ。大分前から」

 一度、言葉を区切ったアザゼルは、黙って続きを待っているレイナーレに向かって言葉を続ける。

「お前も知ってるだろうけどよ。ブルースフィアは簡単に言っちまうと、正義の味方の支援組織だ」

 特撮ヒーロー系チート転生者達の力を受け継ぐ、正義の味方達の様々な支援を目的として、シャルバ・ベルゼブブが中世時代に独力で立ち上げた──四国に本拠地を置く、正義の味方の味方組織"ブルースフィア・ガーディアン(地球防衛組織)"

 世界中に散らばり、孤軍奮闘していた正義の味方達を纏め上げ、中世から全力支援を行っている全世界最大最強の人間の為の組織。そんな組織のトップであるシャルバ総司令からの要請を断れなかったし、本人も乗り気だったし、アマロマスを移籍させれば繋がりを作れて、グリゴリの強化に繋がると話すアザゼルに、レイナーレは叫んでしてしまう。

「其処をなんとかするのが、トップの仕事ですよね!?」

「無茶を言うなよ。相手は世界最大最強の組織だぞ? こう言っちゃ何だが、グリゴリ如きが逆らえる訳ねーだろうが」

 情けないが納得できてしまう一言に、レイナーレは思わず舌打ちをする。

「マシな条件を付けられたんですか?」

「その辺は抜かりねーよ」

 得意気に話すアザゼルの内容──転生悪魔や神器保有者を保護したらグリゴリに無条件に引き渡す。チート技術(巨大ロボ関連技術)の受け渡し──を聞いたレイナーレは、転生悪魔や神器保有者の引き渡しは、どう考えても手に余るからグリゴリに押し付け様とする魂胆で、チート技術(巨大ロボ関係技術)の受け渡しは、アザゼルの趣味にしか聞こえなかった。

「他には何か無いんですか?」

「有る訳ないだろ? どんだけ欲張ってんだよ。あっ、ライブのチケット貰ったぞ。ルーマニアのトップアイドル(シンデレラガール)のエヴァンジェリンに僅差で勝ったギャスパーくんちゃんの」

 呑気に「手に入らなくて絶望しててよ。本当に助かったぜ」と語るアザゼルに、レイナーレは間髪を入れずに「本当に死ねば良いのに」とはっきりと告げる。

「あ゛!? ギャスパーくんちゃんをバカにすんなよ? そこら辺の女より遥かに可愛くて、歌って踊れて演技もできるルーマニアのトップアイドルだぞ!?」

 男の娘アイドル"ギャスパー・ヴラディ"に嵌まっているアザゼルの語る、ギャスパーの善さを右から左に聞き流しているレイナーレが、ギャスパーのファンに言っては為らない一言を口にする。

「男の娘アイドルなら、世界トップアイドルの涼ちゃんが居るじゃないですか。他の男の娘アイドルは全て二番煎じ。て聞きますよ?」

 その聞き捨て為らない一言に、アザゼルが、即座に反応する。

「確かに、涼ちゃんは四年もシンデレラ(世界一位)に輝いてる娘だ。でもよ、他の男の娘アイドルは二番煎じゃない! アイドルの起源は神代の時代的にまで遡る。その時代に、既に、男の娘アイドルは実在してるんだよっっ! だいたいな、涼ちゃんが男の娘アイドルとして完成され過ぎていて、涼ちゃん以上の男の娘アイドルは現れないと言われてるだけなんだ! ギャスパーくんちゃんはアイドル発祥の地であるルーマニアのアイドルとして、誰もが諦め不可能と思っている打倒涼ちゃんを本気で目指してんだぞ! シンデレラの称号をアイドル超大国日本から奪い返そうと頑張ってんだよ! 応援したくなるだろうが!?」

 一気に捲し立て熱弁したアザゼルに、ドン退きしたレイナーレは思わず『ヴァーリがグリゴリを飛び出した理由は、此も有るんじゃ......』と思いながら、「なら、ヴァーリを次のトップにしましょう。あの子はカリスマが有りますし」と、話を強引に戻した。

「お前なぁ......大事な話をしてんだぞ。真面目に聞けよ。だいたい、お前をトップに据えるのは、ヴァーリをグリゴリに戻すエサでも有るんだよ。変に男気魅せる時が有るからな。初恋の女性が大変な目に合ってたら、アイツは絶対に助けに向かう。アイツはそーゆー奴だ」

「あの子が小さい頃の話ですよね? それに、誰があの子をお風呂に入れたり、寝かしつけたり、勉強を教えたりしたと思っているんですか」

 小さい頃は本当に素直で可愛かったのにー と、うっすらと思いながら、幼いヴァーリに良く言われていた「大きくなったらお嫁さんにしてあげる」と云う、小さい子あるあるをネタにしているアザゼルに、レイナーレが深い溜め息を付く。

「一応聞くけどよ。お前自身は、ヴァーリをどう思ってんだ?」

 そう問いかけたアザゼルは、予想道理の「弟ですね。手の掛かる」と云うレイナーレの言葉に、心の中で『これだから、天然の魔性の女てのはっっ』と毒付く。

 基本的に、大人達が忙しい中で、小さい子供達が寂しい想いをしなくていい様に、手の空いている者が面倒を看るのがグリゴリのやり方。

 それなのに、料理上手で優しい年上のスタイルの良いお姉さん(レイナーレ)が、忙しい中で時間を作って、手料理を振る舞ったり、添い寝してくれたり、遊んでくれるのだ。溜まりに溜まった疲れで、時折、ウトウトしているのに、小さい子供達に、少しでも寂しい想いをさせたくないと。

 故に、グリゴリで育った男達に「初恋の相手は誰ですか?」と聞けば、半数以上がこう答えるのだ。「レイナーレだ」と。

 しかも、レイナーレは戦闘要員であり、有事──モンスターがグリゴリを襲った際は、あの刺激の強い姿で、子供を含む非戦闘要員を避難させたり、戦ったりするのだ。バルンバルン揺らしながら。 

 つまり、レイナーレはグリゴリで育った男達にとって、近所の優しいお姉さんor保育園・幼稚園・小学校の先生ポジションの女性であり、グラビアアイドル等の生まれて初めての"性的な象徴"だったりする。

 云ってしまえば、レイナーレにとって、小さい男の子の"お嫁さんにしてあげる"は、佳く言われる聞き慣れた言葉でしかない。だからこそ、小さい頃から面倒を看ているヴァーリを含む男達が、本気で告白したとしても、レイナーレは「はいはい。私も好きよ」で流してしまう。

 彼等がどんなに男らしく成長したとしても、レイナーレの中では、"手の掛かる可愛い弟"でしかないのだから。

 その事を察しているアザゼルは『ヴァーリ(息子)がグリゴリを飛び出した理由の一つが、お前に男として見て欲しい。てのが有るんだよ! いい加減に色々と気付けよ!! この童貞キラー!!』とレイナーレを心の中で罵る。

「ヴァーリも彼女ができれば、少しは落ち着てくれるんでしょうか……」

 リゼヴィムを追って世界中を駆けずり回っているヴァーリを想っての言葉に、「お前が彼女。いや、嫁に成るんだよ!!」と云う言葉を必死に飲み込んだアザゼルは、息子の前途多難振りに深い溜息を付いてしまう。

「とにかく。お前が次期トップで、そのサポートがヴァーリとシェムハザ。これは決定事項だ。分かったな?」

 ヴァーリ(息子)の初恋の応援を地味にしているアザゼルの言葉に、レイナーレは物凄く嫌そうな表情を浮かべる。

「どうしてもですか?」

「どうしてもだ」

「私が駒王町に一人で赴任したのは、人手不足だけではなくて、あの子を誘き寄せる餌であり、トップに据える為の実績と人脈作りも兼ねてたんですね?」

「そうだ。駒王町は問題の起きやすい土地で、お前の性格なら問題に首を突っ込む。そして、ヴァーリはお前を助けに姿を現す。完璧だろ?」

 電話の向こうでドヤ顔をしているだろうアザゼルに、レイナーレが電話越しでもはっきり聴こえる様に舌打ちをする。

「本当に、死ねば良いのに」

 電話越しの舌打ちと暴言に、アザゼルのこめかみが引き吊る。

「お前よ......ナンなんだよ。何で、そんなに俺の事の嫌ってんだよ?」

 息子の最有力花嫁候補に、此処まで嫌われる謂れは無いと思っているアザゼルの言葉に、レイナーレは「は? 本気で言ってます? それ?」と、とてつもなく冷たい口調で返す。

「誰かさんが資金集めに作ったゲーム。"神話大戦"シリーズのせいで、私、有明の女王て、呼ばれてるんですよ? 艦これのキャラクターの鹿島とかと何度も頂上決戦してるんですよ? 私を題材にした十八禁の同人誌やゲームやフィギュアが沢山出てるんですよ? 誰かさんのせいで」

 グリゴリの資金稼ぎの一環として制作販売している全神話のごった煮シミュレーションゲーム"神話大戦"のせいで、販売当時から有明の女王として君臨する嵌めに成ったレイナーレの言葉に、アザゼルが「いや、待て、俺のせいじゃないだろ!?」と反論を開始する。

「そもそも、お前をモデルにした"レイナーレ"があんなに人気が出るなんて誰が予測できるんだよ!」

「でも、二次創作禁止とかの処置は取れましたよね?」

「認知度を高める為には、二次創作okの一択だろうが」

「せめて、エロ禁止とかできましたよね?」

「エロは偉大なんだ! 人類の発展の歩みを見てみろ! 大抵はエロ関係か軍事関係だろうが! エロは世界を救うんだよ!」

 アザゼルの魂の主張を聞いたレイナーレは、大きく息を吸い込む。

「本当に! 死ねば! 良いのに!!」

 電話越しに大声で叫ばれ、耳がキーンとしているアザゼルは小さく「ぐおぉぉ」と呻く。

「てめえ......いきなり何しやがる!? だいたいな! 俺はヴァーリの玄孫を抱くまで、絶対に死なないて決めてんだよ! 残念だったな!」

 その言葉に、どれだけ長生きするつもりなんだと突っ込みを入れようとしたレイナーレは、フッと思い付いた事を口にした。

「分かりました。あの子に会ったら、女性を紹介しますね。そして、ヴァーリに子供ができたら、即座に婚約者を宛がいます」

「おい。バカ。ヴァーリがマジ泣きするからやめろ。それに、ヴァーリと結婚を前提に付き合いたい女が居なかったらどうすんだよ」

「はっ、有り得ませんね。見た目も中身もイケメンに育ったあの子を嫌がる女性なんて居ませんよ。それに、最悪は喪女集団のヴァルキリーが居ますし」

「そのヴァルキリーに見向きされなかったらどうすんだよ?」

「は? 私の弟ですよ? 確り、色々と教え込んで育てたヴァーリですよ? モテるに決まってます。もし、本当に相手が居なかったら、私があの子と結婚しますよ」

「へぇ......言ったな? 二言は無いよな?」

「あの子に彼女が居ないなんて有り得ませんから。そうですね......三年後に彼女が居なかったら、私があの子の彼女に成ります。有り得ませんけどね」

 思わぬ場面で言質を取れたアザゼルがニヤリと笑う。

「三年だな?」

「ええ。三年後です」

 電話越しに言質を確認したアザゼルは素早く別のスマホを操り、ヴァーリに"三年間。彼女を作るな。女を近付けるな。そうしたら、レイナーレが彼女に成ってくれるぞ。そのまま結婚しちまえ"とメールを送信する。

 すると、即座に"分かった。彼女以外の女性に興味はない。余裕だ"と短い返事が返って来て、アザゼルが声を出さずに愉快そうに笑う。

「いや~ 三年後が楽しみだぜ」

「有り得ませんけどね。三年後にヴァーリに彼女が居た場合は、私ではなく、ヴァーリをトップに据えてください」

「ああ。良いぜ。おまけに丸亀の激辛MAXうどんを鼻から食ってやるよ」

「それは楽しみですね。その光景をニコ動とユーチューブに投稿して差し上げますよ」

 電話越しに両者が嫌らしい笑みを浮かばていたが、時間を確認したレイナーレが慌てて「本当に時間が無いので切ります。この後、柳川師範に立ち会いをお願いしないといけないので」とアザゼルに告げる。

「亀仙流の師範代だっけか。確りと人脈を作っとけよ。後々で役に立つんだからよ」

「次のトップはヴァーリですけどね」

 自信満々にそう言い切ったレイナーレに、アザゼルはニヤリと笑う。

「いや、本当。今から三年後が楽しみだぜ」

 その言葉に、殆ど負け戦が確定しているレイナーレもニヤリと笑う。

「ええ、本当に楽しみですね」

 アザゼルとの定時連絡を終え、柳川師範の都合の良い日を電話で確認したレイナーレは、漸く、朝の予定を全て消化して一息付く。

 

 

 一方で、初恋の女性──レイナーレの力に成る為に(アザゼルに唆されて)駒王町を訪れていたヴァーリは、またまた立ち寄った大衆食堂で、殺人事件の容疑者として扱われていた。

「以上の事から、彼が殺人を犯していないと断言できます」

 しかし、偶然に居合わせた病院帰りの高校生。元浜慎二によってその窮地を脱していた。

「そして、この殺人トリックを完遂できるのは......一人しか居ません。僕が其れを告げる前に自首をしてください」

 女子の体型を数値化できる観察眼。そして、推理マニアの両親によって、幼少の頃から培った推理力と洞察力を駆使して、殺人トリックを見破り、真犯人を探り当てた元浜は、悲痛な表情を浮かべる。

 ざわつく周りを余所に十分間沈黙していた元浜が、スッと真犯人──小さい頃に、遊び相手に成ってくれたり、何かあれば慰めたりしてくれた、近所の女性を指差す。

「このトリックを完遂できるのは......貴女しかいない。つまり、貴女が犯人なんです」

 今にも泣き出しそうな表情をした元浜のトリックの解説。そして、二十年前に事故として処理された殺人事件の真相。それに起因する動機。それらを黙って聞いていた女性が狂った様に笑いだす。

「ナニよそれ。なんで、あの時。あの場所に。君が居てくれなかったの? 今の様に真実を暴いてくれたら......私は復讐なんてしなくて済んだのに」

「............ごめんなさい」

「謝らないでよ。「その頃、僕は生まれていなかった」て、言い返しなさい」

 困った様に、どこか哀しげな笑みを浮かべた女性が、偶々居合わせただけで、冤罪で逮捕されそうになったヴァーリに深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。貴方に罪を被せるつもりは無かったの」

「彼のおかげで助かりましたし......それに、貴女の気持ちも何となくですが、分かりますから」

 嘗ての自分の様に復讐に囚われ、その復讐から抜け出せなかった女性の姿に、アザゼルや二人の母親。そして、レイナーレに助けて貰わなかったら......目の前の女性の様に全てを台無しにしてでも、復讐の道を歩んでいたのかと思うと同時に、アザゼル達の様な存在が彼女の周りに居なかったのかと考えると、ヴァーリは無性に悲しくなった。

 

「教えて下さい。"誰"なんですか? 貴女にこのトリックを教えたのは」

 通報を聞き付け、駆け付けていた警察官に連行される女性が、元浜の質問に足を止める。

「混合毒の事? それなら、自分で思い付いたのよ。実際に有った事件とか推理モノを参考にして」

 元浜に罪を暴かれて、どこか安堵が見られる女性は、「もっとも、名探偵君には通じなかったけどね」と小さく溢す。

「言い換えます。貴女に復讐を唆したのは"誰"ですか?」

「誰も居ない。二十年前から、一度も、忘れた事なんてないわ」

 そう言い残し連行された女性を見送った元浜が、握り拳を握り締め、下唇を噛み締める。

「そんな訳ないだろ......実際の事件と推理モノを参考にして、毒の比重が正確に解るかよ」

 一年以内に起こった凶悪な事件。それらほぼ全てに関わり解決している元浜は、見えない糸の様なモノを感じていた。

 多くの事件は突発的なモノが殆どで、小説や映画の様なトリックを駆使した事件なんて極僅か。それなのに、一年前からトリックを駆使した"創作物"の様な事件が多発している。

 ドラマの様なストーリー性の有る人物達が、事件に巻き込まれ、事件を起こす。

「何処の誰かは知らないけど──絶対に引きずり出して、法の裁きを受けさせてやる」

 小さく小さく呟いた元浜が、騒がしい周りを無視して現場を立ち去ろうとしたその時、その呟きを聞いたヴァーリは立ち去ろうとする元浜を呼び止める。

「ありがとう。君のおかげで助かったよ。お礼がしたいんだ。付き合ってくれないか?」

 そう言いながら、元浜の肩に馴れ馴れしく手を置くと、ヴァーリが周りに聴こえない小さい声で、元浜に囁く。

「君は黒幕が居ると思っているのか? もしそうなら、俺に着いて来てくれ。見せたい物が有るんだ。この事件を解決した君なら何か解るかも知れない」

 そのヴァーリの言葉に、元浜は静かに頷いた。

 

 アザゼルから教わった駒王町に置ける堕天使の拠点。

 勝手知ったる我が家の様に上がり込んだヴァーリは、元浜をリビングの案内すると、冷蔵庫を漁り、レイナーレが作り置きをしているお手製のフルーツジュースを見付けると、用意していた二つのコップに注ぎ、渡した資料を読み込んでいるだろう元浜が居るリビングに戻る。

「どうだ? 役に立ちそうか?」

 渡された様々な事件の詳しい資料に目を通していた元浜は、二つのコップを持って戻って来たヴァーリの言葉に、「どうやって、こんなに詳しい資料群を手に入れたのか知りたい。てのが一つ」そう言いながら顔を上げて、ヴァーリを一瞥すると再び資料に目を戻す。。

「もう一つは、この事件全てが"フィクション"の様な事件だと云う事」

 全ての資料に目を通した訳でも無いのにそう言い切って見せた元浜に、ヴァーリが眉を潜める。

「全てを見た訳でも無いのに、どうしてそう言い切れる?」

「速読は愛読家の必須技能だよ。流し読みでも、概要ぐらいは理解できるさ」

 なんて事ない様に言ってのけた元浜に、ヴァーリは『上手くやれば、心強い協力者を得られるかもしれない』と内心で笑みを浮かべた。

「俺は、この全ての事件は一人の男が糸を引いていると考えているんだ」

 恐らく同じ事を考えていると思ったヴァーリは、元浜の信用と協力を得る為に、話せる限りの事を話す決意を決める。

「その根拠と理由は?」

 ヴァーリから受け取ったコップに口を着けずに、テーブルの上に置いた元浜は、資料を読み込む作業を続ける。

「君が言った通り、全ての事件はドラマじみているんだ。まるで、脚本家が居るかの様に」

 その言葉で、資料を読む手が止まった元浜に、ヴァーリが言葉を続ける。

「ドラマじみた事件を追い続けて、一人の男──リゼヴィム・リヴァン・ルシファーに行き着いた」

 滲み出そうになる怒りを圧し殺し、可能な限り、冷静に言葉を選びながら、ヴァーリは更に言葉を続ける。

「全ての事件を起こした犯人の知り合い。もしくは、犯人の友人の知り合い。または、知り合いの知り合い。そんな関係の薄い処に、必ず、リゼヴィムの姿が有る」

 その言葉に、元浜が漸く資料から目を離し、ヴァーリを真っ直ぐに見据える。

「でも、事件に関わった形跡は無い。いや、そもそも、事件当日前後に、その人物の姿は無かった。違う?」

 今から言おうとした言葉を先に言われたヴァーリは、驚きに目を見開く。

「ああ、やっぱりそうなんだ。だろうね。もし、僕が事件を演出するなら必ずそうする。わざわざ姿をちらつかせてるのは、挑発かな? "捕まえて見せろ"てさ」

 一見関係性の無い凶悪事件。唯一の共通性はフィクションじみている事。人種も国も使われたトリックも違う一連の事件に共通性が有る。自分以外にその事に気付いた人が居るとは思って居なかった元浜は、小さい笑みを浮かべた。

「人間関係を丁重に調べるの大変だったでしょ?」

 手に持っていた資料をテーブルの上に置いた元浜が、今まで口を着けなかったコップを手に取り、一気に飲み干し、空になったコップを静かにテーブルに置いた。

「力を貸して欲しい。僕はただの高校生に過ぎない。一応、警察にコネは有るけど微々たるモノで、黒幕と戦うには武器として頼りない」

 元浜に協力を求めるつもりだったヴァーリは、先に元浜に頭を下げられてしまい、一瞬、どう反応して良いか考えた後、養父の「友情てのは、その場のノリと勢いだ」との教えを思い出し、元浜の様にコップに入ったジュースを一気に飲み干すと、テーブルの上に置く。

「俺は、オヤジのおかげで、様々な処にツテが有る。でも、アイツを追い詰める力が無い。アイツの罪を暴く為に、君の力を貸してくれ」

 

 斯くして、漸く、推理冒険モノの二人の役者──主人公達は舞台に上がる。

 それこそが、怨敵の書いた筋書きだと知らずに。

 固い握手を交わす二人の姿を盗み見て、筋書き道理だと嗤う黒幕の、掌の上だと気付かずに。

 その敷かれたレールから一度も抜け出さなかった二人の主人公達は、黒幕に与えられた情報を元に、打倒を誓う。




 レイナーレさんは、天界に亡命した方が幸せに成れると思う。 
 

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