転生者達のせいで原作が完全崩壊した世界で 作:tiwaz8312
ギリシャの何処かに在る
そのアテナ神殿の質素ながらに贅の限りを凝らした広間で、十歳前後の少女を複数の侍女が甲斐甲斐しく世話をしていた。
足が全く届かない大きな椅子にチョコンと少女が座り、その前の巨大でどうやって真ん中のモノ取るの? と言いたくなる様な広大な木造テーブルの上には、所狭しと並べられた細かい装飾が施された大皿に瑞々しく美しい果物や芸術品? え? これ食べられるお菓子なの? そもそもどうやって食べればいいの? と思わず言いたくなる美しすぎて豪華すぎる菓子が芸術品が如く盛り付けられている。
それらの果物や菓子を前に、少女は全く手を動かしていない。何故ならば、周りに侍ている侍女達が、「さぁ、どうかお食べください」「此方の菓子は一流のパティシエが腕を奮った菓子です。お口に合うと思います」「此方の果物はいかがでしょうか? 瑞々しく甘いですよ」「喉が渇きませんか? このジュースはそれはそれは甘く飲みやすく、気に入って頂けると自負しています」と、次々に少女の口に運んでいるからだ。
その少女の目は、一言で言うなら死んでいた――まるで死んだ魚のように濁り、乱暴され凌辱され尽した女の様な光の無い、底が見えない程に暗い目。この世の全ての絶望を苦しみを、地獄が優しく思えるほどのモノをこの目で見てきたと云わんばかりの目だった。
そんな少女が、一言も話さずに運ばれるがままに、それらを口に入れ噛み飲み込んでいく。
その様が、側仕えの侍女達には堪らなく悲しかった。幼い少女が年齢相応の笑顔を浮かべる事が無く、笑みを浮かべても今にも消えてしまいそうな儚く小さな笑み。その目は濁り暗く光を映さない……それが悲しく辛い。それでも侍女達は可憐な笑みを浮かべ、甲斐甲斐しく少女の世話をする。
それが仕事であり名誉な事だと云う以上に、何時かその目を覆う闇が晴れ、年相応の笑顔を少女が浮かべている光景が見たいと強く思い願って。
カッンと言う微かな足音に反応した侍女逹は、手に持っていた食べ物や飲み物を即座にテーブルの上に戻し、それぞれがその身命を少女を守る盾とするその為だけに、厳しい修練の果てに身に付けた構えをとる。
アテナ神殿は聖域の最奥。幾重にも厳重に護られた場所。しかし、少女の命を狙う侵入者が絶対に辿り着けない等と云う幻想を侍女逹は持っていなかった。
現代のヘラクレスが、真正面から、自分達がどう足掻いても勝てない黄金聖闘士。そして、その黄金聖闘士が複数で挑み、漸く闘いになる。それ程の強さを誇り、女神ニケから授かった
無論、そんな正真正銘の化け物に勝てるなんて侍女逹は考えて居ない。要は時間を稼げば良いのだ。敬愛し自らの意思で仕えている少女が、無事に逃げ延びる事ができるだけの時間を自分逹の全てを使い捨て稼げば良い。それこそが、侍女逹の勝利なのだから。
死の覚悟を決めた侍女逹の耳に、少女の小さく消え入りそうな「カノン」と言う呟きが届いた。
その呟きを聞いた侍女達はすぐに戦闘態勢を解き、少女の許可を取らずに現れた美丈夫――現教皇カノンに厳しい視線を投げかける。
「教皇様。いかなる事情があれ、許しなくアテナ神殿を訪れるのは無礼が過ぎるのでは?」
教皇はその言葉を投げかけてきた侍女長に視線を向ける。
「無礼は承知。だが、取り急ぎ、女神アテナの化身に報告しなければ成らないのだ」
教皇のその発言に侍女達に緊張が走る。よもや、まさか、聖戦回避に失敗したのかと。
自分の言葉で固まった侍女達をそのままに、教皇は、少女――女神アテナの化身の前に跪き頭を垂れる。
「女神アテナ。貴方の予言通り、日本。駒王町にて聖戦の気配があり、その芽を摘み取る事に成功しました」
その言葉に、侍女達が緊張を解き安堵する気配が頭を垂れている教皇に伝わる。しかし、誰よりも安堵して欲しいアテナの化身からソレが伝わって来ない事に、床に着けている拳に僅かに力を籠め、報告を続ける。
「切っ掛けは、クレーリア・ベリアルと言う名の女悪魔でした。彼女は従兄妹であるディハウザー・ベリアルのとあるゴシップ話を払拭しようと行っていた調査結果、聖書陣営の冥界の決して表には出せない闇の多くを知ってしいまい。その結果、冥界側は彼女の恋人である教会の戦士・八重垣と共に殺害し、機密を守る予定だったようです」
一旦言葉を区切り、異種族間の愛を理由に殺害しようとしていた事を口に仕掛けた教皇はそれを思い止まる。何故なら、ギリシャの歴史を紐解けば、神と人間の純愛・悲愛どころか魔獣と人間の大恋愛まであるのだから。恐らくそんな事を言っても、女神アテナとしての知識と権能と経験を持つ化身たる少女には、何が悪くて何故駄目なのか理解ができないだろうと判断したからだ。
「そして、彼女の持つ情報を多くの勢力が狙っていました。その多くが聖書陣営に恨みを持つ組織であり、それらの組織を示唆し動くように操ったのは――外なる邪悪な神々を信仰する教団」
女神アテナの化身たる少女の気配が揺れたのを教皇は感じた。だがそれは仕方ない事なのだろう、何故なら、女神アテナが最も信じ愛した初代教皇の死の原因なのだから。
「恐らくですが、かの教団は彼女の持つ情報を巡った様々な勢力を争わせ、その混乱に乗じ、宿願である外なる邪神を顕現させるつもりだったのでしょう」
そこまで話し、女神アテナの経験に引っ張られた少女が持ち直すのを教皇は静かに待つ。
「それで、かの教団の目論みは阻止出来たのですか?」
年端の往かない少女が、地上の守護神足らんとする気丈な言葉と姿勢に、教皇の胸がジクジクとズグズグと痛むが、そんな態度は表に出さない様に己を律する。
「はい。フェニックスとペガサスの
報告すべき事を言い終えた教皇は口を閉ざし、女神アテナの化身と共に聞いていた侍女逹は安堵の溜め息を洩らす。
「そうですか......」
恐らく、本当に聖戦が回避できたのか、未来を見通し確認しているアテナの化身の決断を、教皇は静かに待つ。
「教皇カノン。そして、聖戦回避に尽力した全ての闘士逹に、最大の感謝を」
未来を見通す女神アテナの聖戦回避の宣言。
そして何よりも、化身たる少女を傷つけないように伏せていた――聖域以外では、雑兵などと呼ばれている
報告を終え、許し無く神殿を訪れた事を謝罪した教皇カノンは執務室に戻っていた。
装飾が飾り気が一切無い質素極まりない執務室の中で、カノンは椅子に腰かけ、机に広げられている人名が書かれている複数の書類を、悲しげで、辛そうな、今にも泣きだしそうな表情で、一つ一つ丁寧に丁重に目を通していた。
そこに記されている248名は、聖戦回避の為に必要な情報を集める為に、その身命を使い果たした誇り高き闘士達の名だった。
本来なら、アテナの聖闘士最強の自分と黄金聖闘士全員で事に当たるべきだったのだ。そうすれば248名の闘士は死なずに済んだ。そうすれば、何も知らない民に被害はでなかった……しかし、それは出来なかった。どんなにそうしたくとも出来なかったのだ。
地上の危機はいつ起こるか分からない。自分や黄金聖闘士の力を必要とする事態が駒王町以外で起こる可能性は確かにあった。それが敵の撹乱という事も推察できた。しかし、地上の守護者として、確信無く最高戦力を動かす事は出来なかったのだ。「お前達の得た情報で派遣する聖闘士を決める。だから、その為に死んで来い」言外にそう言った時、300名の闘士達は笑みを浮かべ頷き、それぞれの死地へと旅立って行った。
そして、248人が命と引き換えに必要な情報を手に入れ、生き残った52人が貴重な情報を手に生還した。その情報がなければ最悪の事態――外なる邪神がこの地上に顕現し、聖戦が起きていただろう。
聖域において、コスモに目覚めていながら聖衣に選ばれなかった。ただ、それだけの理由で聖闘士に成れなかった彼らを侮辱する者は存在しない。聖衣に選ばれた聖闘士達は全員が知っているからだ。彼等が、命がけで情報を捥ぎ取り持ち帰ってくれるからこそ、自分達が安心して戦える事を。
「私は無力だ。アテナの眷属神・女神ニケに認められながら……彼等に報いる事すらできないのか」
聖衣無しで異形の怪物に立ち向かい、命を落として逝く闘士の為に、十分な防具を用意する事すらできない自分をカノンは無力と断じる
現代科学の粋を集めた防具は、既に全闘士に支給した。しかし、異形の怪物相手では無いよりマシ程度なのだ。必要なのは聖衣と同様の防御力と装着者のコスモを増幅させる能力。
だが、聖衣と同じ材料で作り上げられた物は、聖衣と同じく装着者を選んでしまう。
8代目教皇から48代目教皇であるカノンの代に至るまで続けられた研究の果てに、
「そして、私は女神アテナの化身となった少女の闇すら打ち払えずにいる」
女神アテナの化身になる。それは名誉な事であると同時に――世界平和の贄になると云う事。
ごく普通の当たり前の生活。小さな幸せ。そして、女神と云う人知を超えた存在の化身に選ばれたが故に短命になってしまった命。それら全ては地上の平和の為の尊い犠牲なのだ。
英雄王を初めとした英雄達の手によって、神代の時代が終わったその時から、化身と云う世界の為の生贄が誕生した。人の世になり神がその身を降ろせなくなった為に、化身と云う生贄がどうしても必要となってしまった。聖戦を回避する為には、地上の守護神たる女神アテナの力が必要不可欠なのだから。
だがそれでも、化身の最後――使命を終えた化身は遺体すら残さずに文字通り消える事を知ったカノンを含む歴代の教皇達は足掻いた。なんとか、彼女達を救えないかと。せめて、せめて、消え去るまでの間だけでも幸せであって欲しいと。
無理だった。無駄だった。不可能だった。
地上の守護神の化身。その立場が、その使命が、その責任が、生贄となった彼女達を追い立て追い詰め続けた。
なによりも、彼女達を傷付け追い詰めたのは、女神の化身と云う生い立ちなのだから……
この地上に混沌を破壊を齎さんとする存在にとって、もっとも邪魔な存在は地上の守護神の化身に他ならない。
だからこそ、彼女達は化身として覚醒する以前から狙われるのだ。
如何なる方法を使ってか、同じく探している闘士達を出し抜き命を狙う。そして、どの代でも変わらずに彼女達は狙われ、彼女達は家族の献身によって生き残り、彼女達とその家族が生きた痕跡すら消し去られてしまう。それこそ、最初から存在していなかったか如く。
そして、それは、今代の化身の少女にも当てはまってしまった。
地上の守護者。時には正義の味方と呼ばれる聖闘士と闘士を束ねる現教皇カノンは、己の無力さに苛まれながら、それでもと己を奮い立たせる。
全てを救い全てを守るなど不可能でできはしない事は、カノン自身が嫌という程に理解している。だがそれでもと、それでも、不条理に理不尽に屈する訳にはいかないと己に言い聞かせる。
「私は――教皇だ。地上の守護者の統括者だ」
教皇たる自分が諦めてしまったら、いったい誰が、今まで生贄になった彼女達に報いると云うのか?
勝利の女神ニケに認められた自分が、不条理と理不尽に負けを認めたならば、地上の平和の為に散っていた聖闘士や闘士達に何と言えばいい?
「何があろうと……諦めて、負けてたまるか」
その決意。その覚悟。その思いこそが――教皇が教皇たる所以。
歴代の教皇が受け継ぎ、次代の教皇に託していった――不屈の闘志。
勘違いチート転生者の力を受け継ぐ人達が地上の平和の為にドンドン死んで逝く模様
なお、一般闘士=クトゥルフ探索者