転生者達のせいで原作が完全崩壊した世界で   作:tiwaz8312

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原作知らない系の転生者のやらかし


大英雄

 大神ゼウスの妻である自分の目の前で、ドヤ顔を晒している今世紀最大の大馬鹿者。

 言葉を発していないのに、雄弁に「どうだ! 十二の試練を乗り越えたぞ!!」と自信満々に満足げに、大馬鹿者がこれ以上無いほどのドヤ顔をしている。

 女神である自分の神域に単身乗り込んで、十二の試練を寄越せと宣い。己に宿った神器を一切使用せずに十二の試練を乗り越えた......どうしょうもない程に、救い様が無い大馬鹿者。

 星となった大英雄ヘラクレスの魂の残滓。

 それこそ、広大な砂漠の一粒の砂程度の残滓を受け継いだ......そんな下らない理由で両親から授かった名を捨て、

 "軍神アレスと闘い己を認めさせる" 

 "生きたまま冥界を降り、ハーデスに会い生きて帰ってくる" 

 "アテナの聖域を単身で突破し、女神アテナに会う"

 "女神キルケーに会い、魔術によって蘇らせたネメアの獅子・ヒドラを討伐する"

 等の十二の無茶振りを成し遂げた。今世紀最大最強の大馬鹿者。

 女神ヘラは思う『ギリシャの男はこうでなくては』と、いつの時代いつの世でも、男はどうしょうも無い程に愚かで愚直で、決して届かぬと知りながらも届かせて見せると足掻きもがく、そんな大馬鹿者でなくてはと。

 目の前の大馬鹿者が愛らしくて愛らしすぎて、ヘラはつい意地悪な言葉を口にした。

「そなたは我が十二の試練を乗り越えた。誰もが認めるだろう、お主こそが現代のヘラクレスだと」

 その言葉を聞いた途端に、ドヤ顔を止めて真剣な表情になった大馬鹿者に、ヘラは言葉を続ける。

「望みを言うが良い。そなたは偉業を成し遂げたのだ。莫大な富か? それとも女か?」

 大馬鹿者が何を願うのか知っていながら、理解していながら、ヘラは言葉を紡ぐ。

「女ならば、良い女神が居るぞ? キルケーだ。アレは尽くす女だ。よき子を産むだろう」

 とある女神に頼まれた事を口にしながら、大馬鹿者の望みを返事を、クスクスと笑いながら待つ。

「大英雄ヘラクレスと戦わせろ」

 ああ。と、ヘラはその願いを知っていながらも、分かっていながらも、絶頂と歓喜の余り、我が身を抱きしめ打ち震えた。

 大偉業を成し遂げた現代の大英雄は!! 言葉にせずともはっきりと言い切ったのだ!! 女神たるヘラの十二の試練は前座に過ぎないのだと!!

 軍神アレスとの激闘も! 冥界降りと云う偉業も! 一騎当千の闘士たる黄金聖闘士達も! この世の理を蝕み喰らい破壊するネメアの獅子とヒドラすら! 十二の試練その全てが、星となった古の大英雄ヘラクレスに挑む為だけの前座!! ただの踏み台に過ぎないと!!

 こうでなければ、そうでなければ、ギリシャの男ではない。現代ギリシャにもソコソコの男は居る。しかし、ここまでの大馬鹿者は居はしなかった。だからこそ、ヘラは愛おしく思ってしまう。望んでしまう。考えてしまう。目の前の現代の大英雄を何とか星にしてしまえないか? と。

「ふむ。何故それを望む? そなたは現代の大英雄ヘラクレスだ。それに異を唱える神はオリンポスにはおるまいよ」

 だから、煽ってしまう。半神半人の身ではなく、ただの人の身だからこそ、星に至る道が途方もなく険しく困難であると理解しているからこそ、焚きつけてしまうのだ。"オリンポスの神々以外が認めるかは判らない"と言外に告げて。

「富か女にしたらどうだ? 先も言ったがキルケーがお勧めだぞ?」

 まるで、他意など無いと云わんばかりに言葉を紡ぎながら、ヘラは現代の大英雄に覚悟を決めさせる。それ以外の道を選ばないように、決して道を違え反れないように。

「星の大英雄ヘラクレスとの闘い。これ以外に望むものなど無い」

 古の大英雄と戦い、己がヘラの栄光なのだと認めさせる。それ以外は無いと、

 その他大勢の評価など知るか。己が認められたいのは、認めさせたいのは他の誰でもない。真の英雄 ヘラの栄光を冠する偉大な漢だけだ。

 言葉にせずに、はっきりとそう言い切った大馬鹿者に現代の大英雄に、ヘラは身を抱きしめ打ち震えるままに思ってしまった。もしも、夫たるゼウスと出会う前にこの男と出会っていたのなら、きっと、この身の全てを目の前の男に捧げていただろうと。

「ならば、古の大英雄と現代の大英雄の戦いに相応しい場を設けましょう」

 女神ヘラは紡ぐ。言葉を、呪いを、願いを、祈りを。

「神々の闘技場にて、オリンポスの神々の前で、思う存分満足するまで戦いなさい」

 さぁ。早く速く、至りなさい。星に、女神たるヘラの栄光(ヘラクレス)へと。

 これほどまでに、強く。強く。強欲に。強引に。己の栄光たらんと望み渇望したのだから、星に至った暁には、一度くらいはこの身を許しましょう。どうせ夫たるゼウスは浮気三昧なのだし。若い燕一人ぐらい、何としても認めさせましょう。都合の良い事に貴方は初物なのだし、新たな大英雄の初めての女と云うのも悪くはないし。

「そうすれば、貴方は真のヘラの栄光となるでしょう」

 

 

 神々の闘技場。その名に相応しい絢爛豪華な場。そして、観客たるオリンポスの神々が自然と放つ神の威。

 確かに現代の大英雄は、それら総てに呑まれていた。しかし、一人の漢が現れた途端にそれら総てが消し飛んだ。

 目の前に憧れた漢がいる。そう在りたいと願い思い、親を傷つけると知りながらも名を捨ててしまった程に、どうしようもなく焦がれ、無理だと理解しながらも、それでもと追いかけた存在。

 何としても追い付き追い越し、その先に行きたいと無謀にも行動してしまった。そんな存在が、今、目の前にいる。

「すげぇな。凄すぎて笑うしかねぇ」

 自分より頭一つデカいだけ、全身を覆う筋肉は決して劣ってはいない負けてはいないと断言できる。

 それなのに――勝てる気がしない。

 武器を使った戦いなら、瞬き一つしないうちに負けるだろう。

 パンクラチオン――技を駆使した戦いなら、数分粘り、碌に反撃もできずに負けるだろう。

 万、挑み戦っても負けるだろう。億、挑み戦って漸く髪の毛よりも細い勝ち筋が有るか無いか。

 格が違う。次元が違う。自分如きが挑む事、それ自体が侮辱。前に立つこと自体が間違いであり誤り。

「挑ませてもらうぜ。大英雄」

 だからなんだ。それがどうした。億に一の勝ち筋があるなら十分だ。ならば、それを無理やり掴み取ればいい。道理を押し退け、無茶を押し通せばいい。無理やり強引に捥ぎ取ればいい。

「あんたを倒し、俺がヘラの栄光になる。あんたの先に行かせてもらう」

 女神ヘラに十二の試練をねだり、命がけで挑戦資格を捥ぎ取った。今。今日。この瞬間の為に。

 焦がれに焦がれ、憧れた大英雄に自身を認めさせ、ギリシャ神話最大最高にして最強の大英雄が辿り着けなかったその先に行く為に。

「俺はあんたに勝つ。あんたを倒す」

 何としても、絶対に、そこに辿り着かなければならない理由がある。

 

 

 ただの人の身で、星に至った半神半人の大英雄に食い下がる。奇跡としか言いようのない光景に、オリンポスの神々は瞬きを呼吸を忘れて魅入っていた。

 現代の大英雄は素晴らしい逸材なのだろう。体に恵まれ、才能にも恵まれている。

 しかし、その程度で喰らい付けるほど、半神半人とただの人の身の差は小さくは無い。しかも、星に至った漢だ。それこそ、天と地の差がある。だと云うのに、神々でさえ無茶振りだと頭を抱える十二の試練をたかが人の身で成し遂げ、星に至った半神半人の大英雄に負けてたまるかと食い下がる。

 ああ、なんて素晴らしく、何と眩しい輝きか。

 オリンポスの神々は、その在り様。その輝きを認め。目の前の益荒男を"ヘラの栄光(ヘラクレス)"と認めた。

 

 

 それは、武技も何も無い。ただの殴り合いだった。相手の拳を無防備に受けて、歯を食いしばり我慢し、殴って来た相手を殴る。技術も術理も何もかもをガン無視し投げ捨てた、もっとも原始的な戦い。

 もっとも単純で明快な男の意地の張り合いだった。"俺が勝つ" "いいや、勝つのは俺だ"そんなどうしようもない程に簡単でくだらない意地の張り合い。

 だが、なにもかも、ほぼ総てにおいて圧倒的に劣っている現代の大英雄はそれしかなかった。

 我慢比べ。男の意地の張り合い。偉大なる星の大英雄に勝てそうなのは、これしかなかったのだ。

 こんな勝負に乗ってくれた偉大な漢に有難いと思い。その器の大きさに、こんな偉大な漢の魂を受け継いでいるのだと感動すると同時に、そんな優しさと甘さに付け入らなければならない自分の弱さに嫌気がさすが、それでもと、自身を鼓舞する。大見得を切り、不相応な啖呵を吐き、こちらの都合に付き合わせて、無様に負ける訳にはいかないと。

 ここまでされて、負けてしまったら、二度と「俺がヘラクレスだ」等と言えなくなる。目の前の漢に挑む資格を永遠に失ってしまう。そして、何としても成し遂げなければならない目的を、永遠に諦める事になってしまう。

 たとえ、今日。ここで。死んでしまっても、この身が砕け散り魂が消滅したとしても、絶対に負ける事はできない。また再び挑む為に死んでも負ける訳にはいかない。大英雄の先にある目的を成し遂げる為にも。そんな思いを込めて現代の大英雄は拳を振るう。

 

 

 古の英雄の拳が、最新の英雄を殴りつけ、その身をぐらつかせる。

 最新の英雄の拳が、古の英雄を殴りつけるが、その身は巌の如く微動だにしない。

 その殴り合いが、十を百を千を超え万を超え、億に届く。その時、最新の英雄が前のめりに倒れる。

 闘技場に居た誰もが思った。『ああ、届かなかったか……だが、見事だった。お前は確かにヘラの栄光だ』と、

 だが、ただ一柱。女神ヘラだけはそうは思はなかった。この程度のはずがない。これで終わりのはずがないと。

 その想いに応えるが如く、最新の英雄は、何とか踏みとどまると同時に掬い上げるかの如く、倒れこんだ上半身を無理やり起こしながら拳を思いっきり振り上げ、大英雄ヘラクレスの顎を打ち抜く。

 この時、初めてヘラクレスはたたらを踏み、ほんの僅かに体を沈めた。

 そして、僅かに下がった顔面を、最新の大英雄ヘラクレスが渾身の全力の力を込めて打ち抜いた。

 

 

 無事な所なんて何処にもないズタボロな最新の大英雄ヘラクレスが、傷一つ負わずに地に片膝を付けている古の大英雄ヘラクレスに拳を突きつけ、「俺の勝ちだ」と宣言し、「ああ、君の勝ちだ」と地に片膝を付けた古の大英雄がその勝利を祝福した。

 そして、二人のヘラクレスの前に、オリンポスの神々を代表して主神たる大神ゼウスが降り立った。

「素晴らしい闘いだった。勝者である現代のヘラクレスよ、望みを言うが良い。いかなる願いであろうとも叶えて見せよう」

 その言葉を聞いた現代のヘラクレスは、真っ直ぐにヘラクレスを見た。

「俺は弱い。あんたが俺に付き合ってくれなかったら、俺は負けていた」

 偉業を成し遂げたにも関わらず、そう言いきって見せた現代のヘラクレスに、ゼウスを含めたオリンポスの神々は言葉を失い、ヘラとヘラクレスは笑みを浮かべる。

「俺は強くなる。あんたが本気を全力を出せる程に強くなってみせる」

 願いを叶えると言ったゼウスを全く見ずに、ヘラクレスを見つめる。

「その時は、本気で全力で、俺と闘え。それが俺の望みだ」

 クッと小さく笑ったヘラクレスは、その言葉に頷く。

「その時を楽しみにさせて貰う」

 

 

 

 

 

 

 そして、女神ヘラは思う――子供はキルケーに譲るつもりだったけど、私が生んでも良くない? と。




転生者のやらかしで、大英雄(笑)から大英雄(真)となった稚拙のヘラクレス君

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