醜い獣、或いは。   作:いくらう

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現在書いている小説の息抜き、戦闘シーン、三人称視点の練習に昔書いていたものを完成させたものです。
良ければご意見ご感想、アドバイスを頂けると嬉しいです。


狩人の悪夢
醜い獣、或いは。


「おおおおおおおっ!!」

 

 薄暗い大広間、そこに男の叫び、そして轟音が響き渡る。

 声の主は奇妙な出で立ちの男だ。彼はかつてこの地を訪れた官憲隊の隊服に身を包んでいる。だが特筆すべきはそこではない。彼が頭に被っているのはバケツのような形状の鉄兜。覗き穴が開けられているとは言え、真っ当な防御効果など望むべくもない代物である。それは『彼ら』にとっては特別な意味のある一品であるが、それを知らぬものにとっては奇怪なものだ。

 

 彼は今正に、<大物狩り>に身を投じていた。

 

 この周辺で処分された、あるいは狩り殺された者達が廃棄され続け、いつしか<地下死体溜り>と呼ばれるようになった場所。そこに巣食う恐るべき<怪物>を相手取り、自身の得物である槌鉾を怪物に叩きつける。

 

『ガアアアッ!』

 

 しかし、怪物はその一撃を受けると明らかな苛立ちを見せ、その巨体を回転させることで男を弾き飛ばした。男はその勢いのまま死体の山に突っ込み、しかしそれが衝撃を吸収したのかその場からすぐさま這いだし飛び退く。次の瞬間、大きく跳躍していた怪物が着地し、凄まじい衝撃と共に屍を蹴散らした。

 

 血煙が吹き上がり視界が閉ざされる。それに男を見失ったのか、真っ赤な血煙の中に浮かび上がる白い肌の怪物は歪な鉤爪を振り回し、咆哮し、血煙を払いのけて行く。人が触れれば忽ちに解体されてしまうであろう爪撃の嵐。その間隙に飛び込む影が一つ。

 

「はあっ!」

 

 先ほどの官憲の男とは別人。露出の殆ど無い、厚手の一般的な<狩り装束>に身を包んだ人物は大振りになった鉤爪を掻い潜り、怪物の懐へと到達していた。

 気合と共に振るわれたその得物は折り畳まれた鋸。それは怪物の皮膚を効果的に引き裂き、少なからず傷を与えて行く。

 

『ヴァアアアッ!』

 

 怪物は足元の人物を引き裂かんとするが、その歪な巨体にはずいぶん難儀なことらしく動きに勢いがない。その隙を見て取ったその人物は振るわれた鉤爪を悠々と回避し、その隙にこれでもかと鋸を振るって怪物の下腹部をズタズタに引き裂く。

 血飛沫が上がり、怪物が膝を折った。その人物はそれを好機と見て取り、さらなる連撃を仕掛けんとする。

 

「下がりたまえ、<狩人>!」

 

 だが後方から叫ばれたその言葉に反応し、<狩人>と呼ばれた人物は跳ねるように飛び退く。その瞬間怪物は屈んで蓄えた力を一気に開放し、遥か高くまで跳躍した。

 

 アレに巻き込まれれば引き千切られ、彼らの仲間入りをしていただろう。

 

 撒き散らされた血飛沫と屍に自らを重ね、自身がそうならなかった事に安堵する狩人。しかしその安堵も束の間、自身の頭上から血が滴るのに気づいた狩人は全速力でそこから距離を取った。その刹那、取り付いていた天井より落下してきた怪物が狩人の元居た地点を踏み潰す。間一髪で屍たちの仲間入りする危機を脱し距離を取った狩人は、着地の衝撃に耐える怪物と改めて睨み合った。

 

 怪物は腹部から出血してはいるもののその四肢──四肢というには些か多いが──には力が漲り、馬に似た頭部にある濁り切った眼には殺意と憎悪を滾らせている。背に嘗て英雄と称された頃の名残と思われる大剣を背負い、引き裂かれた白布を纏い、それを突き破り生やした異形の鉤爪は一刻も早く狩人を引き裂きたいといった風に蠢く。口からは聴くに堪えぬ悍ましい呻きが漏れ出し、さらには首から生じた第二の頭部、口のみが存在し際限なく唾液を垂れ流す悍ましい器官は先ほどからより強く蠢いている。

 

「無事かね? 狩人」

「すまない、ヴァルトール」

 

 睨み合い、互いに動きが止まった中で、狩人の横に先ほど怪物に槌鉾を打ち込んていた官憲の男が並び立った。

 

「<醜い獣>とはよく言ったものだな……いや、想像以上だ、アレは。今まで見たどの獣よりも悍ましい」

 

 ヴァルトール、と呼ばれた官憲の男の言葉を狩人は首肯する。僅かにでも視線を逸らせばその瞬間に引き裂かれかねない程の殺意を彼らは感じ取っていた。

 

「……どうする?」

「鋸は随分と通じたようだな。ここは一つ、先人の教えに従ってみようか」

 

 狩人の問いに一人納得すると、ヴァルトールは手に持っていた得物を背に回し、その『仕掛け』を起動する。彼が背負っていた、円盤をいくつも重ね合わせた形状の巨大ノコギリが槌鉾の先端に装着され、ヴァルトールはそれを怪物、<醜い獣>を威嚇するかのように振り回した。

 

「『獣に鋸、眷属に剣』か」

 

 狩人は懐から『火炎ヤスリ』を取りだし折り畳まれた鋸──『ノコギリ鉈』――に擦り付けた。その瞬間ノコギリ鉈を炎が包み、それを見たヴァルトールは感心したように炎に視線を向ける。

 

「おっと、その手もあったか。俺にもひとつ分けてくれないか?」

「――来るぞ!」

 

 ヴァルトールが視線を逸らした瞬間を醜い獣は見逃さなかった。第二の頭部が膨れ上がり、その口内にびっしりと存在する眼が彼らを凝視する。その視線に凄まじい殺意を感じ取った狩人とヴァルトールはそれぞれ左右に跳躍した。しかし醜い獣はそれを読んでいたか、あるいは初めから狙っていたのか狩人に第二の頭部を向ける。

 

「狩人!」

 

 ヴァルトールが警告を飛ばさんとする。しかしそれに先んじて醜い獣は悍ましい攻撃の準備を完了させていた。

 

「走りたまえ!」

 

 その言葉と共に醜い獣の第二の頭部から大量の液体が噴射された。その液体は輝きながら広範囲に撒き散らされ狩人に迫ってゆく。ヴァルトールの警告に従った狩人は醜い獣に躊躇なく背を向け駆け出すが、液体による攻撃は徐々に狩人を部屋の隅へと追い込む。狩人がそれに巻き込まれるのも時間の問題かと思われた瞬間、周り込んでいたヴァルトールが醜い獣に躍り掛かった。

 

「撒き散らしたまえよ、獣!」

 

 金切り音とともに起動した『回転ノコギリ』は醜い獣の脇腹に叩き込まれ、肉を血を臓物を飛び散らせる。たまらず醜い獣は液体の噴射を継続できずに仰け反り、ヴァルトールはそこからの踏み付けを警戒して跳び下がる。しかし彼の警戒とは裏腹に醜い獣は悍ましい鳴き声こそあげたものの暴れはせず、よろよろと倒れ掛かる。

 狩人らの狩り、その中でも『大物狩り』とされるそれの中で唐突に訪れる好機。二人の熟練の狩人はその到来を見逃しはしなかった。

 

 <秘儀>を用い、凄まじい<加速>に乗った狩人がよろめく獣に襲い掛かる。その得物は今だ炎に包まれ、獣に対する有効性を残したまま。狩人は自身の顔に火がちらつく事も全く厭わず、ヴァルトールが抉った脇腹の傷をより複雑に、より大きく斬り広げて行った。ヴァルトールもそれに乗じて醜い獣の体勢をさらに崩すよう、多くの脚の中でも重心が乗った足を狙い回転ノコギリで挽き裂きにかかる。

 

『オ――――オオオオッ!!』

 

 決断的に彼を解体せんとする狩人らの攻撃に晒され、浅くない傷を負った獣は賭けに出た。第二の頭部が一気に膨張する。先ほど狩人に放った液体を撒き散らし二人を撃退せんとする反撃。この距離であれほどの濁流を浴びればそれで此度の狩りは決するだろう。しかしそれは狩人達にとって更なる好機の到来に過ぎなかった。

 

 最大限に膨張した頭部に向かって狩人の散弾銃が火を噴く。<灰>を用い威力を底上げした一撃。彼の用いる<獣狩りの散弾銃>は殺傷力は乏しいものの衝撃力に重点を置き、体躯の大きな獣でさえよろめかせられるよう設計された武装だ。狩人はそれを獣が体面積を増やした瞬間に撃ち込むことで、その巨体をも押し返すほどの衝撃を生じさせることに成功していた。

 

 第二の頭部を大きく弾かれた醜い獣は後方に向け液体を撒き散らす。そして、そこに生まれた好機を逃すヴァルトールではなく。その大得物を抱えた姿からは考えられぬ脚力で獣の体を駆け上り、一気に第二の頭部まで到達し、その全身を狩りの喜びに躍動させる。大きく仰け反ったヴァルトールは回転ノコギリを逆手に持ち替え、起動させ、その切っ先を第二の頭部、その口内に叩き込んだ。

 

『ガアアアアアアアッッッ!』

 

 本来の口から悲鳴を上げ、醜い獣は暴れ出すも、深々と口内に突き立てられた回転ノコギリが楔の役割を果たし、ヴァルトールは離れず、攻撃を緩めることも無い。

 

「ははははははは!!」

 

 獣の返り血を浴びながらヴァルトールは大笑する。まさにそれは嘗て<獣喰らい>と渾名された彼にふさわしい姿だ。それとは対照的に狩人は醜い獣から距離を取ってその狂乱を観察しつつも、ありったけの飛び道具を放っていた。黄衣の狩人から技を盗んだ投げナイフ、医療教会製の毒メス、火炎瓶、古狩人の爆発仕掛け。ここぞとばかりに手持ちのそれらを投げ放つ。

 

「随分と耐えるじゃあないか! まったくうんざりだ! はははは!!」

 

 未だ醜い獣に取り付いたヴァルトールは第二の頭部に突っ込んだ回転ノコギリに時折力を加え、その内部を隈なく引き裂いてゆく。さしもの醜い獣もこれは耐え難かったか、徐々にその動きが緩慢となってゆき、遂には地に膝を着いた。

 

「…………ここまでかね?」

 

 ヴァルトールは先ほどの狂笑が嘘のように冷静さを取り戻し、その様を見やる。狩人もまた、蹲ったかのような醜い獣の姿を見つめていた。息はまだある。しかし十分に致命傷だ。

 

「ヴァルトール――」

 

 止めを、と言いかけた狩人はそこでその姿に既視感を感じる。その蹲った姿は、先ほど自らの眼前で見た姿に良く似ていた。その次に、醜い獣が起こした行動は何だったか――――

 

「――離れろ!!」

 

 狩人の叫びにヴァルトールは即座に反応した。あれほど(しか)と握っていた得物を手放し獣の体を蹴り飛び退く。次の瞬間、醜い獣はこれまでに無い力を振り絞り跳躍した。しかし、ヴァルトールはその背からは既に離れ。満身創痍の獣は嘗てのように天井に取り付くことはできず、勢いそのままに天井に叩きつけられる。

 

 轟音とともに天井に叩きつけられた獣は小さなうめき声をあげ、そのまま落下して来た。狩人とヴァルトールは可能な限り離れ、その様子を見守る。

 

 衝撃。

 

 地に叩きつけられた獣の全身はひしゃげ、それにより獣の口内に突き立てられていた回転ノコギリ、そして醜い獣が背にしていた大剣が宙を舞い放り出される。回転ノコギリは屍を巻き込んで転がり、大剣は墓標めいて血溜りに突き刺さった。

 

 醜い獣に既に力はなく、最後に一度、頭を持ち上げようとする。しかしそれはもはや叶わず、そのまま醜い獣は頭を垂れ、動かなくなった。ヴァルトールはそれを見て、今度こそ安堵のため息を漏らす。

 

「…………今度こそ終わったかね。いや……最後は助かった。<連盟>の長として、狩りを共にした者として、礼を言おう、狩人」

「……私も一度、救われている」

「そうだったか? ああ、そうだったか……まぁ、狩りも無事終わりだ。貸し借り無し、それで良しとしようじゃあないか」

「ああ」

 

 狩人のぞんざいな返答にヴァルトールは肩をすくめた。だが狩人が大してそれに反応しないのを見て取るとヴァルトールも諦め、屍に埋もれかけた自身の得物を回収し、振るって血や油を散らして行く。狩人も同様にノコギリ鉈に付着した血を振るい落としつつ、<狩人の夢>へと通じる縁である<灯り>を探し周囲を見渡す。強大な獣を狩り倒した際には如何なる仕組みか、決まって<夢>への灯りが現れていた。しかし今回それが見当たらず、僅かに困惑する。

 

 ――――屍の山の陰にでも隠れているのか。だが既に十二分な啓蒙と、三本の<三本目>を得、超思索の端に踏み込みかけた狩人は直観的にそれを否定した。そのまま思考の海に沈もうとした所で、ヴァルトールに声をかけられる。

 

「狩人。私は一旦、ここでおさらばだ。この後君はどうするのかね? 狩りを続けるのであれば我ら連盟、また君と狩りを共にする機会もあると思うが」

「先へ進む。この悪夢を暴く」

「それは、何故かね?」

 

 問いに狩人はヴァルトールに向き直り、重々しく口を開く。

 

「狩りを全うするために。我ら狩人の源流たるビルゲンワース……その罪が、悪夢の果てにあると言う。私にはそれを知る権利と義務がある」

「何故狩りを全うしようと?」

「夜明けのため。夢は覚めるもの。それに囚われる狩人など、私が最後であるべきだ」

「……まったく、君も程々に狂っているな」

「自覚はある」

 

 その返答にヴァルトールは小さく、しかし愉快そうに笑った。

 

「……はは、そうか、そうかね! ならば止めはせんよ。もし我ら<連盟>の者と道中共鳴したならば、遠慮なく呼びだすといい。きっと君の力になる」

「助かる。貴方は?」

「私はしばしこの悪夢で狩りを続けるつもりだ。探している獣がいてね。<彼>を狩る際には、是非君の力を借りたいものだ」

「縁があれば、駆けつけよう」

「はは、そうか、言質は取ったぞ? ……では狩人、私はここらでお暇するとしようか」

「ああ。それでは、また」

 

 狩人の返答を待たず、ヴァルトールは回転ノコギリを元の形に戻し、自身らの踏み入ってきた入り口へと踵を返し立ち去る。同様に狩人はさらなる奥へと歩みを進めようとした。灯りはこの場には無いと判断し、横たわる醜い獣の死骸を避け、先へ進むべきと考えた。

 

 

 

 ――――しかし狩人は足を止める。狩人の直感、あるいは<瞳>が、匂い立つ脅威を、自身の死を脳裏に過ぎらせた故に。

 

 

 

『ああ』

 

 声がした。この場にいる二人とは別の『人間』の声。しかしそれは伏した『獣』から発せられたもので。

 

『ずっと、ずっと側にいてくれたのか』

 

 血溜りに突き立った大剣が、いつの間にか凄まじい神秘を、宇宙の深淵の色、星の輝きを放っている。

 

『我が師』

 

 既に屍になったと思われた、醜い獣であった者が立ち上がり、大剣、否、聖剣を手にする。その姿は醜い獣そのままでありながら、その纏う空気はそれではなく、嘗て市井の狩人を率いた、英雄と呼ばれた者の姿。

 

『導きの月光よ――――』

 

 彼は手にした<月光の聖剣>を掲げ、自身の前に構え直す。その眼は破壊衝動に満たされた獣のそれではなく、確かな理性を持つ人間の物。狩人の全身に寒気が走る。今まで感じたものの中でも最大級の脅威。それも獣の暴力的なそれではなく、まして狂った狩人達の狂気的な、あるいは享楽的な殺意でもなく。

 

「何たることだ」

 

 いつの間にか狩人の隣まで戻っていたヴァルトールも、その脅威を感じ取ったか既に回転ノコギリを変形させ身構えている。

 

「獣が人を取り戻した?ありえるのか、そんな事が」

「……ありえん」

「ならばアレはなんだ?悪夢の中で、夢でも見ていると?」

「……夢ならば、どれほど良いものか」

 

 ヴァルトールに答えた狩人はノコギリ鉈を変形、鉈の形態にし再び加速を纏う。ヴァルトールも回転ノコギリを構え、獣を――――否、彼の持つ、その聖剣を注視する。

 

「あの眼、何よりあの(つるぎ)。まさか、いや、本当に人を取り戻したと? ならば、ならば今の奴は<醜い獣>などではなく――――」

 

 言い終わらぬ内に、醜き獣であった者が構える。その構えは数多の死線を越えた剣士のもの。その姿に狩人は更なる戦慄を覚え。

 

「――――<聖剣のルドウイーク>?」

 

 その言葉が引き金となったかのように、ルドウイークは<月光>を振り抜いた。

 

 




『狩人』の装備は<狩人シリーズ>一式ですが、そこ以外の外見、性別や年齢層はご自由にご想像ください。
<聖剣の>との狩りはまた気が向いたら書きます。

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