醜い獣、或いは。   作:いくらう

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独自解釈、独自設定ありきです。
作者がアレス・コット氏著の『Bloodborne: The Death of Sleep』に強く感銘を受けており、それを独自解釈の下敷きとしているため、原作Bloodborneとは矛盾する描写があります。

以上です。ご意見ご感想アドバイス等、よろしくお願いします。


漁村
呪いの果て


 

 

 ぐじゅり、と音を立てる泥を踏みしめる。

 

 薄暗い灰空の元、色褪せた景色の中を行く。

 

 嘗て、<ビルゲンワース>により蹂躙され、秘匿された、呪いの深層。

 

 ただ、<漁村>とだけ呼ばれるその場所の。最も果てへと、<狩人>は目前に迫っていた。

 

 

 

 数多の狩りがあった。

 

 <悪夢>に沈んだ古狩人達。

 

 呪われ果てた、<醜い獣>。

 

 或いは、最後の瞬間まで垣間見た導きに殉じた、<聖剣の英雄>。

 

 <教会>の探索によって積み上げられた、哀れな被術者たちの怨嗟の叫び。

 

 それと共にあることを選んだ、時計塔の女狩人。

 

 現実においてもはや失われたはずの<初代教区長>。

 

 呪い、あるいは祝福により成り果てた、嘗ての漁村の住人達。

 

 鳴らぬ鐘の音と共に襲い来る、秘匿を守る<獣皮の狩人>。

 

 

 

 その全てを狩り殺した。

 

 

 例外なく、加減なく、容赦なく。だが、人としての一線を越えることなく。手にした仕掛け武器と狩り道具。身に着けた力と技でもって、立ちはだかる全てを切り抜けてきた。その中で、幾度となく因果に打ち据えられ、救えたかもしれぬものを殺し、嘗ては日常の営みに生きていたはずの者たちを狩り、この悪夢にて出会った、身を()()()た同行者をも失い。それでもここまで、辿り着いた。

 

 悪夢の果て、全ての始点、<瞳>を巡る、その始まりに。

 

 歩みゆく。もはや異形と化した漁村の住人達、一心不乱に祈りを捧げる彼ら彼女らの間を、限りない無関心で以てすり抜けて行く。誰も、その者を気にも留めない。この地における例外(イレギュラー)を、咎めることは無い。

 

 それは、その者がそこに至る資格を持ち得ていたが故か。どうあがこうと止めようがない者であると直感したが故か。あるいは疾うに人を超え、半ば彼らの信奉するものの同類と化していたからか。

 

 呻きめいた祈りを上げるばかりの彼らが、それについて語る事は無い。その者もまた、問いかけることも無い。互いに視線を向け合うことも無く、片や歩みを止めず、片や祈りを続けて行く。

 

 

 視界が開ける。

 

 

 見上げた空にはステンドグラスめいた巨大な輝きが、雲の向こうに揺らめき浮かぶ。海には数多の船の残骸。突き出した帆を失ったマストは、まるで立ち並ぶ墓標のようで。左右を崖に囲まれた海岸に打ち寄せる波は、まるで凪の如くに穏やかであり。

 

 その波打ち際に、横たわる上位者の亡骸に寄り添うように、それは佇んでいた。

 

 二腕二脚の四肢を持ちながら、人のそれを遥かに超えた長身。首からは魚の鰭のような、或いは首に巻いたストールじみた半透明の器官を持ち、青白い肌を晒した痩せさらばえた体は、朽ち果てた白樺の如き弱弱しさ。その人に似た顔はしかし老い果て、<獣>のような暴力的な生命力も感じず、今まで相対した狩人たちのような、殺意や使命感や狂気のような意志も感じない。

 

 ただ、違和だけがあった。あるべきでない所にあるという違和。それを可能としてしまう、あらざるものとしての存在格。

 

 <ゴース>、あるいは<ゴスム>と呼ばれた上位者が遺したる、老いたる赤子。秘匿されし果てに立ち尽くす、悪夢の心臓、<ゴースの遺子>。

 

 その、悪夢の極点を前にして、狩人は一歩一歩歩みを進める。

 

 ヤーナムの狩人にありふれた、狩人の狩装束。右手にはノコギリと鉈の使い分けを可能にする仕掛け武器、<ノコギリ鉈>。左手には獣と対するための、<獣狩りの散弾銃>。かつてより数多の狩人が纏った装いで、ただ唯一この場へとたどり着いた者。その者は、自身に背を向け立ち尽くす<遺子>へ向けまっすぐと――――迫る事は無く、横たわる巨大な白い亡骸を挟んだ向かい側へと辿り着いて、寄せては返す静寂(しじま)が靴の爪先に染みるのも構わず、<遺子>と同じように空のステンドグラスじみた、あるいは砕けた窓から差し込んだ太陽のような輝きを見据えて、目を細めた。

 

「…………ようやくだ」

 

 暫くの沈黙の後、<狩人>はぽつりとつぶやいた。

 

「ようやく、()()辿り着いた。旅の果て、君を送り届け辿り着いたのも、この景色だったか」

 

 <遺子>は答えず、ただ立ち尽くす。

 

「悪夢の終わりをどれほど願ったのか。そうであったであろうあの日の私に、資格はなかった。ひとたび全てを失い、ふたたび夢に目覚め、そしてまた多くを奪われた果てにそれを得ることが出来たというのは、不思議な話だが」

 

 <狩人>は答えを求めることのないまま言い終えて、一人身勝手に小さく笑った。そもそもそれは、傍に立つ<遺子>に向けられたものだったのか。あるいは横たわる<ゴース>の亡骸か。もしくは、ここにはいない誰かか。

 

 ……答える者は無い。狩人はそのうち笑い終えて、波打ち際に沈む、朽ち果てた小舟に視線をやる。

 

「遠かった。遠い、遠い道のりだった。夜空の星のように尊いものはあったが、夜空のように光無き、呪われた道行きだった」

 

 感慨深そうに、目をさらに細める狩人。青白いその瞳は僅かに蕩けていたが、神秘を映す確固たるものであり、それでありながら未だに人の瞳であった。

 

「地底の<ファウナ>は月明かりに(たお)れた。空にある<フローラ>は私がやる。海にある君が成すべきことは、()()何もない」

 

 遺子が呻きを発した。まるで、病人たちが泥の中を歩いてゆくかのような呻きだった。それを耳にすると、狩人は鼻までを覆っていた口布に指をかけて顎下まで下ろし、その顔を外気にさらす。そして、<狩人>という人種らしからぬ、ひたすらに穏やかで、朗らかな笑みを見せた。

 

「死が、眠りが、怖いかね? だが、悪い夢を見るとは限らないし……悪夢というのは…………もしかしたら、私や君の顔ほど、恐ろしくは無いのかもしれないぞ?」

 

 悪夢の果てにいるにも拘らず、狩人は何が面白いのか、ふふと肩を揺らして笑う。遺子は無反応だったが、その人知を超えたはずの瞳はまるで小さな少年のように僅かに揺らいだ。

 

「……ああ、すまないね、このような話を。今日は、いつにもなく饒舌だ。何故だろうな。久しい友人と顔を合わせれば、人はこうなるものなのか」

 

 一人納得したようにつぶやいて狩人は口布を鼻上へと戻し、腰に吊るしていたノコギリ鉈をつかみ取った。そして踵を返し、立ち続ける遺子に背を向け波打ち際から離れて行く。

 

 五歩、十歩、十五歩、二十歩。それだけ歩いて、狩人は再び振り向いた。

 

 遺子もまたいつの間にか振り返り、その右手に、胎盤じみた異形の肉の得物を握り締めていた。

 

「……………………」

 

 もはや、言葉は無かった。狩人も遺子も、示し合わせたかのように向かい合い、歩を進める。真っ直ぐに背を伸ばした自然体の狩人。対する遺子は不自然に前掲の姿勢で、右手は手にした肉の得物の重みに引っ張られるように垂れ下がっている。

 

 その姿は似ても似つかぬものだった。ただ一つ、手にした武器の形状ばかりはどことなく似てはいたが、それ以外、何一つとして共通点を見出せぬ立ち姿であった。

 

 一歩一歩近づく彼我の距離。狩人が手にした、散弾銃の届く距離。それは得てして、数多の獣にとって死線の内側であった。爪も、牙も、その跳躍によって相手を捉えうる距離。そう判断して飛び出すような生半な獣であれば、銃に迎撃され、瞬く間にその臓腑を引きずり出される。そういう距離が射程になるよう、獣狩りの銃器は作られている。だが、相手は獣で無く。また、獣に堕ちた人でもなく。

 

 故に先手を取ったのは、狩人だった。

 

 一歩。今までのそれと同様の、軽々しい一歩、だが、まるで数秒閉じていた眼を開いた後に映る光景のように狩人の立ち位置はその五歩分に相当する距離を移動しており、遺子がそれを認識した時は既に狩人は手にしたノコギリ鉈を振り上げていた。

 

 ――――余りの攻撃速度に、空気が引きちぎられ悲鳴を上げた。空気だけが、悲鳴を上げた。

 

 狩人は目を見開いた。遺子の姿は、自身の射程圏内になく。空を遺子が揺蕩う。左手で右手の臓腑武装から肉の一部を引きちぎり、それを頭上に掲げている。

 

 直後、空から放り投げられた肉塊と、地面に着弾したそれが巻き起こした炸裂を回避できたのは、ひとえに狩人の技量の高さと脳に宿した瞳の力によるものであった。

 

 背後に跳ね散った土と水と肉の飛沫を背に浴びながら狩人は降り立つ遺子の姿だけを冷徹に捉え、その着地際に合わせて今度は腰を落として跳ね飛ぶ。先の不意を打つような静かな跳躍ではない。一瞬の隙を穿つための最高最速の一歩。

 

 しかしそれは遺子の投擲した臓腑武装によって阻まれる。その細腕からは考えられぬ常軌を逸した威力。狩人は即座にそれを、武装から伸びたへその緒じみた伸縮自在の紐を利用した遠心力による威力加算であることを看破する。だが。看破したところでこの一撃の流れは変わらない。地面を打ち砕く威力のそれを狩人は急停止からの後方跳躍を間断なく行い凌ぐが、着地した遺子は叫びと共に突進、同時に紐を引き戻して武装を回収。勢いそのままに狩人へと襲い掛かる。

 

 だが、狩人はその猛撃に真っ向から戦いを挑んだ。遠心力の利用はそちらの専売特許ではないと言わんばかりに、跳躍の着地を貯めへと転じてのバネじみた前進から振り抜かれたノコギリ鉈は主に呼応し展開、武器の重心の変化と遠心力の増大によって、振り下ろされた臓腑武装を弾き返して隙を生む。

 

 何たる狩人の極致たる圧倒的身体能力と戦闘技術に極限まで強化された武器の性能を重ね合わせた絶技か。並の狩人が同様の行為を行ったところで、上位者たる遺子の身体能力から生み出された攻撃力に押し負けて血と肉の塊へと変じるのが関の山だろう。

 

 しかしこの狩人はそのような常識とは無縁だ。聖剣の英雄を、血刃の女狩人を、煮えたぎる炎の獣を下し、この悪夢の深奥へと踏み込んだこの狩人は、既に狩人史上における極限たる領域へと自らの狩りの技を研ぎ澄ませていた。

 

 一歩、二歩、三歩。姿勢を崩した遺子の懐に一歩、即座に振り下ろされた左拳を避けるよう、その左脇をすり抜ける二歩。更に、振り向きながら回転を乗せ、威力を底上げしたノコギリ鉈を裏拳めいて振り抜くための三歩。

 

 鉈の切っ先が、霞み消えるほどの速度。それにしかし遺子は食らいついた。拳を振り下ろした勢いそのままに体を沈め、右肩のみを上げるようにした体勢から、後方へと無視認のまま臓腑武装を振るう。再びの激突。肉と鉄がぶつかり合い、理不尽にも火花が散る。人間を超えた反応速度で動く遺子の対応に狩人は眉間に皺を寄せ、急くように後方へと跳躍した。

 

 その様な逃げの手を遺子は許さない。臓腑を振りぬいた勢いで体を捩り下半身を無理に滑らせて狩人へと向き直ると即座に突進の構えに移る。鋭さと速度によって、あらゆる攻撃を搔い潜るヤーナム狩人の跳躍。だがそれは跳躍であるが故に、着地際に隙が生まれるものだ。

 

 この狩人のそれは、他の狩人のそれに比べ遥かに隙の小さいものである。だが、それが跳躍である限り――――狩人自身が、狩人の技という様式美に心を砕いている限り――――どうしようもなく、その隙は生まれてしまうものなのだ。

 

 そしてもはや、それは不可避の状況と言えた。数秒後には、暴走した馬車めいた恐るべき速度で迫った遺子によって、真っ二つになるか原形すら留めぬ肉の塊となるかという状況。既に、打つ手はない。

 

 

 

 既に、手は打たれていた。

 

 

 

 遺子の足元が音を立てて爆発した。予想外の場所から吹き上がった熱と炎、その衝撃に一瞬遺子が怯みのけ反る。その視界を、からくり仕掛けの部品の破片が勢いよく横切ってゆく。

 

 時限爆発瓶。()()には形残さぬ一会派、<オト工房>の手になる特殊な狩り道具。地面に突き刺したそれは内部の機構によって、定めた時間の経過によって起爆する。使い辛さと、複雑な機構を使い捨てる余りの非効率性に多くの狩人には受け入れられなかった品だ。搦め手を好むごく一部の革新的な、斬新な、物好きばかりに好まれた。そうした者たちが、後の<火薬庫>に繋がったのであろうが。

 

 その様な事情など知らぬ遺子には、炎はただ視界を遮る邪魔者でしかなかった。叫びと共に臓腑を振るい、炎を消し飛ばさんとする。

 

 だが、炎の壁を狩人が躊躇なく突破してきたことで、その判断は誤りとなった。

 

 横薙ぎに振るわれた臓腑を掻い潜りノコギリへと戻った刃が振るわれる。横に引かれた一撃は、間違いなく遺子の凹んだ腹に叩き込まれ、肉の断片と共に赤ではない色の血をまき散らす。

 

 痛みにか、怒りにか咆哮する遺子。狩人は追撃しなかった。即座に後方へと跳躍したその眼前を、切り返した臓腑武装が()ぎり()ぎる。あと僅かに退避が遅れていれば、狩人は死んでいただろう。

 

 そのままの勢いで狩人はもう一度後ろへと飛びのいた。その眼前を振り抜かれた臓腑武装が()ぎり()ぎた。遺子の立ち位置は変わっていない。その手から離れた臓腑武装をそこから繋がっているへその緒の紐で以って円を描くように薙ぎ払ったのだ。もしも狩人が隙を突こうと前に跳躍していれば、伸びた紐に引っかかりそれを起点として死を迎えていただろう。

 

 狩人が着地する。遺子は動かない。手元に戻した臓腑の肉を、その左手でつかみ取る。狩人は眉間に皺を寄せた。先ほど同様の投擲か? しかしその予想に反して、遺子は握りしめた肉を自身の足元に叩きつけた。

 

 爆発。狩人の足元が肉色の輝きを帯びたかと思えば、突如として炸裂を起こしたのだ。

 

 その衝撃に傷を負い吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ転がる狩人。超思索に至りながら未だ人の原形を保ったままのその思考は、今の攻撃についての推理を止まったような速度の主観時間の中で繰り広げる。

 

 神秘か。狩人の用いた時限爆破瓶から、今の技を思いついたのか。或いはそもそもとして身に着けた能力なのか。その判断を下すには、証拠が足りぬ。狩人はそう結論付けると即座に次の思考に――――

 

 ――――止まっていたはずの時間の中を遺子が駆け抜けた。叫びと共に獣じみて両腕を足に見立てた疑似四足歩行で突撃するその行動は先ほどから変わらず、一見無知なる獣のようであったが、それが有効だからそうしているのだと、狩人も既に理解していた。

 

 態勢を立て直す。転がっていた狩人はすぐさま起き上がると右手のノコギリ鉈を構える。しかしその意識は、左手に握られた散弾銃へと張り巡らされていた。

 

 遺子が迫る。再び世界が鈍化する。人でも獣でもない、白い眼球。その青ざめた顔は死の迫る老人のようでありながら、赤子の如き生の躍動を吠え散らす。まるで犬のように両手両足を十全に使って迫る速度は、あらゆる獣のそれを凌駕していた。狩人は迎撃を判断する。今まで獣にそうしてきたように、銃弾を叩きこみ、怯ませ、臓腑を抉りぬく。それを意識する。狙うのはただ一瞬。手にした臓腑武装をこの肉体に叩きつける、その一瞬。狩人は迫る遺子の手へと極度の集中を向けた。

 

 空いていた。遺子の両手は空いていた。そこに臓腑武装は無く。狩人の顔が驚愕に動く。遺子の手首から、肉色の紐が空に向けて伸びている。上方。刃となった側をこちらに向けた臓腑武装が、弧を描いて落ちてくる。

 

 武具の特性を生かした、単独での時間差攻撃。暴力的な身体能力はまるで獣のようでありながら、熟練の狩人じみたその技巧。そして、身に宿す強大無比なる神秘。上位者としての超思索、超反応。

 

 まるで、自身の先達のようだなと、()()()()の狩人は肩口に食い込む刃を眺めながら他人事のように考えた。

 

 

 

 地面に叩きつけられた臓腑武装によってまき散らされた潮水と泥が大きく巻き上がる。その中から飛び出す狩人。左腕は散弾銃もろともに体を離れ、真っ赤な血を――――未だ狩人が人であるという証拠を、色褪せた波打ち際に撒き散らす。狩人は右手で左肩を抑えながらに逃げ伸びんとしながら、痛みに僅かに呻く。それを頼りに、泥の飛沫の中から遺子が襲い掛かる。

 

 退避、退避、退避。三度の跳躍に、しかし遺子が追いすがり再び臓腑武装を縦に振るう。狩人はさらに一歩跳躍し、その間合いから身を引いた。否。手元を離れた臓腑武装は、肉の紐によって得た遠心力で今度は狩人の頭蓋を砕かんと降り注ぐ。まるで、罪人への最後の慈悲たるギロチンめいて。迫る死、迫る遺子、失われた左腕、失われた散弾銃。もはや、退いても未来は無い。

 

 だからこそ、狩人は前へと踏み込んだ。ノコギリ鉈が宙を舞う。真上に向け(ほう)ったのだ、別の得物を手にするために。

 

 銃声。放たれた単発の弾丸が、前傾姿勢の遺子の顔面を強かに打ち据え、弾けた水銀の威力はその姿勢を大きく崩した。

 

 その右手に握るは流麗なる剣。<レイテルパラッシュ>。大型の騎士剣。<カインハースト>の騎士に伝わる一振り。だがそれは当然、ただの剣ではない。変形した得物は剣としての機能を保ったまま、迫り出した銃口から硝煙をゆらゆらと燻らせている。

 

 それをまた、狩人は既に放り捨てていた。地面を転がる騎士銃剣を、狩人の踏み込みにより跳ねた泥が汚す。

 

 右腕を引き絞る。獣の腕を。右腕を衝き込む。上位者の臓腑へと。臓腑を引き抜く。ぶちまけられる青ざめた血。その傷口に骨すら露出した左肩を叩きつけるようにして、狩人はその体躯を吹き飛ばした。

 

 先ほどと立場が入れ替わったように、波打ち際を転がる遺子。色褪せた血が、海に溶け込み消えてゆく。対する狩人は、上位者の生き血を再び得(リゲインし)て取り戻した左腕を横に振るい、落ちてきたノコギリ鉈をその手に掴んだ。そして、恐るべき速度で前に出る。

 

 狩人はその最中で転がっていた散弾銃を手に取った。そしてそれを腰に吊るすと、既に次の得物を手にしている。

 

 それは、先に屠った<聖剣の狩人>に由来する得物。扱いやすい銀の剣と、その鞘として扱われる大刃を併せ持つ仕掛け武器。<ルドウイークの聖剣>。<血晶>の力により炎の威力を纏ったそれの切っ先を、強く地面を踏みしめた狩人は遺子の顔面に向けて全力で突き出した。

 

 掲げられた遺子の左掌が込められた炎の威力に燃え上がり、砕け散る。しかしそれによって頭部破壊を免れた遺子は、更に海に向け転がりながら、その顔を狩人へと向け吠えて見せた。

 

 狩人はそれを、波打ち際に佇み受けていた。追うことはしない。海は<ゴース>の領域。その遺子たるものを相手にして踏み込むほどの蛮勇を、狩人は持ち合わせてはいなかった。

 

 既に<聖剣>は夢へと仕舞われ、狩人の右手にはノコギリ鉈が握られている。左手には散弾銃。多少汚れてはいるものの、未だ放たれておらぬその牙は健在。対する遺子は腹に大きな傷を負い、膝近くまで海に浸らせながら肩を揺らして狩人を睨みつける。

 

 そうしてしばらく、互いに視線を交わしていた。そこには何らかのやり取りがあったかもしれぬ。上位の者にしか理解できぬやり取りが。

 

 だが、沈黙は永遠に続く事は無い。夢がいつか覚めるように。

 

 遺子が咆哮する。狩人は立ち尽くしたまま、それを見つめている。遺子は手にした得物を掲げ持った。大切そうに、愛おしそうに。そしてそれを口元へと運び、食らいついた。

 

 

 神秘の爆発に、狩人は驚愕に目を見開いた。

 

 衝撃に吹き飛ばされた海水が、その間隙を埋めるように再び押し寄せる。

 

 腹の大傷も、砕け散った左手も治癒した遺子は、その体躯に更なる神秘の力を宿らせて唸りを上げる。首から生やしていた器官は大きく揺らめき、今の遺子が先ほどまでとは『違う』と言う事を狩人の超思索に強く示す。

 

 狩人は嘗て無いほどの緊張感と、それを齎した強敵を前にした狩りの喜びを人の理性で強く律して姿勢を落とした。あらゆる状況を想定し、あらゆる受け手を思案する。上位者たる思考は、その全てに否と返した。銃撃も、投擲も、踏み込みも、神秘も。それを上回る力で押しつぶされる。ならば。

 

 ノコギリ鉈を構える。攻めるしかない。元より、狩人の技とはそういうものだ。彼の周囲で塵が渦を巻く。<加速>。後はタイミングの問題だ。遺子の動きに合わせ、一撃を叩き込むのだ。その先は見えぬ。その超思索をもってしても、海上に揺蕩う霧の如く、見通す事など出来はしない。

 

 遺子も、それはわかっているようであった。全身から神秘の力を発露しながら、無暗に動く事は無い。先の静かなそれとは違う、戦慄するような睨み合いだった。

 

 

 そして、此度先手を取ったのは遺子であった。何かを呼び寄せるように身をもたげ、咆哮を響き渡らせる。

 

 瞬間暗雲が渦巻き、海岸に雷が降り注いだ。雷光、雷鳴。尋常なる生物であれば思わず身をすくませる衝撃と轟音。だが、向かい合っていた二者の意識には対する相手しか存在せず。海に突き出た船の帆へと再び雷が落ちて爆散したのを合図にして、二体の上位者の赤子は恐るべき威力で踏み込んで正面から激突した。

 

 





後半戦は気が向いたら。
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